「フン、反応が遅いのよ」

 二つ目の無人機が破壊され、エクセレクターが一定度以上の接近を果たした為か。
 メインモニター内に見える残る自律型二機が、異なる機動を開始する。
 その様子を見詰めながら、リィンは軽く鼻を鳴らした。
 行動選択の緩慢さを小馬鹿にする色が濃い。戦場に身を置く傭兵として、無駄や不適格な動きを嫌う性からか。
 彼女の視線先では二機の無人機が左右別方向へ急速移動し、それぞれが湾曲を描いて飛翔していく。
 搭載されているAIが敵対機の戦闘力を鑑みて、間合いを取りつつ機動攻撃へ移ろうという思惑が知れた。
 ただし両無人機には共闘するという選択肢はないらしい。完全に独立した動きを見せ、連携へ持ち込む様子は皆無である。
 これを認めたことで、リィンはいよいよ嘆息の呼気を強めた。

「所詮は安物のAIね。現状に於ける最適解さえ導き出せない。こんなのしか用立てられないようじゃ、テロの首謀者も程度が知れる。さっさと片付けましょう、エクセレクター」

 瞳の戦意は一切薄ませず、表情を引き締め直してリィンは言い置く。
 興味の幅を極小にまで収縮し、それでも警戒は微塵も解かない。
 モニターを見遣る眼と、全身に張り詰めさせた神経の尖りを以って、操縦桿とフットペダルを合わせて押し踏む。
 エクセレクターの背部スラスターユニットが一際激しく噴射され、降下を続けていた機体が、中途で大きく進路を変えた。
 下から掬い上げるよう一気に上昇機動へ入り、飛行中の無人機一つを追っていく。
 テトラダイ粒子を反応させて作られる大出力が、白亜の機体に与える推進力。その規模も質も量産型の無人機を凌駕する。
 宙空で盛大な弧を描く無人機は、自ら移動しつつも、急追してくるエクセレクターをモノアイに見ていた。
 途中で二度三度と捻りを交えて再上昇してみせる。追い立てる白はこの軌跡を越えながら、余計な動きを真似しないで、最短距離をほぼ直角に曲がって進む。
 厚い夜闇の層を縫うように、二機は翔炎を背負って縦横無尽に奔り回った。
 その間にも両勢の距離は着実に詰まっていき、白亜が黄色い機体へ止まらず迫る。

「確かにパイロットが乗ってちゃ出来ないような動きね。でも遅い!」

 飛行中に反転し、制動も掛けずに即、外側へ逸れて回る無人機。
 眼前で行われる急激な機動を睨み据え、リィンは声高く一叫した。
 同時に引かれた操縦桿と、蹴り倒されたフットペダルが、遺漏なくアームヘッドの巨躯を動かす。
 敵機が再度距離を開けんとした瞬間、水平に持ち上げられた右の機腕が逃影を捉えた。
 アサルトライフルの照準は対象を掴み、その時にはもうトリガーが引き絞られる。
 痛烈な曝射音が轟き、徹甲弾の群が我先に虚空へと飛び出していく。解き放たれた弾雨は定められた軌道を一心不乱に駆け抜けて、進路上に存在した目標物へ殺到する。
 一気に襲来した徹甲弾群は無人機が新軌道へ至るより早く、晒された全躯へと到達した。
 一斉に掛かって装甲へ減り込み、粉砕し、圧のまま貫き通す。
 簡素な量産機に与えられた防御力は、純粋な凶暴さを持つアサルトライフルの猛撃に耐えられない。間断なく飛来する弾丸の突破力が防備の基準値を上回っているために、直撃するあらゆる場所を容易くこそいだ。
 黄色い装甲が刻々と跳ねて穿たれ砕けて壊れ、四肢が捥げる傍らに腹部と胸郭が無惨な連穴を刻み込まれた。
 抵抗を許さない非情の撃ち込みが過激の度を越して続いて暫く。内燃機関の崩壊が爆発を生み、無人機はこれへ飲まれて燃え上がる。
 もはや自力で動くことはなく、何度も内側から爆炎を噴きながら、飛行能力を喪失し落下していった。

「おまけに動きが見え見え。裏を掻くのが下手すぎ」

 呆れの響きを言い捨てに、リィンの左手が操縦桿を引く。
 その最中で細い指がグリップボタンを滑り、必要な手順で触れていく。
 連動するエクセレクターの左腕。レーザーライフルを握ったまま、斜め上方へと向けられた。
 リィンの見るメインモニターには、まさにその方向から接近せんと向かい来る無人機の姿がある。
 後背の飛行ユニットを最大出力で稼働させ、開かれた間合いを限界以上の速度で踏破してくる。
 パイロットが搭乗していれば、過剰な加速度による重衝撃に圧迫され、コックピット内で絶命しているところだ。
 何者も介在しない無人機だからこそ出来る、有人機を超えた動き。しかし如何に速度があろうとも、進入角が割れていては脅威と成り得ない。
 敵の姿を認めた段階で、リィンの選んだ道は一つ。高速で突撃してくる敵機へ、レーザーライフルの二股砲門を照準する。
 先の使用より一定時間を経て、再チャージが丁度叶っていた。
 充填されたエネルギーが集束照射器へと収斂され、蒼い一条の光芒が夜空へと躍る。瞬く閃光が闇を切り裂いて、真っ直ぐに迅速に、標的への衝突コースを激進した。
 既に過大なスピードへ到達している無人機は、斜方から猛然と飛来する蒼光を捉えた直後、躯体を逸らそうと僅かに動く。
 が、全容へ掛かる空気圧が見えざる壁として立ち塞がり、返る抵抗に一瞬の反応遅れが差し挟まれる。
 この間隙が明暗を別った。
 目まぐるしく状況の変わる戦場では、些細な乱れが全てに響く。時としてそれは、自身の生死を左右する程の重さを含んでくる。
 無人機が陥ったささやかな動きの鈍りは、自己の速度と向かい来るレーザー光の合間にあって、致命的な欠点となった。
 高速度進行の接近は瞬間的な空白を挟んだ時でさえ双方に継続され、速度故に夥しい距離を抜ける。
 結果、レーザーライフルからの蒼光は必要空間を潰し、正回避へ及ぶ前に無人機へ到達する。


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最終更新:2016年10月30日 09:38