白衣の男に導かれるまま、リィンとミナモは超弩級機動要塞の内部へ踏み込んでいく。
 100年以上前に機能を停止して以後、二度と動くことのなかった兵器。どれ程の時間を掛けて建造されたのか。果てしないまでに広大で、どれだけ進んでも終わりというものが見えてこない。
 これだけの巨大な物は、現在の科学では到底作れないだろう。大破局以前の文明がいかに高度だったかが窺い知れる。
 奥へ行くにつれ、作業者の数は減っていった。建材を切り出す機器の動音も、どんどん遠くなっていく。

「この要塞の残骸はとにかくバカでかい。運び出す手間もあって、外側から解体してるからな。内部はまだ手付かずだ。おかげでこっちに居るのは技術屋や研究者が主になる」

 振り返ることなく進み続け、白衣の男は言い落とす。
 規則的な靴音が、声と共に空間の中へ反響した。天井が高く、奥は深い。発せられた音は遮りなく、どこまでも響いていく。

「それで、いったい何があるっていうのよ。勿体ぶらないでさっさと言いなさい。こっちだって暇じゃないんだから」

 白衣の背中を睨みつけて、リィンは忌々し気に吐き捨てる。
 仕事の依頼を請けてジャンクヴィレッジ・アイサまで訪れたが、今のところ彼女がしたことと言えば、一応は見知っている変態科学者にハイレグスーツを着せられて、公衆の面前に肢体を晒したことぐらいだ。
 何でも屋を標榜する傭兵ではあるが、個人の性的嗜好を満足させる為だけに雇われるつもりなど微塵もない。気に入らないふざけた話だったなら、自らの手で物理的に依頼主への制裁を科す。それぐらいの心積もりである。
 そんなリィンの内心を分かっているミナモとしては、無茶をしないように願うところではあるのだが。如何せん、やると決めて動き始めた彼女の行動力・突破力が、自分一人で抑えられるものでないことを理解している。故に期待を注ぐ大勢は、相手がリィンの逆鱗に触れないこと。この一点に終始していたりする。
 現段階で既に苛立ちが高まっていることは、彼ならずとも分かる状態なのだから。

「そう焦るな。ほら、此処だ」

 リィンのせっつきから暫く後、要塞内奥に設けられた円筒形の空間で、男はようやく足を止めた。
 丸眼鏡を押し上げながら片手で指し示したのは、一角に鎮座ましましている奇妙な物体。
 全高は2m程度。二本の脚で直立し、尻尾のような長い器官が生え出している。頭頂部からは耳のような尖った部位が覗き、その直下中心部に赤い球状体が確認出来た。
 胴体に該当する部位の側面部は外側へ丸味を帯びた装甲体で、その表面に見開かれた眼球へ酷似した意匠が彫り込んである。
 なんとも奇妙なその形状。だが何かに似ている。

「これは、大破局以前のアームヘッドみたいね。私達の使ってるタイプよりも小型だけど」
「というか、これ……猫?」

 リィンとミナモも立ち止まり、紹介されたアームヘッドをまじまじと見た。
 一世紀以上も放置されていたから当然だが、あちこちがボロボロになっている。それでも全体的な輪郭は残っているので、それが何を模しているかは把握することができた。
 ミナモが思わず口にしたその動物は、現在も都市部にいけば容易に見付けることが叶う。

「ククク、そう見えるだろ。だから俺達もコイツを『ねこ』と呼んでいる。現在見付かっているデータにも、同様の呼称が用いられていた」
「ふーん。でもコレ、なんていうか不気味な感じね」
「確かに、ちょっと不敵な面構えかなぁ」
「あの意匠化された目玉が原因だろう。機能性とは関係ない、装飾的なものらしいが。人の不安感を煽るように、敢えて付けられていると俺は見ている」
「フン。趣味の悪いこと」

 佇立する猫に似たアームヘッドを眺めつつ、リィンは不愉快さも露に鼻を鳴らした。
 とっくに活動を終えているのは明らかだというのに、まるでこちらをじっと見ているような居心地悪さがある。得体の知れない感覚は、彼女の背筋に悪寒に似た刺激を柔く走らせていく。
 傭兵稼業で死地を踏み越え続け、鍛えられた危機感知能力が、小さな警鐘を意識に鳴らしてもいた。この場所に長居するべきではない。そう訴えかける本能の声が聞こえる。

「この大きさだからな、コックピットも相応に小さい。乗れるのは小柄な人間か、でなければ子供といったところだ」
「子供用のアームヘッド? だから一応、猫っぽい外見なのかな?」
「単に本体を小型化して隠蔽性を増したら、パイロットの体格を限定せざる負えなくなっただけだ。だが、それはこの機体にとって然程問題ではない。元々、子供を主体として使うのが前提だったらしいからな」
「と、言うと?」
「人格形成が不完全な子供は、強固な自我を持つ大人よりも遥かに洗脳し易いからだ。洗脳した子供を乗せて利用する。ククク、この『ねこ』は、一種の特攻兵器なのさ」

 丸眼鏡を押し上げて、白衣の男は口唇を歪めた。
 そこにある邪悪な笑みは、兵器開発者の意図を理解したうえでの称賛が篭るもの。
 対して話を聞いていたミナモは片眉を上げ、若干の不快さを面貌に刷く。大昔のこととはいえ、そこに人道を無視した濃密な悪意を感じ取ったためだ。

「どうやら都市や敵勢拠点に侵入し、爆発物を生成・設置して、無差別に破壊工作を行う仕様のようだ。どういう機構でそれを成すかは、まだデータが完全に解読出来てないんで、不明だがね」
「『ねこ』はトラップ型の活動形態。存在を許せば、その限り被害拡大の要因を生み続けるわけか。だから発見されたら、ほぼ確実に破壊された筈だ。パイロット諸共ね。それが分かっていて、いや、だからこそ子供を乗せて使い捨てる。……成る程、確かに特攻兵器だ。えげつない」
「流石にミナモは理解が早いな。そんな『ねこ』がどうしてこの要塞内にあると思う? 言っておくが、見付かったのはコイツ一機じゃない。要塞内部のあちこちに、かなりの数が残ってるからな」
「機動要塞の内側へ侵入し、中から爆破攻撃を行ったんだろうね。外は堅牢な要害だ、簡単には壊せない。だから内部から機能を奪うべく行動した」
「ククク、俺達も同じ見解だ。この超弩級機動要塞は、腹の中から『ねこ』に食い破られたってわけさ」

 男は酷薄な笑みを浮かべ、傍近くに立つアームヘッドの装甲を片手で叩く。
 ミナモは犠牲となった子供達を想い、沈痛な面持ちとなっていた。我知らず拳を握り、俯いて床を睨む。
 兵器を作る者には、明確な意図と目的がある。そこへコストや消費される存在を天秤に掛け、己の見出した有用性に傾いた物が実用化されていく。
 このアームヘッドを作った者は、消費される子供達の生命や人生、これから得られただろう経験や感情・幸福の一切よりも、兵器が齎す破壊行為の方にこそ価値が勝ると考えたのだ。それこそは外道の所業、狂気の沙汰。
 そこにどれだけ崇高な理念があろうとも、ミナモはけして認めない。他者の人生を踏み躙って良い権利など、誰にもありはしないのだから。
 人は所詮人だ。神ではない。人が人の価値を決め、使う者と捨てる者を選別する。そんなことは断じて許されない。許されるべきではない。
 それがミナモという個人の価値観だった。偽善と謗られようとも、ミナモは己の意志と正義を曲げることは出来ない男。

 黙して胸中に義憤を燃やすミナモの袖が、この時、不意に引っ張られる。
 思考の没入から戻った彼がそれに気付き、隣へと顔を向けた。見ればリィンが深刻そうな面持ちで、ミナモの袖を引いている。
 緊張を帯びた妻の表情を前に、彼の意識も研ぎ澄まされていく。何事かが起こる。その予感に、自然と身構えが成された。

「リンちゃん、どうしたの?」
「嫌な予感がする。ミーナ、此処を離れた方がいい」
「うん、分かった」

 リィンの訴えに、ミナモは頷き短く返す。
 何があるのか。詳しいことを聞いたりはしない。リィンの危機感知能力を、パートナーとして共に歩んできたミナモは誰よりも深く信頼している。
 彼女が良からぬ気配を察したということは、相応の危険が迫っているということだ。無駄に問い詰める必要はない。

「リィン、ミナモ、お前達を呼んだのは、ちょっと気になることがあるからなんだ」

 傭兵夫婦の警戒を知る由もなく、白衣の男は天を仰ぐ。
 高く遠い天盤は、頭上の彼方で暗がりに沈み確認出来ない。

「さっきも言ったが、この中には相当数の『ねこ』が放置されているんだがねぇ。誰も動かしちゃいないソイツらが時折、消えたり、移動してたり。そんな痕跡があるんだよ。妙な話だろ? だから名うての傭兵に、本当の所を調査してもらおうと思ってな。それで呼んだんだが」
「勝手に動いてるって?」
「いや、確定的な話じゃないんだ。そんな気配がすると、まぁ噂みたいなもんだが、他の研究者連中が口にするんでな。大方、仕事のしすぎで頭がこんがらがってるから、勘違いしてるだけだろうがね。奴等も実際に調査されたとなれば、自分の妄言が間違っていたと気付くだろ」
「アンタは、勘違いだって思うわけ?」
「そりゃそうだ。だいたいコイツらは、もう主機が逝っちまってて動く筈がないんだからな。勝手に消える? 移動する? そんな莫迦な話があるわけがない。はははは、だろ?」

 白衣を翻して、男が二人の方へと向き直った。
 眼鏡を押し上げ、誤報を漏らす他者への、底意地悪い嘲笑を顔に張り。声高に笑い上げる。
 その瞬間だ。
 広い空間内に、何の前触れもなく、猫の鳴き声が響いた。
 「にゃーん」と、間延びしたあの声が反響する。


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最終更新:2016年10月13日 21:00