最近手汗がひどい。
ある日秋那ちゃんが言った。
「旬香さんって、なんで結婚しないんです?」
「え、えぇーっと……」
――じわり。
洗濯ものを干していると、秋那ちゃんがそんなことを言う。
マキータとユッキーがハネムーンに月へ行ったので、二人の世話を私がたまに見ていた。
べつに、秋那ちゃんもティガーも大きいので心配は要らないと思っても、やっぱり小さいころから面倒を見ていた側としては気になってしまう。
「旬香さんてモテますよね?」
「え、えぇー……」
モテたらこんな年になってまで未婚ちゃうやい。
「まあ、秋那ちゃんのお母さんほどでもないかな」
ダサいクマちゃんパンティーを干しながら適当に話を逸らした。ってかなんだこのパンツ。だせえ。ティガーくんのかな?
「お、お母さんてモテたんすか……?」
秋那ちゃんが私の手にあるパンツを見ながらもじもじする。これ、おまえのか。
「モテモテだったよ。同年代の男から告白されてはフッてたよ」
「でも、お母さん、旬香さん宛のラブレターを何通も燃やしてった言ってましたけど……」
「えっ」
「え?」
聞いてはいけないことを今聞いた気がする。でも勘のいい秋那ちゃんはすぐに話しを逸らした。
「……でも、なんで、お母さんはお父さんと結婚したんだろう」
「電波が合ったんじゃない? ビビ、って」
ダサいゴリラのブラジャーを干しながら適当に話を知らした。なんだこのブラジャー。さすがにこれはティガーくんのだろう。
秋那ちゃんの方を見るととくに反応はない。と言う事はやはりこれはティガーくんのだな
「電波かあ。旬香さんは合う人が居ないから――」
「え?」
「あ、なんでもないッス、ハイ。えぇ……」
一回シメるか。魚のように。
***
最近手汗がひどい。
スーパーで特売のネギに手を伸ばした時、一歩手が速かった青年の手の甲に手のひらを重ねてしまった。
「あっ……」
私が急いで手を引くと、同じネギに手を伸ばしていた青年は笑顔で私にネギをゆずる。
「どうぞ」
「え、いいんですか?」
「えぇ」
どこか見覚えのある青年――数十年前の記憶がよみがえった。
古い古い、何か思い出せないけれど、出会いの――
――“おっと、ごめんね”
あれは、――誰だったか。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
青年は去り際、私に触れられた手の甲をズボンで拭いていた。
次会ったらシメよう。にわとりのように。
――それが、「菊田 藤吉郎」との出会いだった。
最終更新:2014年09月25日 22:22