新光皇歴2233年。
 凡そ130年前「大破局」と呼ばれる世界規模の極異変が始まる発端となったアプルーエ大陸中央部は今、広大な砂漠地帯となっている。
 かつては巨大国家の中心地として栄えた土地であるも、エネルギープラント「テトラ・レース・ノワエ」の爆発事故によって全てが消し飛び、著しい荒廃を刻んだ。一切の緑が失われ、大地は烈しく疲弊し、生命力の枯渇によって熱砂の大海原と化している。
 だが一方で、隆盛を欲しいままにする生物もいた。
 砂漠地帯に棲む魚に似た生態の生物スナホッケである。特にその中でも全長1000m以上へ達する大型種シマホッケは、大破局以前よりも頭数を増大させる。
 強靭な生命力を持つシマホッケは大破局による劇的な環境変化に耐え、種としての存続を維持し続けた。更に唯一の捕食者といえる人類が70年余り地上から姿を消していたため、広大無辺な大砂漠で未曽有の繁殖を遂げたのだ。
 そんなシマホッケを食材として提供する伝統ある居酒屋「シマホッケしゃぶしゃぶ倶楽部」が、この通称「終末の大砂漠」近郊に開設されたのは、当然の帰結と言える。
 一押しメニュー「生シマホッケしゃぶしゃぶ鍋4人前」を求めて方々から集まるお客や、スナホッケ漁を生業とする専属猟師、果ては彼等に助っ人として集められた傭兵などが出入りし、大いに賑わう。

「シマホッケのヒラキ一丁! 生中二つお待ちー!」

 所狭しと並べられたテーブルにイス。その全てを埋める幅広い客層。飲食と共に歓談が生む喧噪の中、威勢よく女性店員の声が響いた。
 張りがあり、良く通る声だ。若々しく生気に満ち、聞く者を心地良い気分にさせる。
 声の主は背中にまで届く桃色の髪と、褐色の肌を持つ女性。
 涼し気な目元に整った鼻梁、桜色に潤う唇。清廉な美貌と、瑞々しくしなやかな肢体。異性の欲望を喚起させる蠱惑的なボディラインは、歩く度に男性客の視線を惹き付ける。
 黒のミニタンクトップにジーンズを合わせたラフな格好で、頭をバンダナで覆っている。
 彼女の名はリィン・カーネーション。22歳。
 左手に料理の乗った大皿を、右手にはビールの注がれたジョッキを持ち、快活な笑顔と共に店内を巡る。

「だっはっはっは! 天下の『白き緋姫』様がウェイトレスの真似事とはな! いよいよ傭兵は廃業か、リィン?」

 アルコールの回った赤ら顔で、髭面の大男がリィンを笑う。
 呼ばれた彼女は不敵な微笑でそれに返した。

「フン、本当のプロは仕事を選ばないのよ。私みたいな美人が居れば集客率8割増しだし。店長はベストな選択をしたわ」
「だはは! 自分で言ってりゃ世話ねぇぜ」

 大男のテーブルにホッケヒラキの皿を置き、リィンは軽快な足取りで別の席にジョッキを運ぶ。
 それを終えるや投げられた注文の声に応じ、手早くメモして厨房へ駆けた。

「生シマホッケしゃぶしゃぶ鍋4人前、三つー!」
「あいよー!」

 テーブル番号と注文の書かれたメモを、吊るされたクリップに挟み込みつつ、料理を作る50絡みの店主へ叫ぶ。
 すると即座に了解の返事が流れ、続いて新しい皿がリィンの手前に滑って来た。

「シマホッケのヒレたたき上がりー!」
「はーい」

 出来たばかりの一品を手に取ると、リィンはただちにお客で賑わう広内へ戻る。
 途上で別クリップに挟まれていたメモ用紙を抜き取り、番号と注文を照らし合わせて運んでいった。

 リィン・カーネーションは傭兵である。
 白亜のアームヘッド『エクセレクター』を駆り、緋神遁隴という調和能力を使うことから『白き緋姫』の二つ名で呼ばれる実力者だ。
 傭兵全盛のこの時代、実に様々なタイプの傭兵が活動している。
 アームヘッドに乗ってテロリストと戦う者。
 旧時代施設の発掘作業を手伝う者。
 新開発された兵器の性能実験に携わる者。
 都市間を行き交う隊商や運輸業者の護衛を専門にする者。その他にも多種多様。
 この中に在ってリィンは便利屋・何でも屋として働いていた。依頼内容と報酬を鑑みて、納得した仕事に従事する。それがリィンのスタイルだ。だからこそ居酒屋でウェイトレスとして働きもするし、必要ならば無法者とも渡り合う。
 自由に生きる傭兵として、更に手広く仕事をこなす精力的な変わり種と言えた。

「よぉリィン。今日も色っぺぇケツしてるじゃねぇか。たまには飲みに付き合えよ~」
「うっさいわね酔っ払い。さっさと食って出ていきなさい。後がつかえてるんだから」
「カァー! 相変わらずキッツイなぁ」
「よぉよぉリィン。ここんとこ儲けがシケてんだよ。ちっとばかしマケてくんねぇかぁ?」
「稼ぎが悪いのはアンタの腕が悪いからでしょ。飯代も払えないんだったら傭兵なんて辞めちまいな」
「ギャハハハ! ジャックぅ、一本取られたな。こんなお嬢ちゃんに言い負かされるようだから、女房に逃げられるんだよ」
「うるせぇ!」
「アンタも飲み代踏み倒そうとすんじゃないわよ。今度バカやらかしたら、アンタのアームヘッドをバラして売って不足分に当てるから」
「お、おいおい、そいつは勘弁だぜ。商売道具を潰されちゃかなわねぇ。払う! 払わせてもらうからよ!」
「ケヘヘ、リィンはやると言ったらやる女だからな。前のアイサ山麓でやった仕事ん時も……」
「お! お姫様の新しい伝説か、今度は何をやらかした? また気に入らない依頼主をブッ飛ばしたのか?」
「カドミール鉄道防衛戦の時は傑作だったよな!」

 リィンは幼少の頃から10年以上に渡って傭兵業を続けている。活動地域も限定せず、依頼があればそれこそ世界中を飛び回って来た。そのため同業者の多くと顔馴染みだ。
 時には協力し、時には敵対し、正義も悪も関係なく報酬の為に命を尽くす、荒くれ者の傭兵連中。
 そのあしらいは堂に入ったものである。セクハラ発言、罵声に怒声、辛辣な言葉遣りは彼等にとって挨拶代わり。関わり合っていれば四六時中飛んでくる。
 それらを悉く一蹴し、自らの仕事を滞りなく進めていく。それがリィンの技量。

「こんな跳ねっ返りを嫁さんにするんだから、オメェも物好きだねぇ。えぇ、ミナモよ」

 額に傷のある中年男が、リィン同様店内を忙しなく回る男性に声を掛けた。
 蒼い髪と黒い瞳を持つ若者。やや小柄で線が細く、穏やかな顔立ちをしている。全体的な雰囲気も朗らかで柔らかい。
 白のワイシャツにジーンズを穿き、シマホッケが可愛らしくプリントされたエプロンを着けている。その姿は非常に庶民的で、店内の空気感にマッチしていた。
 彼の名はミナモ・ノー・ブラック。26歳。
 両手にそれぞれ大皿を持ち、更に二の腕と肩にまで皿を乗せるという6枚同時運びを披露しつつ、危なげない足取りで歩いていく。
 絶妙なバランス感覚を発揮するミナモは、額傷の中年に笑いかけた。

「あれで、リンちゃんには可愛い所が沢山あるんだよ」

 柔和な面相に似つかわしい、気優し気な声と口調。
 個人の性格をこれ以上ないほど表出させて、ミナモは注文品を各テーブルへ的確に配っていく。
 彼もまたリィンと同じ傭兵業へ属する。ただし自分でアームヘッドに乗るのではなく、リィンのオペレーターとして、また乗機エクセレクターの整備を手掛けるメカニックとして働いていた。
 リィンが円滑にミッションをこなせるよう、多方面に渡ってサポートするのが役割だ。
 二人は仕事上のパートナー同士。コンビを組んで活動する傭兵だった。
 そして両者の薬指には、水晶の花が意匠化されたペアの指輪がはめられている。

「カワイイだぁ? 凶暴の間違いだろ」
「ちげーねぇや。見た目は涎が出ちまうイィ女だが、中身がおっかなくていけねぇ」
「だよな~」
「あはは。でも二人っきりだと、リンちゃんの方から甘えてくるし」
「ほほぅ」
「意外だねぇ」
「僕が居ないと、炊事洗濯家事一切がてんでもしもし」
「だっはっはっはっは!」
「らしいわ、そりゃらしいわ」
「なによりベッドの中じゃ、借りてきた猫みたいに――痛ァッ!?」
「なに言ってんのよ、この馬鹿ミーナッ!」

 にこやかに話し続けていたミナモから、突如として上がる痛烈な悲鳴。
 鬼のような形相をしたリィンが、彼の尻を思い切り蹴り飛ばしたのだ。
 傭兵として働く為に日々の鍛練を欠かさないリィンの、恐ろしくキレのあるハイキックが炸裂し、ミナモは跳び上がる寸前の悶絶状態。それでも料理を落とさず堪えたのは、流石プロといったところか。

「今度ふざけたこと吹聴したら、張っ倒して引き摺り回すからね!」
「リンちゃん、酷いなぁ。お尻がアイタタタ」
「ミーナが悪いんでしょ! 真面目に働かないと承知しないわよ!」
「ぎゃはははは! やっぱりおっかねぇじゃねぇか」

 涙目で抗議するミナモを、強烈に睨みつけるリィン。
 そんな二人を中心にして、店内では大笑いが巻き起こる。
 気のいいミナモと、キツイ性格をしているリィンの夫婦は、活躍ぶりでも人間ぶりでも傭兵達からの認知度が高い。二人の話題を酒の肴にする者もちらほらと。

 大いに騒がしく盛り上がる店の中、その一角。
 カウンター席に腰掛けて、シマホッケのヒラキをつつきつつ。酒杯を傾ける一人の男が、厨房の店主へ目を向けた。

「よぉ、おやっさん。随分と姦しいのを雇ったな」
「はっは、たまにはいいだろ? 普段の倍は賑やかでな」

 強面の店主は馴染みの客へ、ニカリと笑って見せる。
 彼自身も楽しそうな表情で。

「それに、あの二人を見てるとな、娘夫婦が帰ってきたみてぇな気がしてよ。なんつーか……はは、上手く言えねぇや」
「おやっさん……」

 明るい顔で料理とビールを運ぶミナモとリィンの姿を眺めて、店主は一瞬だけ寂しそうな眼差しを見せた。
 そこに秘められている悲しみの意味を知っている男は、瞑目して酒杯を煽る。
 二人の間では、僅かばかりに空気が湿り気を帯びるのだった。

「生シマホッケしゃぶしゃぶ鍋4人前、二つ追加ー!」
「ホッケのヒラキも四つお願いしまーす」

 しんみりした空気を破り、傭兵夫婦が新たな注文を寄越してきた。
 それと同時に店主は笑顔へ戻り、威勢よく返事を送る。

「あいよー!」

 シマホッケしゃぶしゃぶ倶楽部と、雇われ傭兵夫婦の夜はまだまだ続く。