雷鳴とどろく あらしの夜
  母親がなげく
 “かみよ この子がなにをしたというのでしょう”
  神はこたえない

 “かみよ どうすればこの子をすくえるのでしょう”
  神はこたえない
  空がひかった

 “かみよ そうすればこの子をすくえるのですね”
  母親はじゅうじかの下に布にくるんだ赤ん坊をおいた
  かみはこたえない

  女にきこえたのはらいめいだった
  家にかえり 女がかえってきた夫をねぎらっている時
  じゅうじかに光のはしらがふりそそいだ



   ◎◎◎


「……ふふふ」
 ぬらりと刀を持った女がこちらへ近づいてくる。
 女学生の白い制服には古かったり新しかったりする血がこびりつき、赤黒く変色していた。
 その左腕には腕章があり“風紀委員”と刻まれている。
「そ、それが風紀委員のやる事か!」
 谷君が叫んだ。
「風紀は人の命より重い! ッチェストーッ!」
 刀をもって谷君へ突進する風紀委員長。
 そんな風紀委員長をひとつの影が襲う。横からの攻撃には想定してなかったのか委員長は吹き飛んだ。
「今のうちに逃げるのよ」
 それは旬子さんだった。頭もよく武闘派な旬子さんは谷君とぼくへ声をかける。
「で、でも旬子さんは……」
「後で追いかけるから!」
 そんな旬子さんを、刀を掲げた風紀委員長が襲った。


   ◎◎◎


 白雪学園の学生寮には一部屋に二人の男子寮しかない。ぼくと同室の谷くんが朝起きると女になっていた。
「た、谷君!」
「うっ、うわぁっ!」
 ぼくはうっかり朝シャワーを浴びたあと谷君が脱衣所にいる事をわすれて脱衣所のドアを開けてしまったのだ。でもそこに居たのはおっぱいがあって棒のない人。つまり女性がいたのである。
「た、谷君が女に……!」
 男にしては長いさらさらの髪をもつ谷君は中性的な顔立ちであったのが幸いした。身体が女になっても谷君は美少年から美少女へ変わっただけだった。
「え……?」
 胸と股間を隠しながら谷君が一瞬たじろぐ。
「大丈夫だよ、谷君。男が女になったりするなんてよくあることだよ」
「そ、そうなの?」
「ドーナツおじさんがよく言ってた」
「誰?」
「孤児院に来てたクソジジイだよ。まあそれはともかく着るものを何とかしよう」
 ぼくは脱衣所の端っこにあるさらしを見つけた。
「……ん?」
「っこ、これは……!」
「ちょうどいい所にさらしがあるね。これをまいておこう。そうすればその胸も隠せるだろう」
「えっ」
「はい、ばんざーい」
 谷君はおずおずと従う。まだ女性になったばかりでいろいろあるのだろうか。
「ん?」
 ぼくは谷君のわきを見た。
「わきがつるつるの男もいるよね」
「え、あ、うん」
 ぼくはさらしを拾うと谷君の胸に巻いていく。
「えっ、っちょ、あの……っ」
「動かないで。無理なまき方をすると途中で苦しくなったり痛くなったりするからね」
 ――くるくるくる。
「トップとアンダーの差は25センチくらいかな。Gカップだね」
「み、見てわかったの?」
 ――くるくるくる。
「え、わからないの? 谷君はまだまだ修行が足りないなあ」
「しゅ、修業? なんの?」
 ――くるくるくる。
「ぼくは昔、お小遣いを稼ぐためにブラジャーかぶりのバイトをしてたんだ」
「……は?」
 ――くるくる。
「お客さんのブラジャーを被ってお客さんから写真を撮られてお金をもらうんだよ」
「……は?」
 ――くるくる。
「でも、ある時警察の人が来て終わっちゃったなあ。なんだったんだろうね」
「いや、それって」
 ――くるくる。
 ぼくはさらしを巻き終えた。
「パンツはどうする?」
「えっ」
「どうしようか……、女性の下着は持ってるけど、人のはいやだよね」
「えっ……?」
「男物のパンツを穿くのは衛生観念上よろしくないし」
「あっ、ボク、女性もののパンツも、もってるから」
 谷君が顔を真っ赤にしながら言う。
「そっか……」
 ぼくは彼――、いや彼女を抱きしめた。
「大丈夫、世の中、女装が趣味の男の人もいるから。趣味がこんな時に役立ってよかったね」
「え。あ。うん……?」
 世の中、女装を恥ずかしい趣味だと思っている人が居る。きっと谷君もそんな葛藤を抱えていたのだろう。
「あ、えっと、ボク、一人で着替えられるし、秋道くんも早く準備しておいでよ」
「そうかい? 本当に一人で平気かえ?」
「う、うん!」
 ぼくは脱衣所を出て谷君の言葉を信じ着替えを始めることにした。
 学ランに袖を通し、学生鞄に今日の授業で必要なものを詰める。
 さらに夕べ作っておいたおかずと冷やご飯を弁当箱に詰め、それを二人分繰り返し、ガワの違う弁当を三つつくった。
 その後部屋に掃除機をかけていると学ラン姿の谷君が現れる。
「いつもの谷君だねきっとばれないでしょう」
「う、うん!」
 そしてぼくは自分の学生鞄に枕と弁当箱を入れた。
「はい、谷君」
 ぼくは弁当のうち一つを小さなポシェットに入れ、もう一個を谷君に渡す。
「あ、いつもありがとう」
「余っただけなんだからねっ!」
「あはは……」
 このやり取りは恒例だった。
 谷君が鞄に教科書を入れるのを手伝って、ぼくは時計を見てから窓を開け弁当の入ったポシェットを外に投げる。
 寮の下の方から「ありがとー」と旬子さんの声と、自転車のベルの音が聞こえた。
「毎朝、すごいね」
 谷君が言う。
「褒めても200万の通帳しか出ないぞ」
「あ、あははー……」
 ぼくは笑う谷君をよそに焼きあがったトーストとベーコンエッグをさらによそう。
「秋道くんって、本当に手際良いよね」
「そんなことないよ」
 そうしてできた二人分の朝食をテーブルに置いて、食事をはじめた。
 朝食の後ぼくらは二人で学校へ向かう。とはいえ学校の寮なので正門まで徒歩30秒くらいだろうか。
 その途中、正門の外で刀を持った赤黒風紀委員長が不良狩りを行っていた。
 現在、白雪学園のトップは生徒会、そして風紀委員である。生徒会と風紀委員は蜜月で生徒会にとって目障りな人材を風紀委員は不良狩りと称して粛清している。
「っひ、ひぇ……。秋道君、はやく行こう」
 刀の峰で殴られ、全身血だらけの不良を見て谷君が怯えた。
 風紀委員の振るう暴力は『正義』であり不良は『悪』である。
 たとえ風紀委員が学校内で不良を刀で切り刻もうと、それは傍観せねばならない事なのだ。
「た、助けてくれ!」
「おらぁ!」
 今不良を一方的に攻撃している風紀委員長は刀を裏がえし刃を下に向ける。
 ――殺る気だ。
 その刀が振り下ろされる瞬間、ぼくは二人の間に割って入る。
「ちぇすとーっ!」
 ちょうどそこにあったマラカスで委員長の刃を受け止めた。
「な、誰だお前!」
 委員長が叫ぶ。
「委員長、ここは学校の外です」
 そう、ここはあと数センチで校内だが、厳密に言うと正門の外なのだ。
 正門の外では風紀ルールは通用しないので、人を殺してはいけない。
「しょうがない……。おい、お前こっちに来い!」
 風紀委員長が不良をみると、不良は逃げていた。
「むっきー! くそ!」
 委員長は叫びながらぼくに襲い掛かる。はらいせか。
「甘いっ!」
 ぼくはそう叫びながらマラカスで委員長の刀を持っている右手を叩き払い落とした後、鳩尾と後頭部にある人が気絶するツボ108のツボを同時にマラカスで押した。
「っあぁん」
 そういいながら委員長は気絶する。
「行こうか、谷君」
「秋道君って、何者なの?」
「はちみつ職人です」
「……は?」
 ぼくらは教室へ入った。


   ◎◎◎