「それにしても、宿泊交流会って……レインディアーズは現在絶滅しつつあるホワイト企業か何かだったのか?」
メンバーが乗っているバスの真中の席から、少しおどけたような声が飛んだ。
声の主は、黒髪に長いもみあげの中年、No.06、ブレジン・ニールファットだった。
隣の座席には、荷物のリュックを荷物棚に上げず、太ももの上に乗せてそこに顎を載せたまま無表情の空条 彼方が座っている。
「割とこの仕事ってさ、色々とストレス溜まることも多いだろ?ついでにメンバー同士の交流を深めて、チームワークをうんたらっていう大義名分もあったりなかったり」
「単に皆で騒ぎたかっただけじゃないの」
「まあね、ユッキー」
ブレジンの声に、最前列に座っていた金髪の男が応えた。男の名は、マキータ・テーリッツ。
ドーナツを片手に妻と談笑する姿からは、とても過去の戦争の英雄にして組織の創設者らしき雰囲気はない。
「あっ!見えてきたよ!海、ほら海!」
「本当だ……。なんだか久しぶりですね、海なんて」
「ボクにも見せて!セリア、頭が邪魔!」
「痛いです!痛い痛い痛い!」
「ちょっとステタル、私も痛いんだけど!あ、あれ?何この感覚、気持ちいい」
「エマさんこわい」
窓の外に見えた青にテンションが上がっているのは、No.32、エマ・チャーチ。
その隣で同じく窓を見ているのは、このメンバーの中では一番新入りのセリア・オルコットだった。
更に、補助席で眠りこけていた状態から、少女のような少年が「海」という言葉を聞いて一気に覚醒しセリアとエマを押しのけた。
オリジナルXIIIを中心に、高い成績を挙げている選抜メンバーを特別に載せた慰安バスは、
それぞれのわめき声を溢れ出させながら、予定地の浜辺を目指して走っていく。

「よっしゃあ!」
誰よりもはやく着替え終わったブレジンが、年齢にあわない落ち着きのなさで更衣所から浜辺に全力疾走した。
急ブレーキし、すう、と海の香りのまじった空気を肺に溜め込み、そして吐いた。
「おっしゃあああああああ!泳ぐぞおおおお!」
「あ、もう着替え終わってる!」
「早いですねブレジンさん。余程楽しみにしてた、とか」
「は゛ぁ゛ん゛?」
後ろから聞こえた二人分の声に、ブレジンが振り向く。
そこにいたのは、オレンジと黄色の水着にサングラスを額に載せたエマと、淡い水色の水着のセリア。
長い銀髪は邪魔にならないように黄色のゴムで後ろに縛られ、エマのようにポニーテールになっていた。
年齢に差があるはずなのに、胸の大きさは差がない。ついでにいえばどちらも結構大きい。
「あれ、彼方は?」
ブレジンが二人の胸から咄嗟に目を離し、理由をつけるように彼方を探す。
見ると、更衣所からゆっくりとした足取りで、ぺたぺたと彼方が歩いてきた。
あまり凹凸のない平坦な体躯を、ぴっちりとした生地の、黒と藍の新しいタイプの競泳型の水着に包んだ姿だった。
小脇に浮き輪を持ち、額には途中で買った安物のサングラスをかけていた。
「……お前さ、思ったよりノリノリだな。来る前はあんなに嫌がってたのに」
「うるさいわ。こうなったらもうヤケよ」
いつも土砂降りのような彼方の表情が、今日は少しだけ明るく見えた。
長い黒髪は気にしてないようで、セリアのようにまとめてはいない。
「さーて、あとの奴らは……って……」
「何ですかブレジンさん、急に凍りついて――え」
「な……」
「……頭痛がするわ」
ふと横を見たブレジンと、一同が続けざまに絶句した。
視線の先にいたのは『マッド・ハニー』こと、シェリル・ベレスフォード。
「あらぁ?アンタたちの水着って、なんか案外地味ねぇ」
ボサボサの赤毛に色気を放出する艶かしい笑顔、鍛えあげられつつ引き締まった体のライン。そこまでは良かった。
問題は、その体を包む水着だった。
やたら光沢を放つ真っ赤な素材で、まるで「X」を描くようにデザインされた布地が、豊満な胸と太ももに伸び、
そこから帰る布地が尻を通り、股間を隠して再び胸に帰ってくる――だけでなく、腹部だけがわざわざばっさりと切られてヘソが見える。
もとよりヘソなど水着においては出して当然なのだが、わざわざそこを切り抜いて露出させていることには別の意図が見えた。
「い、いや、シェリルさん。私たちの水着が地味なんじゃなくて、貴女のがキョーレツすぎるんだよっ」
「……横、見てください。皆見てますよ。特に男性の方が」
「別にいいじゃん、モロ出ししてるワケじゃないし、減るもんでもないし」
ダメだこら、といよいよ付き合いきれなくなったブレジンがその場から離れると、彼方も抜け駆けするように後ろについてきた。
そして、シェリルらとは他人に見えるような位置まで距離を取ると、改めて絶叫した。
「……おっしゃあ!気を取り直して、いくぞ彼方!」
「……歳を考えなさい、どんなテンションよ貴方」
「うるせえエセ幽霊!いくぞおらああああああああああああああああああああ!」
「ちょ、ちょっと!?待ちなさい!待ってえええええええええ――」
ブレジンが、彼方の手を掴んで、そのまま海に向かって全力疾走した。
やはり途中で転んで彼方もろとも砂まみれになり、報復のパンチを腹に喰らって「く」の字に倒れこんだ。

「まぁたシェリルはとんでもない水着着てるね。そんな無意味に扇情的にしてるとそのうち襲われるよ」
「あ?」
シェリルの後ろから幼い声が響いた。振り返れば、ステタル。
淡い青緑の、普段着ているワンピースに似たデザインの水着を着ている。小さくフリルがついていた。
下半身は、フリルのスカートに同色の水泳パンツ。色調を統一させているせいか、違和感は微塵もなかった。
その後ろには、筋骨隆々とした肉体を、男性用の競泳水着に包んだブライアン・オールドリッジがいた。
手にはパラソルとクーラーボックスを抱え、手伝わないステタルを睨んでいた。
「襲われても結構、むしろ大歓迎さ。そんな度胸あるヤツなかなかいないけどね」
「当たり前だシェリル。君はいちいち第一印象が強烈すぎる」
「うっさいわね。この筋肉モリモリマッチョマンの変態ドーナツジャンキーが」
「全部否定しない」
シェリルを流しながら、ブライアンの血管の浮いた手が、砂にパラソルを突き刺し、クーラーボックスをその影に入れるように置いた。
「ほら、いつまでも小言ついてないで、泳ごう!」
ステタルの屈託のない満面の笑顔が全員を眺め、そして海に向かって走りだした。
水音が響き、こちらに向かって手をふるステタルの笑顔が、日光の下で照らされてよく見える。
「行こ、セリア!」
「もちろん!」
セリアとエマがそれに続いて走りだす。
ブライアンとシェリルは顔を見合わせると、それぞれ絶叫しながら海に向かって続くように突撃していった。
「この歳になって、こんなテンションになるなんてな!」
「たまにゃあ良いでしょ、いっつも暗いバーテンばかりじゃあね!」
ちなみにブライアンの野太い絶叫は、よく響いた。


「そ、それは俺のフライ!返せ!返せよこのハゲ親父!」
「くっくっく、この程度の食事を盗られるようではまだまだ訓練不足だ若人よ!」
「うるせえ返せ!さもないと、ぱくっ!」
「あああ!俺のエビフライが一口で!てめえ、師匠の食事を!」
海の家で水着のまま食事を取るメンバー達の中で、大きな声が響いた。
注文した白身魚のフライを盗られて激昂する青年、テオバルト・アーベントロートは強引にフォークを掴むと、
犯人であるスキンヘッドにサングラスという強烈な容姿の中年、ダグラス・D・ダッカーの皿を襲撃し返した。
見せつけるような表情でエビフライを味わう弟子を、ダグラスが親の仇でも見るような表情で睨む。
「テオバルトさんとダグラスさん、楽しそうだね。ウィノナ」
「フライ一つで子供みたいに喧嘩しなくても……これ、美味しい。テルミも食べる?」
死闘を横目に、隣のテーブルで、テルミという少年とウィノナと呼ばれた女性が食事を進める。
表情こそあまり変わらないが、ウィノナは焼きそばを食べる手を休めることはなく、むしろ次第に加速していく。
テルミが焼きイカ一本を食べ終わる頃には、ウィノナの前には焼きそばの皿が10皿積まれていた。けふ、と小さくウィノナが呟いた。
「ドーナツがあるなんて、ここの店主はよく解っている」
「店主のセンスに疑問を感じるわ、この焼きそばは美味しいけど」
口元をチョコまみれにしながらチョコドーナツを齧るマキータと、焼きそばをすする妻の雪菜が、先ほどからのフライを巡る死闘を横目に食事を進めている。
見ると、ブライアンもプレーンシュガードーナツを頼んでいる。既に何皿食ったのだろうか、空いた皿が塔のようになっていた。20皿はある。
「ブライアンさんも凄いですね……喉、渇かないのかな」
「さっきまで全力で泳いでたのにね。水分より先にドーナツっていう」
「まあこればっかりは好みだからね。それよりセリア、その焼きそば一口ちょーだい」
セリアとエマがブライアンをビックリ人間を見るような目で見ている間に、ウィノナを見ていたステタルがセリアの更にフォークを突き立て、くるくるとパスタのように焼きそばを巻きとって口に運んだ。
その瞬間、ステタルは頬をおさえ、ため息をついて焼きそばを飲み込むと声を大きくした。
「ボクもこれ頼もう!すみませーん!」

「健太郎、なんであまり泳がないの?」
「あぁ、エマ。せっかくだから、水中でどうすれば水圧をなるべく殺しながら動けるか、色々と考えてるんだ」
食事を終えてまたバカ騒ぎに戻ったメンバーから離れた位置、ひとりであまり大きく泳がずほぼ直立で水に浸かっていた男がいた。
長めの黒い髪を髷のようにして結えた、端正な顔立ちの青年だった。
「こういう時でも訓練とか、あまりマジメすぎても駄目だよ?楽しむときは楽しまないと」
「う、ううん……そうは言ってもへぶぁっ!?」
「ぶへっ!」
困ったような表情を見せるケントとエマに、いきなり波が襲いかかった。
明らかに人為的な水しぶき。ケントが犯人の姿を探すが、見当たらない。その瞬間だった。
「うわあっ!?」
「うおおっ!!」
急に足首を捕まれ、水中へと引きずり込まれるケントとエマ。
咄嗟にケントが、一面が青黒い色に染まる中で下を見ると、銀の長い髪に緑の目をした女性が最高の笑顔で足を掴んでいた。
まるで神話に登場する人魚か何かのような、美麗な容姿。No.13、アイリーン・サニーレタスだった。
「ば、ばびびーん゛ばぁん゛!」
空気を漏らしながらエマに名前を呼ばれると同時に、そのままアイリーンは海底の砂を蹴り、エマとケントを掴んだまま水中を全力疾走した。
水中で引きずられるという珍しい体験にして生き地獄を、少女と青年が味わう。
全身に流れていく水圧の重みが襲い、口から、鼻から、耳から、海水が容赦なく流れ込んでくる。
「がべべべべべべべべじじじじじぬ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛」
「がぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼごごごごがごごごごごがご」
ケントが悩まされていた水圧などまるで存在しないかのようなスピードでアイリーンは足が突く浅瀬まで来ると、
そのまま恐ろしい力で水中からエマとケントを投げ飛ばし、水面を突き破ってミサイルのように砂場へと着地させた。ただし、頭から。
「……」
「……」
浜辺に頭を埋まらせ、ぴん、と直立の姿勢のまま動かない二人を見て、アイリーンは驚いたように呟いた。
「あ、あら?殺しちゃったかしら?」



「あー楽しかった!」
「昨日は久しぶりに騒ぎましたね」
「ボクあの焼きそば、また食べたいな!」
あれから一晩してホテルから出発したバスの中は、昨日とくらべて静かだった。
遊びすぎて疲れが出たのか、殆どのメンバーがそれぞれの座席で眠っていた。
急に、バスのスピードが遅くなる。見ると、売店等が設えられた休憩所に一旦立ち寄るようだった。
セリアとエマ、ステタルが降りる。ふと見ると、売店にプリントシール機があった。
「……記念に、撮ろっか」
「はい」
「そうだね、とろとろ!」
エマがコインを入れ、三人がカーテンの中に入る。
「ちょっと、狭いですね……」
「仕方ないでしょ!ステタル後ろね、レディファーストだよ!」
「おおせのままにー、ってカウント始まってるって!急いで!」
「ならば、それっ!」
「わあ!こらあ!セリアったら!」
残り2秒、セリアはエマに勢いのまま抱きつき、ステタルがその二人の頭の上から顔を出した。
画面内に、バランスの良い三角形の構図で三人が収まりきった。
「これでよし!」
ステタルが最高の笑顔で言った途端、写真が撮られた。

印刷が終わり、出てきたシールを一枚ずつ取り出す。
写っていた三人は、全員、屈託のないような満面の笑顔だった。

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最終更新:2013年02月13日 20:37