”血染の羽毛”のようなエースパイロットにとっての敵は、戦場で相対するアームヘッドだけとは限らない。
優秀な者は常に危険に晒され、生身でいる間でさえも気を抜いてはいけないのだ・・・・・・。
暗闇に浮かび上がる、ミーティングテーブルを囲む複数の人影・・・・・・!
彼らは険しい表情で、互いに睨み合っている。
しかし真に睨めつけているのは目前の人物に対してではない。
「・・・・・・セイントメシアが我が軍に与えている損害は、周知の通り余りにも甚大だ・・・・・・」
「綿密に計画された作戦の失敗、優秀な人材の損失・・・・・・。
そのほとんどが、奴の、ただ一機のアームヘッドの仕業であると言っていいだろう」
「我々は、一刻も早く、”血染の羽毛”を葬らなければならぬ。
そう、どんな手を使ってでもだ・・・・・・!」
「・・・・・・『邪なる終世主』とやらはどうなっている?」
「コピー・メシアの開発そのものは殆ど終わっていると聞いた。
しかし、高レベルのアームコア7つを扱える人材が一向に現れぬらしい」
「・・・・・・その代替案である『ラクシ・アサシンズ』のチームが、
そのコピー・メシアのアームコアを使用すると言い出して、
取り合いになって揉めている最中だとも報告を受けた」
「正直なところ、メシアを打倒できるならばどちらでも構わないんだがな。
そうしている間に手遅れにならなければいいが・・・・・・」
「うーむ・・・・・・そんな調子でセイントメシアを倒せるようには思えん・・・・・・。
またいつものように損失として返ってくる予感さえする。
いい加減に、もう正攻法の通じる相手ではないと、割り切るべきなのだ」
「知っての通り、メシアは御蓮の村井研究所製。
パイロットはそこの息子コータロー・ムライ。
”奴”は性能こそ高いが強さの根源はパイロットにある。
搭乗者が変われば強力な調和は封じられ、メシアの強さは半減する。
いや、メシアを扱える者は現状、ターゲット一人なのかもしれない」
「ターゲット・・・・・・まさしくメシアの心臓だ。
そこを突くのはセオリー。ある意味、正攻法よ・・・・・・」
暖色のカーテンを透かし、柔らかく部屋を染める日の光。
少し気だるくなるような空気の中で、彼女は目覚めた。
羽毛布団の下は、一糸まとわぬ生まれたままの姿。
その素肌の上を布団が撫で滑るような形で、彼女は静かに抜け出す。
まだ少しおぼつかないが、腰回りを強調するような、艶めかしい歩み。
テーブルに置かれた、瑞々しいフルーツを手に取り、一かじりする。これが彼女の朝食だ。
ウォッシュ・ルームの鏡の前で、その美しい肢体を翻した後、次にはドレッサーの鏡に向かう。
そこに映ったリズ美人は、慣れた手つきで唇をルージュで彩り、鮮やかなアイ・シャドウを乗せた。
彼女は鏡の前で幾度か表情を作る。リハーサルは欠かさないのだ。
「・・・・・・あの人・・・・・・来てくれるかしら?」
それからクローゼットへとモデル歩き。
ようやく服を着ると思いきや、極彩の服の壁を前にしばし悩むのだ。
「・・・・・・うーん・・・・・・難しいわ、好みは・・・・・・」
思案の末に彼女が選んだのは、ビビッドな赤色が眩しい、胸元の開いたワンピース。
その白い肌と金髪とのコントラストが、セクシーな彼女のシルエットをより鮮明なものにした。
「あと、足りないのは・・・・・・?」
棚を探って出したのは、エメラルドの付いた首飾り。
彼女はそれを首にかけ、次にブランド・バッグの中をまさぐった。
その中には、彼女の「武器」が入っている。
確認を終えバッグを肩にかけ、服と同じ真紅のハイヒールを履くと、彼女はホテルを後にした。
御蓮の昼下がりの街並みに対して、彼女の存在はなかなかに異質だった。
どちらかと言えば夜の格好だからだ。それに長身のリジアンは目立つ。
まばらな人通り、特に男性の視線を集めながら、彼女は優雅に闊歩する。
この街は観光的な評価が高く名も知れているが、休日でも人混みが起こることのない穴場スポットだ。
彼女はそんな街角の洒落たカフェテラスへと入っていく。
「予約していた、キャロルです。もう一人は後から」
それから彼女・キャロルはあらかじめ選んでおいた、テラスの端にあるテーブルに向かう。
席について、注文したアイスレモンティーを飲みながら、キャロルは待ち合わせている相手を待っていた。
(彼、ちゃんと来てくれるのかしら・・・・・・?)
キャロルはバッグから一枚の写真を取りだし、眺める。
(けっこう、好みなのよね)
そこには精悍な顔つきの御蓮人の青年が写っている。
その筋の人には知れた顔である。
(御蓮人は基本実直だし、なによりリズ美人が好みだっていうわ。
さすがに、この私を放っておくなんて、損なことはしないでしょ)
もうすぐ約束の時間が訪れる。
キャロルは何度か足を組み直し、際どい脚元をちらつかせながら、街路を見渡す。
その後でバッグを開き、改めて中身を確認する。
手鏡、ブランドのコスメ・ポーチ、財布、手帳に鍵、サングラス、グローブ、果物ナイフ、睡眠薬、注射器、スタンガン、拳銃。
準備は万端だ。
(問題は彼がどんな行動をとるかだわ。
プライベートの彼が、普通の男と同じかどうか・・・・・・)
それは少し望みの薄い考えであるとは分かっていた。
(そう・・・・・・彼が普通の男のはずがない。だからこそよ。
私ならできる、こっちのペースにのせればいいのよ!)
しかしキャロルの心臓は高鳴りはじめていた。
(だけど・・・・・・二人きりになった時?彼が私のことに気付いていたら・・・・・・。
その時はもう、帰れないかもしれない・・・・・・)
手鏡を覗きながら考える。
(待って、自信を持ちなさい私!
・・・・・・でも、何もかも上手く進んだとしても、私に彼を仕留められるかしら・・・・・・?
この迷いは何?・・・・・・私は、彼に恨みはない、むしろ・・・・・・)
キャロルは顔を赤らめる。
(いけないわ、そんなことを考えては・・・・・・でもやっぱり私には・・・・・・。
それに彼、御蓮人だから私に一目惚れしちゃったりして・・・・・・。
そうなら計画には好都合だけど、私にとっては間違いなく支障・・・・・・。
やっぱり、私には出来ないかも・・・・・・)
彼女は独り顔を伏せる。
(じゃあどうするの?諦める?いいえ、一目でも彼に会わないと気が済まないわ。
どうしよう、会って、打ち解けて、私の正体を知られたら・・・・・・?
そうなっても、私に彼は仕留められなくって、彼にも私は殺せなくって・・・・・・)
キャロルは近づいては遠ざかっていく足音を幾度も聞いた。
(・・・・・・残された道は、そう――駆け落ちしかないわ。
リズからもプラントからも解脱して――二人、愛の逃避行――。
その前に立ちはだかる、追手、国境、人種の高く厚い壁、幾つもの障害――。
敵のエースパイロットとの、美しく儚い、燃えるような禁断の恋・・・・・・!!
ああ!なんて!!なんて――素晴らしいのかしら!!!)
いつしか眠りに落ちていたキャロルが、店員に起こされた時には、既に日が落ちていた。
村井幸太郎はソファの上で脱力していた。
膝の上には、ラブレターのような小さな手紙が広げられている。
(・・・・・・リズめ・・・・・・同じ手に何度もかかるかよ・・・・・・それにこの手紙・・・・・・)
『―――――――――――――――――――――
わたしあたなの大フアンです。
ごの喫茶占で、わたしは待ています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
超美入ナイスバデのすてきなわたし目印です、
デートがたのしですね。
絶対絶対絶対にきてくさい。
ヰヤ口ノレ
―――――――――――――――――――――』
「幸くーん、ちょっとー?」
「・・・・・・はーい」
別室から妻が呼ぶ声を聞いた幸太郎は、手紙ときわどい写真をごみ箱にぶち込んでから向かった。
今日のキャロルは、プラント帝国軍の軍服を着ている。
先日の『お色気で悩殺&暗殺大作戦』が全く何も残さず終わったからである。
彼女は、コータロー・ムライに緊急極秘任務を伝えに来たプラントのエージェントという名目で、
村井研究所への侵入に成功したのだ・・・・・・!
(この私に!無視を決め込むなんて!許せない・・・・・・今度こそッ!)
キャロルが、研究所の綺麗な応接間で待っていると、小さなノックの後にドアが開いた。
「申し訳ございません。夫は、すぐに戻りますので・・・・・・」
現れたのは御蓮人の女性である。・・・・・・夫?
「ああっ、はいぃ」
まだ不自由な言葉でとりあえず返す。
「・・・・・・あの、これ、つたない私の料理ではありますが、
宜しければ召し上がってください・・・・・・」
村井葵はしずしずと、出来立ての手料理をキャロルの前に置いた。
「いえ、おきをつかわずに・・・・・・」
目の前の皿の上には、大変美味しそうなミートボールスパゲティ。
キャロルは普段フルーツしか食べないようにしているが、この状況ではどうか?
全く手を付けないのも不自然ではないか?御蓮の礼儀はあまり理解できていない。
それに、こんなにも食欲を誘う匂いを嗅いだのはいつぶりであろうか・・・・・・。
「・・・・・・苦手、でしたか?」
「・・・・・・ノー、ノー!いただきます」
キャロルが焦り気味にスパゲティを一口。
口の中に広がる・・・・・・そう・・・・・・これは、我が家の味、お袋の味・・・・・・。
「!!」
キャロルは思わずミートボールを頬張り皿にがっついた。
久しぶりの『食事』、なぜだか懐かしい味・・・・・・思わず泣きそうになっていた。
目前では、葵が一度驚いた顔をした後で、嬉しそうに微笑んでいた。
「おかわり、持ってきますね!!」
足早に退室していく葵の背中を、キャロルは潤んだ瞳で見つめていた。
(私は・・・・・・何てことをしようとしていたのかしら・・・・・・!?)
何故か大盛りだったパスタを、9割方平らげた時の事である。
勢いよく口に運ばれていたキャロルのフォークが、止まった。
「・・・・・・うっ・・・・・・ッ!?」
腹の底から背骨を通り抜ける、正体不明の痛み・・・・・・。
そして、両耳を劈くような頭痛!
なんだ、なんだこれは!!
キャロルは眩暈に襲われながらも立ち上がった。
そして足を引きずりながら、ふらふらと出口へと向かう。
この、感覚は!!
(まさか・・・・・・毒を・・・盛っていたというの・・・・・・!?
流石は・・・・・・セイントメシアの嫁・・・・・・ッ・・・・・・!!)
葵が、幸太郎を伴って応接間に戻った時、既にキャロルの姿はなかった。
「あ、あれ・・・・・・?」
「客人というのは?」
「つい、さっきまでそこで、スパゲティを食べて・・・・・・」
「・・・・・・何だか良く分からないが、お前が追い払ったのか。
でかしたぞ、葵!」
なお、研究所のトイレの在処を知らぬキャロルの消息は不明である。
優秀な者は、いつでも自ら身を守らなければならない。
それでも時に無防備でいられるのは、その周りで守る人々もまた、優秀な者だからだ。
- 葵つえー(^q^) -- げいぺど (2013-05-26 21:48:52)
最終更新:2013年05月26日 21:48