クレント近郊に立ち並ぶ大風車は、煉瓦造りの頑丈な代物だ。
 絶えることのない海風を受け止めて、大型の羽根車を回転させる威容は、小さな町の大きな目指しるとなっている。
 先史の技術文明が徐々に甦りつつある昨今、穀物を挽く仕組みとしては原始的と言わざる負えないが、隆盛する自治都市から離れた辺境部では、寧ろこうした機構こそが積極的に用いられていた。
 かくして聳える大風車の近くには、幾つもの納屋が設けられている。その内の一つ、既に使われなくなって久しい納屋の中に、エクセレクターは保管されていた。
 リィン・カーネーションの愛機として、数多くの戦いを越えてきたアームヘッド。全長9mに及ぶ巨体は今、片膝をつく姿で静かに鎮座する。

「これが、エクセレクター……」

 黙して動かない巨躯を見上げ、リィンはか細く呟いた。
 包帯で隠れていない右目には、深い悲しみと、小さな悔しさが揺れる。
 彼女の眼前に在るアームヘッドは、激しく破損した状態だ。
 機体の特徴でもあった白亜の外部装甲はほぼ全てが打ち砕かれ、無惨に崩れ剥がれ落ちている。
 随所からは内部機構が露出し、断裂した配線の束、接続器の残片が捲れ上がり、零れて出る。
 四肢の靭帯機構は大部分が焼き切れており、外周全形は爛れて溶け、もはや見る影もない。
 左腕はリィンの姿を映すかのように本体から千切れて離れ、納屋の床に横たえられていた。
 右腕や両脚部も内部組織の欠損が著しく、辛うじて繋がっているという有り様。
 前後に長い頭部は左半分から拉げ、七割方のアイカメラが潰れている。
 肩部装甲は完全に喪失し、内蔵ミサイルサイロには一発の弾頭も残っていない。
 背部スラスターユニットの右側が斜めに切断されており、推進機関としては死んでいた。
 左側もブースターノズルが根こそぎ爆散したらしく、黒く焦げた陥没が並ぶばかり。
 内奥まで抉り取られた胸郭部は、コックピットが無理矢理に露わとされている。
 一帯防装に幾多の弾痕が刻まれ、更に鋭利な武装で引き裂かれたのだろう、致命的な損壊により潰れて果てる。
 全躯の何処にも無事な場所はなく、あらゆる部位が破壊の痕跡を穿たれていた。
 執拗な重撃に晒され、獰猛な悪意により、徹底的な蹂躙を為されたことは明らか。所業には一片の慈悲もない。
 戦うことはおろか、もはや立ち上がることさえ出来ないのだ。容赦のない暴威によって、エクセレクターは骸の様をただ晒す。

「これでも、可能な限りは修理をしたんだよ。でもあまりに酷く壊され過ぎて、残念だけどこれ以上はどうにもならない」

 リィンより少し後ろへ立ち、ミナモもまたアームヘッドを仰ぎ見た。
 方々へ手を回し、部品を集め、少しずつ修復を試みたが、結果は芳しくない。
 その大きな理由は、機体深部を構成するパーツ類にある。市販品や裏ルートを含めて流通している物では、代替が不可能なのだ。
 細部の一つ一つが特殊規格の専用品で、エクセレクターの為だけに造成された一点物。全体で一つの系として機能する形に作られている為、一部分を別パーツで代用しようとしても噛み合わず、機関を正常に動作させることが出来ない。
 それでいて製造元が不明とあっては、手の施しようがなかった。
 エクセレクターを改修するには本来の開発者と設計図、総換用パーツに各種装置の統合化された最新鋭施設が必要不可欠。ミナモ個人の力では限界がある。

「リンちゃん、見ての通り、もうエクセレクターは動けない」
「ええ、分かってる。安心してミーナ。私は、また傭兵として戦おうとは思ってないから」

 背後のミナモへ言い送りながら、リィンは一歩前へと踏み出した。
 くずおれた愛機へ近付き、深々と刳り貫かれた胸部へ、右腕を伸ばしていく。
 かつての雄姿を失い、巨大な残骸へと成り果てた機体。その陥ちた胸郭に右手を触れさせ、彼女はゆっくり瞼を閉ざす。

「アナタと初めて会ったのは、私が9歳の時だっけ。初めて乗ったのは10歳の時。それからはずっと一緒だったわね。17年間、私達は同じ戦場を駆け、苦楽を共にしてきた。易い戦いもあったし、辛い戦いもあったわ。今振り返ってみると、長いようで短いような、不思議な気分」

 右手を添えたまま、頭を擡げ、機体の表面部へ額を密着させた。
 小さく紡がれる吐息。
 目尻に涙の雫を浮かべ、リィンは万感の想いを込めて語り掛ける。

「随分と、私の無茶に付き合わせたわよね。でもその全てを、私達は一緒に乗り越えてきた。アナタが居たから、私は傭兵として戦えた。私の我求を、アナタが受け止め、実現する力に変えてくれた。アナタに出会わなければ、私はきっと、リィン・カーネーションではいられなかったのよ。私がどれだけ感謝しているか、分かる? どれだけ想っているか……」

 機能の停止している機体は動かない。
 沈黙を維持し、ささやかな反応も返さない。
 リィンの涙声は、ただ零れ、ただ響くのみ。
 それでも彼女は話し続ける。己が半身にも等しい相棒へ。

「今まで、本当に楽しかったのよ。毎日が充実していた。生きている実感に満ちていた。……でも、私達はもう戦えない。手酷く負けてしまったものね。お互いに、ボロボロだわ。私、なんだか、疲れちゃったの。ごめんね。だから、アナタも、もう頑張らなくていい。ゆっくり、休んで」

 リィンが機体から額を離す。
 その瞬間、彼女の頬に一粒の水滴が落ちた。
 肌を滑る微かな感触。リィンは一度目を瞬き、頭上を見上げる。
 彼女の真上には、エクセレクターの頭部があった。
 既に壊されているバイザースリットの先端部、其処へ、アイカメラから滲み漏れたオイルが伝い集まり、小さな雫となって、滴り落ちたのだ。
 ただの偶然。故障の故。そう判断することは容易に出来る。しかしリィンは、それをもっと精神的な要因として受け止めた。
 愛機の流した涙だと。

「私も寂しい。胸の中に、ぽっかりと穴が開いてしまったよう。だけど、さよならよ。エクセレクター、今までありがとう。どうか、安らかに眠って」

 自身の涙を拭いながら、リィンは最後に微笑んだ。
 悲哀と喪失感に満ちた笑みだったが、エクセレクターの全身を眺め、懸命にはにかんでみせる。
 そうして振り返り、ミナモの元へと歩いてきた。

「いいんだね、リンちゃん?」
「ええ……ミーナ、これからは、一緒にこの町で暮らしましょう」
「僕に異存はないよ」
「ありがとう」

 ミナモの問いへ、リィンは静かに頷き返す。
 傭兵業を正式に辞め、一人の市民として町に生きることを決めるため、彼女は此処へ来たのだ。
 戦う力であるアームヘッドへ別れを告げ、闘争に暮れたそれまでの生き方と決別するべく。
 後はもう名残惜しくなるばかりと、リィンは納屋の外へ向かい歩き始めた。
 それへ付き添うように踏み出そうとしたミナモだが、その前に一度だけ、エクセレクターへと視線を送る。

「今までお世話になったね。これからは僕がリンちゃんを支えていくから、安心して眠っておくれ。最優の友よ」

 微動だにしない機体へ頭を下げて、ミナモは踵を返す。
 先を行くリィンへ足早に近付き、その細い肩を支えて外に向かっていった。
 後に残された巨体はそれまでと変わらぬ態で、深々と其処に留まる。
 去り行く朋友の姿を見送るようでもあり、長き勤めから降り、与えられた許しへ従い眠りへ落ちるようでもあった。