会社の書斎で、言左衛門はぬるくなったコーヒーカップをデスクの上に置いた。
 上塗りされすぎてぬるぬるした奇妙な質感の黒髪が光り、精悍ながらも優しいその顔が今は片方の眉を上げた訝しげな表情で固まってる。
 その視線の先には、深々頭を下げる金髪の女性がいた。
「まあ、顔をあげなよ」
 女が顔を上げ、長く、さらさらの金髪を頭の後ろからやや高めの位置で結われた髪が揺れる。
 切れ長の目と、紺色の瞳。御蓮人ではありえないような肌の白さは彼女が異邦のリズ人であることを示している。
 見事な肢体を覆い、要所を強化プラスチックの装甲で守られたアームヘッドパイロット専用の紺色のパイロットスーツと金色の階級章。
 ――御蓮軍・アームヘッド小隊第十三部隊隊長・アイネアス=メイヤー。
「で? 何の用?」
「この度は、ラグナロク撃退に尽力していただき……」
「あぁ、うん。……アイネアス、また痩せた?」
 言左衛門が訝しげな顔のまま首をかしげた。その細かく推し量るような視線にアイネアスは一歩下がって胸の前で両腕を組んだ。
「恥ずかしいなら普通の軍服でいいじゃんか」
 真っ赤になったアイネアスの顔を指差して言左衛門は言う。
「……こちらの方が企業ウケするという広報の判断だ。それに……、恥ずかしいのはお前に見せるときだけだ」
 ぶっきらぼうにアイネアスが言う。言左衛門はあまり興味なさそうに頷き、ようやく表情を変え、眼を皿のように細めた。
「おい」
 その顔を見てアイネアスは低い声で言左衛門を威嚇する。
「二キロは落ちただろう。整備士にちゃんと伝えて、調整してもらわないと」
 しれっとしながら言左衛門は椅子を後ろに引いて両手を後頭部に当てた。
「……用心深いな」
「体重二キロの誤差がアームヘッドに与える影響、バイオニクルフレーム間接に、コックピットシート。バーニア出力と体重移動時の――」
「あぁ、もういいもういい。わたしが悪かった。ちゃんと調整してもらうよ」
 アイネアスはため息をつきながら両掌をぐっと前に出して呆れたようにその続きを拒否する。
「アイネアス、日曜はヒマ?」
 言左衛門はメモ帳らしきものに鉛筆で走り書きをした。
「……え?」
 真剣そうな言左衛門の表情に、アイネアスは一瞬期待しかけ――
「日曜こっちで調整する。その際にパイロットスーツの調整もしよう」
「……は?」
 アイネアスの端正な顔が凍りついた。
「バスト、ヒップがプラス……。ウエストがマイナス。こういう部分の誤差もアームヘッド高速移動時のパイロットの身体的負荷を軽減させる」
 至極マジメな表情の言左衛門に、アイネアスは両手を握りしめていつ殴るかを延々考えていた。

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最終更新:2012年04月30日 21:13