郡山 択捉は御蓮人である。

かつて郡山家の先祖は村井一族と親交があり、彼もまたその縁から村井研究所に入所することになった。


郡山は大変生真面目な男で、管理・設計・事務等あらゆる分野の仕事を任されても、努力で何とかこなしていった。
その根底には彼自身が、御蓮における重役である村井家を支える一員として携われることに、誇りを持っていたということもあった。

入所からしばらくして、所長夫妻の間に第一子が生まれた。
真面目な郡山は、空き時間に子守りを手伝ったり、休日にも研究所を訪れ、多忙な父親の代わりに遊び相手になることもあった。
少し大きくなってからは、所長の息子ということもあり、郡山は執事のように振る舞って付き添う時期もあった。



「これ、なーに?」
幸太郎少年が、しゃがみながら田んぼを覗き込んだ。

「それはカブトエビという生物です。水田の雑草を食べて稲の発育にも貢献してくれるのです」
郡山も覗き込んで、少年の上に陰を作った。

「へんなの」
そう言いながらスケッチブックに書きなぐる幸太郎少年。

郡山が頭を上げると、少年の被った帽子と同じく朱色のトンボが、辺りを何匹も飛び回っていた。
幸太郎少年もそれに気づき、帽子を虫取り網のように振り回しながらトンボを追いかけていた。

「おじさーん」
少年が不意に問いかける。

「何でしょうか?」

「おじさんって、ひまじんなの?」

「・・・・・・ええまあ、すべきことは終えてから来ていますが」

「ひまじんなんだね。まぁトンボとってよ」

幸太郎少年が飛び跳ねるが、虫たちは巧みに避けて一向に捕まらない。

「ちっぜんぜんとれねーじゃん」
「いずれ掴み取れるようになりますよ。今日はもう帰りましょう、幸太郎ぼっちゃん」

夏の夕焼けの中を二人は帰った。



やがて幸太郎の成長と共に、顔を合わせる機会も殆ど無くなった頃、郡山に転機が訪れた。
アームヘッド開発の本格化に伴った、テストパイロットへの転身である。
きっかけは研究所手持ちのアームコアと郡山が調和を示したことで、他に極めて平均的な身体能力を持っていたことも理由だ。
郡山は主に、擬似覚醒装置とマンスナンバーのテスターの一人として、開発の発展に貢献していった。

急激な進化を遂げるアームヘッドだが、複数のアームホーンを搭載するデュアルホーン機体が開発されるとテストは難航した。
初のデュアルホーン搭載機・セイントメシアは7つのホーンを持つ規格外の機体で、初期型FASによる起動を受け付けなかったのである。
結局テスターたちがそれぞれ直接起動を試みるが、誰一人として成果を得ることはできなかった。

その中の一人であった郡山は、セイントメシアに乗り込んだまでは良かったものの、起動を試みた時に無反応ではなかったのが問題だった。
ホーンの一つとの調和可能性を示された郡山は、その得体の知れぬ意思と接触し、危険を感じて自ら抜け出したのである。
彼は直感的にメシアが何か危険性を秘めていると主張したが、その感覚自体は珍しくないと特に聞き入られる事もなく、
更にはセイントメシアの正規パイロットが、村井幸太郎であることを知って更に驚いた。

その後郡山の耳には度々、セイントメシアと幸太郎の目覚ましい活躍が届くようになり、
そのたびにテストの際に覗いた意思と記憶、予言の一部を思い出して恐怖し、また彼の身を案じた。
しかし郡山の考えとは裏腹に、デュアルホーンの快進撃は止まる事を知らず、今更検証の余地などなかった。



しばらく郡山にまとわりついていた漠然とした不安は、別の形で表れることになった。

まず所長夫人が以前から消息を絶っているのではないかと、おかしな噂が囁かれるようになった。
次の噂は、セイントメシアの設計データが既に流出しているというもので、それはいつしかリズ連邦のコピー・メシア開発の情報という確固たる脅威に変わった。
それから新型アームヘッド・メシアエンブリオが、テストの最中に戦闘部隊オラクルス所属の神崎によって奪取された事件。
郡山はそれを目の当たりにしたものの負傷は無かったが、その後のFASテストでは警戒の強化と共に、テスター自身も疑いの目で見られるようになった。

村井研究所に、更なる災いが降りかかろうとしている・・・・・・。
郡山は度重なる事態にそうした予感をどこか感じていた。何者かの呪いなのだろうか?コアとの接触を思い出す。
厳重監視の中、悪寒を覚えながらテスターを続ける郡山。デュアルホーン、団結、救世主、義務、勇者、宿命・・・・・・。


・・・・・・ある夏の日、郡山は村井研究所を辞職した。
何故そのような決断をしたのか、彼自身にも曖昧なところがあった。
あの、アームコアとの接触によって狂ってしまったのだろうか?そういう自覚も彼にはあった。

もし本当にそうなら自分はデュアルホーンの被害者で、幸太郎ぼっちゃんにも危険が及んでいるかもしれない。
しかしその主張も彼には曖昧なものに思え始めていた。もう一度テストする必要がある。
私はあらゆる機体に貢献した優秀なテストパイロット、しかしセイントメシアは私を乗せなかった。
それが原因で見逃した欠陥があったら?いや、私はテスト出来なかったことが悔しいだけなのか?
自分を狂わせたメシアに乗りたがっているのか?それでは本当に狂っているようだが、そうなのだ。

郡山は家族に辞職を明かさず、単身赴任のようなものと言い残して姿を消した。
しばらくの間は研究所から監視されていたようだが、その視線もやがて無くなった。
そして彼は御蓮列島に別れを告げた。


郡山は当初、セイントメシアの設計図をリズから奪い返すことを考えていた。
しかしそれが本当の目的なのか、彼自身も疑問に思っていた。
取り上げたところで、敵がそれを失ったことにはならない可能性がある。
つまり自分がコピー設計図を入手できるかもしれないのだ。それが本心からの目的なのか?
曖昧に悩みながらも、それを払拭するためにただ行動するのみだった。


リズ連邦に移住した郡山は、数年の時を経てDH重工の技術者と親しくなっていた。
目的の為だけの付き合いという訳でもなかった。まだここからが長い、郡山は思っていた。
しかしある夜の酒場で、技術者は酔った勢いであるか、セイントメシアの設計図データが入っているという端子を手渡したのである。
郡山には分かったことがあった。この技術者はさほど重役というほどでもない。
データの入手には苦労したというが、それほど重要機密ではなく、むしろばら撒かれている状態なのではないかと。
研究所を離れて今までの間、どれほどのコピーメシアが造られたのだろうか?

酒場の前で技術者と別れた帰り道、郡山は黒づくめの怪しい二人組に襲われた・・・・・・。

・・・・・・意識が戻ると椅子に拘束された状態であった。
聞くと、彼らは技術者を拉致するつもりだったが、暗がりで見間違えたというのである。
しかし郡山の所持していたデータチップを探り当てると、怪しい二人組はそれを端末に挿して小躍りした。
彼らの目的は、メシアの設計図を複製して売りさばき、更に自身が最強機体を手に入れて、決して逮捕されぬ完全犯罪し放題になることだった。
小悪党兄弟の企みに郡山は憤慨したが、彼らは仲間内にデータをばら撒くと、証拠隠滅の為に元のチップも残したまま部屋に火をつけ去っていった。
炎に囲まれ火傷を負いながら、郡山は拘束を解き、チップを手にして命からがら逃げだした。


念願のメシア設計図を手に入れた郡山は、リズからも逃げて次の段階を目指した。
逃げ延びた最寄にあった研究所は、デデバリィ研究所・アプルーエ支部というシケた施設だった。


「トマス、この前電話のあった例のお客が来てるわよ」
デデラボの受付嬢、メアリーが言った。
「い、イタズラ電話じゃなかったのか・・・・・・」
ラボのエース・エンジニア、トマスが仕方無さげに向かった。

「お初にお目にかかる、我はエトロフ・カタストロフである」
反射する氷のような仮面をつけ、体の各所に包帯を巻いた怪しいオッサンが待っていた。

「あっ、そうですね、どうもトマス・ボーリーです」
トマスは上司を思い出しつつも返した。
「早速だが例の件・・・・・・そちらに有用な情報提供をしたいと思ってね」
郡山は言って、煤けたデータチップを差し出した。
「・・・・・・これにはセイントメシアの設計データが入っている」
「!?」
「確認したまえ」
トマスが解析するがどうやら本物であるようだった。

「な、何故こんなものを!?」
「それが明かせぬからこのような格好をしているのだよ」
「はい、しかし・・・」
「この希少な詳細データは今後の機体開発における重要参考資料になりえるだろう?そうだろう」
「はい、でも」
「我はこの資料を単純に高額で売りつけるような心算は無い。しかしただ無償で与えるという訳でもない。
 そう、取引をしてもらいたいのだ。お解り頂けるだろうか?」
「はい」
「この超重要価値財産のデータと引き換えに、これを使った我のアームヘッドを開発して欲しいのだ。
 無論、開発費用の幾らかも賄おう。そちらに高価データと金、こちらにアームヘッドだ。通常よりも好条件であろう?」
「はい?」
「・・・・・・万が一、断るような事があれば、ここが設計図を隠し持っていると、村井研究所に密告してやるぞ。
 ククク、もうコンピュータにもしっかり履歴が残っている。特殊部隊が来るかもしれないし、業界を干されるかもしれないぞ」
「な!脅迫ですか!」
「選択肢が一つしかないだけだよ」

トマスは悩み苦しんだ末、本部のゼニ所長に報告連絡相談することにした。

「いいなーメシアの設計図、後で没収だ・・・・・・まあせっかくだし挑戦してもいいと思うよ」
「はあ」
トマスは二人の仮面オッサンに呆れた。


こうして郡山のコピーメシア・ガランサスフェザーが製造された。
その機体は、本物と異なりホーンは三本に節約されていたが、精巧に造られておりフレームも強化されていた。
トマスの方針のままに武装はアームホーンのみであったが、郡山は念願のメシアに感動し気にならないようだった。

エトロフ・カタストロフは仮面の下に涙を隠し、深く一礼をするとデデラボを後にした。
「なんだったのかしら」
「忘れよう・・・・・・」


郡山の最初の標的は、自分を殺しかけ設計図をばら撒いた悪党兄弟だ。
久しぶりに会った技術者に尋ねると、やはりコピーメシアによる強盗が頻発しているらしい。
ある時技術者からの連絡を受け、郡山とガランサスフェザーは襲われている銀行へと向かった。
そこにいたのは、フレーム形状こそメシアだが全体的に丸っこく太っている赤い機体、ラッフレシアと、
逆に小型で平たい赤い機体、ポインセチアであった。

「誰だ!?」
「・・・・・・貴様らに殺されかけた者だ。救世主の名を悪事で穢す屑共め!」
「オッサン生きてたのかよ!」

悪党兄弟の駆るラッフレシアとポインセチアの連携に挟み撃ちにされ、実戦経験のほぼ無いガランサスフェザーは窮地に追いやられた。
その影響で金属質氷を生み出す調和・ホワイトアウトが発現し、悪党兄弟は汚いプリザーブドフラワーと化して撃墜された。


それからの郡山は、不埒なコピーメシア共を片付けつつ、幸太郎がセイントメシアに乗る必要が無くなるよう、実力をつけ救世主になろうとしていた。
時間もかかる途方もない戦いであった。ウインドシア、グレーシア、クラスタシア、ポリメシア、インドメシア、ベルナルドモンシアなど危険だがなんとか倒した。
果たして救世主になるのはいつの日か・・・・・・。ホーリーナイトを倒し、セメントイシヤ、イヴィレンデシアと戦い・・・・・・。





ガランサスフェザーの氷の剣は、セイントメシアサードによって弾き飛ばされた。
セイントメシアフォースの刃に、迷いは無かった。
瞬く間に、翼と四肢をもがれた氷天使は、地に転がるだけだった。

「今日は、もう帰りましょう、おじさん」



彼の永い戦いは終わった。いや、本当に終わったのだろうか?
決戦の場に、凍てついたセイントメシアサードは居た。




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最終更新:2014年04月09日 22:38