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「ゲインとゲイナー」(前編) - (2022/01/19 (水) 06:49:50) のソース
*「ゲインとゲイナー」(前編) ◆LXe12sNRSs 「――いっ~~~~~~~~~~~~~~でェッ!!!」 注射を痛がる子供のような声を上げて、レヴィは瞳から涙を零した。 「こっのバカゲイナー! もっとまともに治療できねェのか!」 「無茶言わないでください。こっちは下手なりに頑張ってるんですから。死なないだけマシだと思ってください」 場所はフェイトとの合流地点に定めておいたE-6駅舎内……ではなく、駅周辺の喫茶店。 ゲイナーはその辺の薬局でくすねてきた痛み止めと包帯を用い、レヴィの銃創を治療していた。 医療の心得がないゲイナーの処置など急場凌ぎの意味しかもたないが、それでも放置しておくよりは幾分かマシである。 レヴィも拙い手つきに度々文句は垂れるものの、手当て自体を拒んだりはしなかった。 「――レヴィも怪我の割には元気みたいで、少し安心しました」 ゲイナーとレヴィのやり取りを見て、側にいたフェイトが柔和な笑みを浮かべる。 「そっちは変わったじゃねェか。あたしはてっきり、まだ泣きべそかいてるもんかと思ったんだけどよ」 「もう立ち止まらないって決めたから……それに、レヴィにも負けてられませんから」 「ハッ、ガキらしいハッピーな考え方だな。ま、あたしにゃ関係ねェけどよ」 悪態づくレヴィだったが、フェイトはそんな彼女の態度をやんわりと流している。 レヴィも必要以上に絡もうとはしないので、心労が溜まるほどの険悪な雰囲気になることはなかった。 時間の経過に伴って、互いが互いを認め合い始めたのかもしれない。思う存分銃を撃ち鳴らした反動で、ただレヴィが上機嫌なだけかもしれないが。 どちらにせよ、ゲイナーにとってはホッと息の休まる穏やかな時が流れていた。 五回目の放送で呼ばれた死者の人数は7人。これで残りは23人となってしまった。 ゲイナーたち三人を差し引いても20人。そこからトグサや橋での襲撃者を除いていけば、人数はさらに減る。 まだ見ぬ参加者の中に、果たして脱出の鍵を握る者はいるのだろうか。 ゲイナーは即渡すはずだった首輪に関するメモを手中で弄びつつ、ただ時の流れを待った。 「んなことよりよぉ、いつまでこんなチンケなとこで燻ってるつもりだ? 本当に来るんだろうな、テメェの見つけた仲間ってのは」 「ええ。六時にこの喫茶店で合流する……はずだったんですけど、さすがに遅いですね」 わざわざ合流地点の駅から場所を付近の喫茶店に移したのには、訳がある。 その訳というのも、フェイトがゲイナーたちと別行動中に新しく仲間にしたという人物との取り決めで、 当初の予定では六時前にこの喫茶店でフェイトとその人物が合流、そこから駅にてゲイナーたちと合流する手筈だったらしい。 だが言い出しっぺである新たな仲間は六時になっても喫茶店に現れず、このまま喫茶店で待ち続けるのも非効率的なので、先に駅でゲイナーたちと合流したというわけだ。 そして三人揃った上で、改めてその新たな仲間とやらの帰りを待っている。 「フェイトちゃんが見つけた新しい仲間っていうのは、人探しをするために市街地を探索してるんだよね? ここまで待って現れないっていうことは、何かトラブルに巻き込まれたと考えた方がいいんじゃないかな?」 「そうですね。もう少し待って来ないようなら探しに…………」 『Sir』 フェイトが捜索に躍り出る意志を示したあたりで、彼女の傍らにある斧のようなデバイス、バルディッシュが喋り出した。 一人と一本が二、三言葉を交わし、やがてフェイトは安心したような笑みを浮かべてゲイナーに向き直った。 「探しに行こうかと思いましたけど、もうすぐ近くまで来てるみたいです。迎えに行ってきますね」 そう告げて、フェイトは喫茶店の外へ出て行った。 バルディッシュがフェイトに何らかの情報を与えていた様子から察するに、彼女が話していたエリアサーチなる魔法が、仲間の接近を感知したのだろう。 喫茶店に残されたゲイナーはまだ見ぬ仲間の到来を心待ちにしつつ、やや高揚した気分でレヴィにこんな言葉を投げかけた。 「どんな人なんでしょうね、フェイトちゃんが見つけた仲間って」 「興味ねェけどな。ま、こういう時のお決まりパターンとして、大概はどこかで会った顔見知りだったりするもんさ」 「ひょっとしたら、映画館で分かれたカズマさんだったり?」 「もしそうなら顔合わせた瞬間にBANGしてTHE ENDだ。スタッフロールの準備でもしとくんだなー」 実のところ、その新しい仲間の正体というのはまだ知らされていないでいる。 フェイトによると、とにかく心強くて頼りになる人物らしく、協力関係を結ぶことで幸を齎すことは確実だという。 何故フェイトがその人物の正体を秘密にしておくのかは分からない。 もしかしたら子供特有の遊び心でも働いているのかもしれないし、その人物に口止めされている可能性も考えられた。 要は、会うまでのお楽しみ、ということらしい。 故にゲイナーはトグサと出会ったことや首輪の解体に成功したこともまだ告げておらず、その新たな仲間の到来を待ち望んでいた。 今までに抱いてきた数々の希望は、どういう形であれ必ずと言っていいほど打ち崩されてきたというのに。 「――よぉチャンプ。久しく見てなかったが、随分と逞しい顔つきになったじゃないか」 あぁ、だから言ったのに。 不意に開けられた扉の向こうから覗いた顔は、ゲイナーにとってとても見知った顔だった。 それはもう、嫌というほどに。ゲイナーは深く溜め息をつき、思わず顔を俯かせた。 「……っておい、なんだその無反応は。顔馴染みに再会したってのに、挨拶なしか」 「……まだ生きてたんですね、ゲイン・ビジョウさん。道中影も噂もなかったんで、てっきりどっかでのたれ死んでるのかと思いましたよ」 これまでの良識溢れるゲイナー少年のものとは思えない、冷めた視線と嫌みったらしい中傷が飛ぶ。 ゲイナーが初めて見せる物臭な態度に隣のレヴィが失笑していたが、ここはあえてスルーしておく。 ――ともあれ、フェイトが連れてきた新たなる同志というのは、ゲイナー・サンガにとって最も因縁深い人物、ゲイン・ビジョウだった。 狙撃の名手で、アナ姫の誘拐実行犯で、女たらしで、シルエットマシン・ガチコのパイロットで、エクソダス請負人のゲイン・ビジョウ。 それこそフェイトが知らない事細かなプロフィールだって知っている。出会う以前の過去の素性については、アスハムに付け狙われるようなことをした、くらいしか知らないが。 「フェイトちゃん、この人に何かされなかった? 暗闇の藪の中に押し込まれたり、誰もいない個室に連れ込まれたり」 「へ、えっ?」 ゲイナーが投げかけた思いもよらぬ質問内容に、ゲインの後ろで入り口の扉をそっと締めたフェイトは目を白黒させる。 フェイトも律儀なもので、気遣いの眼差しを向けてくるゲイナーに対し、つい真実を口にしてしまう。 「えっと……暗い部屋で二人一緒にお話ならしましたけど」 「おい、俺を無視しておいてフェイトに尋ねることがまずそれか? ってコラ、やれやれと言わんばかりに首を振るなゲイナー!」 新たな仲間は、確かに『心強くて頼りになる仲間』ではあった。 実際のところ、彼がいなければヤーパンへのエクソダスなど当の昔に潰えていただろうし、様々な面で自分より秀でていることは認める。 女性の信頼を勝ち取るのも彼ならば容易いだろうし、このサバイバル空間で八面六臂の大活躍をする姿も優に想像できた。 だが根本的な問題として、ゲイナーはゲイン・ビジョウという人間があまり好きではない。 理由は簡単。それはゲインが、ゲイナーの嫌う最もな傾向である『嘘つきな大人』だからだ。 もっとも、これは初遭遇の時に植えつけられた悪しき印象であり、生活を共にしていく上でその認識もある程度は緩和された。 だが第一印象というのは根強く残るもので、あくまでも緩和された程度にすぎない。 ゲイナーにとってゲインという男は、イマイチ信用の置けない微妙な位置にいるのだ。 「……っと、そちらの麗しいご婦人はゲイナーのお連れさんかな? いやはやゲイナー少年は奥手かと思ったが、なかなかどうして……サラが知ったらなんと言うか」 「ヘイ、オッサン。こいつの知り合いらしいが、あんまふざけたことぬかすなよ? こちとら仲良しごっこするためにいるんじゃねェんだ」 女性は女性、幼女であろうと熟女であろうと紳士な対応を変えないゲインは、ゲイナーの隣にいるレヴィに声をかけた。 レヴィもゲイン同様自己のスタンスは崩さず、相手が知り合いの知り合いだからといって、牙のように研ぎ澄まされた警戒心を解くことはしない。 「オッサンとは手厳しい。しかしその凛々しい物言いも魅力的です」 「ヘーイ、ゲイナー……このオッサンは何言ってやがるんだ? できたら通訳してくれ」 「どうです? この茶番が終わった暁にはぜひ一緒にお食事でも」 「食事に誘ってるみたいですよ」 「ヘーイ、ヘイヘイヘイヘイヘイ、ちゃんと耳に穴開いてるかオッサン? あたしはふざけたことぬかすなって言ってんだ。 要するに『ダ・マ・レ』だ。理解が追いついてんならちゃんと返事しな」 「ゲイナー、このご婦人のお名前は?」 「レヴィさんです」 「レヴィか……それはそれはときめくお名前で――」 ――瞬間、レヴィの頭にある『何か』が弾けた。 腰元から即座にベレッタを引き抜き、同様にゲインもウェインチェスターを振り翳し、互いの銃口を向かい合わせる。 あっという間に両者が銃を向け合うという最悪な状況が出来上がり、その場にいた誰もが硬直した。 「……あたしは人の話を聞かないヤローってのが大嫌いでね。ついでに言うとくだらないジョークを並べるオッサンも大嫌いだ」 「それは失礼を。だがあいにく、俺はまだ28でね。オッサンと呼ばれるほどの歳じゃない」 レヴィの唯我独尊な性格を知ってかしらずか、ゲインは普段どおりの冗談めいた言動をやめようとしない。 猟犬と銀狼の視線が交差し、スラム街でなければ味わえないような張り詰めた緊張感を漂わせる。 「あいにくと、あたしはこのアマチャンほどお人好しじゃなくってね。気に入らねェ奴は誰彼構わずぶっ殺す。 そこら辺理解してんならさっさとその銃下ろして消えな。んで、二度とあたしの前に姿見せんな」 「そいつは大変だ。だが俺はこれからこの二人と大事な話をしなくちゃならない……が、命も大事だ。 今の銃を抜く手際の良さから察するに、早撃ちじゃ君には敵いそうにない。 これでも、向こうじゃ『黒いサザンクロス』なんて呼ばれてたんだが、形なしだな」 「ヘー。テメェもガンマンかよ。だったらおもしれェ。退屈しのぎにあたしと早撃ち勝負でもしてみるか?」 「ガンマンというよりはスナイパーと呼んでもらった方が性に合ってるな。 早撃ちはそれほどでもないが、飛んでくる銃弾を後発の弾で撃ち落すくらいの狙撃の腕は自負してるつもりだ」 「そりゃますますおもしれェ。ヘイゲイナー、合図よこしな。このオッサンに目にもの見せてやる」 まただ。レヴィと一日を共にし、いったい何度こういった境遇に巻き込まれただろうか。 ゲイナーは何度目になるか分からない溜め息を吐き、今度はどうやってレヴィを沈静化しようかと悩んでいると、 ふとゲインが空いた手でポケットを探っていることに気がついた。ただでさえ一触即発な状況に、この男は何を加えようというのか。 ゲイナーがハラハラした面持ちでゲインの動向を見守っていると、ゲインは一枚の紙をレヴィの眼前に指し示した。 ゲイナーの目にも入ったそれには、こう書かれていた。 『脱出に繋がるかなり重要な情報を握っている。協力をして欲しい』 それは、かつてフェイトとの筆談に用いられた用紙の一枚であり、それ一枚でこの硬直状態を解くには十分な威力を秘めたものだった。 「テメェ……このあたしと取引しようってのか?」 「君がそういった性格なのは理解した。そして理解した上で考えさせてもらった。君がゲイナーと行動を共にしていた理由をだ」 ゲインは一足先にウェインチェスターを下ろし、レヴィから銃口を背ける。 「銃の扱いに長けたピープルといったら、大抵は軍人か裏家業につく奴がほとんどだ。そしてそういったスキルは、この殺し合いでも遺憾なく発揮される。 だが見たところ、君はゲームに乗った快楽殺人者というわけでもない。ゲイナーと行動するメリットはなんら感じられないな。 だとするとだ。君はゲイナーとなんらかの取り決めをしたんじゃないか? 例えば、ゲイナーをガードする変わりに物資を要求したりな――」 ゲインの立てた推測は、概ね九十点くらいは上げて問題ないデキだった。 事実、レヴィは首輪の解除を報酬にゲイナーのボディガードをするという契約を果たしている。 これはギガゾンビの言いなりになって他者を殺しまくるよりは、首輪を外して一泡吹かせてやる方が面白いと判断したからだ。 それ故に、脱出というキーワードはレヴィの中でも相当なウェイトを占める。決して無視することはできない誘いだった。 「……ハッ、いっけ好かねェー。また人が増えたかと思ったら、ことごとくあたしの気にいらねェヤローばかりだ。 オーライだオッサン。滅茶苦茶ムカツクが、ここは一先ず休戦ってことにしといてやるよ」 「それはありがたい。だがさっきも言ったとおり、俺はオッサンじゃない。俺の名前はゲイン・ビジョウだ」 「へいへい、それはときめくお名前で」 「でしたらどうです? 改めてお食事の約束でも――」 「「ゲインさん!」」 このままではいつまで経っても話が進まない。 痺れを切らしたゲイナーとフェイトはゲインを叱り飛ばし、これ以上いざこざが起きないよう見張った。 当の本人はやれやれと肩を竦め、椅子に腰を押しつかせる。 そしてようやっと、『脱出』と『首輪』、二つの情報がリンクする時がやってきた―― ◇ ◇ ◇ 「そ、そんな……」 四人が向かい合って座る円卓に無数の紙を広げ、筆談でやり取りしているにも関わらず、ゲイナーはゲインの提示した情報に声を上げて仰天せざるを得なかった。 ゲイナーの両隣では、彼の驚愕顔を微笑ましく見つめるフェイト、大した驚きも見せず頬杖をつくレヴィ、そして向かいには、ニヤついたゲインが座っている。 「どうだゲイナー? 俺が一日を懸けて入手した情報の数々は」 「……不本意ですけど、あなたがエクソダス請負人だってことを、改めて思い知らされたような気がしますよ。ホント不本意ですけど」 ゲイン・ビジョウが提示した一枚のメモ。ビッシリと書かれたその紙面には、驚くべき有力情報の数々が記されていた。 中でも特筆して有益だったのは、この世界が六つの亜空間破壊装置によって維持されているという情報だ。 会場内に隠された六つの装置を破壊すれば、タイムパトロールや時空管理局といった外部組織との連絡が可能。 そしてその装置は、残すところを寺と温泉に隠された二つのみだという。 度肝を抜かれるとは正にこのことだった。禁止エリアの不可解な配列とギガゾンビの漏らした僅かなキーワードから、これだけの答えを導いてしまうとは。 エクソダス請負人という肩書きは伊達ではない。世界は違えども、ゲインはここでも立派に先導者として機能していた。 『亜空間破壊装置、それに監視と盗聴の仕組みについては理解したな? なら問題は、ゲイナーとレヴィ二人の首輪にある盗聴機が健在かどうかなんだが、これまでの経緯を思い返してみてどうだ?』 『そうですね……銃撃戦やそれ以上の規模の戦闘に巻き込まれたことはありますけど、壊れているかどうかと聞かれたら正直微妙です。 フェイトちゃんの関与した戦闘にも僕たちは不干渉だったし……レヴィさんはどうですか』 「知るかよ。じゅ……」 「レヴィさん!」 筆談進行を心がけている三人から三叉槍のような突き刺さる視線を浴びせられ、レヴィは不承不承ながらもペンを握った。 「チッ、メンドクセェなぁ……『銃ぶっ放したくらいじゃ壊れねェってんなら、たぶん壊れてないんじゃねェか』」 落書きのような筆跡でその一枚だけを指し示し、それ以降レヴィは不貞腐れたような剥れっ面をして押し黙ってしまった。 ゲイナーとレヴィの盗聴機がまだ機能しているかどうかが未知数なこの現状では、不用意な発言も命取りとなる。 レヴィも与えられた仕事はそつなくこなす人間なだけに、ちゃんとした信頼関係の下ならこのようなハラハラした思いもしなくて済むのだが……明らかにゲインとの一件がマイナス作用を生んでいた。 『でも、これでまた前に進めますね。まさかゲイナーたちがトグサに接触できていて、しかも首輪の解体にも成功していたなんて』 『ああ。これには俺が一番驚いてるよ。ただのゲームチャンプが、意外な活躍を見せてくれたもんだ』 『それはどうも。でもゲインさんの功績の前では、僕の活躍なんて足元にも及びませんけどね』 レヴィ同様に頬杖をつき、不貞腐れたような態度でゲイナーはそう記した。 首輪の解体に成功したといっても、それはトグサの技術手袋があったから成しえた功績。 その上、中身の機械に関してはまるで正体を見い出させていなかった。対してゲインは、既に首輪の内部構造を主催側の人形から聞いている。 まだ確実な首輪解除の足掛かりを掴んだわけでもないゲイナーが、それほど誇らしい気分でいられるはずもなかった。 『拗ねるなよゲイナー。お前さんがトグサと接触できたというのは実に大きな功績だ。 それに、ラッシュロッドの時間停止を使って首輪の機能を一時的に麻痺させるという発想も面白い。 が、残念ながらこの世界にラッシュロッドは存在しないだろうな。巨大兵器は人の手にあまる』 『分かってますよそんなこと。それでフェイトちゃん、質問なんだけど、魔法の力で首輪の機能を一時的に停止させたりはできないかな?』 『そうですね……機械の機能を停めるっていう類の魔法もあるにはありますけど、 それはいずれも大掛かりな動きを停めるためのバインド系の魔法になります。 この首輪みたいに小さくて、それも内部の導火線が作用しないように制御するとなると、私の技術では……』 『そっか……魔法でも駄目か……』 『魔法というからには、時間を止めるくらいのことはできそうだがな。なにせオーバースキルでも可能なことだ。その辺はどうなんだ?』 『時間を止めるというのとはちょっと違いますけど、似たような魔法ならあります。 封時結界と呼ばれる結界魔法なんですが、これは通常空間から特定の空間を切り取り時間信号をズラす魔法で…… 言ってしまえば、亜空間破壊装置と同じような効果を持ちます。 この結界内ならギガゾンビの遠隔爆破にも対応できますが、機械の機能を停止させるまでには至りません。 そもそもこの世界では魔法の力が制限されていて、私の実力じゃ結界魔法は張れなくなってるみたいです』 『力の制御が成されている……魔法といっても、万能ではないというわけか。ギガゾンビも抜かりのないことを』 言葉を発することなく唸り合う三人と、それを面白みもなく眺める一人の時間は、無情にも過ぎ去っていく。 こうしている間にも、残りの人数は減少の一途を辿っているに違いない。 不条理な世の中に己の無力さを噛み締めながらも、今はあるのかどうかも分からない答えを、想像の海から探し出す他なかった。 「ったく、なに小難しいことタラタラ並べてやがんだよ。ようはこれが外れりゃいいわけだろ? もっとシンプルにいこうぜ」 筆談に参加する気ゼロのレヴィが、進展を見せない様に文句を垂れる。 「そのシンプルにいく方法が見つからないから、小難しいことタラタラ並べて考えてるわけじゃないですか」 「頭がカテェなゲイナー。根詰めてお勉強もいいがよ、時には脳ミソ空っぽにしてリラックスするのも手だぜ?」 「僕たちはレヴィさんほど簡単な思考はしてませんから」 「へぇへぇそうですか」 場の空気を読まないレヴィの発言に苛立つゲイナーだったが、向かいに座る男はそれを無碍に扱おうとはしなかった。 口元に手を当て、しばし思案顔になる。 『……いや、確かに俺たちは、少し小難しく考えすぎてるのかもしれない。レヴィ、君の意見も聞いてみたいんだが、一筆お願いできるかな?』 それまで何も考えていなかったであろうレヴィに対し、ゲインはそっとペンと紙を差し出した。 納得いかないのはゲイナーだ。レヴィは『力のある大人』ではあるが、精神年齢は著しく低い。 こういった作戦会議の場で有益な意見を出したことなど皆無だし、そもそも会話に参加しようとしたことすら稀だ。 ゲイナーはそういう認識でいたために、このゲインの取った行動を「どうせ無駄」としか思わなかった。 しかし、予想に反してレヴィはペンを取り、 『そうさな……シンプルに考えて、分かんねェことは知ってる奴に聞くのが一番手っ取り早い。 武器のことなら武器屋、病気のことなら医者、裏のことならマフィアって具合にな。 なら聞けばいいのさ。知ってる奴に。ゲイン、テメェの持ってきた情報だって、そのツチダマとかいう人形からぶんどってきたんだろ?』 相変わらずの乱暴な筆跡で、そう記した。 レヴィが易々と筆談に応じたのも意外だったが、その考え方についても感嘆せざるを得なかった。 分からないなら知っている人間に聞けばいい。学生が教師に教えを請うのと同じだ。実にシンプル。 一見、そんな教師的人物などいるわけがない、と呆れるような内容ではあるが、ゲインの前例を考えると一概にそうとも言えない。 そう、ツチダマだ。参加者と同じくゲーム内に滞在し、主催側にも通じているキーパーソン……レヴィの考えはつまり、そいつらから首輪解除の情報を聞き出すということだった。 『そんな、裏技みたいな真似……』 『だが実際、俺はツチダマを尋問し情報を得ることに成功している。レヴィの考えはシンプルではあるが、それ故に俺たちでは思いつかなかった』 『確かに盲点でした……ゲインの話によるとツチダマは亜空間破壊装置の側、つまり私たちが破壊した分を除いても、寺と温泉にいるはずなんですよね?』 『ああ。そいつらから情報を搾り出せれば、俺たちの悩みは一発で解決する』 『でも、首輪は解除できないことを前提として作られているんですよ? だからゲームも成り立つ。 ツチダマを問い質したとしても、僕たちの望む答えが返ってくる保証なんてない!』 『もっともな意見だ。だが試してみる価値はある。どうせ装置を潰しに行けば嫌でもツチダマと会うことになるんだしな』 レヴィの意見で話が進展したことが不満なのか、それともレヴィから意見を引き出したゲインの手腕が気に入らないのか、ゲイナーは複雑な顔を作っていた。 この一日、ゲイナーとレヴィはほとんどと言っていいほど一緒に行動していたわけだが、彼は彼女をただのトリガーハッピーとしか見ていなかった。 その点、ゲインは違う。下手な先入観を持たぬ分、公平な目でレヴィの本質を見抜くことが出来る。 さすがは生粋の女たらし。女性を見る目が鋭いというかなんというか……改めて、ゲイナーは色々な意味でゲインを見直した。 『だとすると、やっぱりここは当初の予定通り、ゲイナーとレヴィの二人に残り二つの亜空間破壊装置を潰しにいってもらいましょうか?』 『そうだな……ゲイナー、お前はどう思う?』 『僕は反対ですね。理由は四つあります。 まず一つ目、レヴィさんは怪我人です。主催者が罠を施しているとも限らない場所に向かわせるには、不安要素が付きまとう。 二つ目、レヴィさんはそんな繊細な仕事をこなせる人じゃない。派手にドンパチやらかして、主催者に気づかれるのがオチですよ。 三つ目、レヴィさんは他人の指図を易々と受けるような人じゃない。物で釣るか何かしないと、動きやしませんよ。 それに四つ目ですが――』 「……ヘイ、ゲイナー。お前、最近ヤケに勇敢になったじゃねェか。ここいらでもう一度、レヴェッカ姐さんの調教が必要か? あン?」 横から蛇のような睨みを利かせられ、ゲイナーの筆が止まる。 かなり特殊なデコボココンビにゲインとフェイトの二人は苦笑し、筆談を再開させた。 『四つ目は――ギガゾンビに気づかれる可能性が高い。これ以上装置の破壊を続けるなら、首輪を解除してからの方が安全だ。 そう言いたいんじゃないか、ゲイナー?』 『え? ああはい、そのとおりです』 震える筆跡を考慮して、ゲインがゲイナーの言わんとすることを先に言い当てた。 『残りの装置はあとたったの二つだ。そしてその二つはいずれも北東に位置し、近場にある。 片方が破壊されたと知れれば、当然もう片方の守りは堅いものとなるだろう。 例えば、施設に近づいただけでボカン……とかな。ただでさえ、既に四つの装置が破壊されているんだ。奴さんの警戒心も強まるさ』 『そうなってしまったら目も当てられない。残りの二つは、幸運にもすぐ近くの位置関係にあります。 潰すならまず首輪を解除して遠隔爆破の心配を除去、その上で一気に畳み掛ければ、相手に罠を施す暇は与えません』 『さすがはゲームチャンプだ。対戦相手の思考を的確に捉えている』 ゲイナー本来の持ち味がやっと発揮され、ゲインは作戦を共同する仲間として微笑まずにいられなかった。 バトルロワイアルなどというのは、言ってしまえばサバイバルゲームのようなものだ。 対戦相手やルールの裏に隠された盲点を突き、先の先を読むことこそ勝利の鉄則。 そしてゲームチャンプたるゲイナーは、その鉄則を十二分に心がけている。 相棒としておくには、これ以上ないほどに頼れる存在なのだ。 ……などということがゲインの口から漏れることは絶対になく、煽てるような口調でゲイナーと接するのは相変わらずだった。 『いやはやさすがだ。俺なんか足元にも及ばない。これからはゲイナーくんのことを、ミスター・チャンプと呼ぶことにしよう』 『ふざけたこと言わないでください。それより、話を進めますよ。 とにかく僕の意見としては、これ以上ギガゾンビの警戒心を悪戯に強める行為は危険だと思います。 装置の破壊は一旦保留にして、首輪解除の方に全力を注いだ方がいい』 『私もゲイナーに賛成です。装置を全て破壊すれば外部との連絡も可能になり、ギガゾンビを追い詰めることは容易になります。 でもその反面、相手もそれ相応の措置を取ってくるはずです。 遠隔爆破が可能という今の状況では、装置を破壊したとしても私たちの不利は覆らない』 『つまり二人は、まず首輪をどうにかしてから装置を潰しにいくのが懸命だと。レヴィ、君はどう思う?』 『その辺の算段はあんたらに任せるさ』 『そうか』 さて、どうするべきか。 レヴィの提案した『ツチダマを尋問し首輪解除の方法を聞きだす』という作戦も一考の余地はあるが、『今寺や温泉に近づくのはギガゾンビの警戒心を強めるだけ』というのがゲイナーとフェイトの意見。 いつの間にか四人のリーダーポジションについていたゲインが、この先の指針を定める決定権を握っていた。 悩むこと数十秒。ゲインは天井を仰いだり、記憶の海をひたすら遡行してみたり、窓の外を眺めたりして、皆の視線を集めた。 粛々とした雰囲気が喫茶店内を包み込む。判断を待つ三人の誰かがゲインに話しかけようとしたところで、 「……よし!」 小さく、ゲインが気合を入れた。 決意定まったような速筆でペンを走らせ、これからの方針を書き記す。 『まず今後のことについてだが、ゲイナー、フェイト、レヴィの三人は、このまま病院に向かってトグサと合流してくれ。 合流後はそのまま病院で待機。12時を目安に俺も病院で合流する』 『三人って……ゲインはどうするの?』 『俺はここより南に位置する施設、遊園地に向かってみようと思う』 『遊園地?』 顔を見合わせて首を傾げるゲイナーとフェイトの二人に、ゲインは説明のための一文を書き記した。 『遊園地にも亜空間破壊装置が配置されていたんだが、これは劉鳳という参加者の手によって偶発的に損壊してしまったらしい。 この情報をモールダマが知っていたということは、遊園地にいたツチダマがそれを仲間内に連絡したということだ。 なら、恐らく遊園地にもツチダマはまだいる。俺はそいつを探し出し、改めて情報収集をしてみようと思う』 『なるほど……でもそれは危険です。ただでさえゲインは怪しい単独行動が多いんだし、もしギガゾンビに目を付けられていたら……』 『なーに、駄目でもともと、ツチダマが見つからないようならすんなり撤退するさ。 それにまだ立ち寄っていない施設なら、有益な情報が取り残されている可能性だってある。 ちょっとした冒険心からくる流れ旅だ。一人で突っ走ったりはしない』 『でも、あまり利益を齎しそうな行動とは言えませんね。そんなことをするくらいなら、四人で固まって安全度を優先した方がいいと思いますけど』 『あまいなゲイナー。確かにフェイトやゲイナーたちを襲った襲撃者がまだ蔓延っている現状、安全確保は最重要事項と言える。 だが何も全員が凝り固まっているばかりが最良というわけじゃない。いざという時に動ける伏兵がいた方がいいとは思わないか?』 『一理ありますね』 『確かにそうかもしれませんけど』 『それになゲイナー、もう一度この紙面をよく見て欲しいんだが、何か気づくことはないか?』 そう言って、ゲインはゲイナーの目の前に一枚のメモを指し示す。 それは、首輪に関する事項を纏めたメモだった。気づくも何も、これを書き記したのは他でもないゲイナー本人である。 今さら注目するところなどないように思えるが…… 『あまいな。大あまだゲイナー。お前は俺に何を教えられた? 首輪を解体した時点で気づかなかったのはしょうがないとしても、今のお前は俺の情報によって首輪の中身をほぼ全て把握しているはずだ。 首輪を構成している機具は五つ。爆弾と盗聴機、禁止エリアと遠隔装置の電波を受信する機械、そして戦闘データの計測器。 あ る べ き は ず の も の が な い こ と に 気 づ か な い か ? 』 行間を開けてその一文を強調してみせるゲイン。 ゲイナーはその意図を捉えることができず、同様にフェイトも首を傾げ、レヴィは黙ったままペンを握ろうともしなかった。 『分からないなら仕方がない。これが最終ヒントだ――お前が解体した首輪は、どうして解体できたんだ?』 その一文を目に捉えた瞬間、ゲイナーはハッと口を開き、雄々しく立ち上がった。 「――そうか! そういうことか!」 *時系列順で読む Back:[[第五回放送]] Next:[[「ゲインとゲイナー」(後編)]] *投下順で読む Back:[[運命に反逆する―――――――!!]] Next:[[「ゲインとゲイナー」(後編)]] |250:[[自由のトビラ開いてく]]|フェイト・T・ハラオウン|261:[[「ゲインとゲイナー」(後編)]]| |256:[[暗闇に光る目]]|レヴィ|261:[[「ゲインとゲイナー」(後編)]]| |256:[[暗闇に光る目]]|ゲイナー・サンガ|261:[[「ゲインとゲイナー」(後編)]]| |250:[[自由のトビラ開いてく]]|ゲイン・ビジョウ|261:[[「ゲインとゲイナー」(後編)]]|