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「人形裁判 ~ 人の形弄びし少女」(2022/01/03 (月) 19:07:33) の最新版変更点
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*人形裁判 ~ 人の形弄びし少女 ◆2kGkudiwr6
ネコという動物の主な特徴についてご存知だろうか。
俊敏性に優れ体は柔軟、夜目が利き鼻も利くが、何よりも優れているのは聴覚である。
それはネコ型ロボットであるドラえもんも例外ではなかった……あくまで、なかっ「た」だ。
とある事件から彼の聴覚は普通の人間並みまで落ち、
常人の20倍の嗅覚を持つ「強力鼻」、周囲の物体を感知する3対の「レーダーひげ」も故障中。
つまり、彼の五感は普通の人間と変わりはしない。
それでも、今までドラえもんはそれで困ったことはあまりなかったのだ。
そう――今までは。
■
私は思わず歯を噛み締めていた。私が人間なら、確実に音を周囲に漏らしているだろうと思うほどに。
だが現実には音は出ていない。なぜなら、私は魔道書だから。
「なにしてるの! ぐずぐずしてる時間なんてないんだからね!」
活発そうな女学生――確か、ハルヒと言ったか――が声を上げる。
その言葉に、私は少なからず安堵した。二人きりになっていればきっと殺されていたから。
それでも、苛立ちはこの身から離れはしなかった。
――ふふ、でもあなたも酷いわねぇ、『魔法の本』さぁん?
あなたが強情張ってないで何か喋ってれば、この子を逃がせたかもしれないのにねぇ……
ま、そうなればあの子達みんな皆殺しになってただけだろうけど――
言葉を思い返して、再び感情が爆発しそうになる。
私には、何も出来ない。誰かに話しかける?できたらとっくの昔にしている。
今の私が話しかけられるのは、持ち主だけ。
こんな時に限って、プロテクトの解除は最悪な部分から進んでいた。
……この書に眠る、数多の魔法から。
「……ちょっと待って。外に誰かいるみたいねぇ」
物思い……というよりは寧ろ怒りに沈んでいた私を現実に引き戻したのは、その怒りの対象だ。
どうやら外にいる人物に気付いたらしい。他の二人と一体に先んじて捉えたようだ。……当然の摂理ではある。
私がユニゾン・デバイスである以上、融合された者は身体能力が上昇する。
普段は歩けないものの私を使うことで健常者同様に動いた主はやてがいい例だ。
デバイスと使用者、二人分の力が加算されるのだから当たり前だが。
「……僕には見えないなぁ」
「僕も……」
「私も見えないわね」
「ま、それもそうでしょうねぇ。
実はね。私は、魔法使いなのよぉ」
見えないと声を上げる三人に対して、得意げに人形はそんなことをほざいている。
いったい誰の力だと思っているのだ。
そんな私の感情を露知らず、ハルヒという女学生は喜色満面といった様子だ。
「ほ、ホントに! 見せて見せて!」
「ほら」
『Photon Lancer get set』
「す、すごい……!」
こんな人形に従っているこの身を焼き尽くしたい衝動に駆られたが、できるはずもなく。
私にできたのはフォトンスフィアを浮かび上がらせて女学生を喜ばせることだけだ。
「ねえ、それでアルちゃんを探したりとかできないの!?」
「それは無理ねえ。
私、そういうの得意じゃないもの」
相変わらずよくもまあぬけぬけと。貴様が殺したのだろう。
そのまま人形は続けていく。偽りに装飾された言葉を。
「その代わり、攻撃魔法とかは得意だから。
だから皆はここに残ってなさい。私が外にいる人達を見てきてあげるわよ。
私を襲った奴が来たのかもしれないしぃ」
「……逃げ回ってたのに大丈夫なの?」
「前に襲われた時は不意打ちで手ひどくやられちゃってねえ。
それで、逃げ回りながら回復に努めてたってワケ。
でももう回復したし、ちゃあんと警戒してるから大丈夫よぉ」
人形がぺらぺらと喋った内容を要約すると、一人で外にいる人物を見てこようということだろう。
……悪寒が走る。こんなことを言い出した理由なんてはっきりしすぎている。
「何か爆発音とかが聞こえたら、病院のどこかの部屋に隠れること……いいわねぇ?」
その後青狸やのび太少年と適当に会話があったものの、結局人形に誤魔化されて終わった。
そのまま見えないように笑みを浮かべて、人形は外へと歩き出す。
これからこの人形が何をするかなんて、分かりきってる。
だから。
お願いだから、逃げて――
■
そんなリインフォースの悲哀と憤怒など露知らず。
「あ~、やっと到着」
ん~、とセラスは満月の中伸びをした。
もっとも、到着と言うには少々遠い距離だ。まだ数百mは離れている。
劉鳳とジャイアンが起きていれば、「本当に着いたのか?」と声を上げていただろう。
この夜闇の中でも軽々と視認できる辺り、さすがは吸血鬼と言ったところか。
だから、中から出てきた相手を視認できたのも当たり前のこと。
(……うわ、すご。もう慣れてきたけど)
セラスの水銀燈――もっとも今の姿はリインフォースのものだが――への第一印象がそれだった。
主にファッションセンスとか背中の翼とか真っ赤な目とか。あと、胸がでかい。
(もしかして、お仲間?)
この場合、お仲間とは吸血鬼などそういった類の物を指す。
つまり、ろくな者ではないという判断でもある。
できるだけ悟られないように身構えながら、セラスは正面から歩み寄ってくる相手を凝視した。
しかし、水銀燈はというとセラスの存在が目に入っていないかのように歩いてくる。
鞄を引き摺りながらのんびりと。
(気付いてない……割には、まっすぐこっちに来てるし)
相手の意図を測りかねて唸るセラス。無用心なのかそうではないのか分かりにくい。
もっとも、種を明かせば単純な話。水銀燈としてはただテストをしたかっただけ。
相手がゲームに乗っているかどうか、ちょっとした確認である。
怪我人を二人引き連れている時点で乗ってなさそうだと思ってはいたが、
念には念をというやつだ。
結局セラスが何をすることもなく両者の距離は詰まっていき、
だいたい20m程度のところで水銀燈は立ち止まって、口を開いた。
「こんばんはぁ」
「こ、こんばんは」
慌ててセラスは挨拶を返した。もっと他に言うことがあると思うが。
どうしようかセラスは考え込むしかない。劉鳳達を起こすべきなのだろうか……
一方水銀燈はというと、リアカーへと視線を移して……こちらもリアカーを見つめたまま黙り込む。
微妙な空気といびきだけが流れるのに耐えかねたのか、セラスは慌てて口を開いた。
「あの~、劉鳳さんの顔になんか付いてます?」
「そうね……
その様子だと、貴女って、ゲームに乗ってないのよねぇ?」
「?」
水銀燈は劉鳳の制服を見て、考え込んでいただけ。
真紅のローザミスティカを持っていったという男はこいつではないのか、と。
だから、迷っていた。あの女の言葉は真実なのか、それとも虚言か。
力を温存するべきか、それとも力ずくで奪い取るべきか……?
――もっとも、病院に辿り着く前に追い払うという結論は決定済みだったが。
「その制服着てる奴は、人殺しよ」
「は、はあ!?」
そして出した方法が、適当に嘘でも吐いてみること。
当然説得力の欠片もない。いきなり見知らぬ他人からこんなことを言われて、素直に信じる馬鹿はいない。いないが。
「ちょ、ちょっと待ってって! なんか勘違いしてるんじゃ……」
驚いたり、困惑したりはする。セラスも例外ではなかった。
心の中で水銀燈はほくそ笑みながら、二の句を告げる。
……羽根を風に散らせながら。
「嘘だと思うなら、そいつを起こして聞いてみるぅ?」
「…………」
水銀燈はできるだけ無愛想な表情を取り繕っていた。いかにもその男を憎んでいます、といった様子で。
半身半疑ながらも、セラスが劉鳳を起こすために水銀燈から注意を逸らした、その瞬間。
『Blutiger Dolch』
「へ?」
周囲に撒き散らされていた羽根が、赤い刃へと姿を変えた。
■
「…………」
『マスター、二時です』
「……ん。あいつが戻ってきた様子は?」
『まだありません』
「……そう」
橋から少し離れた場所。
ぽつんと佇んでいた民家で寝転んでいた凛は、レイジングハートの声に目を開けた。
脇には皿などの食事の跡が残されている。
「……この格好も久しぶりかも」
そう呟きながら伸びをする彼女の姿は、いつもの赤い服を着た姿だった。
流石に仮眠をとる時まであんな格好をしたくはない、というのが主な理由である。
……魔力消費の削減という意味も、一応はあるが。
『これからどうしますか、マスター。
もうしばらく仮眠をとるか、それとも……』
「…………」
『マスター?』
音が止まる。ただ電灯だけが、か細く点滅する。
レイジングハートの声に、凛は黙り込んでいた。その顔は、悲哀に満ちていて。
しばらくして、ぽつりと彼女は呟いた。
「悲しく……ないの?」
『…………』
「貴女の『マスター』は高町なのはでしょう、レイジングハート。
私じゃ……ない」
いつも強気な彼女らしくない、弱気な言葉。
これだけ死人が出ている状況の中、何もできていなかったから。
自分の無力さを思い知って。自分がちゃんと使いこなせているとは思えなくて。
だから、こんな弱音を吐いてしまって。
『あなたは、脱出を諦めたとでも言うのですか?』
「え?」
そんな凛に返ってきたのは今まで聞いたことのない、強い口調。
目を瞬かせる凛を無視して、レイジングハートは詰問していく。
『答えてください!』
「あ、諦めてない」
『なら、できるだけ多くの人を助け出して、「マスター」の仇を討ってくれることに変わりはありませんか?』
「……う、うん」
『なら……今は貴女が私のマスターです、凛』
呆然とする凛。それっきり何をいう事もなく黙り込んだ。
もしレイジングハートが人間だったなら、口を尖らせてそっぽを向いていただろう。
うっかりでも、おっちょこちょいでも……結局、レイジングハートは凛の人柄に好感を持っていたから。
だから、彼女は言っていたのだ。『マスター』と。
昔ユーノに、そしてなのはに言っていた言葉を。
「……ごめん」
そうして、互いに話すこともなくただ佇んでいた、数分後。
突然、凛はハッとなったようにその顔を上げた。
『どうかしましたか?』
「水銀燈からのパスが切れた……何かあったのかも」
パスとは使い魔とマスターを繋ぐ、魔術的な繋がりの事だ。
もちろん遠くに行くということは、それに合わせて魔力供給の具合も悪くなることを意味する。
だが、それでもパスそのものが無くなることはない。一度生まれた互いの結びつきはそうそう消えはしない。
使い魔と主の関係とはそういうものだ……普通の、使い魔は。
だからこそ――レイジングハートは声を上げた。
今をおいて好機は他にないと。
『待ってください。話しておきたいことがあります』
■
リアカーが宙を舞う。
とっさにセラスによって投げ飛ばされたリアカーは綺麗に近くの家屋に叩きつけられていた。乗っていた二人ごと。
「い、いってぇ!」
「セラス、一体何が……」
「説明は後で!」
目覚まし代わりと言うにはきつすぎる衝撃に不満を上げる二人の不平不満は、
セラスによって一言で強引に終わらせられた。
目を擦りながら二人が視線を向けた先にいたのは……腹部から血を流しているセラス。
そして、空に舞う黒い天使だった。
「始めからこういう魂胆で……」
「人殺しを匿うような奴に手加減する義理も無いでしょ?」
いきり立つセラスの言葉と視線は、水銀燈にあっさりとあしらわれた。
この期に及んでも嘘八百を貫くあたりは流石と言ったところか。
もう躊躇わずにセラスが銃を抜いたのと、水銀燈が再び能力を行使したのはほぼ同時。
『Blutiger Dolch』
「っのお!!!」
夜天の書が言葉を紡ぐと同時に6つの赤い刃が浮かびあがり、敵を討つべく急襲する。
だがそれが本来の責を果たすことは無い。全てセラスのジャッカルに撃ち落とされ、宙で爆散する。
六点連射。吸血鬼の並外れた能力があってこそ成り立つ高速連射だ。
本当は、セラスは撃ち落とすことではなく敵を撃つことを優先するつもりだった。
一発貰う代わりに敵を倒せるなら問題ない。多少の負傷は吸血鬼なら平気だ。
……しかし、凶器が劉鳳たちを狙っていたとなれば話は別となる。
「お前は敵への攻撃に集中しろ! 自分の身ぐらい自分で守れる!」
「俺だってちょっとくらい……!」
「いいから無茶しないで休んで!」
次弾を装填しながらセラスは二人を怒鳴りつけていた。
ジャイアンは足を折ってまともに動けそうになく、劉鳳に至っては顔面蒼白。絶影も出せそうな様子は無い。
そもそもセラスが吸血鬼だからこそ水銀燈の刃を途中で撃ち落とすという真似が可能なのであって、
あの刃が奔る様子は常人にはまともに視認することさえできないのだ。
今の二人が防げるとはセラスには思えない。
『Plasma Lancer』
次に水銀燈が行使したのはフェイトの魔法、光の槍。
セラスは劉鳳たちの目前へと跳びながらも、高速で飛ぶ槍を次々に撃ち落としていく。
撃ち落とされたプラズマランサーはそのまま地面へと突き刺さり、
「ターン」
水銀燈が腕を振るのと同時に、セラス達へと再び狙いを定めた。
更に。
『Blutiger Dolch』
新たな血染めの刃が水銀燈の前面に展開する。その数4。
セラス達へと向き直った光の槍の数も4、そして再びジャッカルに込め直した弾の数は6。
明らかに、足りていない!
「二人とも、頭伏せて!」
「え」
「うおっ!?」
警告と同時に、セラスは片手でリアカーを引っつかんだ。劉鳳とジャイアンの頭のすぐ側をとんでもない質量が掠めていく。
四方から迫るプラズマランサーと、正面から迫るブラッディダガー。
それらを全て視界に収めたまま、セラスは右手でジャッカルを連射しながら左手でリアカーを振り回した。
赤い刃は全てセラスが振り回したリアカーと衝突して爆発し、
光の槍はジャッカルの銃弾によって軌道を逸らされる。
ジャッカルの弾、残り二発。それが何を狙うものかは言うまでも無いことだ。
完全にバラバラになったリアカーを放り投げながら、セラスは敵へとジャッカルの狙いを定めようとして。
「旅の鏡」
「え……?」
その口から、息とも声とも付かない音が漏れた。
劉鳳もジャイアンも、呆然とするしかない。
何も無い虚空から、水銀燈の腕が生えて。
セラスの手から、ジャッカルを奪い取っていた。
■
夜空に響く銃声と爆発音。
病院の玄関脇に隠れて覗いていたのび太とハルヒは、慌てて首を引っ込めた。
そんな二人に呆れたように声を掛けるのはドラえもんだ。
「隠れてる方がいいよ、二人とも。だいたい、ここからじゃ全然見えないじゃないか」
「そ、それはそうだけどさ……」
「冗談じゃないわ! SOS団新団員を放っておくなんて団長のやることじゃないわよ!」
ハルヒの脳内では、どうやら遠坂凛もとい水銀燈は団員認定されたらしい。
魔法使いという響きが大層気に入ったようだ。
「だいたいね、私達が目を離したからアルちゃんがどっかにいっちゃったんでしょ!
おんなじ間違いをするわけにはいかないのよ、青ダヌキ!」
「!!!
僕はタヌキじゃな~い!!!」
ハルヒの言葉に激怒するドラえもん。
これで何回目か数える気にもならない騒動を尻目に、のび太は外を見つめ続けていた。
理由は簡単。彼は目が悪いため、注視しないとよく見えないから。
「なんかあの格好、どこかで見たような気がするなぁ……」
そして……はっきりと見たいものがあるから。
■
何も無いところから腕が生える。向こうでは、肘から先の腕が消えている。
そんな異様な光景から一番早く立ち直ったのは、セラスだった。
「あ、ちょっと待……!」
「待ってあげない」
セラスが咄嗟に反応するより早く、水銀燈は腕を引っ込める。
鏡を跨いでいた腕は元の場所に戻っていた……ただし、先程とは違ってジャッカル付きで。
「ふ~ん、どれどれ……」
「づうっ!?」
そうして、水銀燈はジャッカルをセラスへと向けた。
銃声が奔り、鮮血が飛ぶ。苦悶の声が響く。
ただし、声は二人分。
予想以上の反動に、水銀燈は思わず指を押さえていた。
ジャッカルはというと、反動でどこかへと飛んでいってしまっている。
「い、いったぁ……!?」
「ふんだ。仮にもマスターの銃だもん、そうそう簡単に撃てるもんですか!」
指を赤くしながら呻く相手に、セラスは肩を押さえながら言ってやった。
とはいえ、セラス自身も分かっている。これは強がりに過ぎないことに。
ジャッカルを奪い取られた以上……もう、セラス達に飛び道具は無いのだ。
「言ってくれるじゃない……!」
水銀燈が目を吊り上げると共に、周囲に無数の光弾が浮かび上がり始めた。
それはまるで、夜空を染め上げる照明だ。もっとも、水銀燈の意思で自由に落ちてくる照明だが。
このまま放っておけば全滅は確実だろう。
「……あんまり使いたくなかったんだけどなぁ、これ」
そう愚痴りながら、セラスはデイバッグに手を突っ込んだ。
しばらくして取り出された手に握っているのはバヨネット。
メモ帳越しとはいえ、微かにセラスの肌が焦げるような匂いがする。
「二人とも、ここは私に任せて全力で走って」
「ふざけるな! そんな真似ができる……ぅ」
「ほら、叫んだだけで足にきてるし。武くん、悪いけど」
「分かった……けど、セラス姉ちゃんもちゃんと逃げてくれよな」
「大丈夫、まっかせなさい!」
「く……」
そうして、セラスは水銀燈へと向き直る。
その後ろから劉鳳を抱えたジャイアンが走り出した、その瞬間。
「それは困るのよ……旅の鏡」
「ぐっ!?」
再び水銀燈の腕が虚空から生えた。
反応する間もない。今度掴み取ったのは……劉鳳のデイバッグ!
「くそっ!」
とっさに劉鳳が生えた腕を掴もうとしたものの、間に合わない。
今度はデイバッグを奪い取って、腕が消える。
劉鳳のデイバッグを手元に引き寄せた水銀燈は、中から目的の物を取り出した。
「ふふ、見~つけた」
笑みと共に取り出されたのは、赤く輝く宝石――ローザミスティカ。
水銀燈が何よりも追い求めていたモノ。
「貰っちゃった♪ 貰っちゃった♪
真紅のローザミスティカ貰っちゃったぁ♪
あんた達ったら本当にお馬鹿さぁん――ああ、力が溢れる――!!!」
まるで童女に笑いながら、くるくると水銀燈は宙を舞う。
同時に、宙に浮かぶ光弾が更に光を増し始めた。術者に呼応したかのように。
突然の事態に呆気に取られるセラスとジャイアンだったが、劉鳳だけは違う反応を見せた。
「……真紅を知っている、のか!? 貴様一体!」
劉鳳の言葉に、水銀燈の笑みが消える。
そう……この言葉は下手をすれば正体がバレかねない失言だ。
少しまずいかもしれない……水銀燈は悩んだものの、あっさりと結論を出した。
そう、答えは単純。目撃者を全て消せばいいだけの話。
「……というわけでぇ。消えて」
「キサ、マ……」
「劉鳳さん!?」
「兄ちゃん!?」
怒りに燃えた言葉は最後まで紡がれず。劉鳳は無様にその場に倒れ込んだ。
それを見てほくそ笑んだのは水銀燈だ。まるで狙い通りと言わんばかりに。
いや、これは実際に彼女の狙い通りなのだ。水銀燈は劉鳳から魔力を吸い上げていたのだから。
戦闘開始同時に水銀燈は凛との契約を強制的に断ち、契約相手を劉鳳に切り替えていた。
これは契約とは名ばかりの強制的な魔力蒐集。誰から吸うかなんてことは思いのまま。
そして、夜天の書を装備したことにより、魔力吸収量は更に強化されている。
その補給を頼りに、この戦闘で水銀燈は高ランクの魔法を連発していた。
更に悪いことに、劉鳳はアルター使いではあるが魔術師ではない。体力は人並み外れているが、魔力は無い。
そんな彼が水銀燈に魔力を奪われればどうなるか。当然、魔力がない分を体力で賄う羽目になる。
彼がアルターを出せなかったのも、そして段々と弱っていったのもそれが原因だ。
ただでさえ満身創痍だったのに、魔力蒐集の追い討ちを喰らってはまともに動けはしない。
そしてここにきて水銀燈は大規模な魔力蒐集を行ったために、ついに耐え切れずに劉鳳は倒れてしまったのだ。
――そして大規模な魔力蒐集は、水銀燈が大技の準備を始めたという事でもある。
『Photon Lancer Genocide Shift』
夜天の書の声は、正真正銘の死刑宣告。
セラスたちが逃げ出す暇も無い。百を越える金色の魔弾だけが、闇を明るく照らしだした。
■
「――そんな」
『全て真実です、マスター』
呆然とする凛に、レイジングハートはそう念押しした。
彼女は全てを話した。
スネ夫を助けるフリをして盾にしたこと。
病院の魔力反応が、水銀燈が探す前と後で明らかに変わっていたこと。
その他、疑念を全て。
『マスターとその妹との間にあったことは聞きました。
ですが、あの人形が貴女のようなお人よしである保証は全くありません。
むしろ疑わしいというべきです』
そして、最後にレイジングハートはそう断言した。
あれは決して味方などではない、敵だと。
それを最後に、また音が死んだ。ただ微かに、凛がレイジングハートを強く握り締める音がしただけ。
「分かった……水銀燈を探しにいく」
そうしてやっと、凛はそう口を開く。
唇を噛み締めながらも、凛はレイジングハートにそう告げた。
その怒りは水銀燈に対してのものか……それとも、迂闊な自分に対してのものか。
そのまま凛は家屋から出たものの……パスが切れている以上、手がかりはない。
目に強化魔術を掛けて周りを見渡すにしても、障害物が多いこの周辺では役に立つかどうか。
実際はたずね人ステッキなるものが彼女のデイバッグにあるのだが、
エルルゥが説明書を紛失していたため凛は全く使い道を分かっていない。
従って結局。
「レイジングハート、エリアサーチ」
『All right』
凛の命令と同時に魔術式が起動。夜闇の間を縫って魔力が奔り、すぐに答えが返ってきた。
『マスター、北に魔力反応です』
「水銀燈?」
『いえ、何らかのアーティファクトかと』
怪訝に思った凛はその方角を見やって……絶句した。
「あれ、は……」
■
――重い。
なんとか再び意識を取り戻した劉鳳が始めに感じたことがそれだった。
ただでさえだるい体に、何かが覆いかぶさっている。
――なんだ、この匂いは。
煮えたような匂いに顔を顰めながらも、劉鳳は目を開いた。
靄が掛かったような視界でも、なんとか周囲の状況を捉えられる。
煙を上げる地面。光弾によって生み出されたいくつもの小さなクレーター。
――無数の光弾を切り払った結果へし折れたバヨネット。精根尽きて倒れ込んでいるセラス。
「ッ……!!!」
劉鳳の目が見開かれる。
そうして、はっきりとした視界は……覆いかぶさっていたものの正体をようやく知らせていた。
「た、武……!?」
「……すまねえ、劉鳳兄ちゃん」
劉鳳は、絶句した。絶句するしかなかった。
ジャイアンの体は、血は出ていない。ただ、体中が焼け焦げ炭化していた。だから血は出ない。
そう。始めに感じた異臭は、目の前にいたジャイアンの体が焼け焦げたもの。
そうして、ジャイアンの体は崩れ落ちた。
「キッサマァァァァァアアアアアアアア!!!」
劉鳳が叫ぶ。
絶影が具現化する。第一段階を省略して生み出された真・絶影が敵を討つべく踊りかかる。
だが。
「脆いわね」
『Schwarze Wirkung』
明らかに動きが鈍っていた真・絶影は易々とカウンターを叩き込まれた。
その拳の名はシュヴァルツェ・ヴィルクング。
単純明快に言えば、強力なパンチ。そう、かつて真紅が水銀燈に放ったような。
絶影は粉砕され、劉鳳もまた再び吹き飛ばされた。
それでも、劉鳳は立ち上がろうとすることをやめない。
「許、さん……許さんぞ……ッ!!!」
「蟲みたいね。見苦しいわ。
絆とかいう下らないユメに縋るのはやめたほうがいいわよぉ?」
ただ言葉を繰り返す劉鳳をそう嘲笑って、水銀燈は翼を展開した。
羽根が舞う。
それは魔力によって一箇所に集い……水銀燈の体を超えるほどの巨大な金槌を編み上げた。
『Gigantschlag』
「轟天爆砕ギガントシュラーク――三人揃って光になりなさい」
それは、鉄槌の騎士・ヴィータの魔法。グラーフアイゼンを巨大化させ敵を潰す奥義。
完成の際に守護騎士を取り込んだ夜天の書は、守護騎士全ての魔法の使用を可能とする。
――例え、主が外道の者であろうと。
そうして、その鉄槌が振り下ろされる――その直前だった。
「ジャイアンーッ!!!」
「ちょっと、待ちなさいって!」
「のび太くん、危ないってば~!」
聞こえた声に水銀燈が目を向けて見れば、そこには走り寄ってくるのび太達の姿。
彼がジャイアンを視認できたのは単純な理由。多数の光弾が、照明の役割を果たしたから。
ジャイアンを殺した魔法であるフォトンランサー・ジェノサイドシフトが同時にこの役を果たしたと言うのは、これ以上ない皮肉である。
「よくも、よくも……」
「のび太くん、下がって!」
「勘違いかもしれないし、襲ってきたのはあっちからかも……」
「うるさーい!!!」
ドラえもんとハルヒの制止を振り切って、のび太が構える。
その手に握られているのは……先ほど水銀燈が落としたジャッカル!
それを見て、水銀燈は溜め息を吐いた。馬鹿にしたように。
(全く、目障りな……いいでしょ。全員纏めて消し飛ばしてあげる)
どうせ子供にはあんな反動の強い銃はまともに撃てはしまい……
そう判断して、水銀燈は金槌を振り下ろした。
――否。あくまで、振り下ろそうとしただけだった。
凶器が、その場にいる全てを押しつぶすその寸前。
桜色の流星が、奔った。
「――――Sechs(六番), Funf(五番), Es last frei(解放)!」
『Load cartridge. Divine Buster Extension』
「なっ……!?」
長距離からの狙撃。急ごしらえの鉄槌は撃ち抜かれ、無残に霧散する。
思わず、水銀燈は相手を睨みつけていた。
今、この殺し合いの場においてこの砲撃魔法が使えるのは一人しかいない。
レイジングハートの「マスター」は一人しかいない。
「……ふざけた真似してくれてるんじゃない。覚悟は出来てるんでしょうね」
『敵は最強の魔導書です。注意して下さい、マスター!』
水銀燈の視線の先。満月が輝く空の下で。
赤い外套を纏った魔導師が水銀燈を睨みつけていた。
誰かなんて、言う必要も無い。そう、あの砲撃魔法を使えるのは――遠坂凛ただ一人!
(よりにもよって、最悪のタイミングで――!!!)
思わぬ事態に、水銀燈の目が吊りあがる。
だが、怒りを覚えている余裕は無い。銃声が響く。
反動に吹き飛ばされながらも、のび太が銃弾を撃ち出していた。
とっさに防御したものの、その隙に凛が接近してきている。
「Es ist gros(軽量), Fixierung(狙え), EileSalve(一斉射撃)!」
『Flash Move, Divine Shooter Full Power』
「ええいもう……寝てなさい!」
『Photon Lancer』
撃ち出された桜色の魔弾と、それを迎撃すべく奔る金色の魔弾がぶつかり合う。
しかし、数が違った。凛が撃ち出したディバインシューターの数は8、水銀燈が撃ち出したフォトンランサーの数は9。
残った一つはどうなるのか?もちろん、凛に衝突し、盛大な煙を上げるだけだ。
もっとも、水銀燈は手加減していた。まだ本来の姿を晒していない以上、凛を利用することはまだ可能だと判断したのである。
せいぜい気絶して落ちる程度でいい――だからこその、フォトンランサー。
だが――気絶するどころか、凛には傷一つなかった。
「効きはしないわね、こんな程度じゃ」
「……ッ!」
晴れた煙の中から、凛の声が響く。
阻んだのは、凛が新たに纏った赤い聖骸布。かつて、アーチャーが着ていたもの。
それは風に吹かれて、凛の近くまで辿り着いていたのだ。まるで、彼女を導くかのように。
仮にも英霊が着ている物である以上、その効果も半端なものではない。
バリアジャケットの効力と合わせればフォトンランサー一発くらい十分に防ぎきれるし……事実防ぎきってみせていた。
『マスター、彼女は手加減して勝てる相手ではありません!』
「分かってる! レイジングハート、もう一回でかいの行くわよ!」
『All right, Divine Buster Full Burst stand by』
凛の言葉に呼応したレイジングハートが桜色の羽根を展開する。
どちらも手加減する様子は無い。当然だ。
凛には知らない誰かがのび太を襲っているようにしか見えないし、
レイジングハートに至っては暴走した闇の書が暴れているようにしか見えない。
その事実に、思わず水銀燈は歯噛みしていた。相手が水銀燈だと気付いていないのがせめてもの幸運か。
「この役立たず……大人しく待っていればいいものを……!」
『Divine Buster Full Burst stand by』
苛立ちを露にした水銀燈が、凛同様に桜色の魔法陣を投射する。
ディバインバスターは夜天の書にも入っている魔法だ。
撃ち方を見れば水銀燈もデバイスの手助けを借りて真似できる。
……だが。
「させるかァ! 絶影ッ!!!」
「私達を忘れたら、困るって!」
下から声が響く。
投擲されたバヨネットが水銀燈の頬を掠め、絶影の鞭がその体勢を崩す。
魔法陣から術者は引き離され、集束しかけた魔力はそれで霧散した。
そうして、その間にも凛の詠唱とレイジングハートのカウントは進んでいる。
そこまで来て始めて、リインフォースは水銀燈に口を開いた。
『因果応報だな、ガラクタ人形』
「……ッ!!!」
一瞬で怒りが沸点にまで達したものの、なんとか抑え付けて現状を冷静に分析する。
別に、このまま戦っても負ける気はしない。
下にいる連中はブラッディダガーやプラズマランサーを連発すればいいだけだ。
だが……ディバインバスターを喰らえば死にはしないまでも少しは削られる。
それはまだだ。今は、力を使い果たす時ではない。
そう、水銀燈は判断した。腹立たしいが。
『Eisengeheul』
屈辱に歯を噛み締めながら水銀燈は閃光呪文を起動した。
つんざくような音と激しい閃光が世界を埋め尽くし、周囲の建物の間を強風が吹き荒れていく。
「くっ、これは……!?」
『魔力感知に異常、ジャミングです!』
とっさに目を庇った凛だったが、それでも五感のほとんどがまともに機能しない。
かろうじてレイジングハートの警告が届いただけだ。
しばらくして、やっと視界が戻った頃には……
地面に置いてあった鞄と共に、黒い天使の姿は完全に消えていた。
「レイジングハート、周囲に反応は?」
『ありません』
「そう……」
そう呟いて、凛はディバインバスターの魔法陣を消した。集束していた魔力も同様に霧散する。
そのまま足元の羽根を羽ばたかせて着地した凛を出迎えたのは、のび太だった。
「お姉さん、ジャイアンが、ジャイアンが……!!!」
「…………」
「治せるんでしょ!? 僕の足みたいに!」
まるでいつもドラえもんにしているように、のび太は凛に泣きついた……
もっとも、普段とは深刻さに相当な開きがあるが。
しばらくして凛が紡いだ言葉は。
「……死者蘇生は魔法よ。私じゃできない」
非常な、現実。
まるでよろめくように、のび太は足を動かして。
「うそだあああああああ!」
「のび太くん……」
そのまま、ジャイアンの亡骸に泣きついていた。
その後には、同じように泣きそうな顔をしているドラえもんと。
ずっと凛を睨みつけている、ハルヒ。
「…………?」
思わず凛が首を傾げる。
実は一度最悪な出会いをしているのだが、長門の背に隠れていたこともあり凛はハルヒをはっきりと覚えていない。
だが、ハルヒは覚えていた。しっかりと。
のび太の泣く声だけが響く気まずい空気が流れる中、それを遮ったのは。
声ではなく、ばたり、と倒れこむ音だった。
「りゅ、劉鳳さん!?」
「あ……ちょっと!」
■
*時系列順で読む
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*人形裁判 ~ 人の形弄びし少女 ◆2kGkudiwr6
ネコという動物の主な特徴についてご存知だろうか。
俊敏性に優れ体は柔軟、夜目が利き鼻も利くが、何よりも優れているのは聴覚である。
それはネコ型ロボットであるドラえもんも例外ではなかった……あくまで、なかっ「た」だ。
とある事件から彼の聴覚は普通の人間並みまで落ち、
常人の20倍の嗅覚を持つ「強力鼻」、周囲の物体を感知する3対の「レーダーひげ」も故障中。
つまり、彼の五感は普通の人間と変わりはしない。
それでも、今までドラえもんはそれで困ったことはあまりなかったのだ。
そう――今までは。
■
私は思わず歯を噛み締めていた。私が人間なら、確実に音を周囲に漏らしているだろうと思うほどに。
だが現実には音は出ていない。なぜなら、私は魔道書だから。
「なにしてるの! ぐずぐずしてる時間なんてないんだからね!」
活発そうな女学生――確か、ハルヒと言ったか――が声を上げる。
その言葉に、私は少なからず安堵した。二人きりになっていればきっと殺されていたから。
それでも、苛立ちはこの身から離れはしなかった。
――ふふ、でもあなたも酷いわねぇ、『魔法の本』さぁん?
あなたが強情張ってないで何か喋ってれば、この子を逃がせたかもしれないのにねぇ……
ま、そうなればあの子達みんな皆殺しになってただけだろうけど――
言葉を思い返して、再び感情が爆発しそうになる。
私には、何も出来ない。誰かに話しかける?できたらとっくの昔にしている。
今の私が話しかけられるのは、持ち主だけ。
こんな時に限って、プロテクトの解除は最悪な部分から進んでいた。
……この書に眠る、数多の魔法から。
「……ちょっと待って。外に誰かいるみたいねぇ」
物思い……というよりは寧ろ怒りに沈んでいた私を現実に引き戻したのは、その怒りの対象だ。
どうやら外にいる人物に気付いたらしい。他の二人と一体に先んじて捉えたようだ。……当然の摂理ではある。
私がユニゾン・デバイスである以上、融合された者は身体能力が上昇する。
普段は歩けないものの私を使うことで健常者同様に動いた主はやてがいい例だ。
デバイスと使用者、二人分の力が加算されるのだから当たり前だが。
「……僕には見えないなぁ」
「僕も……」
「私も見えないわね」
「ま、それもそうでしょうねぇ。
実はね。私は、魔法使いなのよぉ」
見えないと声を上げる三人に対して、得意げに人形はそんなことをほざいている。
いったい誰の力だと思っているのだ。
そんな私の感情を露知らず、ハルヒという女学生は喜色満面といった様子だ。
「ほ、ホントに! 見せて見せて!」
「ほら」
『Photon Lancer get set』
「す、すごい……!」
こんな人形に従っているこの身を焼き尽くしたい衝動に駆られたが、できるはずもなく。
私にできたのはフォトンスフィアを浮かび上がらせて女学生を喜ばせることだけだ。
「ねえ、それでアルちゃんを探したりとかできないの!?」
「それは無理ねえ。
私、そういうの得意じゃないもの」
相変わらずよくもまあぬけぬけと。貴様が殺したのだろう。
そのまま人形は続けていく。偽りに装飾された言葉を。
「その代わり、攻撃魔法とかは得意だから。
だから皆はここに残ってなさい。私が外にいる人達を見てきてあげるわよ。
私を襲った奴が来たのかもしれないしぃ」
「……逃げ回ってたのに大丈夫なの?」
「前に襲われた時は不意打ちで手ひどくやられちゃってねえ。
それで、逃げ回りながら回復に努めてたってワケ。
でももう回復したし、ちゃあんと警戒してるから大丈夫よぉ」
人形がぺらぺらと喋った内容を要約すると、一人で外にいる人物を見てこようということだろう。
……悪寒が走る。こんなことを言い出した理由なんてはっきりしすぎている。
「何か爆発音とかが聞こえたら、病院のどこかの部屋に隠れること……いいわねぇ?」
その後青狸やのび太少年と適当に会話があったものの、結局人形に誤魔化されて終わった。
そのまま見えないように笑みを浮かべて、人形は外へと歩き出す。
これからこの人形が何をするかなんて、分かりきってる。
だから。
お願いだから、逃げて――
■
そんなリインフォースの悲哀と憤怒など露知らず。
「あ~、やっと到着」
ん~、とセラスは満月の中伸びをした。
もっとも、到着と言うには少々遠い距離だ。まだ数百mは離れている。
劉鳳とジャイアンが起きていれば、「本当に着いたのか?」と声を上げていただろう。
この夜闇の中でも軽々と視認できる辺り、さすがは吸血鬼と言ったところか。
だから、中から出てきた相手を視認できたのも当たり前のこと。
(……うわ、すご。もう慣れてきたけど)
セラスの水銀燈――もっとも今の姿はリインフォースのものだが――への第一印象がそれだった。
主にファッションセンスとか背中の翼とか真っ赤な目とか。あと、胸がでかい。
(もしかして、お仲間?)
この場合、お仲間とは吸血鬼などそういった類の物を指す。
つまり、ろくな者ではないという判断でもある。
できるだけ悟られないように身構えながら、セラスは正面から歩み寄ってくる相手を凝視した。
しかし、水銀燈はというとセラスの存在が目に入っていないかのように歩いてくる。
鞄を引き摺りながらのんびりと。
(気付いてない……割には、まっすぐこっちに来てるし)
相手の意図を測りかねて唸るセラス。無用心なのかそうではないのか分かりにくい。
もっとも、種を明かせば単純な話。水銀燈としてはただテストをしたかっただけ。
相手がゲームに乗っているかどうか、ちょっとした確認である。
怪我人を二人引き連れている時点で乗ってなさそうだと思ってはいたが、
念には念をというやつだ。
結局セラスが何をすることもなく両者の距離は詰まっていき、
だいたい20m程度のところで水銀燈は立ち止まって、口を開いた。
「こんばんはぁ」
「こ、こんばんは」
慌ててセラスは挨拶を返した。もっと他に言うことがあると思うが。
どうしようかセラスは考え込むしかない。劉鳳達を起こすべきなのだろうか……
一方水銀燈はというと、リアカーへと視線を移して……こちらもリアカーを見つめたまま黙り込む。
微妙な空気といびきだけが流れるのに耐えかねたのか、セラスは慌てて口を開いた。
「あの~、劉鳳君の顔になんか付いてます?」
「そうね……
その様子だと、貴女って、ゲームに乗ってないのよねぇ?」
「?」
水銀燈は劉鳳の制服を見て、考え込んでいただけ。
真紅のローザミスティカを持っていったという男はこいつではないのか、と。
だから、迷っていた。あの女の言葉は真実なのか、それとも虚言か。
力を温存するべきか、それとも力ずくで奪い取るべきか……?
――もっとも、病院に辿り着く前に追い払うという結論は決定済みだったが。
「その制服着てる奴は、人殺しよ」
「は、はあ!?」
そして出した方法が、適当に嘘でも吐いてみること。
当然説得力の欠片もない。いきなり見知らぬ他人からこんなことを言われて、素直に信じる馬鹿はいない。いないが。
「ちょ、ちょっと待ってって! なんか勘違いしてるんじゃ……」
驚いたり、困惑したりはする。セラスも例外ではなかった。
心の中で水銀燈はほくそ笑みながら、二の句を告げる。
……羽根を風に散らせながら。
「嘘だと思うなら、そいつを起こして聞いてみるぅ?」
「…………」
水銀燈はできるだけ無愛想な表情を取り繕っていた。いかにもその男を憎んでいます、といった様子で。
半身半疑ながらも、セラスが劉鳳を起こすために水銀燈から注意を逸らした、その瞬間。
『Blutiger Dolch』
「へ?」
周囲に撒き散らされていた羽根が、赤い刃へと姿を変えた。
■
「…………」
『マスター、二時です』
「……ん。あいつが戻ってきた様子は?」
『まだありません』
「……そう」
橋から少し離れた場所。
ぽつんと佇んでいた民家で寝転んでいた凛は、レイジングハートの声に目を開けた。
脇には皿などの食事の跡が残されている。
「……この格好も久しぶりかも」
そう呟きながら伸びをする彼女の姿は、いつもの赤い服を着た姿だった。
流石に仮眠をとる時まであんな格好をしたくはない、というのが主な理由である。
……魔力消費の削減という意味も、一応はあるが。
『これからどうしますか、マスター。
もうしばらく仮眠をとるか、それとも……』
「…………」
『マスター?』
音が止まる。ただ電灯だけが、か細く点滅する。
レイジングハートの声に、凛は黙り込んでいた。その顔は、悲哀に満ちていて。
しばらくして、ぽつりと彼女は呟いた。
「悲しく……ないの?」
『…………』
「貴女の『マスター』は高町なのはでしょう、レイジングハート。
私じゃ……ない」
いつも強気な彼女らしくない、弱気な言葉。
これだけ死人が出ている状況の中、何もできていなかったから。
自分の無力さを思い知って。自分がちゃんと使いこなせているとは思えなくて。
だから、こんな弱音を吐いてしまって。
『あなたは、脱出を諦めたとでも言うのですか?』
「え?」
そんな凛に返ってきたのは今まで聞いたことのない、強い口調。
目を瞬かせる凛を無視して、レイジングハートは詰問していく。
『答えてください!』
「あ、諦めてない」
『なら、できるだけ多くの人を助け出して、「マスター」の仇を討ってくれることに変わりはありませんか?』
「……う、うん」
『なら……今は貴女が私のマスターです、凛』
呆然とする凛。それっきり何をいう事もなく黙り込んだ。
もしレイジングハートが人間だったなら、口を尖らせてそっぽを向いていただろう。
うっかりでも、おっちょこちょいでも……結局、レイジングハートは凛の人柄に好感を持っていたから。
だから、彼女は言っていたのだ。『マスター』と。
昔ユーノに、そしてなのはに言っていた言葉を。
「……ごめん」
そうして、互いに話すこともなくただ佇んでいた、数分後。
突然、凛はハッとなったようにその顔を上げた。
『どうかしましたか?』
「水銀燈からのパスが切れた……何かあったのかも」
パスとは使い魔とマスターを繋ぐ、魔術的な繋がりの事だ。
もちろん遠くに行くということは、それに合わせて魔力供給の具合も悪くなることを意味する。
だが、それでもパスそのものが無くなることはない。一度生まれた互いの結びつきはそうそう消えはしない。
使い魔と主の関係とはそういうものだ……普通の、使い魔は。
だからこそ――レイジングハートは声を上げた。
今をおいて好機は他にないと。
『待ってください。話しておきたいことがあります』
■
リアカーが宙を舞う。
とっさにセラスによって投げ飛ばされたリアカーは綺麗に近くの家屋に叩きつけられていた。乗っていた二人ごと。
「い、いってぇ!」
「セラス、一体何が……」
「説明は後で!」
目覚まし代わりと言うにはきつすぎる衝撃に不満を上げる二人の不平不満は、
セラスによって一言で強引に終わらせられた。
目を擦りながら二人が視線を向けた先にいたのは……腹部から血を流しているセラス。
そして、空に舞う黒い天使だった。
「始めからこういう魂胆で……」
「人殺しを匿うような奴に手加減する義理も無いでしょ?」
いきり立つセラスの言葉と視線は、水銀燈にあっさりとあしらわれた。
この期に及んでも嘘八百を貫くあたりは流石と言ったところか。
もう躊躇わずにセラスが銃を抜いたのと、水銀燈が再び能力を行使したのはほぼ同時。
『Blutiger Dolch』
「っのお!!!」
夜天の書が言葉を紡ぐと同時に6つの赤い刃が浮かびあがり、敵を討つべく急襲する。
だがそれが本来の責を果たすことは無い。全てセラスのジャッカルに撃ち落とされ、宙で爆散する。
六点連射。吸血鬼の並外れた能力があってこそ成り立つ高速連射だ。
本当は、セラスは撃ち落とすことではなく敵を撃つことを優先するつもりだった。
一発貰う代わりに敵を倒せるなら問題ない。多少の負傷は吸血鬼なら平気だ。
……しかし、凶器が劉鳳たちを狙っていたとなれば話は別となる。
「お前は敵への攻撃に集中しろ! 自分の身ぐらい自分で守れる!」
「俺だってちょっとくらい……!」
「いいから無茶しないで休んで!」
次弾を装填しながらセラスは二人を怒鳴りつけていた。
ジャイアンは足を折ってまともに動けそうになく、劉鳳に至っては顔面蒼白。絶影も出せそうな様子は無い。
そもそもセラスが吸血鬼だからこそ水銀燈の刃を途中で撃ち落とすという真似が可能なのであって、
あの刃が奔る様子は常人にはまともに視認することさえできないのだ。
今の二人が防げるとはセラスには思えない。
『Plasma Lancer』
次に水銀燈が行使したのはフェイトの魔法、光の槍。
セラスは劉鳳たちの目前へと跳びながらも、高速で飛ぶ槍を次々に撃ち落としていく。
撃ち落とされたプラズマランサーはそのまま地面へと突き刺さり、
「ターン」
水銀燈が腕を振るのと同時に、セラス達へと再び狙いを定めた。
更に。
『Blutiger Dolch』
新たな血染めの刃が水銀燈の前面に展開する。その数4。
セラス達へと向き直った光の槍の数も4、そして再びジャッカルに込め直した弾の数は6。
明らかに、足りていない!
「二人とも、頭伏せて!」
「え」
「うおっ!?」
警告と同時に、セラスは片手でリアカーを引っつかんだ。劉鳳とジャイアンの頭のすぐ側をとんでもない質量が掠めていく。
四方から迫るプラズマランサーと、正面から迫るブラッディダガー。
それらを全て視界に収めたまま、セラスは右手でジャッカルを連射しながら左手でリアカーを振り回した。
赤い刃は全てセラスが振り回したリアカーと衝突して爆発し、
光の槍はジャッカルの銃弾によって軌道を逸らされる。
ジャッカルの弾、残り二発。それが何を狙うものかは言うまでも無いことだ。
完全にバラバラになったリアカーを放り投げながら、セラスは敵へとジャッカルの狙いを定めようとして。
「旅の鏡」
「え……?」
その口から、息とも声とも付かない音が漏れた。
劉鳳もジャイアンも、呆然とするしかない。
何も無い虚空から、水銀燈の腕が生えて。
セラスの手から、ジャッカルを奪い取っていた。
■
夜空に響く銃声と爆発音。
病院の玄関脇に隠れて覗いていたのび太とハルヒは、慌てて首を引っ込めた。
そんな二人に呆れたように声を掛けるのはドラえもんだ。
「隠れてる方がいいよ、二人とも。だいたい、ここからじゃ全然見えないじゃないか」
「そ、それはそうだけどさ……」
「冗談じゃないわ! SOS団新団員を放っておくなんて団長のやることじゃないわよ!」
ハルヒの脳内では、どうやら遠坂凛もとい水銀燈は団員認定されたらしい。
魔法使いという響きが大層気に入ったようだ。
「だいたいね、私達が目を離したからアルちゃんがどっかにいっちゃったんでしょ!
おんなじ間違いをするわけにはいかないのよ、青ダヌキ!」
「!!!
僕はタヌキじゃな~い!!!」
ハルヒの言葉に激怒するドラえもん。
これで何回目か数える気にもならない騒動を尻目に、のび太は外を見つめ続けていた。
理由は簡単。彼は目が悪いため、注視しないとよく見えないから。
「なんかあの格好、どこかで見たような気がするなぁ……」
そして……はっきりと見たいものがあるから。
■
何も無いところから腕が生える。向こうでは、肘から先の腕が消えている。
そんな異様な光景から一番早く立ち直ったのは、セラスだった。
「あ、ちょっと待……!」
「待ってあげない」
セラスが咄嗟に反応するより早く、水銀燈は腕を引っ込める。
鏡を跨いでいた腕は元の場所に戻っていた……ただし、先程とは違ってジャッカル付きで。
「ふ~ん、どれどれ……」
「づうっ!?」
そうして、水銀燈はジャッカルをセラスへと向けた。
銃声が奔り、鮮血が飛ぶ。苦悶の声が響く。
ただし、声は二人分。
予想以上の反動に、水銀燈は思わず指を押さえていた。
ジャッカルはというと、反動でどこかへと飛んでいってしまっている。
「い、いったぁ……!?」
「ふんだ。仮にもマスターの銃だもん、そうそう簡単に撃てるもんですか!」
指を赤くしながら呻く相手に、セラスは肩を押さえながら言ってやった。
とはいえ、セラス自身も分かっている。これは強がりに過ぎないことに。
ジャッカルを奪い取られた以上……もう、セラス達に飛び道具は無いのだ。
「言ってくれるじゃない……!」
水銀燈が目を吊り上げると共に、周囲に無数の光弾が浮かび上がり始めた。
それはまるで、夜空を染め上げる照明だ。もっとも、水銀燈の意思で自由に落ちてくる照明だが。
このまま放っておけば全滅は確実だろう。
「……あんまり使いたくなかったんだけどなぁ、これ」
そう愚痴りながら、セラスはデイバッグに手を突っ込んだ。
しばらくして取り出された手に握っているのはバヨネット。
メモ帳越しとはいえ、微かにセラスの肌が焦げるような匂いがする。
「二人とも、ここは私に任せて全力で走って」
「ふざけるな! そんな真似ができる……ぅ」
「ほら、叫んだだけで足にきてるし。武くん、悪いけど」
「分かった……けど、セラス姉ちゃんもちゃんと逃げてくれよな」
「大丈夫、まっかせなさい!」
「く……」
そうして、セラスは水銀燈へと向き直る。
その後ろから劉鳳を抱えたジャイアンが走り出した、その瞬間。
「それは困るのよ……旅の鏡」
「ぐっ!?」
再び水銀燈の腕が虚空から生えた。
反応する間もない。今度掴み取ったのは……劉鳳のデイバッグ!
「くそっ!」
とっさに劉鳳が生えた腕を掴もうとしたものの、間に合わない。
今度はデイバッグを奪い取って、腕が消える。
劉鳳のデイバッグを手元に引き寄せた水銀燈は、中から目的の物を取り出した。
「ふふ、見~つけた」
笑みと共に取り出されたのは、赤く輝く宝石――ローザミスティカ。
水銀燈が何よりも追い求めていたモノ。
「貰っちゃった♪ 貰っちゃった♪
真紅のローザミスティカ貰っちゃったぁ♪
あんた達ったら本当にお馬鹿さぁん――ああ、力が溢れる――!!!」
まるで童女に笑いながら、くるくると水銀燈は宙を舞う。
同時に、宙に浮かぶ光弾が更に光を増し始めた。術者に呼応したかのように。
突然の事態に呆気に取られるセラスとジャイアンだったが、劉鳳だけは違う反応を見せた。
「……真紅を知っている、のか!? 貴様一体!」
劉鳳の言葉に、水銀燈の笑みが消える。
そう……この言葉は下手をすれば正体がバレかねない失言だ。
少しまずいかもしれない……水銀燈は悩んだものの、あっさりと結論を出した。
そう、答えは単純。目撃者を全て消せばいいだけの話。
「……というわけでぇ。消えて」
「キサ、マ……」
「劉鳳君!?」
「兄ちゃん!?」
怒りに燃えた言葉は最後まで紡がれず。劉鳳は無様にその場に倒れ込んだ。
それを見てほくそ笑んだのは水銀燈だ。まるで狙い通りと言わんばかりに。
いや、これは実際に彼女の狙い通りなのだ。水銀燈は劉鳳から魔力を吸い上げていたのだから。
戦闘開始同時に水銀燈は凛との契約を強制的に断ち、契約相手を劉鳳に切り替えていた。
これは契約とは名ばかりの強制的な魔力蒐集。誰から吸うかなんてことは思いのまま。
そして、夜天の書を装備したことにより、魔力吸収量は更に強化されている。
その補給を頼りに、この戦闘で水銀燈は高ランクの魔法を連発していた。
更に悪いことに、劉鳳はアルター使いではあるが魔術師ではない。体力は人並み外れているが、魔力は無い。
そんな彼が水銀燈に魔力を奪われればどうなるか。当然、魔力がない分を体力で賄う羽目になる。
彼がアルターを出せなかったのも、そして段々と弱っていったのもそれが原因だ。
ただでさえ満身創痍だったのに、魔力蒐集の追い討ちを喰らってはまともに動けはしない。
そしてここにきて水銀燈は大規模な魔力蒐集を行ったために、ついに耐え切れずに劉鳳は倒れてしまったのだ。
――そして大規模な魔力蒐集は、水銀燈が大技の準備を始めたという事でもある。
『Photon Lancer Genocide Shift』
夜天の書の声は、正真正銘の死刑宣告。
セラスたちが逃げ出す暇も無い。百を越える金色の魔弾だけが、闇を明るく照らしだした。
■
「――そんな」
『全て真実です、マスター』
呆然とする凛に、レイジングハートはそう念押しした。
彼女は全てを話した。
スネ夫を助けるフリをして盾にしたこと。
病院の魔力反応が、水銀燈が探す前と後で明らかに変わっていたこと。
その他、疑念を全て。
『マスターとその妹との間にあったことは聞きました。
ですが、あの人形が貴女のようなお人よしである保証は全くありません。
むしろ疑わしいというべきです』
そして、最後にレイジングハートはそう断言した。
あれは決して味方などではない、敵だと。
それを最後に、また音が死んだ。ただ微かに、凛がレイジングハートを強く握り締める音がしただけ。
「分かった……水銀燈を探しにいく」
そうしてやっと、凛はそう口を開く。
唇を噛み締めながらも、凛はレイジングハートにそう告げた。
その怒りは水銀燈に対してのものか……それとも、迂闊な自分に対してのものか。
そのまま凛は家屋から出たものの……パスが切れている以上、手がかりはない。
目に強化魔術を掛けて周りを見渡すにしても、障害物が多いこの周辺では役に立つかどうか。
実際はたずね人ステッキなるものが彼女のデイバッグにあるのだが、
エルルゥが説明書を紛失していたため凛は全く使い道を分かっていない。
従って結局。
「レイジングハート、エリアサーチ」
『All right』
凛の命令と同時に魔術式が起動。夜闇の間を縫って魔力が奔り、すぐに答えが返ってきた。
『マスター、北に魔力反応です』
「水銀燈?」
『いえ、何らかのアーティファクトかと』
怪訝に思った凛はその方角を見やって……絶句した。
「あれ、は……」
■
――重い。
なんとか再び意識を取り戻した劉鳳が始めに感じたことがそれだった。
ただでさえだるい体に、何かが覆いかぶさっている。
――なんだ、この匂いは。
煮えたような匂いに顔を顰めながらも、劉鳳は目を開いた。
靄が掛かったような視界でも、なんとか周囲の状況を捉えられる。
煙を上げる地面。光弾によって生み出されたいくつもの小さなクレーター。
――無数の光弾を切り払った結果へし折れたバヨネット。精根尽きて倒れ込んでいるセラス。
「ッ……!!!」
劉鳳の目が見開かれる。
そうして、はっきりとした視界は……覆いかぶさっていたものの正体をようやく知らせていた。
「た、武……!?」
「……すまねえ、劉鳳兄ちゃん」
劉鳳は、絶句した。絶句するしかなかった。
ジャイアンの体は、血は出ていない。ただ、体中が焼け焦げ炭化していた。だから血は出ない。
そう。始めに感じた異臭は、目の前にいたジャイアンの体が焼け焦げたもの。
そうして、ジャイアンの体は崩れ落ちた。
「キッサマァァァァァアアアアアアアア!!!」
劉鳳が叫ぶ。
絶影が具現化する。第一段階を省略して生み出された真・絶影が敵を討つべく踊りかかる。
だが。
「脆いわね」
『Schwarze Wirkung』
明らかに動きが鈍っていた真・絶影は易々とカウンターを叩き込まれた。
その拳の名はシュヴァルツェ・ヴィルクング。
単純明快に言えば、強力なパンチ。そう、かつて真紅が水銀燈に放ったような。
絶影は粉砕され、劉鳳もまた再び吹き飛ばされた。
それでも、劉鳳は立ち上がろうとすることをやめない。
「許、さん……許さんぞ……ッ!!!」
「蟲みたいね。見苦しいわ。
絆とかいう下らないユメに縋るのはやめたほうがいいわよぉ?」
ただ言葉を繰り返す劉鳳をそう嘲笑って、水銀燈は翼を展開した。
羽根が舞う。
それは魔力によって一箇所に集い……水銀燈の体を超えるほどの巨大な金槌を編み上げた。
『Gigantschlag』
「轟天爆砕ギガントシュラーク――三人揃って光になりなさい」
それは、鉄槌の騎士・ヴィータの魔法。グラーフアイゼンを巨大化させ敵を潰す奥義。
完成の際に守護騎士を取り込んだ夜天の書は、守護騎士全ての魔法の使用を可能とする。
――例え、主が外道の者であろうと。
そうして、その鉄槌が振り下ろされる――その直前だった。
「ジャイアンーッ!!!」
「ちょっと、待ちなさいって!」
「のび太くん、危ないってば~!」
聞こえた声に水銀燈が目を向けて見れば、そこには走り寄ってくるのび太達の姿。
彼がジャイアンを視認できたのは単純な理由。多数の光弾が、照明の役割を果たしたから。
ジャイアンを殺した魔法であるフォトンランサー・ジェノサイドシフトが同時にこの役を果たしたと言うのは、これ以上ない皮肉である。
「よくも、よくも……」
「のび太くん、下がって!」
「勘違いかもしれないし、襲ってきたのはあっちからかも……」
「うるさーい!!!」
ドラえもんとハルヒの制止を振り切って、のび太が構える。
その手に握られているのは……先ほど水銀燈が落としたジャッカル!
それを見て、水銀燈は溜め息を吐いた。馬鹿にしたように。
(全く、目障りな……いいでしょ。全員纏めて消し飛ばしてあげる)
どうせ子供にはあんな反動の強い銃はまともに撃てはしまい……
そう判断して、水銀燈は金槌を振り下ろした。
――否。あくまで、振り下ろそうとしただけだった。
凶器が、その場にいる全てを押しつぶすその寸前。
桜色の流星が、奔った。
「――――Sechs(六番), Funf(五番), Es last frei(解放)!」
『Load cartridge. Divine Buster Extension』
「なっ……!?」
長距離からの狙撃。急ごしらえの鉄槌は撃ち抜かれ、無残に霧散する。
思わず、水銀燈は相手を睨みつけていた。
今、この殺し合いの場においてこの砲撃魔法が使えるのは一人しかいない。
レイジングハートの「マスター」は一人しかいない。
「……ふざけた真似してくれてるんじゃない。覚悟は出来てるんでしょうね」
『敵は最強の魔導書です。注意して下さい、マスター!』
水銀燈の視線の先。満月が輝く空の下で。
赤い外套を纏った魔導師が水銀燈を睨みつけていた。
誰かなんて、言う必要も無い。そう、あの砲撃魔法を使えるのは――遠坂凛ただ一人!
(よりにもよって、最悪のタイミングで――!!!)
思わぬ事態に、水銀燈の目が吊りあがる。
だが、怒りを覚えている余裕は無い。銃声が響く。
反動に吹き飛ばされながらも、のび太が銃弾を撃ち出していた。
とっさに防御したものの、その隙に凛が接近してきている。
「Es ist gros(軽量), Fixierung(狙え), EileSalve(一斉射撃)!」
『Flash Move, Divine Shooter Full Power』
「ええいもう……寝てなさい!」
『Photon Lancer』
撃ち出された桜色の魔弾と、それを迎撃すべく奔る金色の魔弾がぶつかり合う。
しかし、数が違った。凛が撃ち出したディバインシューターの数は8、水銀燈が撃ち出したフォトンランサーの数は9。
残った一つはどうなるのか?もちろん、凛に衝突し、盛大な煙を上げるだけだ。
もっとも、水銀燈は手加減していた。まだ本来の姿を晒していない以上、凛を利用することはまだ可能だと判断したのである。
せいぜい気絶して落ちる程度でいい――だからこその、フォトンランサー。
だが――気絶するどころか、凛には傷一つなかった。
「効きはしないわね、こんな程度じゃ」
「……ッ!」
晴れた煙の中から、凛の声が響く。
阻んだのは、凛が新たに纏った赤い聖骸布。かつて、アーチャーが着ていたもの。
それは風に吹かれて、凛の近くまで辿り着いていたのだ。まるで、彼女を導くかのように。
仮にも英霊が着ている物である以上、その効果も半端なものではない。
バリアジャケットの効力と合わせればフォトンランサー一発くらい十分に防ぎきれるし……事実防ぎきってみせていた。
『マスター、彼女は手加減して勝てる相手ではありません!』
「分かってる! レイジングハート、もう一回でかいの行くわよ!」
『All right, Divine Buster Full Burst stand by』
凛の言葉に呼応したレイジングハートが桜色の羽根を展開する。
どちらも手加減する様子は無い。当然だ。
凛には知らない誰かがのび太を襲っているようにしか見えないし、
レイジングハートに至っては暴走した闇の書が暴れているようにしか見えない。
その事実に、思わず水銀燈は歯噛みしていた。相手が水銀燈だと気付いていないのがせめてもの幸運か。
「この役立たず……大人しく待っていればいいものを……!」
『Divine Buster Full Burst stand by』
苛立ちを露にした水銀燈が、凛同様に桜色の魔法陣を投射する。
ディバインバスターは夜天の書にも入っている魔法だ。
撃ち方を見れば水銀燈もデバイスの手助けを借りて真似できる。
……だが。
「させるかァ! 絶影ッ!!!」
「私達を忘れたら、困るって!」
下から声が響く。
投擲されたバヨネットが水銀燈の頬を掠め、絶影の鞭がその体勢を崩す。
魔法陣から術者は引き離され、集束しかけた魔力はそれで霧散した。
そうして、その間にも凛の詠唱とレイジングハートのカウントは進んでいる。
そこまで来て始めて、リインフォースは水銀燈に口を開いた。
『因果応報だな、ガラクタ人形』
「……ッ!!!」
一瞬で怒りが沸点にまで達したものの、なんとか抑え付けて現状を冷静に分析する。
別に、このまま戦っても負ける気はしない。
下にいる連中はブラッディダガーやプラズマランサーを連発すればいいだけだ。
だが……ディバインバスターを喰らえば死にはしないまでも少しは削られる。
それはまだだ。今は、力を使い果たす時ではない。
そう、水銀燈は判断した。腹立たしいが。
『Eisengeheul』
屈辱に歯を噛み締めながら水銀燈は閃光呪文を起動した。
つんざくような音と激しい閃光が世界を埋め尽くし、周囲の建物の間を強風が吹き荒れていく。
「くっ、これは……!?」
『魔力感知に異常、ジャミングです!』
とっさに目を庇った凛だったが、それでも五感のほとんどがまともに機能しない。
かろうじてレイジングハートの警告が届いただけだ。
しばらくして、やっと視界が戻った頃には……
地面に置いてあった鞄と共に、黒い天使の姿は完全に消えていた。
「レイジングハート、周囲に反応は?」
『ありません』
「そう……」
そう呟いて、凛はディバインバスターの魔法陣を消した。集束していた魔力も同様に霧散する。
そのまま足元の羽根を羽ばたかせて着地した凛を出迎えたのは、のび太だった。
「お姉さん、ジャイアンが、ジャイアンが……!!!」
「…………」
「治せるんでしょ!? 僕の足みたいに!」
まるでいつもドラえもんにしているように、のび太は凛に泣きついた……
もっとも、普段とは深刻さに相当な開きがあるが。
しばらくして凛が紡いだ言葉は。
「……死者蘇生は魔法よ。私じゃできない」
非常な、現実。
まるでよろめくように、のび太は足を動かして。
「うそだあああああああ!」
「のび太くん……」
そのまま、ジャイアンの亡骸に泣きついていた。
その後には、同じように泣きそうな顔をしているドラえもんと。
ずっと凛を睨みつけている、ハルヒ。
「…………?」
思わず凛が首を傾げる。
実は一度最悪な出会いをしているのだが、長門の背に隠れていたこともあり凛はハルヒをはっきりと覚えていない。
だが、ハルヒは覚えていた。しっかりと。
のび太の泣く声だけが響く気まずい空気が流れる中、それを遮ったのは。
声ではなく、ばたり、と倒れこむ音だった。
「りゅ、劉鳳君!?」
「あ……ちょっと!」
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