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『FigureLess』VS『Amalgam』 - (2022/02/11 (金) 19:56:08) のソース
*『FigureLess』VS『Amalgam』 ◆A.IptJ40P. ◆ 正義の味方。 誰もが一度は憧憬し、誰もが何時しか挫折する。 見果てぬユメと呼ばれるに相応しい、届く筈の無い気高き理想。 ◆ 漆黒が迫る。 膨張する闇と雷。絶影が飲み込まれるまで一弾指。 破滅の円から逃れんと全速力で絶影を機動させる。直撃まであと――― ―――ホワイトアウト。 ◆ 刹那、解き放たれた深淵の闇は、漆黒の雷を纏い世界を侵す。 半径にして五十メートル余り。それだけの空間が一挙に埋め尽くされた。 「……殺った、のかしらねぇ?」 その爆心地に立つ水銀燈の独白。 彼女が放った魔法はデアボリック・エミッション。ランクにしてS-の広域攻撃魔法。 その攻撃範囲は、フェイトのソニックフォームをして回避不能と言わしめた程のものだ。 純粋魔力攻撃である為、物理的破壊力は無い。しかし、魔力を持たない人間にとってはそれだけで致命傷。 拡大速度、範囲共に制限されているとはいえ、あの男は重傷を負っていた上に疲労困憊。避けられよう筈も無い。 だが、とどめは確実に刺す。油断した所に手痛い反撃を貰うのは御免だ。 拡散し切った闇は急激に薄れ、消えた。視界が晴れる。 彼女が見据えるそこには、倒れ込む男の姿が――― 「―――何を喜んでいる。 そんなもので―――俺を、絶影を捉え切れるとでも思ったか」 ―――無い。 (……嘘、でしょう!?) それは、二重の驚愕だった。 一つは、デアボリック・エミッションを回避されたこと。 もう一つは、声の聞こえた方角だ。 ―――背後。 振り返るのと同時に、声が響く。 正義の味方の、声が。 ◆ 人形が振り返るのを、何処か曖昧な視界で捉える。 意識が白く染まった次の瞬間には、異形の蛇へと転じた絶影と共に、奴の背後へと移動していた。 全身に虚脱感が満ち、今にも脚から崩れ落ちそうだが、そんな事はどうでもいい。 疑問は一つ。何故、絶影は今に限ってここまでの速度を発揮出来たのか。 「―――何だ。簡単なことじゃないか」 元より、俺に出来たのはたった一つだけ。 否、あらゆるアルター使いにとって、出来ることはただ一つ。 一口にアルターと言っても、能力や形態は千差万別。中には姿を持たないアルターまで存在する。 だが、一つだけ、あらゆるアルターに共通する事がある。 それは、 「……意志だ。俺には、それが足りなかった」 そう。違ったのはそれだけだ。 何もかもをかなぐり捨てて、それを貫き通さんとする意志。 それこそが、全てのアルターを駆動させる唯一無二にして最強の動力源。 「……なぁんですってぇ?」 胸の銃創から流れ出す血液。生命そのものが刻一刻と目減りしていく。 だが―――火の点いた魂には、燃え尽きる気配など無い。 「……答えなさい!」 人形の、苛立ちを込めた言葉。同時にその翼から放たれた漆黒の羽根が驟雨として襲い来る。 しかし―――遅い。羽根の速度は絶影に比してあまりにもスロウリィ。 「柔らかなる拳―――烈迅」 大気を切り裂き奔る二本の触鞭。かつて無いほど軽く鋭く宙を駆け抜ける。 最初の一振りで、軌道上の羽根を二十九、断ち切った。 返しの二撃目は複雑に変化する曲線軌道を描き、初撃から逃れた三十五を撃ち落す。 六十四の黒い切先。その全てが、役目を果たせず四散した。 愕然とする陶器じみた顔に視線を投げ、 「……どうした。その程度か。 ならば―――こちらから行くぞ! 絶影ッ!」 その巨体が、四つに裂けて掻き消える。 否、それは錯覚だ。単に、その速度が人間の視覚によって捕捉可能な限界を超えているというだけ。 前後左右へのフェイント、尾で大地を叩いて空中へと跳び、病院の壁を打ち据え粉砕し方向転換。 着地まで零秒、即座に反転全速機動。物理法則から半歩はみ出た理不尽な機動力によって攪乱する、絶影の基本戦術。 奴の視線が、泳いだ。その瞬間を狙い、 「……剛なる右拳、伏龍ッ!」 絶影の副腕、右肩背部に接続された鈍色の螺旋を射出する。 高速旋回するそれは、分厚い岩盤すら容易く貫く必殺の槍。 「―――楯!」 人形が左手を掲げ、平面の楯でそれを受け止めた。 火花を散らし軋みを上げる円陣の楯。穿たんと後端より炎を噴き上げる伏龍。 拮抗状態。だがそれは、一瞬にして終焉を迎えた。 差し伸べられる人形の右手。響く声。 『Photon Lancer』 稲妻が球体へと収斂。放電によって大気を灼く円錐が、こちらへとその切先を向ける。 「死に……な、さいっ!」 数は、八。尾を曳いて飛翔する雷光の鏃。 「剛なる左拳、臥龍ッ!」 左の副腕、銀の閃光が五つの魔弾を破砕。 残り三つ、伏龍を引き戻せば撃ち落せる。 攻撃に全力を注いでいる今、雷撃を避ける術は無い。伏龍を戻さなければ、三発が直撃してしまう。 だが、 「その程度で―――往くべき道を退けるものかッ!」 鮮血を吐き捨て、叫ぶ。 伏龍は楯を穿ち続け、臥龍もそれに続く。 そうだ、命などいらない。必要なモノは唯一つ、正義を果たした証。それだけで―――充分だ。 ◆ 伏臥する龍が漆黒の楯を打ち抜き、水銀燈の左肩に喰らい付いた。 光子の槍が異形の蛇に直撃し、劉鳳もろとも吹き飛ばす。 水銀燈は辛うじて受身を取るも、全身を襲った衝撃と肩の激痛によって意識を失った。 劉鳳はフォトンランサーの直撃は免れたものの、絶影が受けた衝撃によって意識を失った。 僅かに十秒。静寂が、大気を支配する。 ◆ ――――――夢を見ていた。とても幸せで、暖かい夢を。 ―――からたちの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ――― 「ねえ……その歌、何て歌なのぉ?」 ―――自分はジャンクではなかった。 「あ、この歌、タイトルは知らないんだ。おばあちゃんがよく謡ってくれたの。 ……一緒に謡う?」 ―――彼女は病気ではなかった。 「いいわよぉ、別にぃ……」 ―――そんな風に笑顔を浮かべる、幸福な日々の夢を。 ◆ ―――また、俺は届かないのか。 老人の時のように。 少年の時のように。 人形の時のように。 少女の時のように。 剛田武の、時のように。 ―――違う。 護れなかった過去があるなら、その遺志を背負って進め。 護れなかった悔恨の全てを、未来を護る意志へと変えて突き進め。 過去を背負い、果てしない未来へと手を伸ばし――― ―――掴み、取る! ◆ ―――そして、彼らは眼を開き―――現実を、その瞳に映し出す。 ◆ 幸福の幻影は、身を苛む激痛によって掻き消えた。 左肩の貫通創。出血は止まったが、完治にはほど遠い。筋肉や神経だけではなく、骨が完膚なきまでに砕かれている。 「……いい夢、見させて貰ったわぁ……」 だが、それはただの夢に過ぎない。有り得なかった可能性。 現実のifなど、何の力も持ちはしない。 しかし、自分が闘う理由はそれだけだ。 めぐの病気を治す、その為だけに闘ってきた。 「……だから……!」 眼の前の敵を、この男を打倒する――― 契約対象とし、力を吸い上げて殺すという手も有る。 だが、恐らく得られる力は微々たるものだ。そして、それによって殺してしまえば、魔力の供給が完全に途絶えてしまう。 生命が尽きようと、その意志を以って駆動させられるあの人形は止まらない。魔力供給の無い自分にそれを防げるか――― 結論―――そうなれば、あの男は必ずこの身に喰らい付く。 よって、契約の対象は凛のまま。距離が離れた所為か収奪量が落ちているが、それでも充分な量だ。 魔力を振り分ける。再生治癒、自身の強化、攻撃で均等だったものを、それぞれ一対一対八へ。 飛翔、浮遊の魔術を停止、肉体は彫像のように静止させ、魔術式の構成、展開のみに全てを注ぎ込む。 自分が得手とするのは中距離から長距離での射撃戦だ。近距離に入られた時点で敗北と同義。 ならば、それに備える意味は無い。この一戦、負ける訳にはいかないのだから。 「―――私は、あなたを殺す!」 持ち上げた右手を、祝福を与えるように差し伸べる。 一瞬にして、二百弱もの羽根を周囲に撒き散らした。 弾丸としての射出はしない。今のあの男に、そんなものは通用しない。 周囲に滞空させ、魔術の基点とする為のものだ。 半径四十メートルの球状に、光沢を備えた闇が満ちる。 ―――漆黒の羽根が形作る結界は、まるで真夜中を固めた天球図。 堕天使が空を翔る為の、闇より昏い道標。 ◆ 覚醒は色褪せた鉄の味だ。心に苦く染み渡る。 絶影の背中に倒れこんでいた体を強引に引き起こし、眼を閉じた。 ―――掴み取ったのは、言葉だった。 たった六文字のアルファベットで構成される、しかし、何よりも強い言葉。 ―――眼を、開いた。 眼前の女。黒い半球上に旋回する羽根、それに隠れた姿を見据える。 「―――貴様は言ったな、俺を殺すと。 ならば―――人類全てを、歴史もろとも殺す気で来い。 唯一無二の力を―――アルターがアルターと呼ばれる所以を見せてやる!」 体は未だ満身創痍、三度目の吐血が体に響く。 ―――もう、長くはない。 命が燃え尽きぬ内に、この女を断罪せねばならない。 口許を拭った右手を、歪な十字架を象るように振り払い、 「■.■■■.■■」と、 それを―――掴み取ったモノを呟いた。 ―――大地、樹木、岩塊、周囲の全てが、片端から切り刻まれては虹色の粒子へと霧散する。 ―――二本の腕と四本の副腕、人間の顔と胸の巨眼を備えた異形の蛇、絶影が虹色の粒子へと霧散する。 ――――――そしてその全てが渦を巻き集束し群青色の光を放ち、紺碧の、刃そのものに等しい装甲を構築していく。 全身を覆う蒼穹の藍。 両手には、魚の鰭に似た純白の刃。 頭の左右を覆う鋭角的なヘッドギア。 双の肩から生え出した、最も強固にして鋭利な装甲である巨刃。 「……まぁだそんなものを隠し持ってたのぉ?」 女の言葉。それを鼻で笑い、 「隠し持つ? 馬鹿を言うな。 これは――――――進化だ。俺が『得た』、力だッ!」 意志を以ってアルターを―――身体を駆動させ、右手を一閃。生じた衝撃波が宙を奔る。 球状結界に接触。その瞬間、幾本かの羽根が光と化してそれを相殺した。 ……対策済み、か……だが! ゆっくりと、左腕を上げる。鋭く伸ばした五指が、奴を指向する。 ―――覇、と鋭く呼気を吐き、 「正面から切り裂くッ!」 ―――距離、八十メートル。 二、四、八、十六、三十二と増える残像を背後に駆け抜ける。 「通すとでも―――思っているのかしらぁ!?」 黒翼の支配圏から羽根が飛び出し、即座に百花繚乱の魔弾へと変じる。 滑空を阻まんとする魔弾の群、クーゲルの軌道は六種、速度は悉くが可変。隙間を潰すように組まれた弾幕。 往くべき道は、奴の下へと到達する為の道は唯一つ。 右ではない。 左ではない。 上ではない。 避けて行ける場面ではない。 そうだ、ここは――――――全力を以って、抗う場面だ!! 「ォおおおおおおおおッッッッ!!」 ―――七十メートル。 曲線軌道を描く鉄弾を左手で弾く。大地から生え出す純白の槍を右膝でいなす。 ―――六十メートル。 定点から速射される雷撃魔弾の隙間を身を捻って潜り抜け、胴の旋回に倣った右腕が桜色の球体を両断。 ―――五十メートル。 強烈な気配を放って迫り来る鉄矢をあらぬ方向に弾き飛ばし、八を連ねて放たれた鮮血の刃を肩の装甲で受け流す。 「『アルター』の意味を教えてやる! ―――――――『進化する』という意味だ!」 拳を、大地へと叩き付ける。 巻き上がった衝撃波が羽根を吹き散らし、束の間の空白地帯を生み出した。 右手を払う。両肩の楯、ヘッドギアを共にパージ。右拳にその全てが移行。 半回転した右肩の楯の後端に左肩のそれが合致し、巨大な菱形の刃―――攻防一体の武装を形成する。 全攻撃力を前方へと集中し、唯一人を断罪する為の形態。 その全身を捻り、断罪の意志を右腕へと集中させ、 「受けてみろ―――俺の正義を、俺の進化を――――――俺が背負った意志の篭った、一撃をッ!」 振り抜いた。何よりも疾く、何よりも鋭く、全ての罪を断たんと無形の刃が解き放たれる。 ◆ 「―――俺が背負った意志の篭った、一撃をッ!」 死に体だった筈の男が放った衝撃波。それは、進路上の羽根を次々と切り裂きこちらへと進行する。 羽根が転じた幾多の障壁も、羽根が転じた幾多の魔弾も、その進撃を止められはしなかった。 あれだけの魔術を放ったのだ。隙は当然のように生じ、避ける余裕は無い。 ―――なら―――! 僅かに、右へと体をずらす。 それが限界だ。最早使い物にならない左腕は犠牲にし、致命的な損傷だけは避ける。 「―――私にも、背負っているものはあるのよぉ……!!」 但し、それだけで済ませる心算は毛頭無い。防御、回避の構成を諦めたという事は、つまりそれ以外に全てを懸けるという事だ。 ――――――攻撃に。 「―――彼方より来たれ、やどりぎの枝―――」 外観は単なる魔力の槍。だがその内に秘めるのは、死へ至る絶対の呪詛。 「―――銀月の槍となりて、撃ち、貫け!」 ―――北欧の神話に曰く、やどりぎの枝は、ただ一投を以って不死の神を刺し殺したという。 男の周囲、七つの羽根を基点に魔法陣が展開。光を放ち――― 「石化の槍―――ミストルテイン!」 ―――槍が、その右腕を滅多刺しに貫いた。 他の部分は狙わない。唯一点、最も厄介な箇所―――右腕だけは逃さないよう、周到に計算された射線で解き放った。 同時、真空の刃が、左腕を肩口から切り落とす。 歯を食い縛り、激痛に震える喉を押さえ込む。 お互いに、片腕を喪った。 しかし、状況は対等ではなくこちらが有利。自分は左腕を落とされただけだ。繋げる事も出来るし、そうでなくともこの体にとって致命傷ではない。 奴は違う。石化の呪詛は右腕を這い登っている。それが胴に至れば、循環系の停止が死に直結するのだ。 だが油断はしない。魔力配分を零、零、十へ。次なる攻撃魔術の構成を次々と編み上げ、展開する。 全ての羽根を前方へと散らし、全方位から取り囲む。 魔術式を解放、莫大量の魔弾を同時に生成する。 過剰な魔術行使に赤く染まり、無数の罅割れが走る視界。 その程度の代償ならば構わない。今はただ、眼の前の男を、 ――――――絶対に、殺す! 「―――これで、終わり、よっ!!」 ―――めぐの為に、彼女を救う為に―――!! ◆ 全力で一撃を放った、その隙を突かれた。 最も近接に存在した七本の羽、それらが全てが槍と化す。 まるで檻。前後左右、上下を問わずに射出された七連槍を、避け切る事は出来なかった。 四本は意地で避け、弾いた。だが三本が、右手を装甲ごと貫く。 ただ、衝撃だけがあった。 痛みは感じない。当然だ。生命の危険信号など、死体にとっては何の意味も持たない。 だが―――アルターの感覚までもが消えていく。 「何……!?」 見れば、槍が貫いた手の甲、肘、上腕から、群青が灰に侵されていく。 アルターが石へと変じ、力の感触が消えていく――― ……拙い……! 判断は、一瞬だった。 左腕を持ち上げ、拳を握り、純白の刃を以って――― 「……くッ……!」 右腕を、肩口から切り落とす。 硬い音を立てて落下したそれは、地面に堕ちると同時に石像と化した。 石化の毒を排除し、前を見据えると――― ――――――百余りもの魔弾が、こちらを睨み据えていた。 前だけではない。感覚で分かる。 後方、左右と上の全てに、それと等しい密度の弾幕が、主の命を待っている。 「―――これで、終わり、よっ!!」 下された言葉、それに発射への予兆を感じ、動いた。 喪失したのは右腕のみ、機動力は未だ損なわれてはいない。 絶えよ影、と。 自らのアルターの名を叫び、駆ける。 ―――四十メートル。 羽根を交えた嵐じみた光の奔流。存在しない右腕では弾けない。 故に、 「覇あああああああああああああッ!!」 前方からの第一波を左腕で振り払い、上は半身によって強引に掻い潜る。多少の被弾は無視。 左右は全身を旋回させ蹴り返し、後方は――――――この速度に、追いつけよう筈も無い。 ―――三十メートル。 「轟天、爆砕―――」 圧倒的な質量によって押し潰さんと、縦横八メートルの鉄槌が迫る。 「―――ギガント・シュラァァァァァァクッッ!!」 古代の城壁じみたその威に対し、左手を腰へ、五指を揃え――― 「こんなもので――――――俺の正義を止められると思うなぁッ! 切り裂かれて、灰となれぇぇぇぇぇッ!!」 鋼と純白、火花が散ったのは一瞬限り。その拮抗を代償に、巨大な鉄塊は両断された。 ―――二十メートル。 眼前、弓を引き絞った女の姿。 「引っ掛かったわねぇ!?」 理解―――鉄槌の目的は攻撃ではなかった。目隠しだ。 単なる幻影や、生半可な壁では衝撃波によって両断されると踏んだのだろう。 故に鉄槌、限界まで振り上げ、崩れ落ちる方向さえ制御してやれば、攻撃に平行して弓を構えることも可能。 「翔けよ、隼―――」 そこまで看破しても―――自分には、どうしようも無い。 「―――シュツルムファルケン!」 迫り来る一矢、一度は容易く弾いたものだが、今は右腕が無く、また姿勢が崩れている。 狙いは左肩、回避、防御共に不可―――受けるしか、ない! ◆ 爆音が、蒼穹へと木霊する。押し寄せた熱風、反射的に腕で眼を庇う。 全ては、この一撃の為の布石だった。 放ったのは単なる矢ではない。ヴォルケンリッター烈火の将、シグナムが最終奥義シュツルムファルケン。 到達速度、破壊力の二点を重視した疾風の隼だ。 濛々と立ち込める土煙。着弾直後に集積魔力を解放するファルケンは、強烈な爆風を巻き起こす。 「―――縛れ、鋼の軛」 駄目押し。奴がいるであろう位置へと向けて、ばら撒かれた羽根を基点とした捕縛魔術、そして羽根の弾丸を放った。 流石に、辛い。凛から奪い取っている魔力だけでは賄い切れず、蓄積していた魔力と真紅のローザミスティカまでもが削られた。 土煙が晴れる。それだけの代償を払った結果が、視界へと映し出される。 吹き飛ばされた距離は二十メートル余り。 群青の装甲は消え、 右腕は無く、 左腕は焼け焦げ、肩から千切れ飛び、 脇腹は槍に貫かれ、 両足には無数の羽根が突き刺さり、 唇からは血を零し――― ―――眼を閉じている、男の姿があった。 あの蛇の姿は、無い。 「随分とてこずらせてくれたわねぇ……でも、今度こそ……!!」 完全に、殺し切る。 剣十字の杖を生み、振り上げた。 真円の魔法陣が、足元に展開した。 それに連動し、背面には三角形の陣が展開。頂点へと、莫大な魔力が集束していく。 闇の書が記録している中でも、最強の直射型砲撃魔法。 ラグナロク。 「―――響け、終焉の笛」 ギャランホルンが、破滅の角笛が鳴り響く。 男は眼を閉じている。 掻き集められた魔力。圧迫された大気が悲鳴を上げた。 男は眼を閉じている。 眼を閉じ、全霊を魔力の制御へと傾ける。ここで制御に失敗し、暴発させては笑い話にもならない。 ―――――――――だから、彼女は気が付かなかった。 ―――――――――劉鳳が、その双眸を見開いたということに。 ◆ 剣十字の杖が、一際強い光を放ち―――振り下ろされる。 「―――ラグナロク!!」 ―――黄昏の前兆、収斂する破滅の光球。 劉鳳の視線―――断罪を諦めない、それだけを告げているような。 劉鳳の絶叫―――言葉にならない意志の発露。断罪を果たす為の叫び。 「■■■■――――――!!」 音―――大気が穿孔される高音。 水銀燈の驚愕―――首だけを背後に振り向ける。 劉鳳の断罪―――ヴェイパートレイル、音速超過の白い霧を曳いて飛翔する銀の閃光が二つ。 劉鳳の断罪―――眼を閉じない。意識を保ち、体の芯から最後の力―――命を一滴残さず搾り出す。 劉鳳の、断罪――――――伏臥の龍が、水銀燈を背後から貫いた。 ◆ 氷が砕け散る音。三つの光球が、跡形も無く消え去った。 体を貫き、支えていた槍が消え去り、うつ伏せに倒れこんだ。 消えていく絶影。僅かに悲しげな表情だったのは、錯覚なのだろうか。 同時に、からん、と乾いた音。 女が手にしていた杖が、地面へと転がり落ちた音だ。 倒れ込んだ女の胸には、臥龍が穿った風穴。 倒れ込んだ女の左目には、伏龍が穿った風穴。 「それ……どう……やってぇ……?」 それは疑問。感覚が消え始めた肺と喉で答える。 「俺、の鎧は、壊れたんじゃあ、ない。 自分、から……消した、んだ……」 そう。絶影の鎧は壊れたのではない。矢が着弾する寸前に、自ら解除したのだ。 爆風に紛れて第二形態を再構成し背後へ回り込ませ、隙を窺った。 眼を閉じていたのは、絶影のコントロールに集中する為。 左腕は落ち、全身に幾多の傷を負ったが、痛みは当の昔に喪っている。傷は、アルターを制御する妨げとはならなかった。 隙が生まれるかどうかは、賭け。 勝てば、臥龍と伏龍を打ち込める。 負ければ、自分は何も為せずに死ぬ。 分の悪い賭けだったが―――勝った。 だが、一つだけ。腑に落ちないことがある。 絶影を構成した際の速度。構成速度そのものが、明らかに限界を超えていたのだ。 ――――――ここに、劉鳳が気付かなかった事実が存在する。 『魔力を取り込んだアルターの構成速度は、異常に促進される』 再構成の際、劉鳳は幾つかの黒い羽根を分解し、それに宿る魔力をも取り込んでいたのだ。 「私は……覚悟の、差で、負けた……そう……いう事、なのぉ……?」 命の熱が段々と消えていく。入れ替わるように、死の冷たさが体を侵す。 「違、うな……背負った、ものの、差だ…… 己の、正義と……何、より、救え、なかった、者が、五人……それ、より、重いもの、など……ありは、しない」 閉じようとした視界に、石と化した自分の右腕が、映った。 「ふ、ふ……私は、一人、しか、背負って、なかった、もの、ねぇ…… めぐ……わた、し、あな、たを、助け、られ、なかった、わぁ……」 女が、残された右目を、ゆっくりと閉じた。 ―――死体寸前の体で、アルターを行使する。 分解するだけだ。再構成するような力は無い。 右腕、菱形の刃の表面が、極彩色の粒子として空へと昇っていく。 「俺、は、正、義を、果た、した、ぞ……貴、様も、己、の、責、務を、果た、せ……カズマぁッ!」 ◆ その右腕には、削り取られたかのような傷があった。 石という素材に、六文字のアルファベットが刻み込まれている。 脚を止めるな、先へ進め、進み続けろ―――進化せよ、と。 ――――――s.CRY.ed そう、刻まれていた。 ◆ &color(red){【水銀燈@ローゼンメイデン 死亡】} &color(red){【劉鳳@スクライド 死亡】} &color(red){[残り19人]} ※二人の所持品、死体はエリアD-3、病院横にあります。 ※進化の言葉『s.CRY.ed』は、何ら特殊な効果を持ちません。 ※闇の書の状態は不明です。 *時系列順で読む Back:[[正義の味方Ⅲ]] Next:[[tribute]] *投下順で読む Back:[[正義の味方Ⅲ]] Next:[[Fate/hell sing]] |264:[[正義の味方Ⅲ]]|&color(red){劉鳳}| |264:[[正義の味方Ⅲ]]|&color(red){水銀燈}|