『傭兵風情がやってくれたな。俺の手駒を破ったのも貴様か』
「フン、テロリストの分際でそこそこイイ装備使ってるじゃない。お供は安物だったくせに」
『先からといい、その声、女か。しかも小娘だな』
「だったらなんだって言うのよ。この業界は年齢も性別も関係ない。実力だけが物を言うのよ」
『ほざけ小娘。貴様のような小便臭いガキが、俺の邪魔をするなどと許されはせんぞ!』

 心底からの怒号へ続き、オーダムは断ち斬られたグレネードキャノンの残片を放り捨てる。
 そこからすぐさま背負う戦斧へと腕を伸ばして、勢いよく引き抜いた。
 巨大且つ獰猛な恐ろしさを湛えたメタルアックス。
 肉厚の斧刃は磨き上げられ、寒々しいギラつきを投げかける。

『俺の抵抗は世界を変える偉大な一歩となる。それを妨げようとする無能な体制の狗など、この手で首を叩き落としてやろう!』
「はん、典型的な勘違い小物ね、アンタは。アームヘッドに適合出来たから調子に乗っちゃったバカは、皆同じことを言ってるわよ」
『ぬかせ! 世の理も、俺達の背負う重責も解さんハゲタカが! 戦の臭いを嗅ぎ付けて、血肉を啜る蛆虫め。多少腕が立つからと、それで強者のつもりか。図に乗るな!』

 オーダムのパイロットは感情を露に、激しい暴声を吐き付ける。
 己が正しいと信じて疑わない頑なな決信と、立ち塞がる者への明確にすぎる殺意の奔騰。
 理性に依らず、本能へ根差した獣性で事にあたる姿勢は、論議の価値を頭から感じさせない。
 過大な力を得た者が陥り易い暴挙の有り様が体現されていた。
 対するリィンは挑発的な言葉を飛ばしながらも、自分の心に等しい乱れを交えていない。
 注意深くモニターを見遣りつつ、呼吸は安定の幅を保ち続ける。
 敵機の挙動から意識を逸らさず、凪いだ湖面のように我を静め、緊張と警戒に油断を挟まない。
 落ち着いた心情での操作は機体にも正しく反映され、エクセレクターを澱みない流水めいた動きへ導く。
 両脚部は僅かばかりに前後へ開かれ、若干腰を落とし、握る白刃が正眼へ構え取られた。

 反りの入った片刃の長刀、イーストブレードと呼ばれる実体剣。
 数あるアームヘッド用近接武装の中で、最高の戦速と屈指の切断力を併せ持つ。
 独自の鍛造法で精製される刀身は非常に鋭利で、単分子レベルから対象を断ち斬ることができるという。
 その一方で扱いが殊更に難しく、下手な運用ではたちどころに刃が毀れ、著しく性能が低下してしまう。
 これが為イーストブレードの真価を発揮させるには、卓越した技量が求められた。
 使いこなせば他に比類なき力となるが、些細なミスで最弱のナマクラと化す。扱いの極めて難しい武装といえる。
 本来、汎用的な実用性を重要視する傭兵には敬遠されがちな武器だが。
 リィンとエクセレクターは、これをこそ自らの主兵装に選択していた。

『命を懸けるほどの大義もなく、叶えるべき展望も持たず、ただ金の為だけに戦う卑しい傭兵。貴様等の如き低俗なハイエナに、俺を止められるわけがない!』
「アンタがどんなお題目を掲げてようが関係ない。私は私の仕事をするだけよ」
『クズめが。その機体を砕いた後でコックピットから引き摺り出し、生きたまま地獄を見せてやろう。貴様の死骸を磔にして、汎政府連合にへつらう連中への見せしめとしてくれる!』

 テロリストの咆哮が炸裂し、オーダムが正面から踏み込んできた。
 向かい合うリィンも即座にフットペダルを強く踏み、操縦桿を押し捻る。
 パイロットの操運へ忠実に従うエクセレクターが前方へ巨躯を進め、左腕ごと長刀を振るい打つ。
 これへ合わせてオーダムの剛腕もアックスを振り被り、迅速な斬撃を繰り出した。
 分厚い大斧と薄身の麗刀が共に空気を掻き裂いて、アームヘッドの膂力へ送られ間合いを潰す。
 ただちに二つの武装が激突し、凄まじい破音が弾けた。闇中に凄絶な火花が散り、斧と太刀が交差する。
 両勢の刃がぶつかり阻み、互いの進攻を無理矢理止める。生じた衝撃が波となり、一帯へと勢いよく吹き荒れた。
 エクセレクターとオーダムは自身の得物を競り押して、相手を圧さんと鬩ぎ合う。
 力と力が同等に刻み吊り、一歩も引かない。
 両機の頭部バイザーは武装を挟んで接近し、正面から敵対機を睨み合う。

『小癪!』
「ふん!」

 テロリストとリィンが同時に呼気を吐く。
 両者の操縦は過たず機体を動かし、それぞれの得物を打ち合わせた。
 オーダムが剛斧を、エクセレクターが長刀を、互いに繰って腕を跳ね、刃同士を弾き合う。
 新たな火花が夜闇に散り、一瞬だけ両機の姿を鮮明に浮き上がらす。
 衝撃が震える破音を伴って吹き、アームヘッドの巨大な武器が一時に離れた。
 が、すぐまた剛腕が唸りを上げ、同じタイミングで斧と刀が振り押される。等しい対角軌道を走った武装は、当然のように再び衝突。激しい動音と力の発散を以って、先と同様鬩ぎ合う。
 己の武器を挟んで対峙したまま、茶灰と白亜の機体は敵を押した。
 力で圧倒すべく掛ける加重で、双方の足場にする道路が軋み罅を走らす。


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最終更新:2016年10月30日 09:40