駅前は喪に服す人々が嫌でも目に付く。その湿った空気が嫌いだが、自分もはたから見ればそうなのだろう、と思う。
 駅の柱には一人の喪服を纏った少年がうずくまって往来を眺めていた。さらさらの金髪はショートカットで、肌は白く、端正な鼻梁や眉目。天球のごとく青い瞳。眼を縁取る睫毛は金色の花弁のようだった。桃色の柔らかそうな唇からは時折白い息が零れる。
 地方都市において、圧倒的な信頼と権力を持つヒリングデーモンの幹部パイロット、エンシューである。
 自分の肢体を見せるいつもの黒いTシャツ――と言ってもあれはパイロットスーツだが――がないため、いつもはわかりづらい性別がもっとわかりづらくなっている。
 遠目で見れば美少年、しかしそのしぐさや幼い色気は近づいた者の印象を一転させて美少女かもしれない、と思わせる。
 誰もが声をかけたいと思いつつも、もしもの時のために躊躇する。
 いつもならば声でもかけてからかうところだが今はそんな気分ではなかった。
 育ての親が死んだのだ。
 癌だった。もともと高齢だったし、仕方のないことだとも思う。それでも、彼はエンシューにとって大切な人物だった。
 武術やアームヘッドの操縦を初めて教えてくれ、その才能を見出したのはかれだった。
「……クーガーおじさん」
「エンシューさん?」
 呟いたエンシューの後ろから声がかけられた。
 エンシューは驚きながら立ち上がった。声のした方を見ると、銀髪に青紫の瞳をした少女が立っていた。
「セリアさん」
 レインディアーズの有名人、セリア・オルコットである。
 政府組織のレインディアーズと武装組織のヒリングデーモンは敵対している。敵対しているがプライベートでは友人同士が多かった。
 といっても、戦闘になればそんなもの役に立たない。……と、ヒリングデーモンの大幹部、ロバートは言う。
 エンシューは、そんな風に割り切って考えることは出来ない。それなのにアームヘッドで戦っていると勝手に体が動く。
 いつか殺さなければならないのなら、仲よくはしたくないとは思う。
「エンシューさんもクーガーさんの葬儀に?」
「はい。彼の経営していた孤児院と道場の出ですから」
「孤児院と、道場ですか。どおりで最後の別れを告げる方が多いわけですね」
 適当にはぐらかして逃げようと思いつつも結局できなかった。
 エンシューの養父、クーガーは御蓮の文化に感銘を受けて帰化した有名な武芸者であり、アームヘッドパイロットだった。エンシューも剣と槍を習っていた。
「孤児院の経営は孤児院出身の企業家の方がやってくれるので大丈夫らしいですが、道場は廃業でしょう」
「それは、残念ですね」
 とセリアは少し悲しそうに微笑んだ。
「セリアさんは、クーガーさんとどこで知り合いに?」
「北御蓮を旅しているとき、一緒に戦ったことがあります。彼の刀さばきは鬼神の如し、でしたよ。……最後に桜が見たいと言っていたのに、見せてあげられなくて残念です」
「そうですか……」
 二人の間に冷たい風が吹いた。
「あれ? シュルヴィアたん?」
 声がした。陽気で年中派手な格好をして踊っていそうな声だ。
 ゆっくりと、忌々しそうにエンシューが後ろを振り返った。セリアもその方向を見て、ぎょっとした。
 そこには一人の女が居た。
 今日は雪でも振ろうかという寒さだ。
 それはビキニ水着とホットパンツ、ごついブーツの上からコートを羽織った場違いな女だった。一応申し訳程度に全部が黒色なのは彼女も喪に服しているからだろうか。
「ハナさん、葬儀に来るのは良いですけど、いいですけどね、恰好っていうもんがあるでしょう」
「いいじゃん、私この格好しないと逆に風邪ひいちゃうんだよね」
 長い赤毛のポニーテールをした女はけらけらと軽快に笑った。
 守銭奴の組織と呼ばれ金さえ払えば何でもする今の世界の第三勢力、グランジのメンバー、北畠 華である。
「あと、僕のことはエンシューと呼んでくれませんか」
「えぇ? あたしはこっちが慣れてるんだけど」
「あの、二人のご関係は?」
 セリアがおずおずと訊く。セリアも北畠のことは知っていた。
「ん? 一晩を共にした仲――」
「同じ院に居たんです。あと道場も一緒でしたね」
 ぽっ、と顔を赤くして答える北畠にエンシューは気温より冷たい視線を投げかける。
「つれないなぁ。初恋の人とっちゃったのまだ気にしてる?」
「ごめんなさい、ホントに黙っててもらえませんか」
「あたしは上の口が黙ると今度は下の口が――」
「そういえばハナさんなんでいるんですか」
「この駅にってこと?」
「いえ、現世にです」
「話せば長くなるよ? あれはあたしがゴレンのアームヘッド倉庫に仲間たちと忍び込んだ日のこと……」
「その話長いですか。オチあるんですか」
「おとなしく聞いてたらシュルヴィアたんの次の生理日くらいには――」
「ホントに口を開けば下ネタのオンパレードですね。それしか無いんですか」
「えぇー? あたしからこれ取ったら何も残らないよ……。シュルヴィアたん酷い。あんたんとこのロバートより酷いわ」
 エンシューはため息をついて頭を掻いた。
「セリアさん、ファミレスでも行きましょう。お腹がすきました。おごりますよ」
「いいんですか? 楽しそうでしたけど」
「大丈夫です。いつでも聞けるような与太話です」
 エンシューはセリアの手を取って歩き出した。それに北畠がついてくる。
「シュルヴィアたん、あたし煮込みハンバーグが食べたいなっ」
「一人で食べに行けばいいじゃないですか」
「いいじゃん、一緒に行こうよ」
「いえ、口を開けば下ネタを言うような下ネタの星の元生まれた下ネタ星人とはきっとセリアさんがご飯を食べたくないでしょう。そうでしょう、セリアさん」
 エンシューは後ろを振り返ってセリアに言った。
「いえ、私は別に……」
 セリアが苦笑しながら言う。その後ろで北畠がガッツポーズをして小躍りする。

 この後、エンシューは北畠の食べた八枚のハンバーグを支払わされることになった。

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最終更新:2011年08月02日 18:58