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鷹の団Ⅱ(前編) - (2022/02/23 (水) 21:32:23) のソース
*鷹の団Ⅱ(前編) ◆WwHdPG9VGI 『―――貴様は言ったな、俺を殺すと。ならば―――人類全てを、歴史もろとも殺す気で来い。 唯一無二の力を―――アルターがアルターと呼ばれる所以を見せてやる!』 画面の中で男が咆哮をあげ、紺碧の刃そのものに等しい装甲を身に纏った。 「何だと!?」 それまでワインを片手に死闘の映像を楽しんでいた男、ギガゾンビが顔色が変わった。 (馬鹿な……ありえん……) 画面の中の男、劉鳳が使うアルター能力とは、超空間の一つの支流に当たる空間にアクセスすることにより、 物質を原子レベルで分解し、各々の特殊能力形態に再構成することができる特殊能力だ。 その性質ゆえ、亜空間破壊装置の影響を受け、その力は抑制されている―― ――はずだ。 (さらに上の段階への『進化』など不可能なはずなのだが……) 慌しく立ち上がるとギガゾンビはCPUに向かい、劉鳳の首輪から最後に送られた戦闘データーの数値を呼び出した。 その数値を目にするうちに、ギギガゾンビは自分の顔が引きつっていくのを感じた。 記されていたデータは、恐るべきものだった。 仮に劉鳳という男が本調子であったなら、亜空間破壊装置が作動していなかったら、どれほどの力を発揮していたか検討もつかない。 ギガゾンビの背筋に氷塊が落ちた。 苛立たしげに手元のコンソールを叩き、劉鳳の戦闘時刻の亜空間破壊装置の作動状況をチェックする。 ややあって、ギガゾンビの舌が大きく打ち鳴らされた。 案の定というべきか、劉鳳の戦闘時刻の亜空間破壊装置の出力は、わずかに弱まっていた。 1つでもこの空間を覆うには十分とはいえ、やはり5つあったものが1つになったのだ。 当然だが無理は出る。 とは言っても……。 (ええい! アルター能力者というのは、化物か!?) 弱まったとはいえ、それはほんの僅か。 本来、無視しうる程度なのだ。 にもかかわらずあの劉鳳という男は、亜空間破壊装置の壁をぶち破り、彼らの世界『向こう側』と呼ばれている空間にアクセスしてのけた。 幸いにも劉鳳は死んだが、彼に勝るとも劣らぬもう一人の男は未だ生存している。 首輪がはめられている限りこちらの絶対的優位は覆らないとはいえ……。 ギガゾンビは腕組みをした。 (気に入らん、気に入らんぞ……) 取るに足らない存在だと思って侮っていると足元をすくわれるということは、骨身に染みるほどしっている。 首輪解除の動きや、亜空間破壊装置の破壊をこれまで放置してきたのは、これもまた座興だと思っていたからだ。 ――無駄な足掻きをする人間ほどみていて面白いものは無い。 そして、足掻いた末に見せる絶望の表情は、とてもとても良いものだ。 『技術手袋』を支給したのは、その表情を楽しむためだった。 途中で切れている鎖を金の鎖だと思って手繰り寄せる参加者の必死の形相を嗤い、 切れた鎖だと知った時の参加者の絶望の表情を期待して支給した。 だが、どうにも嫌な予感がする。 参加者達があまりにも希望に満ちすぎている。 もっと絶望に顔をひきつらせていても良さそうなものだ。 ところが、彼らの中の幾人かには、明らかに『アテ』でもあるような言動がチラホラみられ、瞳には目的地を定めたような光がある。 そんなものがあるはずはない。あるはずはないのだ。 彼らの行く先には絶望の夜しかないはずなのだ。 だが気になる。 幾人かの瞳に宿る、真っ直ぐな、何かを見据えたような光が。 (ここで読み間違えると、万が一ということがあるかもしれんな) 参加者の中には、この世界につれてきた時よりも高い戦闘能力を引き出している者達がいる。 『カートリッジ』を全弾使い切っているはずの魔力を消費しながら怒りで補ってしまった少女やアルター使いの二人の青年のように、 意志の力で科学の壁を乗り越えてしまう者達。 彼等の首輪が万が一にも外れることがあれば……。 ――脅威となりうる。 ギガゾンビの眉間に深い皺が刻まれた。 さりとて今、首輪を全て爆破してこのゲームを終わらせたくはない。 まず、生活上の理由がある。 霞を食べて生きていけるはずも無い以上、この戦いは貴重な収入源だ。 どの世界でも大抵の娯楽は飽食しつくしてしまい、刺激に飢えている富裕層という者は多数存在する。 厳選に厳選を重ねて客を絞り、リスクを承知で亜空間破壊装置に一瞬だけ穴を開けて圧縮したデーターを送信しているのだが、 凄まじい人気だった。 どれだけでも金を払うからもっと高画質の物を寄越せだの、倍額払うから他より早く配信してくれだのという人間の多いこと多いこと。 超常バトルに熱狂するもの。美形の登場人物が無残に死んでいく様に大喜びするもの。 疑心暗鬼に陥って苦悩し、狂っていく様がたまらないという者。 大して力を持たない者が圧倒的な力を持つ相手に一泡吹かせるところが好きだという者……。 ギガゾンビは陰惨な笑みを浮かべた。 (これが人間、まさしく人間よ!) ――全ての人間はどす汚れている。 闘争と破壊の様を、より残酷なものを、より刺激的なものを求めるのが、人間というものだ。 コロシアムで、猛獣にキリスト教徒が食われる様をみて熱狂し、罪人の無残な処刑の有様をみて歓喜するのが人間の本性なのだ。 それなのに、文明の発達と共にその欲望を満たすことをやたらと制限しようとする愚暗の輩が跋扈するようになり、世の中は窮屈になった。 ――くだらん、まったくもってくだらん。 ギガゾンビの生まれた世界では暴力シーンが1分流れただけで、世の『良識派』とやらが発狂したようにクレームを入れるため、 創作物すら毒にも薬にもならない物に成り下がっている。 それに比べて21世紀の創作物のなんと刺激に満ちていることか……。 ギガゾンビは一冊の本を取り出した。彼のバイブルともいえる本だ。 この本を読んだ時、震えた、絶頂を覚えた、勃起すらしていた。 何度も何度も読み返した。 そして―― この話を実現したいと思った。 そう、生活のためというのはあくまで副次的なもの。 ギガゾンビの目的はバトルロワイアル開催そのものにあった。 そしてどうせなら原作よりもさらに派手で面白みのある理想のバトルロワイアルを開催したかった。 少年の日の夢をギガゾンビは追い続けた。 科学を極めたのも、全ては理想のバトルロワイアル開催のため。 古代の日本に王国を作りゲームを開催しようと準備を進めていた時に逮捕され、収監された時は全てが終わったかと思った。 だが、自分は帰って来た。 ギガゾンビの唇が禍々しく吊り上った。 ――愚物どもの矮小な夢で私の夢を阻むことはできぬ。 あの脱出不能と謳われる牢獄すら自分の夢を阻むことはできなかった。 ヒエール・ジョコマンが接触できたことも決して偶然ではあるまい。 (私の夢が私をとどめておかなかったのだ。物語が私を呼んだのだ。費やした時とたゆまぬ努力が無駄でなかったことの証の為に! 理想の物語の完成のために! バトルロワイアル開催成就のために! 私は……。帰って来た!) そして、ついにやり遂げた。 ――信じていれば、諦めずに追いかけ続けていれば、夢はいつか必ずかなう!! (この私の悲願の成就を、至高の芸術作品の完成を、誰にも邪魔はさせん! 邪魔はさせんぞ!) タイムパトロールだろうが、自分の夢を嘲笑って袂を分かとうとした芸術を解さない仮初の同盟者だろうが、 異世界の取締り機構だろうが、邪魔はさせない。 23世紀のタイムパトロールは規律を第一に考えるため、過去への干渉と異世界への干渉を嫌う傾向がある。 だから、彼らが方針の大本を変更し、異世界と異世界、時と時の狭間にあるこの空間へと手を伸ばすのは時間がかかると、 ギガゾンビ読んでいた。 もう一つの難敵である異世界の組織、時空管理局の時空移動に関する技術はタイムパトロールのそれよりも低い。 亜空間破壊装置がこの二つの組織の弱点をつくものである以上、危機はさったはずだった。 誰にも理想の物語完成の邪魔はできないはずだった。 それがまさか。 ――まさか参加者如きに。 彼らはただ最後の一人になるまで殺しあっていればいい。 殺しあわなくてはならないのだ。 (そうでなければ、原作どおりにならんではないか!) ギガゾンビは手を伸ばし、コンソールを操作した。 画面の中で一人の少年が剣を天に翳し、誓いの言葉を発している。 (厄介なヤツだ! 貴様のような存在は、このゲームの中では、あってはならぬ存在だというのにっ!!) 侮っていた。 まさか一般人の、しかも幼児にあんな力があるなどと、予想外にもほどがある。 ――目だ。 少年の瞳に宿る、空を写したような輝きが気に入らない。 (真っ直ぐなあの目、あの目はバトルロワイアルには無用の物だ) あの輝きが他者に伝染し、集団が生まれ、科学の道理を意志の力でこじ開ける者達の首輪が外されでもしたなら……。 ギガゾンビの眉間の皺は更に深さを増した。 無論爆破をしようと思えばできる。 しかし、それでは物語としての完成度が落ちてしまう。 主催者による遠隔爆破など無粋の極みだ。 ――だが、どうする? また、この前の時と同じように足をすくわれでもしたら……。 ギガゾンビの胸は苛立ちで沸騰した。 (何故だ!? 絶対者として君臨するこの私が何故、こんなことで悩まねばならん!?) 参加者は自分の手の内にあったはずだ。 好きなように家族を、友を、命を奪い、好きなように絶望を、悲しみを、死を与えられるはずだった。 自分は神であり彼らはただの供物のはずだった。 ――それなのに。 (何処だ? 何処で読み違えた?) ギリギリと歯軋りをしながら、ギガゾンビは苦悩する。 その時、ドアが開く音がした。 「何の用だっ!?」 八つ当たり気味に怒声を響かせる造物主に、一瞬怯んだ様子を見せながらも、 「ギガゾンビ様……。ご報告したいことがあるギガ」 そのツチダマは口を開いた。 ■ 「いきなり呼び出しとは穏やかじゃないギガ~。きっと怒られるギガ」 隣を歩くコンラッドが怯えたように言った。 「心配する事はないさ、コンラッド。俺達はあの方のために動いたにすぎない。きっとあの方はわかってくださる」 「そ、そうギガね」 グリフィスの優しげな笑顔と言葉に、救われたように顔を明るくするコンラッドに頷いてやりながら、 (ギガゾンビという男はどうやらかなりの小物らしいな) グリフィスは、自分の仮の主に辛辣極まりない評価を下していた。 呼び出しの原因は、自分が亜空間破壊装置防衛に専念せずに、峰不二子を利用し、集団の片割れを襲わせたこと。 そしてそれにまつわる一切のことを独断で行い、報告しなかったことが原因だろう。 (度量が狭い奴ほど人に『任せる』ことができず、部下の独断専行を嫌うものだ) それにしたところで、グリフィスからすれば魔法としか形容できない技術を持っているのだ。 もう少し大物ぶってみせるぐらいの安いプライドを持ち合わせているだろうと、期待していたのだが……。 (間違いなく、最悪の部類に入る雇い主だな) 無能なくせにやたらと作戦に口を出したがる雇い主には、元の世界で傭兵団を率いている時にも苦労させられた。 ほどなく指定されたギガゾンビの居城にある大広間に辿り着き、 「グリフィス、コンラッド、参上いたしました!」 「……入れ」 不機嫌極まりない声に、グリフィスの眉が上がった。 (肉声だと?) どうやらホログラムなる映像ではなく、ギガゾンビ本人が来ているらしい。 (面白くなってきたな) 心中で悪魔のような笑みを浮かべながら、表向きはあくまで鎖につながれた奴隷の素直さを装い、グリフィスは部屋の中に足を踏み入れた。 (……これは) グリフィスの心の水面に一滴の雨だれが落ちた。 大広間にはツチダマの大軍が集結していた。 ――本当に面白くなってきた。 本人が姿を現しただけでなく、これだけのツチダマが集められているということは……。 グリフィスの怜悧な頭脳が高速で回転を始める。 しかし、そんなことはおくびにも出さず、 「お呼びでしょうか。ギガゾンビ様」 ギガゾンビの玉座の正面に歩を進め、グリフィスは漆黒のヘルメットを外し、うやうやしく頭を垂れた。 グリフィスとギガゾンビとの間に遮るものは何もなく、距離があるとはいえ、例の技を使えば届く距離である。 もっともグリフィスには、この場でギガゾンビに攻撃を仕掛けるつもりはさらさらなかった。 ギガゾンビのような男が何の備えもせずに姿を現すことなど、考えられないからだ。 (それよりも……) グリフィスは跪いたまま、一瞬だけギガゾンビに視線を飛ばした。 鷹の目を持つ男、グリフィスにはそれで十分。 ――小物だ 何処からどう見ても小物だ。 人物の格でいうならせいぜいが地方貴族といったところか。 (これで決まったな) ギガゾンビが行使する技術と技術に関する知識はともかく、ギガゾンビ自身は取るに足らない人物だということが、これではっきりした。 「ほう? 分からぬとな!? 呼ばれた理由が分からぬほど無能なのか? 貴様は」 グリフィスがそんな結論を下しているとは露知らないギガゾンビの口調は、どこまでも尊大なものだった。 心中で冷笑を浮かべながら、 「これはしたり。私は貴方様に比べれば、とるにたらぬ愚者。ですが、愚者なりに精一杯お仕え申し上げているつもり――」 「それがいかんのだ!!」 ギガゾンビの怒声がグリフィスの口上を中断させた。 「貴様のような愚昧な輩は、木偶のごとく唯々諾々と私の命令に従っておればよいのだ!! それを勝手に介入などしおって!! グリフィス!! 貴様、私の芸術作品を汚す気か!?」 「私はただ、貴方様の望みにそうように、穴に潜んでやりすごそうとする兎を追い出そうと試みたまででございます」 「黙れ!!」 ヒステリックな声をあげ、ギガゾンビは杖を振り上げた。 「貴様はただ亜空間破壊装置防衛の任に専念しておればよいのだ! 貴様が戦力をふりわけた隙をついて徒党を組んだ参加者どもが襲い掛かったらどうする!?」 ――誰がそんなヘマをするものか という言葉が心に浮かびあがるが、グリフィスはその言葉を心の井戸の底に沈めなおした。 さらに言うなら、ギガンゾビは初めて会った時、『見事施設の防衛を果たし、他の参加者を始末した上で最後の一人となったならば』 と言っていたのだから、グリフィスにはここまで咎められるいわれは無い。 (要は八つ当たりか) 何か気に入らない事でもあったのだろう。 腹いせに、怒りを自分の部下にぶつけているというわけだ。 それでも、軽蔑と冷笑の皺を欠片ほどもその白皙の顔に表すことなく、 「申し訳ございませんでした。ただ、我が身の浅薄さに恥じ入るばかりにございます。どうか、お許しくださいませ」 透き通った声でグリフィスは謝罪の言葉を述べ、優雅に頭を下げてみせた。 名工が腕によりをかけて彫刻したような鼻梁と唇、切れ長の目をもつグリフィスの所作はあまりも堂に入っており、 ギガゾンビは思わず怒りを忘れてしまう。 「……まあ、よいわ。だが、二度は許さん。それを肝に銘じておけ!!」 ややあって、取り繕うに言い放つと、ギガゾンビはジロリと、グリフィスの傍らで震えているコンラッドを睨んだ。 身を縮こまらせるコンラッドに、 「番頭ダマよ。貴様の主人は、誰だ?」 低い声でギガゾンビは尋ねた。 「も、勿論、ギガゾンビ様ギガ」 「では何故この私への報告を怠った!? 何故この私の許可を求めなかった!?」 「でも、ダマはちゃんとグリフィス様に――」 言いかけてコンラッドは口を噤んだ。 仮面の向こうに見えるギガゾンビの瞳に冷たいものが浮かんでいるのを見て取ったからである。 「ごめんなさいギガ~。どうか、お許しくださいギガ~」 平謝りするコンラッドを一瞥し、ギガゾンビは玉座から立ち上がると、居並ぶツチダマ達を睥睨した。 「木偶ども!! 貴様等の造物主は誰だ!?」 「ギガンゾビ様ギガ!!」 居並ぶツチダマが揃って答えた。 「貴様等の身体は、機能は、誰のためのものだ!?」 「ギガンゾビ様のためのものギガ!!」 「そうだ!! 貴様等は、ネジの一本にいたるまで私のものだ!! 貴様等の神は私だ!! 私のために尽くすことが貴様等の存在理由だ!! しかるに――」 ギガゾンビはコンラッドをねめつけた。 「番頭ダマはこの私に許可を求めずに独断専行を行い、あまつさえそれを秘匿するという重大な背信行為を行った!!」 「そ、そんな~。許して欲しいギガ~。もうしないギガ~」 哀れっぽくコンラッドが訴えるがギガゾンビは止まらない。 「木偶ども! その目に刻んでおけ!! 裏切り者の末路は、こういうものだっ!!」 ギガゾンビの怒号と共に、ギガゾンビの杖から光条が放たれた。 「ぐぅ……」 呻き声が静まり返った大広間に響いた。 もはや見慣れたギガゾンビの処刑行為に、うんざりしたような思いと少量の哀悼の気持ちを持ちながら、 コンラッドから目を背けていたツチダマ達は、目を見開き、その光景を凝視した。 「……グリフィス様?」 驚きの声を上げるコンラッドの前には、グリフィスの背中があった。 全身から白煙を上げながら、 「ギガ、ゾンビ様……。コンラッドに指示を与えたのは私です。罰を与えるならどうか、私めに!」 動じることなくグリフィスは言葉を吐き出した。 ギガゾンビの双眸に怒りの火が灯った。 「黙れ! 狗の分際でこの私に指図など、1000年早いわ!!」 ギガゾンビの杖からまたも光が炸裂した。 「かあぁ……」 苦痛の声を上げつつも、グリフィスはコンラッドの前から動こうとしない。 「グリフィス様……。ど、どうしてそこまで……」 混乱の成分を多量に含有したコンランッドの問いかけに 「黙っていろ」 小さな低い声で答え、 「ギガゾンビ様! 直属の部下の不始末は上役である私の不始末! 私の責任でございます! どうか……」 剣を抜き放ち、 「どうかっ!!」 気合と共に、グリフィスは左手の小指に剣を打ち落とした。 血が床に飛び散り、小指の第一関節が吹き飛びコロコロと転がった。 「き、貴様……」 「足りませぬか……。ならばこれで!」 懇願の声と共に薬指の第一関節が吹き飛び、グリフィスの手から流れ出した血が床に小さな溜まりを作る。 「どうかっ! コンラッドの罪をお許しください!!」 なおも指を打ち落とそうとグリフィスが剣を掲げた時、 「グリフィス様っ!! もういいギガっ!!」 悲鳴と共にコンラッドがグリフィスにしがみついた。 「はなせっ! コンラッド」 「離さないギガ! それ以上やったらグリフィス様の指がなくなってしまうギガ!」 もみ合う二人を見下ろし、ギガゾンビは大きく舌打ちした。 「やめいっ!! まったく……下等な三文芝居など見せよって! 目が穢れたわ!!」 足音も高くギガゾンビは退出していく。 その姿が消えると同時に、ほおっと安堵の息がそこかしこから上がった。 グリフィスは指に衣服を裂いて作った即席の包帯を巻きつけながら 「お互い命があってよかったな。コンラッド」 コンラッドに向かって笑いかけた。 「なんでギガ? なんでそんなになってまで……」 心底不思議だというようなコンラッドの問いかけに、 「……理由なんか、ないさ」 どこか照れくさそうにグリフィスは微笑んだ。 その笑顔は美しく、輝いてみえ、周りを取り巻くツチダマ達は思わず息を呑んだ。 「コンラッド。お前は俺の部下で、ともにギガゾンビ様にお仕えする仲間だ。仲間のために体を張ることに、いちいち理由が必要か?」 「ダ……ダマは……」 コンラッドが込み上げる思いに翻弄されながら、口を開きかけたその時。 ――ドン 玉座の方角から音も無く放たれた光がコンラッドを直撃し、コンラッドの身体が吹き飛んだ。 「なっ……」 その場に集ったもの達が息を呑む中、かつんという音と共にコンラッドだったものの頭部が床に落ち、甲高い音をたてた。 「貴様等の三文芝居は目が穢れるといったであろうが!!」 大広間にギガゾンビの声が響き渡った。 思わず視線を鋭くするグリフィスに、 「何だその目は!?」 ギガゾンビの罵声染みた声が飛んだ。 「……いえ」 グリフィスは目を伏せ、膝をついた。 だが、その握り締めた拳は細かく震えていた。 ふんっと鼻を鳴らす気配があり、 「貴様の汚らしい指などで私への背信の罪を償えると思ったのか!? 少し甘い顔をすれば増長しおって!! グリフィスよ! 己の分際をよくわきまえよ! 貴様は首輪につながれた飼い犬にすぎんのだ! 分かったか!!」 一瞬の沈黙があった。 「分かったのかと聞いている!!」 ギガゾンビの声が甲高くなった。 「かしこまりました……」 グリフィスは声の方角に向かって平伏して見せた。 「……今度だけは許してやる。だが、さっきも言ったが二度目は無い!! そのことを、貴様の進化の遅れた脳味噌に刻んでおけ!!」 まくし立てるだけまくし立てるとギガゾンビの声は途切れ、再び大広間には静寂が訪れた。 「グリ、フィス様……ごめんギガ……もっと、お役に、立ちたかったギガ……」 頭部だけになったコンラッドが弱弱しく言葉を発した。 その声にはノイズが混じっており、目の部分に灯る光は薄い。 「何故謝る! 悪いのは俺だ……。すまない、コンラッド」 「……そんな、こと……ないギガ。ダマが、一人で行動したがったのが、悪いギガ……自、業自得ギガ」 「そんなことは関係ない! 俺の見通しが甘かったせいで……お前を……」 涙がグリフィスの頬をつたった。 「泣、かないで欲しいギ、ガ……。ダマがいなくなっても……スランやユービックが、ちゃんと……ダマの分まで働い……」 「何を言う! お前の代わりなど誰にもつとまるものか!」 コンラッドの目の光が一瞬強くなった。 しかし、その光はやはり急速に弱まっていく。 「……涙を、流すロボットなんて変だ……けど……なんだかすごく……涙が出る装置が欲し、いギガ……」 ノイズの入り混じった声はひび割れ、キインという異音すら発していたが、何故かその声はとても満足そうに聞こえた。 「生まれ、変われたら……また……グリフィス様のぶ、かに」 「当たり前だ! 俺達は、ずっと仲間だ!」 グリフィスの絶叫が広間の大気を震わせた瞬間、表情を持たぬはずのツチダマの顔に笑みが浮かんだのを、 居並ぶツチダマ達は確かに見た。 ふっ、とコンラッドの目の光は消え、二度と輝かなかった。 鎮痛な空気が大広間を埋め尽くす中、グリフィスは涙を流しながらマントにコンラッドの残骸を包み始める。 「グリフィス様……」 「さわるな……」 スランが手伝おうとするのを、グリフィスは押し殺した声で制した。 「コンラッドは俺の仲間だ。他の誰にも……運ばせはしない」 床に這い蹲り、最後の一つまでコンラッドだったものの欠片を拾い集めると、グリフィスは歩き去った。 ■ 「ふんっ……。犬の分際でこの私に逆らうからだ!」 大声で怒鳴りながら自室のドアを開け、鍵を閉めた後、ギガゾンビはソファーにどっかと腰を下ろした。 だが、まったく気分が落ち着いてこない。 ギガゾンビの心の水面は大きく揺らいでいた。 (……グリフィス……あの男は……) 不可視の壁を通してとはいえ、モニター越しではなく、直接目で参加者を見るのは初めてだった。 その体から放たれる気にギガゾンビは圧倒された。 グリフィスの体が何倍にも大きく見え、やたらと汗が出て仕方が無かった。 何よりも。 ――あの目。 深く冥い光を放つ紫の瞳。 広間で見たグリフィスの目を思い出した瞬間、ギガゾンビは自分の身体に震えが起こるのを感じた。 ――自分はとてつもない怪物を自分の城に踏み込ませてしまったのではないか? 「何を馬鹿な!」 ギガゾンビは思わず声を発していた。 その声は静まった部屋に陰々と響き、さらにギガゾンビを苛立たせた。 グリフィスは科学のイロハも分からぬ愚劣な野蛮人にすぎない。 首輪という絶対的な鎖もある。 それでも、ギガゾンビはある感情に囚われていた。 恐怖、という感情に。 裏の世界を渡り歩き、何百という男を手玉に取ってきた峰不二子の心すら粉々に粉砕した鷹の眼光は、 たったのひと睨みですら、生涯の大半を自室と研究室ですごしてきた人慣れしていないギガゾンビという男にとっては、猛毒だった。 (おのれ……この私によくも……) 自分を不快にさせた報いを与えてやろうと。 万が一にも背く気にならないように、グリフィスに今一度自分の優位性を示して屈服させようと、 ツチダマを破壊――。 違う。 優位性を示して見せたかったのは、自分自身にだ。 自分はあの男より強いと、圧倒的に優位にあると、確信したかったのだ。 実際、あらゆる角度から検討してみても自分の優位は間違いない。 それなのに、何故こうも自分の心は揺らいでいるのか? どうしてさっきから心臓の鼓動がやたらうるさいのか? (参加者というのはみな、あんな化物なのか?) グリフィスの植え付けた恐怖の感情に侵食されつつあるギガゾンビの心に、ふとそんな疑問が浮かんだ。 数値やモニター越しに見るのと、実物を肉眼で見るのとではまったく違った。 戦闘能力だけをみればそれほど高い部類に入らないグリフィスですら、優雅さを感じさせるあの男ですら、 あれほどの迫力だったのだ。 ――グリフィスよりも高い戦闘能力を持つ参加者は、どれほどか? ギガゾンビは大きく頭を振った。 「何を馬鹿な!! 奴等は、知能は私の万分の一以下! 動物園の猿を恐れてどうする!」 喚き散らすギガゾンビに返答するものは、肯定の言葉を与えてくれるものは誰もいなかった。 荒い息を吐きながら 「私は、恐れてなどいない……。私は、天才、絶対者……」 ブツブツと呟きながら、ギガゾンビは首輪の起爆装置に目をやった。 (これが、これがある限り大丈夫だ。参加者に私は殺せない。つながれた犬には私を殺せない。狗では私を殺せない) 要は首輪を外させなければいいのだ。 (……首輪に関する監視を徹底させるように通達しなければ……。だが、私がこの部屋を離れるのはまずい。 起爆装置に万が一のことがあってはいかんからな。情報はこまめにこの部屋に通達させよう。 うむ、そうだ、それがいい。外に出て万が一のことがあってはいかん、常にこの部屋にいるのが最善というものだ。 それが知性あるもの、賢者の判断というものだ) ――決して怖くなったからではない。 ギガゾンビは必死に自分に言い聞かせる。 自分は強いと、自分を脅かす物は何も無いと。 でも、それでも、あの冥い眼がどこから自分を見ている気がして……。 あの目が、冥い深遠な闇を秘めた着々と目的を進めつつあるような目が、 ――こわい *時系列順で読む Back:[[幸せな未来]] Next:[[鷹の団Ⅱ(後編)]] *投下順で読む Back:[[幸せな未来]] Next:[[鷹の団Ⅱ(後編)]] |271:[[幸せな未来]]|グリフィス|272:[[鷹の団Ⅱ(後編)]]|