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黄金時代(前編) - (2021/11/14 (日) 21:18:30) のソース
*黄金時代(前編) ◆qwglOGQwIk 鷹の名を冠する銀髪の男、グリフィスは剣を手に入れた。 鷹の持つ剣はキャスカが持つ殺傷のための武器ではなく、覇道へと突き進むための道具。 彼の終わらない夢想をするために存在するもの、それが鷹の団であり、その要であるキャスカ。 望むのは夕焼けの小道の空に浮かび、そびえる高き高き城。 その場所に至るためには決して抗えない身分という壁が存在し、彼の手中に収まることを応としない王者の標。 鷹は自分の全てを賭け、夢をその手に掴むために飛び続けてきた。 それは今も変わらない。 甘美な果実に手を出したばかりに、決して消え去るはずが無かった大火傷を負ったこともあった。 その大火傷は鷹の翼を完膚なきまでに叩き折り、終わらない夢へ続く覇道への道を消し去った。 夢を失い、翼を失い、足を失い、空を失った鷹には何の価値も存在しないことを、鷹自身は自覚していた。 そして鷹は夢見ることを止め、自分を焼いた果実への思いをただ募らせるだけだった。 それよりも屈辱だったのは、自分に仕える仲間達が投げかける目線が、失望という名の嘲りだったから それが……それだけがどうしても我慢できなかった。 だが何の因果か、鷹は今ここにある。失ったはずの全てを取り戻すために。 鷹は失った体を取り戻し、失った剣を取り戻し、そして今永遠に失われたはずだった夢への覇道を取り戻した。 全てが終わりかけた時は終わりを告げ、鷹は更なる全てを奪還するべく突き進む。 ずっとずっと忘れていたはずだった終わらない夢は、剣の輝きの中に埋もれていた。 「グリフィス……ホテルの中にガッツが居た」 「ガッツ…………」 それはなんともいえない魅力を持っていた玩具で、ただ目の前に転がっていたから拾っただけの物だった。 ただの玩具だったはずのガッツは時を経るにつれて日増しに輝きを増し、彼にとって無くてはならない存在になった。 彼の拾ったそれはただの玩具であろうとした事に肯とせず、手元から消え去ろうとしていた。 鷹が掬い上げたそれはもう唯の玩具でなく、決して離すことの出来ない禁断の果実へと変化していた。 そして彼は甘い甘い林檎の味を忘れられず、終わらない夢を見ることを止めた。 「グリフィス、この剣を持っていってくれ。……ガッツは強い、あのときよりもずっとずっと強い」 そして彼の剣、キャスカから重厚な騎士剣が渡される。伝説となった王の剣、エクスカリバー。 「キャスカ、ガッツのことは俺に任せろ。俺が何とかしてやる」 「ああ……、グリフィス……頼む」 ――ガッツ、ガッツ、俺の心を狂わせる友よ。俺はお前のことが………… 彼の手元を滑り落ちたガッツ、彼の心を焼き焦がした禁断の果実。 この心を、身を焼かれて今なお、求めて止めない存在。 それはもう決して彼の下へと戻らない。だから壊す、この手で壊す。壊して忘れる。無かったことにする。 鷹は騎士剣を手に携え、もう片方には短機関銃が手に取られる。 グリフィスはもういつ崩れ落ちるかも分からないホテルへと歩みを進める。 建物からは瓦礫の落ちるカラカラという音、建物を支える支柱が順番に崩れ落ちる音がする。 彼の選択は明らかな愚策ではあるが、友を自身の手で壊すという感情に突き動かされ進む。 ――大丈夫、もう二度と失敗はしないさ。俺の夢は唯一つなんだから………… 彼の歩みは唐突に止まった、後ろには甲高い金属音。 バタンという音がして、それきりホテルの胎動に飲み込まれて消えた。 後ろを見れば、そこにはキャスカが倒れていた。 左足の傷だけでなく、この一日が始まってからの戦いで蓄積し続けていた傷、疲れによって彼女は満身創痍であった。 あげく聖剣の真名を二度も解放したのだ、力の消耗に耐え切れずその場で死んでいても何もおかしくはなかった。 にもかかわらず彼女の意識を止め続けたものは、彼女が辛抱して止まない剣の主グリフィス。 鷹だけでなく彼女の心にも大きな存在を占めていたのはその男、ガッツ。 彼女が倒れることを拒み続けた二つの存在、ガッツとグリフィス。 心を支え続けた天秤の重りをグリフィスに預けた時、支えを失った体は倒れざるを得なかったのだ。 瓦礫の下に男は居た。ガッツが瓦礫に埋もれるのはこれで二度目である。 エクスカリバーの真名開放による破壊がガッツとともに建物を支える支柱を破壊した。 最強の聖剣はガッツの体を全て焼き払うだけの力は存在したが、今現在五体満足で彼が存在するのはキャスカの消耗ゆえだった。 顔、そして鎧に覆われていない手足の表面は聖剣による大火傷をもたらした。 ガッツの体を押し付ける瓦礫は先ほどよりも幾分少なく、彼の卓越した靭力ならばすぐにでも起き上がることも可能である。 彼がそれをできない、しない理由。それは彼の手元を離れていったキャスカであった。 男が拒まれたことはあった。陵辱されたキャスカにとっての男というのは恐怖するべき存在であった。 キャスカはグリフィスのことを慕っていた。キャスカだけではなく、鷹の団はグリフィスという存在があるから成り立っていた。 ガッツの心を打ち砕いたのは、彼の目に映った正気のキャスカがガッツを拒み、グリフィスの下へ舞い戻ることを選択したこと。 彼女の慕い、みんなが慕い、眩しくて魅力的だったグリフィスはあの蝕の夜に全てを裏切っていったのに。 鷹の団最後の生き残りであるガッツ、キャスカ、リッケルト。 誰よりも身を粉にして獅子奮迅の働きをして団長代理として鷹の団を支え続けたキャスカ。 ガッツにとってのキャスカは鷹の団の最後の旗印であり、帰るべき居場所であった。 帰るべき居場所は、彼の心を憎しみの暗黒に染め上げた鷹が浚って行った。 「ふざけんじゃ……ねえぞおおおおお」 怒声とともに瓦礫を跳ね飛ばし、大剣を手に男は立ち上がる。 立ち上がる男に呼応するかのごとくホテルは地鳴りを上げて、もう長くは持たないだろう事を告げる。 チッ……、もう長くは持たねえな。戻るか……、進むか。 みさえとの契約もあるし、様子を見てやらないとマズイな……。 が、戻ったらキャスカを見失っちまう。…今ならまだ間に合う。 どうする、どっちを選択する……? ――ガッツはキャスカの傍にいてあげるべきだよ。それで、一緒に暮らそうよ。 ……そんなこと言ってたのはリッケルトだったっけな。 また……、また俺は失ってから、手から零れ落ちてから無くなったものの大切さに気が付くんだよな。 あの時もそうだった。かけがえの無い居場所、鷹の団、切り込み隊のみんな、全てを失ってからその価値に気づいた。 次はキャスカか、救えねえ……。 なら、俺は今この場で手に入れたの居場所を失わないようにしなければいけないのか……? "あんたも、ちゃんと彼女と話し合いなさいよ。逃げてばっかじゃ何も解決しないんだから" 不意にみさえに怒鳴られたような気がした。辺りを見渡してみるがどこにもその姿は無かった。 逃げてばかりか……。一体俺は何を考えてるんだろうな。 まだ、まだキャスカは失われたと決まった訳ではない。あいつは確かに存在し、言葉を交わした。 たとえ裏切られたとしても、あいつは鷹の団の大事な旗印。黙って死体になるのを見過ごすわけにはいかない。 それにあいつは大怪我をしていた。あの状態で殺人者に会えば殺されてもおかしくはない。 本当に失ってからではもう遅い。まだ、まだ今なら間に合う。 壊れてしまっても、裏切られてしまっても、それでもまだ何も終わっちゃいない。 待ってろよ……、キャスカ!! 崩壊の胎動を始めたホテルを急いで駆け下りながら、ガッツはキャスカを探す。 ホテルの2階、1階と可能な範囲で探すもののキャスカは見当たらず、ガッツはホテルの裏口を抜ける。 そしてガッツはキャスカを見つけた。決して見たくないキャスカを。 そこにキャスカは居た。彼に抱かれて。 そう、右目に焼きついて離れないあの光景と同じように、彼に抱かれていた。 「グゥリフィィィィィィス!!! 」 ガッツは復讐の刃をその男目掛けて振りかぶり、十メートルはあろうか間合いを一瞬で詰め、振り落とす。 だがその刃は彼の下へと向かわず、倒れるキャスカの横に亀裂を作っただけであった。 程なく銃声が響き、ガッツの体目掛けて銃撃が放たれる。 その一撃に全ての集中をしていたガッツの体に容赦ない銃弾が命中する。 その銃弾は致命傷にはならなかったが、崩壊寸前だった黒い鎧のプレートを打ち壊していった。 「ガッツ……」 一撃を躱し十分な間合いの向こう側で、グリフィスが呟く。 「グリフィス……会いたかったぜッ! 今すぐにブッ殺したいぐらいによぉ! 」 ホテルを通る道路を挟んで向かい側の歩道へと位置を移したグリフィス目掛けて、ガッツはもう一度刃を振るう。 グリフィスはその一撃を跳躍するように避けると、マイクロUZIをガッツ目掛けて放つ。 放たれるだろう銃弾を大剣の腹で受けながし、再び間合いを詰めて切り払う。 同じようにグリフィスは避けるも、二の太刀が跳躍する鷹を二つに切り裂かんと襲い掛かる。 鷹を切り裂くはずだった一撃は、障害に阻まれてその刃を鈍らせる。 大きな破壊音とともに、裏路地へと続く建物を構成するコンクリートが砕け散る。 絶対に折れず、曲がらず、刃こぼれしない剛剣といえども、建造物を構成するコンクリートを切り裂くためには多大な力を要する。 それは剣士の力を奪い、届くはずだった刃を届かないものにした。 「ガッツ、……それがお前の答えか」 二人の目が合う。夜闇を駆けるグリフィスの姿は、ガッツにとってはゴットハンド、闇の翼フェムトそのものに見えた。 全てを奪ったその男目掛けて、ガッツはもう一度大剣を振り上げる。 グリフィスはガッツの荒れ狂う太刀を狭い路地裏の地形を活かし、避け続ける。 ――勝てない……、オレがまた……? グリフィスの目に映るガッツの剣技は、あの雪の日の決闘をも更に三周りは上回るパワーとスピードを誇っていた。 彼の腰に掛けられた騎士剣は、ガッツの持つ大剣とも打ち合うだけの力はあるように思えた。 しかし、グリフィスはガッツと剣を打ち合わすことが出来なかった。 ガッツの太刀は単純に重い。ただ重いだけでなく、受けるだけで全ての力を殺ぎかねない圧倒的な剛力。 恐らく、一撃を受けるだけで剣を持つ手は使い物にならないほど痺れるだろう。 痺れるだけならともかく、それは握られた剣を腕ごとへし折るだけの力は十分にある。 ガッツの剣を受けることは自殺行為、それだけでなく間合いを詰められるだけで荒れ狂う太刀を回避することすら叶わなくなるだろう。 狙うはカウンター、ガッツに生まれた隙を突き一撃で全てを終わらせる。 ゆえに闇に紛れ、剣線を限定する路地裏へと入り、逆襲を淡々と狙う。 路地裏に剣線を限定してなお、ガッツは少しずつグリフィスとの間合いを詰め始めていた。 今グリフィスが銃撃で反撃したとしても、一撃で仕留められなければ逆に大剣の一撃を受けて終わる。 グリフィスは残り少ない間合いを無駄にしないよう、あらかじめディパックから取り出しておいたロープを手に取る。 ガッツが剣を大きく振りかぶり、舗装された道路をその踏み込みで破壊しながらグリフィス目掛けて叩き落とす。 その一撃は跳躍することさえ叶わない距離から放たれ、切り裂く。 切り裂かれたのは、路地裏の暗闇。正面に見据えていたはずのグリフィスは目の前から一瞬で姿を消していた。 ガッツは地を叩き割った刃を引き抜き、刃を正面に携えてグリフィスの殺気を探る。 そしてすぐに消え去ったグリフィスの謎を解き明かす。 大通りの電灯、空に輝く星だけが光を照らす薄暗い路地裏の分岐点、グリフィスはとっさにそこへ転がり込んだのだ。 剛剣が鳴らす爆音が途切れ、カツカツと甲冑の揺れる音が分岐点の奥から聞こえてくる。 路地裏の分岐点の奥は、電灯の光さえ届かない真の夕闇。 今戦っている路地裏でさえ、月明かりが無ければ足元に置かれた青いゴミ箱さえ気が付かないほどに暗かった。 ニホンをモチーフにしたこの趣味の悪い殺戮の場所は、ミットランドとは違い夜闇の中でも絶え間なく電灯が点り道を照らしていた。 路地裏の分岐点に続く袋小路の奥はミットランドの密林のように、あるいはそれ以上に暗かった。 闇の奥から響いていた金属音は止み、目の前にはただ暗黒の空間があるだけであった。 ガッツにとって暗闇とは、使徒もどきの悪霊どもとの戦場であった。 闇夜が訪れても戦っていたはずの悪霊は無く、目の前に居るのは使徒達の頂点に立つ存在である闇の翼。 その姿はかつての姿そのものであったが、ガッツはその違いを知る由も無く、復讐を果たすために闇へと踏み込む。 カーンと甲高い音が鳴り、ガッツは突撃を仕掛けてきたグリフィスが踏み込んでくるだろう地点目掛けて剣を振り下ろす。 闇を切り裂いて現れたものは、大剣によって真っ二つになった黄色のヘルメット。 ガッツは剣を引き抜き奇襲を仕掛けてくるだろうグリフィスへと身構える。 ――上かっ! ターザンロープの力で空中に飛び上がったグリフィスは、頭上から機関銃の弾を浴びせる。 ガッツはとっさに急所である顔面を手で保護するも、銃弾は首周り、そして鎧の隙間を撃ち抜き命を奪わんとする。 銃撃を辛うじて受けきったガッツは、空を駆けるグリフィスの終着点目掛けて剣を振りかぶる。 しかしグリフィスは地上へと着地することなく、路地裏の外壁を蹴ってその身を空中で方向転換する。 別方向へと加えられた力をターザンロープへと伝え、天を翔けるグリフィスは元いたホテルの方へと飛ぶ。 ガッツの一撃が再び外壁を破壊した時にはグリフィスは路地裏の外、ホテルを通る歩道へと着地していた。 再び開かれた間合いを詰めるべく、ガッツはグリフィスへと猛追する。 グリフィスは突撃するガッツを迎え撃つことはせず、その身を翻して遁走する。 ガッツが再びホテルの前に戻った時、グリフィスはホテルの近くにあったスーパーマーケットへと入るところだった。 "来いよ"とでも言いたげな挑発の表情とともに、グリフィスは自動ドアを潜り建物の中へ入る。 迷うことなくガッツはグリフィスを追撃しようとしていたが、気絶していたキャスカを再び見て足を止める。 ――どうして終わったりなくしてから、いつもそうだったと気づくんだ……。 目の前に倒れるキャスカは、安心しきった顔でその場に倒れていた。 ガッツはキャスカを抱きかかえ、一目に付かない場所にキャスカを休ませるべく移動をする。 …まだだ、まだ何も終わっちゃいねえ。復讐も、俺の居場所も…… キャスカ……俺は俺の決着を付けるからな。そこで待っていてくれ 全部、全部終わったら、今度はちゃんと話し合おう…… ガッツはこのままキャスカを連れて逃げることも出来た。全ての遺恨を忘れて二人で逃げることもできた。 彼がその選択をしないのは、ガッツ自身のケジメである復讐の旅にケリをつけるため。 鷹の団全てを捧げ、人ならざる者となったグリフィスを殺すため。 ガッツの心を動かすのは大きな憎しみだけだった。 憎悪が無ければ、それに覆いかぶされた大いなる悲しみがガッツの感情に支配をして、もう歩けなくなるから。 袋小路に逃げ込んだグリフィス、大剣の動きを封じるにはうってつけの場所だが、路地裏で見せた空中移動のような機動力もまた制限される。 グリフィスが狙うのは間違いなく一撃必殺の状況。袋小路に自らを追い詰めたように見せかけ、逆襲する。 状況は互いに対等、罠があろうと無かろうと、ガッツは全てを踏み越えて突き進むだけであった。 夜闇の中であっても、窓ガラスの奥に移る店内は昼間のように明るかった。 そこにあるべき大量の食料品や雑貨は、がらんとした店内に合わせるかのように存在しなかった。 店内の様子を探るも、グリフィスの姿は棚に阻まれたのか、隠れたのか見えなくなっていた。 店内に潜むグリフィスは逃げ際に回収したキャスカのディパックの中身を拝見し終え、やがて踏み込むであろうガッツを待ち構えるべく行動する。 ガッツがすぐに追いかけてこようとはしなかった。そうなるようにわざとアプローチを取り、警戒心を煽った。 あのまま路地裏の地形を活かして戦い続けることも出来たが、それではガッツに地力に押し切られ敵わないと踏んだ。 故に自らを真の袋小路に追い詰め、激動の中で勝機を探ることとした。 グリフィスが持つ手札は、キャスカのディパックによって倍増していた。 暴風のごとき戦いを見せながらも、冷静な剣捌きでグリフィスを殺さんと追い詰めるガッツ。 一年前とはすっかり変わり果てた外見だった。 火傷に爛れ表情が半ば失われていようと、グリフィスは一目見てすぐにガッツだと分かった。 グリフィスを一目見たガッツも同じようだったが、ガッツは憎悪を込めて彼に襲い掛かった。 それは二人の初めての出会いのようであった。敵意を剥き出しにし、口より先に剣を振って進むガッツ。 この殺し合いの場でガッツにどれだけの変化があったかは推測することも困難であった。 しかしガッツは再び、あの雪の日のようにグリフィスと敵対することを望んだ。 ――――トクン グリフィスへの明確な殺意を向け、突き進むガッツは彼の心を乱し続けていた。 路地裏の戦いでは決定打となるべき手札が存在せず、奇襲を持って切り抜けることしか出来なかった。 キャスカから回収したディパックにはより強力な決定打、ハルコンネンが存在していた。 ガッツの持つ大剣にも負けず劣らず規格外のそれを両手で持ち上げ重量を確認し、用法を推測する。 グリフィスはハルコンネンがミットランドの大砲を、携帯するというにはあまりに馬鹿げたサイズで実現させたものであることを理解する。 反動を軽減するべく思案し、行動する。ディパックからターザンロープを取り出し、適当なサイズに切断する。 ハルコンネンをターザンロープに括り付け、それを空中固定砲台とする。 大砲と現代の化物兵器の相違に少々苦しんだとはいえ、グリフィスはハルコンネンに爆裂鉄鋼焼夷弾を装填することに成功する。 ハルコンネンの重量に相当する力をターザンロープに分担させ、グリフィスはガッツが侵入してくるであろう店の入り口に照準を合わせる。 ガッツを迎え撃つグリフィス。彼の心中にあるのはガッツ、彼の夢を惑わせる唯一の存在。 彼の手から零れ落ち、あの雪の日に失った惑乱を呼ぶ麻薬。 あれだけ壊そうと考えていたそれは、いっそうギラギラとした輝きを見せてグリフィスを誘う。 ギラギラとした輝きがグリフィスを壊さんと襲い掛かってくるとしても、それでも壊すことへの躊躇いが募る。 ――それでも、オレは逃げるわけにはいかない。絶対に逃げることは許されない。 一度は壊れてしまった夢を叶えるチャンスを、何の因果かやり直す権利を授かっている。 …今、今ここでオレのエゴを叶えようとすれば、もう次は二度とない……。 騎士になろうとして、ついになることは叶わなかったあの少年。鷹の旗印の下に、殉職を遂げてきた仲間達。 今オレがこうして夢へ向かって進むのは、血塗られた夢の道程となり犠牲になった命を無駄にしないため。 だから、壊さなければいけない。この血塗られた舞台においても、全ての犠牲の上でオレの夢がある。 夢を忘れるだけの価値を持つかけがえの無い存在。オレはこの心の動揺を沈めなければいけない。 彼の前に立ちはだかるガッツは敵でありながら、彼の意味するところの友であった。 グリフィスは入り口と店内を結ぶ軌道上でガッツを待ち構えるが、ガッツは一向に侵入してこようとはしなかった。 (何か別の思案があるのか……? ) グリフィスは空中固定砲台の照準を合わせつつ、ガッツの思惑を再度考え直す。 その疑問は、ガッツの行動はその直後に訪れた破壊活動によって示される。 突如ガツーン、ガツーンと何かを打ち付ける音が響く。その行動によりガッツの真意を理解する。 (柱かッ……!) ガッツが打ち砕いたのは、建造物を支える殿、柱。 コンクリートに覆われた柱でさえも、ガッツとその剣なら打ち砕くことさえたやすいだろう。 そうして柱が砕かれれば、バランスを失った建造物はあのホテルと同じようにたやすく倒壊するだろう。 この建物が倒壊するならば建物の地の利を活かす活かさないといった話では無くなり、生き埋めになって死ぬ。 柱を打ち砕く音が途切れ、倒壊する前に決着をつける。 グリフィスはターザンロープを揺すり、空中固定されていたハルコンネンを回収する。 破壊活動が完全終了する前に、こちらから迎え撃つべくハルコンネンの射界をガッツの切り倒す柱の方へと移動する。 グリフィスが再度ハルコンネンの射撃準備を終えた段階で、既に柱は壊れかかっていた。 グリフィスは空中固定したハルコンネンを柱目掛けて放つ。 空中固定されたハルコンネンが反作用力でターザンロープを大きく揺らす。 彼はハルコンネンの反動を軽減することをせずその手から放棄し、地面に伏せる。 抗力を失ったハルコンネンの反動は軽く天井を打ち抜き壊し、破片が床へと散る。 天井を打ち抜いてなお、その反動力は止まらずにゆらゆらと壁にぶつかりながら力を消散し続ける。 グリフィスは空中固定した砲台を放棄し、まもなく崩壊するであろうスーパーマーケットからの脱出を試みる。 進む歩みはいつものように、ゆっくりでありながら速く速く。 その手に軽機関銃を構え、こちらに向かって切り込んでくるか、あるいは入り口で待ち構えるだろうガッツを警戒する。 ガッツはグリフィスを必ず仕留めに来る。そう判断した故にうかつに動かず、再びグリフィスへと戻った攻撃の機会を利用する。 待ち伏せは効果的であるがゆえに受動的、ゆえにその罠へと誘い込まれないよう選択の機会を最大限活かす。 グリフィスはガッツの潜むであろう位置を判断し、状況を切り抜ける対策を考え続けていた。 グリフィスが一歩一歩出口へと進む中、店内を灯す蛍光灯が、点滅を経てふっと消える。 店内は先ほどとは打って変わって暗闇に包まれる。 (しまった、……ガッツの狙いはそちらか) ガッツにとって柱は攻撃手段ではなく、副次的なものであった。 ガッツの真の狙いはグリフィスの目を奪うこと。 奇襲に備え、グリフィスは全集中力をガッツの迎撃へと削ぐ。 この暗視の中では飛び道具は意味を成さない、故に短機関銃をディパックにしまい、エクスカリバーをその手に構える。 電灯が消えてすぐ、破壊音とともにガッツが進入してきたのを察知する。 戦い慣れぬ暗闇の中であっても、グリフィスは冷静にガッツの位置を確認する。 左手から聞こえた破壊音より、ガッツが壁を叩き壊して進入してきたことを判断。 一度位置関係が分かってしまえば奇襲は意味を成さない。伏兵はどこに潜むか分からないからこそ伏兵なのである。 ガッツは己の選択権を放棄し、戦いのカードは再びグリフィスの手に委ねられる。 はずだった。 轟音が店内に整然と並べられた常温棚を吹き飛ばし、それはまるでドミノ倒しのようにグリフィスの下へと迫ってゆく。 狭く沢山の常温棚が密集するスーパーでは、その密集具合ゆえに攻撃も、回避行動もまた困難となる。 火線を限定し、大剣の動きを封じるべき障害さえもガッツの剣は打ち砕いてしまった。 グリフィスは自分へと迫る常温棚の圧力から逃れるべく、回避運動を取り常温棚の圧力から逃れる。 彼が逃げのびた通路の後ろ、倒れた常温棚にはガッツが立っていた。 ガッツは今まさにグリフィスを一刀両断しようと、大剣を振りかぶっていた。 回避する間合いは無しと判断し、逆にガッツの下へと接近する。 ガッツの得物を両の手のエクスカリバーでしっかりと受け止め、その剛力を受け流そうとする。 グリフィスは、ガッツの胴断ちを零距離で受けることに成功する。しかし剛力は打ち合わす剣ごと、人間をまるでボロ雑巾のように吹き飛ばす。 グリフィスは受身を取ることすらかなわず、圧倒的な力によって店外目掛けてゴロゴロと転がっていった。 辛うじてエクスカリバーでガッツの太刀を受けきったものの、その一撃は痺れによってグリフィスの握力を完全に失わせた。 ディパックから新たな武器を取り出すだけの握力はなく、封じられた握力では剣を振り回すことも叶わない。 態勢を立て直そうと上半身を持ち上げたグリフィスの目の前には、ガッツが居た。 「お前の勝ちだ、負けたよガッツ……」 二度目の敗北を気に止むこととせず、ガッツに向かってグリフィスは微笑みかけた。 それは今グリフィスを打ち砕こうとした刃の動きを止める。 「グ…リ……フィス…………? 」 俺は、俺は今何をしているッ……!! 俺がグリフィスを大剣で吹き飛ばし、止めを刺さんとしたグリフィスの笑い。 月明かりに照らされたそれはまるであの時のままで、今までずっと相手にしていたのに忘れていた懐かしい顔。 その顔を見た俺の心にポッカリと穴が開く。 憎悪と怨恨、殺意が充満する心は、あいつの笑顔を見たときにフッと消え去ってしまった。 これを振り落とせば全てが終わる、終わるはずなのに終わらない。 剣を支える手が動かない。ピクリとも動かない。 それだけじゃない、何もかもがおかしい。 ずっとずっと望み続けたきた瞬間が訪れたにも関わらず、その先へと進めない。 プライドの塊のようだった、負けず嫌いのグリフィスが、今こうして負けを認めている……? *時系列順で読む Back:[[転んだり迷ったりするけれど]] Next:[[黄金時代(後編)]] *投下順で読む Back:[[なくても見つけ出す!]] Next:[[黄金時代(後編)]] |221:[[鷹の団(後編)]]|グリフィス|224:[[黄金時代(後編)]]| |221:[[鷹の団(後編)]]|ガッツ|224:[[黄金時代(後編)]]| |221:[[鷹の団(後編)]]|キャスカ|224:[[黄金時代(後編)]]|