記念日の夜だというのに、そのダブルベッドには一人だった。
ふたりの出会って六年目、結婚ごっこの三年目記念。
私はなんだかむなしくなってベッドから降りた。
それから、床に敷いた真っ黒のカーペットに枕を置いて顔をうずめる。

指輪を渡した日のことを思い出した。あれは三年目を迎えた日、仕事から戻るあの子を待っているときにふっと思い立ったのだ。
けれど私にいつでも使っていいと渡されているお金ではさすがに立派な指輪は買えなかったので、まあこれでいいかと、それを形作らせた。
何に形作らせたかというと、普段は私のアクセサリーにしている五つの流体金属型アームヘッドのうちのひとつである。

あの子が帰ってきてそれを渡すと、それはもう喜んだ。
どうしてだか、あの時にはすでに、あんな子の事を私は大好きになっていた。
プロポーズですね、とあの子は言った。
ごっこよ、と私は返した。
それから、もう一つの流体金属型アームヘッドに同じ形を指示して、その日はそれを自分の鏡台に隠した。
私がこんなにあの子を大好きだなんて悟られたくなかったから、数日たってから自分もつけるようになった。

ああ、とても大好きで、私の次にかわいいメリー。今日は記念日だというのに、お仕事で帰ってこないのね。とっても寂しい。
分かっているくせに。私があなたをこんなに大好きだって。

呼び鈴が鳴って、目を覚ました。わざわざ床で眠ってしまっていたなんて、恥ずかしい。
その後外を見るけれど、まだ夜だった。いいえ、朝になってもまだ数日はあの子は帰ってこない。
この日に撮影が入ってしまったと言ったあの子に好きにしなさい、なんて言ったのを激しく後悔した。
だって、あの子は私の気持ちを汲み取って断ると思っていたから。いつもそうだから、全部わかってくれると思ったから。
だけどあの子は今日ここにいない。

もう一度呼び鈴が鳴って自分が起きた理由を思い出して、それからインターホンに向かった。
少しの期待もしなかったと言えば嘘になる。いいえ、期待した。あの子が返ってきていると期待した。
けれど、それは郵便だった。

届けられた小さな包み。差出人はメリー・ストロベリー。
包装を破くと手紙と細長い箱が入っていた。箱を開くと私の趣味ではないネックレスが入っていた。
私は、こんなものほしくない。
お姉さまの気持ちは私にはわかっていません、と言われているような気持になってしまって、手紙とネックレスを捨てた。手紙は読みもしなかった。


数日たって、あの子は帰ってきて、いつも通りで、遅れましたけど今から六年目をお祝いしましょうね、なんて言っていた。
けれどほんのちょとだけ私の首元を見て切ない顔をしたのを私は知っている。
それからあの子が買ってきたお土産のお菓子を食べた。やっぱりパサパサするだけで全然美味しくなんて思わなかった。

思えば私はあなたに自分を理解してほしいと駄々をこねるばかりで、あなたのことをひとつも理解していなかったのね。
私の好みなんて分かってくれていたんでしょう。だけど、あなたは私にあのネックレスをつけてほしかったんでしょう。珍しい、あなたのわがままだったのね。
そして、次の思い出へ。

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最終更新:2016年10月15日 12:01