轟音!

山が揺れる。
高く吹き上がる銀色の液体が、炎上する残骸と木々を覆っていく。
悪魔のような黒いシルエットが逃げるように飛び上がり、
それに向かって手を伸ばした機械が輝く濁流に飲まれていく。

巨大な噴水はしばらくしてその勢いを弱め、やがて奇怪な鉄塊のオブジェへと変わった。


旅人と迷人


アプルーエのとある山中。
山道を登っていく黒ジャージの姿があった。
この人物は、人間型ファントムの遠藤。
無表情で辺りを見回しながら、脇道から獣道へと次々に渡り歩いていく。

鬱蒼とした茂みを抜けて、遠藤は開けた場所に飛び出した。
そこに広がっていたのは、銀色の溶岩が流れて固まったような奇怪な痕跡だ。
金属質のそれは、何らかの施設の残骸を飲み込むようにして鈍く光っていた。
その広がりは中心に向かって盛り上がり、ちょうど真ん中では歪な鉄の塔が形作られている。

遠藤は、ただぼんやりとそれを見上げる。
それから側方で揺れる茂みに気付き、振り向いた。

「貴方も、これを見に来たのですか?」

この人気のない地に、突然現れたのは、銀色の髪をした女性であった。
登山装備をし、体躯に似つかわしくない大きなリュックを背負っている。

「・・・・・・遠藤です」

しばしの沈黙の後、灰色の人物が答える。
果たしてこの気の抜けたような奇人が、この金属オブジェの発生に関わっているとは誰が気づくだろうか?

「え、エンドーさんですか。私はセリアといいます」

セリアという女性はこの奇人にやや動揺したものの後はにこやかであった。
やがてその青紫の瞳は銀色の塔に向けられる。

「・・・・・・これ、何だか分からないですけど、綺麗ですよね」

塔は、表面の細かな溝から七色の光沢を放っていた。

「・・・・・・」

遠藤は再び名乗らずに押し黙って塔を見ていた。
それからセリアは、周囲を見渡すようにしてゆっくり歩き出す。

「人が山を開いて、建物を築いて、それが壊されて、今の風景が生み出されました」
彼女が鉄の塔に触れる。

「人が自然を壊し、自然が文化を壊して、それでも共にこの”美しい”ものを作りました」
青ざめた瞳に見つめられ、遠藤がわずかに身じろぐ。

「この世界は、美しさに満ち溢れています。
 例え、それを生み出したのが世界で繰り返される醜い行為であっても、それもまた美しい世界の一部です。
 ・・・・・・不思議なものですね?」

「遠藤です」
その目の深淵にぞっとした遠藤が即名乗る。

「なーんて、いつもの癖です。ごめんなさいね。少し一緒に歩きますか?」
セリアはそう言って、リュックに仰け反るようにして戻ってくる。

「滑るので足元に注意してください」



セリアと遠藤は、再び未整備の山道を歩き進んでいた。

「この山にまつわる昔話を聞いたことがあります」
セリアが長い蔦をどけながら話す。

「遠藤です」
遠藤がふと横を向くと、蛍光色の毒液をしたたらせる危険巨大ブタクサが見下ろしていた。

「かつてこの地では、自然を守ろうとする人間と動物が手を結び、開拓を望む人間と争っていたと言われています」
語りながら遠藤の袖を引いてブタクサから遠ざける。

「先ほどの様子では、もしかしたらその戦いはまだ続いているのかもしれませんね」

そう言った彼女の視線は、茂みから除く別の視線とかち合う。

様子を伺っていたのは野生のカッパオオカミであった。

「遠藤です」
遠藤は動物図鑑を開いて、茂みを跳ね逃げるカッパキーウィを指さす。

この山のカッパ動物には、原始的な形質である「皿」と呼ばれる部位がまだ残っているようだった。
それは外界では見られない特徴であり、この地が隔離された特殊な環境であることを示していた。

進む二人の足元に、道と呼べるものは最早無くなっていた。
取り巻く危険植物の密度が増し、笑うような鳥の鳴き声が響き降りかかってくる。
しかし今はそれさえも、自然風景の美しさとして感じられ魅入られていた。


森林浴の後に二人を待っていたのは、森の中に大きく口を開けた湖であった。
暗くよどんで水底は伺い知れず、そして水面下の数か所の点から銀色の泡が湧き上がっているのが見える。

「これはまた・・・・・・神秘的です、とても」
セリアが水面を覗くと、遠藤はぼうっと森を注視した。

木々の陰から現れたのはカッパカモノハシだ。気づけば湖面からも顔を出し、優雅に泳いでいる。
カッパナマケモノが枝から滑り落ち、湖を流れ、またゆっくりと陸に上がっていく。
希少動物たちは二人を気にせず、それぞれ思い思いに生きていた。

生命の静かな営みをしみじみと見ていたが、やがて、それらが湖を離れていくことに気が付いた。
気づかれたのだろうか?いや、湖の中心から湧き上がる泡が次第に激しくなっているのだ。
盛り上がる湖面に後ずさるセリアと遠藤。水飛沫と共に、巨大な影が姿を現した!

「ヒュルルルル・・・・・・」

二人を見下ろしたのは、六つの頭を持つ大蛇のような怪物であった。

「これは・・・・・・!?」
「遠藤です」

遠藤が再び図鑑を指さす。そのページは想像上の生物と題されたものだった。
この巨大カッパサーペントは、神話伝承において「サキュドコン」と呼ばれる伝説の怪物であり、
かつてリズ連邦軍では、この神話的怪物の名を冠した六体のアームヘッドによる作戦が行なわれたとの記録もある。

異形の大蛇は湖面を割りながら進み、二人へ向け頭の一つを近づける。
唸りながらセリアを睨んでいたが、しばらくしてその蛇の目に知性の光が宿った。


”性懲りもなく聖域に立ち入るか人間”
超自然的な怒りの声が響き渡る。

「いえ、私たちは初めて・・・・・・貴方は一体?」

”迷い込んだのならば即刻立ち去れ、我こそは「皿」を守護する者也”

このカッパサーペントこそが、その発達した知性でこの山の原始的カッパ動物を保護していたのだ。
しかしそれを授けたのは果たして如何なる山の秘密か?


”命惜しくば、この地で見たもの全て忘れて去れ、そうでなくば『ガガガガガ』・・・命を『ガガガガ』・・・を・・・・・・”


突如、大蛇からの思念が途切れ、謎の機械音声ノイズが混じり始めた。


”な・・・『ガガガガガ』何をした『ガガガッ』人間『ガガッ』・・・・・・”

痙攣を始め苦しむカッパサーペント。
その様子を見たセリアが眉をひそめる。

大蛇の瞳から知性の色が消えた。


『・・・ガ・・・ガガ・・・・・・そこにいるのは・・・・・・遠藤か久しぶりだ』
『そうか井戸を破壊したのはエンデシア君だったか・・・・・・』
『・・・隣にいるのはサブ・ヒューマン・・・・・・失礼セリア・オルコット女史か』

先ほどとは異質の声が、カッパサーペントから発せられていた。

「聞き覚えのある声ですね、セツザ・グウィンガム」

セリアが姿見せぬ相手に答える。

『醜い実験が今の貴女を生み出したならば、この世界は矛盾にも満ち溢れているな』

「矛盾などありません。私は醜くなりました。
 貴方がこれ以上世界の有り様に干渉するというのなら、私は貴方を排除します。他の研究者と同じように」

『私を連中と一緒にするのは早計というものだ』

「貴方の行為が全て善意の上に成り立っているならば、それこそ矛盾しています」

『世界は矛盾に満ち溢れている』

そしてカッパサーペントが鋭角な頭を振り下ろす!
下にいた遠藤は棒立ち姿勢のまま吹っ飛ばされ転がる!

「!」
セリアがオートマチック拳銃を抜き構える。
その銃口は、サーペントの頭部に括られた外付機械へ向けられていた。
発砲!寄生洗脳装置の一つが火花を上げて破裂する。

カッパサーペントは唸って苦悶したが、やがて持ち直すとより激しく暴れはじめた。
セリアは銃を構えながら、倒れる遠藤の襟を掴んで後退る。
大蛇は湖から飛び出すと、木々をなぎ倒して二人を追うようにした。
追いつめられたように見えるセリアと遠藤だが、二人とも無表情であった。

巨大な頭が二つ、丸呑みにしようと繰り出される!
衝突地点にセリアは居なかった。一発の銃弾が二つの装置を貫く。
再び苦痛の声を上げるカッパサーペント。

矛盾・・・・・・。ほんの僅かだが迷いが生じていた。
生かす為に殺すしかないのか?寄生装置を撃ちぬいても大蛇が無事だとは限らない。
意味?今でも銃を抜いて戦うのは人間であることの名残というものか?

「ヒュルルルル・・・・・・!!」
大蛇がうずくまると、その背からトビウオの鰭のような羽が展開した。
暴れながらも羽ばたき、次第に浮き始める。

その様子を見てセリアは察する。
カッパサーペントは僅かに残った自我で森の破壊を止めようとしているのだ。
振り回される力強い尾が地を抉り、大きく飛翔した。

しかしこの状態では姿勢制御が出来るはずもない。
大蛇は天と地の間をのたうちまわった。

”身体が『ッガガガガ』動か『ガガガッ』殺せ・・・『ガガガ』”

カッパサーペントの呻きを聴いてセリアは再び拳銃を構える。
そして引き金がひかれる。か細い銃弾は乱雑な羽ばたきによって弾かれる。
銃では殺せない。

そして大蛇は一瞬の弛緩の後に、尾を叩きつけ渾身の大跳躍を繰り出した。
勝手に動く筋肉を抑えようと空中で悶えながら低空飛行で山を下ろうとする。

山を下る?セリアは登山前に立ち寄った麓の集落を思い出す。

「待って!そっちは――」



大蛇の猛進は衝突によって止まった。
そしてゆっくりと落ちていく。半壊した高層ビルの残骸と共に。
人気のない街路に横たえる古の怪物。
曇天が絶え間なく降らす雨は、静かに皿を濡らしその瞳を洗った。



虚空から、気絶したカッパサーペントが出現し湖面に叩きつけられる。

手をかざすセリアの様子を、遠藤は不思議そうに見上げていた。

そして再び突風が二人を包む。
黒い悪魔のようなアームヘッドがセリアを見下ろしていた。


”世界とは醜いものだ。我々の世界も、この世界も同じもので満たされていた。
 故に・・・・・・終わらせるべきなのだ”
イヴィレンデシアの第一コアが冷たく言う。


「仮にそうだとしても、私はこの世界の美しさを探す旅を続けるでしょう。
 そして何処にも見つからなくなれば、花の種を撒く旅を始めるでしょう。
 ・・・・・・強制はしませんが、貴方にもお勧めします。遠藤さん」
セリアはそう言って、遠藤の手をとり立ち上がらせた。


”ならば我々の飾る、有終の美というものを見守っているがいい”

遠藤は導かれるままイヴィレンデシアに乗り込んでいく。


「いつか貴方の言葉で伝えてください。世界で見つけた美しいものを」

セリアは舞い上がる終世主をただ見上げる。

「・・・・・・遠藤です」

そして黒い機体は森を騒がせながら空に消え秘境を後にした。




”またも得体の知れぬ力を持った者が・・・・・・人間という種族は全く理解しがたいものだ”

イヴィレンデシアは逃げるように加速した。



END



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最終更新:2014年07月11日 23:40