だだっ広いホールに正装の男や瀟洒なドレスを着た男女が料理の置かれた無数のテーブルにそれぞれ集まっておしゃべりをしている。
 今日はサイ・レントという富豪をしのぶ会であり、世界的富豪であり自分の多額のお金を様々な事に投資して使い切りたかったが、結局、逆に大儲けしてしまった残念な富豪で、そのお金は今、世界の三大組織とも言われるグランジ、レインディアーズ、ヒリングデーモンへと流れている。
 その経緯はサイ・レントの育てていた義理の娘――正確には孫娘と言った方が良い歳の離れ方だが――であるソフィア・アターラロがそれぞれの組織に居るデイブ・グロリア、空条 彼方、エンシューと親交があったことからこれがされたとも言われる。
 彼女の行為は批判も多いが賛同も多い。それだけ彼らの組織にお世話になっている人々が多いのだろう。
 会場の隅のテーブルの近く、壁に寄り掛かってワイングラスを傾ける青年が居た。
 純白のタキシードを着て赤ワインを飲む姿はいかにも様になっているが、左胸にある注射器を持った悪魔の刺繍が近づく女性をゼロにさせていた。
 ヒリング・デーモンの小沢 勇太郎である。
 ヒリングデーモン、と言えばラスト・サンライズかロバート・ラスターだがもともと主要戦闘員が少ないため世間の常識としてヒリングデーモン主要メンバーである彼の顔と名前は憶えられていた。
 傍らには先ほどまで珍しくパイロットスーツでなくドレスを着たエンシューが居たのだがソフィア・アターラロに連れて行かれてしまった。
「……せっかく、デッドマンに頼まれごとをされたのに」
 そう独り言を言って彼は肩をすくめた。
 同僚のデッドマンはドレス姿のエンシューの写真を頼んだのである。
「まったく、彼らしいと言えば彼らしいが、自分で撮ればいいのに」
 ふと、勇太郎はざわざわと群衆が二つに分かれるのがわかった。もともと人が多いわけではないが、明らかに何かを避けているような人の流れに彼は眉をひそめた。
「あっ……」
 群衆を二つに分けていたのは一人の男だった。
 男の方がこちらに気づき、勇太郎は軽く右手を挙げて応える。
「こんばんは。健太郎さん。スーツお似合いですよ」
 紺色の高そうなスーツを着た青年が渋い顔をする。
「落ち着かないな……」
 三大組織の一角、レインディアーズに所属する蓮田 健太郎はため息をついた。
「俺はお前みたいにそう言う場になれてないんだ」
「僕だって大分ご無沙汰してました。でも、久しぶりに美味しいお酒が飲めてラッキーですよ」
「そりゃよかった。お前以外は居ないのか?」
 健太郎はあたりをきょろきょろ見渡した。
「さっきまでエンシューが居ました。珍しくドレスなんて着て」
「それは見たかったな」
 ウエイターの持っているお盆からドリンクを受け取った健太郎が笑う。
「そのスーツはアイリーンさんの見立てですか」
「あぁ。昨日ムリヤリ買い物に連れかれて……。一回しか着ないようなものをわざわざ買わされたよ」
「ははは、これが終わったらプレゼントしたらどうですか? そのスーツ。絶対喜びますよ」
 違う意味で、とは言えないが。
「まあ、あいつシュッとしてるから似合いそうではあるが……」
「あっはっは」
 かわいそうな麗人、アイリーンに同情しながら勇太郎は聞く。
「健太郎さんこそ一人ですか? 空条さんは……」
「……あいつが、来ると思うか?」
 健太郎のあきれ返ったようなその無表情に勇太郎は黙ってしまった。空条という少女はレインディアーズに所属しているのだが残念なことにパジャマ以外の恰好を見たことがない。
「はは……」
 勇太郎が苦笑すると健太郎に声がかかった。
「あ、ケンちゃん」
 声の先に居たのは修道服を着た少女だった。ソフィア・アターラロの募金先は非常に多いので修道女が居ても問題はない。
「エルドラド? なんでお前が?」
 赤毛の修道女はぴこぴこ近づいてくる。
「なんか、ルディの関係らしいけど、恥ずかしがって出てこなくなっちゃった」
 そこでふと勇太郎は彼女がロバートに関連していた事を思い出した。
「はじめまして、お嬢さん」
 勇太郎は視線を少女に合わせてお辞儀する。
「あ、ヒリングデーモンの小沢さんでしょ?」
「はい。小沢勇太郎と言います」
「大変ね。お父さんのせいで」
 勇太郎の笑顔が一瞬だけひきつった。
「えぇ。父には困ったものです」
 彼の父、小沢太郎は今や悪徳政治家の典型で、しかもなぜか起訴されてない事でも有名だった。おそらく裁判所を買収しているらしいがTVでもそのことはタブーだった。
「私は……、ユートピア。よろしくね」
「ユートピア……。だからあだ名がエルドラド?」
 エルドラドと言えばガリア教に出てくる理想郷の代名詞である。
「えぇ、そうよ」
 ユートピアの横で健太郎が何かやりにくそうな顔をしていた。
 それを聞こうとした時に、入口側がわあっとなり、立ち上がりながらそちらに顔を向けると、見覚えのある青い着物を着た女がこちらに歩いて来ていた。
 女性はみんな、ほとんどドレスを着ているため彼女の恰好が珍しいのもあるし、彼女はなでしこのような女性だというのを勇太郎はよく知っている。
 切れ味のいい刃物みたいな女。レインディアーズの桐山 鉄乃だった。
「……」
 勇太郎はちょうど隣を通りかかったウエイターにワイングラスを渡し、彼女に近づいていく。
「どうも、お久しぶりです鉄乃さん」
 紳士的なお辞儀をすると鉄乃の顔が明らかに曇った。
「……勇太郎か」
「えぇ。今日もお美しいことで」
 笑顔で飄々という勇太郎に鉄乃は憮然とした表情になった。
「お前といると、落ち着かないんだが」
「ありゃ、冷たい。僕としてはいつも鉄乃さんと一緒に居たいんですけど」
「そう言うセリフをよく真顔で言えるな……。お前は」
 頬をひきつらせながら鉄乃が言う。
「どうせほかの――」
 鉄乃の言葉をかき消すように音楽が鳴り響いた。会場の奥のステージの垂れ幕の奥からオーケストラが現れてゆったりとした音楽を響かせている。
 それをきっかけに各々が踊りだした。
「……鉄乃さん」
 勇太郎は鉄乃の手をぱっととって踊りの輪に無理やり連れだした。
「おい、勇太郎っ! 私はダンスなんて踊ったこと……!」
「大丈夫大丈夫。案外勝手に体が動きます」

「お嬢さんお嬢さん」
 音楽の鳴る中、健太郎とユートピアが話をしていると、そんな声がかかった。
 ユートピアが振り向いた先にはゴスロリに鼻眼鏡という奇妙な格好の少女が居た。
「ムスタング……」
 健太郎が眼を丸くして呟くと、ユートピアは何かに引き寄せられるようにムスタングに近づいていった。
「踊りましょ?」
 ムスタングが、先ほどとはどこか雰囲気が違う声で言う。
「うん。僕、よくわかんないからポーリーがリードして」
 エルドラドが少し恥ずかしそうに言うとポーリーはふふふ、とおかしそうに笑う。
「わかったわ」
 二人は手を取り合って踊りの輪の中に入っていった。
 残された健太郎は厳しい顔で
「……あのメガネで踊るのか……?」
 と呟いた。

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最終更新:2012年01月16日 22:17