「「夢を見ていました」」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
「夢を見ていました」 - (2021/07/21 (水) 03:25:05) のソース
*「夢を見ていました」 ◆LXe12sNRSs 指し示された方角をいくら捜そうとも、捜し人は見つからない。 陽気な道化師の手の平で踊らされていることにも気づかず、カズマは一人、声を張り上げる。 「――どこだァー! かなみぃーッ!!」 この世界の何処かにいる――知るには遅すぎた――少女の名を呼び、北へ、東へ、西へ、南へ。 鶴屋が教えた方角が無意味になるほどがむしゃらに歩き続け、今は何処のエリアとも知れぬ森の中にいた。 「カズマさん! そんな闇雲な捜し方じゃ、見つかるものも見つからないですよ!」 「うるせェ! ならテメェはなんかいい方法でも持ってんのか!? ねぇだろ!? だったら邪魔すんな!」 疾走するカズマの後を追って、必死に喰らいついていくなのは。 無謀ともいえるカズマの行動に注意を促すも、協調性皆無、唯我独尊を信条とする彼には、全ての言葉が無用の長物だった。 行き先を定められない二人の迷い人が、次なる指針を掴み取ったのは、朝焼けで辺りが照らし出された頃。 それまでは静かに佇んでいた森の中で、突如として聞こえてきた銃声が――焦るカズマの心をさらに駆り立てた。 ◇ ◇ ◇ 「おい、いったいどこまで歩き続けるつもりだよ」 右肩のタトゥーと腿の付け根の辺りで切れたデニムのホットパンツ、そして何より凶悪な目付きを、他者と間違えようのない目印とする女――レヴィは、同行者である眼鏡の少年に悪態を付く。 「この地図の南東に位置する森……エリアでいえばF-8と書かれている場所ですよ」 眼鏡の少年――ゲイナー・サンガは支給された地図を広げながら、自身の脳にインプットしたデータとその内容を照らし合わせる。 コンパスを駆使し、方角を再確認。歩を進める先は、間違いなくF-8エリア。ゲイナーの記憶に狂いはない。 「あぁ!? なんだコリャ、端っこも端、地図ギリギリのところじゃねぇか。こんなところ行ってどうすんだよ」 レヴィはゲイナーが広げていた地図を覗き込み、彼の示した指針にイチャモンをつける。 そもそも、レヴィがゲイナーと行動をしている目的はただの二つだけ。 その一、彼の所持している銃の強奪。 その二、初遭遇時、駅で起こった一連の騒動の仕返しをしてやりたい。 一瞬の内に地図と名簿の内容を暗記するその能力……ロックのように、磨けば役に立つ原石かとも思ったが、組んでいれば利用できるとも思ったが、 「こういうゲームのセオリーですよ。中心部には一番人が集まりやすい。それも人数が多い序盤は特にね」 数時間共に歩いて分かった。このゲイナーという糞ガキは、つくづく『気に入らない』。 内向的な性格、頭を駆使したその能力、やたらと理論的なところまで……あらゆるところでロックと特徴が酷似しているのだが、何かが違う。 それが何か分からないから無性に腹が立つのかも知れないが、とにかく気に入らない。 ひょっとしたら、レヴィはロックに初めて出会った時の、あの頃の感情をゲイナーに抱いているのかもしれない。 ダッチは、『ホイットマン熱(フィーバー)』とか呼んでいたか。新しい仲間と反りが合わせられず、イラつきを覚え、執拗に銃を乱射したくなる一種の悪い癖。 もっとも、ゲイナーは仕事仲間でもなんでもないのだが。やっぱり、ただ単純に気にいらないだけなのだろう。 「ハッ、つまりは人殺しが怖ェーから隅っこに隠れてじっとしてようって魂胆か。とんだチキン野郎だな。テメェそれでもタマついてんのか?」 「少なくとも、昼頃までは周辺の森で待機するつもりです。暗い内は襲撃者に襲われる可能性が高いし、協力者を見つけるにしても、明るい日中の方がいいですから」 噛み合わない――恐れ知らずなことに、意図的に噛み合わなくさせているのだろう――会話を続けながら、ゲイナーとレヴィは進む。 レヴィはゲイナーに対するイラつきを増大させながら、ゲイナーはそんなレヴィに主導権を握らせないよう平常心を貫きながら。 「止まりな、糞ガキ」 ――レヴィが逸早く異変に気づき、先を行くゲイナーにストップをかけた。 「本気で名前覚えられないんですか? 糞ガキじゃなくてゲイナーです」 「……オーケイ、ゲイナー。今までのことは一旦忘れ、クールになってあたしの話を聞きな。……何か、異臭を感じないか?」 真剣な面持ちで問うレヴィだったが、ゲイナーはこれをどう受けとめたのか、これまでと変わらぬ顔で「何も」と答えた。 職業柄、猟犬並に発達してしまったレヴィの嗅覚が異常なのか。それとも温室育ちの引きこもり(レヴィのイメージ)であるゲイナーが正常すぎるだけか。 レヴィは、はぁ~、と溜め息を吐き、己の嗅覚が導く場所へと脚を運んだ。 その先に、少女の死体があった。 「え……?」 レヴィの後を追いかけ、ゲイナーもそれを発見した。 薄暗い森の中、若干の木の葉に身を隠された少女の遺体。 もう二度と起き上がることのないその身体は、ゲイナーの心を激しく揺さぶった。 「誰が……こんな!」 衝撃、悲痛、激昂――順序良く変動していくゲイナーの感情は、実に人間らしいとレヴィは思った。 だからこそ、この場には向かない。このクソッタレなゲームに、こいつは向いていない。 項垂れ愕然とするゲイナーを尻目に、レヴィは一人、少女の死体に歩み寄る。 (首筋を刃物で一閃……頚動脈からは僅かにズレてる……こりゃ素人の仕業だな。なんか役立ちそうなモンは……クソッ、やっぱ持ち去ってやがる) 放置されていた少女のデイパックを探るが、出てくるのはコンパスや地図といった馴染みの道具ばかり。 支給武器や食料、水などのサバイバル用品は全て品切れ(ソールド・アウト)。抜き取られた後だった。 チッ、と舌打ちをするレヴィの様子を見やり、ゲイナーは顔を顰める。 「なにを……しているんですか?」 「あ? なにって、役に立ちそうなモンが残ってないか確認してンじゃねェか」 さも当然のように死体漁りをするレヴィに、ゲイナーは今まで溜め込んできたストレスを、怒りという形で爆発させた。 「人が……こんな小さな女の子が死んでいるっていうのに、あんたってヤツは……!」 レヴィの胸ぐらを掴み取り、ほとんど感情に任せて、声を張り上げた。 「それが、大人のやることかよ!」 ゲイナーはレヴィに対する不満をこの一言に充填させ、クソッタレな彼女の姿勢を修正してやろうとさらに掴み寄るが…… 「――ウ!?」 ――至近距離、射程範囲に入った際、ゲイナーの股間は、レヴィの膝によって潰された。 崩れ落ちるようにへタレ込むゲイナーを見下ろし、レヴィは悠然とした構えでハッ、と嘲笑った。 「ロック以上にアマちゃんだなテメェは。今自分が何やってるのか理解できてるか? 温室育ちのぼっちゃんのお遊戯じゃねぇんだよ」 睨みを利かせ、力なく悶えるゲイナーを押し倒す。 そのまま騎乗するように跨り、マウントポジションの体勢を取った。 「殺し合いに仲間はいねェ。信頼できねェヤツはみんな敵だ。それとも、テメェはこのガキの養父か何かか? 知らねェヤツの死に悲しまないで何が悪い。自分が生き残る確率を上げるために死体漁って何が悪い。 これはテメェの言うところのゲームのセオリーじゃねェのか? あン?」 身動きの取れなくなったゲイナーからイングラムM10サブマシンガンを没収し、その銃口を少年の口内に捻じ込んだ。 「ムガガ!?」 「分からねぇなら分からせてやろうか? 裏の世界の常識ってヤツをよ」 ――職業柄、人が死ぬところは嫌というほど見てきた。 大人も子供も、男も女も。自らの手で殺したこともあるし、敵の手にかかって死んだ他人も腐るほどいた。 馬鹿な話だが、もし誰かの死に目に会う度に1セント貰っていたとしたら、レヴィは今頃大金持ちになっていることだろう。 何も感じないといえば嘘になる。人間らしい感情を完全に排除したつもりはない。 だからといって場の状況も考えず感情に流されるような愚行は、バカ正直なアマちゃんがやることだ。 「BANG」 怯えるゲイナーを弄ぶかのように、レヴィは、ふざけた口調と共に引き金を引いた。 ◇ ◇ ◇ 銃声が鳴った。 銃声を聞いた。 あっちだ、あっちの方角。 どういうことだ。 あの女の言っていたのとまるで反対の方向じゃねーか。 違ってたらぶっ飛ばす……いや、今はあの女のことは後だ後。 銃声が鳴ったってことは、そこに銃を持ったヤツがいるってことだ。 人を簡単に殺せる道具を持ったヤツが。 クソッ、暗くて足元がよく分からねぇ。 空はもう明るくなってきてるってのに、薄気味ワリィ森だぜ。 「――――」 ま、その分雑音は少なくて助かるがな。 微かに聞こえた人の声は、あっちの方か。 待ってろよ。誰かは知らねぇが―――― そこで、カズマの思考は停止した。 とうとう発見してしまった、少女の死体が原因で。 ◇ ◇ ◇ 「……他人の死に方は他人の死に方だ。考えたところで屁の役にも立たねぇさ、ゲイナー。損のねぇことだけ考えな」 ――教育終了。 レヴィは空へ翳していたイングラムの銃口を下ろし、未だ震えた状態のゲイナーを嘲笑った。 「でもま、小便漏らさなかっただけ上出来だぜ、ゲイナー。ただの陰湿ネクラ野郎かとも思ったが、案外肝が据わってんじゃねェか」 「……あなただけが場慣れしていると思わないでくださいよ。僕だって、それなりの修羅場は潜ってきたんだ。相手に撃つ気があるのかないのかくらい、簡単に分かる」 寸前の仕打ちなどまるでに意に介さず、ゲイナーは堂々すぎる態度で、狂犬に食って掛かる。 「あン? テメェ、そりゃあたしに撃つ度胸がねぇとでも言いたいのか? 今どっちが優勢か、分かんねぇワケじゃねぇだろ?」 ゲイナーが挑発してみせると、レヴィは即座に怒りを表す。ほとんど条件反射みたいなものだった。 倒れたままのゲイナーの額に再度銃口を押しつけ、グリグリと甚振る。 レヴィのいじめっ子のような陰険な仕打ちにも、ゲイナーは屈しなかった。 ゲームは主導権を握られたらそこで勝敗が決まる。大丈夫だ。どんなに挑発しようが、レヴィは自分を殺さない。 これまでレヴィと行動を共にしてきたゲイナーは、彼女の心理的性格、怒りの沸点、凶悪性の度合いなどを分析し、 『彼女がブチギレるボーダーライン』を的確に見極められるようになったのだ。 こういった自己中心的な手合いと上手くやるには、弱みを見せることも重要だ。 銃を簡単に奪われたことは失態だったが、彼女は乱射魔(アッパー・シューター)ではない。 大丈夫。現状を維持していけば、きっと彼女とも信頼関係が築ける……あくまでも、もっと利口で頼りがいのある仲間ができるまでの繋ぎだが。 「おい」 唐突に、声を掛けられた。 横に振り向くと、気づかぬ内に――ゲイナーのことで頭に血が上っていたからだろう――現れていた、一人の男性の姿が。 その時のレヴィの体勢といえば、ゲイナーの上に馬乗りになり、額に銃を押し当てるという、完璧な悪人スタイル。 (ヤベッ、勘違いされちまったか) 信じられないといった形相でレヴィの顔を見やる男の表情は、顔面蒼白。 この世の終わりを見てしまったかのような、そんな絶望的な雰囲気さえ漂わせていた。 (オイオイ、あたしの顔がそんなにおっかねェってのかよ……まぁ、言い訳できるような状態じゃねェけどよ) 男の底知れぬ驚愕顔に、レヴィは不安感を募らせる。 ただでさえ見た目からしてイメージが良くない彼女、殺し合いに乗った殺戮者(マーダー)として扱われるのも止むなしと思われた。 しかし妙だ。いきなり姿を見せてきた男は逃げるでも襲うでもなく、「おい」と一声かけたまま立ち尽くしているだけ。 レヴィの行いを見て足が竦んでしまったのか。それほど臆病者には見えないが。 「かなみは、死んでるのか?」 男が発したその一言で、全てに合点がいった。 レヴィは自分の真後ろを見やる。そこには先程漁っていた少女の死体が一つ。 なるほど。男の言葉から察するに、この少女の名はかなみ。そして少なからず、ショックを受ける程度にはこの男の知り合いのようだ。 「答えろ。かなみは、死んでるのか?」 「ああ? んなもん見りゃ分かんだろうが。首を掻っ切られてほとんど即死だよ――」 ウザったい。正直、レヴィは男に対してそんな印象を抱いていた。 唐突に現れて、どう見ても死んでいる少女の生死を執拗に聞いてくる。 お前には流れ出ている血が見えないのか。周囲に散布している真っ赤な木の葉が見えないのか。 そういった意味を込めて、レヴィは普段どおりの悪態をついた。 その行動が全ての引き金だった。 「――――うお」 一瞬、一秒よりももっと短い刹那の時間。 ありとあらゆる音が止み、空気が消失したかのような静けさを見せた。 そして、 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」 その男――カズマの魂の叫びが、その場にいた全ての存在を揺るがした。 咆哮が上がる中、カズマの周囲に聳えていた木の一部分が突如、抉り取られるかのように消失。 原子レベルで分解された物質はカズマの右腕に収束し、腕全体を覆う篭手のようなものに再構築される。 アルター能力『シェルブリット』第一形態。 殴る、という極めて単純明快な一動作を破壊兵器並みの威力に昇華させる、カズマの超攻撃的精神の表れだった。 「テメェだけはァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」 新しく形成された右腕を大地に叩き付け、生まれた衝撃で空高く飛びあがるカズマ。 「絶対にィィィィィィィィィ!!! 許さねェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」 森を突きぬけ、昇り始めたばかりの太陽に接近せんばかりの勢いを見せ付ける。 高く、高く、もっと、もっと高く。 「衝撃のォォォォォォォォォォォォォォ――」 上昇し切ったカズマが次に目指す先は、地面。 かなみの死体のすぐ傍で銃を構え、今にも眼鏡の少年を撃ち殺そうとしていた――レヴィ目掛けて。 拳を、振るう。 「――ファーストブリットォォォォォォォォォォォォッッ!!」 その瞬間、レヴィは大砲の弾でも飛んできたものだと錯覚した。 弾丸とほぼ変わらぬ速度、それでいて弾丸を優に越える体積。例えるならばミサイルか。 あまりの超常的な出来事に、それが『ただのパンチ』であることにも気づけず、もしくは認めることもできず。 納得がいかないまま、レヴィは反射的に身をかわすことしかできなかった。 原爆でも落とされたかのような轟音が鳴り響き、数本の木が薙ぎ倒された。 カズマが放った『衝撃のファーストブリット』は標的を外し、代わりに大地を叩いた反動で土埃を巻き上げる。 それが煙幕となり、レヴィ――とあの瞬間彼女に掴まれてどうにか攻撃を回避したゲイナー――はカズマの目から逃れることに成功した。 「Fuck it all! なんだってんだあのバケモノ野郎は!? 腕に爆薬でも仕込んでんのか!?」 ゲイナーから取り戻したばかりのイングラムを構え、レヴィはすぐさま臨戦態勢を取った。 とりあえず、相手が好戦的かつ超弩級の破壊力を保持していることは分かった。その上で、どう戦いどう勝つかを懸命に模索し始める。 愛銃ソード・カトラスは不所持の上、『二挺拳銃(トゥーハンド)』の名で知られるレヴィも、手持ちの銃は一丁のみ。 加えてダッチやロックのような有能なサポート役は居らず、強いて言うならお荷物になるようなゲイナーが付きまとうだけ。 反吐が出るほど最悪な事態だ。危ない橋を通り越して、橋の掛かってない急流の上を紐なしバンジーしろと言われている気分にさえなった。 「レ、レヴィさん! 銃をしまってください! こっちが好戦的な態度を取ったら、相手がますます誤解しますよ!」 「ああ!? 今さら何言ってんだ。あいつァあたし達を殺す気で来てるんだぜ? まさか、話し合って平和的解決を~とかなんとか言い出すつもりじゃねェよな」 「その通りですよ! あの人、あの女の子の死体を見て、名前を呼んでいたでしょう!? きっとあの人は知り合いかなんかで、僕たちがあの子を殺したって誤解しているんですよ!」 だから――そう口を紡ごうとしたゲイナーの口内に、レヴィは無理やり銃口を押し込んだ。 「モガッ!?」 「だから――事情を説明して和解しようってか? バカかテメェは。向こうは殺る覚悟で来てんだぜ。 マフィアにガキが立ちション引っ掛けて許してもらえるとでも思ってんのか? 理由なんて関係ねぇ。 殺られる前に殺る。殺し合いだとかゲームのセオリーだとかじゃなく、こりゃ生きていく上での常識だろうが」 眉を顰めながらも沈着冷静(クール・アズ・キューク)に発言するレヴィの感情は、最早爆発寸前のところまできていた。 ゲイナーのあまりにも甘い考えもそうだが、報酬もなしに人を殺せというこのゲームの趣旨自体に、レヴィは憤りを感じている。 これは、その憤慨をウサ晴らすいい機会じゃないか?――そう思い立ったのも、銃を構えた一つの理由だろうか。 (そうだ……このレベッカ様にタダで殺しをさせるってことがどういうことか、あの変態仮面野郎に思い知らせてやろうじゃねェか) ここで人を殺したって一銭の価値にもならない……だが、ムカツクやつをブッ殺してスカッとするくらいの報酬は、貰ってもいいような気がした。 そういう点では、こういった勘違いヤローはカモといえるかもしれない。 レヴィはゲイナーの口内からイングラムの銃口を取り出し、来るべき敵へと矛先を変える。 「さぁボウヤ、素敵な素敵な血祭り(ブラッド・パーティー)の始まりだ。せいぜい上手にダンスを踊ってくれよ」 土色の煙幕の先にいる敵に向かって、レヴィはご機嫌な謳い文句を言ってのける。もちろん、銃を構えながら。 幾つかの木々、土と落ち葉による粉塵、レヴィとカズマを遮る隔ては徐々に薄れていき、決戦の時を迎える。 先手を撃ったのは、カズマだった。 「撃滅の――――セカンドブリットォォォォォォォォォ!!!」 煌く輝きの粒子は虹のような鮮やかさを放ち、暗黒を照らす。 そして爆発する、推進力。 右拳を振るいながら突進してくるカズマをイングラムの銃撃で牽制しつつ、レヴィはギリギリで攻撃を避けるタイミングを見極める。 身を翻し、宙を舞う。レヴィが空中で一回点、二回転する頃には、『撃滅のセカンドブリット』によって無関係の木が殴り倒されていた。 たかがパンチ一発。たかがパンチ一発で、木が粉砕されたのだ。 (ヒュー! なんつー馬鹿げた威力だ。ありゃ一発でも当たりゃ終わりだな。M2爆竹でイワシの缶詰を吹っ飛ばすみたいに、木っ端微塵になっちまう) 口笛を吹きつつ、余裕で相手を称賛してみせるレヴィ。カズマの一撃の破壊力は確かに脅威だが、対処法がゼロというわけではない。 ようはミサイルだ。ミサイルと戦っていると思えばいい。 一発当たればそこでゲームオーバー。だがその一発が当たらなければ、相手の勝ちはない。 ミサイルがブチ当たる前に、こっちがぶっ壊してやればそれでゲームセット。極めて単純、それでいて面白み十分の派手なゲームだった。 「下手な小細工や鍔迫り合いは好きじゃねェ。やるんなら、ソッコーで行かせてもらうゼッ!!」 パララララ……という銃声が止め処なく流れ、弾丸の全てはカズマを仕留めんと襲い掛かる。 しかしここは、森林地帯のド真ん中。何本も聳えた木々は攻撃を遮るバリケードとして機能し、カズマを銃弾の雨から守る。 レヴィお得意の二挺拳銃ならば、もっと戦略の立てようがあったかもしれない。 「クソッ! 木が邪魔クセェ!」 サブマシンガン一丁でも十分に強力といえたが、プロのガンマンであるレヴィはただ武器が高性能なだけでは満足しない。 カズマの身体能力もさることながら、視界と射程を狭める樹木郡が邪魔なことこの上ない。 このまま遠方から撃ち続けても埒が明かない。ならば話は簡単。もっと近づいて撃てばいい。 同時に、それはカズマの得意な近接格闘の間合いに踏み込むことにもなる。 それを承知しながら、レヴィは、レヴィという人間はどう選択するか。 彼女を知る者なら、誰もが正解を言い当てることだろう―― 「――GO! GO!! GO!!!」 カズマ目掛けて、銃を乱射しながら突進する。 対してカズマは、向かってくるレヴィ、飛びかかってくる銃弾を歯牙にもかけず、今一度渾身の一撃を叩き込もうと力を溜める。 カズマのアルターが形成する篭手――その肩の部分に装着されていた羽が、一撃一撃拳を放つたび減っているのに、レヴィは気づかなかった。 『衝撃のファーストブリット』の際に一枚。『撃滅のセカンドブリット』の際に一枚。そして羽は、もう一枚残っている。 即ち、それがどういうことか。 「抹殺の――――」 右拳を、振り上げる。 大切な存在をぶち壊した、糞ムカツク存在に反逆するため。 「――ラストブリットォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」 ミサイルが、発射された。 そうとしか思えない爆発的な推進力は、一直線にレヴィを狙う。 邪魔する障害物は全て薙ぎ倒し、粉砕し、撃破し、ブッ潰す。 その先には、反逆するべき敵が銃を構え、こちらを殺そうと画策している。 小賢しい。全部殴って、終いにする。 答えは至ってシンプルだった。 レヴィの放った弾丸は、その全てが無駄になっていた。 接近したことで狙いは付けやすくなったが、相手も超スピードで近づいてきているせいか、射撃の精度に誤差が見られる。 しかし、それでも『二挺拳銃(トゥーハンド)』で知られるレヴィの腕は尋常ではない。 何発かは的確にカズマを捉え、その身体を蜂の巣にしようと迫るのだが、 (……な、にィ!?) カズマを捉えた銃弾は、その『拳』によって撃ち弾かれた。 イングラムの銃弾は、決して安物ではない。相手のガントレットがいかに丈夫といえど、無傷であるはずがない。 ましてや、『拳』で『銃弾』を打ち払うなど―― (って、文句言ってる暇はねェェ!!) カズマとレヴィの位置が交差するその刹那――レヴィはギリギリ、コンマ一秒でも遅れれば破砕されていたであろうタイミングで、跳んだ。 『抹殺のラストブリット』は、レヴィがいた位置を通り過ぎ――そして、突き抜ける。 チキンレースでもしたかのような感覚が、疲労感として襲ってきた。 一応は攻撃回避に成功したレヴィは舌打ちし、身体を捻って着地するための体勢を整える。 その間際、不幸は再来を告げた。 「――――ッ!」 声にならない衝撃が、レヴィを襲った。 何が起こった――疑問符を浮かべて己の身体を見下ろす最中、無様に地へ落下するところで理解する。 木片だ。カズマが薙ぎ倒し、粉砕した木の一部分が、レヴィの鳩尾に深く減り込んでいた。 息が苦しい。不意に喰らってしまった不幸な被弾で肺を圧迫され、レヴィは一時的だが呼吸困難に陥った。 (が、っは……クッソ、気持ちワリィ……バカルディを三日三晩飲み明かした時くらいの胸糞の悪さだ……うぉ、吐きてぇ) 銃を持つ手に力が入らない。視界がぼやけてくる。 満足に身体を動かすことが出来ず、レヴィはその場で蹲った。 そうしている間にも、人間離れした闘争者は勘違いを続けている。 「まだだ! まだ終わらねぇ!」 『衝撃のファーストブリット』、『撃滅のセカンドブリット』、『抹殺のラストブリット』。 三種の拳を撃ち放ち、カズマのアルターは弾切れ、一時の消失を見せていた。 しかし、アルターの再構成はジャムった銃の弾をリロードするよりよっぽど容易い。 カズマの周辺に散らばっていた木片が即座に分解され、新たなアルターを構成するためのエネルギーとして働く。 「もっとだ! もっと、もっと、もっと! もっと、輝けえェェェェェェ!!!」 先程の篭手とは細部で違う形状――カズマのアルター『シェルブリット』の第二形態が、その姿を見せた。 数多の修羅場を掻い潜ってきた故のカンか、レヴィはそれが、さっきよりもずっとヤバイもの――という正しい認識を感じ取っていた。 だが、痛みのせいで対処が追いつかない。逃げるにも、迎え撃つにも、今のレヴィでは身体機能が不足しすぎている。 単純に考えて、窮地。 生きるか死ぬかの瀬戸際、だというのに。 レヴィは、笑っていた。 (弾丸を拳で弾いて、本人は怪我一つしてねぇ。素手で森林破壊するようなバケモンなんて、ゴジラも真っ青の生体兵器だぜ。 …………『いいネ』。『天までイカしてる』。『最高だ』) 口には出さないが、レヴィの思考の節々には狂気を逸脱した不気味さが蔓延しているようだった。 このピンチを楽しむかのように。めぐり合えた強敵を歓迎するかのように。 クレイジーすぎる考えは身体を強引に動かし、戦意を奮い立たせる。 (――ダッチも姐御も、張の旦那や他の連中も――――ロアナプラに吹き溜ってる連中は、どいつも皆、くたばり損ないだ。 墓石の下で虫に食われてる連中と違うところがあるとすりゃ、たった一つ。 生きるの死ぬのは大した問題じゃねぇ。こだわるべきは、地べた這ってくたばることを、許せるか許せねェか、だ) 『シェルブリット』の輝きが、苦痛に歪むレヴィの素顔を照らす。 苦しいはず――なのに、表情は、やはり笑っていた。 (生きるのに執着する奴ァ怯えが出る、目が曇る。そんなものがハナからなけりゃな、地の果てまでも闘えるんだ) 弱肉強食の四文字を掲げた生存競争――それこそがレヴィの暮らす世界であり、また、この殺し合いゲームの本質なのだ。 ならば、死ぬ気で闘った方が勝つ。 だから、立つ。 「やめてェェェェ!」 カズマが突っ込み、レヴィが立ち上がる――そう思われた矢先、小さな乱入者は無防備な状態でやって来た。 タックルするかのような勢いでカズマに抱きかかり、ひしっと拘束するツインテールの女の子。 見たところ年齢は10歳かそこら、まだ女にもなり切れていない未成熟のガキンチョが、カズマとレヴィの死闘を中断させたのだ。 「もうやめてよカズマさん! この人は違う! たぶんこの人じゃない! だからもう、喧嘩するのはやめて!」 「うるせェ! その声で……その声で俺の名前を呼ぶんじゃねェェッ!!」 カズマはツインテールの少女――なのはを振り払おうと身体を捻らせるが、ガッチリと固定されたまま少女は手を放そうとしない。 もしかしたらだが。カズマも無意識の内に、込める力を弱めてしまっているのかもしれない。 この声が、カズマと呼ぶその声が。 「似てんだよッ! お前の声はそこで……死んでるかなみとッ! イラつくくらいソックリで……なんでテメェはかなみと同じ声してんだよ!」 理不尽な疑問を投げつけ、カズマは激昂した。 それでも、なのははカズマを離さない。このまま解き放ってしまったら、きっとみんなが悲しむ結果になる。それが、分かっていたから。 (……ハッ) 茶番(ファルス)だ。少女に抑制されるカズマを見て、レヴィはそう思った。 (てっきり妹かなんかが死んで怒ってんのかと思ったら、ただのロリータ・コンプレックスかよ。救えねぇ、救えねぇよテメェ) 銃を構え直し、カズマを狙う。 容赦する必要はない。むしろ、これはチャンスでもある。 銃を向けた相手に命乞いして生かしてもらえるほど、この世界は甘くない。 その点では、元の世界もこの殺し合いの仮想空間も、等しく同じだった。 「アバヨ」 凶悪な目つきをギラつかせ、レヴィは、躊躇なく引き金を引いた―――― ゴッチ~ン☆ 「がっ!?」 ――かに思われた。が、そうはいかなかった。 いつの間にかレヴィの背後に潜んでいたゲイナーが、そうさせなかったのだ。 「ゲイ、ナ……て、めぇ…………」 「あんたはもう少し冷静になって、人の話をちゃんと聞いたらどうなんだ。馬鹿みたいに銃撃って物事が片付くと思ったら、大間違いだぞ」 手に少しだけ割れた酒瓶を握り、ゲイナーが息を切らしながら言う。 おそらく、これでレヴィの後頭部を殴りつけたのだろう。致命傷にならいようほどほどの力を込めて。 ――銃じゃ、解決しないこともあるんだぜ。 意識が遠のく間際、不意に、ゲイナーとロックの言葉が重なったような――そんな錯覚を覚えた。不愉快極まりないことだが。 「覚えて、や、が、れ……」 小悪党の定番セリフを口にしながら、レヴィは静かに落ちていった。 酒瓶から漏れたバカルディが、ピューと噴水のように注がれる。 それを頭から仰いだレヴィは完全に沈黙し、ある種の騒動元がやっと退場していったことを示していた。 「二人ともよく聞いてください。僕たち二人は、あの女の子の死体をさっき見つけたばかりだ。 誰かも知らないし、誰がやったかも知らない。ちなみに僕とレヴィさんは、互いに他の参加者とはまだ遭遇していない。 僕の知り合いでゲイン・ビジョウっていう男性が一人参加してるけど、その人がやったとは到底思えないし、 レヴィさんの知り合いについては分からないけど、とにかく僕たちに犯人の心当たりはない。 凶器になりそうな刃物も所持していないし、唯一武器となり得るのはレヴィさんが持ってた銃、あとはたった今割ったばかりの酒瓶ぐらい――」 「もういい。黙れ」 自らの身の潔白のため、そして何より保身のため、ゲイナーは自分達が持っている情報を洗い浚い証言する。 そんなゲイナーのヤケクソ染みた弁解を聞いてか否か、カズマはレヴィでもゲイナーでもなく、力なく横たわる一人の少女に視線を向けた。 その雰囲気を察したなのはは、自らカズマを覆っていた腕を緩める。 解き放たれたカズマはフラフラと歩き、少女の遺体に近づく。 首筋が紅く濡れている。ナイフか何かで裂かれたのだろう。 手口から見ても、あの女の仕業でないことは明白だった。そんなことは分かってる。 その血が、全てを物語っていたのだ。 カズマが捜した、掛け替えのない大切な少女。 由詫かなみは、他に感じようがないくらい、どうしようもなく、冷たくなっていた。 「…………ょう」 嗚咽が漏れる。 こんな時、なんて叫べば、どんな顔をすればいいのか、分からない。 だから、自然に身を委ね、感情の赴くままに行動する。 「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」 カズマは叫び、嘆いた。 もうじき、彼女の死を知らせる正式な通告が流れる。 ◇ ◇ ◇ 夢を、夢を見ていました。 夢の中のあの人は、大きすぎる悲しみに、心の中で泣き続けていました。 ああ、夢の中のあなた、わたしのあなた。 あなたが、悲しみと正面から向き合えるのかどうか、今のわたしには想像もつかない。 あなたの傍にいた女の子は、悲しみに潰れそうなあなたを見て、心細く思っているかもしれない。 あなたが敵意を向けたあの女性は、どうしようもない怒りであなたを攻め立てるかもしれない。 あの女性と一緒にいた彼は、あなたの悲しみに気づきながらも、何も出来ない自分に憤るかもしれない。 わたしには、どうすることもできない。 あなたを立ち上がらせることも、他のみんなを導くことも。 わたしには、何もできない。 例え、誰かが傷つき、倒れても。 みんながみんな、ボロボロでした。 【F-8・森林/1日目/早朝】 【カズマ@スクライド】 [状態]:軽度の疲労、激しい怒りと深い悲しみ [装備]:なし [道具]:高性能デジタルカメラ(記憶媒体はSDカード)・携帯電話(各施設の番号が登録済み)・支給品一式 [思考・状況]1:かなみを埋葬してやりたい。 2:かなみを殺害した人物を突き止め、ブチ殺す(一応、レヴィとゲイナーが犯人でないことは認めたようだ)。 3:君島の確保、クーガーとの接触。劉鳳? 知るか! 4:ギガゾンビを完膚無きまでにボコる。邪魔する奴はぶっ飛ばす。 【高町なのは@魔法少女リリカルなのはA's】 [状態]:軽度の疲労 [装備]:なし [道具]:グルメテーブルかけ@ドラえもん(回数制限有り:残り22品)・支給品一式 [思考・状況]1:カズマが心配。 2:カズマと一緒に知人探し。 3:フェイト、はやて、シグナム、ヴィータの捜索。 【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー】 [状態]:精神的に疲労 [装備]:イングラムM10サブマシンガン(レヴィから再び没収)、防寒服 [道具]:支給品一式、予備弾薬、バカルディ(ラム酒)2本@BLACK LAGOON、割れた酒瓶(凶器として使える) [思考・状況] 1:カズマ、なのはと情報交換。 2:レヴィが暴走しないよう抑止力として働く。 3:もう少しまともな人と合流したい(この際ゲインでも可)。 4:さっさと帰りたい。 [備考]名簿と地図は暗記しました。 【レヴィ@BLACK LAGOON】 [状態]:気絶、軽度の疲労、腹部に軽傷、頭に大きなタンコブ、頭からバカルディを被ったため少々酒臭い [装備]:ぬけ穴ライト@ドラえもん [道具]:支給品一式、ロープ付き手錠@ルパン三世 [思考・状況]1:起きたらカズマに倍返し。手段は選ばない。というかブチ殺したいほどムカついている。 2:もちろんゲイナーにも制裁を与える。 3:ロックの捜索。 4:気に入らない奴はブッ殺す。 [備考]まともに名簿も地図も見ていません。 ロベルタの参加は確認しておらず、双子の名前は知りません。 ※ほぼ放送直前の早朝頃、F-8の森林地帯にて戦闘音が鳴り響きました。何本か木が倒れています。 *時系列順で読む Back:[[老兵は、]] Next:[[死と少女と]] *投下順で読む Back:[[洗濯⇔選択]] Next:[[misapprehension]] |53:[[approaching!]]|カズマ|117:[[Salamander (山椒魚)]]| |53:[[approaching!]]|高町なのは|117:[[Salamander (山椒魚)]]| |13:[[北方の少年と南方の娘]]|ゲイナー・サンガ|117:[[Salamander (山椒魚)]]| |13:[[北方の少年と南方の娘]]|レヴィ|117:[[Salamander (山椒魚)]]|