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「エクソダス、しようぜ!」(前編) - (2021/12/12 (日) 23:32:17) のソース
*「エクソダス、しようぜ!」(前編) ◆LXe12sNRSs 『エクソダス』とは、脱出、大移動などの意味を含む。 今から約3500年前、エジプト文書にヘブライ族という名の集団が登場する。 ヘブライ族とは、中東からエジプト北部地域にわたり居住した、傭兵・奴隷・法律違反者などの浮浪者達を総称した名である。 彼らの一部はラムセス2世の治下、エジプトで強制労役をしていた。 中東からの外侵を防ぐため、ナイル川下流の要衝地であるゴセン地方に城を築くという仕事である。 彼らはある日突然、モーセという人の後を追って集団脱出した。これが旧約聖書の出エジプト記に出てくる『エクソダス』である。 ヘブライ族はその後、イスラエルという国を造りユダヤ人と呼ばれるようになる。 エクソダスとは、浮浪者集団が世界で最も独特で、強烈な民族的アイデンティティーを確立した大事件なのである。 ユダヤ人は、苛酷な環境での共同体験を通して唯一神思想を確立した。そのため、文明史的にイスラエルの歴史はエクソダスで始まる。 聖書史学者らが探し出したシナイ半島周辺のエクソダスの痕跡を見ると、40年の広野生活は奇跡に近い。 命をかけて唯一神が約束した、『乳と蜜の流れる地』を探す過程は、宗教以外のもので説明するのは難しいと言えよう。 ローマ帝国に抵抗して故郷から追われたユダヤ人は、20世紀中盤、二度目のエクソダスを敢行した。 各地に散在したユダヤ人は第2次大戦が終わった直後、自分たちが2000年前に追い出されたパレスチナの地に集まる大移動を始めた。 最初のエクソダス当時、モーセがカナンの地に直ちに進入できなかったのは、強力なパレスチナ人が抵抗していたためである。 モーセの後裔らは3000年ぶりにパレスチナ人を追い出し、イスラエルを建国した。 「ここは神が与えた我々の地」――という宗教的信念を掲げて。 ◇ ◇ ◇ エクソダス請負人であるゲイン・ビジョウは、ある意味では出エジプト記に登場するモーセのような存在なのかもしれない。 実際のモーセのように神から十戒を授かって他者に与えるようなことはしないが、導くという意味では立法者も請負人も同じである。 ゲインが請け負っていたのは、シベリアからヤーパンへのエクソダス。そして、崩壊していくホテルから外へのエクソダス。 その最終目的は、『殺し合い』から『日常』へのエクソダス。 エクソダス請負人である自分に出来ることは何か? 改めて考えてみる。 ゲインは狙撃の名手であり、また優れたパイロットでもあったが、別段機械に詳しいというわけではない。 シルエットマシンともオーバーマンとも構造が異なる、特異な機械――それがこのゲームにおいて参加者を縛り付ける絶対物、首輪だった。 入手した首輪は有益な情報源となり得る可能性を秘めていたが、ゲイン一人のスキルではどうにも進展が望めない。 機械であることには違いないのだ。水に浸して故障を狙ったり、電流を流してショートさせる策も考えた。 が、それを自身の首でやるのはあまりにも危険。 鶴屋さんの首輪で実験をしようとも考えたが、無闇に扱って壊してしまっては、いざ機械に秀でた者と接触した時に後悔することになる。 首輪はゲイン一人だけでどうこうできる問題じゃない。 ならば自分はエクソダス請負人らしく――エクソダスするための『道』を探すのが最良だ。 即ち、首輪を解除した後の話。『脱出ルートの確保』である。 首輪を解除したとしても、ギガゾンビが用意したこの空間に閉じ込められたままでは意味がない。 ゲインも本来の仕事を持ち越している最中だ。即刻シベリアに帰還し、ヤーパンへのエクソダスを再開しなくてはならない。 他にも、シドウ・ヒカルをトーキョーに。ノハラ・シンノスケをカスカベに。皆を元の世界に返さなくてはならないのだ。 ……そう。元の『世界』に。 (ここはいったい、どの世界なんだろうな) 一日中渡り歩き、そればかりを考えていた。 まず確実なことは、ここはゲインの知るシベリアではない。 街並みとしてはヤーパン、ヒカルやミサエの言っていたトーキョー、カスカベに酷似しているようだが、細部はまた違う。 それに生活の跡は見えるのに、住人がまったくいないというのも気になる。 参加者に逃げられないよう隔離するのが目的なら、孤島や塀の中が効果的かつ理想的だ。 それを何故、こんな生活味溢れる場にしたのか……そしてそれらはどうやって用意したのか……。 (ここが孤島だったならば、脱出経路は簡単だ。だがここは街や森、水場さえ混同している一地域……外界に何があるかは想像もつかない) 支給された地図を確認しながら、ゲインはどこか出口となり得る場所がないかを探す。 8×8の64エリアに分類されたこのマップ。今までに刻まれた禁止エリアは合計で9(ゲインが知る上では6)。 その配列はどれも疎らで、参加者達の居心地を悪くさせている……かに思えた。 (……?) 地図を眺めながら、ゲインは何か正体の掴めぬ違和感を覚え出す。 禁止エリアというのはつまり、殺し合いを望まない参加者の安住の地を減らし、他者との接触を多く設けるための処置だ。 だがこの禁止エリアの配列は、どこかおかしい。 (何故、『マップ端のエリア』ばかりを指定する――?) 隅に逃げ込んだ参加者をいぶり出す目的があるとするなら、それも効果的ではある。 だがこれまでの禁止エリアは9個中7個が端のエリア(ゲインは第三放送を聞き逃したため、考察の上では6個中5個)を指定しており、 放送ごとに三つという数少ない禁止エリア指定で、ここまで徹底する必要があるかと問われれば、疑問に思えた。 参加者を中央に寄せて戦乱を起こしたいというのなら、それこそ孤島のような隔てのない空間を会場に選べばいい。 このマップは北西の高校があるエリアに始まり、西際の島、南西の駅周辺など、逃げ場所としてはもってこいの空間が幾つか存在している。 何故こんな入り組んだ会場を選んだのか。多種多様な展開を望んだというのなら、端ばかりを潰して参加者の逃げ場を失わせるという理由と矛盾が生じてしまう。 (待てよ、逃げ場……?) ここにきて、ゲインがある重大なことに気づく。 会場は孤島ではない。が、もちろんマップの端というものは存在する。 では、その端を越えた先には何があるのか――ゲインはまだ、これを確認していなかったのだ。 疑問を解決させるため、ゲインはホテル地区から東の端……エリアD-8へと疾走した。 ギガゾンビはこの会場を、いったい何で隔離しているというのか。 海でないとしたら壁か。だが、遠目から見てもそんなものは確認できない。 見えない壁でも聳えているのだろうか。ただでさえおかしな技術を扱う輩だ。そんなものが出てきたとしても驚きはしないが…… 『警告します。禁止区域に抵触しています。あと30秒以内に爆破します』 (――! なるほどね) 突然発せられた、首輪からの警告。これこそが、会場を隔離空間とする壁。即ち禁止エリアによる絶対包囲網である。 (外周エリアは全て禁止エリア……そして、禁止エリアは侵入しても30秒の猶予があるというわけか) 新たな情報を頭に叩き込んだゲインは、警告音を鳴らす首輪にしかめっ面を浴びせつつ、それでも走ることをやめなかった。 エリアD-8のさらに東……延々と続く森の中を突き抜け、一秒、二秒、三秒と時が経過する。 そうして、ちょうど与えられた猶予の半分、15秒が経過したところでゲインは踵を返した。 (ここまで約100メートル。周囲の風景に変化はない。やはり禁止エリアは絶対か――!?) 先ほどとは打って変わって、全速力で内側、つまり会場内へと引き返すゲイン。 手負いの身であることが災いし、体力も落ちていた。走るだけでも大分しんどい。 それでもこんな無茶をしたのは――無茶をしなくては、光明は掴めないからだ。 リミットギリギリで安全圏へ舞い戻ったゲインは、息を切らしながらその場に腰を落とした。 禁止エリアをマップ端ばかり指定する謎。 それはマップ端にいる参加者をいぶり出したいのではなく、逆に参加者を『マップの外』に近づけさせないための処置ではないか――とゲインは考えた。 例えば、マップ外周のどこかが出口に通じているというケース。端側の禁止エリア指定は、その出口に鍵をかける意味があるのではないだろうか。 が、外側自体があらかじめ禁止エリアに指定されているというのであれば、ゲインの考察はまったくの的外れなものになる。 どこか例外があるのでは、と考えすぐ下のエリアE-8に移動し、同じように東に突き抜けてみるが……結果は同じく。 D-8とE-8の東側外は、共に禁止エリアだった。おそらく、他のエリアも同様と見て問題ないだろう。 例外は存在しない。ならば、マップ端ばかりを禁止エリアにする理由はなんなのか。 単なる偶然か、それとも、やはり逃げ場を潰す意味が含まれているのだろうか。 (禁止エリアが続くマップ外周……だが、それはいったい『どこまで』だ? マップの外が全て禁止エリアだったとして、果てはどこにある?) 手負いのゲインでは、往復前提で走っても100メートル程度しか進めなかった。 だが仮に、リミットである30秒以内に、一エリアの横の長さである500メートル以上進んでしまったとしたら。 その先には何があるのか。また禁止エリアが延々と続くのか、それとも。 (このゲームに参加させられている参加者たちの特異ぶりを窺えば、リミット以内に外側のさらに奥へ踏み込める人物もいるはずだ) ミサエの話していた頼れる仲間の中には、ストレイト・クーガーという速さにこだわる男がいたという。 彼ならば500メートルを30秒以内に駆け抜けることもあるいは可能だろうし、当然ギガゾンビがそれを考慮していないはずはない。 ならばやはり、マップ外周は中と同じく500×500の一エリアに覆われているわけではなく、『外側全部が一つで巨大な禁止エリア』として壁を作っているのだろうか。 (実際に赴いて会場の果てを探す、というのは無理がありすぎるな……ならば!) 思考を止めたゲインは、すぐ近くに聳えていた巨木に飛びかかった。 そのまま登っていき、広大な森から顔を出して一望できるほどの高さまで移動する。 (『足』が無理なら『目』で確認するまでだ) 顔を向けたのは、遥か東の果て。 『黒いサザンクロス』――狙撃の名手として鷹の眼を利かせ、高所から東に何があるのかを確認する。 ……森、だった。 今いるE-8をそのまま横に延長したかのような、長々と続く木々の群衆。 果てのようなものは見えない。どこまでもどこまでも、月明かりに照らされた大地は果てしなく続き―― (――――!?) 何かにひらめき、ゲインはがばっと上を向いた。 突き抜けるほど高い木のてっぺん。そのさらに上には満月と、キラキラ輝く満点の星空が広がっている。 当たり前だが、星とは地球を包む外側、宇宙から降り注ぐ輝きだ。 雲か何かに遮断されぬ限りはどこにでも降り注ぐものであり、それはシベリアやヤーパンも同様、この会場とて例外ではない。 永遠に紡がれると思われた星の海――だが、東の果てには、 (……見えたぜ、一筋の光明!) 星が、なかった。 地上に延びる森の群集。この光景には果てがない。 しかし空には――マップ外側に至るところでぷっつりと、『星空が途絶えていた』。 会場内は星空に照らされ、マップの外に延々と続く禁止エリアには、それがない。 この違いは何か。それはつまり、マップ外周が星の傘下にない空間、ようするに『異質』であることを示す。 (禁止エリアは俺たちを囲う『柵』でしかなく、星に照らされるような『世界』ではない。 一見ヤーパンの一地域を削っただけような会場にも思えるが、本質的には孤島と一緒だったというわけか) この会場を孤島に見立てて考えると分かりやすい。 会場内は海で覆われた島であり、会場内を覆う外周禁止エリアは、海の役割を果たす。 孤島と大きく違う点は一つ。延々と続く禁止エリアは、海と違い、どこまでいっても他の陸地に辿り着けない。 それはここが閉ざされた空間であり、外部との接触が完全に断たれているためだった。 (思い出せ……この特異な力と現象の正体はなんだ? 過去にギガゾンビが何か漏らしていなかったか? 記憶を辿れ。今こそ己の記憶力をフルに発揮する時だゲイン・ビジョウ) 頭を抱え込み、ゲインは深い記憶の海へと潜っていく。 思い出されるのは、唯一といえるギガゾンビとの接触時……そう、あの忌まわしい見せしめが行われた、序幕のことである。 あの時のギガゾンビの発言、宣言、宣告、通告、青いタヌキや眼鏡の少年との会話云々、細かな挙動まで、集中して思い出していく。 ――『ワハハハ、目覚めの気分はどうかな生贄の諸君!』 ――『そう、生贄だ! キサマらにはこれから殺し合いをしてもらう!』 ――『おまえ達はありとあらゆる世界の様々な時間から集めた生贄だ。 おまえ達にはこれから殺し合いをしてもらう。 そして生き残った一人だけは元の世界に返してやろう。 それがこの殺し合い、バトル・ロワイアルだ。 ああそうだ、その生き残った一人は一つだけ願いも叶えてやるぞ?』 ――『バカめ、私は時空刑務所から脱獄し亜空間破壊装置を完成させた! もはやタイムパトロール共は私に手を出せないのだ。 今度は誰も助けに来ないぞ、青ダヌキ』 ――『本当だとも。キサマらに残された道は殺し合って生き残るだけだ』 ――『フハハハ、キサマらの首には爆弾の付いた首輪を取り付けてある。 私に逆らったり、会場から逃げようとすれば爆発するぞ。 誰も殺し合わない退屈な見せ物になれば、纏めて爆破するかもしれんなあ』 ――『これは私の退屈をしのぐ見せ物なのだ。ああ、そうだ……』 ――『首輪は定時放送で報せる禁止エリアに進入しても爆発する。 人数が少なくなれば他の参加者とも出くわしにくくなるから、場所を狭めてやるのだ。 それから、おまえ達には支給品を与える。 中には武器等の支給品がランダムに1~3個、それに地図や食料などが入っている』 ――『さあ、今からおまえ達にはワープで会場に送ってやろう! これはサービスだ、安心して向かうが良い! 健闘を祈っているぞ。 フハハハ、フハ、フハハハハハハ…………』 キーワードは数多く、多すぎて整理が追いつかないほどに掘り起こされた。 『ありとあらゆる世界の様々な時間から集めた生贄』 『生き残った一人は一つだけ願いも叶えてやる』 『時空刑務所から脱獄し亜空間破壊装置を完成させた』 『タイムパトロール共は私に手を出せない』 『キサマらの首には爆弾の付いた首輪を取り付けてある』 『私に逆らったり、会場から逃げようとすれば爆発する』 『誰も殺し合わない退屈な見せ物になれば、纏めて爆破するかもしれん』 『これは私の退屈をしのぐ見せ物』 『首輪は定時放送で報せる禁止エリアに進入しても爆発する』 『人数が少なくなれば他の参加者とも出くわしにくくなるから、場所を狭めてやる』 『今からおまえ達にはワープで会場に送ってやろう』 重要そうなセリフを抽出しただけでも、ざっとこれくらいは出てくる。 その中でもゲインが興味を持った単語は、『ありとあらゆる世界の様々な時間から集めた』、『願いも叶えてやる』、『時空刑務所から脱獄』、『亜空間破壊装置』、『タイムパトロール』、『ワープ』などだ。 (俺やヒカル、セラスやミサエとでは、住む世界と生きた時間が違う。信じがたいが、『異世界』というものは確かに存在するらしい) シベリアの雪原を生きてきたゲインには、イマイチ理解しづらい概念だったかもしれない。 だが事実として、セラスの暮らす世界にシルエットマシンなどの機動兵器は存在せず、ヒカルやミサエの知るシベリアにシベ鉄の息はかかっていない。 (異なる世界に住む住人同士を、強引に一つの世界に集める……それを可能にするのが、亜空間破壊装置という奴か?) そんなことを可能にする装置が、本当にギガゾンビなどに造りだせるのだろうか。 本来なら信じるだけでも眉唾物な話。だがゲインはこれを頭ごなしに否定したりせず、むしろ肯定的に物事を考えていく。 そう、こういった不思議な力との付き合いは、何も皆無というわけではない。 ようは、オーバーマンが持つ『オーバースキル』と同じようなものだと考えればいい。 (時空刑務所から脱獄したという言葉から窺うに、ギガゾンビが前科持ちの犯罪者なのは間違いない。 そして時空刑務所に、タイムパトロールか……これも信じがたい話だが、どうやら『時空規模で動く警察』と、『時空規模で動く犯罪者』がいるらしい) そういった存在があるということは、即ち『時間跳躍』なる手段も存在しているということに他ならない。 時を飛び越える術――摩訶不思議な現象と思えたが、オーバースキルの存在を考慮すれば、不可能とも断言できない。 例えば、シベ鉄の警備隊隊長ヤッサバ・ジンが乗っていたラッシュロッド。あれは『時間停止』のオーバースキルを保有していた。 ギガゾンビやタイムパトロールがオーバーマンを使って警備、犯罪を行っているとは思いがたいが、時に関与できる可能性は十分にあるのだ。 (『ワープ』というのも、ようは長距離瞬間移動のことだろう。これもオーバースキルの概念で説明がつく。 『願いを叶えてやる』ってのは十中八九ハッタリだろうな……参加者をゲームに乗せるための餌的な意味しか持たない) 世界を飛び越え、時を飛び越え、さらにはこれだけ高性能な首輪型爆弾まで用意してのける手腕……決して侮っていたわけではないが、ギガゾンビとやらは予想以上に凄い人物らしい。 しかし、しかしだ。 (これは全て、『奴自身の力』じゃない。奴は、奴の世界にある『技術』を借りているだけに過ぎない) 時間跳躍、亜空間破壊、どれらもギガゾンビが独自発明したわけではなく、先にそれらを可能にした先人たちがいることは明白だった。 でなければ時間跳躍の技術はギガゾンビが独占していることになり、時間犯罪者を取り締まるタイムパトロールという存在も有り得なくなってしまう。 (ならばそこには、付け入る隙が必ずある。奴が使っている時間跳躍、亜空間破壊を『オーバースキル』、それを行うための装置を『オーバーマン』に見立てるんだ) ゲインは再び支給されたマップに目をやり、考え込んだ。 ギガゾンビが用いたのは、亜空間破壊装置なるもの。破壊、というくらいなのだから、それは空間を破壊するものなのだろう。 では、破壊された空間とはいったいどこのことを示しているのか。 答えは簡単、このバトルロワイアル会場を覆っている、『外周エリア』である。 ゲインはデイパックの中から支給された食料である菓子パンを取り出し、徐に毟ってみた。 なんてことはない、パンの一欠けら。このパンの一欠けらが、『この会場と同じ』なのだ。 (ギガゾンビは亜空間破壊装置を使い、会場の外の空間を破壊した。これでこの会場と外界を繋ぐものは何一つなくなり、こうやって) 毟ったパンくずが、ゲインの口の中に放られる。 (――これで隔離完了だ。一度毟ったパンが元に戻らないように、一度壊れた空間は修復するまで壊れたままだ。 橋となる空間が壊れてたんじゃ、タイムパトロールとやらも救援に来れない) この会場はつまり、絶海に囲まれた孤島、扉のない密室、出口の消えた迷路と同じ。 中から外部へ連絡を取る手段、及び脱出は絶望的な環境。普通に考えればそうなのだが――この隔離方法には、致命的とも言える穴がある。 それは、会場と外界との隔離が『亜空間破壊装置』なる道具によって実行されているという事実。 毟ったパンは元に戻せない。船がなければ、扉がなければ、孤島や密室からは出られない。迷路もまた、出口がなければ彷徨い続けるだけの運命だ。 しかしここは、毟ったパンでも孤島でも密室でも迷路でもなく、『亜空間破壊装置によって隔離された世界』である。 ならば、この世界を隔離した根本的元凶である亜空間破壊装置の機能を停止させたらどうか――それこそが、この会場を隔離空間から脱却させる唯一の方法。 オーバーマンの機能を停止させればオーバースキルの効果が失われるのと同様に、亜空間破壊装置を破壊してしまえば、この会場は元の鞘に収まるというわけだ。 では、いったいどうやって亜空間破壊装置を破壊するか。その前に、ターゲットとなる亜空間破壊装置はどこに置かれているのか。 ここで、もう一度亜空間破壊を『オーバースキル』、亜空間破壊装置を『オーバーマン』に当てはめてみる。 すると、一つの疑問が発生する。 オーバーマンとオーバースキルがこの二つに当てはめられるというのなら、それらを起動させる『パイロット』はどこにいるのか。 この場合のパイロットとは、考える必要もなくギガゾンビである。奴が亜空間破壊装置を使って亜空間破壊を行い、会場を隔離してバトルロワイアルを開催した。 (ギガゾンビは、この殺戮を退屈しのぎの見せ物として楽しむと、そんなことを仄めかしていた。 とくれば、当然、奴の居場所はこの会場外ということになり、奴が機動させている亜空間破壊装置も会場外にあるということになる) 亜空間破壊装置が外界にあるというのであれば、会場内からの手出しは不可能となってしまう。 ここまできて手詰まりか……ゲインは登り詰める直前で崩れ始めた崖に、やり場のない怒りを感じた。 ゲインの力では、首輪を解析することはできない。 だからエクソダス請負人として、せめて脱出口だけでも確保しようとしたのに、自分はそれすらも満足に成し遂げられないのか、と。 (まだだ。まだ諦めるなゲイン・ビジョウ……何か、何か見落としていることがあるんじゃないか……!?) 食い入るように地図を見るゲイン。彼に残された猶予は少ない。 キャスカとの戦闘で負った傷は、なんとか行動可能なくらいには回復した。 だが、それでも手負いであることには変わりない。 もしあと一度でも、キャスカレベルの手練に襲われたら。 そうなる前に、ゲインは光明を掴まなくてはならないのだ。 ヘブライ族を導いたモーセのように、今も生存している他の参加者達に、道を示してやらねばならない。 それが、エクソダス請負人としての役目であり、意地でもある。 (!) ――その意地が、ある重大なひらめきを発揮させた。 (この禁止エリア配列……端ばかりを指定する理由……そうか……いやしかし……ええいダメでもともと、こいつは賭けだ!) ゲインは注視していた地図を握り締め、ろくにしまいもせずに走りだした。 向かう先は南。禁止エリアとなったE-8をギリギリでかわし、最短ルートを通って目的地へ急行する。 気づけば、時間もかなり経過していた。 一日目の終わり、そして第四回目の放送はもうすぐ訪れる。 これまでのペースどおりにいけば、死者の数もそろそろ半数を切る頃だろう。 有力な、特に首輪解除の可能性を秘めた協力者が脱落する前に、なんとしてでも請負人としての勤めを果たさなければ。 決意を胸に抱いてゲインが訪れたのは、エリアG-8に位置する大型ショッピングモールだった。 ゲインはその中でも一際大きな店舗に入り、 『いらっしゃいませギガ~。ここはジィハチショッピングモール。お買い物でしたらこのモールダマがご案内するギガ~』 喋る、土偶と、遭遇した。 まさかの珍客――この場合客はゲインの方だが――に数秒間呆気に取られたゲインだったが、すぐに気を取り直す。 「あー、すまない店主。ちょっと探し物をしているんだが、協力してくれないか?」 『お客様は神様ギガ~。出来る限りのことなら協力するギガ~』 「助かる」 モールダマなる土偶の了承を得て、ゲインは店のカウンターを越え、奥のほうへと踏み入っていく。 『ちょ、お客さんそっちは立ち入り禁止ギガ~!』 店主の制止を振り切り、ゲインはズケズケと家屋荒らしを始めだした。 店の奥にある事務室にそれらしきものがないことを確認すると、今度は倉庫の方を調べてみる。 倉庫内は暗室になっており、電灯は灯っていない。 ゲインは所持していたランタンに火を灯し、暗い室内を照らし出す。 そうして目に映ってきたのは―― *時系列順で読む Back:[[廃墟症候群]] Next:[[「エクソダス、しようぜ!」(後編)]] *投下順で読む Back:[[廃墟症候群]] Next:[[「エクソダス、しようぜ!」(後編)]] |232:[[請負人Ⅱ ~願う女、誓う男~]]|ゲイン・ビジョウ|237:[[「エクソダス、しようぜ!」(後編)]]|