新光皇歴2238年。
御蓮群島東端に位置付く小さな町クレント。その中でも更に東寄りの海辺へ築かれた一軒家。
広く果てしない青海を望む庭先に、リィン・カーネーションの姿がある。
木製の長椅子に腰掛けて、天光を浴びる褐色の身。白いワンピースを纏う彼女の前方へは、幾人もの少年少女が集まっていた。
「それでそれで?」
「どーなったの?」
「私とエクセレクターはレーザーライフルを構えて、エネルギー充填と同時に一発! こちらに突っ込んできた無人機を撃ち抜いて、活路を拓いたのよ」
「おー!」
「レーザーぱねぇ!」
リィンは手振りを交え、真剣な面持ちで語って聞かせる。
その度に子供達から歓声が上がり、興奮と期待の眼差しが強さを増した。
「そして本丸、ファントム達を操っていたアームヘッドへ相対したの。鈍い群青色の機体だった。重量型で、巨大なサーベルを持っていたわ」
「レーザー、レーザー!」
「アサルトライフル!」
「残念。レーザーライフルは出力不足で使えない。アサルトライフルの弾丸は、アウェイクニング・バリアーに阻まれて敵機へ届かない。だから両手の武器を後ろ腰にしまって、右肩部装甲に接続するハンガーユニットから、実体剣を取り出したのよ」
「「「イーストブレード!」」」
「ご名答。私がハンガーから引き抜いたのは、緩やかに反った片刃の長刀。最高戦速と切断力を誇る皆大好きイーストブレード」
子供達が声を揃えて一斉に叫ぶ。
それへウィンクと共に指を指し、リィンの顔が不敵に笑む。
少年少女はいっそうに盛り上がり、熱気めいた視線が彼女の話を待ち望んでいた。
「私とエクセレクターはブレードを振るって、敵のサーベルと戦った。こちらの振り下ろしと相手の攻撃が激突し、刃の間で火花が散る。私達は即座に腕を振り払い、サーベルを弾き返した。僅かに敵の姿勢が崩れ、好機! 間髪入れずに踏み込み斬り落とす。でも相手は無手の片腕にショートブレードを仕込んでいたの。私達のブレードに、割って入る短刃。再びの衝突!」
「わー!」
「卑怯くせー!」
「バッカ、それが作戦なんだよ!」
「そんでどうなったの?」
「戦場では一瞬の迷いが明暗を別つ。私達はすぐに対応した。相手の機体を蹴り飛ばしたのよ。それで大きく体勢が崩れた。この隙を逃さず、イーストブレードを振り払う。白刃の一閃。敵機の腕ごとショートブレードを斬り落としたわ」
「おおー!」
「ドキドキ」
「だけどサーベルが襲ってきた。返す刃でこれを受け、私達は刃軌をいなしてチャンスに変える。致命的な間隙だった。サーベルを外側へ弾いて、一息にブレードを薙ぎ払う! 確かな手応えを感じたわ。それを証明するように、相手の機体が腰から切断されて倒れ伏した」
「一胴両断!」
「敵はもう動けない!」
「ふふ、そうね。連絡していた保安部隊が到着し、テロリストパイロットを引き渡して、作戦は無事終了。都市の被害を最小に抑えて、迅速に危険因子を排除した。私達の完全勝利よ」
「やったー!」
「すごーい!」
「ねーちゃんツエェ!」
リィンが話を締めくくれば、子供達から拍手と歓声が湧き起こった。
自らが経験した傭兵時代の戦闘談は、小さな町の中しか世界を知らない子供達にとって、格別の冒険活劇と聞こえるらしい。
幼い瞳はリィンの一語一語に煌めいて、大いに喜び跳ね回る。
リィンとミナモがクレントに移り住んで1年半余りが経つ。外からやってきた新たな住人が元傭兵だという噂は、然して広くもない町の中で簡単に知れ渡った。
当初、大人達は余所者である彼女達に警戒を示していたが、好奇心旺盛な子供達は積極的にリィンの元へ訪れ、傭兵稼業の話をせがんだ。
無邪気な子供達が注いでくる期待の眼差し。これを無下にせねばならないほど忙しくもない彼女は、乞われるままに体験談を披露する。するとこれが子供達に大ウケし、翌日には一人一人が新たな友達を誘って、更に多くの少年少女が集まって来た。
そしてまた断る理由もないリィンは話を聞かせてやる。そんなことを続けていたら、すっかり日課のようになってしまったのだ。
しかしこれは思わぬ副次効果を彼女へ齎す。
子供達が両親へ好意的にリィンのことを話し、与えられた最新の認識情報が各家族へ共有され、たちどころに伝播していき。その結果、大人達はリィンのことを『子供達の面倒を見てくれる気の良い傷身の婦人』として受け入れてくれたのである。
更にミナモがメカニックとしての知識・技能を活かし、町内のあらゆる機器に対応する修理屋として働き始めたことで、住人への貢献度に比して評価が高まり、元傭兵夫婦は信用を勝ち得たのだった。
「次の話してー!」
「空中戦! 空中戦!」
「だーめ。今日の分はおしまいよ。そろそろ晩御飯の時間でしょ。さぁ皆、帰った帰った。続きはまた明日ね」
「はーい」
「わかったー」
「おねえちゃん、バイバイ!」
「はい、ばいばい。ちゃんと残さずご飯食べるのよ。それから勉強して、お父さんお母さんのお手伝いもしなさいねー」
せがむ声を断ち切ってリィンが終了を宣言すれば、子供達は素直に従い帰路へつく。
思い思いに手を振って、傾き始めた西日を追うように、それぞれの家へと去っていく。
散り散りに離れて駆ける子供達の背中を、リィンは優し気な笑顔で見送った。
この時、軽快に走っていく小さな群影に逆光し、彼女の家へと近付いてくる者が一人。後ろ腰に工具の束をベルト付けしたツナギ姿。
「今日もカーネーション列伝は大人気だね」
「あらミーナ、お帰りなさい」
「ただいま、リンちゃん」
柔和な微笑を刻んで帰宅してきたのはミナモ・ノー・ブラック。
リィンは夫を華やかな笑みで出迎える。
「今回はどの話をしてたんだい?」
「ハルキリアスの戦いよ」
「懐かしいなぁ。僕達が初めてコンビを組んだ仕事じゃないか」
「ええ、その通り。危なげなく完全勝利ってね」
「リンちゃんは勢い任せでグイグイ行くから、僕は随分と心配したんだけどなぁ」
「そ、そうだったかしら?」
「あははは。知らぬは本人ばかり也、だね」
楽しげに頬を緩ますミナモの前で、リィンは恥じらいに顔を染めた。
この手の話題で夫に勝てないことを知っている。そのため、そそくさと振り返り、話自体をすり替えることにした。
「そういえば今日、マウローさんから大きなゴレンニジマスを貰ったわよ。ミーナにボートを直してもらったお礼だって」
「えぇ!? あの時のお代はちゃんと貰ってるから、そんな気を遣わなくてもいいのに」
「これで気兼ねなく海釣りに行けるからって、喜んでたわ。それだけミーナに感謝してるのよ」
「う~ん、そっかぁ。この時期のゴレンニジマスは脂が乗ってて美味しいし。有り難く頂いておこうか」
「そうよそうよ。早速調理するから、ミーナは先にお風呂入ってて」
伝え送り、リィンは家へと向かい歩き出そうとする。
しかしそれより速く背後へとミナモが迫り、突然抱き締めてきた。真後ろから伸びる夫の両手が、腰へ回され動きを封じる。
「ちょっとぉ、なにするのミーナ。邪魔なんだけど」
「ねぇ、リンちゃん。町の子供達に話をするのもいいけど、そろそろ自分の子供に聞かせてあげたいと思わない?」
リィンの耳元へ口を寄せ、ミナモが語りかけてきた。
至近距離で吹き掛けられる生温かな吐息。そこへ潜む情欲の熱を感じ、リィンの耳と項がほんのり朱色を差す。
「み、ミーナ……その、晩御飯、用意しなきゃ、だから」
「あとで一緒に作ればいいさ。だから先に、二人でお風呂入ろうよ」
普段のミナモとは違う、甘えて縋る声の響き。
誘いの息が舐めるように耳朶へと絡まり、リィンの内へ染みていく。
兄妹として暮らしていた時には、けして見せなかった雄の性。直接に求めてくる滾りの声音が注がれる度、リィンの身体も疼きに火照る。
「僕が背中を流してあげるよ、リィン」
淫靡な艶に濡れた甘い囁き。常の穏やかさとは正反対の、強制力を持つ鋭利な一声。
それと同時に首筋の髪が掻き上げられ、露出する項に口付けを受けた。
「きゃん!?」
瞬間、リィンの背筋に快楽の痺れが走る。
我知らず息が荒く変わっていき、全身から力が抜けてしまう。
ミナモに支えられることで、やっと立っていられる状態だった。
「う、うん」
夫に肉体の主導権を奪われてしまった後では、頷く以外に選択肢はない。
リィンは顔全体を赤らめて、小さく顎を引く。
背後のミナモが嬉しそうに、そしてそれ以上に淫蕩な笑みを浮かべていると、彼女は見ずして感じていた。
「愛してるよ、可愛い僕のリィン」
「ん……私もよ。だから、優しくしてね」
最終更新:2016年10月13日 21:03