「……」

正直な話、目を覆いたくなるような光景だった。
人が死ぬところは未だに慣れないが、それでも素人よりは耐えられる。
だが、目の前で起こっていたソレは、最早俺の想像の範疇を超えていた。

『止めてくれ!助けて――』

先ほどまで俺達を取り囲んでいた野党の一群が、次の瞬間、悲鳴を上げながら肉の塊にされていく。
同じ肉の塊に。

『""――くあああああぁっ!""』

耳が水で塞がったときのようにくぐもった彼女の声が、彼女の喉ではない部分から木霊した。
空間そのものが発したかのような声が響いたと同時に、肉の塊……いや、彼女は動きの規則性を変え、その外見が不釣り合いなほどに跳躍した。
そして空中で形を変え、一糸纏わぬ状態ながら、本来の彼女の姿へと戻った。

……そう思った瞬間、彼女の四肢と首が吹き飛び、胴体から離れた。

這う這うの体で逃げ出す者、
腰が抜けて動けず、悲鳴だけを赤子のように上げる者、
あまりの恐怖から自らの喉に短剣を突き刺そうとする者、
それら全てに平等に、

空中から鉤爪の生えたそれぞれの四肢が襲い掛かり、
挙句の果てには鋭い牙が生えた彼女の生首が、隙あらば彼らの首筋を噛み千切って行った。

『ば、化け物ッ!ばけ――』

最後に残った男の言葉は――
いや、違う。誰も残らなかった。

言葉は途切れた。

「……セリア」

俺の前に、四肢と頭と胴体が集まり、繋がった。
血に濡れた白い肌が、もう秋も深まった冷たい外気に触れる。
そして彼女は立ち尽くす俺の前に、頭を垂れ、肩膝をついた。
……服従の姿勢。胸の奥が苦くなった。

「敵に情けをかけて、仲間を失ったことが沢山ありました」

全裸のまま、服を再生させることすらせずに、彼女が静かに呟いた。
その声は凛としていて、迷いはないように聞こえる。

「貴方が無駄な殺生を望まないことも知っています……アサ王さん。
 でも私は馬鹿ですから、自分ではこういう選択しか出来ません」

迷いはないように聞こえる。
だが、迷いのなさは感じ取れなかった。

「お許し下さい、我が主」

銀の髪に隠れて、表情は見えない。
服従の姿勢も、全く動じずびくともしない。
だが、唯一その声音だけが、何処か震えていた。

「……案ずるな、セリア」

俺はそう返して、彼女の血塗れの肩を抱いた。
結局抜かれなかった俺の剣が、地面に落ちた。

彼女の過去に何があったのかを俺は知らない。
それでも認めてはいけない。それだけは決して。

だから、「主」と呼ばれたことを咎めなかった。今だけは。

「……俺が許さない。絶対に許さないでいてやる」

そう返して、銀の髪に包まれた頭を撫でたとき。
安堵したような、彼女の吐息の音が聞こえた。

それが安堵だったという保障はないけど。

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最終更新:2011年10月31日 00:38