新光皇歴2233年。
 かつて引き起こされた惑星規模の災厄「大破局」以後、生き残った人類による文明再興の中心地とされたのがアイサ大陸。
 四大大陸の一つであり、南西圏から南部山帯までを含む其処は、数多く自治都市が復興を刻んだ新しい繁栄の地だ。
 しかし大破局直前まで繰り返されていたヘヴン全土を巻き込む未曽有の資源戦争は、あらゆる場所に深刻な爪痕を遺している。

 果てしなく高度な文明を築きながら、それを支える物質的資源の欠乏により、人類同士が醜く陰惨な殺し合いに耽った時代。
 自国を存続させるために他国を侵し、住民を虐殺し、全てを焼き払い、根こそぎ資源を収奪する。その蛮行が是とされ、誰もが必死に繰り返していた時代。
 血で血を洗う大闘争が惑星のあらゆる場所で続き、法も秩序もなく、数限りない大量破壊兵器が只管に投入された。死と破滅に彩られ、人命が塵よりも軽く扱われていた時代。
 生存本能に衝き動かされ、尊厳や矜持を失くし、兇暴な狂気が人類全体に蔓延していた時代。
 徒に重ねられる争乱と拡大する戦禍がヘヴンを席巻し、その余波が多くの土地を無惨な荒涼地帯へと変えた。
 アイサ大陸東部に広がる荒野もその一つ。
 戦争の始まる前は巨大な都市群が連なり、輝かしい摩天楼が天へと伸びる壮麗なる頂きだったが。
 資源戦争の際、敵対勢力を蹂躙するために建造された超弩級機動要塞が、美しく豊かな文明の象徴を徹底的に破壊し尽くしてしまう。
 それ自体が規格外の兵器であり、同時に前線を堅守する拠点でもある機動要塞は、開発された目的に従い充分過ぎる程の猛威を揮った。結果として築かれていた都市群は無数の瓦礫へと変わり、容赦ない火砲の連爆によって大地は傷付き、緑は絶えた。
 件の要塞も後に続く戦いで破壊され、今やその威容を荒野の只中に晒すばかり。

 大破局を経て地上に戻って来た人類は、各都市跡や先史の施設、発掘されたアームヘッドを研究・解析することで、喪失した文明と技術の再興に挑んでいる。
 既に機能を停止して屹立するばかりの超弩級機動要塞は、彼等にとって大いなる遺産となった。
 資源戦争時代の卓越した技術が凝らされた兵器は、知識と資材の宝庫なのだ。
 集った人々はこれを調べながら解体し、切り出した資材を別所へ運んで利用する。その為に科学者や解体業者、メカニックにジャンク屋、運送事業者や彼等を護るために雇われた傭兵が入り乱れていた。
 更に数多くの作業者を相手に、商売を始める者も集まりだし、食事処や宿泊施設といった各種店舗を始め、酒場や娼館など娯楽嗜好施設も次々と建てられていく。
 気付けば、機動要塞を囲む形で雑多な街が作られ、昼夜を問わず賑わう不夜城が生まれていた。
 何時の頃からか人々はこの街を『ジャンクヴィレッジ・アイサ』と呼ぶ。


 途方もなく巨大な機動要塞の残骸へ登り、其処からしか得られない眺望は、絶景の一言に尽きる。
 周囲こそ荒れ果てた原野だが、遠くには自治都市の楼閣が望め、遠い山々の稜線までがうっすらと確認出来た。
 地平の果てまでを見渡す頂からの視点。高所でしか得られない雄大な景観は、それだけで他に比類なき感動を見る者へ齎す。
 だが此の場を作業所として、日々生活の糧を稼ぐ者達にとっては、景色の美醜より目下の現実的物体こそが関心事であった。
 要塞内部の構造材を砕き、溶断し、引き剥がして、削り出す。数多くの作業員達が工具や電動カッターを手に、忙しなく行き交う。それに混じって作業用アームヘッドも動き回り、大きな建材を運び出していく。
 要塞外部の装甲版にも複数の飛行型アームヘッドが張り付き、それぞれにパーツを削いで分離させ、地上へと運搬作業を繰り返す。
 精力的な熱気に満ち満ちた空間だ。油や鉄粉に汚れ、散った火花に肌を焼き、汗だくになって働く屈強の男達。
 その中にあって時折に、筋肉質な女性の姿も見受けられた。意思と根性さえあれば、此処では誰もが稼ぐチャンスを持っている。
 少しでも多くの儲けを得るために、己が体を行使して励む。まさに作業者の戦場。
 だからこそ、異質な者の姿は目立った。

「ククク、どうだ、二人共。仲良くやってるか?」

 薄汚れた白衣を羽織る痩せぎすの男が、丸眼鏡を押し上げながら口だけで笑う。
 その不健康そうな顔へ一瞥をくれ、リィン・カーネーションは嘆息した。

「アンタに心配される謂れはない」

 背中へ届く長い桃色髪を片手で梳き払い、冷たく言い捨てる。
 褐色肌を持つ美貌の女傭兵は、白衣の男へ胡乱気な視線を注いでいた。

「ククク、相変わらず俺へのアタリがキツイじゃないか、リィン。誰がそのスーツを作ってやったと思ってるんだ?」

 喉の奥でくぐもった笑いを零し、男が眼鏡を押し上げる。
 現在リィンが着ているのは、白を基調としたパイロットスーツだ。それも体にフィットするハイレグ型。
 薄手の素材であることも手伝って、着込む彼女の妖艶なボディラインを浮き彫りにする。
 褐色の肌に純白のスーツが織り成すコントラスト。しなやかに引き締まり、それでいて果実めいて滑らかな肢体。豊かな胸に贅肉の一切ない腹部と、形の良い臀部。それらが相乗的に組み合わさって醸し出す色香は、道行く男共が思わず目を凝らしてしまう程。
 そしてそれこそリィンが不機嫌さを露とする要因だった。
 周囲から無遠慮に投げられる欲望の眼差し。あからさまなこれらを悦ぶ痴女ではない。リィンにとって現状は大変面白くないものである。
 この発端は着ているスーツが扇情的に過ぎることだ。となれば、開発者へ不遜な嫌悪を投げ付けてしまうのも無理からぬこと。彼女の強気な性格からすれば尚のことだろう。

「アンタの趣味の悪さには、毎度毎度反吐が出るわね」
「酷い言われようだ。しかしソイツは緻密に計算された結果の品だぞ。最も機能的にパイロットを助ける様、試行錯誤を繰り返した。他にはない一点物だからな。寝る間も惜しんで拵えた、俺の優しさにもう少し感銘を受けてくれてもイイと思うんだが。そうだろぉ、ミナモ?」

 汚物を見るような目で睨んでくるリィンに、白衣の男は不気味に笑んで返した。
 わざとらしく肩を竦め、さも重労働を為した後と言わんばかりに、首も回す。次いで視線を、リィンの隣に立つ蒼い髪の男へ定めた。

「性能が確かなのは認めるところだけどね。個人的な感想としては、こういう格好は僕の前だけでやってもらいたいところさ」

 温和な顔に苦笑を浮かべ、ミナモ・ノー・ブラックは頬を掻く。
 自分の妻があられもない姿を衆目に晒し、好奇の視線を一身へ集めるのは、なかなかに心穏やかではいられない。
 だからこそリィンが今日着てきたジャケットを、白いスーツの上から羽織らせる。

「なんだ、俺の味方はなしか。ククク、まぁ、それでもいいがな」
「ちなみに、このスーツの開発コンセプトは?」
「『気の強い小生意気な女が羞恥に耐えながら開発者を睨みつけるレベルのスーツ』だが。それが、どうかしたか?」

 ミナモの問い掛けに、白衣の男は事も無げに答えた。
 キリリと眼鏡を押し上げて、哲学者めいた面差しで真理を説く。
 その途端、ミナモは「あちゃー」とでも言いたげな表情を作り、片手で顔を覆った。隣で強烈な殺気が膨らみ始めたのを察知したからだ。

「ほんと、最低の変態ねアンタは。死ねよ、ドクズ」

 並々ならず猛然とした嫌悪と敵意を瞳へ漲らせ、リィンは侮蔑の言葉と共に鋭い視線を射放つ。
 気の弱い者なら、それだけで卒倒してしまうだろう。
 憤怒の滾る眼光は、危険極まりない零下の輝きを白衣の男へ突き刺した。

「ククク、その視線、ゾクゾクするねぇ。作った甲斐があるってもんだ」

 一方、リィンの強眼を受ける側は怯む様子もない。
 それどころか奇妙な快感ぶりを面上へ這わせ、肩を揺らして低く笑う。
 傍から見ても怪しげなその姿。常軌を逸した変態と揶揄されるのは、至極当然と言えた。
 二人の平行線的な遣り取りに溜息を一つ零し、ミナモは話題の方向性を変えにいく。

「キミが僕達を呼んだのは、コレを提供してくれる為だったのかな?」
「いいや、そいつはオマケだ。本当の要件は別にある」
「はぁ?」
「そんな嫌そうな顔をするなよ、リィン。この要塞内部で、少々面白い物が見付かったんでな」
「面白い物? なにかな」
「小型のアームヘッドなんだが、こいつがクセモノ。まぁ見てくれよ。こっちだ、ついてこい」

 丸眼鏡を押し上げて、白衣の男が振り返る。
 白衣の裾を棚引かせ、作業場の奥へと向かい歩き出した。
 リィンとミナモは互いに顔を見合わせて、同時に頷き後へと続く。
 ミナモはメカニックの性として要塞内部の構造を興味深そうに眺めながら。リィンは持ち前の負けん気から敵愾心を露とし、白衣の背中を憮然と睨みながら。
 それぞれに進んでいくのだった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2016年10月13日 21:00