外界と隔絶され、閉塞したコックピット内に、幾つもの光が浮かんでいる。
 三次元空間上へ出力されているホログラムモニターが、その光源だった。
 重量を持たない映像の窓は六つ。弧状に浮かび、それぞれに異なる情景を映し出している。
 林立する高層ビル。各所で昇る火の手。噴き上がる黒煙。爆発と舗装路の粉砕。木の葉のように転がっていく乗用車。そして人の似姿を持つ鋼鉄の巨人達。
 モニター内に描かれるのは戦場、或いはそれへ類する戦闘空間の様子。パイロットシートに深く腰掛けたまま、少女はそれらの映像へ視線を這わす。

『現在のミロカニアだ。汎政府連合の政策に異を唱える過激派が、都市圏で武力抗議を行っている。……お定まりの展開だな』

 コックピット内に声が響いた。
 低く落ち着いた男性の音声。
 芯の通る力強い調べが、僅かに嘆息の色を込めている。

「住民の避難は?」
『既に完了している。この辺りは、ああいう手合いが多い。人々も慣れたものといった様子だ。避難区域は作戦エリアより100km後方。周りを気にせず暴れられるな』

 抑揚の少ない男声だったが、届く言葉を受けて少女の口元へ微かな笑みが刻まれる。
 含まれていた冗談の成分に、微笑を誘われたという感じだった。

『依頼主はミロカニア自治委員会。依頼内容は、武装して暴れ回るテロリストの早急な排除。ただし、可能な限り建造物への被害は抑えろとのことだ。監視カメラでチェックしているから、誤魔化されんぞと言ってきた』
「なによ、全然暴れられないじゃない」
『被害を出さないように無茶すればいい。幸いと言うべきか、敵勢力に確認されているアームヘッドは一機のみ。他は自律機動の人型無人兵器だ。連中は武装した外敵が活動圏に侵入すると、迎撃行動を取るようロジックが組まれている。このまま空中より侵入すれば嫌でも上がってくる。上空で全機撃墜してやれ』
「りょーかい。頭数も揃えられず、型落ちの無人機を並べて徒党の演出図ろうなんてセコイ奴は、さっさと片付けてやるわよ」

 少女は口元の笑みを潜め、表情を引き締めた。
 鮮やかな輝きを湛えた虹色の瞳へ、決意の念が強く灯る。
 外部情報を映像として表示するモニター達が、その明光で以って彼女の姿を照らし出す。
 年の頃は17。
 涼し気な眼差しに、品良く整えられた長い睫毛。潤いに富む小さな唇と、すっきりした鼻梁。年頃の娘らしい可憐さと共に、研ぎ澄まされた鋭刃へも似た凛々しさ併せ持つ美貌。
 エキゾチックな褐色の肌へ、ショートカットにまとめらた桃色の髪が映える。
 素肌に密着する白いパイロットスーツは、蠱惑的な体のラインを浮き彫りにしていた。滑らか且つメリハリの利いた肢体。豊かさと瑞々しさが露わになり、健やかな艶めかしさを醸し出す。

 少女――リィン・カーネーションが浅く息を吐き、パイロットシートの両脇へ手を伸ばした。
 操縦席サイド左右へ、縦に握る形の操縦桿が設けられている。
 銃のトリガーガードに似た守部を外側へ持ち、以降が機内設備と結合している操縦桿。毀れなく整えられたグリップは、リィンの手に過不足なく密着した。
 握りの裏側には、複数ボタンが縦列へ並ぶ。指運操作でメインフレーム両手の全指に対応し、細やかな挙動を実現できる。
 両脚は操縦桿の下方面、やや奥域に併設されるフットペダルへ乗せていた。
 こちらは機体の下半身を一定度制御するための専用デバイス。オートバランサーの補助を受けつつ、腰回り以降を駆動させる操脚機関である。

「さあ、仕事の時間よ。起きなさい」

 リィンは囁きと共に、操縦桿を強く握り込んだ。
 瞬間、六つ並ぶホログラムモニターの配列が変化を見せる。
 横並びに弧を描くそれらは、三つ目を境にして左右へと走り、リィンの真横近くに移動する。
 同時に六つのモニターへ流れていた映像が切り替わった。街並みの様は数字や円形グラフ、機体を投影した縮尺全体像、武装のトレース映像、人体の簡易シルエットに相次いで変化する。
 それぞれへ表示されるのは、オペレーティングシステムが常時管理観測している機体情報だ。
 ジェネレーターたるアームホーンの稼働状態、フレームのダメージ率、損耗値、活動限界までの猶予値、装備武装の残弾数や性能情報、そしてパイロットのバイタルパターン。
 現在は全て正常を示し、許容範囲内で安定している。
 しかし戦闘状態に移行すれば、ここに表される情報は目まぐるしく変化していくことだろう。
 これに続いて、開かれたリィンの正面空間へ新たな画面が出現した。中央とその左右へ扇型に展開されている巨大なメインモニターが、何もない空間に一瞬で出力される。
 開かれた大画面、そこに映ったのは真っ直ぐ伸びる長方の領域だった。
 床面から天井までの高さは概ね15m程。横幅は10m程度。硬質な建材で構築された前方へ伸びる其処は、底部をリニアレールが走るカタパルトデッキである。
 リィンの双眸は正対するモニターを通し、搭乗機の置かれている場所を見ている。

『ハッチを開くぞ。降下準備に入れ』

 男性オペレーターの声が、簡潔に必要事のみを伝えてきた。
 それへ伴いリィンが面する画面の内周、デッキの全体部が動き始める。閉ざされていた空間が丸ごと下方へと押し下げられ、途端に外気が流入してくる。
 内外を隔てる双壁の展開が明かすのは、カタパルトデッキそのものが緩やかに下降した事実。側面は収縮式の支柱によって繋げられ、等間隔の合間から、夕闇に暮れる空の色が描き出された。
 環境の一つ変化は、メインモニターへ表示映像の推移とは別の動きを生ませる。
 人間の視覚域を超えたカメラセンサー圏の獲得する広範な外部情報、並びに機体へ搭載されているOSが、自動的に捕捉処理した幾多の要項を膨大な蓄積データ内から抽出して映し出す。

【暗黒大陸:南部アイサ台地:汎政府連合勢力圏自治都市ミロカニア】

 メインモニターの左面上端に、OSからのピックアップ情報が表示された。
 機体の現在位置を、大陸・地域・都市の座標名称として出力したものだ。

『あまり機体を壊すなよ。我々の財政は、けして豊かと言えないからな』
「わかってる。それに壊して帰るとミーナが泣くのよ」
『あいつは、その機体を我が子同然に可愛がっているからな。勿論、お前の身を案じている面もある』
「そーね。ま、何にせよ最大限注意を払っていくわ」
『傭兵として長生きしたければ、用心深さは必要なスキルだ。よく磨け』
「生きてなきゃ、大成も出来ないしね」
『【伝説】のようにか?』
「ええ、そうよ。史上最強最高と謳われた女傭兵。私もいつか【伝説】と呼ばれるようになってやるんだから」

 操縦桿を殊更に強く握り、両瞳へ強固な信念の麗火を燃やして、リィンは明確に宣言する。
 声の質が宿る本心の度を教え、揺らがぬ面貌の一端で、口角が俄かに吊る。
 不敵な笑みは覚悟と熱意を顕して、少女の気概を激しさと共に詳らかす。

『道のりは遠いぞ。尚のこと慎重さを養わねばな』
「真の強者は万に通ず、ね」
『そういうことだ。さて、そろそろ頃合いか。いつも通りサポートは任せろ』
「OK。それじゃ始めましょか。行くわよ、rb:森精族の水晶剣!」

 オペレーターの言葉へ頷きで応じ、リィンは操縦桿を押し込んだ。
 足元から鼓動を思わす駆動音が鳴り、コックピットの壁面を蒼白い光のラインが走り抜ける。
 続く振動。コックピット全体が僅かに下がり、メインモニターの映像も連動していた。緩やかな衝撃が内部へ生じ、リィンを収めた機体の動きが伝わる。
 モニター内では足元のリニアレールが鮮やかな光を帯び、真っ直ぐに伸びる進路を示した。
 カタパルトデッキを機体が滑り始め、画面の映像が急速に流れ出す。
 遠方に見えていた茜色の空が、瞬く間に近付いてくる。


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最終更新:2016年10月30日 09:36