「リスキィ・ガール」(2021/08/04 (水) 22:14:52) の最新版変更点
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*リスキィ・ガール ◆pKH1mSw/N6
古代より、海は恐怖の象徴であった。
特に夜の海は、人間の根源的な恐怖を引きずり出す。
底どころか水面のわずか1cm下ですら見通せない、コールタールの如き深淵が水平線まで広がり、
波音と、時折魚が跳ねる音だけが聞こえる光景を安心できると形容できる性格は、あまり一般的とは言えないだろう。
人間は、そんな海から港を守るために様々な工夫を凝らしてきた。
防波堤もそのうちの一つであり、ローマ帝国期から存在する建築物である。
とはいえ、この殺し合いの世界には守るべき港も、護るべき人々もいないのだが。
とある少年が防波堤を走り去ってから数十分後、防波堤の一部が盛り上がり人影を形作った。
人影は少女の姿をしており、しきりに辺りを見回している。
朝焼けに照らされ始めた海が目の前にあることを認識し、人影は一歩後ずさる。
ガリ、と靴がコンクリートの角を噛み、灰色の粉塵がパラパラと毀れた。
慌てて後ろを振り向いた人影の目に飛び込んできた光景は、やはり海。
そこに至ってようやく認識する。自分が海のど真ん中に取り残されていることに。
「…………ッ!」
たった一人で海の上にいるという恐怖に囚われたのだろうか、人影は全速力で走り始めた。
海に張られた一本道を、一人の少女が駆けていく。
十数分後、少女は防波堤から飛び降りた。
少しだけ安心した少女は息を整えようとしたが、なぜか殆ど疲れていない。
1km近くも走り続けて疲労を起こさないことは異常なのだが、少女にはその理由がわからない。
スピードが常人離れしていたことについては気付いていないようだった。
少女が首を傾げながらも顔を上げると、そこは夢の国。
色とりどりの電飾と、シンボルマークがプリントされた旗が目に付いた。
ちなみにシンボルマークは土偶の形をしており、『ギーガランドへようこそ!』とゴシック体の歓迎文句を謳っている。
近くのガイドセンターに陳列してあるパンフレットを手に取って、パラパラと捲ってみる。
『絶叫マシン“ギーガコースター”! 途中でコースターが分解して、形状記憶セラミックで元に戻るよ!』
『恐怖の屋敷“ギーガマンション”! たくさんのクラヤミ族が住み着いているマンションだよ!(実物ではありません)』
『勇気を振り絞れ!“ギーガ城”! 魔王に囚われたツチダマ姫を助け出すんだ! 見事助け出した勇者には記念メダルをプレゼント!』
少女はパンフレットを閉じた。
ちょうどそのとき、空にホログラムが映し出された。
※ ※ ※ ※
曙光に照らされた遊園地で、颯々たる涼風が城旗を揺らす。
なかなかの佳景ではあったが、上空に浮かぶ怪人の映像が全てを台無しにしていた。
時は午前6時。第一放送が終了し、ギガゾンビの映像が消え始める。
高らかな哄笑とともに空が歪み、生贄たちをを見下すかのようなギガゾンビの顔にノイズが入る。
不快な残響だけを残し、やがて映像は霧散した。
その光景を見届け終わった瞬間、劉鳳は手近にあったクレーンキャッチャーに八つ当たりの敵意を向ける。
途端、魔獣に齧られたかのように地面が抉れ、代わりに拘束衣の破壊神が姿を現す。
劉鳳のアルター、絶影である。
絶影の誇る針金状の触腕が哀れな筐体を蹂躙し、景品のぬいぐるみを内臓のようにぶち撒けた。
「毒虫が……」
やはりだ。やはり力を持ち過ぎた阿呆は碌な事をしない。
救いようのない小物が分不相応の力を持つとこうなる、という良い見本だ。
憤怒の炎を滾らせる劉鳳の横で、直立不動のまま絶影が破壊活動を続けている。
ブラウン管が、レバーが、座椅子が、何かの部品が、まるで埃のように宙を舞う。
遊園地のゲームセンターに破壊の嵐が吹き荒れた。
嵐はいつまで経っても収まらず、もはや使えるゲーム機は一台たりとも残っていない。
ここまで劉鳳を憤らせているのは、ギガゾンビによる無能な暴君まがいの発言だけではない。
19人という死者数の多さが、破壊の嵐を止めさせない。
こんな馬鹿げた殺し合いに乗った人間によって19もの命の灯火が掻き消された。
殺人行為を行った者のうち何人かはおそらく、武器の力に酔い、調子に乗ったならず者だ。
制御できない力は唯の暴力。
最初から殺人のために力を行使する悪は論外だが、無駄な力を持ったために殺人に走った馬鹿もいるだろう。
「社会不適格者どもめ!」
絶影の動きが一層激しくなり、ゲームセンターの外壁までをも微塵切りにする。
構成する部分の殆どを失ったゲームセンターが、緩やかな崩壊を始めた。
一人のアルター使いの怒りが生み出した轟音が辺り一帯に木霊する。
崩れ落ちる建物を背に、少し冷静さを取り戻した劉鳳は歩き出した。
向かう先は人が集まりそうな市街地。目的は真紅という人形の捜索だ。
黎明に出会った一体の人形。
ローゼンメイデン第五ドールと名乗った薔薇使いは、自分にとって致命的な因子になる可能性がある。
己の不注意により勘違いされ、危険人物と認定されてしまったからだ。
あの赤い人形によって悪い噂が流布されれば、無意味な戦闘を行わざるを得ない状況も起こりうるだろう。
その前に、あの人形を捕獲しなければならない。
とはいえ、黎明から探し続けているにも関わらず、未だ足取りは掴めていない。
人形なら同類の中に潜んでいるだろうと推測して、ファンシーショップのビスクドール達を掻き分け、
結局手掛かり一つ見つからなかったときなどは、流石に惨めな気持ちになった。
これだけ探し回って何の痕跡も見当たらないということは、もう園内にはいない可能性が高い。
地図を見ながら捜索場所を絞り込む劉鳳の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
警戒色に満ちたガラス球を思い出し、苦虫を噛み潰す。あれは完全に誤解している。
今そこの建物の影からこちらを伺っている少女がいるが、まさにあんな感じだ。
険しい顔で自分を睨みつけ、危険を察知した小動物のように逃げ出すところまで同じだな――――
「――――って、待て!」
どうやら、また破壊活動を見られたらしい。
そして例の如く勘違いされ、危険人物認定もされただろう。
少女が逃げ出した先の通路を曲がると、徐々に遠ざかる後ろ姿が見えた。
その腕には腕章が付けられており、文字が刺繍されているのがわかる。『団長』……どういう意味だろうか?
……仕方がない、緊急手段だ。少々手荒い方法だが、失敗を繰り返すわけにはいかない。
「絶影!」
光線のように伸びる触腕が少女に迫り、その足元にあるタイル張りの歩道を抉る。
足場を破壊され転倒する少女。その頭がコンクリート製の地面にぶつかり、ゴキリと嫌な音を立てた。
(しまった!)
急いで駆け寄り、少女の意識を確かめる。
かなり危険なぶつけ方をしたように見えたが、かろうじて意識は保っているようだ。
少女の瞳孔が開いていないことを視認した後、刺激しないよう慎重に声をかけた。
焦らず、そして油断せずに。
「いきなり攻撃してすまない。だが、誤解されることはどうしても防ぎたかった」
騙し討ちを警戒しながら、少女を安心させるために説得を試みる。
「対アルター特殊部隊HOLY所属、劉鳳だ。お前を殺すつもりはない、安心しろ」
声をかけられた少女が顔を上げる。その顔は、恐怖というよりは困惑で彩られていた。
「殺す……って、何を言っているの? ここは、どこ? 一体、何が起こっているの?」
※ ※ ※ ※
「記憶喪失だと?」
「うん……今まで自分が何をやっていたか、殆ど何も思い出せないの」
遊園地の出口を目指しながら、一組の男女が話し合っている。
男は険しい顔で少女を尋問しており、少女はおどおどした様子で指をいじくっていた。
20分ほどかけて劉鳳が少女から引き出した情報――つまり、少女が覚えていた全て――は、ごく僅かなものだった。
一人の少年と出会い、棒のようなもので殴られた。
気付いたら防波堤の上で倒れていた。
たったそれだけ。
その他のことは自分の名前すら覚えていないという。
(部分健忘というやつか……)
ほんの一部の記憶を残して思い出を全て忘れてしまうという症状を思い出す。
おそらく、その『少年』に殴られたときに記憶を失ったんだろう。
決して絶影で攻撃したときに頭を打ったからではない。
少女が言うには、少年に殴られた際の記憶は断片的に残っているらしく、
記憶の欠片は、自分は刀、少年は銃と棒を持ち、防波堤の上で対峙していたことを教えてくれたという。
その際、少年は『野原ひろし』と名乗り、自分自身は『長門有希』と名乗っていたようだ。
つまり、この少女の名前は『長門有希』ということになる。
「長門、デイパックは持っていないのか?」
武器どころか地図やコンパスすら持っていないことについて尋ねると、少女は首を振った。
野原という少年が刀ごと奪ったことは明白だった。
「狙いは武器か……過ぎた力は秩序を乱し、身を滅ぼすだけだとなぜわからない!」
少女のデイパックを奪い去ったであろう少年は、死んだ。
先程の放送の中で呼ばれた『野原ひろし』の名前が、その事実を雄弁に物語る。
秩序を乱し、人を傷付け、力を誇示するだけの愚か者には当然の末路だ。
防波堤を越えて少年を探すことはしなかった。死体に興味はない。
なお、少女に対する警戒も続けることにした。
記憶喪失の話が虚言である可能性も捨てきれないし、なにより、この状況で人の話を鵜呑みにするのは危険すぎる。
現在二人がいる場所はG-5。破壊されたゲームセンターがあるH-5からちょうど北にあるエリアだ。
少女は絶影による破壊音を聞いて劉鳳に近づいたらしく、破壊行為がもたらした予期せぬ副産物と言える。
だが、劉鳳がゲームセンターを破壊したのは人寄せのためではない。無論、八つ当たりでもない……はずだ。
劉鳳は、絶影の調子がおかしいことに気付いていた。
本来のスピードがなかなか出せない上に、身体にかかる負担も増加している。
観覧車を破壊したときに感じた違和感の正体を解明するためにゲームセンターを破壊してみたが、
どうやら気のせいではなかったらしい。アルター能力を“使いにくい”。
こんなことでは絶影の“真の姿”を開放したときどうなるか、想像もつかない。
劉鳳が思案に暮れていると、いつの間にか観覧車があった場所まで辿り着いていた。
そう、そこには確かに観覧車があったのだ。
だが今は、四十個ほどのゴンドラが埋葬された物悲しい墓地に過ぎなかった。
砕かれたメリーゴーランドの馬達も悲壮感を漂わせている。
まあ、劉鳳がやったことなのだが。
「真紅という人形にも誤解されてしまったし、少し短絡的過ぎたかな…………ん!?」
劉鳳は、瓦礫の中に不自然な鉄の棒が突き立っていることに気がついた。
まるで墓標のように打ち立てられている鉄に近づいてみると、そこには――――
「……クソッ」
「…………ッ」
鵙の早贄のように串刺しにされた老人の死体が一つ。
後ろで少女の息を飲む音が聞こえるが、気遣っている余裕はない。
素早く辺りを見回し、敵影を探す。血が乾ききっていないため、近くに犯人がいる可能性があるのだ。
「俺は周辺を捜索する。何かあったら大声を上げろ、絶影のスピードならすぐに戻れる」
そう言い残して劉鳳は走り出す。その脇には、既に絶影が構築されていた。
劉鳳がその場を去った後、少女は老人の死体を見下ろした。
口から吐き出された血が執事服をごわごわに歪めている。
少女の視線は、老人の死体から、突き立てられた鉄芯へ……そして観覧車の支柱へと移った。
何発もの銃弾が撃ち込まれた支柱へと近づき、落ちている銃弾を拾い上げる。
先が潰れている銃弾を見つめ、指の先でくるくると回す少女。
やがて、飽きたかのように銃弾を放り投げ、別の瓦礫に目を移す。
そうして少女は、劉鳳が戻ってくるまで瓦礫の中を彷徨っていた。
※ ※ ※ ※
「どうやら、近くに犯人はいないようだ。……長門、そのデイパックはどうしたんだ?」
周囲の捜索から戻ってきた劉鳳が尋ねると、少女は困ったような笑顔を作った。
「そこのお爺さんのデイパックみたいなんだけど……勝手に貰っちゃまずかったかな?」
食料は盗られちゃってるみたいだけど、と補足を入れる少女。
劉鳳は少し考え、そして結論を出した。
「いや、問題ないだろう」
物品を収納できるデイパックや、コンパス、地図などの支給品は持っておいたほうがいい。
予期せぬ事態に陥ったとき、選択肢が広がるからだ。
「それと、こんなものも見つけたんだけど」
少女は更に、ロープの切れ端を見せつける。
「このロープの切れ端は、お爺さんの死体の傍に落ちていたわ。そして、あるはずの片割れは見つからなかった。
つまり、このロープの切断面と一致するロープを持った奴が犯人ということにはならないかしら。
あ、それと、瓦礫の下から血液パックも見つけたわよ」
すらすらと戦果を語る少女に、劉鳳が感心したように息を吐く。
「抜け目がないな」
「誉めてくれてありがとう。で、これからどうするの?」
その質問に対しては即答した。
「犯人を追うぞ。もう、園外にいる可能性が高い」
「わかったわ」
特に議論することもなく、二人は歩き出す。
少女の持つデイパックの中で、申告しなかったもう一つの拾遺物――鈍く光る鎖鎌が、ジャラリと無機質な音を立てた。
【G-5遊園地・1日目 朝】
【劉鳳@スクライド】
[状態]:健康、『悪』に対する一時的な激昂、自分の迂闊さへの怒り
[装備]: なし
[道具]:支給品一式、斬鉄剣、真紅似のビスクドール(目撃証言調達のため、遊園地内のファンシーショップで入手)
[思考・状況]
1:老人(ウォルター)を殺した犯人を見つけ出し、断罪する
2:真紅を捜し、誤解を解く
3:主催者、マーダーなどといった『悪』をこの手で断罪する
4:相手がゲームに乗っていないようなら保護する
5:カズマと決着をつける
6:必ず自分の正義を貫く
[補足]:朝倉のことを『長門有希』、朝倉の荷物を奪った少年を『野原ひろし』と誤認しています。
【朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:精神的にやや疲弊 不明
[装備]:SOS団腕章『団長』
[道具]:支給品一式(ウォルターのもの、食料はなし)、鎖鎌(劉鳳には隠してある)、ターザンロープの切れ端、輸血用血液パック×3
[思考・状況]
1:不明
*時系列順で読む
Back:[[Unlucky girl]] Next:[[-目的- -選択- -未来-]]
*投下順で読む
Back:[[Unlucky girl]] Next:[[-目的- -選択- -未来-]]
|77:[[misapprehension]]|劉鳳|136:[[白雪姫]]|
|90:[[回天]]|朝倉涼子|136:[[白雪姫]]|
*リスキィ・ガール ◆pKH1mSw/N6
古代より、海は恐怖の象徴であった。
特に夜の海は、人間の根源的な恐怖を引きずり出す。
底どころか水面のわずか1cm下ですら見通せない、コールタールの如き深淵が水平線まで広がり、
波音と、時折魚が跳ねる音だけが聞こえる光景を安心できると形容できる性格は、あまり一般的とは言えないだろう。
人間は、そんな海から港を守るために様々な工夫を凝らしてきた。
防波堤もそのうちの一つであり、ローマ帝国期から存在する建築物である。
とはいえ、この殺し合いの世界には守るべき港も、護るべき人々もいないのだが。
とある少年が防波堤を走り去ってから数十分後、防波堤の一部が盛り上がり人影を形作った。
人影は少女の姿をしており、しきりに辺りを見回している。
朝焼けに照らされ始めた海が目の前にあることを認識し、人影は一歩後ずさる。
ガリ、と靴がコンクリートの角を噛み、灰色の粉塵がパラパラと毀れた。
慌てて後ろを振り向いた人影の目に飛び込んできた光景は、やはり海。
そこに至ってようやく認識する。自分が海のど真ん中に取り残されていることに。
「…………ッ!」
たった一人で海の上にいるという恐怖に囚われたのだろうか、人影は全速力で走り始めた。
海に張られた一本道を、一人の少女が駆けていく。
十数分後、少女は防波堤から飛び降りた。
少しだけ安心した少女は息を整えようとしたが、なぜか殆ど疲れていない。
1km近くも走り続けて疲労を起こさないことは異常なのだが、少女にはその理由がわからない。
スピードが常人離れしていたことについては気付いていないようだった。
少女が首を傾げながらも顔を上げると、そこは夢の国。
色とりどりの電飾と、シンボルマークがプリントされた旗が目に付いた。
ちなみにシンボルマークは土偶の形をしており、『ギーガランドへようこそ!』とゴシック体の歓迎文句を謳っている。
近くのガイドセンターに陳列してあるパンフレットを手に取って、パラパラと捲ってみる。
『絶叫マシン“ギーガコースター”! 途中でコースターが分解して、形状記憶セラミックで元に戻るよ!』
『恐怖の屋敷“ギーガマンション”! たくさんのクラヤミ族が住み着いているマンションだよ!(実物ではありません)』
『勇気を振り絞れ!“ギーガ城”! 魔王に囚われたツチダマ姫を助け出すんだ! 見事助け出した勇者には記念メダルをプレゼント!』
少女はパンフレットを閉じた。
ちょうどそのとき、空にホログラムが映し出された。
※ ※ ※ ※
曙光に照らされた遊園地で、颯々たる涼風が城旗を揺らす。
なかなかの佳景ではあったが、上空に浮かぶ怪人の映像が全てを台無しにしていた。
時は午前6時。第一放送が終了し、ギガゾンビの映像が消え始める。
高らかな哄笑とともに空が歪み、生贄たちをを見下すかのようなギガゾンビの顔にノイズが入る。
不快な残響だけを残し、やがて映像は霧散した。
その光景を見届け終わった瞬間、劉鳳は手近にあったクレーンキャッチャーに八つ当たりの敵意を向ける。
途端、魔獣に齧られたかのように地面が抉れ、代わりに拘束衣の破壊神が姿を現す。
劉鳳のアルター、絶影である。
絶影の誇る針金状の触腕が哀れな筐体を蹂躙し、景品のぬいぐるみを内臓のようにぶち撒けた。
「毒虫が……」
やはりだ。やはり力を持ち過ぎた阿呆は碌な事をしない。
救いようのない小物が分不相応の力を持つとこうなる、という良い見本だ。
憤怒の炎を滾らせる劉鳳の横で、直立不動のまま絶影が破壊活動を続けている。
ブラウン管が、レバーが、座椅子が、何かの部品が、まるで埃のように宙を舞う。
遊園地のゲームセンターに破壊の嵐が吹き荒れた。
嵐はいつまで経っても収まらず、もはや使えるゲーム機は一台たりとも残っていない。
ここまで劉鳳を憤らせているのは、ギガゾンビによる無能な暴君まがいの発言だけではない。
19人という死者数の多さが、破壊の嵐を止めさせない。
こんな馬鹿げた殺し合いに乗った人間によって19もの命の灯火が掻き消された。
殺人行為を行った者のうち何人かはおそらく、武器の力に酔い、調子に乗ったならず者だ。
制御できない力は唯の暴力。
最初から殺人のために力を行使する悪は論外だが、無駄な力を持ったために殺人に走った馬鹿もいるだろう。
「社会不適格者どもめ!」
絶影の動きが一層激しくなり、ゲームセンターの外壁までをも微塵切りにする。
構成する部分の殆どを失ったゲームセンターが、緩やかな崩壊を始めた。
一人のアルター使いの怒りが生み出した轟音が辺り一帯に木霊する。
崩れ落ちる建物を背に、少し冷静さを取り戻した劉鳳は歩き出した。
向かう先は人が集まりそうな市街地。目的は真紅という人形の捜索だ。
黎明に出会った一体の人形。
ローゼンメイデン第五ドールと名乗った薔薇使いは、自分にとって致命的な因子になる可能性がある。
己の不注意により勘違いされ、危険人物と認定されてしまったからだ。
あの赤い人形によって悪い噂が流布されれば、無意味な戦闘を行わざるを得ない状況も起こりうるだろう。
その前に、あの人形を捕獲しなければならない。
とはいえ、黎明から探し続けているにも関わらず、未だ足取りは掴めていない。
人形なら同類の中に潜んでいるだろうと推測して、ファンシーショップのビスクドール達を掻き分け、
結局手掛かり一つ見つからなかったときなどは、流石に惨めな気持ちになった。
これだけ探し回って何の痕跡も見当たらないということは、もう園内にはいない可能性が高い。
地図を見ながら捜索場所を絞り込む劉鳳の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
警戒色に満ちたガラス球を思い出し、苦虫を噛み潰す。あれは完全に誤解している。
今そこの建物の影からこちらを窺っている少女がいるが、まさにあんな感じだ。
険しい顔で自分を睨みつけ、危険を察知した小動物のように逃げ出すところまで同じだな――――
「――――って、待て!」
どうやら、また破壊活動を見られたらしい。
そして例の如く勘違いされ、危険人物認定もされただろう。
少女が逃げ出した先の通路を曲がると、徐々に遠ざかる後ろ姿が見えた。
その腕には腕章が着けられており、文字が刺繍されているのがわかる。『団長』……どういう意味だろうか?
……仕方がない、緊急手段だ。少々手荒い方法だが、失敗を繰り返すわけにはいかない。
「絶影!」
光線のように伸びる触腕が少女に迫り、その足元にあるタイル張りの歩道を抉る。
足場を破壊され転倒する少女。その頭がコンクリート製の地面にぶつかり、ゴキリと嫌な音を立てた。
(しまった!)
急いで駆け寄り、少女の意識を確かめる。
かなり危険なぶつけ方をしたように見えたが、かろうじて意識は保っているようだ。
少女の瞳孔が開いていないことを視認した後、刺激しないよう慎重に声をかけた。
焦らず、そして油断せずに。
「いきなり攻撃してすまない。だが、誤解されることはどうしても防ぎたかった」
騙し討ちを警戒しながら、少女を安心させるために説得を試みる。
「対アルター特殊部隊HOLY所属、劉鳳だ。お前を殺すつもりはない、安心しろ」
声をかけられた少女が顔を上げる。その顔は、恐怖というよりは困惑で彩られていた。
「殺す……って、何を言っているの? ここは、どこ? 一体、何が起こっているの?」
※ ※ ※ ※
「記憶喪失だと?」
「うん……今まで自分が何をやっていたか、殆ど何も思い出せないの」
遊園地の出口を目指しながら、一組の男女が話し合っている。
男は険しい顔で少女を尋問しており、少女はおどおどした様子で指をいじくっていた。
20分ほどかけて劉鳳が少女から引き出した情報――つまり、少女が覚えていた全て――は、ごく僅かなものだった。
一人の少年と出会い、棒のようなもので殴られた。
気付いたら防波堤の上で倒れていた。
たったそれだけ。
その他のことは自分の名前すら覚えていないという。
(部分健忘というやつか……)
ほんの一部の記憶を残して思い出を全て忘れてしまうという症状を思い出す。
おそらく、その『少年』に殴られたときに記憶を失ったんだろう。
決して絶影で攻撃したときに頭を打ったからではない。
少女が言うには、少年に殴られた際の記憶は断片的に残っているらしく、
記憶の欠片は、自分は刀、少年は銃と棒を持ち、防波堤の上で対峙していたことを教えてくれたという。
その際、少年は『野原ひろし』と名乗り、自分自身は『長門有希』と名乗っていたようだ。
つまり、この少女の名前は『長門有希』ということになる。
「長門、デイパックは持っていないのか?」
武器どころか地図やコンパスすら持っていないことについて尋ねると、少女は首を振った。
野原という少年が刀ごと奪ったことは明白だった。
「狙いは武器か……過ぎた力は秩序を乱し、身を滅ぼすだけだとなぜわからない!」
少女のデイパックを奪い去ったであろう少年は、死んだ。
先程の放送の中で呼ばれた『野原ひろし』の名前が、その事実を雄弁に物語る。
秩序を乱し、人を傷付け、力を誇示するだけの愚か者には当然の末路だ。
防波堤を越えて少年を探すことはしなかった。死体に興味はない。
なお、少女に対する警戒も続けることにした。
記憶喪失の話が虚言である可能性も捨てきれないし、なにより、この状況で人の話を鵜呑みにするのは危険すぎる。
現在二人がいる場所はG-5。破壊されたゲームセンターがあるH-5からちょうど北にあるエリアだ。
少女は絶影による破壊音を聞いて劉鳳に近づいたらしく、破壊行為がもたらした予期せぬ副産物と言える。
だが、劉鳳がゲームセンターを破壊したのは人寄せのためではない。無論、八つ当たりでもない……はずだ。
劉鳳は、絶影の調子がおかしいことに気付いていた。
本来のスピードがなかなか出せない上に、身体にかかる負担も増加している。
観覧車を破壊したときに感じた違和感の正体を解明するためにゲームセンターを破壊してみたが、
どうやら気のせいではなかったらしい。アルター能力を“使いにくい”。
こんなことでは絶影の“真の姿”を開放したときどうなるか、想像もつかない。
劉鳳が思案に暮れていると、いつの間にか観覧車があった場所まで辿り着いていた。
そう、そこには確かに観覧車があったのだ。
だが今は、四十個ほどのゴンドラが埋葬された物悲しい墓地に過ぎなかった。
砕かれたメリーゴーランドの馬達も悲壮感を漂わせている。
まあ、劉鳳がやったことなのだが。
「真紅という人形にも誤解されてしまったし、少し短絡的過ぎたかな…………ん!?」
劉鳳は、瓦礫の中に不自然な鉄の棒が突き立っていることに気がついた。
まるで墓標のように打ち立てられている鉄に近づいてみると、そこには――――
「……クソッ」
「…………ッ」
鵙の早贄のように串刺しにされた老人の死体が一つ。
後ろで少女の息を飲む音が聞こえるが、気遣っている余裕はない。
素早く辺りを見回し、敵影を探す。血が乾ききっていないため、近くに犯人がいる可能性があるのだ。
「俺は周辺を捜索する。何かあったら大声を上げろ、絶影のスピードならすぐに戻れる」
そう言い残して劉鳳は走り出す。その脇には、既に絶影が構築されていた。
劉鳳がその場を去った後、少女は老人の死体を見下ろした。
口から吐き出された血が執事服をごわごわに歪めている。
少女の視線は、老人の死体から、突き立てられた鉄芯へ……そして観覧車の支柱へと移った。
何発もの銃弾が撃ち込まれた支柱へと近づき、落ちている銃弾を拾い上げる。
先が潰れている銃弾を見つめ、指の先でくるくると回す少女。
やがて、飽きたかのように銃弾を放り投げ、別の瓦礫に目を移す。
そうして少女は、劉鳳が戻ってくるまで瓦礫の中を彷徨っていた。
※ ※ ※ ※
「どうやら、近くに犯人はいないようだ。……長門、そのデイパックはどうしたんだ?」
周囲の捜索から戻ってきた劉鳳が尋ねると、少女は困ったような笑顔を作った。
「そこのお爺さんのデイパックみたいなんだけど……勝手に貰っちゃまずかったかな?」
食料は盗られちゃってるみたいだけど、と補足を入れる少女。
劉鳳は少し考え、そして結論を出した。
「いや、問題ないだろう」
物品を収納できるデイパックや、コンパス、地図などの支給品は持っておいたほうがいい。
予期せぬ事態に陥ったとき、選択肢が広がるからだ。
「それと、こんなものも見つけたんだけど」
少女は更に、ロープの切れ端を見せつける。
「このロープの切れ端は、お爺さんの死体の傍に落ちていたわ。そして、あるはずの片割れは見つからなかった。
つまり、このロープの切断面と一致するロープを持った奴が犯人ということにはならないかしら。
あ、それと、瓦礫の下から血液パックも見つけたわよ」
すらすらと戦果を語る少女に、劉鳳が感心したように息を吐く。
「抜け目がないな」
「誉めてくれてありがとう。で、これからどうするの?」
その質問に対しては即答した。
「犯人を追うぞ。もう、園外にいる可能性が高い」
「わかったわ」
特に議論することもなく、二人は歩き出す。
少女の持つデイパックの中で、申告しなかったもう一つの拾遺物――鈍く光る鎖鎌が、ジャラリと無機質な音を立てた。
【G-5遊園地・1日目 朝】
【劉鳳@スクライド】
[状態]:健康、『悪』に対する一時的な激昂、自分の迂闊さへの怒り
[装備]: なし
[道具]:支給品一式、斬鉄剣、真紅似のビスクドール(目撃証言調達のため、遊園地内のファンシーショップで入手)
[思考・状況]
1:老人(ウォルター)を殺した犯人を見つけ出し、断罪する
2:真紅を捜し、誤解を解く
3:主催者、マーダーなどといった『悪』をこの手で断罪する
4:相手がゲームに乗っていないようなら保護する
5:カズマと決着をつける
6:必ず自分の正義を貫く
[補足]:朝倉のことを『長門有希』、朝倉の荷物を奪った少年を『野原ひろし』と誤認しています。
【朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:精神的にやや疲弊 不明
[装備]:SOS団腕章『団長』
[道具]:支給品一式(ウォルターのもの、食料はなし)、鎖鎌(劉鳳には隠してある)、ターザンロープの切れ端、輸血用血液パック×3
[思考・状況]
1:不明
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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