彼に刺された脇腹が痛んだ。
――痛い。
もう何度目か解らないほどの激痛を味わいながらも、彼女は一振りのナイフを横になったまま見つめていた。
あの時、彼……いや、彼の"残骸"が消えた時、その場にこのナイフだけが残っていた。
もうこの世のどこにもいなくなってから久しい、彼の最後の存在の証。

「……ロバートさん」

刃を見つめながら、彼女は静かにそう呟いた。
遠い昔に一度想い、されど顔を合わせる度に殴り飛ばされ、遂にはその残骸までもが自分を狙ったあの男。

――零から産まれてきたあの男。
――存在しないはずの居場所さえも、全て自分で掴んで生きてきたあの男。
――そして、自分に対して殺意を持ち続けていたあの男。

彼女が微笑み、ナイフをす、と上に放り投げた。
そして横にあった剣の柄を引っつかむと、その勢いのまま手だけ振りかざして、ナイフを叩き割った。
欠片が飛び散り、彼女の白い肌を霞め、赤い切り傷を作った。

……素敵だ。なんて羨ましい。なんて眩しい。何処までも正しかった。
何処までも真っ直ぐで、捻くれていて、純粋だった。
だからこそ、彼女のその思いは、全く嘘偽りなかった。

「私は、あなたが大嫌いです」

傷から流れ出る血を拭うこともなく、欠片を片付けもせず、
彼女は静かに、顔だけを窓の外に向けた。
……そしてもう数ヶ月続く、黒煙が覆うだけの光無い空を見て呟いた。

「見てて下さい、クズ野郎さん。
貴方が遠い昔に守ったこの世界を、今度は私が守ってみせます」

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最終更新:2011年10月23日 22:13