「ハートの8」(2021/08/08 (日) 13:29:12) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
*ハートの8 ◆k97rDX.Hc.
――こいつらは使えない。
例の二人を観察して、私の得た結論の一方がそれだった。
「……俺は町内で一番けんかが強くってよ、高校生にも勝ったことがあるんだぜ」
あの、ちょっとした出会いからしばらく――
簡単な情報交換をすませた私たちは、朝焼けに染まる道をレジャービルに向かって歩いていた。
『地図のほぼ中央に位置するその場所なら、捜し人に会える可能性も高いかもしれない』
聞くところによれば、二人はそう考えて駅の南から歩いてきたところで私と会ったのだそうだ。
その道すがら、少しでも私を不安がらせないようにというのか、武は色々と武勲譚を聞かせてくれたが……
全くもって馬鹿馬鹿しい。
さっきお前が見て目を丸くしていた巨大な銃。あれのことを考えてみるがいい。
常識的に考えれば、あれを使える人間など存在し得ない。
けれど、……本当にそうだろうか?
武器として支給された以上は、実際の使用が想定されているのではないだろうか?
私は答えを知っている。あれを使える人間はこの場に存在するのだ。
少なくとも、支給された当人にはあの銃が十分扱えるだけの筋力があっただろうことはほぼ間違いない
――見ていたわけではないが、数の合わない弾丸など実際に使用した形跡が残っていた。
その人間離れした膂力と、同等以上の力を持つ者がここには複数いるということ。あれはその証拠なのだ。
そういった者たちの存在を前にして、お前は何を誇る?
それこそ富竹と比べても、文字通り大人と子供ほどの差があるだろうお前に一体何ができるというのか。
心の中でそう毒づき、そして仕方のないことと思い直す。
最初の印象とは裏腹に、武の年齢は“古手梨花”の肉体のそれとそう変わらないらしいのだ。
考えてみれば、いくらがっしりした体格をしているとは言っても圭一に比べて背は低く、 顔つきだってずっと子供っぽい。
そこまで考えが回ることを期待するのも、酷な話かもしれない。
「武と一緒なら、僕も安心なのです。ところで……」
とはいえ、流石に幼稚な自慢話には飽き飽きして、私は話題を変えることにした。
「お人形さんの鞄からのぞいているものは何ですか?」
私は武に抱えられた人形――『もう少し静かにするです、デブ人間』と言って武の話を時折中断させる他は、
さっきから一言も発していない――にそう尋ねた。
「ん? こいつはスイセイセキの妹の、ええと……」
「蒼星石の庭師の鋏ですぅ。こんな品のない鉄の塊なんかよりずっと頼りになるんですよ」
私たちの背後へ続く道から視線を外さずにそう答えると、人形――翠星石は両手で構えていた拳銃を左手に持ち直した。
空いた右手は背中に回し、鞄の口からはみ出したそれ――唐草模様の装飾に縁取られている――を掴んで勢いよく引き抜く。
朝日を受けて金に輝く庭鋏は、なるほど、翠星石が持つには無骨な拳銃よりもはるかにふさわしいものに思えた
――剣のように高く掲げた姿もなかなか様になっている。
だが、見惚れているわけにもいかない。
獲物を求める殺人者に見つからないよう大通りを避けているというのに、みすみす目立つようなまねをするのも面白くない。
私は鋏を鞄にしまうように言うと、最も重要な点について尋ねた。
「もしかして、何か特別なことができる道具なのですか?」
「…………。
蒼星石でないと、本来の力は引き出せねえです」
まあ、そんなものか。
「り、梨花ぁ、その目は何ですか!? 翠星石だって庭師の如雨露さえあれば――」
大きな声に、私は慌てて翠星石の口をふさいだ。
さっきは自分が人を注意していたというのに、この意地っ張りな人形のやることは時々どこか抜けている。
「騒いではだめなのです。それに、鋏も早くしまわないといけないのですよ」
私はそう言ってから手を放した。
翠星石はなおもなにやらぶつぶつと呟いていたが、文句を言うのは諦めてくれたらしい。
私が頼んだとおりに鋏をしまう作業に移ろうとして……そこで途方にくれたようだった。
鋏をそのまま鞄に挿そうとしても、長い髪が邪魔になってうまくいかない。
一度鞄を下ろしてから入れればよいのだが、両手に物を持っているためそれも難しい。
その様子は翠星石を抱きかかえている武にも分かったようだ。
ため息を一つくと、竹刀をその場に放り出して鋏に手を伸ばした。
そして少々乱暴に翠星石の手からそれを取り上げると、鞄へとしまってやるのだった。
「まあ、いいんじゃねえの。拳銃だって、ぶっ放して下手にあたっても困るしよ」
断りも無く勝手に鋏を触るな、とかなんとか言っている翠星石を適当にあしらいながらそんなことを言ってくる武に、
今度は私が心の中でため息を一つ。
武は少々腕っ節の強いだけのただの子供。持っている武器が竹刀では、できることも高が知れている。
翠星石は拳銃を持っているが、人間よりずっと小さなその手ではまともに扱えるか怪しいものだ。
使えたとしても、私の傘のように散弾が撃てるわけではないから命中を期待するのは無理だろう。
だが、そんなことは本質的な問題ではない。
そう。何よりも致命的なのが、二人が拳銃という殺傷能力に優れた武器を手に入れながら、
それを使って他者を傷つけることを忌避しているということだった。
相手を殺すという意思と手段――この場合は拳銃――がありさえすれば、互いの力の差を埋めることは十分にできる。
言ってみれば、私自身がここでやってきたことがそれだ。
けれど、この二人はその選択肢を最初から捨ててしまっている。
これでは私の最初の目論見どおりにことが運ばないどころか、状況しだいでは身の安全すら危うい。
「おはよう! いい朝は迎えられたかな?」
そんな私の思考は、突然の不快な声にさえぎられ、
そして……第一回目の定時放送が始まった。
○
不愉快な笑い声が遠ざかるとともに空に浮かんだ男の姿も薄れ、放送は終了した。
放送で部活メンバーの名が一人も呼ばれなかったことに、私は少しほっとする。
それは……単に、確実に利用できる他者の数が減っていないことに対する安堵のはずだ。
次か。
次の次か。
次の次の次か。
遅かれ早かれ彼らの名も呼ばれることになる。そうなるように私自身が仕向けるのだから。
私は、顔を上げて連れの二人の様子を窺った。
翠星石は……
私たちが放送のメモを取っている間、周囲を見張っていてくれるよう頼んでおいたのだが、
今はその役割を放棄して傍らに立つ武のことを心配そうに見上げていた。
一方の武といえば私に背を向けて立ち尽くしている。心なしか、その背がさっきよりも小さく見えた。
「武……」
「うっせえ。……泣いてなんかねえよ。泣くもんかよ」
武は声をかける翠星石を振り払うように右腕を大きく振ると、左手で顔をぬぐった。
その姿から視線を外し、私は再び名簿に目を落とす。
『骨川スネ夫』
『先生』
『剛田武』の後ろに記されたその二つの名前は、鉛筆で引かれた二本の線で上から消されていた。
私はこの哀しみを知っている。
それこそ、頭のどこかでどうでもよいと感じてしまうくらいに。
当然だ。繰り返す惨劇の中の百年間、幾度と無くそればかりを見せ付けられてきたのだから。
でも、武は違うだろう。翠星石の素性は理解しがたいが、武はごく普通の小学生のはずだ。
それなのに何故――
何故、二人のどちらともが、既にどこかでその哀しみを経験しているように見えるだろうか?
何故、二人のどちらともが、一度どこかでその哀しみを乗り越えてきたように見えるのだろうか?
もう一度その姿をぼんやりと眺め、そして、ようやくにして私は気づいた。
翠星石はともかく、武の姿はもっと前に見たことがある。
このゲームの始まる直前。首をなくし、血の海に沈んだ少女の傍らに。
「……武」
私の呼びかけに武は振り向いた。
その目は『俺が守ってやるからよ』と言った時とも、喧嘩のことを自慢げに話していた時とも違っている。
なんと言うか、そう。何か大事なものが、自分の手から零れ落ちていくことに怯える目。
――こいつらは使えない。だからこそ役に立つ。
二人を観察していて、私が出した結論のもう一方がそれだった。
この二人は、私の代わりにゲームの他の参加者を減らすという役割は果たせない。
なぜなら、それにもっとも必要な『自分にとって不都合な者をを殺す』という意思に欠けているからだ。
でも、その背景になっているのは自分が手を汚すことに対する恐れではなくもっと別の何か。
おそらくは仲間の、友人の、縁者の、親しい者の死。
ならば存分に利用できる。
裏切りと狂気がどんなに恐ろしいものかを最もよくわかっているのは私自身だ。
決して裏切らず、狂気に染まらず、命がけで自分を守ってくれる相手と組めるならそれに越したことはない。
少なくとも、もっと役に立つ味方を手に入れるまでのつなぎと考えれば十分すぎるほど恵まれている。
トランプのカードで例えてみよう。いわば彼らは、ハートの8。
強いカードでも弱いカードでもなく、スペードのAのような切り札にはなれない。
けれど、これが“大貧民”ならどうだろうか。
“大貧民”には革命というルールがある。その前後ではカードの強さは本来とはまったく逆に
――2やAは弱く、3は強く――なるけれど、強くも弱くも無い8のカードはほとんど影響を受けない。
局面しだいでは、中途半端であることも長所になりうるのだ。
「武」
私は再び武に呼びかけた。一言一言、噛み締めるようにして言葉をつむいでいく。
「僕は大丈夫ですよ」
(私は大丈夫よ)
「いなくなったりなんてしないのです」
(今度こそ運命を越えるの)
「武がそばで守ってくれるのですから」
(あなたが代わりに――でくれるのだから)
「ね?」
そして、8のカードの長所はもう一つある。
捨てれば場が流れ、続けて別なカードを切ることができるのだ。
【D-6 南西部 朝】
【古手梨花@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康
[装備]:スタンガン(服の影に隠しています)@ひぐらしのなく頃に
虎のストラップ@Fate/ stay night
[道具]:荷物一式三人分、ロベルタの傘@BLACK LAGOON
ハルコンネン(爆裂鉄鋼焼夷弾:残弾5発、劣化ウラン弾:残弾6発)@HELLSING
[思考・状況]
1:猫をかぶって、剛田武と翠星石を利用する
2:レジャービルへの移動
3:二人が役に立たなくなったら、隙を見て殺す
基本:ステルスマーダーとしてゲームに乗る。チャンスさえあれば積極的に殺害
最終:ゲームに優勝し、願いを叶える
【剛田武@ドラえもん】
[状態]:健康、意気消沈?
[装備]:虎竹刀@Fate/ stay night、強力うちわ「風神」@ドラえもん
[道具]:支給品一式、エンジェルモートの制服@ひぐらしのなく頃に
[思考・状況]
1:スネ夫……
2:手遅れになる前にのび太を捜す
3:翠星石と梨花を守ってやる
4:ドラえもんを捜す
5:レジャービルへの移動
基本:誰も殺したくない
最終:ギガゾンビをぶん殴る
【翠星石@ローゼンメイデンシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:FNブローニングM1910@ルパン三世
[道具]:支給品一式、庭師の鋏@ローゼンメイデンシリーズ(すぐに引き抜けるようにしてあります)
[思考・状況]
1:蒼星石を捜して鋏を届ける
2:チビ人間(桜田ジュン)も“ついでに”捜す
3:デブ人間(剛田武)の知り合いも“ついでに”探してやる
4:レジャービルへの移動
5:庭師の如雨露を見つけて梨花を見返す。
基本:蒼星石と共にあることができるよう動く
*時系列順で読む
Back:[[「永遠に(ネバー・ダイ)」]] Next:[[幸運と不幸の定義 near death happiness]]
*投下順で読む
Back:[[Salamander (山椒魚)]] Next:[[幸運と不幸の定義 near death happiness]]
|89:[[魔女は夜明けと共に]]|古手梨花|122:[[嘘も矛盾も]]|
|89:[[魔女は夜明けと共に]]|剛田武|122:[[嘘も矛盾も]]|
|89:[[魔女は夜明けと共に]]|翠星石|122:[[嘘も矛盾も]]|
*ハートの8 ◆k97rDX.Hc.
――こいつらは使えない。
例の二人を観察して、私の得た結論の一方がそれだった。
「……俺は町内で一番けんかが強くってよ、高校生にも勝ったことがあるんだぜ」
あの、ちょっとした出会いからしばらく――
簡単な情報交換をすませた私たちは、朝焼けに染まる道をレジャービルに向かって歩いていた。
『地図のほぼ中央に位置するその場所なら、捜し人に会える可能性も高いかもしれない』
聞くところによれば、二人はそう考えて駅の南から歩いてきたところで私と会ったのだそうだ。
その道すがら、少しでも私を不安がらせないようにというのか、武は色々と武勲譚を聞かせてくれたが……
全くもって馬鹿馬鹿しい。
さっきお前が見て目を丸くしていた巨大な銃。あれのことを考えてみるがいい。
常識的に考えれば、あれを使える人間など存在し得ない。
けれど、……本当にそうだろうか?
武器として支給された以上は、実際の使用が想定されているのではないだろうか?
私は答えを知っている。あれを使える人間はこの場に存在するのだ。
少なくとも、支給された当人にはあの銃が十分扱えるだけの筋力があっただろうことはほぼ間違いない
――見ていたわけではないが、数の合わない弾丸など実際に使用した形跡が残っていた。
その人間離れした膂力と、同等以上の力を持つ者がここには複数いるということ。あれはその証拠なのだ。
そういった者たちの存在を前にして、お前は何を誇る?
それこそ富竹と比べても、文字通り大人と子供ほどの差があるだろうお前に一体何ができるというのか。
心の中でそう毒づき、そして仕方のないことと思い直す。
最初の印象とは裏腹に、武の年齢は“古手梨花”の肉体のそれとそう変わらないらしいのだ。
考えてみれば、いくらがっしりした体格をしているとは言っても圭一に比べて背は低く、 顔つきだってずっと子供っぽい。
そこまで考えが回ることを期待するのも、酷な話かもしれない。
「武と一緒なら、僕も安心なのです。ところで……」
とはいえ、流石に幼稚な自慢話には飽き飽きして、私は話題を変えることにした。
「お人形さんの鞄からのぞいているものは何ですか?」
私は武に抱えられた人形――『もう少し静かにするです、デブ人間』と言って武の話を時折中断させる他は、
さっきから一言も発していない――にそう尋ねた。
「ん? こいつはスイセイセキの妹の、ええと……」
「蒼星石の庭師の鋏ですぅ。こんな品のない鉄の塊なんかよりずっと頼りになるんですよ」
私たちの背後へ続く道から視線を外さずにそう答えると、人形――翠星石は両手で構えていた拳銃を左手に持ち直した。
空いた右手は背中に回し、鞄の口からはみ出したそれ――唐草模様の装飾に縁取られている――を掴んで勢いよく引き抜く。
朝日を受けて金に輝く庭鋏は、なるほど、翠星石が持つには無骨な拳銃よりもはるかにふさわしいものに思えた
――剣のように高く掲げた姿もなかなか様になっている。
だが、見惚れているわけにもいかない。
獲物を求める殺人者に見つからないよう大通りを避けているというのに、みすみす目立つようなまねをするのも面白くない。
私は鋏を鞄にしまうように言うと、最も重要な点について尋ねた。
「もしかして、何か特別なことができる道具なのですか?」
「…………。
蒼星石でないと、本来の力は引き出せねえです」
まあ、そんなものか。
「り、梨花ぁ、その目は何ですか!? 翠星石だって庭師の如雨露さえあれば――」
大きな声に、私は慌てて翠星石の口をふさいだ。
さっきは自分が人を注意していたというのに、この意地っ張りな人形のやることは時々どこか抜けている。
「騒いではだめなのです。それに、鋏も早くしまわないといけないのですよ」
私はそう言ってから手を放した。
翠星石はなおもなにやらぶつぶつと呟いていたが、文句を言うのは諦めてくれたらしい。
私が頼んだとおりに鋏をしまう作業に移ろうとして……そこで途方にくれたようだった。
鋏をそのまま鞄に挿そうとしても、長い髪が邪魔になってうまくいかない。
一度鞄を下ろしてから入れればよいのだが、両手に物を持っているためそれも難しい。
その様子は翠星石を抱きかかえている武にも分かったようだ。
ため息を一つくと、竹刀をその場に放り出して鋏に手を伸ばした。
そして少々乱暴に翠星石の手からそれを取り上げると、鞄へとしまってやるのだった。
「まあ、いいんじゃねえの。拳銃だって、ぶっ放して下手にあたっても困るしよ」
断りも無く勝手に鋏を触るな、とかなんとか言っている翠星石を適当にあしらいながらそんなことを言ってくる武に、
今度は私が心の中でため息を一つ。
武は少々腕っ節の強いだけのただの子供。持っている武器が竹刀では、できることも高が知れている。
翠星石は拳銃を持っているが、人間よりずっと小さなその手ではまともに扱えるか怪しいものだ。
使えたとしても、私の傘のように散弾が撃てるわけではないから命中を期待するのは無理だろう。
だが、そんなことは本質的な問題ではない。
そう。何よりも致命的なのが、二人が拳銃という殺傷能力に優れた武器を手に入れながら、
それを使って他者を傷つけることを忌避しているということだった。
相手を殺すという意思と手段――この場合は拳銃――がありさえすれば、互いの力の差を埋めることは十分にできる。
言ってみれば、私自身がここでやってきたことがそれだ。
けれど、この二人はその選択肢を最初から捨ててしまっている。
これでは私の最初の目論見どおりにことが運ばないどころか、状況しだいでは身の安全すら危うい。
「おはよう! いい朝は迎えられたかな?」
そんな私の思考は、突然の不快な声にさえぎられ、
そして……第一回目の定時放送が始まった。
○
不愉快な笑い声が遠ざかるとともに空に浮かんだ男の姿も薄れ、放送は終了した。
放送で部活メンバーの名が一人も呼ばれなかったことに、私は少しほっとする。
それは……単に、確実に利用できる他者の数が減っていないことに対する安堵のはずだ。
次か。
次の次か。
次の次の次か。
遅かれ早かれ彼らの名も呼ばれることになる。そうなるように私自身が仕向けるのだから。
私は、顔を上げて連れの二人の様子を窺った。
翠星石は……
私たちが放送のメモを取っている間、周囲を見張っていてくれるよう頼んでおいたのだが、
今はその役割を放棄して傍らに立つ武のことを心配そうに見上げていた。
一方の武といえば私に背を向けて立ち尽くしている。心なしか、その背がさっきよりも小さく見えた。
「武……」
「うっせえ。……泣いてなんかねえよ。泣くもんかよ」
武は声をかける翠星石を振り払うように右腕を大きく振ると、左手で顔をぬぐった。
その姿から視線を外し、私は再び名簿に目を落とす。
『骨川スネ夫』
『先生』
『剛田武』の後ろに記されたその二つの名前は、鉛筆で引かれた二本の線で上から消されていた。
私はこの哀しみを知っている。
それこそ、頭のどこかでどうでもよいと感じてしまうくらいに。
当然だ。繰り返す惨劇の中の百年間、幾度と無くそればかりを見せ付けられてきたのだから。
でも、武は違うだろう。翠星石の素性は理解しがたいが、武はごく普通の小学生のはずだ。
それなのに何故――
何故、二人のどちらともが、既にどこかでその哀しみを経験しているように見えるだろうか?
何故、二人のどちらともが、一度どこかでその哀しみを乗り越えてきたように見えるのだろうか?
もう一度その姿をぼんやりと眺め、そして、ようやくにして私は気づいた。
翠星石はともかく、武の姿はもっと前に見たことがある。
このゲームの始まる直前。首をなくし、血の海に沈んだ少女の傍らに。
「……武」
私の呼びかけに武は振り向いた。
その目は『俺が守ってやるからよ』と言った時とも、喧嘩のことを自慢げに話していた時とも違っている。
なんと言うか、そう。何か大事なものが、自分の手から零れ落ちていくことに怯える目。
――こいつらは使えない。だからこそ役に立つ。
二人を観察していて、私が出した結論のもう一方がそれだった。
この二人は、私の代わりにゲームの他の参加者を減らすという役割は果たせない。
なぜなら、それにもっとも必要な『自分にとって不都合な者を殺す』という意思に欠けているからだ。
でも、その背景になっているのは自分が手を汚すことに対する恐れではなくもっと別の何か。
おそらくは仲間の、友人の、縁者の、親しい者の死。
ならば存分に利用できる。
裏切りと狂気がどんなに恐ろしいものかを最もよくわかっているのは私自身だ。
決して裏切らず、狂気に染まらず、命がけで自分を守ってくれる相手と組めるならそれに越したことはない。
少なくとも、もっと役に立つ味方を手に入れるまでのつなぎと考えれば十分すぎるほど恵まれている。
トランプのカードで例えてみよう。いわば彼らは、ハートの8。
強いカードでも弱いカードでもなく、スペードのAのような切り札にはなれない。
けれど、これが“大貧民”ならどうだろうか。
“大貧民”には革命というルールがある。その前後ではカードの強さは本来とはまったく逆に
――2やAは弱く、3は強く――なるけれど、強くも弱くもない8のカードはほとんど影響を受けない。
局面しだいでは、中途半端であることも長所になりうるのだ。
「武」
私は再び武に呼びかけた。一言一言、噛み締めるようにして言葉をつむいでいく。
「僕は大丈夫ですよ」
(私は大丈夫よ)
「いなくなったりなんてしないのです」
(今度こそ運命を越えるの)
「武がそばで守ってくれるのですから」
(あなたが代わりに――でくれるのだから)
「ね?」
そして、8のカードの長所はもう一つある。
捨てれば場が流れ、続けて別のカードを切ることができるのだ。
【D-6 南西部 朝】
【古手梨花@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康
[装備]:スタンガン(服の影に隠しています)@ひぐらしのなく頃に
虎のストラップ@Fate/ stay night
[道具]:荷物一式三人分、ロベルタの傘@BLACK LAGOON
ハルコンネン(爆裂鉄鋼焼夷弾:残弾5発、劣化ウラン弾:残弾6発)@HELLSING
[思考・状況]
1:猫をかぶって、剛田武と翠星石を利用する
2:レジャービルへの移動
3:二人が役に立たなくなったら、隙を見て殺す
基本:ステルスマーダーとしてゲームに乗る。チャンスさえあれば積極的に殺害
最終:ゲームに優勝し、願いを叶える
【剛田武@ドラえもん】
[状態]:健康、意気消沈?
[装備]:虎竹刀@Fate/ stay night、強力うちわ「風神」@ドラえもん
[道具]:支給品一式、エンジェルモートの制服@ひぐらしのなく頃に
[思考・状況]
1:スネ夫……
2:手遅れになる前にのび太を捜す
3:翠星石と梨花を守ってやる
4:ドラえもんを捜す
5:レジャービルへの移動
基本:誰も殺したくない
最終:ギガゾンビをぶん殴る
【翠星石@ローゼンメイデンシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:FNブローニングM1910@ルパン三世
[道具]:支給品一式、庭師の鋏@ローゼンメイデンシリーズ(すぐに引き抜けるようにしてあります)
[思考・状況]
1:蒼星石を捜して鋏を届ける
2:チビ人間(桜田ジュン)も“ついでに”捜す
3:デブ人間(剛田武)の知り合いも“ついでに”探してやる
4:レジャービルへの移動
5:庭師の如雨露を見つけて梨花を見返す。
基本:蒼星石と共にあることができるよう動く
*時系列順で読む
Back:[[「永遠に(ネバー・ダイ)」]] Next:[[幸運と不幸の定義 near death happiness]]
*投下順で読む
Back:[[Salamander (山椒魚)]] Next:[[幸運と不幸の定義 near death happiness]]
|89:[[魔女は夜明けと共に]]|古手梨花|122:[[嘘も矛盾も]]|
|89:[[魔女は夜明けと共に]]|剛田武|122:[[嘘も矛盾も]]|
|89:[[魔女は夜明けと共に]]|翠星石|122:[[嘘も矛盾も]]|
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: