『この状況でいなすだと!?』
「甘いのよ」

 叫び声に驚嘆を含ませるテロリスト。これを一顧だにせず、リィンは掴み取ったチャンスへ翔ける。
 エクセレクターの構えた長刀、その平背を滑っていくオーダムの剛斧。
 必勝を期して放った勢いが加速となり、絶大な威力を湛えているが。それ故に一度突き込まれた重斧は簡単に止められない。
 長刀との摩擦面から激しい火花を散らせるまま、パイロットの意思とは逆に直進し続けていた。
 結果、オーダムは自らの武装へ引き摺られる形で、白亜の機体へ肉薄する。高速度で奔る得物は握りまでを一挙に送り、瞬く間に巨腕が相手の目前へ躍り出た。
 状況を捉えたリィンの反応は迅速。左のフットペダルを一度踏み、即座に引いて、右足のフットペダルを二連続で踏み抜く。
 加えて操縦桿を左右揃って引き出すことで、機体上半身の安定性を整える。
 脚操作の伝達にエクセレクターの下肢が連なり、左脚部が強く直下を踏み締めて、右脚部は素早く上がった。
 右の膝部が折り曲げられるや、オーダムの右腕目掛けて膝蹴りを叩き込んだ。
 白亜の外郭装甲が想定外の圧に晒され、重い衝撃へ軋んで歪む。
 一方、オーダムの右腕は横合いからの一撃へ為す術なく、無抵抗と言える状態で全ての壊波を浴びせられた。
 攻撃する側と、される側。するべくして体勢を整えた側と、備えなく一方的な攻撃をみまわれた側。どちらの損傷が大きいかは自明の理。
 エクセレクターの脚部フレームはダメージを負ったが、オーダムの被害はそれよりも遥かに大きい。
 無防備だった腕部装甲は膝蹴りの直撃で手首付近から拉げ、手先のマニピュレーターへの連続性が破壊される。
 それは右手五指の機能喪失を意味し、先まで握っていた剛斧を、パイロットの意図とは無関係に手放す結末を迎えた。
 握力の破壊、右手の著しい機能低下を以って、エクセレクターと数度打ち合ったオーダムのメタルアックスは、支持を失い路上へ落下する。
 巨大な重量物が降り注ぎ、真下の路面は抗う事も出来ずに粉砕された。

『き、貴様ァッ!』

 思わぬ損害にテロリストの怒声へ焦りが滲む。
 先まで揮っていた得物を失い、空手となった機体だが退くをしない。搭乗者の性格か、或いは意地か。
 オーダムは健全な左腕で拳を作り、至近距離に立つエクセレクターへ殴り掛かった。

 百年以上前、『大破局』以前の文明で作られたアームヘッドならば、極めて優れた装甲強度を誇り、武装を用いない機体同士の殴り合いも可能だったろう。
 しかし現行のアームヘッドは旧文明の発掘品を基に、現状の科学力で造成した復刻型が大半を占める。文明絶頂期に比肩する程の性能はなく、各種装甲の効用も劣っている。
 それが証拠にエクセレクターは、膝蹴りを敢行した脚部フレームに歪みが生じ、自らも損傷を被った。
 そんな状況下で、アームヘッド本体を使った直接殴打が如何に自殺的か。
 だからこそ『相手の意表を突く』という戦法も可能だが、これに限っては既にリィンが実行した後だ。意外性など微塵もない。
 それはオーダムが取った手段は、追い詰められた者が苦し紛れに放った攻撃、以上の意味を持たないものだ。
 この場に於いて考えるならば、愚策という他なかった。
 よって、リィンは驚くでもなく淡々と処理に移る。

「覚悟が足りなかったみたいね。傭兵風情にしてやられる気分は?」

 繰り出されたオーダムの左拳に、リィンは右手操縦桿を押して応じた。
 エクセレクターの右腕が跳ね上げられ、急接する剛腕の進路へ届く。逆手に持たれた長刀の柄頭を奔らせ、その最硬部でオーダムの拳を真下から打ち上げた。
 直進する拳は下からの猛打によって軌道が逸れ、白亜の機体へ届く前に虚空へ外れる。
 的確に要点を衝き、最少の動作で攻撃を封じるリィンの操作。
 一打によって拳撃を不発にされて、テロリストの叫びが色を無くす。

『莫迦なッ! 何故こうも容易く撥ね退けられる!?』
「アンタ、私達をナメすぎね。この機体の腕部は、内蔵靭帯を複数束ねて相乗的に膂力を引き上げてある。見た目はノーマルタイプの大きさだけど、瞬間出力は一般機の比じゃないわ。だから傑出した運動性と――」

 リィンが再び右手の操縦桿を押し、グリップを小さく引いた。
 直後に一度放し、自動的に戻る半瞬の合間で再び引く。微細微妙な操作の締めに併設ボタンを軽く叩いた。
 更にフットペダルを踏み込み、機体を前へ。
 エクセレクターの右手が長刀の柄を放し、瞬時に腕が捻られ、手放した柄を掴み直す。
 五指のマニピュレーターがしっかと握り、手首の返しで逆手から正手持ちに戻された。
 そのまま巨躯は踏み込んで、息つく間もなく、オーダム目掛けて刀剣を振り抜いた。

「高度な精密性を誇ってるのよッ!」

 リィンの一喝がコックピットに響き渡る。
 メインモニターへは同じタイミングを以って、右腕の振るった刃の一閃が映り出た。
 高速で繰り出された斬撃は完全な間合いから、オーダムの胸部装甲を縦一文字に斬り払う。


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最終更新:2016年10月30日 09:41