硬く研ぎ澄まされた刃が、高速で鋼を断ち斬る音が響く。
 堅物を一太刀で圧倒し、構成分子から分断する鋭音。風を斬る速撃が、耳障りの悪い甲高さで夜陰に渡る。
 振り下ろされた一閃は視認し難い。
 ただ軌跡のみが残光さながらに視界へ映り、そうかと思った時はもう、走り抜けた後だった。
 オーダムの胸部装甲は真正面から縦に裂け、刃の進路に沿って開かれている。
 茶色い厚甲は中心から深くまで削り通されたため、大きな割れ目となって其処に刻まれた。
 引き裂けた断面の合間から、コックピットが露出して見える。
 強く正しく斬撃を見舞われて、プロトデルミスの防護壁は一面を損壊された。操縦席へ至る寸前の装甲までが、綺麗に断ち斬られている。
 コックピットそれそのものは無傷。そして其処へ収まっているパイロットも同様。
 大柄で厳つい顔をした三十代後半と思しき男が、パイロットシートより半ば腰を浮かす姿で確認できる。
 男の顔には明らかな驚きと悔しさ、それらに隠れて潜む恐怖の色とが織り交ぜられていた。
 熱狂に支配された双眸は見開かれ、断裂した装甲から覗く外部、その先に立つ白亜のアームヘッドを凝視する。

『こ、こんな莫迦なことが……』
「これが現実よ。受け入れるかどうかはアンタの勝手だけど」

 ささくれだった唇を戦慄かせ、テロリストが言葉を絞る。
 その矮小な姿をモニター越しに見ながら、リィンは冷たく言い捨てた。
 この合間にも右手の操縦桿を押し、機体を導く。
 操作されたエクセレクターは右腕に持つ長刀を振り上げ、鈍く光る切っ先を、剥き身の敵機コックピットへ差し向ける。
 刃を装甲の断裂面ギリギリまで進ませて、極限まで尖れた先端部を、オーダムの操縦者へ突き付けた。
 テロリストの瞳一杯に、イーストブレードの鋭刃が映り込む。
 男の表情は固まり、頬を冷たい汗が流れ落ちる。

『貴様は分かっているのか、この世界の置かれている現状を? 汎政府連合の政策がいかに愚かで無能なのかを』

 アームヘッド用の近接刃に圧迫されながらも、テロリストは声を張った。
 自命が風前の灯火であることを自覚するからか、それとも目前に迫った恐怖を紛らわすためか。男は声を荒げる。
 先刻まで戦っていた相手へ向け、自らの思考と主張を大きく開く。

『確かに発足当時の汎政府連合は、人類の再興を担う輝かしい存在だった。その栄えあるリーダーシップと精力的な支援・支持があったからこそ、人類は文明の復興を成し遂げられた。その功績は認めよう。讃えよう』
「……で?」
『大破局を経て人類が地上へ戻ってより半世紀。当時程ではないにしろ、相応の技術を甦らせ、人の数も増え、再びの隆盛が成った今、連中はどうだ? かつての熱意と崇高な精神性を忘れ、虚飾に満ちた退廃的な享楽へ耽り、肥大した欲望の赴くまま、私利私欲のために富みを貪る愚鈍な豚と成り下がったのだ!』
「ふーん」
『連中の所業を見るがいい! 文明の安定化に伴って急激な人口爆発が進む世界。食料及びエネルギー資源の不足が各地で囁かれ、それを取り繕うように行われる近視眼的な開発が、環境破壊と極地の拡大を生んでいる。だというのに汎政府連合は自らの座する中枢区へ物資と技術を集約させ、そのツケを外園の僻地へと押し付けるばかり!』
「へー」
『権力を有する者だけが飽食を極め、そうでない者、持たざる者は貧困に喘ぐ。各地には諦観と憎悪が蔓延り、辛酸を舐めさせられた人々の嗚咽が木霊する。連中はその小さき声に耳を傾けることもなく、それどころか強大な武力を以って圧し、恫喝紛いの強権的な支配で民衆の非難を握り潰しているのだ!』
「ほーん」
『しかし! 各地の自治体は汎政府連合に意見するどころか、その足元に擦り寄って少しでもお零れに預かろうとしかしない! 矜持も信念も捨て去って、連中へ気に入られるのへ必死となる狗の有り様ではないか! なんと醜悪で、なんと惰弱なことか!』
「はーん」
『だからこそ俺は立ち上がったのだ! 俺が、俺達が、救世の勇士が力を揮い間違いを正さねば。愚か者達の目を覚まさせてやらなければ、世界は終わる! 気高い理念を忘れた汎政府連合と、それに阿る各自治体には、今こそ荒療治が、いいや、大々的な外科手術が必要なのだッ!』

 テロリストは己の思想を揚々と謳い上げ、どこか恍惚とした表情で息を吐いた。
 そんな彼人をモニターに映したまま、リィンは興味皆無で欠伸を噛み殺している。
 男の朗々とした主張を全て右耳から左耳へ聞き流し、まったくもって頓着しない。
 完膚なきまでに無関心であった。

「ノーマン、連絡はついた?」
『ああ。ミロカニア自治委員会にテロ首謀者を捕えたと報告済みだ。既に保安部隊がこちらに向かっている。後は奴を引き渡せば任務完了だな』

 オペレーター――ノーマン・ノー・ブラックが、リィンの呼び声に応える。
 テロリストが犯行動機を演説している間に、彼等は依頼主への報告を行っていた。
 リィンはミロカニア保安部隊が現場へ到着するまでの時間稼ぎとして、敵対者の独演を許していたにすぎない。その内容など始めからどうでもよかった。


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最終更新:2016年10月30日 09:41