「血の色って何色?」
 銀色の髪、翠の瞳。真っ白い病気のような肌。真っ赤な唇をゆがめて彼女は言う。
「貴女で確かめていい?」
 どこから持ってきたのだろう。黒い拳銃を白く細い手で握りしめて、彼女は聞いた。
「たぶん、今は銀色。ねえ、それって私も見れる?」
 聞いてみると、彼女は微笑んで否定した。
「ううん。あなたは見れないわ」
 ごつ、と額に銃口が当たる。
「人間の額の骨は一番硬いそうよ。それに角度も重要」
 私が忠告してあげると、彼女の顔が再び微笑み、ありがとう、と言って首に銃口を当てた。
「特異点が特異点を殺したって、きっとその因子は残るわ。だから世界が滅ぶことはないの」
「調べたの?」
「私、こう見えても長生きなのよ?」
「……そう」
「だから、安心して天国に行って。そして、それからその剣を貰うわ」
 私の持つ刀を、彼女は欲しがっていた。でも、最後に、教えてあげないと。
「最後に、一つだけ、良い?」
「なあに?」
「この刀は、健太郎さんじゃないの」
 がたがた、と彼女の体が震えた。かと思うと、彼女は拳銃の銃床で私の頭を殴り倒してお腹の上に乗ると何度も頭を殴った。
「すぐに殺してあげようかと思ったけど、気がかわっちゃった。じっくり殺してあげるわ」
 凄惨な笑みを浮かべて彼女は私を殴り続ける。
「……ねぇ」
「なあに? 息絶えるまで長いんだから、なんでも聞いてあげるわ」
「まだわからないの?」
「……なに、……が?」
「もうわかってるんじゃないの?」
 彼女の手が止まった。顔中から熱いものが流れ出ている感覚。
「私が、今、特異点じゃなくなってるってことに」
 彼女の――アイリーンの手が止まった。

       ***

 アイリーンはあまりの、その突拍子無い告白に手を止めてしまった。

       ***

 泉の横、ぬかるんだ地面。
 森の中であまりに無防備すぎる――それでも剣を片手に持っていた――彼女を見つけ、その剣を受け渡す交渉をしようと思った時に、彼女――春暁から告白があった。彼女は私に気づいていた。
「私は、健太郎さんだって言ったら笑う?」
「……面白いジョークね」
 勢いを失った私は脅すために持ってきた拳銃を持て余してしまった。
「健太郎さん……、ヘブンに墜落してきたときはね、まだ、生きてたのよ」
 突拍子無い告白だ。本当にそう思った。けれど、拳銃を持った手に力がこもった。
「私が見つけたとき、人の形を留めていたけど、たぶんきっと、もうすぐ死ぬだろうと思った。彼も、それがわかってたみたい。
 ……彼は、私に聞いたの。『神徒にそんな風に見つめられるのは初めてだ。人間になりたいのかい?』って。
 私が頷くと、私の中にもぐりこんだ。その時、私の中でひとへの興味が一層強くなったの」
 その言葉の意味を呑み込んだ瞬間、私は彼女に襲いかかっていた。その細く白い首を片手は拳銃を持ったまま両手でぎゅっとつかみ、叫びながら揺さぶった。
「ただの薄汚い神徒だったあなたが、ケントと融合したですって? 嘘もいい加減にしなさい! どうやって? ねぇ!」
「健太郎さんのアームコアの中に、私の自我がもぐりこんで、そのアームコアは私の体の中にもぐりこんだの」
 春暁は静かに呟いた。
「人体の中でアームコアができることがあるように、アームコアは私の中で溶けてった」
「嘘よ!」
「そう思うのなら、手を離して」
 その言葉は、再び私に衝撃を与えた。たしかに、信じてないなら笑ってしまうような話だ。
 しかし、彼女の言葉を、私は信じていた。真実のものとして。
「私は、この刀を手放すことはないわ。だって、健太郎さんの生きた証だから」
 私は手を離し、彼女を突き飛ばして頭を何度もかきむしった。
「……血の色って、何色?」

       ***

「今度は、なに?」
 疲れきった顔でアイリーンが言う。
「そろそろ、リヴドが目覚めると思うから。かれは、私より、因子が強いから」
 だらだらと流れる真っ赤な血が、不意に銀色になった。血が小さな流れを地面に作り、それが泉に溶ける。
「あなた……、神徒に、もどって……」
「うん」
 春暁が微笑みながら頷いた。それを合図とするかのようにぶおっと熱風が吹き、アイリーンがころころと地面に転がった。
 熱風に飛ばされたアイリーンをよそに、春暁に二人の女性が駆け寄る。
「春暁!」
 真っ赤な燃えるようなドレスに身をつつんだ女が春暁を庇うように立った。その右腕だけドレスの裾が燃え焦げて無くなり、生身の腕をむき出しにさせている。
「春暁さん、無事ですか?」
 もう一人の女が春暁の身体を抱き寄せながら聞いた。
「大丈夫。ありがとう、セリア」
 穏やかな声で春暁が答えるとドレスを着た女が噛みつくように叫ぶ。
「バカ言え! 血だらけじゃねぇか!」
 その右腕は依然としてアイリーンに向けられている。
「エゼキエルのルシファーに……、ローレライ。あなたまで居るなんてね」
「気安く呼ぶな! 骨も残らない焼死体にしてやろうか? えぇ?」
 真っ赤なドレスのルシファーががなった。
「……ポーリーさんとの約束でしたから」
 対して、きわめて静かに、春暁の白い土がついた背中を優しく撫でながらセリア・ローレライが言う。冷たい敵意がその態度にはあらわれていた。
「本当はこんなくだらない戦いに参加したくはないんですけどね」
「……くだらない? くだらないですって……?」
 アイリーンの身体から黒いツタが漏れ出し、あふれはじめた。
「オルタナに感染してる……」
 小さな声でセリアが言うとルシファーの足元からドレスの裾を燃やしながら炎があふれ出し、その炎がアイリーンの黒いつたと拮抗し始めた。
「くだらない……? くだらない……?」
 アイリーンの瞳は焦点を失い、うわごとのようにそれを呟いている。
「……んだよ、これ!」
 徐々に黒いつたが炎をのみこんでいく。
「逃げよう」
 セリアがぽつりとつぶやいた。
 ルシファーも悔しそうに頷いた途端、ごうっと霧のような白い風が吹く。
「未来王だ……。ルシファー、今のうちに行くよ」
「わかってるよ!」
 三人を守るような白い霧を背後に、春暁を背負ったセリア達は走り始めた。