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GAMEOVER(1) - (2022/05/22 (日) 10:35:20) のソース
*GAMEOVER(1) ◆S8pgx99zVs **[ Reboot ] 真円を描く蒼い月の下、通り抜ける風の音以外は何も聞こえてこない、静謐な病院。 戦いの顎に身を削られ、憐れな姿態を晒すその薄灰色の箱の中。その一室。 独りこの場所に残った男――トグサの目の前でそれは起こっていた。 息を呑むトグサの顔を照らす淡い光。 それは彼の目の前にある担架――その上に寝かされた長門有希の遺体から発せられているものだ。 彼女の身体、そしてその身を包む衣装。その表面から、光を放つ砂のように細かい粒子が立ち昇っていた。 粒子が離れた場所は、まるで蛇が脱皮をしたかのように生前の綺麗さを取り戻している。 赤黒く爛れていた肌は、磨き上げられた陶磁器のような白さを取り戻し、 染み込んだ血と油、泥と灰に塗れた衣装は、洗い上げたばかりのように鮮やかな色を取り戻している。 そして、立ち昇った粒子が最後に強い光を発して空気の中に消えると、トグサの前には以前のままの長門有希が戻っていた。 閉じていた瞼がパチリと開き、二度、三度と瞬きを繰り返すと、彼女は何もなかったかのように床の上に下りる。 そして、琥珀のように閉じ込めた物を外に洩らさない静かな両の瞳が、目の前のトグサを見上げた。 壊れた部品を交換し、人格プログラムを注入して再起動する。 公安九課に勤めるトグサにとって、それは見慣れた風景だ。 自立機動兵器であるタチコマをはじめ、何体もの人と見分けのつかないオペレーターロボットが彼の職場には存在した。 無機物だけで作られた擬体ではなく、有機体で作られたバイオロイド。そんな物が開発されているとも話には聞いている。 しかしそれでもなお、彼にとって目の前の存在はファンタジーなものに見えた。 淡い光の中、戻って来れないとされる深い眠りから目を覚ます様は、まるで御伽噺の中のお姫様だ。 話に聞いている分には、間違いなく目の前の彼女はロボットだと言えるだろう。 そして、その無感情で無機質、正確で揺るぎの見えない振る舞いはその印象をより強いものとしている。 それでもトグサは、その感情を表さない琥珀色の瞳――その奥を見ていると感じるのだ。 生の証明――ゴーストの揺らめきを。 「――電脳を」 そう長門有希が呟いた瞬間。 あっけに取られていたトグサの脳内を、電気信号に姿を変えた長門有希の意識が駆け抜けた。 「……っ! 脳潜行か?」 その問いに無言で頷くと、一秒足らずでトグサの持つ情報を読み取って現状を把握した長門有希は、 カウンターの上に開かれていたノートPCを指差した。 その次の瞬間、黒い背景に白い文字だけだった一つのウィンドゥに、彼女の同胞の姿が映し出される。 「あらためてはじめまして。喜緑江美里です」 ディスプレイに映るのは、緩やかにウェーブを帯びた薄い色の髪を後ろに流した、物静かな雰囲気の少女だ。 彼女は長門有希や涼宮ハルヒが着ていたものと同じ制服を身に纏っている。 長門有希を介して、彼女もすでに電脳のシステムを取り込んでいる。 そんなことに感心しながら、トグサは彼女に向けて話しかけた。 「俺がトグサだ。こちらも再会を喜ばしく思う。……それで、脱出の件なんだが」 トグサの言葉に喜緑江美里は静かに首肯して、はいと答えた。 「それは早速そちらにいる長門有希に始めさせたいと思います。お願いしますね長門さん」 了解した――と言うと長門有希はゆっくりと部屋の角に向って歩き出す。 その姿をディスプレイの中から見て満足すると、喜緑江美里は一息ついてトグサへと話しかけた。 「あなたと長門有希の脳内情報からある程度の事態は把握しました。 事件としては単純。しかし、状態としてはいささか複雑。そんな状況ですね。 長門有希には脱出路の確保を、私は彼女がこの空間に放出した情報因子の回収を始めたいと思います。 あなたは引き続き、脱出までの生命の維持に尽くしてください」 そこに、部屋の角に集められていた支給品の山から、一本の棒を取り出した長門有希が戻って来た。 それは? ――と問うトグサに彼女は、 「びっくり箱ステッキ。内臓された情報を、四次元を通して特定の平面内に込めることができる道具」 それを? ――と重ねて問われると、彼女はさらに説明を付け加えた。 「内蔵された情報を改変し、時空間を越えた場所にある平面へとアクセスする機能を加える」 つまりは――、 「断絶した平面と平面を接続する。時空間をワープさせる機能を持たせる」 なるほどと、トグサは頷いた。どうすればそういうことが可能なのか、そこまでは尋ねない。 トグサが納得したことを確認すると、長門有希はその場から少し離れ、部屋の中央に立つと、 手にしたステッキの先端をマイクを持つように口に寄せ、小さな声で呟き始めた。 「こちらから送っている情報を、ああしてあの道具へとダウンロードしています」 喜緑江美里の説明に、またトグサは彼女達の技術の底知れなさを感じた。 音声による直接的な電子情報伝達技術はトグサの生きる世界でも存在はするが、それとは比べるべくもない。 「……で、それが終了するのはどれくらいになりそうなんだ?」 その質問に、ディスプレイの中の喜緑江美里の顔が僅かに曇った――ようにトグサは微かに感じた。 「そうですね――と、少し待ってください。 長門さん、目的位置を北高文芸部部室から変更します」 声をかけられた長門有希は、ステッキから口を離すと、顔だけをディスプレイの方へと向ける。 「周辺亜空間内に、時空管理局の時空航行艦の存在を確認しました。 目的地をその艦橋へと変更しましょう。こちらの方が何かと都合がよいです。 位置情報を送るので、その部分を変更してください」 聞き終わると、長門有希は再び顔を手に持ったステッキの方へと向き直し、作業へと戻る。 「時空管理局に、時空航行艦……?」 「ええ。複数の平行世界に跨って活動する治安維持組織ですね。 直接的な接触はまだありませんが、おそらく私達とは友好的に交渉できるはずです」 言われて、トグサは仲間の一人である魔法使いの少女――フェイトがその組織の名前を出していたことを思い出す。 「……そうか、彼女の言っていた仲間もすぐそばにまで来ていたんだな」 連絡が付きさえすれば――と彼女は言っていたが、今その線も繋がったことになる。 「それで、私達の作業が完了する時間ですが……」 感慨に耽るトグサをそこから呼び戻したのは、喜緑江美里の声だ。 「――00:04。 そちらの時計で、明日の午前0時4分――その時間に終了します」 トグサの視線の先にある、壁に掛けられたアナログ時計の針は、まだその時間までには数時間の間があると告げている。 短い時間ではあるが、状況を考えればその数時間先はとても遠い。 しかし、時は過ぎる。 何もしなくても、何かをしていても――残るは結果。その瞬間の結果だけが詰み重なっていく。 その結果に後悔しないためには――仕事をするしかない。最善の結果を信じて。 ディスプレイの中の喜緑江美里に了解の意を伝えると、トグサは電脳を開きタチコマ達を呼び出した。 ――己が仕事を成すために。 **[ Situation A ] 突然の邂逅に、その場に居合わせた全員の時間が止まっていた。 何台もの車が横に並んで走ることができるほど広く、人型の機動兵器が立ち上がってもまだ高さに余裕のある、 まるで巨人の住処にへと迷い込んだのかと錯覚するような、広大なギガゾンビの城――その通路の床の上。 一端には、ドラえもん、野原しんのすけ、ロック、ユービックの四人。 もう一端には、彼らが探して止まなかった仇敵、ギガゾンビ――その姿があった。 どこかの部族を思わせる、骸骨を模した木彫りの仮面。その脇から四方八方に伸びる白髪。 この悪趣味な生存競争に参加させられた者達が、繰り返し空の上に見たそのままの姿だった。 「ギガゾンビめーっ! みんなの仇ーっ!」 最初に動いたのはドラえもんだった。 両手に持ったスタンロッドを振り上げ、通路の先に立つギガゾンビの方へと駆け出す。 その形相に、立ち向かうギガゾンビも一瞬慌てたが、 相手があの青ダヌキだと判ると冷静さを取り戻し、手に持った杖を振るい電撃を放った。 杖の先端から放たれた電撃は、一直線に向ってくるドラえもんへと空中を奔るが…… 「ひ、ら~りっ!」 当たる直前に、ドラえもんの目の前へと飛び出したしんのすけのひらりマントによって跳ね返された。 空中を逆向きに辿った電撃は、それを放ったギガゾンビ自身の足元に落ち、床を黒く焦がす。 間一髪で電撃を避けたギガゾンビは、慌てて踵を返し元来た通路へと逃げ始めた。 「スゲーナスゴイデスッ!」 一言発すると、彼を追おうとしたドラえもん達の目の前に巨大な壁が現れ、行く手を阻む。 それを確認すると、ギガゾンビは老体に鞭を打ってその場より走り去る。 ◆ ◆ ◆ 「くそっ! 閉じ込められたぞ」 目の前に突如として現れた真っ白な壁に、ロックが拳を叩きつける。 辺りには迂回できるような通路はなく、また後ろは崩れ落ちた瓦礫で塞がれていた。 そして、閉じ込められた彼らにはそれを突き崩せるような道具や手段がない。 「だいじょぶだゾ」 しんのすけのその言葉に、残りの三人が振り返る。 ドラえもんが、しんのすけに楽観する理由を尋ねると、彼はギガゾンビが手に持っていたトランプと スゲーナスゴイデスという呪文について知っていることを話した。 「……つまり、悪いヤツが使う分にはそんなに強い力は発揮できないというわけだね」 ドラえもんの確認に、しんのすけはうんうんと頷く。 そして、壁の前に立つと両手をそこに置いて足を踏ん張った。それを見た残りの三人もそれに倣う。 「エクソダス大作戦ーーっ!」 「「「「 ファイヤーッ!! 」」」」 四人が力を合わせて押すと、進路を塞いでいた壁はゆっくりと傾き始める。 そして、そのまま床の上に倒れると、粉々に砕け散って煙と消えた。 「よーし、このままギガゾンビを追うぞ!」 壁を押していた腕を天へと突き上げ、声を揃えて「おー!」と号音を上げると、 四人はギガゾンビが走り去ったその後を追って駆け出した。 ◆ ◆ ◆ 「く、くそ! なんであいつらがこんな所にっ……!?」 偶然にも出くわしてしまった生存者達。 それらから辛くも逃げ出せたギガゾンビだったが、まだ心の平穏を取り戻すには至っていなかった。 ギガゾンビの耳に聞こえるのは、自分が吐く荒い息の音と、足の裏が床を叩く音だけで、 他には何も聞こえてこない。 彼を追う者達の足音がまだ届かないのはよかったが、 逆に彼を守るべき者であるツチダマ達の声が届かないのは彼を不安にさせた。 もっとも、閉じていた隔壁を魔法の力で強引に開きながら、独りでここまで来たのはギガゾンビ自身で、 その周辺にツチダマ達がいないのは仕方がない――つまり、これは自業自得だったのだが。 「フェムト! 応答しろっ!」 ギガゾンビは懐から通信機を取り出すと、腹心の部下であるフェムトを呼び出す。 「これはギガゾンビ様。今どちらにお出でなのですか? 警護のツチダマをそちらに向わせているのですが……」 「遅いわッ! 今、あの青ダヌキ共に追われておる! それよりも、貴様の方はどうだ? ザンダクロスは起動できたのかっ?」 ギガゾンビの質問に、フェムトから返ってきた言葉は意気揚々としたものだった。 「ご安心を、ギガゾンビ様。すでにザンダクロスは機動完了しております」 その言葉に、青かったギガゾンビの顔に赤みが射す。 「でかしたぞっ、フェムト! わしはこのまま屋上へと登る。そこで合流だ。警備のツチダマもそちらへと寄越せ」 「畏まりました。では、これを持って屋上へと御迎えに参らせていただきます」 城内中央のメインエレベータホールに辿り着くと、ギガゾンビは通信機をまた懐に仕舞った。 後ろを振り返れば、追ってくる四人の姿が見える。 「クソッ、しつこいやつらだ」 エレベータのドアの前まで走ると、ギガゾンビは再び魔法の力を行使して、一瞬でボックスを呼び寄せた。 開いたドアの中に駆け込み、ボックスが屋上へと上昇を始めると、壁に背をついてほっと息を吐く。 「……ククク、ザンダクロスさえ手に入れば、あんな奴ら恐るに足らずじゃ」 ◆ ◆ ◆ 「逃げられたかっ!?」 ロックが一足先にホール内へと駆け込んだ時には、すでにギガゾンビを乗せたボックスは階を離れていた。 閉じたドアの上にある表示は、ボックスが上階へと向かっていることを示している。 「こっちだゾッ!」 振り向くと、しんのすけがホールの端――ギガゾンビ城を縦に貫く巨大な螺旋階段に足をかけている。 遅れてホールに入ってきたドラえもんとユービックも、そちらへと向かっていた。 「………………」 見上げれば……見上げなければよかった――と思うような壮大さがある螺旋階段である。 平均的サラリーマン並な体力しか持ち合わせていないロックとしては、ボックスが戻ってくるのを待とうぜ、と言いたかったが、 すでに言い出しっぺのしんのすけは、彼が見上げる高さにまで駆け上がっていた。 「ラグーン商会~、ファイヤ~……!」 やれやれと溜息を付くと、同じく息も絶え絶えなドラえもんと揃ってロックは長い階段を登り始めた。 **[ Situation B ] ギガゾンビ城の通路を、いくつもの赤い光弾が空中に軌跡を残し駆け抜ける。 キングゲイナーのチェーンガンから発射された弾丸は、吸い込まれるようにツチダマの群れに飛び込むと、 爆裂してツチダマ達をただの撒き散るセラミック片に変え、壁や床を削った。 ゲームチャンプであり、上級のシューターでもあるゲイナーが湧き出るツチダマ達の頭を抑え、 それらが自分達の足元まで殺到するのを阻止していた。 一歩も動かず守護砲台と化して働くキングゲイナーの後ろには、胸を撃たれたレヴィとそれを支えるゲインが隠れている。 レヴィを抱きかかえるゲインの腕は、彼女の胸から溢れ出す血で真っ赤に染まっていた。 右胸を打ち抜かれ、咳き込むレヴィの口の端から血で作られた泡が零れている。 辛うじて致命傷は避けられたにせよ、肺をやられているのは明白で戦闘を続けられるようには見えない。 「……レヴィ。君はもう病院へと戻るんだ。どこでもドアを使えば一瞬で戻ることが出来る」 病院へ戻って、トグサに手当てをして貰えとゲインはレヴィに提案する。 ゲインがどこでもドアを鞄に入れてここまで持ってきたのは、こういう事態を想定していたためだ。 外からギガゾンビ城への侵入はロックされていて不可能だが、この中から外に出る分には制限はない。 だが……、 「……fuck. ここでイモ引くレヴィ姉さん、かよ……。あたしには、トリガーを引く力があれば……それで十分、だ」 やはり、レヴィはその提案を蹴った。 一度病院に戻れば、前線に戻ってくることはできない。それを、レヴィは理解している。 「……あたしは、お姫様じゃあ……ないんだ。男に、おんぶにだっこ……真っ平御免だね」 言いながら、レヴィはゲインの腕を振り解き、自身の血で濡れた床の上に立った。 「あたしは、歩く死人……。此処にいるだけ……此処にいるうちは……ただ奪い合うだけ……」 だが、膝から力が抜けて床の上にへと崩れ落ちかけ、再びゲインに抱きかかえられる。 ゲインの腕の中に落ちたレヴィの、今度の抵抗は弱いものだったが、その眼だけは違った。 何かに飢えている様に、何かを取り逃がさまいとする必死さを浮かべている。 それには、さすがのゲインも説得は不可能だと諦めざるを得なかった。 無理やり病院へと送り戻すことはできるが、むしろ自分が目を放すと何を仕出かすかわからない。 彼女の相棒であるロックや、これまで彼女と同行していたゲイナーがどれほどの苦労をしていたのか、 それを想像して溜息を一つ漏らす。 「……戻らないにしても、手当ては必要だ」 しかし……と、ゲインは考える。 応急手当をするにしても、この場所で――と言うのは悠長が過ぎる。 キングゲイナーで運ぶにしても、レヴィやゲインを片手に、際限なく湧いて出てくるツチダマ達を突破するのは至難の事だ。 次の一手――この場所からのエクソダス。どうするべきか? そんな風にレヴィを抱き思案するゲインの頭上に、ゲイナーの声がかかった。 「ゲインさん。レヴィさんのバックを開いてください」 振り向かないまま頭上からかけてくる声に、ゲインはレヴィの背中にかかった鞄を開く。 「何か、この場面を切り抜けるいいアイデアがあるのか、チャンプ?」 流れ弾からレヴィの身を庇いながら尋ねるゲインに、弾丸を撃ち返しながらゲイナーがある物を取り出すように指示する。 それは……、 「……ぬけ穴ライト。なるほど、お前の考えは読めたぜ。だが、いいのか?」 壁に向って照射すれば、人が通れるほどの穴を開くことの出来るドラえもんの世界の道具。 これを使えばこの窮地を脱し、ゲインがレヴィの手当てをするに必要な時間を稼ぐことができるだろう。 だが、そうすると湧き止まぬツチダマの前にゲイナーを一人残していくことになる。 「ええ。むしろそうしてくれた方がありがたいぐらいです。 飛ぶことさえできればあんな奴ら――僕とキングゲイナーの敵じゃありません!」 少年の不敵な発言に、ゲインは口をニヤリと歪ませた。 「小僧がまるで一人前かのような口を利く――いいだろう。ここはお前に任せた」 ここで別れることに同意したゲインとゲイナーは、さらに互いが陽動としてどう動くかを手短に打ち合わせた。 そして、キングゲイナーが叩き落としたロケット弾の爆煙を目隠しに、ゲインとレヴィはその場を離れる。 視界を覆う煙が引くと、そこには一機のキングゲイナーだけが立っていた。 その周囲に七色に輝く粒子が集まり、環の形を成して機体を潜らせると――瞬間、加速した。 広い通路をツチダマの塊に向けて一直線に――そして更に、二つ三つと環を潜るとその速さが増す。 「――さぁ! ここからは僕のターンだっ!」 迫り来る弾丸よりも速さを増し、越える者――キングゲイナーが飛ぶ。 **[ Situation C ] びっしりと頭上を覆う黒い枝と葉。 その僅かな隙間から差し込む、月明かりだけが頼りの暗い森の中を、涼宮ハルヒは走っていた。 全身に玉の汗を浮かべ、苔に覆われた岩や柔らかく積もった腐葉土に足を取られながらも、懸命に走る。 ざくっ、ざくっと土を踏みしめる音。 ひゅう、ひゅうと空気が喉を通り過ぎる音。 どくん、どくんと心臓が脈を打つ音。 膝が笑い、肺が軋み、心臓が悲鳴を上げ、垂れる汗が唯でさえ悪い視界をより奪う。 眼前に、他よりも一回りも二回りも太い大木を見つけると、ハルヒはその陰へと倒れこむように潜り込んだ。 ツチダマ達はついて来ている? ――手の中に握りこんだ槌に、そう尋ねようとするが口からは言葉がでない。 最悪の風邪に罹っている時に、冷水を浴びて400メートルハードルを全力疾走――そんな状態だった。 木の幹に背中を預け、痛むほどに脈を打つ胸を両手で押さえ、目を瞑って回復に努める。 「――――どう?」 一分ほど回復に専念して、やっと出せた言葉がこれだけだった。 しかし、それだけでも手中にある魔法の鎚は主の意を汲み、回答を返した。 『全てついて来ています。 ……こちらを見失ったためか、やや広く陣を展開しながら近づいて来ています』 その返答に、ハルヒは地につけていた身体を、もたれ掛かっていた幹を頼りに起こす。 「……好都合ね。各個撃破してやるわ」 『それにはまだ回復が十分ではありません』 それはハルヒにとっても言われるまでもないことだ。しかし、悪戯にこれを長引かす余裕もまた、ない。 だが、巨大な神人では、小さなツチダマを各個撃破するには不向き。 かといって、ハルヒ自身が直接グラーフアイゼンを振るって飛び出したとしても、精々数体倒すのがやっとだろう。 (――考えろ! 考えろ!) ハルヒは必死に頭を回そうとするが、激しい頭痛と眩暈が中々それを許さない。 そして、気持ち悪さと自身に対する不甲斐なさで、彼女の目の端に光るものが浮かんだ時―― 「な、何……?」 ハルヒの身体の周りを、薄い白煙が立ち込め始めたかと思うと、それは一気に彼女を包む。 そしてその煙が晴れた時、そこには北高のセーラー服姿に戻ったハルヒがいた。 「……なんだ、びっくりするじゃない」 呆れ半分の溜息がハルヒの口から漏れる。ただ、きせかえカメラの効果が切れただけだったのだ。 『……何を?』 本当に呆れたのはグラーフアイゼンの方だった。 ハルヒはきせかえカメラの効果が切れたと知ると、また再びそれを使おうと鞄を開き始めたのである。 『戦略的に意味のない不適切な行動です』 「うるさい。あんたには意味がなくても私にはあるのよ――と?」 鞄の中から抜き戻した手。その片方には目的のきせかえカメラ。そしてもう片手には―― 「そうよ。これが、あったじゃない!」 ◆ ◆ ◆ 「どこに行ったギガ~……」 手に持ったライフルを左右に振り、暗い森を睥睨しながら一体のツチダマがふらふらと進んでいる。 見失ってしまった、目標である涼宮ハルヒ。 音はしないが、それは遠くに離れたのではなくて、近くに隠れているだけ。そう推測して探索している。 その時、近くの茂みがガサリと物音を立てた。素早くツチダマはライフルの銃口をそちらへと向ける。 ―― 一秒。―― 二秒。―― 三秒。 緊張に耐えられなくなったツチダマが、茂みにむかって一発撃ちこもうかと考えたその時―― その脇から走りこんで来た何者かが、ツチダマが持ったライフルを蹴り上げ、弾き飛ばした。 その何者かとは、もちろん―― 「涼宮ハルヒ! 貴様――っ!」 突如反撃に転じた目標。しかし、それに動揺することなくツチダマは冷静に動いた。 距離が近ければ、手から放たれる電撃でも威力は十分。咄嗟に電撃を放つ。 それをハルヒは横っ飛びで避けたが、それもツチダマの計算の内だった。 ハルヒが物陰へと転がっていく隙に、手放したライフルを取り戻そうと踵を返し――動きが止まった。 「ば、馬鹿な……!」 ありえない事に身体を凍らせたツチダマは、次の瞬間、自分の持ってきたライフルで撃たれてその場に崩れ落ちた。 暗闇に紫煙を上げるライフルを持つのは――再び魔法少女の衣装を纏った涼宮ハルヒ! そして、木陰へと避難したもう一人の涼宮ハルヒもそこから姿を現す。 涼宮ハルヒが二人? ――いや! さらに木の上から一人が飛び降りてくる。そして、暗闇の中からもまた一人。 最初に音を立てた茂みの中からも、もう一人。次々とハルヒが現れ、その数――十五人。 そこへ、銃声を聞きつけた他のツチダマ達が近づいてくる。 その気配に、クローンリキッドごくうによって生み出された十五人のハルヒは、一様に不敵に微笑む。 そして、一人、また一人と、再び暗い森の中へと姿を隠した。 **[ In process ] 病院の一室、その中央に立つ長門有希。カウンターの上に置かれたディスプレイの中の喜緑江美里。 二人の宇宙人――情報統合思念体により送り込まれたTFEI端末は、ただ無表情に黙々と作業を進めている。 だが、同じ部屋にいる最後の一人――トグサの顔には焦りと緊張が浮かんでいた。 ”……そうか。だが、無理はするな” そう返答すると、トグサはユービックとの通信を一旦切った。 城へと進んだ仲間達が、遂に今回の事件の首謀者であるギガゾンビを発見し、それを追っている。 トグサの支配下にある監視カメラからもそれは確認されており、一応は朗報であるが…… ”タチコマ。ゲイン達の方はどうだ。発見できたか?” 仲間達はすでにその戦力を分断されていた。しかも、戦闘力を持つ三人がギガゾンビを追う方から離れる形で。 さらに、キングゲイナーとツチダマ達の激しい戦闘によって、その付近の監視カメラが破壊されており、 ”いえ。まだ見つかりません。ツチダマの動きから、ある程度の予測はできますが……” トグサ達の目からは見失う形となっていた。 仲間達と連絡を取る手段は、ユービックと彼に持たせたノートPCのみで、ゲイン達とはそれもかなわない。 さらに、一旦はトグサの支配下に置かれていた城内外のシステムも、少しずつそれを取り返されていた。 支配といっても所詮は遠隔操作。 物理的なシステムは向こう側にあるわけで、それを直接破壊されたりスタンドアローンで再起動されれば、 トグサやタチコマ達にはどうしようもなかった。 こんなことなら最初の内にシステムを自壊させておけば……とトグサは後悔した。 あの時は ハッキングがうまくいきすぎたために、支配下に置くことを優先させてしまった。 それは城内に侵攻する際に、仲間の助けとなれば――という考えの下で、当初は正しかったが、 現在、仲間達が分断され、それを把握することすらままならない状況では失敗だったと言わざるをえない。 そして…… ”遠坂達の居場所はまだ把握できないのか?” 闇の書を牽制するために飛び出した、遠坂凛とフェイト。さらにそれを追った涼宮ハルヒ。 その三人の行方も、闇の書が活動を開始してから程なく掴めなくなっている。 会場内を飛び回るスパイセット。その内のいくらかを使ってタチコマが捜索に精を出しているが…… ”まだ発見できませ~ん……。” その成果は芳しくなかった。思わず、トグサの口から舌打ちが零れてしまう。 ”その三人はどちらも健在ですよ” 突然、トグサとタチコマの通信に割り込んできた者。それはTFEI端末の一人、喜緑江美里だった。 ”彼女達がそれぞれに放出する特殊な情報因子。どれも未だ検出できています” この情報統合思念体からの使者である少女――この短い時間で、どれほどの情報を得ているのか。 それに少しばかりの空恐ろしさを覚えながら、トグサは彼女に質問をぶつけた。 ”彼女達がどこにいるか、分かるのか?” 焦りが見えるトグサとは真逆に、喜緑江美里は至極冷静に答える。 ”いえ、正確な位置というのはこちらでも捉えられてはいません。 大まかにですが、涼宮ハルヒさんは映画館があった場所から、山の中へと入り東へと進んでいますね。 そして残りの二人ですが……一時反応が極めて薄くなりましたが、 現在は彼女達が闇の書と呼んでいる特殊な情報生命体。その中心より反応を得ています” 返ってきた意外な回答に、トグサの心中の戸惑いがより増大する。 ”彼女達がその中に自ら飛び込んだのか、または逆に取り込まれてしまったのか。 それは定かではありませんが、零れ出る情報因子から彼女達はその中で活動していると推測されます” 喜緑江美里からもたらされた情報は、あまり良いものとは言えなかった。 病院より出立し反撃に出た仲間達は、結局のところ散り散りとなってそれぞれが窮地に立たされている。 脱出路の確保は着々と進行している。 だが―― ――彼らの内、どれだけがこの病院にへと戻ってこれるのか? 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