暗闇に浮かび上がる、ミーティングテーブルを囲む複数の人影。
彼らは険しい表情で互いに睨み合っている。
しかし、真に睨めつけているのは目前の人物に対してではない。

「暗殺計画は失敗に終わり、コピーメシアも敗北を喫した・・・・・・」

「もはや急を要すこともない・・・・・・
 この際、長い研究期間を設けてやり、万全の対策が産み出されるまで待つのが賢明か」

「その方があの科学者連中も助かるだろう。しかし、セイントメシア・・・・・・
 術もなくヤツに挑みたがる血気盛んな者どもは、まだ後を立たぬだろうね」



巨人戦争英雄譚 番外編
ラクシ・アサシンズ


フードで頭を隠した猫背の怪しい集団があった。
その数、六人。
施設の入り口に向かうそれらは、まもなく門番に呼び止められ警備部隊を呼ばれ捕らえられるはずだった。
しかし数分もすると、彼らは何事もなかったかのように施設内に入っていた。

それは外からは隠されているものの、中身は一般的なアームヘッド研究開発施設であった。
巡回する警備員がガムを噛みながら歩いていると、自販機の前に名札めいたものが落ちているのを見つけた。
それには同僚の名が書いてあり、拾って顔を横に向けると、自販機と柱の間にその持ち主が気を失って挟まっていた。
警備員が警報を鳴らそうとした矢先、後ろからその首筋に刃が押し当てられ、咄嗟に動けぬ内に背に針を突き刺された。
昏倒する警備員を尻目に、フード者は音もなく廊下を走る。

そうして六人は蛇のようにするすると施設を抜け格納庫に向かっていた。
無論一部の監視カメラはその姿を捉えているだろうし、大騒ぎになるのは時間の問題だった。
だが情報伝達を上回るその早さこそがこの暗殺部隊の持ち味なのだ。

入り口で枝分かれしていた蛇の首が再度集結した。
彼らの姿は、黒いフードに六元素を現す色のラインがそれぞれ入っており、その手には鎖で繋がれた一対の短剣が逆手に握られていた。
そのナイフの形状もそれぞれ異なり、神話に登場する六匹の悪魔が持っているものに酷似している。改めて怪しい集団だ。
ほどなくして赤灯が灯り警報が鳴り響く。しかし格納庫まで来てしまえば、あとは目標の機体を見つけ奪取するだけだ・・・・・・
しかし、暗殺部隊「ラクシ・アサシンズ」はリズ連邦軍の配下で、この施設もリズ連邦の所有物である。よってこの侵入は反逆行為である!

アサシンズは身のこなし軽やかに跳び駆け抜け、警備装置類を壊しながら獲物のアームヘッドを探る!
数区画を抜けた後、彼らは標的に辿り着く!
そこに佇んでいたのは紅白のアームヘッドであった。
それは一見セイントメシアそのものに見えたが、改めて見直せば違和感に気づくだろう。
翼は黒く突きだした剣のようになり、爪はコピーメシア一号機のフォーレンメシアに似て鋭利に伸びて、
頭部にはメシアの眼を模したヘッド・ガードの下に、DH重工特有のモノアイカメラが配置されていた。

暗殺部隊が探していたのは、かつて自分たちに与えられるはずだった強力なアームコアだった。
しかしそのコアは同時期に発案されたフォーレンメシアに使用された。
その堕天使が撃墜されたと噂に聞き、我が物にすべくこうして独断で侵入したのだ。
「こいつがそうだな?」
「そうだ、急ぐぞ」
ラクシ・アサシンズが駆け寄った時だった。

「残念だが」
目前のコピー・メシアのコクピットが開く。
「この機体はお前たちの探していた、フォールダウンとは違う」
中から現れた男は、堂々とした語り口とは対照に幼げで、そして御蓮人であった。
「あの重要なアームコアはもっと別のところにある」

「何だ?てめぇ・・・」
緑ラインのフード者が悪態をつくが、男は語りを続けた。
「そこでもっと有効に使われているはずだ・・・セイントメシアを倒すアームヘッドにね」
降りてゆっくり歩み始めた男に対し、アサシンズは短剣を構えた。
「じゃあそのコピーは何だ?お前はそれのパイロットか?」

「この機体はデモニックフェザー。フォーレンメシアを援護すべく造られた。コピーメシア二号機と言ってもいい。
 計画案では一機のフォールダウンがセイントメシアと近接戦闘、六機のデモニックフェザーが中・遠距離から支援し、
 確ッ実ッに血染の羽毛を葬れることになっていた。だがその予算は馬鹿でかい・・・・・・」
「興味深い話だが警備が来るぞ?お前は味方か?」
「ふふん、デモニックフェザーの開発途中でフォーレンメシアは駆り出され憎き救世主に堕とされた。
 これがただ一機具現化された”悪に染まった羽毛”だが、支援すべき相手も失い、もうじき解体されお払い箱になる」
遠くから怒声が響く!
「結論から言ってくれ」
「俺は降ろされたんだよ、新型機のパイロット候補から・・・それもコア適性を試す前に・・・・・・。
 俺はセイントメシアを倒さなきゃいけなかったのに、資格が無いって」
「フン、私たちと同じね」
青フードが冷めた声で同調する。
「そして俺は同じ境遇のデモニックフェザーを知った。こいつもメシアを殺れるのに。権利を奪われた。
 だからこいつを使って救世主を狩りに行く。ラクシ・アサシンズ、お前たちもそうなんだろう?
 あのコアを自分たちが使っていれば、メシアに勝てたと思ってここに来ている。だが最早必要ない。
 俺たちと組むんだ・・・当初の計画案、七機の連携、お前たちのコンビネーション、完全なプラン・・・・・・」
警備兵はすぐそこまで迫っている!選択の余地は無かった。

暗殺者達はデモニックフェザーに跳び乗ってしがみつき、銃を向ける人々の前で、悪魔の翼が格納庫を突き破った。



こうして誕生した反逆者の集団は、救世主を狩る計画を綿密に練りながら、逃避行を続けていた。
闇夜、御蓮の平野を駆け抜けるデモニックフェザー。
しかし突如として、それに迫るアームヘッド――灰色の、セイントメシアか!?謎の機体が悪魔に襲い掛かる!
「ついに見つけたぞ!覚悟しろ村井幸太郎ーッ!」


それから五日後の、同じく御蓮の平野。
そこを駆け抜けるのは、今度は本物のセイントメシア。
その後ろに少し離れて、白銀のアームヘッドの姿もある。

「いったい今度は何だ。教えてくれよ幸太郎」
白銀のアームヘッド・メシアエンブリオのパイロットが呆れたように問う。

「何度目かの挑戦状だ。しかも人質を捕られている」
セイントメシアのパイロット、村井幸太郎はやけに冷静に答えた。
「お、おいお前正気か?大体こういうのは一人で決闘に呼びつけられてるやつだろ?」
神崎はこの男が、終戦してもなお度重なる刺客との戦いで憔悴し、やっとこさ狂気に陥ってくれたのかと思い、
こいつでもこんな風になるのかと、若干の心配と幻滅、あと謎の愉しさを感じていた。だが、違った。


親愛なる血染の羽毛へ

我々ラクシ・アサシンズとその協力者Zは、貴様の親類の命を預かっている。
我々が所望するのは、セイントメシアとの正々堂々たるアームヘッド戦闘である。
下記の日時、指定座標に着き、貴様が勝利すれば人質を解放する。
尚、勝利するのは我々であるからして、その条件は達成されないものとする。


「という文面と共に人質の写真も入っていた」
「そんな挑発に・・・」
「だが、人質は、知らない奴だった。親戚中に聞いても誰一人として知らなかった・・・・・・。
 何故か俺に似ているとか言ってくるのもいたが、全く無関係の奴だ」
「だけどなあ、無関係とはいえ、二人がかりで行って難癖つけられたら、そいつマズくないか」
「その辺の御蓮人を捕まえて、人質などと吹っ掛けてくる奴なんてド素人丸出しだ。
 こちらの身辺も探れない、戦闘狂脳筋リズ雑兵だ。いや、本当に捕えてるかどうかも怪しい」
「そう言われたら完全にイタズラじゃねーか?何で俺を連れていくんだよ・・・・・・」
エンブリオがやや減速する。

「ラクシ・アサシンズは実在の部隊だったようだ。情報は乏しいが・・・」
「戦いたかったのか?そいつらと?」
「丁度良かったんだ」
「何が!」

「新型OSの実戦テストだよ」
今このセイントメシアには、新型の起動OS『Muraindows 97』が搭載されていた。
「これには人工知能ナビゲータが実装されてて・・・・・・」
モニタ上に可愛らしいカッパマーメイド(顔が魚)が出現する。
『ご用件は何ですか?』
「周囲のアームコア反応、テトラダイの痕跡を調べて」
電子音声に幸太郎が優しく答える。
『解析中・・・・・・テトラダイ痕跡、マッピングしました』
地図上に残留テトラダイ濃度が塗られたものが、エンブリオにも転送されてきた。
それには幾つものコアが移動した軌跡が描かれていた。
「おう・・・こりゃ確かに、この先に何体も張っていやがるな」
「こいつの機能はこれだけじゃない、一番優れてるのはカメラを通じたデータ解析・回収機能みたいだ。
 これから先、またコピーメシアみたいな、どんな奴が出てくるか分からない。情報を収集して、うちの研究所で活かす」

「ふーん、こっちにも入れといた方が良さそうだな。どうだお嬢?」
”う、う~ん・・・”
エンブリオ・コアの意思が渋る。確かにコアの意思が強ければ、機械的な知能が身体の内にあると異物感を覚えるかもしれない。

「ナビは最終的に、無人アームヘッドのパイロット代わりになるように発展させると聞いた。革新は目まぐるしいものだな」
『この辺りに美味しいドーナツ屋さんがありますよ』
「今なんか聞こえたな?」
「・・・いずれは俺たちの敵も、気づけば中身が空っぽの機械の怪物ばかりになるかもしれない」
『私の対応はいかがでしたか?評価とレビュー、感想と動作状況を入力してください。問題があれば最新の状態でない可能性があります。定期アップデートを許可してください。ダウンロードできる通信環境にありません。直ちにアップデートしてください。』
「めっちゃ早口で言ってるぞ」
「・・・・・・」
『返答をお願いします。ご用件は何ですか?音声認識しない場合は検索窓にキーワードを入力してください』
「お前を消す方法」
『アアアアアア!』
可愛らしいカッパマーメイド(顔が魚)が断末魔と共に圧縮消滅する。

「そいつ壊れてんじゃないのか?」
「ま、まだ動作が不安定なだけだろう・・・・・・」
「フフッ、お嬢も入れとかないか?お友達が出来るぞ」
”いらない、断じていらない”

セイントメシアとエンブリオ、その行く先には背の高い針葉樹林が見えてきた。
「そろそろ警戒するぞ」
「最後に聞いておくぞ、幸太郎。お前のその・・・・・・背負ってる物のは何だ?」
セイントメシアには見慣れない派手な武器が付けられていた。
「それには触れないでくれ・・・ていうかお前みたいな奴なら知っているんだろ」
「フッ、いいや?」
「これ使って戦ってるところを撮らなきゃいけないんだよ。研究所のスポンサーがうるさくて」
村井研究所に出資している映画会社が、セイントメシアを題材にしたヒーロー映画を成功させるため、
本物とのタイアップ宣伝を提案してきたのだ。本物の方にグッズを使わせることによって、より映画にリアリティを持たせるのだ!
『DXライトニングスラッシャー』は文字通りデラックスに、村井研究所の総力を挙げて玩具を忠実に巨大化した聖なる剣だ!

「くくく、それで倒せる相手だといいけどな」
「正直邪魔なんだよな・・・神崎、お前が使うか?」
「どうだ?お嬢は好きかああいうの」
”だから要らないってば・・・”

デン!デン!デデン!
その時『Muraindows 97』が不快な警告音を発した!
レーダーに現れるアームコア反応!セイントメシアに高速接近!
幸太郎が視認したその黒い物体は、アームヘッドではなかった――メシアがギリギリで避け、エンブリオも通り過ぎるそれを一瞬捉えた。
「今のは何だ!」
「あ、アームホーンだ・・・ホーンを直接発射してきたんだ」
「マジかよ」
背後に着弾したのをレーダーが示し、振り返って確認したいが、敵の次の手が分からない。
次なる遠隔ホーン攻撃に前方を警戒する二機。だが次のコア反応は前後に同時に出現した!
新手のアームヘッドが先ほどの黒い剣を後ろから投げる!
セイントメシアはその射線を避けつつ前方の新手に構える!
エンブリオは振り向きざまにライフル射!敵が退いて足元を抉るに止まる。
そして前に六機、後ろに一機のアームヘッドが威圧的に立ちはだかった。
前方の一体、見覚えあるシルエットの白黒が、投げられた黒剣を受け取り肩部に接続した。
「ほう、避けたか・・・しかし素直に現れてくれて助かったぞ”血染の羽毛”。安心しろ、人質は林の中に眠っている」
若人らしい声と似つかわぬ語りの違和感に、二人は一種のデジャブを覚えていた。

「コピーメシアだな」

「この機体はデモニックフェザー・・・・・・フォーレンメシアに代わり貴様を討つ、今度こそ確実に」
「一人で来るかと思えば・・・おい、後ろにいるのは”白い死神”じゃないのか?」
「フフフ、返って狩り甲斐があるわね」
偽救世主に続き、灰色ベースに六属性の色がアクセントの機体群・・・ラクシ・アサシンズも標的の出現を喜ぶ。

「俺を知ってるとは嬉しいね、だがそんな台詞は、俺もこいつも飽きるほど聞いてきた・・・」
「偽者騒ぎはもう沢山だ。こちらこそ確実にケリを付ける」
メシアとエンブリオはこの一触即発の距離で先手を取らず、しかし微塵の隙も与えぬまま敵に対面し続けた。

「そして俺の名はジンライ・・・・・・兄者の仇!貴様には、死んでもらうぞ村井幸太郎!!」
七体のアームヘッドが一斉に散開!かなりのスピードで針葉樹林へと退避していく!
エンブリオがレーザーでそれを撃つも、直撃させる前に薄暗い木々の間に消えていった。
「あからさまに罠だなこりゃ。それでもあそこに入るか?」
「あの投擲アームホーン・・・ここでデータを取っておいた方がいいだろう」
「自ら実験台になるってか、いや俺まで巻き込まれてるけど」
二機は敢えて別れてから大木の森に迷い込む。敵戦力を分割させる目的だ。

セイントメシアが踏み入るとレーダーにノイズが走った。
「レーダージャマーにアームホーン・チャフか?」
目視で周囲を確認する"血染の羽毛"・・・その背後には蜘蛛めいて静かに垂直降下するデモニックフェザー!
ジャゴン!翼のホーン発射装置が獲物に向き牙を剥く!
二本の黒い剣が放たれる!メシアは近距離で撃たれたそれらに装甲を掠め取られるも、臆することなく偽救世主に向かう!
「秘密兵器はそれだけか?」
セイントメシアの翼とスタッフがデモニックフェザーに斬りかかる!対し悪魔は爪と膝ブレードを展開し受ける!
「死ねえ!」
林の中に消えたと思われた二本の黒剣が、別々の弾道でメシアに迫る!
「!!」
血染の羽毛は咄嗟に悪鬼を蹴飛ばし、飛び来るホーンを双方とも弾く。
だがそれらは木々の脇を通ったとき、灰色の腕が掴みとり、発射器に装填、またも撃ち込まれる!
もう一本を受け取った灰機体は針葉樹の柱を蹴り渡り、別ポイントからメシアを狙う!

一方メシアエンブリオは静かな森に響き始めた金属音を聞いていた。続いて通信が届く。
「気を付けろ神崎、連中は二本の投げアームホーンをパス回しして奇襲してくる」
「七体いて二本だけか?」
「あまり侮るなよ」
言っている矢先にラクシ・アサシンズのアームヘッド、ラグドールの一体が正面に出現した。
「シシシ、ご苦労なこった。戦争で名を馳せて生き残った英雄も、こうしてちょろっと出かけただけで暗殺されんの。よくあることだからな」
緑の頭部と肩装甲のラグドールは脱力したようなポーズで首だけしきりに動かしていた。
「それがお前たちの本来の仕事ってとこか。だってアームヘッドで暗殺なんて、言わないもんな?」
「シシシ、そりゃ、出来るヤツと出来ないヤツがいる・・・」
レーダー不能の状況下、エンブリオの背後の針葉樹の裏で、白と茶色のラグドールが極めて無音で動きながら覗いた。
「じゃあ、どんなモンだかやってみな・・・」
言い終わるかというところで緑ラグドールが跳躍!エンブリオは咄嗟にレーザーで迎え撃つ!
同時に茶ラグドールが持っていた槍を投擲!背後から迫るがエンブリオのブレードが横一閃!弾道を変えて大樹に刺さる!
だが白ラグドールが頭上から垂直降下!槍の刃先は怪しく輝き、エンブリオの背に斬り込む!
回し蹴りで蹴飛ばし返すとラグドールの一群は柱を跳び回って隠れ、再び静寂が訪れた。
「チッ、面倒な奴らだ」

その頃セイントメシアは死角から迫る刃を察知し、スタッフを薙いで弾き落とす!
打ったのはラグドールの投げ槍・・・黒いアームホーンはすでに別角度から接近!
メシアは回避できずそれを受ける!・・・しかし貫かれることはなかった。防御の調和ハウによって黒剣を止めると、投擲アームホーンそのものをアームキルしようと狙った。
だが阻止すべくデモニックフェザーが向かってくる!幸太郎がそこへ意識を向けたとき、周囲の柱に潜む三機のラグドールが四本の刃を投げる!その内一本は本物のホーン!
セイントメシアはやむ無く加速の調和カカマで包囲攻撃を抜ける。

その軌跡に続いて音速の翼に切断された大木が倒れる!しかし遮蔽物の増加はラグドールの望むところだ。
メシアは僅かな一時、周囲に何もいない静寂に解放される。木々の浅い霧の向こうに直進してくるデモニックフェザーを見た。
残りを透視の調和アカクで探そうとした時、その悪魔の背に重なっていたラグドールが三方に散る。再び包囲網を展開するのだ。
そして黒き剣が放たれる!一つは救世主に、もう一方は敢えてあらぬ方向を目掛ける!

その頃エンブリオは索敵を続けていた。そこへ投擲ホーンが飛び来る!
「こっちに来やがった!」
エネルギーライフルを撃ち爆風で反らす!同時に斜め下方と上方から飛びかかるラグドール!
エンブリオはブレード斜め前転斬りでそれらを仕留めたはずだが、当たらず蹴りを食らわされてしまった。
空中で姿勢制御し逃避中のラグドールを撃つが、狙いが大きく外れてしまった。
機体の動作が精細を欠いている?

"むきーーっ!"
「お、おいお嬢!一体どうしたんだ?」
エンブリオのコアが怒り狂い、未だ冷静な神崎は意識の剥離を感じていた。
「ククク……毒が回ってきたようだな」
白ラグドールが柱の影で眼を光らせる。
「我が"暗黒魔術Ⅵ"は怒りの毒……搭乗者ではなく機体のみに収まらぬ憤怒を錯覚させる……
 これは強い意思が機体操縦に繋がっているほど効力を生む」
白フード者が長々と語り、その僚機達も影からエンブリオの隙を伺う。

「なるほど、エースの機体を暗殺するのに特化しているわけね……さてどうしたもんか」
"どーするもこーするもないっ!叩き潰す!"
荒ぶるエンブリオが針葉樹を切り刻む!間一髪で茶ラグドールが逃げ別の物陰へ!
「捕ったーッ!」
その時緑ラグドールが黒い剣を投げる!前傾姿勢のエンブリオがそれに振り向きながら唸る!

セイントメシアは3体のラグドールの交錯攻撃とデモニックフェザーの遠隔ホーンのコンボを無数に受け続けていたが、互いに隙を見せず決定打を与えられぬままだった。
またも複数方向連撃!メシアも複数方向のアームホーンで弾き返す!
そこへ投槍!赤く光る刃を、救世主は調和ハウの硬化で受けた!
すると真下から迫る影!デモニックフェザーのニーブレードが来る!
セイントメシアはスタッフを振り返す!
その鋭刃が競り合うが……メシアが退き弾かれる!悪魔の膝剣が再度追撃!救世主に傷を刻む!

「何だ、今のは……」
デモニックフェザーのニーブレードはLAM-001ヴァンデミエールと同型の物だ。
競り合えば重力の乗せたスタッフの方が物理的に勝っているはずだった。
ラグドール達が上方から槍を投げてくる!セイントメシアはそれを不自然なほど大きく避けていた。
「ハハハ、どうした?ブラッディ・フェザー?ようやく我々の恐ろしさに気付いたか?」
デモニックフェザーが笑っていると真横の柱を赤ラグドールが滑り降りてきた。
「我が"暗黒魔術Ⅰ"は恐れの毒。機体に潜在的な恐怖心を錯覚させる……"血染の羽毛"と言えど耐えることは出来まい」
いくら幸太郎の操縦技術が、セイントメシアの機体性能が優れていても、アームコアが不調をきたしていればそれを発揮できない。
「ああそうか。だがこれからは錯覚ではない恐怖を与えてやる!」
ジンライの宣言と共に悪魔が威圧的なポーズで迫る!
「テストのつもりがとんでもない事になったな……」
幸太郎は操縦レスポンスの鈍りにセイントメシアの躊躇いを感じていた。

ズガウン!エンブリオの強烈な両足スパイク・ストンピングが地面を破壊し、土煙から緑ラグドールが転がり出た。
「おーこわいこわい」
その時背後から茶色く光る投げ槍が飛び来る!メシアエンブリオはそれを片腕で受け止め、振り落として踏みにじる。
「バハハ、我が暗黒魔術Ⅳは爆ぜの毒…身体に爆裂する痛みを錯覚させる!」
"!!"
突然エンブリオが不可視の射撃を受けたように振動した。存在しない裂傷からは火の手が上がり燃えるような痛みが襲った。
反撃にエネルギーライフルを撃った直後、またも爆発の錯覚が襲い仰け反らされる。
「終わりだな"白い死神"」
緑ラグドールが背後で笑い、槍に新たな毒を浸透させる!

デモニックフェザーは爪、両腕から生える刃、足の爪先と踵の暗器、膝のブレードを総動員し嵐のような猛攻をかける!
「己が殺ってきた技!味わってみてどうだ!"血染の羽毛" !」
対しセイントメシアは反撃出来ずにいた。翼を盾に凌げてはいるが、何故か攻撃操作を受け入れてくれないのだ。
仕上げと言わんばかりのハイキックがメシアに衝突し、背を大木に打ち付けた。

幸太郎はメシアの精神状態がどうなっているか探ることに集中した。
その恐れは目前の敵に対するものではない。
セイントメシアは、己が刃を振るう度に、守るべき世界までも破壊してしまう感覚に襲われ、
あらゆる足掻きが滅亡に繋がる絶望の只中にあった。


緑色に光る矛先がエンブリオの肩口に突き立てられ、仮想毒が染み込んでいった。
「我が"暗黒魔術Ⅲ"は蝕みの毒!その通り毒に犯された錯覚に陥り次第に衰弱していくんだよ。
 もう三つも注入されちゃってるよな!安心しろ、こっからは終わりを待つだけだ」
ラグドール達が嘲笑いながら飛び交い、柱に爪を立てて停まって、苦しむ様子を見下ろす。

神崎は愛機の中で操縦捍を握りしめた。

「"てめえら、お嬢(レディ)に好き勝手やってんじゃねえぞ"」
それはメシアエンブリオと全く同一の怒りであった。
シンクロし増幅した怒りは他の精神汚染を浄化して多大な出力だけが残った。
神崎が、エンブリオが片手を虚空に突きだす!
「"サイレント・ルナ!"」
カメラアイの激しい発光と共にテトラダイ粒子を伴った黄金のハーモニー・ウェーブが周囲に拡散する!

調和の発動を目の当たりにしラクシ・アサシンズの三人は何が起こるかと身構えようとした時、
大樹に刺していたはずの爪が滑り始め、持っていた槍も滑り落とした。
三体のラグドールが次々に木から落ち、立ち上がろうとしたが、その脱力したような特殊フレームが祟り、
氷の上の小鹿のようにバタバタと足掻く事しか出来なかった。
「一体何が起こった!?」
「ヤツが居なくなったぞ!」
「落ち着けよ、レーダー見ろ」
ラグドールはジャマー下でもコア位置を探れるよう特殊レーダーを装備している。
エンブリオのコアは見つからなかったが、戻ってくる投擲ホーンを確認した。
「誰か投げ返してくれたのかな?」
「早くヤツを探せ!」
茶ラグドールが自身に向かう黒剣の方角を見る。
「落としもんだぜ?」
レーダーにはホーンとエンブリオの反応が二重に重なっていた!
「グガアーッ!?」
"白い死神"の投げる黒い剣が茶ラグドールの肩から首にかけてを貫いて削ぎ取る!

「やられた!?」
白ラグドールが振り向くとエンブリオの銃口が向けられていた!
咄嗟に身のこなし軽く跳躍……できず、滑ったと同時にエネルギーライフルで頭を撃ち抜かれる!

「クソ!」
僚機がやられたと思しき発光を薄霧の中に二連続で目撃し、緑ラグドールは戦慄しながらも、感覚を研ぎ澄まして索敵した。
近くに斬り倒された倒木がある。調和により一切の摩擦を奪われた、この状況を利用し、地上を泳ぐようにもがき滑った。
木の陰に隠れ、血走った眼でレーダーを見張る。だが、そこには認めたくない事実だけが映っていた。
倒木の上からエンブリオがしゃがんで見下ろしている!
「狩りは楽しかったか?」
アームブレードとライフルの連撃が緑ラグドールの手足を次々に斬り飛ばしていく!
もはや自発的に動く術を無くした残骸に、メシアエンブリオが足を乗せた。

「恨めよ」

そして全力の蹴りを放ち弾き出す!
摩擦係数ゼロのラグドールは木々の間をピンボールめいて跳ね返っていた。
「う、恨んでやる!絶対に!許さねえからな!絶対!呪ってやる!呪い殺したるからなああああ」
そして霧の彼方へと何処までも滑り消えていった。
「そんなに恨むなよ・・・・・・」

神崎が見渡すと、木の根元にアームコアが転がっていた。先ほど投げた敵の投擲ホーンが退行したのだ。
「なるほど、アレは発射機に付けとかないとすぐコアに戻んのか」



一方”血染の羽毛”は、悪に染まった己のような存在を前に、あるいは大昔に戦った悪鬼の影に囲まれ、希望の光を失っていた。

「"暗黒魔術Ⅱ"割れの毒!受けた者は身体がひび割れ砕け散るような痛みに悲鳴を上げるわ!」
「"暗黒魔術Ⅴ"飢えの毒!受けた者は己が搾取され敵を肥やす錯覚で圧倒的戦力差を感じて絶望する!」
二体のラグドールが同時に毒槍を投げる!セイントメシアは動かない!

「・・・・・・メシア、恐れる事なんてない」
幸太郎が心の中で呟く。
彼はセイントメシアに、機体背部に吊り下がったDXライトニングスラッシャーを渡した。
それを前に突き出し、盾に形取られている光皇の仮面をメシアに見せた。
「お前の刃は救いの為にある。例え戦い傷つける事が間違いだったとしても・・・闇を裂く光で在り続けよう」
救世主は機体の中の勇者達を奮い立たせるべく、聖なる剣を天に掲げた。

『カカマァ!ハーモニードラァァーイブッ!!』
その叫びはDXライトニングスラッシャーが発した!
オレンジの軌跡を描く高速の光の剣が、毒の槍を一刀両断する!

「なにィーッ!」
驚愕するラグドール達の前で、セイントメシアは聖剣とライトスタッフを神々しく構えた。
「機体に恐怖を与える調和?まさかモロに食らうとは・・・なるほど完璧なアームヘッドは存在しない。
 だが乗り越える事は出来る・・・このメシアならばなぁ!」
セイントメシアと同じく何かが吹っ切れた幸太郎が高らかに浴びせかけ、高速飛行で伐採しながら敵に迫る!
「調子に乗るなァー!」
黒ラグドールが手首を反転させ毒針を突き出す!その毒は、かつてメシアが戦ったウイルス使いと同じ麻痺毒!
大木を蹴って"血染の羽毛"に飛びかかる!対しセイントメシアは一気に高度を下げ、下からホーン頭突きを見舞う!
「ぐお!?」
コクピット内で天井にぶつかった黒フード者が呻き、モニタを見ると両側から迫る紅白の翼!
×字に裂かれた黒ラグドールが空中分解する!!

「何やってんのよ!」
青フード者が怒声を飛ばすが次のターゲットは己だ!
何処からともなく大木が吹っ飛んできて圧し掛かってくる!
それを踏んで駆け上がっていく青ラグドール!回避した心算だが、最後に辿り着いた先には正面から飛び来るメシア!
両足先を猛禽めいて開き、恐るべき多数の爪で獲物を捕らえる!
「ザケんじゃないよ!!」
ラグドールは両腕を振り回し鋼鉄の爪でメシアを殴る!だがそこで離さず、空中で連続前転してから脚部シザーを閉じ切り、
敵の腕を斬り離し遠心力で投げ飛ばす!
「ギャアーッ!?」
青ラグドールが地面を破砕し墜落したと同時、セイントメシアの背に向け黒い剣が差し迫っていた!

『ライトニングチャァージィ・・・』ピロロロピロロロピロロロ・・・
聖なる剣が電子音を発し、光点が盾から切っ先へと立ち昇っていく。
投擲ホーンが触れるかというタイミングでスラッシャーを振り抜く!
激しい火花が飛び散り、白と黒の剣が鍔競り合う!
「死ねェェェーーーーッ!!!」
デモニックフェザーが両腕を開きながら突撃!全力の爪を黒剣に叩きこみ、聖剣を砕き割らんとする!
『フルチャージ・・・シャイナライズドーンスラァッシュ』
凄まじい光量が電飾から放たれ周囲を包む!ジンライの目が眩むが、尚もホーンを押し込み続ける!
そしてセイントメシアは、ライトスタッフを悪魔の剣のド真ん中に叩きこむ!
投擲ホーンがアームキルされ、前のめりになったデモニックフェザーを、かかと落としで追撃!
「・・・その首もらったッ!」
赤ラグドールが生体ウイルス針を向けメシアの上空に!
それを合流したエンブリオのライフルが射て暗殺を妨害する!

「まだ片付いてなかったのか幸太郎?」
「そっちは三体こっちは四体だぞ、文句言うな」
並ぶ二体の天使の足下では、二体の悪鬼もまた集まっていた。

「アイツが来たってことは・・・もう一本のフェザーも落とされたのか!?」
「そうだよ・・・やられたんだよ・・・やられたんだけどさァーーーッ!?」
突如としてジンライが奇声を上げる!
「!?」
デモニックフェザーの回し蹴りが、赤ラグドールの首を刎ねる!
即席の投擲アームホーンがセイントメシアを目がけて迫る!
「マジかよ」
神崎が言う直前にメシアの肩口を凶刃が裂いていた。
更にラグドール頭が向かった先に、悪魔は既に移動している!
「なんでだよ!いつもいつも!勝ちやがって!お前らは!」
半ば発狂したジンライの意味不明な叫びが木霊する。
蹴飛ばされてくるラグドール頭!メシアがライトニング盾で防ぐとアームコアに退行した。

だがデモニックフェザーは青ラグドールの頭を放り投げてくる!
セイントメシアがライトスタッフでそれを打ち返すと、悪魔は翼の発射機で受けて無理矢理込め再発射!
その足掻きは脚部シザーによって粉々に打ち砕かれ、降り立ったメシアを前にデモニックは獣めいて睨め上げた。

「なんだァ?"血染の羽毛"に"白い死神"ィ・・・今日はオレを血祭りにして殺しに来たんだろォ・・・出来るもんならやってみろよォ・・・」
「違う、お前達の挑発を受けたのは、試作技術の実戦テストの為だ」
幸太郎があえて正直に答え、ジンライは頭を掻きむしった。
「て、テスト・・・・・・つら・・・・・・面の皮を剥いでやるゥ!!」
セイントメシアとデモニックフェザー、その距離が瞬時に縮まる!
両の爪先!両の踵!両腕の武器!同速で弾きあう!

もはや手出しを止めたメシアエンブリオは、神崎はその光景を見て一つの仮定が浮かんだ。
この男が異様な劣等感を剥き出しにしているように、コイツの機体も同じだけの劣等感を持っていて、シンクロしている?

”血染の羽毛”と至近距離で競り合える者など数える程のはずだ・・・だがデモニックフェザーには、もう翼は無い。
セイントメシアのダイナミック・フェザーが両肩のホーン射出機に突き刺さり、破壊した。
たたらを踏んだ”悪に染まった羽毛”は、その両手両足共にボロボロだ。もはや武器は無い。
頭部アームホーンを除いては!最後の頭突きを頭突きで返し、救世主は尚も立ち続け、見下ろした。
「なんでだよ・・・・・・」
「それはこっちの台詞だ。仇討ちの為と言ったが、何故ここまで自棄になって戦う?
 アサシンズの連中がやられた所で、お前は撤退すべきだった。仇を討ちたいなら、次に備えてな。
 勝てる策もない、確証なんて一つもない状態で、命を無駄にするな」
倒れたデモニックフェザーが上体を起こそうとする。
セイントメシアはよもや戦えぬ若造に背を向けた。
デン!デン!デデン!
『Muraindows 97』の不快な警告音!悪魔の腹部から小型の射出ホーンが切り離される!
背後からメシアのコクピットに迫る!その一瞬を見止めた神崎が戦慄!

同時に幸太郎はDXライトニングスラッシャーを背中にマウントさせようと操作していた。それが寸前で弾く。

再度振り返った時、全ての術を失ったジンライは尚も、見えぬ殺意の刃を向け続けていた。
「何故なんだ」
「お前のような奴には永遠に、一生かかっても理解できないだろうな」
その呪いめいた答えを聞き、セイントメシアは目を黄金色に輝かせて更に返した。
「”アボーキー”」
そしてジンライの、デモニックフェザーの意識は途絶え、ようやく静かな針葉樹林が戻ってきた。


「おい幸太郎、今度こそ結構やばかったんじゃないか?ヒヤヒヤさせんなよ?」
神崎がニヤニヤしながら言った。
「本気で言ってるのか分からないなそれ・・・割と俺がうっかりミスで死んで欲しいって思ってるだろ」
「死因としちゃ傑作かもね」
”まったくもう・・・・・・”
怒っていた記憶など完全に消え、すっかり元に戻ったお嬢が呆れてみせる。


そして彼らは樹林の中に眠る人質を見に行ったが、そこには灰色のセイントメシアのようななんかが倒れていて、
その中の人質の安らかな寝顔(殴られた跡はある)を確認すると、特に助けたりもせず放置してその場を後にした。



大会議室のスクリーンにスタッフロールが流れた。
映画『セイント騎士(ナイト)Ⅲ 革命編 ~偽りの騎士、現る~』の、村井研究所特別上映会である。
この上映会は村井研究所の所属者は無償だが、一般人は数万通の応募の中でごく僅かな一握りだけが参加できる。

「やっと終わった・・・・・・」
村井幸太郎が超小声でつぶやいた。
「なんだ?そのやっとってのは?ちょっとはありがたく思いやがれ」
神崎翔は何故かキレ気味にささやく。
「どうした?お前の役っぽいのも出てたじゃないか」
「俺はあんなヒゲモジャボンバーじゃねえ」

「・・・・・・次は特別に、セイントメシアのパイロット、村井 幸太郎さんからの応援メッセージです!皆様大きな拍手を!」

司会のおねえさんが言い、突然会場に拍手が巻き起こる。
「は?」
困惑する幸太郎に、弟の行幸がDXライトニングスラッシャー(本物の玩具のほう)を手渡した。
「さあ兄さん、頑張って!」
屈強な腕に無理矢理背中を押され、壇上に駆け出る。


「あ~~~初めから、完璧な騎士も、完璧な剣も存在しない、お互いが出会って初めて、救世主が生まれるんだ」

映画の唯一覚えていた台詞を口走り、取材カメラのフラッシュが辺りを照らした。



<終>



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最終更新:2017年11月24日 21:00