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「【団員の家出/映画監督の憤慨】」(2021/12/02 (木) 21:12:20) の最新版変更点
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*【団員の家出/映画監督の憤慨】 ◆TIZOS1Jprc
夜、八時を回る。
既に夕日は完全にその姿を地平線の下に隠し、暁に燃える殺戮の街に帳が落ちる。
今や街は眠りに落ちてしまったのだろうか?
否、街は目覚めたばかり。
照らす太陽を忌むかのごとく、日中身を潜めていた人と人ならざるものとが跋扈し、此処に血みどろのギニョールは再びその凄惨さを燃え上がらせんとしている。
それが証拠にほら――――――。
山をひとつ越えたところでは人智を越えた魔女たちが不死者や異能どもと盛大なサバトを繰り広げている。
悪鬼たちは供物が足らぬと囃し立てる。
行き着く先は無人の荒野か、更なる修羅の地獄か……。
その喧騒も届かぬ町外れの一角、映画館の周辺は虫の声ひとつ響かぬ静寂に包まれていた。
シアター内部もまた沈黙している。
辛うじて響くのは旧式の映写機がカタカタと回る音だけ。
五人は、口をぽかんと馬鹿みたいに開けて(一人は何時も通りの無表情だが)スクリーンを見つめている。
見つめる先に映し出されるのは、何の変哲もない風景。
どこかの街の映像が数秒ごとに場面を変えつつ、淡々と流れてゆく。
音声は無い。
橋、主婦がごった返す商店街、寺、賑やかなアーケード、小川……、
「この風景……どっかで見たわね」
誰にともなく涼宮ハルヒが呟く。
映像は続く。
公園の遊具に憩う子供達、鉄橋の上を走る電車、サラリーマンが行き交うオフィス街、信号の前で止まる自動車の列、駅前……、
「間違いない、ここの街の風景だ」
と、トグサ。
まだ続く。
河原、ビルディング、自動車が走る道路、用水路、鳥居の下を潜る参拝客……
「照合確認。数年以内の時間差の範囲での、ここと同一座標付近の映像であると推測される」
ぼそぼそと長門有希が同調する。
動きの無い風景ばかりが延々と続く。
一体この映画は、見るものに何を伝えようと言うのか。
撮影したものは、何の目的でこれを撮ったのか。
意図を掴めないまま、五人は呆気に取られたままスクリーンを見つめる。
最後に青空をバックに回る観覧車を映し出した後、映像はぷっつりと途切れた。
……………………………………………………
「結局ただの無駄フィルムだったわね。ま、うるさく騒がれるよりはよっぽどマシだったけど」
上映を終えて、途中で退屈して膝の上で寝てしまったアルルゥの髪を撫でつつ、ハルヒはあくびを上げた。
長門が彼女の肩に手をかける。
「貴方も今のうちに睡眠を取った方がいい。長時間の緊張状態は健康状態に支障を来す」
「平気よ。有希だって寝てないのに団長だけ寝るわけに行かないじゃない」
「私なら問題ない。今までに適当な所で休息を得ている。数時間程度なら警戒態勢を維持可能」
ハルヒは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑って見せる。
「そう……。悪いけどそうさせてもらうわ。有希も眠くなったら誰かに見張り代わってもらうのよ」
「ありがとう」
アルルゥとともにソファに横たわってすぐに寝息を立てはじめたハルヒを見ながら、長門は先ほどの自分の言動についていぶかしむ。
――――――健康状態を気遣われたから礼を言った。"ありがとう"。単なる社交辞令。問題ない。何ら問題が無い。
生じるごく僅かの思考ノイズ。何故か、不快でない。
格別行動に支障をきたす訳では無いが、消去。エラー。消去。エラー。消去。エラー……。
ふと眼をやると、ハルヒの横で眠っていたアルルゥが眼を擦りながら起き上がろうとしていた。
すぐに横で眠るハルヒの存在に気づく。
「ハルヒおねーちゃん、ねちゃったの?」
「そう。出来る限り起こさないように行動するべき」
アルルゥはじっとハルヒを見つめる。
「おねーちゃん、おきるよね?」
「質問の意図が掴めない」
寝ている以上、いつかは眼を覚ます。幼いとは言え、彼女もそれぐらいは分かっているはずだ。
見るとアルルゥは目に涙を貯めていた。
「おやじ、ねちゃったっきり、め、さまさなかった。ハルヒおねーちゃんもめ、さまさないの、やだ。
でも、いまおこしたらおねえちゃんに迷惑だから、おこしちゃだめ。でも、こわい」
「…………」
実際にハルヒが目を覚まさない可能性はゼロではない。
頭部への打撲の影響が今になって悪化したら、最悪このまま昏睡しないとも限らない。
その可能性をアルルゥに返答するかどうか。
メリット:懸念が現実のものとなった場合、あらかじめ最悪のケースを伝えておくことで彼女には比較的スムーズな対応を期待できる。
デメリット:彼女が不安を解消するために涼宮ハルヒを覚醒させる危険性。
両者のリスク重みを今までの行動モデルから比較検討。思考ノイズ。中断。
「心配は不要。彼女は本当に睡眠状態にあるだけ。呼吸、脈拍、眼球運動は正常。じきに眼を覚ます」
「ほんとう?」
涙目でアルルゥは長門を見上げる。
「そう、大丈夫」
その返答に安心したのか、アルルゥは再びハルヒの腕の中に潜り込むと、目を閉じて眠りはじめた。
そのあどけない寝顔を眺めながら、長門はしばらく呆然としていた。
(私は……何を……)
先ほどの自分の言動が合理的に説明できない。
自分自身の行動予測モデルと実際の行動が一致しない。
おおむね行動規範からは逸脱していないが、放置すれば破滅的なバグが生じる可能性も否定出来ない。
可能性は高くないが仮に涼宮ハルヒらと共に元の時空座標に帰還できた場合、自身の思考回路をリブートするか、最悪本端末を廃棄することも検討せねばならない。
どのみち決めるのは自分では無いが。
問題は無い。今は涼宮ハルヒの環境認識に負荷を与えない形で彼女を帰還させることに全力を注げば良い。
顔を上げると後片付けをしていたトグサが長門に近付いてきた。
「長門……だったな。君もそろそろ休んだ方が良い」
『問題は無い。それよりも貴方に話がある』
「そうは言っても休める内に休んでおかないと直る怪我も直らな…………、なんだって?」
トグサが目をしかめる。
『まさか、電脳通信が使えるのか!? 電脳化していないのにどうやって!?』
『貴方達の社会の物とは異なる独自の技術を用いている』
『それにしても公安九課の緊急通信用暗号をこんなに簡単に破られるなんてな……』
『容易では無かった。だから解析が完了するまで今までかかった』
トグサは頭を抑えた。
『で、他人に聞こえないようにして、こんな回りくどい方法で内緒話をしなければならない理由って言うのは……』
『貴方の考える通り。盗聴及び監視の危険性を考慮した』
そう言って長門は自分の首輪を指で叩く。
『……君は一体何者だ? 電脳化していないのに女子高生にしちゃ場馴れ過ぎだ。精神矯正を受けて軍のラボに放りこまれた元犯罪者か何かか?』
『情報交換と同時に貴方の認識を改める必要がある』
そう告げると長門はいつもの抑揚の無い声で自己紹介をはじめる。
『情報統合思念体によって作られた、対有機生命体コンタクト用ヒュマノイド・インターフェース。それが私』
『……………………は?』
トグサはSOS団雑用係が初めてこの言葉を聞かされた時とそっくりな表情を見せた。
◇ ◇ ◇
『すると何か? 君は宇宙人との交渉代理人みたいなもの。そしてこのハルヒって娘は観測することで外界の有り様にまで干渉できる無自覚なエスパー。
彼女の環境認識にドラスティックな変化を与えたら、大惨事になる可能性があるから彼女の目の前で君の能力を見せることは出来ない、と』
『その認識で概ね問題は生じない』
トグサは思わず天を仰いだ。
『信用できないかもしれないが、今の所はそう言うことにしておいて欲しい』
『いや……こうも常識外れな話が立て続けに起こって少し混乱している……。
ああ、大丈夫だ。まあ、君にも守秘義務があると、そういう感じでいいか』
『そう』
相変わらず淡々とした様子で長門は本題に入る。
『先ほどの映像、あれから貴方は何を読み取った?』
『……あれがミスリードを誘うための罠でないとしたら、この街はおそらく一から主催者が作り上げたものではない。
多分オリジナルの都市があり、そこから住人を追い出したか、そっくり丸ごと人間以外をコピーしたか……。きっと、あの映像は元の街の本来の姿だ』
『データに該当する地球上の地形が存在しなかった為、当初は私はその可能性を低く見積もっていた。
大気組成及び太陽活動をはじめとする天体現象は西暦2000年前後の地球のそれで近似されるが、太陽黒点や月齢、惑星座標、超新星等の突発天体現象で厳密な時間を特定しようとした所、過去及び未来の予測値で該当するデータは存在しなかった。
また地磁気、重力と日周運動から、地球上で該当する座標は北緯35度付近で季節は四月上旬と推測される。各施設の文化的特長、気象、地質は日本の関東地方地方都市の特徴と合致する。
だが南北座標の移動に伴い発生するはずの微小なコリオリ力は検出されず、そもそも本座標が地球表面上にあるかどうかは極めて疑わしいと言わざるを得ない
植物の植生や年周期リズムも出鱈目。明らかに操作された痕跡がある。
それを踏まえた上でこの未確認空間に対する私の考察を聞いてほしい
奇妙な点は以下の通り。
まず、各参加者間で出身地空座標の時間帯が数十年以上のスケールで異なっている。
私達は西暦2003年だったが貴方達は西暦2031年、石田ヤマトの話では1999年だった。
ギガゾンビと面識があると推定される青い自律行動ロボット、あれを作成できる程の技術レベルに達するのは、人類の技術進歩速度から計算しておそらく二十一世紀中には実現不可能。
この少女アルルゥの遺伝子系に見られる遺伝子操作の痕跡もギガゾンビが時間平面を跳躍して影響を及ぼせることの証左となっている。
時間平面の跳躍自体は人類の技術でも将来において可能になるはずなので、このこと自体はなんら訝しむに値しない。
たとえそのような技術がなくとも、我々を出身時代ごとで拘束して時間凍結をかけ、全員が揃うまで保存しておけば、パラドクスを生じさせることなく異なる時間平面から参加者を集めることは可能。
だが、単なる時間平面への干渉では説明できない齟齬も生じている。
貴方の提供してくれたアーカイブによると、私達が存在していた時間帯において全地球規模の複数国家間戦争があったことになっているが、実際にはその兆候すら見られていない。
さらに石田ヤマトの話していたデジタルワールドなる情報空間が存在すれば、その性質上情報統合思念体が感知していないはずが無い。だがそんなものは地球上には存在しなかったはず。情報生命体亜種が隠蔽していてもその痕跡すら掴めないというのはおかしい。
以上の情報から私はこの異常な環境への説明として、以下の二つの可能性を考えた。
一つは、ギガゾンビの有する科学技術が平行宇宙への干渉も可能にしているというもの。
その場合、ここは彼の言っていた"亜空間破壊装置"によって他の事象線上からは隔絶された人為的宇宙と言うことになる。
もう一つはここがコンピュータ上でのシミュレーション等に代表される仮想空間である可能性。ギガゾンビの言う"タイムパトロール"や"亜空間破壊装置"などの単語は我々をここに集めて殺し合わせるためのもっともらしい"ゲーム設定"。
私達の物理的身体は元から存在せず、行動パタンをプログラムされたキャラクタがクオリアをデジタルデータで誤魔化されて動いているに過ぎない。
勿論私達に帰るべき"元の世界"は存在せず、主催者への反抗自体根本的に不可能になる、そう思っていた。
しかし先程のフィルムの内容を判断材料に加えると後者の可能性が極めて低くなる。もしこの街が仮想空間だったとしても、それにはきっとコピー元のオリジナルの街が形而下で実際に存在するはず』
『そうだな……。ただのデータに過ぎない街の映像をわざわざカメラに収めようなんて、普通人は考えない。きっと撮った人はその街に実際に住み、そこで生きていたんだろう』
『ここは石田ヤマトの言う"デジタルワールド"と性質の似た、現実世界の情報と直接リンクしている空間なのかもしれない。いずれにしても主催者への反抗の余地は残されていると私は考える。
ここがどんな性質の空間であろうとも、情報統合思念体とコンタクトさえとれれば、私の情報解析情報連結能力を取り戻し首輪の解除と脱出が可能になる』
『外部とのコンタクト……、出来るのか?』
『この空間の性質を正しく理解し、私達が元居た世界への情報経路が把握できれば、志向性の強いビーコンを発射して情報統合思念体に送り届けることが可能かもしれない。
空間の性質を理解するためには、空間構成情報をただ漫然と集めるより、例の映像と現在の状況の差違を比較する方が効率が良い』
『つまり実際に行って確かめて見るということか? 映画に映っていた場所を?』
『ええ。撮影者と同じ視点に立って同じ視線からの光学データを収集したい。十箇所ほどのデータが集まれば、この空間の正体について結論が出せると思う』
『……それで、仮にこの街の謎を解明できたとして、実際に君のパトロンとコンタクトが取れる可能性はどれくらいある?』
『不明。ただし涼宮ハルヒが強力な思い入れを持っている物品を手に入れることが出来れば、それが持つ膨大な構成情報を手がかりにして情報経路の発見が飛躍的に容易になる。が、しょせんはないものねだり』
『そうか……。だがやってみないよりはましか。だがどうする? ここには二人も子供がいて、しかも怪我人まで抱えている。下手に動けないぞ』
『だが時間経過と共に状況は悪化の一途を辿ると考えられる。だから』
ここで長門は肉声に切替えた。
「私が一人で行く」
トグサは唖然とする。
「正気か? 殺人者の襲撃はいずれも屋外で起きているんだぞ」
「問題ない。例の金髪の騎士が相手でも、涼宮ハルヒの前でなければ逃げのびるくらいなら出来るはず。
だが彼女の目の前に居ては私は情報操作能力を発揮できない。涼宮ハルヒを守るのは貴方の方が適任」
「待て! インターフェースだか何だか知らないが、未成年者をむざむざ危険な目に合わせる訳には……。ああくそでもこっちの三人を放っておく訳にもいかない」
髪をかきむしるトグサ。
長門はアルルゥを抱えて眠るハルヒを眺めた。
もし自分が行ってしまったら彼女はどうするだろうか?
怒るだろう。そして後を追おうとするかもしれないがしかし……。
「わかった。一人で行動しては他の参加者の信用を得られないかもしれない。
貴方には私と同行してほしい」
トグサは驚いた。
「何だって? だがこの三人はどうする?」
「朝倉涼子、草薙素子、バトー、ハクオロ、カルラ、ルパン三世、石川五エ門、こう言った強力な戦闘能力を有する人物が早々に"脱落"し、涼宮ハルヒ達やアルルゥ、石田ヤマト、八神太一ら弱者に分類される者が現時点でも生き残っている。
つまり実力に自信があり積極的に状況に対して立ち回る者より、おとなしく殺人者からは逃げる、隠れる等の選択を取る一般人の方が生存率が高くなると考えられる。だから、涼宮ハルヒ達はこのまま映画館に留まった方が良い。
しかし私が彼女に無断で出発した場合、彼女は貴方に子供達を任せて、私達SOS団員達を追う可能性が高い。彼女の"彼"に対する執着は過小評価できないから。それでは元も子もない。
しかし私と貴方が同時に出ていけば彼女は動けない。彼女にはアルルゥと石田ヤマトを放っておくことが出来ないはず。彼女もここに隠れている方が安全であると理解しているので、ここで大人しく私達の帰りを待つものと推測される。
しかし彼女だけでは心配。だから貴方と私の装備で彼女らでも使えそうなものを置いていく。
これが受け入れられないならば、私は一人で出て行く」
長門は淡々と言い放った。
トグサは眠っている三人を見つめる。
涼宮ハルヒ、石田ヤマト、アルルゥ。
彼女らは、弱い。
自分はヒーローなどでは決してないし、なりたいとも思わないが、彼女らの安全を何かと引き換えにする程ゴーストを焦げ付かせてはいない。
だが、自分一人で何が出来る?
少佐ほどの状況判断能力は無い。バトーほどの身体能力もない。
彼女らの側に付いていた所で、金髪の騎士やトラックへ銃撃を加えた人物が相手では足止めすら出来ないだろう。
……これほどまで自分が義体化していなかった事を悔やんだことはない。
トグサは立ち上がるとヤマトの側に行って彼を揺り起こした。
「もう朝か……何かまだずいぶん眠い……」
眠そうに目を擦るヤマトにトグサは告げる。
「すまないが、伝言を頼まれてくれないか」
◇ ◇ ◇
「なんで黙って行かせたのよっ!!」
三十分後。覚醒し長門とトグサの姿が見当たらない理由を告げたヤマトに対して涼宮ハルヒは激怒していた。
「おれだって止めたさ! 外は危険だって! でも仕方ないじゃないか……、おれたちが付いていっても足手まといになるだけだ」
ヤマトも負けじと言い返すが、いかんせんハルヒと比べると迫力不足だ。
「そりゃ、私達じゃ頼りないかもしれないけど、有希だって女の子なのよ! 調べたいことが出来ただか何だか知らないけど、タヌ機を残していくなんて無謀が過ぎるわ!」
「おねーちゃん……こわい……」
言い争いのせいで起きてしまったアルルゥに不安げな目で見つめられ、ハルヒは一端怒りを収める。
ハルヒにも分かっている、怪我人と子供ばかりの自分達は連れて歩くことはできない。
それでも置いて出ていくのが心苦しいから、なけなしの装備品を置いていったのだ。
(私じゃ……何の役にも立てないって言ってるようなもんじゃない!)
実際にそうであることが分かっている。
分かっているからこそ余計に腹が立つのだ。
やり場の無い苛立ちは、その矛先がヤマトからトグサに移る。
「トグサさん……特別団員の身分で団長に無断で正規団員を連れて独走とは良い度胸だわ……」
「あ、それだけど『公務員はバイトが無理だからSOS団は脱退する』だそうだ」
「ぬわぁぁんですってぇぇぇ!!」
ハルヒの気迫に思わずヤマトもたじろぐ。
「これはゆゆしき事態よ! 最近有希みたいな仏頂面で無愛想なコが萌えであると言う奇特な連中が多いそうだわ! もしトグサさんもそうなら今頃私を差し置いて有希にあんなことやそんなことを致しているかもしれない!」
もしトグサが聞いたら電脳をショートして死んでしまいたくなるような言いがかりを付けつつ、ハルヒは二人に号令をかけた。
「こうしちゃいられないわ! アルちゃん! ヤマト! 二人を追うわよ!」
「おー!」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
すっかりその気になっているハルヒとアルルゥをヤマトが止める。
「ここにいた方が安全だから二人もおれたちを置いていったんだろ!」
「分かってるわよそれくらい」
だが、ハルヒの決意も固い。
「ここに留まった方が私達の身体はきっと安全。でもアルちゃんは……アルちゃんの心はここにいたんじゃ守れない」
「心?」
「ええ……。アルちゃんはお父さんやルパンがいなくなってとても悲しんでる。ひとまず私達という友達を得てなんとか自分を保ってはいるけど、もしこれからお姉さんの名前が放送で呼ばれでもしたら……アルちゃんはきっと耐えられない。
私もキョンや有希がむざむざと知らない所で殺されるなんて我慢できないわよ」
「うん! アルルゥもおねーちゃんにあいたい!」
出発する気満々の二人を見てヤマトは思う。
自分はどうか。
太一のことは心配だ。会ってどうなるものでもないかもしれないが、それでも会いたい。
そして、ぶりぶりざえもん。
あのあとどうなったか……。放送で名前が呼ばれなかったものの、あの状況で五体満足でいられるとはとても思えない。
彼は自分達を救うために身を投げ出した。その彼を見捨てる訳には行かない。
「あんたはここで留守番してればいいわ。私だけでもアルちゃんを守り抜いて……」
「おれも行く」
ヤマトははっきりと自分の意向を示した。二人に引きずられた訳では無く、自分の意志で。
「おれも、ぶりぶりざえもんの無事を確認したい」
「そうと決まれば話は早いわ! 基本方針は安全第一! 知らない人に会ったら話しかけず回避!」
「おー!」
「ほんとはやっちゃいけないけどトラックは無灯火! 暗視ゴーグルで周囲を警戒! 無理はせず数時間でここに戻る!」
「わかった!」
「それじゃ、書き置きとキョンへの留守電を残したら早速出発よ!」
◇ ◇ ◇
夜間に無灯火でヘルメットもせず魔女のコスプレをした女子高生と二人乗り。
警察官にあるまじき行為をしながら、トグサは夜の街をマウンテンバイクでひた走っていた。
後ろからしがみついている長門が一瞬身震いをする。
「どうした?」
「……うまく言語化できない。理由もなく突然不安を喚起する信号が流れた。原因は全く不明」
「それはあれかな。虫の知らせって奴。君にもゴーストが囁いてるのかもしれない」
「ゴースト……デカルトの劇場……」
「まあ、魂みたいなもんさ。唯の戯言だ、忘れてくれ」
訳も分からない不安を乗せたまま、自転車は冷たいコンクリートの上を走り抜けていった。
【B-4付近(映画館から自転車で30分の範囲)/1日目・真夜中】
【トグサ@攻殻機動隊S.A.C】
[状態]:疲労と眠気/SOS団団員辞退/自転車徐行
[装備]:S&W M19(残弾1/6発)/刺身包丁/ナイフ×5本/フォーク×5本/マウンテンバイク
[道具]:デイバッグ/支給品一式(食料-2)/警察手帳(元々持参していた物)
技術手袋(使用回数:残り17回)/首輪の情報等が書かれたメモ1枚
[思考]
基本:情報を収集し脱出策を講じる。協力者を集めて保護。
1:長門のロケ地巡りに付き合う。
2:一段落したら急いで映画館に戻る。
3:ホテルに残したセラスが心配。
4:情報および協力者の収集、情報端末の入手。
5:タチコマ及び光、エルルゥ、八神太一の捜索。
6:長門の説明に半信半疑ながらも異常な事態を理解しつつある。
[備考]
風・次元と探している参加者について情報交換済み。
【長門有希@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:思考に軽いノイズ/左腕骨折(添え木による処置が施されている)/SOS団正規団員/自転車後部座席
[装備]:ハルヒデザインの魔女服(映画撮影時のもの)/ナイフ×5本/フォーク×5本
[道具]:デイバッグ/支給品一式(食料-2)
[思考]
基本:涼宮ハルヒの安全を最優先し、状況からの脱出を模索。
1:涼宮ハルヒが心配。
2:ロケ地を調べて空間構成情報を収集。
3:小次郎に目を付けられないように注意する
4:キョンとの合流に期待
[備考]
癒しの風による回復力促進に伴い、添木等の措置をして安静にしていれば半日程度で
骨折は完治すると思われます。
【B-4・映画館/1日目・真夜中】
【新生SOS団】
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:小程度の疲労と眠気/頭部に重度の打撲(意識は回復。だがまだ無理な運動は禁物)
左上腕に負傷(ほぼ完治)/心の整理はほぼ完了
[装備]:タヌ機(1回使用可能)/RPG-7スモーク弾装填(弾頭:榴弾×2、スモーク弾×1、照明弾×1)
[道具]デイバッグ/支給品一式(食料-2)/着せ替えカメラ(使用回数:残り18回)
インスタントカメラ×2(内一台は使いかけ)/トグサが書いた首輪の情報等が書かれたメモ1枚
[思考]
基本:SOS団のメンバーや知り合いと一緒にゲームから脱出。
1:ヤマトと交替で運転しつつ、トラックで知り合いを探す。
2:キョンと合流したい。
3:ろくな装備もない長門(とトグサ)が心配。
[備考]
腕と頭部には、風の包帯が巻かれています。
【石田ヤマト@デジモンアドベンチャー】
[状態]:人を殺した罪を背負っていく覚悟/SOS団特別団員認定
小程度の疲労と眠気/右腕上腕に打撲(ほぼ完治)/右肩に裂傷(手当て済)
[装備]:クロスボウ/スコップ/暗視ゴーグル(望遠機能付き)
[道具]:デイバッグ/支給品一式(食料-2)/ハーモニカ/デジヴァイス/真紅のベヘリット
クローンリキッドごくう(使用回数:残り3回)/ぶりぶりざえもんのデイパック(中身なし)
[思考]
基本:これ以上の犠牲は増やしたくない。生き残って元の世界に戻り、元の世界を救う。
1:ハルヒと交替で運転しつつ、トラックで知り合いを探す。
2:ぶりぶりざえもんやトグサと長門が心配。
[備考]
ぶりぶりざえもんのことをデジモンだと思っています。
【アルルゥ@うたわれるもの】
[状態]:小程度の疲労と眠気/右肩・左足に打撲(ほぼ完治)/SOS団特別団員認定
[装備]:ハクオロの鉄扇/ハルヒデザインのメイド服
[道具]:無し
[思考]
基本:ハルヒ達と一緒に行動。エルルゥに会いたい。
1:トラックの中から周囲を警戒して、二人の役に立ちたい
2:が、眠いので寝る。
[共同アイテム]:73式小型トラック(※映画館脇の路地に止めてあります。キーは刺さったまま)
おにぎり弁当のゴミ(※トラックの後部座席に放置されています)
-レジャービルの留守電にハルヒ達が実際とは逆の方向に進む旨のメッセージが残されました。
-映画館にトグサ達への書置きが残されました。
*時系列順で読む
Back:[[「散りゆく者への子守唄」]] Next:[[なくても見つけ出す!]]
*投下順で読む
Back:[[鷹の団(後編)]] Next:[[なくても見つけ出す!]]
|218:[[I believe you]]|トグサ|235:[[孤城の主(前編)]]|
|218:[[I believe you]]|長門有希|235:[[孤城の主(前編)]]|
|218:[[I believe you]]|涼宮ハルヒ|231:[[SOS団新生]]|
|218:[[I believe you]]|石田ヤマト|231:[[SOS団新生]]|
|218:[[I believe you]]|アルルゥ|231:[[SOS団新生]]|
*【団員の家出/映画監督の憤慨】 ◆TIZOS1Jprc
夜、八時を回る。
既に夕日は完全にその姿を地平線の下に隠し、暁に燃える殺戮の街に帳が落ちる。
今や街は眠りに落ちてしまったのだろうか?
否、街は目覚めたばかり。
照らす太陽を忌むかのごとく、日中身を潜めていた人と人ならざるものとが跋扈し、此処に血みどろのギニョールは再びその凄惨さを燃え上がらせんとしている。
それが証拠にほら――――――。
山をひとつ越えたところでは人智を越えた魔女たちが不死者や異能どもと盛大なサバトを繰り広げている。
悪鬼たちは供物が足らぬと囃し立てる。
行き着く先は無人の荒野か、更なる修羅の地獄か……。
その喧騒も届かぬ町外れの一角、映画館の周辺は虫の声ひとつ響かぬ静寂に包まれていた。
シアター内部もまた沈黙している。
辛うじて響くのは旧式の映写機がカタカタと回る音だけ。
五人は、口をぽかんと馬鹿みたいに開けて(一人は何時も通りの無表情だが)スクリーンを見つめている。
見つめる先に映し出されるのは、何の変哲もない風景。
どこかの街の映像が数秒ごとに場面を変えつつ、淡々と流れてゆく。
音声は無い。
橋、主婦がごった返す商店街、寺、賑やかなアーケード、小川……、
「この風景……どっかで見たわね」
誰にともなく涼宮ハルヒが呟く。
映像は続く。
公園の遊具に憩う子供達、鉄橋の上を走る電車、サラリーマンが行き交うオフィス街、信号の前で止まる自動車の列、駅前……、
「間違いない、ここの街の風景だ」
と、トグサ。
まだ続く。
河原、ビルディング、自動車が走る道路、用水路、鳥居の下を潜る参拝客……
「照合確認。数年以内の時間差の範囲での、ここと同一座標付近の映像であると推測される」
ぼそぼそと長門有希が同調する。
動きの無い風景ばかりが延々と続く。
一体この映画は、見るものに何を伝えようと言うのか。
撮影したものは、何の目的でこれを撮ったのか。
意図を掴めないまま、五人は呆気に取られたままスクリーンを見つめる。
最後に青空をバックに回る観覧車を映し出した後、映像はぷっつりと途切れた。
……………………………………………………
「結局ただの無駄フィルムだったわね。ま、うるさく騒がれるよりはよっぽどマシだったけど」
上映を終えて、途中で退屈して膝の上で寝てしまったアルルゥの髪を撫でつつ、ハルヒはあくびをした。
長門が彼女の肩に手をかける。
「貴方も今のうちに睡眠を取った方がいい。長時間の緊張状態は健康状態に支障をきたす」
「平気よ。有希だって寝てないのに団長だけ寝るわけにいかないじゃない」
「私なら問題ない。今までに適当な所で休息を得ている。数時間程度なら警戒態勢を維持可能」
ハルヒは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑って見せる。
「そう……。悪いけどそうさせてもらうわ。有希も眠くなったら誰かに見張り代わってもらうのよ」
「ありがとう」
アルルゥとともにソファに横たわってすぐに寝息を立てはじめたハルヒを見ながら、長門は先ほどの自分の言動についていぶかしむ。
――――――健康状態を気遣われたから礼を言った。"ありがとう"。単なる社交辞令。問題ない。何ら問題が無い。
生じるごく僅かの思考ノイズ。何故か、不快でない。
格別行動に支障をきたす訳では無いが、消去。エラー。消去。エラー。消去。エラー……。
ふと眼をやると、ハルヒの横で眠っていたアルルゥが眼を擦りながら起き上がろうとしていた。
すぐに横で眠るハルヒの存在に気づく。
「ハルヒおねーちゃん、ねちゃったの?」
「そう。出来る限り起こさないように行動するべき」
アルルゥはじっとハルヒを見つめる。
「おねーちゃん、おきるよね?」
「質問の意図が掴めない」
寝ている以上、いつかは眼を覚ます。幼いとは言え、彼女もそれぐらいは分かっているはずだ。
見るとアルルゥは目に涙を溜めていた。
「おやじ、ねちゃったっきり、め、さまさなかった。ハルヒおねーちゃんもめ、さまさないの、やだ。
でも、いまおこしたらおねえちゃんに迷惑だから、おこしちゃだめ。でも、こわい」
「…………」
実際にハルヒが目を覚まさない可能性はゼロではない。
頭部への打撲の影響が今になって悪化したら、最悪このまま昏睡しないとも限らない。
その可能性をアルルゥに返答するかどうか。
メリット:懸念が現実のものとなった場合、あらかじめ最悪のケースを伝えておくことで彼女には比較的スムーズな対応を期待できる。
デメリット:彼女が不安を解消するために涼宮ハルヒを覚醒させる危険性。
両者のリスク重みを今までの行動モデルから比較検討。思考ノイズ。中断。
「心配は不要。彼女は本当に睡眠状態にあるだけ。呼吸、脈拍、眼球運動は正常。じきに眼を覚ます」
「ほんとう?」
涙目でアルルゥは長門を見上げる。
「そう、大丈夫」
その返答に安心したのか、アルルゥは再びハルヒの腕の中に潜り込むと、目を閉じて眠りはじめた。
そのあどけない寝顔を眺めながら、長門はしばらく呆然としていた。
(私は……何を……)
先ほどの自分の言動が合理的に説明できない。
自分自身の行動予測モデルと実際の行動が一致しない。
おおむね行動規範からは逸脱していないが、放置すれば破滅的なバグが生じる可能性も否定出来ない。
可能性は高くないが仮に涼宮ハルヒらと共に元の時空座標に帰還できた場合、自身の思考回路をリブートするか、最悪本端末を廃棄することも検討せねばならない。
どのみち決めるのは自分ではないが。
問題は無い。今は涼宮ハルヒの環境認識に負荷を与えない形で彼女を帰還させることに全力を注げば良い。
顔を上げると後片付けをしていたトグサが長門に近付いてきた。
「長門……だったな。君もそろそろ休んだ方が良い」
『問題は無い。それよりも貴方に話がある』
「そうは言っても休める内に休んでおかないと治る怪我も治らな…………、なんだって?」
トグサが目をしかめる。
『まさか、電脳通信が使えるのか!? 電脳化していないのにどうやって!?』
『貴方達の社会の物とは異なる独自の技術を用いている』
『それにしても公安九課の緊急通信用暗号をこんなに簡単に破られるなんてな……』
『容易ではなかった。だから解析が完了するまで今までかかった』
トグサは頭を押さえた。
『で、他人に聞こえないようにして、こんな回りくどい方法で内緒話をしなければならない理由って言うのは……』
『貴方の考える通り。盗聴及び監視の危険性を考慮した』
そう言って長門は自分の首輪を指で叩く。
『……君は一体何者だ? 電脳化していないのに女子高生にしちゃ場慣れ過ぎだ。精神矯正を受けて軍のラボに放りこまれた元犯罪者か何かか?』
『情報交換と同時に貴方の認識を改める必要がある』
そう告げると長門はいつもの抑揚の無い声で自己紹介をはじめる。
『情報統合思念体によって作られた、対有機生命体コンタクト用ヒュマノイド・インターフェース。それが私』
『……………………は?』
トグサはSOS団雑用係が初めてこの言葉を聞かされた時とそっくりな表情を見せた。
◇ ◇ ◇
『すると何か? 君は宇宙人との交渉代理人みたいなもの。そしてこのハルヒって娘は観測することで外界の有り様にまで干渉できる無自覚なエスパー。
彼女の環境認識にドラスティックな変化を与えたら、大惨事になる可能性があるから彼女の目の前で君の能力を見せることは出来ない、と』
『その認識で概ね問題は生じない』
トグサは思わず天を仰いだ。
『信用できないかもしれないが、今の所はそういうことにしておいて欲しい』
『いや……こうも常識外れな話が立て続けに起こって少し混乱している……。
ああ、大丈夫だ。まあ、君にも守秘義務があると、そういう感じでいいか』
『そう』
相変わらず淡々とした様子で長門は本題に入る。
『先ほどの映像、あれから貴方は何を読み取った?』
『……あれがミスリードを誘うための罠でないとしたら、この街はおそらく一から主催者が作り上げたものではない。
多分オリジナルの都市があり、そこから住人を追い出したか、そっくり丸ごと人間以外をコピーしたか……。きっと、あの映像は元の街の本来の姿だ』
『データに該当する地球上の地形が存在しなかった為、当初は私はその可能性を低く見積もっていた。
大気組成及び太陽活動をはじめとする天体現象は西暦2000年前後の地球のそれで近似されるが、太陽黒点や月齢、惑星座標、超新星等の突発天体現象で厳密な時間を特定しようとした所、過去及び未来の予測値で該当するデータは存在しなかった。
また地磁気、重力と日周運動から、地球上で該当する座標は北緯35度付近で季節は四月上旬と推測される。各施設の文化的特長、気象、地質は日本の関東地方地方都市の特徴と合致する。
だが南北座標の移動に伴い発生するはずの微小なコリオリ力は検出されず、そもそも本座標が地球表面上にあるかどうかは極めて疑わしいと言わざるを得ない
植物の植生や年周期リズムも出鱈目。明らかに操作された痕跡がある。
それを踏まえた上でこの未確認空間に対する私の考察を聞いてほしい
奇妙な点は以下の通り。
まず、各参加者間で出身地空座標の時間帯が数十年以上のスケールで異なっている。
私達は西暦2003年だったが貴方達は西暦2031年、石田ヤマトの話では1999年だった。
ギガゾンビと面識があると推定される青い自律行動ロボット、あれを作成できる程の技術レベルに達するのは、人類の技術進歩速度から計算しておそらく二十一世紀中には実現不可能。
この少女アルルゥの遺伝子系に見られる遺伝子操作の痕跡もギガゾンビが時間平面を跳躍して影響を及ぼせることの証左となっている。
時間平面の跳躍自体は人類の技術でも将来において可能になるはずなので、このこと自体はなんら訝しむに値しない。
たとえそのような技術がなくとも、我々を出身時代ごとで拘束して時間凍結をかけ、全員が揃うまで保存しておけば、パラドクスを生じさせることなく異なる時間平面から参加者を集めることは可能。
だが、単なる時間平面への干渉では説明できない齟齬も生じている。
貴方の提供してくれたアーカイブによると、私達が存在していた時間帯において全地球規模の複数国家間戦争があったことになっているが、実際にはその兆候すら見られていない。
さらに石田ヤマトの話していたデジタルワールドなる情報空間が存在すれば、その性質上情報統合思念体が感知していないはずが無い。だがそんなものは地球上には存在しなかったはず。情報生命体亜種が隠蔽していてもその痕跡すら掴めないというのはおかしい。
以上の情報から私はこの異常な環境への説明として、以下の二つの可能性を考えた。
一つは、ギガゾンビの有する科学技術が平行宇宙への干渉も可能にしているというもの。
その場合、ここは彼の言っていた"亜空間破壊装置"によって他の事象線上からは隔絶された人為的宇宙ということになる。
もう一つはここがコンピュータ上でのシミュレーション等に代表される仮想空間である可能性。ギガゾンビの言う"タイムパトロール"や"亜空間破壊装置"などの単語は我々をここに集めて殺し合わせるためのもっともらしい"ゲーム設定"。
私達の物理的身体は元から存在せず、行動パタンをプログラムされたキャラクタがクオリアをデジタルデータで誤魔化されて動いているに過ぎない。
勿論私達に帰るべき"元の世界"は存在せず、主催者への反抗自体根本的に不可能になる、そう思っていた。
しかし先程のフィルムの内容を判断材料に加えると後者の可能性が極めて低くなる。もしこの街が仮想空間だったとしても、それにはきっとコピー元のオリジナルの街が形而下で実際に存在するはず』
『そうだな……。ただのデータに過ぎない街の映像をわざわざカメラに収めようなんて、普通人は考えない。きっと撮った人はその街に実際に住み、そこで生きていたんだろう』
『ここは石田ヤマトの言う"デジタルワールド"と性質の似た、現実世界の情報と直接リンクしている空間なのかもしれない。いずれにしても主催者への反抗の余地は残されていると私は考える。
ここがどんな性質の空間であろうとも、情報統合思念体とコンタクトさえとれれば、私の情報解析情報連結能力を取り戻し首輪の解除と脱出が可能になる』
『外部とのコンタクト……、出来るのか?』
『この空間の性質を正しく理解し、私達が元居た世界への情報経路が把握できれば、志向性の強いビーコンを発射して情報統合思念体に送り届けることが可能かもしれない。
空間の性質を理解するためには、空間構成情報をただ漫然と集めるより、例の映像と現在の状況の差違を比較する方が効率が良い』
『つまり実際に行って確かめてみるということか? 映画に映っていた場所を?』
『ええ。撮影者と同じ視点に立って同じ視線からの光学データを収集したい。十箇所ほどのデータが集まれば、この空間の正体について結論が出せると思う』
『……それで、仮にこの街の謎を解明できたとして、実際に君のパトロンとコンタクトが取れる可能性はどれくらいある?』
『不明。ただし涼宮ハルヒが強力な思い入れを持っている物品を手に入れることが出来れば、それが持つ膨大な構成情報を手がかりにして情報経路の発見が飛躍的に容易になる。が、しょせんはないものねだり』
『そうか……。だがやってみないよりはましか。だがどうする? ここには二人も子供がいて、しかも怪我人まで抱えている。下手に動けないぞ』
『だが時間経過と共に状況は悪化の一途を辿ると考えられる。だから』
ここで長門は肉声に切替えた。
「私が一人で行く」
トグサは唖然とする。
「正気か? 殺人者の襲撃はいずれも屋外で起きているんだぞ」
「問題ない。例の金髪の騎士が相手でも、涼宮ハルヒの前でなければ逃げのびるくらいなら出来るはず。
だが彼女の目の前に居ては私は情報操作能力を発揮できない。涼宮ハルヒを守るのは貴方の方が適任」
「待て! インターフェースだか何だか知らないが、未成年者をむざむざ危険な目に遭わせる訳には……。ああくそでもこっちの三人を放っておく訳にもいかない」
髪をかきむしるトグサ。
長門はアルルゥを抱えて眠るハルヒを眺めた。
もし自分が行ってしまったら彼女はどうするだろうか?
怒るだろう。そして後を追おうとするかもしれないがしかし……。
「わかった。一人で行動しては他の参加者の信用を得られないかもしれない。
貴方には私と同行してほしい」
トグサは驚いた。
「何だって? だがこの三人はどうする?」
「朝倉涼子、草薙素子、バトー、ハクオロ、カルラ、ルパン三世、石川五ェ門、こういった強力な戦闘能力を有する人物が早々に"脱落"し、涼宮ハルヒ達やアルルゥ、石田ヤマト、八神太一ら弱者に分類される者が現時点でも生き残っている。
つまり実力に自信があり積極的に状況に対して立ち回る者より、おとなしく殺人者からは逃げる、隠れる等の選択を取る一般人の方が生存率が高くなると考えられる。だから、涼宮ハルヒ達はこのまま映画館に留まった方が良い。
しかし私が彼女に無断で出発した場合、彼女は貴方に子供達を任せて、私達SOS団員達を追う可能性が高い。彼女の"彼"に対する執着は過小評価できないから。それでは元も子もない。
しかし私と貴方が同時に出ていけば彼女は動けない。彼女にはアルルゥと石田ヤマトを放っておくことが出来ないはず。彼女もここに隠れている方が安全であると理解しているので、ここで大人しく私達の帰りを待つものと推測される。
しかし彼女だけでは心配。だから貴方と私の装備で彼女らでも使えそうなものを置いていく。
これが受け入れられないならば、私は一人で出て行く」
長門は淡々と言い放った。
トグサは眠っている三人を見つめる。
涼宮ハルヒ、石田ヤマト、アルルゥ。
彼女らは、弱い。
自分はヒーローなどでは決してないし、なりたいとも思わないが、彼女らの安全を何かと引き換えにする程ゴーストを焦げ付かせてはいない。
だが、自分一人で何が出来る?
少佐ほどの状況判断能力は無い。バトーほどの身体能力もない。
彼女らの側に付いていた所で、金髪の騎士やトラックへ銃撃を加えた人物が相手では足止めすら出来ないだろう。
……これほどまで自分が義体化していなかった事を悔やんだことはない。
トグサは立ち上がるとヤマトの側に行って彼を揺り起こした。
「もう朝か……何かまだずいぶん眠い……」
眠そうに目を擦るヤマトにトグサは告げる。
「すまないが、伝言を頼まれてくれないか」
◇ ◇ ◇
「なんで黙って行かせたのよっ!!」
三十分後。覚醒し長門とトグサの姿が見当たらない理由を告げたヤマトに対して涼宮ハルヒは激怒していた。
「おれだって止めたさ! 外は危険だって! でも仕方ないじゃないか……、おれたちが付いていっても足手まといになるだけだ」
ヤマトも負けじと言い返すが、いかんせんハルヒと比べると迫力不足だ。
「そりゃ、私達じゃ頼りないかもしれないけど、有希だって女の子なのよ! 調べたいことが出来ただか何だか知らないけど、タヌ機を残していくなんて無謀が過ぎるわ!」
「おねーちゃん……こわい……」
言い争いのせいで起きてしまったアルルゥに不安げな目で見つめられ、ハルヒは一旦怒りを収める。
ハルヒにも分かっている、怪我人と子供ばかりの自分達は連れて歩くことはできない。
それでも置いて出ていくのが心苦しいから、なけなしの装備品を置いていったのだ。
(私じゃ……何の役にも立てないって言ってるようなもんじゃない!)
実際にそうであることが分かっている。
分かっているからこそ余計に腹が立つのだ。
やり場の無い苛立ちは、その矛先がヤマトからトグサに移る。
「トグサさん……特別団員の身分で団長に無断で正規団員を連れて独走とは良い度胸だわ……」
「あ、それだけど『公務員はバイトが無理だからSOS団は脱退する』だそうだ」
「ぬわぁぁんですってぇぇぇ!!」
ハルヒの気迫に思わずヤマトもたじろぐ。
「これはゆゆしき事態よ! 最近有希みたいな仏頂面で無愛想なコが萌えであるという奇特な連中が多いそうだわ! もしトグサさんもそうなら今頃私を差し置いて有希にあんなことやそんなことを致しているかもしれない!」
もしトグサが聞いたら電脳をショートして死んでしまいたくなるような言いがかりを付けつつ、ハルヒは二人に号令をかけた。
「こうしちゃいられないわ! アルちゃん! ヤマト! 二人を追うわよ!」
「おー!」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
すっかりその気になっているハルヒとアルルゥをヤマトが止める。
「ここにいた方が安全だから二人もおれたちを置いていったんだろ!」
「分かってるわよそれくらい」
だが、ハルヒの決意も固い。
「ここに留まった方が私達の身体はきっと安全。でもアルちゃんは……アルちゃんの心はここにいたんじゃ守れない」
「心?」
「ええ……。アルちゃんはお父さんやルパンがいなくなってとても悲しんでる。ひとまず私達という友達を得てなんとか自分を保ってはいるけど、もしこれからお姉さんの名前が放送で呼ばれでもしたら……アルちゃんはきっと耐えられない。
私もキョンや有希がむざむざと知らない所で殺されるなんて我慢できないわよ」
「うん! アルルゥもおねーちゃんにあいたい!」
出発する気満々の二人を見てヤマトは思う。
自分はどうか。
太一のことは心配だ。会ってどうなるものでもないかもしれないが、それでも会いたい。
そして、ぶりぶりざえもん。
あのあとどうなったか……。放送で名前が呼ばれなかったものの、あの状況で五体満足でいられるとはとても思えない。
彼は自分達を救うために身を投げ出した。その彼を見捨てる訳にはいかない。
「あんたはここで留守番してればいいわ。私だけでもアルちゃんを守り抜いて……」
「おれも行く」
ヤマトははっきりと自分の意向を示した。二人に引きずられた訳ではなく、自分の意志で。
「おれも、ぶりぶりざえもんの無事を確認したい」
「そうと決まれば話は早いわ! 基本方針は安全第一! 知らない人に会ったら話しかけず回避!」
「おー!」
「ほんとはやっちゃいけないけどトラックは無灯火! 暗視ゴーグルで周囲を警戒! 無理はせず数時間でここに戻る!」
「わかった!」
「それじゃ、書き置きとキョンへの留守電を残したら早速出発よ!」
◇ ◇ ◇
夜間に無灯火でヘルメットもせず魔女のコスプレをした女子高生と二人乗り。
警察官にあるまじき行為をしながら、トグサは夜の街をマウンテンバイクでひた走っていた。
後ろからしがみついている長門が一瞬身震いをする。
「どうした?」
「……うまく言語化できない。理由もなく突然不安を喚起する信号が流れた。原因は全く不明」
「それはあれかな。虫の知らせって奴。君にもゴーストが囁いてるのかもしれない」
「ゴースト……デカルトの劇場……」
「まあ、魂みたいなもんさ。唯の戯言だ、忘れてくれ」
訳も分からない不安を乗せたまま、自転車は冷たいコンクリートの上を走り抜けていった。
【B-4付近(映画館から自転車で30分の範囲)/1日目・真夜中】
【トグサ@攻殻機動隊S.A.C】
[状態]:疲労と眠気/SOS団団員辞退/自転車徐行
[装備]:S&W M19(残弾1/6発)/刺身包丁/ナイフ×5本/フォーク×5本/マウンテンバイク
[道具]:支給品一式(食料-2)/警察手帳(元々持参していた物)
技術手袋(使用回数:残り17回)@ドラえもん/首輪の情報等が書かれたメモ1枚
[思考]
基本:情報を収集し脱出策を講じる。協力者を集めて保護。
1:長門のロケ地巡りに付き合う。
2:一段落したら急いで映画館に戻る。
3:ホテルに残したセラスが心配。
4:情報および協力者の収集、情報端末の入手。
5:タチコマ及び光、エルルゥ、八神太一の捜索。
6:長門の説明に半信半疑ながらも異常な事態を理解しつつある。
[備考]
風・次元と探している参加者について情報交換済み。
【長門有希@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:思考に軽いノイズ/左腕骨折(添え木による処置が施されている)/SOS団正規団員/自転車後部座席
[装備]:ハルヒデザインの魔女服(映画撮影時のもの)/ナイフ×5本/フォーク×5本
[道具]:支給品一式(食料-2)
[思考]
基本:涼宮ハルヒの安全を最優先し、状況からの脱出を模索。
1:涼宮ハルヒが心配。
2:ロケ地を調べて空間構成情報を収集。
3:小次郎に目を付けられないように注意する
4:キョンとの合流に期待
[備考]
癒しの風による回復力促進に伴い、添木等の措置をして安静にしていれば半日程度で骨折は完治すると思われます。
【B-4・映画館/1日目・真夜中】
【新生SOS団】
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:小程度の疲労と眠気/頭部に重度の打撲(意識は回復。だがまだ無理な運動は禁物)
左上腕に負傷(ほぼ完治)/心の整理はほぼ完了
[装備]:タヌ機(1回使用可能)@ドラえもん/RPG-7スモーク弾装填(弾頭:榴弾×2、スモーク弾×1、照明弾×1)
[道具]:支給品一式(食料-2)/着せ替えカメラ(使用回数:残り18回)@ドラえもん
インスタントカメラ×2(内一台は使いかけ)/トグサが書いた首輪の情報等が書かれたメモ1枚
[思考]
基本:SOS団のメンバーや知り合いと一緒にゲームから脱出。
1:ヤマトと交替で運転しつつ、トラックで知り合いを探す。
2:キョンと合流したい。
3:ろくな装備もない長門(とトグサ)が心配。
[備考]
腕と頭部には、風の包帯が巻かれています。
【石田ヤマト@デジモンアドベンチャー】
[状態]:人を殺した罪を背負っていく覚悟/SOS団特別団員認定
小程度の疲労と眠気/右腕上腕に打撲(ほぼ完治)/右肩に裂傷(手当て済)
[装備]:クロスボウ/スコップ/暗視ゴーグル(望遠機能付き)
[道具]:支給品一式(食料-2)/ハーモニカ/デジヴァイス@デジモンアドベンチャー/真紅のベヘリット@ベルセルク
クローンリキッドごくう(使用回数:残り3回)@ドラえもん/ぶりぶりざえもんのデイパック(中身なし)
[思考]
基本:これ以上の犠牲は増やしたくない。生き残って元の世界に戻り、元の世界を救う。
1:ハルヒと交替で運転しつつ、トラックで知り合いを探す。
2:ぶりぶりざえもんやトグサと長門が心配。
[備考]
ぶりぶりざえもんのことをデジモンだと思っています。
【アルルゥ@うたわれるもの】
[状態]:小程度の疲労と眠気/右肩・左足に打撲(ほぼ完治)/SOS団特別団員認定
[装備]:ハクオロの鉄扇@うたわれるもの/ハルヒデザインのメイド服
[道具]:無し
[思考]
基本:ハルヒ達と一緒に行動。エルルゥに会いたい。
1:トラックの中から周囲を警戒して、二人の役に立ちたい
2:が、眠いので寝る。
[共同アイテム]:73式小型トラック(※映画館脇の路地に停めてあります。キーは刺さったまま)
おにぎり弁当のゴミ(※トラックの後部座席に放置されています)
-レジャービルの留守電にハルヒ達が実際とは逆の方向に進む旨のメッセージが残されました。
-映画館にトグサ達への書置きが残されました。
*時系列順で読む
Back:[[「散りゆく者への子守唄」]] Next:[[なくても見つけ出す!]]
*投下順で読む
Back:[[鷹の団(後編)]] Next:[[なくても見つけ出す!]]
|218:[[I believe you]]|トグサ|235:[[孤城の主(前編)]]|
|218:[[I believe you]]|長門有希|235:[[孤城の主(前編)]]|
|218:[[I believe you]]|涼宮ハルヒ|231:[[SOS団新生]]|
|218:[[I believe you]]|石田ヤマト|231:[[SOS団新生]]|
|218:[[I believe you]]|アルルゥ|231:[[SOS団新生]]|
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