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彼は信頼を築けるか - (2021/09/04 (土) 22:18:07) のソース
*彼は信頼を築けるか ◆4CEimo5sKs 考えてみれば遊園地から出たのは初めてだ。 見飽きた遊具や鬱陶しい音楽などからようやく解放されて、劉鳳は少しだけ心中で喝采をあげた。 ギガゾンビや殺し合いにのった人間、またこの状況それ自体といった 自分の苛立ちを募らせる要因は未だあるものの、少なくともこれでその内の一因が消えたことは喜ばしい。 西門ゲートの先には、舗装された道路が北と東に伸びていた。 どっちに進むべきか迷ったが、最初にあの真紅と名乗る、その名の通り真っ赤な服を着た動く人形に 初めて出会った場所から考えると彼女は東側の市街地に逃げた可能性が高い。 なので劉鳳もまた、東の道路を進行方向に選んだ。足を一歩、そちら側に向かって踏みしめる。 「頼む……無事でいろ」 そう呟く。 自分の過ちのせいで……いやそうでなくても、ただの民間人が殺されることだけは何としてでも避けたかった。 悪は断罪し弱き者を助けるという一貫した目的……というより信念がある割には、 どうも自分はここに来てからというものあまりそれが果たせていないような気がする。 残念なことではあるが劉鳳はそう思わざるを得なかった。 悪の戯言に耳を貸す必要はない。 だが守るべき人から警戒されてしまったという現実が彼の胸に重くのしかかってくる。 やはりあの観覧車とメリーゴーランド破壊がまずかった。 あの時の過ちに対する反省ならもう何度したかもわからないが、 とにかくあれのせいで真紅に不信感を抱かせてしまった。 悪を断罪することはともかくとして、 弱き者を助けるためにはまず信頼関係を築くことが先決であるということはこの身に染みてよくわかった。 彼女とは、それが築けなかった。 放送を聞く限りまだ今のところ無事なようだが、一刻も早く見つけて誤解を解き、そして保護しなければ あの非力そうな小さな人形のことだ。誰かしらの愚者によって手遅れとされる可能性が高い。 「……嘘も方便と言うが、まさにその通りといったところだな」 真紅のことは別にしても、とにかくこれから出会うであろう保護対象者には あの自戒すべき短絡的破壊行動のことを伏せておくべきだと劉鳳は決意した。 同じ過ちはもう二度と繰り返せない。 「む?」 ふと人の気配がしたので後ろを振り向くと、 二百メートルほど向こうから少年が一人、こちらに向かって歩いてきているのがわかった。 どうも向こうは自分の存在に気づいていない様子で、下を向きながらトボトボと足を進めている。 遠くからではよくわからないが、見たところだいぶ疲弊しているようだ。 一見してすぐに彼は保護すべき人物であると思ったが、長門有希の例もある。 慎重を期してまず間違いはないだろう。 「絶影」 呟くように声に出すと、周りの木やアスファルトなどが一瞬で霧散し、 それと入れ替わるように相棒がこの世に現出する。 相手が何か妙な真似をすればこの絶影が容赦しない。 とはいえもしも本当に保護対象者ならば絶影のその姿を相手に見せるのは警戒心を呼ぶだろうと 劉鳳は判断し、近くの木の上に待機させることにした。 瞬足の絶影においてこの程度の距離はさしたる障害には成りえないのだから。 相棒は一瞬で空高く舞い上がると、地上からは注意して見ないとわからないくらいの位置に姿を隠す。 これでいい。これで準備は整った。 「少年」 ロストグラウンドのHOLY本部でよく使っていたような、役所言葉の口調でそう話しかける。 こちらの方がいらぬ感情を表に出さずにすむ。 彼はようやくこちらに気づいたようでびくっと体を震わせ、身構えたりはしたものの 特には何も攻撃らしき行動も、逃げようとする素振りも見せなかった。 ゲームに乗った愚か者ではなさそうだ、と劉鳳は思う。 多少精神的にナーバスになってはいるようだが、それはこの異常な空間に放り込まれた以上ある程度は仕方ない。 「私は対アルター特殊部隊HOLY所属、劉鳳といいます。 最初に断っておきますが、決してこの殺し合いにはのっていません。 ですから落ち着いて、私の話を聞いてください」 口ではそう言いつつ、木の上では絶影がいつでも出撃できるようにしている。 あとは彼の出方を待つだけだが…… 「…………野は……あ。いや、ええと…桜田ジュン、です」 その少年は警戒を解いてはくれないものの、とりあえずはそう答えてきた。 ◆ やっぱり普段の運動不足が祟ってか、全力疾走も途切れて ジュンは現在普通に歩くよりもよっぽど遅い速さでゆっくりとホテルに向かって進んでいた。 いっそそこら辺で少し休んだ方が全体的に効率がいい気もするが、心が休むことを拒否してくる。 「急がないと…真紅や他のみんなが、あの長門や赤い男みたいな奴に襲われる…」 ホテルに向かうことは当然あの留守電の主の言うことが本当かどうかを確かめるのが目的だが、 その他にも、こんな殺し合いという状況でもなんとなく 人が大勢いそうなイメージのある市街地に行けばみんなと合流できるかもしれないというのがあった。 第一放送の時点で十九人も亡くなっているのに、 自分の知り合いがまだ全員無事だということは奇跡に近いのかもしれない。 ならばその奇跡がまだ途絶えない内に早く合流しなければ。早く、早く、早く! だがそんなはやる気持ちとは裏腹に、体が言うことを聞いてくれない。 ていうか、人間が何百メートルも全力疾走なんてできるわけないのだ。 そんな常識的なことはこの焦って半ば混乱しかけている頭でもわかってはいたが、 そんな常識なんてどうでもいい、とにかく急げという激情の方が強かった。 そのおかげで今やこのざまだ。 とにかく一歩ずつでも進んでいるんだという実感が欲しくて、 いつしかジュンは前ではなく一歩一歩道路を踏みしめていく足元を向いて歩き続けていた。 それにこうする方が、長い距離を感じなくてすむ。 もう自分に支給された道具は食料や水も含めて一つもない。全てあの瓦礫の下だ。 今長門、そしてあの赤い男みたいな奴に出会ったらそれこそ全速力で逃げるしか生き延びる術はない。 こうなると、あんなモデルガンや物干し竿でも頼りがいがありそうに思えてきてしまうので困る。 (ええい、しっかりしなきゃ…。弱い考えは弱い行動しか生み出さないんだから) 「少年」 (ってうおわ!?) 今までずっと下を向きながら歩いてきただけに、いきなり前方から誰かの声がしてきたのには ジュンは体が飛び上がりそうになるほどに驚いた。 見ると、緑色の髪をした青年が十メートルかそこらの間隔をあけて立っているのがわかった。 武器がないことは重々承知していたくせに反射的にジュンはそれを取り出そうと 背中のデイパックを探ろうとして、そしてそれの感触が手に行き渡らないことに気づいて絶望した。 ならばやはり先ほど決意したとおりに逃げ出すしかないのだ、が…… その男は自分に一度話しかけたきり、何も攻撃などはしてこない。 長門有希の例があるから決して油断はできないが、もしかしたら信頼できる人間なのかもしれない。 何よりここで逃げ出したら、ホテルとは逆方向で遠回りになってしまい、真紅たちに会えなくなる可能性がある。 市街地にあの人形たちがいるかもしれないという願望は、いつの間にか確信めいたものに変わっていた。 なので一応身構えたりはしつつも、ジュンは逃げようとはせずに目の前の男の様子を窺うことにした。 もし長門みたいにわけのわからないことを話しつつ攻撃する隙を作ろうとしてきたなら、 こちらの体力が残っていなかろうが関係ない。実に口惜しいが即断即決で逃走だ。 男は男で油断なく、かつこちらの警戒心を刺激しないように、 なるべくやんわりとした物腰を『装いつつ』話しかけてきた。 「私は対アルター特殊部隊HOLY所属、劉鳳といいます」 アルター?ホーリー?りゅうほう……劉邦? いきなりジュンの世界ではあまり身近でない言葉のオンパレードだ。 やっぱりこいつも、長門と同じ類の人種なのか? そう思い、ジュンはやはり逃げ出そうかと考え、その脳からの命令を四肢に伝えようとした。 「最初に断っておきますが、決してこの殺し合いにはのっていません。 ですから落ち着いて、私の話を聞いてください」 が、思いとどまる。 「…………」 殺し合いにのっていない。 この言葉を信用すべきか否か。 何度も確認するが自分は武器なしだ。 今逃げようとしたところで、この特に障害物になってくれそうなものがない道端。 相手はそれなりに体格もよくて体力に満ち溢れてそうな青年。 対してこちらは元引きこもりな上に体力消耗中のメガネ。 追いつかれるのは目に見えている。 それに相手が銃を持っていると仮定すると、 今はまだ温和だが下手にこちらが逃げ出してやむなく発砲!とかになったらもう目も当てられない。 なんだ、それなら最初から逃げるという選択肢は存在していなかったんじゃないか。 そう結論付ける。 逃げる選択肢がないのなら進むのみ。 だが、長門の時と違って手持ちが何もないこの状態では戦ったところで勝てそうにない。 そういうわけでジュンは、決して信頼はしないがそれでも相手の言葉を信用してみようと思い こちらも名乗ることにした。 「野は……」 そこで思い至る。 そういえば第一放送の段階で、偽名に使わせてもらった『野原ひろし』さんの名前が告げられてなかったっけ? いや、たしかに告げられていた。 あの時はみんなが無事だったことに思わず安心したことで失念していたのだ。 もうこの名前は使えない……死人が歩き回るわけにはいかない。 「あ。いや、ええと」 咄嗟にまた偽名を使おうと必死に名簿の名前を思い出そうとするが、今となってはそれすらも自分の手にはない。 (思い出せ、何かなかったか。使えそうな名前。ロックとか…ああもうどこのゲームの主人公だよ。 ええと、他に、他に、他に……っ!) 「…桜田ジュン、です」 結局何も思い浮かばず、ジュンは仕方なしに本名を名乗らざるを得なかったのだった。 ◆ 桜田ジュンという名前にはなんとなく聞き覚えがあったが、果たしてどこで聞いたのか劉鳳は思い出せなかった。 二人は今、誰かに狙われないように注意はしながらも 道路のわき道に座り込んでお互いの持ちうる情報を交換しようとしていた。 絶影はまだ木の上に残していた。この少年に対しての保険と、周りから襲われた時のために。 第一形態までなら長時間の発動もさほど苦ではない。 「さて、質問はフェアに順番で一問一答ということにしましょう」 その提案に異論はないようで、少年……桜田ジュンは頷いてきた。 (よし、現時点では今までのように最初から完全に敵とはみなされていないようだ) ジュンの警戒心を招くような真似はしないように細心の注意を払いつつ、劉鳳は彼を観察した。 年は十三、四といったところか。全身に軽く火傷をしているが、行動には支障ないようだ。 特に何か特徴があるわけでもない、先の対峙から察するにアルターすら持っていないただの少年だ。 どうやら武器も食料も、デイパックすら所持していないらしい。 何があったかはこれからの質問で聞くつもりだが、よくこれまで生き延びてこられたものだ。 とりあえず、こちらに支給された食料の一部を分け与えておいた。 「では、あなたからどうぞ」 こういう一問一答というものは、 精神的に余裕のあるほうが相手に先手を譲ることで緊張感を幾分か緩和させることができる。 だからこの場合、ジュンに先に質問することを譲ることで信用を得るための布石となることを狙った。 実際の効果の程は知らないが、一応ジュンは受け入れてくれたようでその口を開いてきた。 「あなたは一体、何なんですか?アルターとかホーリーとか……正直よくわかりません」 「…………」 なるほど、やはり彼はロストグラウンド出身ではないらしい。 もしそうなら、これらの用語を知らないはずがない。恐らく本土とも違う…別の次元から来たのだろう。 あの真紅や長門を見た後だとそれも納得できる。長門のあれは、アルターにしては何か違った。 このジュンの問いからこちらが聞きたかった情報の一つを得つつ、劉鳳はそれに答えた。 「先ほども述べましたが、私は対アルター特殊部隊HOLYに所属しています。 アルターというのは、周りの物質を分解、再構成することでこの世に具現化される能力のことです」 「え、ちょ……え?」 これでもまだ理解できなかったらしい。微かな苛立ちを覚えるが、それは決して表には出さない。 自分たちの世界とまったく無縁な世界で生きてきたのだ、これくらいは許容すべきだ。 だがそうなると、どう説明したらいいものか… 「簡単に言うと、超能力のようなものです。もっとも、あんなまがい物ではなく本物ですが」 「…はあ」 「そしてそんな力を持つのは我々正しい人間とは限らず、残念ながら社会不適合者も持つことがあります。 私の所属しているHOLYとは、そんな無法者の集団を断罪するために存在する 警察機関の実行部隊といったらいいでしょう」 仕方無しに、まるで赤子に諭させている気分でできるだけ簡単に砕いて説明した。そのつもりだ。 その努力の成果もあってかジュンはどうにか理解してくれたようで、 少なくとも先ほどのように困惑しているようには見えなかった。そのことに劉鳳は安堵する。 ただ、理解はしても信用はしてくれなかったらしい。 「……じゃあ、それ見せてくださいよ」 「え?」 「アルターっていうの。嘘じゃないんだってんなら、今それを見せてください」 「…………」 もしもの時のための保険の姿を晒すということへのリスクを考えるが、 こうなった以上は仕方あるまい。これも彼の信頼を得るためだ。 恐らくだが、きっとこの少年は殺し合いにはのっていない。 そう判断し、劉鳳は木の上に待機させていた絶影を呼び戻す。 バキバキッといくつか木の枝が折れる音がして、絶影は上空から今二人がいる場に舞い降りた。 「うわっ」 その初めて見るであろう異形の姿に彼は驚いたようだが、予想したよりは幾分落ち着いていた。 最初はおっかなびっくりという様子だったが ゆっくりと絶影に近づいてまじまじと眺めている……なんだか新鮮な感覚だ。 「どうです、信じてくれましたか?」 少ししてから、劉鳳はジュンにそう聞いてみた。 「……はい、わかりました」 その返事を合図として、絶影を消す。その体が光り、粒子に変換されてこの世界の一部と化した。 その光景をジュンは興味深そうに見ていた。 よし、少しトラブルはあったものの、基本的にはここまでは順調だ。 さあ、次はこちらが質問する番だ。 「では、私の番です……長門有希という少女を、知りませんか?」 ◆ 「長門!?」 ジュンは劉鳳のその問いに驚きを隠さずにはいられなかった。 何故、この人が長門のことを知っているのか。さらには探してもいるらしい。一体その理由は何なのか。 「知っているのか!?」 突如これまでの話しやすそうな雰囲気(というほどでもなかったが)から豹変して、 劉鳳は一気にこちらに詰め寄ってきた。この尋常でない食いつき。確実に何かがあったに違いない。 「え、ええと。りゅ、劉鳳さん!?」 それにしても、ちょっと落ち着いてもらわないとろくに話もできない。ていうか顔近い、顔! 「あ。ああ、いえ失礼。つい興奮してしまったもので」 どうやら感情も収まったようで、また元のお役所言葉に戻ってくれた。 なるほど、この人はやっぱり本当は結構気が短い性分なのをこうすることで隠しているんだな。 これでジュンは劉鳳について気になっていた事実を一つ、質問することなく知ることができた。 「桜田さん。長門有希を、ご存知なのですね?」 ただ、劉鳳のこの問いにどう答えたものか。 彼と長門の関係が一体何なのかがまずわからない。自分と同じく彼女に襲われた? 長門有希は、自分が防波堤において物干し竿で殴り飛ばしたはずだ。 しばらく目覚める気配はなかったが、 第一放送で彼女の名前が呼ばれなかったことからも死んではいなかったらしい。 それについては内心ほっとしていたが、 ならこの劉鳳が襲われたとしたらあれの前か後かということになる。 前ならともかく、後なら今でも絶好調で人に襲い掛かっているのだろうか。 でもそれなら別にまだいいのだが、 もし最悪この劉鳳と長門が仲間同士だったとしたら、彼女から逃げてきたこの自分という存在を 今ここで消すということをもこの人なら選択しかねない。 先ほどアルターだのHOLYだのについて説明していたが、それはまあ確かに事実なのだろう。 あんな設定が全て作り話だっていうのなら、この人は相当の妄想癖だ。 しかもさっきのよくわからないがスタンドみたいなやつ。 あれは……言ってみるならローゼンメイデンの巨大版かと最初は思ったが、 さすがにそれはないとジュンは判断した。ローゼンメイデンにしてはあまりにも可愛げがなさすぎる。 先ほどじっくりと拝ませてもらったが、しゃべりもしなければ主の命令一つなければ動きもしない。 自分の世界とは別のものだ、と。そう思った。 あんなものを見せられては彼の話を信じざるを得ない。だが彼自身を信用できるかといったら話は別だ。 仮に彼はシロだとしても、長門に騙されて操られている可能性もある。 あの女はなんとなく、こういう単純そうな人を騙す力に長けていそうだ。 「桜田さん?」 「あっ」 思考している間に随分と黙り込んでいたらしい。劉鳳がじっとこちらの目を覗き込んできている。 どうする、正直に話すべきか? 少なくとも自分が彼女について何かしら知っているということはさっきの反応のせいで 既に誰から見ても明らかだ。 ならば今から作り話を用意しなければならないが、それにしたって時間がかかりすぎる。 そんなに長い間黙りこくってたら、正直に話したところで疑われるに決まっている。 かといって即興で嘘をつくとしたらボロが出かねない。ああもう、とにかく何もかもが遅すぎる。 「……襲われたんです。防波堤で」 「防波堤?」 一瞬、怪訝そうな顔をされた。その理由はわからないが とにかくもう言い出してしまった以上は全てを包み隠さず話すしかない。 「その時はどうにか手持ちの武器で撃退できたんですけど…… それもまたその後で色々あって全部なくしてしま」 「ちょっと待ってください。『防波堤』で、『長門有希』に襲われたんですか?」 またもや劉鳳は身を乗り出してくる。その顔は何か……鬼気迫るものが宿っていた。思わず怯む。 やはり、長門有希の仲間だったのだろうか。いやそれにしてはどうも様子がおかしい。 劉鳳はしばしの間何事か考えていたが、やがて 「確認します。あなたの名前は、『桜田ジュン』さんですね?」 「は……はい」 「私は長門有希と少しの間だけですが同行したことがあります」 「えっ」 「心配しないでください。あの女はすぐに本性を現して、私の前から逃げ去りました。 そのため私は彼女を追っているのですが、 とにかくその本性を隠している間に私は奴からある情報を得ました」 この劉鳳の言葉を信用するのなら、彼は長門とは無関係ということになる。 いや、それよりもこの流れはまずい。 ジュンにも、ここにきてようやく思い当たる節が見つかってきた。 「防波堤で彼女と交戦した相手は、野原ひろしという名だと。 そして彼は第一放送の時点で既に亡くなっているはず。ならば『貴様』はなんだ?」 もはや敵意を隠そうという気も起きないらしい。 途中から口調が変わり、明らかにこちらに対してそれを剥き出しにしている。 やはりだ。やはり自分は彼に誤解されている。 自分が撒いた種ではあるが、まさかこんなところで返ってくるとは思わなかった。 下手なことを言ったら殺されるという恐怖感と威圧感がジュンにのしかかってくる。 あの怖い軍人みたいな女の人の時といい、 自分はこうなる運命の星の下に生まれてきたのだろうかと半ば本気で思う。 それでもジュンは劉鳳の凶悪な顔に物怖じするなと心中で自分に叱咤し、なんとか弁明しようとした。 「そ、それはですね。簡単なことです。 その時は相手が信用ならないと思って咄嗟に偽名を使ったんです」 「偽名?」 劉鳳の勢いが止まった。今だ。ここだ。行け!話を続けろ! 「だ、だ、だ、だってそうでしょ?なんかあいつ、最初からおかしかったし」 「…………。……そう、だな」 「ね?ですから適当に名簿の中から使えそうな名前を選んで…… あ、桜田ジュンという名前は本名ですよ?もう名簿なんてあまり覚えてないし。 だから僕は、今この場においては別にあんたを騙そうとかそういう思惑は全然ないんです。 本当です。信じてください!」 必死の釈明だった。これで信用してくれなかったらもうおしまいだ。 ジュンは劉鳳に、自分のこの想いが伝わってくれるようにただただ祈り続けた。 もう釈明の他には祈るしかすることがない。頼む、頼む、頼む…… やがて。 「わかりました。あなたは『悪』ではないと、そう認識します」 ドッと一気に疲れが噴出して、ジュンはその場にへたり込んだ。 よかった、とりあえずこれで一安心だ。おっかない口調もまた元に戻ってくれた。 彼も一応は長門の仲間ではないらしい。 ひょっとしたら信頼できる人間なのかもしれない。まだわからないが。 「では、次はあなたの番です。どうぞ」 さっきの一連の出来事は一問一答という範疇を超えていたように思うのだが、 それでも彼はあくまでこの形式にこだわるつもりらしい。まあ別に構わないが。 それより気になることがある。 「あ、あの……すみません」 「? どうしました」 「あの、素で話していいですよ。疲れるでしょうし」 「…………」 ◆ 劉鳳は、ひとまず彼は断罪すべき悪ではないと判断した。 これで長門有希という存在を知らなかったならばとても信用などできないところだが、 既に知ってしまった現状としてはなるほど彼は賢いと思う。 あの女相手ではどんな用心をしてもし足りないということはない。 彼が用心深かったということ……少なくとも自分よりは。 偽名を使ったのはただそれだけのことだ。 感情が昂ぶってしまったのは反省すべき点ではあるが、 ジュンの方もまた、とりあえずこちらを信用してくれたらしい。 先の口調への指摘は、どこか親しげな雰囲気があった。 自分が対人関係やその他諸々において不器用なことくらいは自覚しているが、 幸いにもどうやら今度は本当にうまくいきそうらしい。 さて、彼の質問の番だ。 「じゃあ、質問いきます……劉鳳さんは、ここから脱出できると思いますか?」 「なに?」 劉鳳は予想していなかった質問に片眉を上げた。 てっきり自分のように誰それを知らないか、などといった質問が来ると思っていたのだが。 「どういう意味だ?」 もう役所言葉で話す意味もなく、先ほど指摘されたように素の口調で聞き返す。 ジュンの眼鏡がずれ落ちた。 「い、意味って。だからこの殺し合いという場からどうにかして脱出して、 また元いた自分たちの世界に帰れると思いますか?ってことです」 「…………」 正直、考えたこともなかった。 ただいつものように悪を処断するだけ。そう思っていた。 当然その中にはギガゾンビも数に入っている。 だが具体的にどうすれば奴と相対できるかとなると、よく考えてみればこれがまた難しい。 たしかに殺し合いに乗った者をこの手で裁くだけならば容易なことだ。 中にはあのカズマや長門といった一筋縄ではいかない連中もいるが、それでも不可能ではない。 では、ギガゾンビ相手ではどうか。 奴と対峙するために現在提示されている方法とは、その他の参加者を皆殺しにすることだけだ。 これは考えるまでもなく論外である。それこそ奴の思惑通りに動いているにすぎない。 それ以前に自分の中の正義がそれを許そうはずもない。 しかしこのまま悪を全て滅し、保護すべき弱者のみが残って、それからどうすればいい? 残った者同士で殺しあえというのか? 否。それは断じて否だ。 「劉鳳さん」 見ると、ジュンは真剣な面持ちでこちらを見ている。その顔を眺めながら思う。 彼のような、何の罪もない民間人が殺しあう姿などは見たくない。 「正直、俺はこれまでにそんなこと考えたこともなかった」 「ええ?」 困惑しているようだ。だが事実だ。 自分はここに来てからずっと悪に対する激しい憎しみだけで動いてきた。 そのため、脱出などといったプランは考慮の外にあった。ただ悪を滅するだけ。 それだけが自分の使命だと、そう思っていた。そのためなら死すら厭わない。それだけの覚悟を持っていた。 「だが、今はこう思う。ここから脱出するしか皆が助かる道がないのなら、必ず脱出『させて』みせる。 方法がないなら見つけ出す。なくても、作り出す」 「劉鳳さん……」 「それが俺の答えだ。これでいいか?」 ◆ 劉鳳のその言葉に嘘はないように思えた。 本当ならこの質問ですぐにでも真紅たちを知らないか聞きたかったが、 彼が本当に信頼すべき人物なのかどうかを確かめるためにまずこれを聞いた。 脱出を目的としているのなら大丈夫。 彼が自分を騙して利用しようとしていて、 最終的に殺して一人生き残ることを目的としているのなら駄目だ。 そりゃおおっぴらに後者を他人に言えはしないだろうが、 それでもその人が嘘をついているかどうか見極める自信はあった。 これまでに出会ってきた人たちはほとんどろくなものじゃなかった。 単純に、自分は疑心暗鬼に陥っていたのだ。 だが、そんなことは最初から必要なかったのかもしれない。 今の今までまったく脱出するなんてことを考えたことがないというのは 驚きを通り越して呆れたが、それはある意味で彼らしいと言えた。 彼は賢そうな風貌ではあるが、実際は相当単純というか、純粋な人間なのだ。 それだけ他人に騙されやすいということもあるが…とにかく彼はこの殺し合いには乗っていない。 悪人相手では戦うのかもしれないが、ただの一般人に対しては何があっても守り通す。きっとそんな人だ。 この劉鳳という男は、信頼できる人なんだ。 「はい、わかりました」 なので、ジュンはしっかりとした口調でそう答えた。 「そうか、それはよかった」 その時、劉鳳は微かだが笑った。注意してよく見ないとわからない程度の、微かな笑み。 「実は僕、ホテルに向かっていたんです」 「ホテル?」 ジュンは自分の目的地を彼に話すことにした。 きっと、彼に話しても問題はない。むしろ力になってくれるはずだ。そう信じて。 長門有希から逃げて、それからのことを全て。 どこぞの軍人のような女性に尋問されていたところを赤い男に襲われたこと。 脱出の鍵となり得るかもしれない電話の内容。 そのためにあのホテルへと向かっていること。 ……正直、それを心の底から信用してはいないこと。 「でも、罠かもしれないけど、それでも何もしないよりはマシだと思ったんです」 ジュンは強い意志を持って、そう言った。 ◆ 劉鳳はようやく、まともに信頼関係を結べた民間人と出会えたことに誰にでもなく感謝した。 これからは悪と戦って彼らを危地から救うだけでなく、脱出させることも考えなければ。 「そうか、よく話してくれた」 そのためにも、ジュンのこの話は彼にとって非常にありがたかった。 自分のやるべきことがかっちりと定まったからだ。 なるほどホテルの主が罠を仕掛けた可能性も否定できない。その時はその時だ。 自分の手でその愚か者を処断し、また新たな脱出への道を模索するだけだ。 だがもし本当に脱出できるかもしれないならば…… 「俺たちのひとまずの目的地は決まった。ホテルだ」 そこに皆を集めることで、自分の使命は完遂される。 「ではこちらから質問させてもらうぞ、桜田」 「はい」 だがその他にも自分がすべきことはある。 「遊園地において、老人が腹部に鉄棒が突き刺さった状態で死亡していた。 この犯人について、何か心当たりはないか?」 真紅についても聞きたかったが、これはもっとも知りたいことなので後にとっておくことにした。 ジュンはそのことについては何も知らないようだったが、一つ思い当たったようでこう話してきた。 「具体的な犯人はわからないけど、僕が遊園地から出た時に観覧車が破壊されてました。 多分あれを行った人間と同一人物なんじゃないかな……」 「そ、そうか」 やはり、ジュンにはあれを行った人間というのが自分だということを伏せておいたほうがよさそうだ。 このことを告げたら、せっかく築いた信頼関係を失いかねない。 「わかった、礼を言う。ではそちらの番だ」 ◆ 「僕が聞きたいのはひとまずこれが最後なんですけど……動く人形を知りませんか?」 その人形とは言わずもがな、真紅と翠星石、蒼星石にあと別の意味で行方の気になる水銀燈の四人のドールたち。 何も知らない人にいきなり動く人形がいて、しかもそれが自分の知り合いだなんて言ったら ふざけてるか頭がおかしいんじゃないかと思われるかもしれないという懸念があったが、 それでも聞かないわけにはいかない。 「人形だと?」 「なんていうか、フランス人形みたいな奴らです。 といっても、動いたりしゃべったりするからそのまま人間のミニチュア版って感じで…」 劉鳳は頭からこの話を否定せずに真面目にのってきてくれた。 これは彼が理解のある人間なのか、または既にあいつらの内の誰かに出会ったということだが……。 「?」 ゴソゴソと、劉鳳は自分のデイパックの中身を探っていた。 何をしているのだろうと疑問に思っていると、彼はその中から一体の人形…… 一瞬自分の知り合いの誰かかと期待したが、ローゼンメイデンではなく純粋なただの人形を取り出してきた。 どことなくそれは、真紅に似ている気がした。 「いや違うよ劉鳳さん。これはたしかに人形だけど、僕の探しているのはこういうのじゃなくて…」 「その人形の名は真紅と言わないか」 ――――――! 「し、知ってるんですか?真紅を!」 ジュンは自分が疲労していることも忘れて劉鳳に詰め寄った。 だが自分がそうなるのは当然だ。この劉鳳は、少なくとも真紅に出会っている。 一体どこでどういう状況でそうなったのかはわからないが、とにかく出会っている。 「そうか…君の名をどこかで聞いたことがあると思っていたが、あの時か」 何か思い至ったような顔をしている。きっと真紅から自分の名前を聞いたのだろう。 「知ってるんですね?劉鳳さん」 「ああ。実は俺はあの人形も探している」 真紅を探している。何故? 「どうしてですか?」 これもまた当然の展開だった。 だからこれも、今まで通りちゃんと答えてきてくれると。ジュンはそう思っていた。 「それは、言えない」 「……え?」 その瞬間、時間が止まった。 そんな気がした。 彼の放った言葉が脳に届いて理解に至るまでに、数秒の時間を要することになる。 ……『言えない』? 「な、なんで」 「すまない。それだけは言うわけにはいかないんだ」 「…………」 思考が、取り留めのない思考が自分の頭を支配していくのがわかった。 なんで?言えない。どうして?それだけは。なんで?真紅の行方。どうして?隠している。 なんで?僕には。どうして?秘密。なんで?どうして?なんで?どうして?なんで? 「お、教えてくださいよ。これは一問一答でしょ? それなら答えてくれたっていいじゃないか。不公平だよ!」 だが劉鳳は重々しくかぶりを振る。 「すまないが、このことを君に伝えるのは信頼関係を崩しかねないのでな」 整理してみる。 劉鳳。彼は純粋な人間だ。純粋すぎる人間だ。 理想主義者で、自分に絶対の自信を持っている。確固たる信念も持ち合わせている。 その信念に殉ずるがあまり、自分の邪魔をする人間には恐らく容赦しない。 劉鳳が今まで探し求めていた人物。それら全てには共通点が存在していた。 すなわち、彼が『悪』だとみなした人物であること。 長門にしろ、お爺さんを殺したらしい犯人にしろ……真紅にしろ? 僕にその理由を教えないのは、僕が真紅の知り合いだから? 彼は僕にそれを教えると、信頼関係が崩れていきかねないと言った。 「だが、そうか。君はあの人形の知り合いか。好都合だ。 奴について知っていることがあるなら、詳しく教えてくれ」 真紅を、壊そうとしているから? 「あ、あああああ、あの!」 「む?どうした桜田」 劉鳳は心底不思議そうな顔でこちらを見ている。ああもう、なんであんたはそんな顔ができるんだ。 「あの、真紅(あいつ)はそりゃわがままで高飛車でそのくせ犬のくんくんには目がないですけど なんだかんだでとてもいい奴で、そんな別に劉鳳さんがわざわざ探すほどの奴じゃ……」 「桜田、そんな情報はいい」 ジュンの一気にまくし立てる言葉をぴしゃりと遮る。 「もう少し、たとえば奴の行方や所有している能力、または武器などについての情報はないか?」 劉鳳のその言葉は、実に淀みがなかったという。 ◆ 何故、彼はここまで動揺しているのだろう。劉鳳にはそれが不思議でならなかった。 あの人形は自分と出会った時、薔薇の花弁を出してそれを目くらましにして逃げ去った。 次にまた奴と相対したとしてもまたあれで逃げられてはどうしようもない。 あれは真紅自身の能力なのか、それとも持っている武器の特性によるものかはわからなかった。 そこを踏まえて奴の知り合いであるらしいジュンに聞いてみたのだが……何かまずかっただろうか。 やはり、正直に理由を話すべきだったか? だが真紅について話すとなると、どうしても流れ上あの観覧車破壊について触れざるを得ない。 やっと築けた信頼を、そのような形で再び失うのは避けたかった。 かくして。 本人はまだ気づいていないが、 劉鳳はその不器用さ故にまたもコミュニケーションに失敗したのだった。 【F-3/遊園地-西ゲートを出たところ/昼】 【劉鳳@スクライド】 [状態]:昂ぶった感情はひとまず沈静。 [装備]:なし [道具]:支給品一式/斬鉄剣@ルパン三世 真紅似のビスクドール(目撃証言調達のため、遊園地内のファンシーショップで入手) [思考・状況] 1:ゲームに乗っていない人たちを保護し、この殺し合いから脱出させる 2:そのためになるべく彼らと信頼を築く 3:主催者、マーダーなどといった『悪』をこの手で断罪する 4:ジュンと共にホテルに向かう 5:長門有希(朝倉涼子)を見つけ出し、断罪する 6:老人(ウォルター)を殺した犯人を見つけ出し、断罪する 7:真紅を捜し、誤解を解く 8:カズマと決着をつける 9:必ず自分の正義を貫く [備考] ※朝倉涼子のことを『長門有希』と認識しています。 ※例え相手が無害そうに見える相手でも、多少手荒くなっても油断無く応対します。 ※食料と水の一部をジュンに与えました。 【桜田ジュン@ローゼンメイデンシリーズ】 [状態]:全力疾走による相当な疲労、それに伴う筋肉痛、全身に軽い火傷 [装備]:なし [道具]:なし [思考・状況] 1:ホテルへ向かい、留守電の主と会う(完全に信用してはいない)。 2:一応劉鳳と同行するつもりだが、彼が真紅と出会う前になんとかしなきゃと思っている。 3:どこかで武器になるようなものを調達。 4:信頼できる人間を捜す。劉鳳は微妙。 5:他人の殺害は出来れば避けたい。 基本:ゲームに乗らず、ドールズ(真紅、翠星石、蒼星石)と合流する。 *時系列順で読む Back:[[正義の味方Ⅱ]] Next:[[KOOL EDITION]] *投下順で読む Back:[[正義の味方Ⅱ]] Next:[[KOOL EDITION]] |136:[[白雪姫]]|劉鳳|171:[[「聖少女領域」(前編)]]| |131:[[トグサくんのメッセージ]]|桜田ジュン|171:[[「聖少女領域」(前編)]]|