「信頼に足る笑顔」(2021/10/09 (土) 23:41:44) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
**信頼に足る笑顔 ◆7jHdbD/oU2
怖かった。どうしてこんなことになったのか、全く理解できない。
悪夢なら早く覚めて欲しいと思う。だが、首に触れる無機質な触感は、無視できないほどにリアルだった。
由詫かなみは深夜の森で、震えながら歩いていた。何処かを目指しているわけではない。
強いて目指す場所を言うならば、彼の元。隆起現象の後、消息を絶った彼の元。
「カズくん……」
かなみの探し人、カズマもこの会場にいる。それだけは、彼女にとって僥倖だった。
この理不尽な現実に戦慄し、話をすることも声をかけることもできなかった。だが、カズマは確かにいた。
見間違えるはずなど、ない。
「カズくん、会いたいよ……」
会えればどれほど心強いだろう。会いたい、会いたい。
そうやってカズマのことを考えていなければ、かなみの心は恐怖に押しつぶされてしまいそうだった。
風はない。無風の世界に、かなみが地を歩く音が響く。
風はない。それゆえに音が運ばれてくることはない。
なのに。
かなみの右手側から、枝葉が擦れ合う音がした。
かなみの皮膚が粟立ち、意識がそちらへ向かう。心臓が急激な運動を始め、デイバックのストラップを握る手に汗が滲んでいく。
逃げなきゃ。
そう思っても、体が動かない。意思を拒否するように、体は震えるだけで言うことを聞いてくれない。
怖い、嫌、死にたくない。カズくん、カズくん。
音は近づいてくる。それに比例するように、震えはどんどん肥大化していく。
怖いのに、目を閉じることができない。視界を閉ざす方が、ずっと怖かった。
音は近づいてくる。それが長身の人影だと分かっても、かなみは動くことも声を出すこともできなかった。
そして。
「おーい、そこのコっ。聞こえるっかなっ?」
底抜けに明るい、女性の声が聞こえた。だが、かなみはそれに答えることなどできず、口から震えた吐息を漏らすだけだった。
「あー、そんなに怖がらなくてもいいっさ。ほらほら」
声とともに、何かが投げつけられる。反射的に後ずさったかなみの前に、見覚えのあるものが落ちて転がった。
それは、かなみの手にあるデイバックと同じものだった。続いて、声の主が姿を見せる。
足元まで届きそうなほどの黒い長髪が特徴的な、長身の女性だった。両手を挙げる彼女は、かなみの前でくるりとターンする。
長髪を舞い上がらせ、再度かなみに向き直った女性は、太陽のような笑みをその顔に湛えていた。
「ホールドアップってやつさっ。なんなら身体検査でもやるかいっ?」
「あ……いえ……」
ようやくそれだけを言うと、かなみは腰が抜けたようにそのばにへたり込んだ。
八重歯を見せて笑う女性はしゃがみ、かなみと目の高さを合わせる。近くで見るその顔はとても綺麗で、悪意といったものは何も感じられないほど純粋に見えた。
彼女の手が、かなみの髪に触れる。そして優しく、髪を丁寧に梳くようにして撫で始めた。
かなみは、思う。
温かい、と。
その温かさが、かなみを支配していた恐怖を拭い取っていくようだった。
「あたしは鶴屋さっ。名前、教えてくれるかなっ?」
「かなみ、です。由詫、かなみ」
かなみが落ち着いた頃、ようやく自己紹介が交わされる。終始笑顔の鶴屋につられ、かなみの口元に笑みが浮かんだ。
「ふむふむ、かなちゃんねっ」
言いながら、鶴屋はデイバックから名簿と筆記用具を取り出す。
かなみも同じようにデイバックからそれを出したとき、まだこの中を確認していなかったことに気付いた。
カズマのことばかりを考えていたせいだろうか。そう思うと、なんだか恥ずかしくなってしまう。
「かなちゃん? どったのっ?」
「あ、いえ。何でもないです」
鋭い人だなと思いながら、かなみは名簿に目を落とす。
「情報交換といこうっ。あたしの知り合いは朝比奈みくる、キョンくん、ハルにゃん――あ、涼宮ハルヒってコね――それと、長門有希ちゃん。
みんなめがっさ楽しくていいコたちさっ。殺し合いなんてするようなやつらじゃないって、あたしが保証するよっ」
鶴屋の明るい口調から、本当にいい人たちなんだろうなとかなみは推測する。
「私の知ってる人は――」
名簿にある、名前。それを見ただけで、かなみの目頭が熱くなるような気がした。
「カズくん……」
「カズくん? カズマ、って人のことかい?」
「あ、はい。そうです。ちょっと乱暴だけど、本当はとても優しいんです」
「そっかー。その人はかなちゃんの大事な人なんだね!」
目を細めるかなみ。鶴屋は、眩いくらいの笑顔でそれを受け止めてくれた。
もう一度名簿を見る。カズマという名前から目を離すのが少し名残惜しかったが、他に知っている名前を探さなければならない。
そして。
かなみはその名前を見て、目を見開いた。
君島邦彦。命を落としたはずのその名前が記されていたからだ。
改めて主催者の力を実感するが、それから目を逸らすようにしてかなみは名簿を最後まで目を通した。
「……君島邦彦さんに、劉鳳さんも知り合いです。二人ともいい人ですから、大丈夫だと思います」
「なるほどねー。分かったよっ。ありがとっ」
名簿を片付ける鶴屋を見ながら、かなみは思う。
思ったよりも、危険ではないのかもしれない、と。
鶴屋の知り合いも、自分の知り合いも、殺し合いをするような人物はいないようだ。
そんな人ばかりなら、きっと大丈夫。首輪だって、強大な主催者だってなんとかできるのではないかと、そんな楽観的な思考がかなみの中で生まれる。
「ところでかなちゃん。支給品は確認した?」
投げかけられた鶴屋の声に、かなみは考えを中断して首を横に振る。
「確認した方がいいよっ。何が起こるか分かんないからねっ。ちなみにあたしのはこれさっ」
鶴屋はデイバックからプラスチック製の棒を取り出す。その中心部は黒く、そこから両側に伸びる黄色い部分は平たい。
いわゆるボディブレードと呼ばれるエクササイズ用品だった。
「わはははっ。ものごっついマッチョなアメリカ人になった気分っ。これで戦えなんてギャグだよねっ」
ボディブレードの中心部を水平に持って上下に振るう鶴屋は、口を開けて笑う。なんだか、妙に楽しそうだ。
「それ、武器なんですか?」
かなみが首を傾げると、鶴屋はその手を止めた。
「違うよっ。叩かれたら痛いと思うけどねっ」
どうしてそんなに楽しそうなのだろうと思いながら、かなみはデイバックの中を探る。すると柄のようなものに指先が触れた。
取り出す。
それは、かなみの手には余るほどの大きなハンティングナイフだった。
鈍色の刃は血を求めているようで、かなみの背筋に悪寒が走る。
包丁で食材を切るのとは訳が違う。これを使って斬るのものは生きた動物。しかし、この会場においては違う。
これを使って斬るものは、生きた人間だ。
そんなこと、できるはずがない。たとえ自分の身を守るためであっても、できるわけがない。
「すごいねっ。あたしのと比べたら大当たりっさ!」
鶴屋の態度は変わらない。それが随分頼もしく感じられた。
かなみは少し迷う。このナイフは自分が持っているよりも、鶴屋に渡したほうがいいのではないか、と。
与えられた力を会ったばかりの他人に渡すのが危険だということくらい、理解している。
だが、それは信頼におけない相手の場合だ。
鶴屋は、晴れ晴れとした笑顔でかなみを見ている。見ているこちらも温かくなるような笑顔だった。
それを見て、かなみは確信する。鶴屋なら大丈夫だと。
デイバックを投げて自分の無害を証明した鶴屋なら。
胸を埋め尽くしていた恐怖を和らげ、照らしてくれた鶴屋なら。
大丈夫、きっと大丈夫。
かなみは慎重に刃を持つと、柄を鶴屋に差し出した。
「え? かなちゃん?」
疑問符を浮かべる鶴屋に、かなみは小さく首を縦に振る。
「鶴屋さんが使ってください。私、上手く使えそうにありませんから」
言って、笑いかける。鶴屋のように満面ではないにしても、小さく確かに微笑みかける。
少しの間の後、鶴屋はおずおずとそれを受け取った。
「本当に、いいのかい?」
尋ねてくる鶴屋に、かなみは頷いた。
「……かなちゃんはあたしを信頼してくれてるんだねっ」
鶴屋の声に答えようとした、その瞬間。
首輪とは異なった冷たい感触が、首の皮に触れた。
「……えっ?」
鶴屋の手が真っ直ぐ自分の方へ伸び、そこに握られたナイフの刃が首筋に宛てがわれていた。
かなみの思考がフリーズする。鶴屋の顔を見れば、そこから笑顔は消えていた。
「ごめんね、かなちゃん」
何が起こったのか、どうすればいいのか分からず、体を動かすことができない。
ただ目の前、鶴屋が左手にデイバックを掴むのが見える。鶴屋はかなみの首元にそれを持ってきて、そして、呟く。
「本当、ごめん」
全てを、察した。
自分の行動がとんでもない過ちだったということを。このまま殺されてしまうということを。
もう、カズマの顔を見ることができないということを。
「カズくん……」
声が漏れる。すると、刃の触感が近づいた気がした。
それでも。
「カズくん、カズくん……っ!」
かなみは呼び声を上げる。そしてそれが叫びに変わる直前に。
刃が、かなみの首を掻き切った。
◆◆
血を噴き出すかなみの首に、鶴屋は左手のデイバックを押し当てる。小さな体が、ゆっくりと倒れていった。
返り血で染まっていくデイバックを、鶴屋は彼女らしからぬ無表情で眺めていた。
鶴屋の精神はタフだった。
いかにも怪しい仮面の男に殺し合いを強要されても、その男が少女や男性を手にかけるのを目の前にしても、冷静な心を失わないでいられるほどに。
だが、彼女の知り合い全員がそうであるとは、とても言えない。
血色を失っていくかなみに視線を落としながら、鶴屋は考える。
長門ちゃんは大丈夫。きっとあたしよりずっと冷静に、この状況を判断できると思う。
キョンくんも結構冷静だ。取り乱して短絡的な行動を取ったりはしないだろう。
ハルにゃんはきっと黙っていない。今頃、主催者に殴りこみをかける方法を考えているかもしれない。
みくるは一番心配だ。どこかで怯えて、うずくまっていてもおかしくはない。
その誰にも死んでほしくなかった。その誰にも人を殺してほしくなどなかった。
彼らSOS団は、本当に楽しそうなのだ。
鶴屋はそれを見ているのが好きだった。部外者として、楽しそうな彼らを見ているのが鶴屋は好きだった。
たった一人欠けることも許されない。仮に全員生き延びても、彼らのうち誰かが手を汚せば、きっとあの楽しい日々は帰ってこないだろう。
だから、鶴屋は彼らを守りたかった。そして、彼らの代わりに部外者である自分の手を汚そうと、鶴屋は決意した。
大切なものを守るために。その結果、彼らから疎まれることになったとしても。
正しいとは思わない。鶴屋の行動は、SOS団以外の命を奪うことになるのだから。
それでも、鶴屋はその道を選ぶ。その意志は、強い。
返り血を浴びた自分のデイバックでナイフの血糊を拭うと、その中にある水と食料をかなみのデイバックに移す。
念のためボディブレードもその中に入れると、肩にかけた。
鶴屋は一瞬だけ、目を閉じる。
武器を得るため、自分の覚悟を決めるための犠牲になったかなみへと哀悼の意を表するために。
そして立ち上がる。
歩き出しながら、鶴屋は頭を働かせる。
武器が手に入ったとはいえ、ナイフでは銃器の前にはどうしても劣る。戦い慣れている者もいるだろう。
それに、首輪もどうにかしなければならないのだ。利用できる者は利用した方がいい。
そのためにも、いきなり斬りかかるのはまずい。やはり、今のように接触してみるのが最良だ。
殺すのは相手を見極めてからでも遅くはない。
そう考えた鶴屋は、頬をほぐすように揉む。そして、いつものような笑顔を浮かべた。
深夜の闇の中、殺人ゲームの渦中で。
鶴屋は、彼女らしい笑みを湛えていた。その瞳に、強い意志を輝かせながら。
◆◆
夢を、見ていました。
今、あなたが何をしているのか分からないけど。
夢の中のあなた。
どうか、無事でいてください。
どうか、生き延びてください。
どうか――
かなみの夢。
いつもとは違い『夢の中のあの人』の想いが伝わってこなかった。
それどころか色も薄く、ぼんやりと翳っているようで頼りない夢だ。
それでもかなみは願いを届けようとする。どこにいるかも分からない『あの人』へと。
意識がなくなる、その瞬間までずっと。
届かない祈りを、かなみは捧げ続けていた。
【F-8 初日 深夜】
【鶴屋さん@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:無傷。冷静。
[装備]:ハンティングナイフ
[道具]:自分の支給品に加え、かなみの食料と水、ボディブレード
[思考・状況]1:人を探す
2:SOS団の面子(キョン、涼宮ハルヒ、長門有希、朝比奈みくる)と遭遇した場合、彼らを守る。
それ以外の面子と遭遇した場合、接触し、利用できそうなら共に行動。利用できそうにないなら隙を見て殺す。
基本:ステルスマーダーとして行動
&color(red){【由詫かなみ@スクライド 死亡】}
&color(red){[残り79人]}
*時系列順で読む
Back:[[愛する者の為の騎士]] Next:[[普通の人間にしか興味はない]]
*投下順で読む
Back:[[愛する者の為の騎士]] Next:[[普通の人間にしか興味はない]]
|鶴屋さん|53:[[approaching!]]|
|&color(red){由詑かなみ}||
**信頼に足る笑顔 ◆7jHdbD/oU2
怖かった。どうしてこんなことになったのか、全く理解できない。
悪夢なら早く覚めて欲しいと思う。だが、首に触れる無機質な触感は、無視できないほどにリアルだった。
由詫かなみは深夜の森で、震えながら歩いていた。何処かを目指しているわけではない。
強いて目指す場所を言うならば、彼の元。隆起現象の後、消息を絶った彼の元。
「カズくん……」
かなみの探し人、カズマもこの会場にいる。それだけは、彼女にとって僥倖だった。
この理不尽な現実に戦慄し、話をすることも声をかけることもできなかった。だが、カズマは確かにいた。
見間違えるはずなど、ない。
「カズくん、会いたいよ……」
会えればどれほど心強いだろう。会いたい、会いたい。
そうやってカズマのことを考えていなければ、かなみの心は恐怖に押しつぶされてしまいそうだった。
風はない。無風の世界に、かなみが地を歩く音が響く。
風はない。それゆえに音が運ばれてくることはない。
なのに。
かなみの右手側から、枝葉が擦れ合う音がした。
かなみの皮膚が粟立ち、意識がそちらへ向かう。心臓が急激な運動を始め、デイバックのストラップを握る手に汗が滲んでいく。
逃げなきゃ。
そう思っても、体が動かない。意思を拒否するように、体は震えるだけで言うことを聞いてくれない。
怖い、嫌、死にたくない。カズくん、カズくん。
音は近づいてくる。それに比例するように、震えはどんどん肥大化していく。
怖いのに、目を閉じることができない。視界を閉ざす方が、ずっと怖かった。
音は近づいてくる。それが長身の人影だと分かっても、かなみは動くことも声を出すこともできなかった。
そして。
「おーい、そこのコっ。聞こえるっかなっ?」
底抜けに明るい、女性の声が聞こえた。だが、かなみはそれに答えることなどできず、口から震えた吐息を漏らすだけだった。
「あー、そんなに怖がらなくてもいいっさ。ほらほら」
声とともに、何かが投げつけられる。反射的に後ずさったかなみの前に、見覚えのあるものが落ちて転がった。
それは、かなみの手にあるデイバックと同じものだった。続いて、声の主が姿を見せる。
足元まで届きそうなほどの黒い長髪が特徴的な、長身の女性だった。両手を挙げる彼女は、かなみの前でくるりとターンする。
長髪を舞い上がらせ、再度かなみに向き直った女性は、太陽のような笑みをその顔に湛えていた。
「ホールドアップってやつさっ。なんなら身体検査でもやるかいっ?」
「あ……いえ……」
ようやくそれだけを言うと、かなみは腰が抜けたようにそのばにへたり込んだ。
八重歯を見せて笑う女性はしゃがみ、かなみと目の高さを合わせる。近くで見るその顔はとても綺麗で、悪意といったものは何も感じられないほど純粋に見えた。
彼女の手が、かなみの髪に触れる。そして優しく、髪を丁寧に梳くようにして撫で始めた。
かなみは、思う。
温かい、と。
その温かさが、かなみを支配していた恐怖を拭い取っていくようだった。
「あたしは鶴屋さっ。名前、教えてくれるかなっ?」
「かなみ、です。由詫、かなみ」
かなみが落ち着いた頃、ようやく自己紹介が交わされる。終始笑顔の鶴屋につられ、かなみの口元に笑みが浮かんだ。
「ふむふむ、かなちゃんねっ」
言いながら、鶴屋はデイバックから名簿と筆記用具を取り出す。
かなみも同じようにデイバックからそれを出したとき、まだこの中を確認していなかったことに気付いた。
カズマのことばかりを考えていたせいだろうか。そう思うと、なんだか恥ずかしくなってしまう。
「かなちゃん? どったのっ?」
「あ、いえ。何でもないです」
鋭い人だなと思いながら、かなみは名簿に目を落とす。
「情報交換といこうっ。あたしの知り合いは朝比奈みくる、キョンくん、ハルにゃん――あ、涼宮ハルヒってコね――それと、長門有希ちゃん。
みんなめがっさ楽しくていいコたちさっ。殺し合いなんてするようなやつらじゃないって、あたしが保証するよっ」
鶴屋の明るい口調から、本当にいい人たちなんだろうなとかなみは推測する。
「私の知ってる人は――」
名簿にある、名前。それを見ただけで、かなみの目頭が熱くなるような気がした。
「カズくん……」
「カズくん? カズマ、って人のことかい?」
「あ、はい。そうです。ちょっと乱暴だけど、本当はとても優しいんです」
「そっかー。その人はかなちゃんの大事な人なんだね!」
目を細めるかなみ。鶴屋は、眩いくらいの笑顔でそれを受け止めてくれた。
もう一度名簿を見る。カズマという名前から目を離すのが少し名残惜しかったが、他に知っている名前を探さなければならない。
そして。
かなみはその名前を見て、目を見開いた。
君島邦彦。命を落としたはずのその名前が記されていたからだ。
改めて主催者の力を実感するが、それから目を逸らすようにしてかなみは名簿を最後まで目を通した。
「……君島邦彦さんに、劉鳳さんも知り合いです。二人ともいい人ですから、大丈夫だと思います」
「なるほどねー。分かったよっ。ありがとっ」
名簿を片付ける鶴屋を見ながら、かなみは思う。
思ったよりも、危険ではないのかもしれない、と。
鶴屋の知り合いも、自分の知り合いも、殺し合いをするような人物はいないようだ。
そんな人ばかりなら、きっと大丈夫。首輪だって、強大な主催者だってなんとかできるのではないかと、そんな楽観的な思考がかなみの中で生まれる。
「ところでかなちゃん。支給品は確認した?」
投げかけられた鶴屋の声に、かなみは考えを中断して首を横に振る。
「確認した方がいいよっ。何が起こるか分かんないからねっ。ちなみにあたしのはこれさっ」
鶴屋はデイバックからプラスチック製の棒を取り出す。その中心部は黒く、そこから両側に伸びる黄色い部分は平たい。
いわゆるボディブレードと呼ばれるエクササイズ用品だった。
「わはははっ。ものごっついマッチョなアメリカ人になった気分っ。これで戦えなんてギャグだよねっ」
ボディブレードの中心部を水平に持って上下に振るう鶴屋は、口を開けて笑う。なんだか、妙に楽しそうだ。
「それ、武器なんですか?」
かなみが首を傾げると、鶴屋はその手を止めた。
「違うよっ。叩かれたら痛いと思うけどねっ」
どうしてそんなに楽しそうなのだろうと思いながら、かなみはデイバックの中を探る。すると柄のようなものに指先が触れた。
取り出す。
それは、かなみの手には余るほどの大きなハンティングナイフだった。
鈍色の刃は血を求めているようで、かなみの背筋に悪寒が走る。
包丁で食材を切るのとは訳が違う。これを使って斬るのものは生きた動物。しかし、この会場においては違う。
これを使って斬るものは、生きた人間だ。
そんなこと、できるはずがない。たとえ自分の身を守るためであっても、できるわけがない。
「すごいねっ。あたしのと比べたら大当たりっさ!」
鶴屋の態度は変わらない。それが随分頼もしく感じられた。
かなみは少し迷う。このナイフは自分が持っているよりも、鶴屋に渡したほうがいいのではないか、と。
与えられた力を会ったばかりの他人に渡すのが危険だということくらい、理解している。
だが、それは信頼におけない相手の場合だ。
鶴屋は、晴れ晴れとした笑顔でかなみを見ている。見ているこちらも温かくなるような笑顔だった。
それを見て、かなみは確信する。鶴屋なら大丈夫だと。
デイバックを投げて自分の無害を証明した鶴屋なら。
胸を埋め尽くしていた恐怖を和らげ、照らしてくれた鶴屋なら。
大丈夫、きっと大丈夫。
かなみは慎重に刃を持つと、柄を鶴屋に差し出した。
「え? かなちゃん?」
疑問符を浮かべる鶴屋に、かなみは小さく首を縦に振る。
「鶴屋さんが使ってください。私、上手く使えそうにありませんから」
言って、笑いかける。鶴屋のように満面ではないにしても、小さく確かに微笑みかける。
少しの間の後、鶴屋はおずおずとそれを受け取った。
「本当に、いいのかい?」
尋ねてくる鶴屋に、かなみは頷いた。
「……かなちゃんはあたしを信頼してくれてるんだねっ」
鶴屋の声に答えようとした、その瞬間。
首輪とは異なった冷たい感触が、首の皮に触れた。
「……えっ?」
鶴屋の手が真っ直ぐ自分の方へ伸び、そこに握られたナイフの刃が首筋に宛てがわれていた。
かなみの思考がフリーズする。鶴屋の顔を見れば、そこから笑顔は消えていた。
「ごめんね、かなちゃん」
何が起こったのか、どうすればいいのか分からず、体を動かすことができない。
ただ目の前、鶴屋が左手にデイバックを掴むのが見える。鶴屋はかなみの首元にそれを持ってきて、そして、呟く。
「本当、ごめん」
全てを、察した。
自分の行動がとんでもない過ちだったということを。このまま殺されてしまうということを。
もう、カズマの顔を見ることができないということを。
「カズくん……」
声が漏れる。すると、刃の触感が近づいた気がした。
それでも。
「カズくん、カズくん……っ!」
かなみは呼び声を上げる。そしてそれが叫びに変わる直前に。
刃が、かなみの首を掻き切った。
◆◆
血を噴き出すかなみの首に、鶴屋は左手のデイバックを押し当てる。小さな体が、ゆっくりと倒れていった。
返り血で染まっていくデイバックを、鶴屋は彼女らしからぬ無表情で眺めていた。
鶴屋の精神はタフだった。
いかにも怪しい仮面の男に殺し合いを強要されても、その男が少女や男性を手にかけるのを目の前にしても、冷静な心を失わないでいられるほどに。
だが、彼女の知り合い全員がそうであるとは、とても言えない。
血色を失っていくかなみに視線を落としながら、鶴屋は考える。
長門ちゃんは大丈夫。きっとあたしよりずっと冷静に、この状況を判断できると思う。
キョンくんも結構冷静だ。取り乱して短絡的な行動を取ったりはしないだろう。
ハルにゃんはきっと黙っていない。今頃、主催者に殴りこみをかける方法を考えているかもしれない。
みくるは一番心配だ。どこかで怯えて、うずくまっていてもおかしくはない。
その誰にも死んでほしくなかった。その誰にも人を殺してほしくなどなかった。
彼らSOS団は、本当に楽しそうなのだ。
鶴屋はそれを見ているのが好きだった。部外者として、楽しそうな彼らを見ているのが鶴屋は好きだった。
たった一人欠けることも許されない。仮に全員生き延びても、彼らのうち誰かが手を汚せば、きっとあの楽しい日々は帰ってこないだろう。
だから、鶴屋は彼らを守りたかった。そして、彼らの代わりに部外者である自分の手を汚そうと、鶴屋は決意した。
大切なものを守るために。その結果、彼らから疎まれることになったとしても。
正しいとは思わない。鶴屋の行動は、SOS団以外の命を奪うことになるのだから。
それでも、鶴屋はその道を選ぶ。その意志は、強い。
返り血を浴びた自分のデイバックでナイフの血糊を拭うと、その中にある水と食料をかなみのデイバックに移す。
念のためボディブレードもその中に入れると、肩にかけた。
鶴屋は一瞬だけ、目を閉じる。
武器を得るため、自分の覚悟を決めるための犠牲になったかなみへと哀悼の意を表するために。
そして立ち上がる。
歩き出しながら、鶴屋は頭を働かせる。
武器が手に入ったとはいえ、ナイフでは銃器の前にはどうしても劣る。戦い慣れている者もいるだろう。
それに、首輪もどうにかしなければならないのだ。利用できる者は利用した方がいい。
そのためにも、いきなり斬りかかるのはまずい。やはり、今のように接触してみるのが最良だ。
殺すのは相手を見極めてからでも遅くはない。
そう考えた鶴屋は、頬をほぐすように揉む。そして、いつものような笑顔を浮かべた。
深夜の闇の中、殺人ゲームの渦中で。
鶴屋は、彼女らしい笑みを湛えていた。その瞳に、強い意志を輝かせながら。
◆◆
夢を、見ていました。
今、あなたが何をしているのか分からないけど。
夢の中のあなた。
どうか、無事でいてください。
どうか、生き延びてください。
どうか――
かなみの夢。
いつもとは違い『夢の中のあの人』の想いが伝わってこなかった。
それどころか色も薄く、ぼんやりと翳っているようで頼りない夢だ。
それでもかなみは願いを届けようとする。どこにいるかも分からない『あの人』へと。
意識がなくなる、その瞬間までずっと。
届かない祈りを、かなみは捧げ続けていた。
【F-8 初日 深夜】
【鶴屋さん@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:無傷。冷静。
[装備]:ハンティングナイフ
[道具]:自分の支給品に加え、かなみの食料と水、ボディブレード@クレヨンしんちゃん
[思考・状況]1:人を探す
2:SOS団の面子(キョン、涼宮ハルヒ、長門有希、朝比奈みくる)と遭遇した場合、彼らを守る。
それ以外の面子と遭遇した場合、接触し、利用できそうなら共に行動。利用できそうにないなら隙を見て殺す。
基本:ステルスマーダーとして行動
&color(red){【由詫かなみ@スクライド 死亡】}
&color(red){[残り79人]}
*時系列順で読む
Back:[[愛する者の為の騎士]] Next:[[普通の人間にしか興味はない]]
*投下順で読む
Back:[[愛する者の為の騎士]] Next:[[普通の人間にしか興味はない]]
|鶴屋さん|53:[[approaching!]]|
|&color(red){由詑かなみ}||
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: