薄汚れた金色の髪をした少女の目の前に、アルファベットが書かれたカードが散らばっていた。
子供が使うような玩具のそれらは、すぐ側に横たわる中年の女性と男性の血を少しだけ吸って、端が赤く染まっていた。
「……タオル」
少女が静かに呟くも、その名前の主は返事をしなかった。
代わりに、その銀色の装甲に包まれた脚が、わずかに動いて床に傷を付け、ぎゃり、と小さな音を立てた。
「ありがとう」
自分の育ての親の死体を目の前にしながら、少女は穏やかな声で言うと、
冷たい金属のその身体に、静かに自分の身体を寄せた。
そこでやっとその生物……いや、"タオル"という名前の彼は、静かに言葉を返した。
『ボクは、"どういたしまして"と言っていいのかわからない。代わりに、何かして欲しいことはあるかな、ユナ』
「……うん。ある。あるよ」
少女が、顔だけ動かして、散らばったカードを静かに見据える。
そして自分の手が血に濡れるのも構わず、26の字がそれぞれ書かれたカードを集め始めた。
「お母さんも、お父さんも、おばさんも、おじさんも皆死んだ。もう私の家族はタオルしかいなくなった。だからお願い」
そしてそれらをとんとんと揃え、タオルの大きなマニュピレータに渡して、静かに言った。
「私は、新しい名前がほしい。だから、一緒に考えて」
二人以外誰も居ない部屋にその声は染み渡って、消えた。
そしてしばらくの後、マニュピレータがカードを選び、そして床に五枚並べてひとつの文字列を作った。
少女が出来上がった名前を読む。『ALICE』だった。
『ボクの、昔の友達の名前なんだ。……どうかな』
「……」
タオルが反応をうかがう。すると、少女は、少し困ったような表情を作って、申し訳なさそうに呟いた。
「うん、すてきな名前。でもそれだと、アリスさんがちょっと可愛そうかも。大事な友達だったんだよね」
『……そうだね。ごめん』
「ううん。だから、ちょっと貸して」
血塗れの手のまま、少女はそう呟くと五枚のカードを静かに並び替えた。
さらに赤く染まるカードの順番が変えられてそこに出来上がったのは、別の名前。
「どう、かな」
タオルが、その名前を静かに口にして、そして少女の顔を見た。
『うん。すてきな名前だ。よろしくね――……』

誰も居なくなった部屋の真ん中。
あるのは二つの死体と、その血に濡れた五枚のカードだけだった。

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最終更新:2011年11月23日 02:46