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「遠坂凛は魔法少女に憧れない」(2021/07/24 (土) 14:16:44) の最新版変更点
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*遠坂凛は魔法少女に憧れない ◆2kGkudiwr6
ホテルの一室。遠坂家当主であり、五大元素使いの魔術師遠坂凛は。
「……つまりあんたはインテリジェントデバイスとかいう種類の杖で、意思を持つ魔術礼装。
名前はレイジングハート・エクセリオン。マスターは高町なのは。
とりあえずその子を見つけるまで私に協力する。
……で、あんたを使って戦う時は魔法少女みたいに服を着替える必要がある」
『はい。理解していただけましたでしょうか、仮のマスター』
「理解できるわけないでしょうが!?」
手に持った杖に対してキレていた。
赤いノースリーブのドレスに赤いニーソックスに赤い長手袋、
それになぜかネコミミしっぽを生やした魔法少女の格好で。
格好的にも態度的にも学園の優等生の姿は欠片も無い。
ついでに、遠坂の魔術師としての体面もあんまりない。
「なによこれ!? なんでこんな格好なのよ!」
『あなたが考えた「魔法少女らしい格好」を元に変身させたのですが』
「こんな格好、考えるわけないでしょ!」
『思い当たる節はありませんか?』
「ない! ……はず」
ないと言い切れない気がなぜかするのが遠坂凛の悲しさ。
実際、幼い時に喋る杖によって凛はとんでもない格好をしている。
その記憶は消されているが、友達が激減した記憶はきっちりと残っていた。
「と、ともかく! こんな格好、戦闘に向いてるわけ無いでしょうが!」
言葉に詰まった凛は反論先を変えた。
外見的な問題が自分のせいなら、実用的な面を攻めるという腹だ。しかし。
『多少の衝撃や空気抵抗なら問題ありません。戦いの際は着ることをお勧めします』
あっさり言い返された。
「ま、魔力消費は!?」
『あなたの魔力量は平均的な魔導師より遥かに多いようです。
バリアジャケット程度なら魔力の消耗よりあなたの魔力回復の量の方が圧倒的に多いと思われます』
「う、うう……」
がっくり膝を付く凛。もう反論材料が無い。褒められてなお言い返すのは無理だ。
彼女だって命の危険と恥、どっちを選ぶかといえば後者である。
実際この服が何らかの魔力を纏っているのは彼女にも分かっている。
いつどこから敵が襲ってくるのか分からないのだ、身の安全を考えれば着た方がいいと理解できる。
……例え痛い格好でも。
こうして、ここに一人新たな魔法少女が誕生した。
まるで蟲毒のような殺し合いの場。
夜の闇が明けつつあっても、数多の闇が存在することに変わりは無い。
遊戯の集まりであるレジャービルもこの場の異常さを知らしめこそすれ、
闇を払うことなどありえない。
証拠に、その付近ではドレスに逆十字を標されたドールが黒い翼を広げている。
「……はぁ、っく、無様、ね」
レジャービルの壁を背もたれにして、水銀橙は呟いた。
その上では自分を吹き飛ばした忌々しい凶器が窓ガラスを突き破っている。
寸前で脱出していなければ自分も一緒にそうなっていたに違いない……
ただし、脱出の代償として左の翼を少し傷めたが。
飛ぶことはまだ可能だろう。だが、翼を畳むことはできない。無様だ。
せめてミーディアムの……めぐのそばに居ればこの傷も、疲れもすぐに完治すると言うのに。
――彼女の生命力を犠牲にして。
「……ふふ。どの道全力で戦闘できない以上、意味ないわねぇ」
そう。だから無様だ。その表情は自嘲の笑み。
水銀橙が全力で戦えば病弱な人間の生命力なんてあっさり底を尽く。
だけど……めぐを殺して得る勝利なんていらない。
なら、この結果も当然か。
ミーディアムなしではスタミナ切れ、組んだ相手は死ぬ寸前の少女。
まともに戦えるわけが無い。真紅だったらとっくにリタイヤしているに決まってる。
……めぐを気にしないで済む分、今の状況の方がましか。
そんなことを、水銀橙は考えていた。
「……眠い」
もう動く気力も無い。考えるのも嫌になって……彼女は目を閉じた。
――それは遠い昔のお話。
人形に命を吹き込むことだけを目指し、千年の時を超えて生きたとさえされる人形師に作られた私の記憶。
お父様が、なぜあのような技術を持っていたのかは知らない。
知る必要もない。私は完璧なドール、アリスになればよかったのだから。
ひとつだけ言えるのは、その技術が人ならざる者として迫害されていたこと。
――ぞっとしない。
――錬金術。
――バカバカしい。
――嘘に決まってる。
――教会に逆らう不届き者のペテン師。
それも、どうでもいいことだ。
私は完璧なドール、アリスになればよかったのだから。
だけど、たまに思ったことはある。
――どうして、私達は動けるのだろう、と。
セット
「――Anfang.
魔力を探して、レイジングハート」
『Area Search』
ふて腐れたような声で呪文を紡ぐのは、魔法少女カレイドルビーこと遠坂凛。
ちなみに表情もふて腐れている。
最終的に凛が考えたのはこういうことだ。
(さっさと持ち主探して、返還しよ。ついでにそいつに守ってもらえばいいわ……)
この杖が強力な魔術礼装なのも事実、だが戦う際はこの格好をしなくてならないのも事実。
結果として、凛はある考えを導き出した。
「この杖の本来の持ち主を味方に付ければいいじゃない。私は逃げ周りましょ」という。
……彼女らしくない超ネガティブ思考である。それだけこの格好が嫌なのだが。
それはともかく、持ち主を見つけるには魔力を持つ存在を片っ端から探すのが一番。
幸い凛は魔力探知の心得があるし、レイジングハートもそのための魔法を知っていた。
『このホテルから西方向に魔力を探知。
基本的な魔法はこの四時間でだいたい覚えたようですね。流石です』
「……どーも」
さっきの呪文よろしく、ふて腐れた声で凛は答えた。
レイジングハートとしては褒めているのだろうが、
10年間魔術師として生きてきた凛としてはあまり嬉しくない言葉である。
初歩的な魔術を覚えるくらい、凛には当たり前のことだ。
そんな凛の考えを見透かしたのか、レイジングハートは次の課題を出した。
『では、初級の最後くらいの魔法である飛翔魔法に移りましょうか。
窓から飛び降りて、西にあるレジャービルの屋上へ飛んでみて下さい』
「……へ?」
唖然とする凛。
ちなみに、ここは四階である。普通の人間なら十分死ねる。
「……べ、別に飛び降りなくても、この部屋で試せばいいんじゃ」
『マスターは魔法の経験がなかったにも関わらず二週間もかけないでこれを習得しました。
優れた魔導師であるあなたならできます。You can fly!』
「…………」
もしかしてあれか、こいつは私を殺す気か。それともスパルタ教育が主義なのか。
本気で凛はどちらかなのか悩んだ。
(いや、もしかすると高町なのはとかいうのが凄いトレーニング馬鹿なのかも……)
ちなみに、これが正解だ。
『どうしました?』
「なんでもない。ともかくやればいいんでしょ」
『Yes』
無茶な要請に溜め息を吐きながら、凛は窓を開けた。
朝焼けの空が凛を拒むかのように風が吹き込み、髪をなびかせる。
一応、これくらいの高さから飛び降りたことはある。ただしアーチャーの補助付きで。
さすがに一人で飛び降りるとなると、様々な魔術を行使しないと無事には済まない。
初めてやる魔術を使うには無茶な高さだ。しかし。
(間違ってる、ってわけでもないわね……)
呪文は自己暗示。発動に大切なのは自分の気持ち。
ならば自分の状況を追い込んでおけば、
できなくてもいいという気持ちが消えて成功しやすくなるという考え方もできなくもない。
実際、凛は士郎がそうやって戦いの中で成長してきた姿を見てきている。
セット
「――Anfang」
『Flier fin』
息を吐いて、呪文を紡ぐ。それに呼応して、足元から桃色の羽が生えた。
『フライヤーフィンの構成には成功しました。後は貴女次第です』
「ええ、わかってる」
窓から飛び降りる前に、一つ深呼吸。ついでに、誰も見ていないかどうか確認。
……問題なし。覚悟を決める。飛ぶと言う覚悟と、この格好で外に出ると言う覚悟。
明らかに後者の覚悟の方がどうでもいい覚悟なのは突っ込まないほうがいい。
(私は飛ぶ。飛んでみせる、この羽根で。小さい羽根だけど)
「たぁっ!」
夜空へ向けて飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。羽根が羽ばたき、高度が上がる。
レジャービルへ向けて飛んでいく。
(そう、飛べる。私は飛べ……)
る、と思った瞬間。
――遠坂家の遺伝子、ここぞという時でうっかりするという習性が発動した。
ふと下からドレスの中身が丸見えじゃないかと気になって。
少しドレスを手で抑えて。
結果、姿勢が崩れた。盛大に、がっくりと前のめりに。
「ぁぁあああああああ!?」
落ちた。それも空気抵抗とか流体力学を派手に無視して錐揉み落下。
中途半端に飛んだお陰で姿勢はめちゃくちゃ。
このまま落下すれば地面と盛大なキスをする羽目になる。
「Es ist gros!」
とっさに呪文を紡ぐ凛。紡いだのは身体を軽量化する呪文。
だが、それでもフライヤーフィンで身体を持ち上げるには足りない。
「Es ist klein!」
『…………』
悲鳴のような声で次の呪文。今度は重力制御の呪文だ。
ただし、以前飛び降りた時とは逆に重力を軽くする。
レイジングハートが呆れたようだが凛は気にしない。気にする余裕が無い。
二つの魔術の効果でやっとフライヤーフィンの推力と重力が拮抗し、
凛は何とか無事に地面に軟着陸した。腕を付いて四つんばいで。
「し、死ぬかと思った……」
……脱力した凛に立ち上がる気力は無い。
肉体的には健康だし、複雑な魔術を使った訳ではないので魔力もそれほど減っていない。
だが精神的にかなり疲れていた。
『…………』
「……笑いたければ笑うといいわ」
そう答える凛の表情はかなりヤケ気味である。ついでに、危険な表情だ。
まあ、9歳児が覚えた魔法に失敗したのだから誇りが傷つくのは当然かもしれない。
ここまで来ると、さすがのレイジングハートもフォローに走らざるを得ない。
元々、彼女(?)が原因ということもあったし。
『それより前方を。探知した魔力の持ち主がいるようです』
「ま、まさか見られた? この失態を!?」
『い、いえ。眠っているようですよ。あちらです』
レイジングハートの指示した方向を見て、凛も確認した。
レジャービルの壁に何か寄りかかっている。目を凝らさないと確認できないが。
「そうね、落ち込んでる場合じゃないわね、こんなの心の贅肉だわ。
さっさと魔力の持ち主の確認をしましょう! 今のなし! そうよね!?」
『Yes』
やるべき物を見つけて、凛はさっさと次の行動に移った。強引に。
実際のところ忘れようとしているだけだが、レイジングハートはつっこまない。
というより、つっこむと収集が付かなくなる。
レイジングハートを構えながら凛は前進して……相手の姿を確認した。
「人間……じゃない? 人形?」
『そのようですね』
凛の表情が怪訝な物に変わる。
動力でも切れたか、動き出す様子は無い。服はボロボロ、翼も痛々しく折れていた。
しばらく観察して、凛はやれやれと溜め息を吐いた。
「まさかあんたのマスターじゃないでしょ」
『Yes』
「ふう、とんだ無駄足だったか……馬鹿みたい」
自分の馬鹿らしさに、凛は再び溜め息を吐いた。何のためにこんな格好したんだか。
だが、レイジングハートが警告した。
『いいえ、来たのはある意味正解だったかもしれません』
「どういうこと?」
『首輪が付いています。この人形は、参加者の一人かもしれません』
「……あ」
言われて、凛は気付いた。
人形の首にも、自分に付けられた物と同じ首輪がある。
「参ったわね。人間と同じ扱いをされる人形……イリヤみたいなホムンクルスかしら?
何か思い当たる節ある?」
『私には理解できませんが、事情を聞くべきでしょう。
私達の知らない技術を知っているかもしれません。
それが何かこのゲームに関する知識へ結びつくかも』
「そうするわ」
「う……」
意識が戻る。
自分の瞼の重さに辟易しながら水銀橙は眼を開けた。
もやのかかったような視界だが、それでもここが建物の中だということと……
「目が覚めた?」
……目の前で変な格好の女が、杖を突きつけているのが水銀橙にも分かった。
言うまでも無く未だ変身中の遠坂凛、その人である。
「……誰」
「か、カレイドルビー」
水銀橙の問いに凛は慌てて偽名を言った。ちなみに、今思いついた偽名だ。
こんな格好をした、なんて広まることは凛にとって末代までの恥である。
もっとも、水銀橙にとってはどうでもいいことだが。
「なんで助けたのかしら?
この殺し合いの中で参加者を助けるっていうのはおばかさんのやることよぉ?
それとも、参加者でもないとでも思ったのぉ?」
「知ってるわ。けどあいにく、私の知識だけじゃ理解できないことが多すぎるのよ。
あんたは何か知らない魔術が使われた人形らしいからこうやって情報を聞こうってわけ。
それにわざわざ殺し合いに乗ってやるのも馬鹿らしいしね……ただし」
『Buster mode』
「あんたが私を殺るっていうんなら、ここで消えてもらうわよ」
突きつけられた杖がその力を見せ付けるように変形する……
もっとも、凛は見せ付けるためにわざわざ今変形させたのだが。
どんな人間でも、こんな風に形が変わる杖を見ればただの杖でないことに気付くだろう。
魔術の知識がある人物なら尚更。そういう意味で、凛のこの行為は効果的だ。だが……
(……甘いわねぇ)
水銀橙は心の中でそう嘲笑した。
このゲームの中で、こうやって情けをかけているこの行為。
それは既に、甘い。
もっとも……完全に甘いという訳でもないか。少なくとも、実力と覚悟は本物だ。
見知らぬ敵に対しては躊躇無く攻撃できるのだろう……見知らぬ敵には。
……利用できると水銀橙は判断した。
「ふふ……ローゼンメイデンってもの、知ってるぅ?」
「……いきなり何?」
「知識が欲しいんでしょお? だから教えてあげるのよ」
怪訝な顔の凛に、水銀橙は語る。妖艶な悪魔のような表情で。
そして水銀橙は語った。
ローゼンメイデンと呼ばれる人形のこと。
ローザミスティカと呼ばれる核のこと。
アリスゲームと呼ばれる、戦いのことを。
それは、凛にもレイジングハートも知らない、別の神秘。
全てを聞き終わった凛は、思わず考え込んでいた。
「……一種のホムンクルスみたいなものかしら。
でも、核となる物を奪って強くなるなんて聞いたことない……
契約のシステムはホムンクルスというより使い魔だし」
『私も分かりかねます。ヴォルケンリッターや夜天の書とは全く別物のようですね』
「じゃあ聞くけど……この殺し合いに何か心当たりは?」
「あるわけないでしょ? アリスゲームとは似ているけどねぇ。
ラプラスの魔だったらお遊びで開催するかもしれないけど……
あいつにここまでの力はないでしょうしぃ」
「……はあ」
三度、凛は溜め息を吐いた。
今まで知らなかったとんでもない錬金術師(と凛は判断した)の存在は知ったが……
だからといってこの殺し合いについて何か分かったわけでもない。
分かったのは、ここには少なくとも三つの世界から参加者が集められ、
ここには少なくとも三つの魔術体系が存在するということだけだ。
凛もレイジングハートも水銀橙も、そういったことを可能にする力を知っている。
だから納得できて……それがどれほどとんでもないことかも分かる。
……ギガゾンビはちゃちな魔術師程度ではなく、魔法使いか何かなのだろう。
そうとしか凛には思えない。
レイジングハートも、相手はSSSクラスの魔導師だと判断していた。
「ほんっとどうしよう……大師夫でも勝てないんじゃないかしら、あいつ」
頭をかいた凛の頭にあるのは、遠坂の先祖に魔術を教えた魔法使いのこと。
平行世界の運営を己が魔法とする彼だが、ギガゾンビのこれは彼の魔法に匹敵する。
珍しく弱気になった凛だが……
「おばかさんねぇ。まず自分が生き残れるかどうか心配したらどうかしらぁ?」
「…………」
馬鹿にするような口調の水銀橙に、凛は口をつぐんだ。
確かに事実ではある。
このゲームをどうにかする手段より、自分の身を守る手段の方が身近な問題だ。
ただ……凛としては、やはり無駄な殺しをする気は無かったし、何より。
「生き残るだけなら問題ないわよ。
私は魔術師なんだし、強力な魔術礼装だって持ってるんだから」
『Yes』
凛には自信がある。
あの聖杯戦争を生き抜いた自信。遠坂家当主としての自信。
レイジングハートには意地がある。
かつて二つの大事件を収束させた、高町なのはのデバイスとしての意地。
だが、水銀橙は見抜いていた。
「だけど、少し黙り込んだじゃない。
何より、分かってるでしょぉ? ここには未知の技術がたくさんあるってこと。
まだ、平気なのかしらぁ」
一人と一本の、未知への恐怖を。
そもそも凛とレイジングハートの組み合わせは、
お互い未知の技術が使われていることを自覚せざるを得ない組み合わせ。
人は、知らないことに安心できるようにはできていない。
凛とレイジングハートの躊躇いを見て取った水銀橙は、自分の話を切り出した。
自分の力を取り戻すために。
「ふふ、でも解消する手段があるわ……私と『契約』なさい」
「……なんですって?」
「私と組めば、ローゼンメイデンという未知の技術については心配ない。でしょお?」
「なんでそんなこと言い出すのよ。あんたに何か得があるわけ?」
「『契約』すれば、スタミナ切れを気にせずに私は戦える。
現状でも普通に戦えるけど……疲れが溜まらないわけじゃないものねぇ。
人間と一緒よ、今の状態じゃ」
余裕の表情で言う水銀橙だが、内心は冷や汗ものだ。
現在は人間と一緒どころか人間以下だ。自分の力を癒すためにも、是非『契約』しておきたい。
……もっとも、実はこれから水銀橙が行うのは契約ではないのだが。
「少なくとも、戦力的には足手まといになりはしないわよ?」
そんな冷や汗と嘘を包み隠して水銀橙は喋る。
凛は相当悩んでいる。
水銀橙としてはさっさと納得して欲しいところだが、文句は言わない。
焦って失敗なんて洒落にならない。このまま放置されれば生き残ることは不可能だ。
『いかがしましょう。
私としてはマスターと合流することを優先し、放っておきたいのですが……』
「…………っ」
レイジングハートの言葉に水銀橙は聞こえないように歯軋りした。
黙れジャンクめ、お前の意見は聞いていない。
私に必要なのは人間の方だけ、お前はどこへでも消え去ってしまえ。
そんなことを考えたが、やはり表情にも口にも出さなかった。
交渉に必要なのは余裕の表情、それだけだ。
しばらくして、凛は。
「……いいわ、契約しましょう」
そう答えた、『契約』すると。
水銀橙がほくそ笑む。上手くいった。真実を全て言ったわけではない。
矛盾に気付かれる可能性もあったが、凛は気付かなかった。
水銀橙は賭けに勝った。
「ふふ、じゃあ私の言う事に従いなさぁい?」
折れていた水銀橙の翼が癒えていく。
凛がレイジングハートを向けて、癒しの呪文を行使していた。
魔術師である事を聞いた水銀橙は、『契約』したのだから回復をしてほしいと言ったのだ。
「ふふ、『契約』したかいはあったわねぇ。これが魔術ってやつ?
こんなおまけもあるなんてさすがってところかしらぁ?」
「馬鹿にしないで。これでも魔力量は普通の魔術師より遥かに多いんだから。
あんたの『契約』もアーチャーとの契約に比べれば全然負担かかんないし、安いものよ」
凛の言葉に嘘はない。彼女にとって、この『契約』は全く苦にならない。
サーヴァントという神秘に比べれば、こんな人形の使役ぐらい安いものだ。
(にしても、こんな格好で喋る人形と一緒に行動か……
何か、本当に魔法少女じみてきたわね)
そういう点では『契約』したのを後悔していた。正直、この姿では士郎には会いたくない。
下らない理由だが……それでも『契約』したのは、戦力上昇としては有用だから。
そして何より、彼女は勘違いしていた。
(どうせ裏切られることないし、いいでしょ。使い魔みたいなもんだし)
そう……致命的な勘違いを。
ジュンや真紅達なら気付いただろう。これは、契約ではない。
凛はドールとの契約の証である指輪を付けていない。
当然だ。指輪は水銀橙のミーディアム・めぐが付けている。そして、彼女はここにいない。
水銀橙が凛にやらせた契約の儀式は真っ赤な嘘。意味も無いこと。
だが、水銀橙に魔力が流れ込んでいるのも事実だ。水銀橙は、確かに何かした。
ただし、それは契約ではない。理由は簡単……水銀橙は嘘を吐いていた。
水銀橙の言った嘘は三つ。
まず、「ミーディアムとドールが結ぶ契約は簡単に切れない」ということ。
これは真実ではある。人間との契約が切れることは、アリスゲームを降りるということ。
だが……水銀橙と凛が行った『契約』は違う。
次に、「ミーディアムはドールを束縛できる」ということ。
「力の供給元である以上逆らうのは難しい」とは告げたが……
実際「ミーディアム」とあるようにアドバンテージがあるのはドールの方。
凛はサーヴァント、レイジングハートは使い魔という存在を知っている。
ゆえに、それが災いしてあっさりと騙された。自分達の方にアドバンテージがあるのだと思い込んで。
最後に、「これが契約だ」ということだ。
そもそもこれは契約ではない。ただし水銀橙には特殊能力がある。
「水銀橙は契約しなくても、相手が望む望むまいに関係なく力を奪える」という。
他の姉妹には無い、逆十字を標すドールらしい力だ。
そう、水銀橙と凛が行った『契約』は契約に非ず。
ただ、水銀橙が凛から強引に魔力を奪っているにすぎない。
要するに……『契約』はただ近くにいる理由を作らせるためだけの嘘だ。
指輪による契約を水銀橙が行えば、病人程度ならあっさりと生命力を奪われ死ぬだろう。
それに比べればこの『契約』の負担は確かに安いもの……行動に支障ない程度だ。
もっとも、水銀橙が戦闘できるだけの力はきっちりと貰えるのだが。
(ふふ、おばかさぁん)
とりあえず殺すつもりは、今の水銀橙には無い。
これほど優秀な力の供給元、失うには惜しい。
このゲームが終わるまで、食い物とさせてもらう。ついでに死なない程度に守ってやろう。
ゲームには乗っていないのが残念だが……襲われたら容赦しないと言っていた。
なら、敵を水銀橙が作ってやればいいだけの話。
そして……
(最後には、きっちり死んでもらうわよぉ?
私のミーディアムは、貴女なんかじゃない)
めぐの所へ、絶対に帰る。
そして自分をこんな所に連れてきたあのいけすかない馬鹿にめぐの病気を治させる。
水銀橙は、そう誓っていた。
【D-5レジャービル内部の部屋、1日目早朝】
【魔法少女カレイドルビーチーム】
【遠坂凛(カレイドルビー)@Fate/ Stay night】
[状態]:魔力微消費、カレイドルビーに変身中、水銀橙と『契約』
[装備]:レイジングハート・エクセリオン(バスターモード)@魔法少女リリカルなのは
[道具]:支給品一式、ヤクルト一本
[思考]1、高町なのはを探してレイジングハートを返す。ついでに守ってもらう。
2、士郎と合流。ただしカレイドルビーの姿はできる限り見せない。
3、アーチャーやセイバーがどうなっているか、誰なのかを確認する
4、知ってるセイバーやアーチャーなら、カレイドルビーの姿は以下略。
5、自分の身が危険なら手加減しない
現在、カレイドルビーは一期第四話までになのはが習得した魔法を使用できます。
ただしフライヤーフィンは違う魔術を同時使用して軟着陸&大ジャンプができる程度です。
【水銀燈@ローゼンメイデンシリーズ】
[状態]:中程度の消耗、服の一部が破けている、『契約』による自動回復(相手はカレイドルビーという名前だと思っている)
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考]1、カレイドルビーとの『契約』はできる限り継続、利用。最後の二人になったところで殺しておく。
2、カレイドルビーの敵を作り、戦わせる。
3、真紅達ドールを破壊し、ローザミスティカを奪う。
4、バトルロワイアルの最後の一人になり、ギガゾンビにメグの病気を治させる。
『契約』について
厳密に言うと契約ではなく、水銀橙の特殊能力による一方的な魔力の収奪です。
凛からの解除はできませんが、水銀橙からの解除は自由です。再『契約』もできます。
ただし、凛が水銀橙から離れていれば収奪される量は減ります。
通常の行動をする分には凛に負荷はかかりません。
水銀橙が全力で戦闘をすると魔力が少し減少しますが、凛が同時に戦闘するのに支障はありません。
ただしこれは凛の魔力量が平均的な魔術師より遥かに多いためであり、魔力がない参加者や平均レベルの魔力しかない魔術師では負荷が掛かる可能性があります。
逆に言えば、なのは勢やレイアース勢などは平気です。
*時系列順で読む
Back:[[これが薬師の選択です]] Next:[[暴走特急は親友の夢を見るか]]
*投下順で読む
Back:[[これが薬師の選択です]] Next:[[貪る豚]]
|01:[[魔術師少女リリカルりん]]|遠坂凛|88:[[嘘と誤解と間違いと]]|
|71:[[人ならざるもの達の午前 Water Requiem]]|水銀燈|88:[[嘘と誤解と間違いと]]|
*遠坂凛は魔法少女に憧れない ◆2kGkudiwr6
ホテルの一室。遠坂家当主であり、五大元素使いの魔術師遠坂凛は。
「……つまりあんたはインテリジェントデバイスとかいう種類の杖で、意思を持つ魔術礼装。
名前はレイジングハート・エクセリオン。マスターは高町なのは。
とりあえずその子を見つけるまで私に協力する。
……で、あんたを使って戦う時は魔法少女みたいに服を着替える必要がある」
『はい。理解していただけましたでしょうか、仮のマスター』
「理解できるわけないでしょうが!?」
手に持った杖に対してキレていた。
赤いノースリーブのドレスに赤いニーソックスに赤い長手袋、
それになぜかネコミミしっぽを生やした魔法少女の格好で。
格好的にも態度的にも学園の優等生の姿は欠片も無い。
ついでに、遠坂の魔術師としての体面もあんまりない。
「なによこれ!? なんでこんな格好なのよ!」
『あなたが考えた「魔法少女らしい格好」を元に変身させたのですが』
「こんな格好、考えるわけないでしょ!」
『思い当たる節はありませんか?』
「ない! ……はず」
ないと言い切れない気がなぜかするのが遠坂凛の悲しさ。
実際、幼い時に喋る杖によって凛はとんでもない格好をしている。
その記憶は消されているが、友達が激減した記憶はきっちりと残っていた。
「と、ともかく! こんな格好、戦闘に向いてるわけ無いでしょうが!」
言葉に詰まった凛は反論先を変えた。
外見的な問題が自分のせいなら、実用的な面を攻めるという腹だ。しかし。
『多少の衝撃や空気抵抗なら問題ありません。戦いの際は着ることをお勧めします』
あっさり言い返された。
「ま、魔力消費は!?」
『あなたの魔力量は平均的な魔導師より遥かに多いようです。
バリアジャケット程度なら魔力の消耗よりあなたの魔力回復の量の方が圧倒的に多いと思われます』
「う、うう……」
がっくり膝を付く凛。もう反論材料が無い。褒められてなお言い返すのは無理だ。
彼女だって命の危険と恥、どっちを選ぶかといえば後者である。
実際この服が何らかの魔力を纏っているのは彼女にも分かっている。
いつどこから敵が襲ってくるのか分からないのだ、身の安全を考えれば着た方がいいと理解できる。
……例え痛い格好でも。
こうして、ここに一人新たな魔法少女が誕生した。
まるで蟲毒のような殺し合いの場。
夜の闇が明けつつあっても、数多の闇が存在することに変わりは無い。
遊戯の集まりであるレジャービルもこの場の異常さを知らしめこそすれ、
闇を払うことなどありえない。
証拠に、その付近ではドレスに逆十字を標されたドールが黒い翼を広げている。
「……はぁ、っく、無様、ね」
レジャービルの壁を背もたれにして、水銀橙は呟いた。
その上では自分を吹き飛ばした忌々しい凶器が窓ガラスを突き破っている。
寸前で脱出していなければ自分も一緒にそうなっていたに違いない……
ただし、脱出の代償として左の翼を少し傷めたが。
飛ぶことはまだ可能だろう。だが、翼を畳むことはできない。無様だ。
せめてミーディアムの……めぐのそばに居ればこの傷も、疲れもすぐに完治すると言うのに。
――彼女の生命力を犠牲にして。
「……ふふ。どの道全力で戦闘できない以上、意味ないわねぇ」
そう。だから無様だ。その表情は自嘲の笑み。
水銀橙が全力で戦えば病弱な人間の生命力なんてあっさり底を尽く。
だけど……めぐを殺して得る勝利なんていらない。
なら、この結果も当然か。
ミーディアムなしではスタミナ切れ、組んだ相手は死ぬ寸前の少女。
まともに戦えるわけが無い。真紅だったらとっくにリタイヤしているに決まってる。
……めぐを気にしないで済む分、今の状況の方がましか。
そんなことを、水銀橙は考えていた。
「……眠い」
もう動く気力も無い。考えるのも嫌になって……彼女は目を閉じた。
――それは遠い昔のお話。
人形に命を吹き込むことだけを目指し、千年の時を超えて生きたとさえされる人形師に作られた私の記憶。
お父様が、なぜあのような技術を持っていたのかは知らない。
知る必要もない。私は完璧なドール、アリスになればよかったのだから。
ひとつだけ言えるのは、その技術が人ならざる者として迫害されていたこと。
――ぞっとしない。
――錬金術。
――バカバカしい。
――嘘に決まってる。
――教会に逆らう不届き者のペテン師。
それも、どうでもいいことだ。
私は完璧なドール、アリスになればよかったのだから。
だけど、たまに思ったことはある。
――どうして、私達は動けるのだろう、と。
セット
「――Anfang.
魔力を探して、レイジングハート」
『Area Search』
ふて腐れたような声で呪文を紡ぐのは、魔法少女カレイドルビーこと遠坂凛。
ちなみに表情もふて腐れている。
最終的に凛が考えたのはこういうことだ。
(さっさと持ち主探して、返還しよ。ついでにそいつに守ってもらえばいいわ……)
この杖が強力な魔術礼装なのも事実、だが戦う際はこの格好をしなくてならないのも事実。
結果として、凛はある考えを導き出した。
「この杖の本来の持ち主を味方に付ければいいじゃない。私は逃げ回りましょ」という。
……彼女らしくない超ネガティブ思考である。それだけこの格好が嫌なのだが。
それはともかく、持ち主を見つけるには魔力を持つ存在を片っ端から探すのが一番。
幸い凛は魔力探知の心得があるし、レイジングハートもそのための魔法を知っていた。
『このホテルから西方向に魔力を探知。
基本的な魔法はこの四時間でだいたい覚えたようですね。流石です』
「……どーも」
さっきの呪文よろしく、ふて腐れた声で凛は答えた。
レイジングハートとしては褒めているのだろうが、
10年間魔術師として生きてきた凛としてはあまり嬉しくない言葉である。
初歩的な魔術を覚えるくらい、凛には当たり前のことだ。
そんな凛の考えを見透かしたのか、レイジングハートは次の課題を出した。
『では、初級の最後くらいの魔法である飛翔魔法に移りましょうか。
窓から飛び降りて、西にあるレジャービルの屋上へ飛んでみて下さい』
「……へ?」
唖然とする凛。
ちなみに、ここは四階である。普通の人間なら十分死ねる。
「……べ、別に飛び降りなくても、この部屋で試せばいいんじゃ」
『マスターは魔法の経験がなかったにも関わらず二週間もかけないでこれを習得しました。
優れた魔導師であるあなたならできます。You can fly!』
「…………」
もしかしてあれか、こいつは私を殺す気か。それともスパルタ教育が主義なのか。
本気で凛はどちらかなのか悩んだ。
(いや、もしかすると高町なのはとかいうのが凄いトレーニング馬鹿なのかも……)
ちなみに、これが正解だ。
『どうしました?』
「なんでもない。ともかくやればいいんでしょ」
『Yes』
無茶な要請に溜め息を吐きながら、凛は窓を開けた。
朝焼けの空が凛を拒むかのように風が吹き込み、髪をなびかせる。
一応、これくらいの高さから飛び降りたことはある。ただしアーチャーの補助付きで。
さすがに一人で飛び降りるとなると、様々な魔術を行使しないと無事には済まない。
初めてやる魔術を使うには無茶な高さだ。しかし。
(間違ってる、ってわけでもないわね……)
呪文は自己暗示。発動に大切なのは自分の気持ち。
ならば自分の状況を追い込んでおけば、
できなくてもいいという気持ちが消えて成功しやすくなるという考え方もできなくもない。
実際、凛は士郎がそうやって戦いの中で成長してきた姿を見てきている。
セット
「――Anfang」
『Flier fin』
息を吐いて、呪文を紡ぐ。それに呼応して、足元から桃色の羽が生えた。
『フライヤーフィンの構成には成功しました。後は貴女次第です』
「ええ、わかってる」
窓から飛び降りる前に、一つ深呼吸。ついでに、誰も見ていないかどうか確認。
……問題なし。覚悟を決める。飛ぶという覚悟と、この格好で外に出るという覚悟。
明らかに後者の覚悟の方がどうでもいい覚悟なのは突っ込まないほうがいい。
(私は飛ぶ。飛んでみせる、この羽根で。小さい羽根だけど)
「たぁっ!」
夜空へ向けて飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。羽根が羽ばたき、高度が上がる。
レジャービルへ向けて飛んでいく。
(そう、飛べる。私は飛べ……)
る、と思った瞬間。
――遠坂家の遺伝子、ここぞという時でうっかりするという習性が発動した。
ふと下からドレスの中身が丸見えじゃないかと気になって。
少しドレスを手で押さえて。
結果、姿勢が崩れた。盛大に、がっくりと前のめりに。
「ぁぁあああああああ!?」
落ちた。それも空気抵抗とか流体力学を派手に無視して錐揉み落下。
中途半端に飛んだお陰で姿勢はめちゃくちゃ。
このまま落下すれば地面と盛大なキスをする羽目になる。
「Es ist gros!」
とっさに呪文を紡ぐ凛。紡いだのは身体を軽量化する呪文。
だが、それでもフライヤーフィンで身体を持ち上げるには足りない。
「Es ist klein!」
『…………』
悲鳴のような声で次の呪文。今度は重力制御の呪文だ。
ただし、以前飛び降りた時とは逆に重力を軽くする。
レイジングハートが呆れたようだが凛は気にしない。気にする余裕が無い。
二つの魔術の効果でやっとフライヤーフィンの推力と重力が拮抗し、
凛は何とか無事に地面に軟着陸した。腕を付いて四つんばいで。
「し、死ぬかと思った……」
……脱力した凛に立ち上がる気力は無い。
肉体的には健康だし、複雑な魔術を使った訳ではないので魔力もそれほど減っていない。
だが精神的にかなり疲れていた。
『…………』
「……笑いたければ笑うといいわ」
そう答える凛の表情はかなりヤケ気味である。ついでに、危険な表情だ。
まあ、9歳児が覚えた魔法に失敗したのだから誇りが傷つくのは当然かもしれない。
ここまで来ると、さすがのレイジングハートもフォローに走らざるを得ない。
元々、彼女(?)が原因ということもあったし。
『それより前方を。探知した魔力の持ち主がいるようです』
「ま、まさか見られた? この失態を!?」
『い、いえ。眠っているようですよ。あちらです』
レイジングハートの指示した方向を見て、凛も確認した。
レジャービルの壁に何か寄りかかっている。目を凝らさないと確認できないが。
「そうね、落ち込んでる場合じゃないわね、こんなの心の贅肉だわ。
さっさと魔力の持ち主の確認をしましょう! 今のなし! そうよね!?」
『Yes』
やるべきことを見つけて、凛はさっさと次の行動に移った。強引に。
実際のところ忘れようとしているだけだが、レイジングハートはつっこまない。
というより、つっこむと収集が付かなくなる。
レイジングハートを構えながら凛は前進して……相手の姿を確認した。
「人間……じゃない? 人形?」
『そのようですね』
凛の表情が怪訝な物に変わる。
動力でも切れたか、動き出す様子は無い。服はボロボロ、翼も痛々しく折れていた。
しばらく観察して、凛はやれやれと溜め息を吐いた。
「まさかあんたのマスターじゃないでしょ」
『Yes』
「ふう、とんだ無駄足だったか……馬鹿みたい」
自分の馬鹿らしさに、凛は再び溜め息を吐いた。何のためにこんな格好したんだか。
だが、レイジングハートが警告した。
『いいえ、来たのはある意味正解だったかもしれません』
「どういうこと?」
『首輪が付いています。この人形は、参加者の一人かもしれません』
「……あ」
言われて、凛は気付いた。
人形の首にも、自分に付けられた物と同じ首輪がある。
「参ったわね。人間と同じ扱いをされる人形……イリヤみたいなホムンクルスかしら?
何か思い当たる節ある?」
『私には理解できませんが、事情を聞くべきでしょう。
私達の知らない技術を知っているかもしれません。
それが何かこのゲームに関する知識へ結びつくかも』
「そうするわ」
「う……」
意識が戻る。
自分の瞼の重さに辟易しながら水銀橙は眼を開けた。
もやのかかったような視界だが、それでもここが建物の中だということと……
「目が覚めた?」
……目の前で変な格好の女が、杖を突きつけているのが水銀橙にも分かった。
言うまでも無く未だ変身中の遠坂凛、その人である。
「……誰」
「か、カレイドルビー」
水銀橙の問いに凛は慌てて偽名を言った。ちなみに、今思いついた偽名だ。
こんな格好をした、なんて広まることは凛にとって末代までの恥である。
もっとも、水銀橙にとってはどうでもいいことだが。
「なんで助けたのかしら?
この殺し合いの中で参加者を助けるっていうのはおばかさんのやることよぉ?
それとも、参加者でないとでも思ったのぉ?」
「知ってるわ。けどあいにく、私の知識だけじゃ理解できないことが多すぎるのよ。
あんたは何か知らない魔術が使われた人形らしいからこうやって情報を聞こうってわけ。
それにわざわざ殺し合いに乗ってやるのも馬鹿らしいしね……ただし」
『Buster mode』
「あんたが私を殺るっていうんなら、ここで消えてもらうわよ」
突きつけられた杖がその力を見せ付けるように変形する……
もっとも、凛は見せ付けるためにわざわざ今変形させたのだが。
どんな人間でも、こんな風に形が変わる杖を見ればただの杖でないことに気付くだろう。
魔術の知識がある人物なら尚更。そういう意味で、凛のこの行為は効果的だ。だが……
(……甘いわねぇ)
水銀橙は心の中でそう嘲笑した。
このゲームの中で、こうやって情けをかけているこの行為。
それは既に、甘い。
もっとも……完全に甘いという訳でもないか。少なくとも、実力と覚悟は本物だ。
見知らぬ敵に対しては躊躇無く攻撃できるのだろう……見知らぬ敵には。
……利用できると水銀橙は判断した。
「ふふ……ローゼンメイデンってもの、知ってるぅ?」
「……いきなり何?」
「知識が欲しいんでしょお? だから教えてあげるのよ」
怪訝な顔の凛に、水銀橙は語る。妖艶な悪魔のような表情で。
そして水銀橙は語った。
ローゼンメイデンと呼ばれる人形のこと。
ローザミスティカと呼ばれる核のこと。
アリスゲームと呼ばれる、戦いのことを。
それは、凛もレイジングハートも知らない、別の神秘。
全てを聞き終わった凛は、思わず考え込んでいた。
「……一種のホムンクルスみたいなものかしら。
でも、核となる物を奪って強くなるなんて聞いたことない……
契約のシステムはホムンクルスというより使い魔だし」
『私も分かりかねます。ヴォルケンリッターや夜天の書とは全く別物のようですね』
「じゃあ聞くけど……この殺し合いに何か心当たりは?」
「あるわけないでしょ? アリスゲームとは似ているけどねぇ。
ラプラスの魔だったらお遊びで開催するかもしれないけど……
あいつにここまでの力はないでしょうしぃ」
「……はあ」
三度、凛は溜め息を吐いた。
今まで知らなかったとんでもない錬金術師(と凛は判断した)の存在は知ったが……
だからといってこの殺し合いについて何か分かったわけでもない。
分かったのは、ここには少なくとも三つの世界から参加者が集められ、
ここには少なくとも三つの魔術体系が存在するということだけだ。
凛もレイジングハートも水銀橙も、そういったことを可能にする力を知っている。
だから納得できて……それがどれほどとんでもないことかも分かる。
……ギガゾンビはちゃちな魔術師程度ではなく、魔法使いか何かなのだろう。
そうとしか凛には思えない。
レイジングハートも、相手はSSSクラスの魔導師だと判断していた。
「ほんっとどうしよう……大師夫でも勝てないんじゃないかしら、あいつ」
頭をかいた凛の頭にあるのは、遠坂の先祖に魔術を教えた魔法使いのこと。
平行世界の運営を己が魔法とする彼だが、ギガゾンビのこれは彼の魔法に匹敵する。
珍しく弱気になった凛だが……
「おばかさんねぇ。まず自分が生き残れるかどうか心配したらどうかしらぁ?」
「…………」
馬鹿にするような口調の水銀橙に、凛は口をつぐんだ。
確かに事実ではある。
このゲームをどうにかする手段より、自分の身を守る手段の方が身近な問題だ。
ただ……凛としては、やはり無駄な殺しをする気は無かったし、何より。
「生き残るだけなら問題ないわよ。
私は魔術師なんだし、強力な魔術礼装だって持ってるんだから」
『Yes』
凛には自信がある。
あの聖杯戦争を生き抜いた自信。遠坂家当主としての自信。
レイジングハートには意地がある。
かつて二つの大事件を収束させた、高町なのはのデバイスとしての意地。
だが、水銀橙は見抜いていた。
「だけど、少し黙り込んだじゃない。
何より、分かってるでしょぉ? ここには未知の技術がたくさんあるってこと。
まだ、平気なのかしらぁ」
一人と一本の、未知への恐怖を。
そもそも凛とレイジングハートの組み合わせは、
お互い未知の技術が使われていることを自覚せざるを得ない組み合わせ。
人は、知らないことに安心できるようにはできていない。
凛とレイジングハートの躊躇いを見て取った水銀橙は、自分の話を切り出した。
自分の力を取り戻すために。
「ふふ、でも解消する手段があるわ……私と『契約』なさい」
「……なんですって?」
「私と組めば、ローゼンメイデンという未知の技術については心配ない。でしょお?」
「なんでそんなこと言い出すのよ。あんたに何か得があるわけ?」
「『契約』すれば、スタミナ切れを気にせずに私は戦える。
現状でも普通に戦えるけど……疲れが溜まらないわけじゃないものねぇ。
人間と一緒よ、今の状態じゃ」
余裕の表情で言う水銀橙だが、内心は冷や汗ものだ。
現在は人間と一緒どころか人間以下だ。自分の力を癒すためにも、是非『契約』しておきたい。
……もっとも、実はこれから水銀橙が行うのは契約ではないのだが。
「少なくとも、戦力的には足手まといになりはしないわよ?」
そんな冷や汗と嘘を包み隠して水銀橙は喋る。
凛は相当悩んでいる。
水銀橙としてはさっさと納得して欲しいところだが、文句は言わない。
焦って失敗なんて洒落にならない。このまま放置されれば生き残ることは不可能だ。
『いかがしましょう。
私としてはマスターと合流することを優先し、放っておきたいのですが……』
「…………っ」
レイジングハートの言葉に水銀橙は聞こえないように歯軋りした。
黙れジャンクめ、お前の意見は聞いていない。
私に必要なのは人間の方だけ、お前はどこへでも消え去ってしまえ。
そんなことを考えたが、やはり表情にも口にも出さなかった。
交渉に必要なのは余裕の表情、それだけだ。
しばらくして、凛は。
「……いいわ、契約しましょう」
そう答えた、『契約』すると。
水銀橙がほくそ笑む。上手くいった。真実を全て言ったわけではない。
矛盾に気付かれる可能性もあったが、凛は気付かなかった。
水銀橙は賭けに勝った。
「ふふ、じゃあ私の言う事に従いなさぁい?」
折れていた水銀橙の翼が癒えていく。
凛がレイジングハートを向けて、癒しの呪文を行使していた。
魔術師である事を聞いた水銀橙は、『契約』したのだから回復をしてほしいと言ったのだ。
「ふふ、『契約』したかいはあったわねぇ。これが魔術ってやつ?
こんなおまけもあるなんてさすがってところかしらぁ?」
「馬鹿にしないで。これでも魔力量は普通の魔術師より遥かに多いんだから。
あんたの『契約』もアーチャーとの契約に比べれば全然負担かかんないし、安いものよ」
凛の言葉に嘘はない。彼女にとって、この『契約』は全く苦にならない。
サーヴァントという神秘に比べれば、こんな人形の使役ぐらい安いものだ。
(にしても、こんな格好で喋る人形と一緒に行動か……
何か、本当に魔法少女じみてきたわね)
そういう点では『契約』したのを後悔していた。正直、この姿では士郎には会いたくない。
下らない理由だが……それでも『契約』したのは、戦力上昇としては有用だから。
そして何より、彼女は勘違いしていた。
(どうせ裏切られることないし、いいでしょ。使い魔みたいなもんだし)
そう……致命的な勘違いを。
ジュンや真紅達なら気付いただろう。これは、契約ではない。
凛はドールとの契約の証である指輪を着けていない。
当然だ。指輪は水銀橙のミーディアム・めぐが着けている。そして、彼女はここにいない。
水銀橙が凛にやらせた契約の儀式は真っ赤な嘘。意味も無いこと。
だが、水銀橙に魔力が流れ込んでいるのも事実だ。水銀橙は、確かに何かした。
ただし、それは契約ではない。理由は簡単……水銀橙は嘘を吐いていた。
水銀橙の言った嘘は三つ。
まず、「ミーディアムとドールが結ぶ契約は簡単に切れない」ということ。
これは真実ではある。人間との契約が切れることは、アリスゲームを降りるということ。
だが……水銀橙と凛が行った『契約』は違う。
次に、「ミーディアムはドールを束縛できる」ということ。
「力の供給元である以上逆らうのは難しい」とは告げたが……
実際「ミーディアム」とあるようにアドバンテージがあるのはドールの方。
凛はサーヴァント、レイジングハートは使い魔という存在を知っている。
ゆえに、それが災いしてあっさりと騙された。自分達の方にアドバンテージがあるのだと思い込んで。
最後に、「これが契約だ」ということだ。
そもそもこれは契約ではない。ただし水銀橙には特殊能力がある。
「水銀橙は契約しなくても、相手が望む望むまいに関係なく力を奪える」という。
他の姉妹には無い、逆十字を標すドールらしい力だ。
そう、水銀橙と凛が行った『契約』は契約に非ず。
ただ、水銀橙が凛から強引に魔力を奪っているにすぎない。
要するに……『契約』はただ近くにいる理由を作らせるためだけの嘘だ。
指輪による契約を水銀橙が行えば、病人程度ならあっさりと生命力を奪われ死ぬだろう。
それに比べればこの『契約』の負担は確かに安いもの……行動に支障ない程度だ。
もっとも、水銀橙が戦闘できるだけの力はきっちりと貰えるのだが。
(ふふ、おばかさぁん)
とりあえず殺すつもりは、今の水銀橙には無い。
これほど優秀な力の供給元、失うには惜しい。
このゲームが終わるまで、食い物とさせてもらう。ついでに死なない程度に守ってやろう。
ゲームには乗っていないのが残念だが……襲われたら容赦しないと言っていた。
なら、敵を水銀橙が作ってやればいいだけの話。
そして……
(最後には、きっちり死んでもらうわよぉ?
私のミーディアムは、貴女なんかじゃない)
めぐの所へ、絶対に帰る。
そして自分をこんな所に連れてきたあのいけすかない馬鹿にめぐの病気を治させる。
水銀橙は、そう誓っていた。
【D-5レジャービル内部の部屋、1日目早朝】
【魔法少女カレイドルビーチーム】
【遠坂凛(カレイドルビー)@Fate/ Stay night】
[状態]:魔力微消費、カレイドルビーに変身中、水銀橙と『契約』
[装備]:レイジングハート・エクセリオン(バスターモード)@魔法少女リリカルなのは
[道具]:支給品一式、ヤクルト一本
[思考]1、高町なのはを探してレイジングハートを返す。ついでに守ってもらう。
2、士郎と合流。ただしカレイドルビーの姿はできる限り見せない。
3、アーチャーやセイバーがどうなっているか、誰なのかを確認する
4、知ってるセイバーやアーチャーなら、カレイドルビーの姿は以下略。
5、自分の身が危険なら手加減しない
現在、カレイドルビーは一期第四話までになのはが習得した魔法を使用できます。
ただしフライヤーフィンは違う魔術を同時使用して軟着陸&大ジャンプができる程度です。
【水銀燈@ローゼンメイデンシリーズ】
[状態]:中程度の消耗、服の一部が破けている、『契約』による自動回復(相手はカレイドルビーという名前だと思っている)
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考]1、カレイドルビーとの『契約』はできる限り継続、利用。最後の二人になったところで殺しておく。
2、カレイドルビーの敵を作り、戦わせる。
3、真紅達ドールを破壊し、ローザミスティカを奪う。
4、バトルロワイアルの最後の一人になり、ギガゾンビにめぐの病気を治させる。
『契約』について
厳密に言うと契約ではなく、水銀橙の特殊能力による一方的な魔力の収奪です。
凛からの解除はできませんが、水銀橙からの解除は自由です。再『契約』もできます。
ただし、凛が水銀橙から離れていれば収奪される量は減ります。
通常の行動をする分には凛に負荷はかかりません。
水銀橙が全力で戦闘をすると魔力が少し減少しますが、凛が同時に戦闘するのに支障はありません。
ただしこれは凛の魔力量が平均的な魔術師より遥かに多いためであり、魔力がない参加者や平均レベルの魔力しかない魔術師では負荷が掛かる可能性があります。
逆に言えば、なのは勢やレイアース勢などは平気です。
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