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「ひめられたもの(2)」(2022/01/09 (日) 05:14:16) の最新版変更点
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*ひめられたもの(2) ◆WwHdPG9VGI
■
「だから、間違いねーってのに」
吸血鬼の超感覚、第三の目で三人を視認したセラスは凛と水銀燈にいった。
セラスが、『見よう』とすれば何百メートル先だろうと見える。
それは夜だろうと変わらない。
「待って! 今、魔法で辺り全部を索敵するから」
しかし、あくまでも凛は慎重だ。
「だからぁ、間違いなく、ホテルで一緒に戦った仲間だってば……」
セラスはため息をついた。
「でもぉ……。じゃあ、どうして木を倒したりしたのかしらぁ?」
「しらねーわよ、そんなの」
そっぽを向きつつセラスは吐き捨てた。どうにもこの水銀燈という人形はカンに触る。
「とにかく私、行くから!」
「ちょっ……」
凛が静止する間もなくセラスは駆け出していく。
気を揉んでいた仲間が無事辿り着けたのだから、少しでも早く迎えてやりたいと思ったのだ。
それに、やたらと警戒する水銀燈と凛に対するあてつけのような気持ちも少しあった。
「あらあらぁ……。短気な人ねぇ。どうするのぉ? 凛」
「放っておくわけにもいかないでしょ! 私たちもいくわよ」
凛は足早にセラスの後を追った。
「セラス殿!」
「セラスさん!」
キョン達は、セラスに駆け寄った。
「よかったぁ、無事で……」
大きく息を吐きながら笑顔を浮かべるセラスに、キョン達も笑い返す。
暖かな空気が4人を包んだ。無事に仲間と再会できた喜びが、4人の胸を満たしていく。
「セラス殿も無事でよかった……。劉鳳殿や、武殿は病院の中に?」
三人を代表して、トウカが尋ねると、セラスは顔を曇らせた。
「ちょっと長くなるから……。とにかく3人とも中に入ってよ。疲れてるでしょ?」
煮え切らないセラスの言葉に、3人が顔を見合わせたその時、
「セラスさん、その人達なの?」
「そんなに早く走らないで欲しいわぁ……」
2つの影が近づいてくる。
その小さな影が視認できる近さまで近づいた時、
魅音の顔が驚愕に染まった。
慌てて魅音は銃をかまえようとする。
だが、一刹那先んじた無数の黒羽が、魅音に殺到した。
■
――まずい
電光の如くその思いが水銀燈の脳裏を掠めた。
あの緑色の髪の少女は、温泉近くで自分がカレイドルビーの悪名をばら撒こうと襲った少女だ。
少女も気づいたようで、慌てて銃を構えようとしている。
――遅い
自分の方が速い。
そう確信した水銀燈の顔に、悪魔の笑みが浮かぶ。
だが、その顔はすぐに凍りついた。
疾風のごとく黒い影が少女の前に走りこんだかと思うと、銀光が闇のなかで煌いた。
爆裂音が連続して轟き、一呼吸おいて、粉砕された羽が闇の中をひらひらと舞い散った。
舞い散る羽の後ろに見えるのは、刀を構えた獣耳の女。
水銀燈は愕然とする。
真紅のローザミスティカを得た、今の自分の黒羽が叩き落とされるなど、予想外にも程があった。
しかし、トウカの剣は特殊合金に隕石と虎徹、良兼、正宗の三大名刀を合成させた至高の名刀、『斬鉄剣』であり、
今は無きその刀の持ち主も居合いの達人であったせいか、斬鉄剣は長年の愛刀よりもトウカの手に馴染んでいた。
――某に斬れぬもの無し!
トウカ自身は戯れに口にしただけだったが、実は本当にその域に達しつつあったのだ。
そしてトウカが知らぬことを水銀燈が知るはずも無く、水銀燈はただ唖然として硬直するばかり。
「何てことすんのよっ!?」
そこへ怒声と共にセラスが跳躍し、水銀燈に掴みかかった。
慌てて避けようとするが避けられず、水銀燈はセラスに捕獲されてしまう。
頭に血が上りかけるが、必死で水銀燈は頭を巡らし、
「それはこっちの台詞だわぁ!? なんてヤツをつれてくるのよ!?」
怒りを滲ませながら絶叫してみせた。
「はぁぁ!?」
ぶち切れる一歩手前という表情でセラスが大声を上げる。
「あいつは、私に山の中で襲い掛かっ――」
「ふざけんなっ!!」
セラスと水銀燈の怒号に魅音の怒号が加わった。
「セラスさん、そいつらから離れてっ! そいつらは敵だよっ!!」
「み、魅音ちゃん待って! ト、トウカさんもぉぉっっ!!」
悲鳴染みたセラスの絶叫に、凛に斬りかからんとしていたトウカは動きを止めた。
「し、しかしセラス殿! こやつらは、かれいどるびーなる悪漢どもではないのか!?」
「それ誤解っ!! 全部誤解だからっ!!」
二つの勢力の激突を止められるのは自分しかいない。
セラスは喉も枯れよとばかりに絶叫した。
「凛!! トウカさん!! 魅音ちゃん!! キョン君!! 水銀燈!! みんな落ち着いて!! 話せばわかるって!!」
「セラスさん信じてよっ! 私はその人形に襲われたんだっ! そいつは敵なんだよっ!!」
魅音が苛立ちと絶望を滲ませて絶叫すれば、
「カレイドルビー、あの女の言ってることは嘘っぱちよぉ!!」
水銀燈が、凛に訴えかける。
凛は沈黙したまま、それでも水銀燈と緑色の髪の少女にせわしなく視線を走らせた。
「黙れっ!! この性悪人形っ!!」
逆上した魅音がライフルを構え、
「ばっ……。やめろ園崎! セラスさんに当たっちまうぞ!!」
キョンが慌てて抑えつける。
「そっちの人も騙されちゃだめよぉ! その女は悪党よぉ! ほらぁっ!! 今も仲間ごと撃とうとしたでしょぉ!?」
「人形風情がぁっ!! 魅音殿を侮辱すると許さんぞっ!!」
トウカが耳と髪を逆立てて、怒声を上げた。
手は剣の柄にかかり、今にも抜き放ちそうだ。
「だからみんな落ち着けっつーのにぃぃっ!!」
セラスの必死の努力は報われず、場は混乱の坩堝と化していた。
比較的頭に血が上っていなかったキョンは、セラスをサポートして場を収めようと大声を張り上げた。
「トウカさん落ち着いてくれ!! 園崎!! 言いたいことはあるだろうが、とにかく相手の話――」
キョンの言葉は途中で途切れた。
セラス達が見つめる先、キョンは口を半開きにし、体を停止させている。
その表情は魅音、トウカにも広がっていった。
つられるように、セラス、凛、水銀燈も後ろを振り返り、あまりの光景に体を硬化させてしまう。
15人の同じ顔、同じ格好をした少女が、一斉に彼らに突進してきた。
■
(とうとう尻尾を出したわね!!)
水銀燈が、キョン達と一緒にいた仲間に攻撃するのを見た瞬間、ハルヒは決断した。
『クローンリキッドごくう』を頭にふりかけ、髪を抜いてフッと吹き飛ばした。
すると、あら不思議。髪はハルヒに変貌し、15人のハルヒが出現する。
「GO!!」
本体の号令と共に、12人のハルヒが、水銀燈達に殺到していく。
『Wide area Protection』
しかし、その12人が襲い掛かる寸前、気味の悪い声と共に、透明な壁が展開された。
(それぐらい予想のうちよ!)
あれぐらいの芸当は出来ると思っていた。
元々12人は囮。
(団長たるあたしが、特別団員の使った手を真似するのは気に入らないけど……)
本命はこちら。
「くらえっ!!」
2人の自分が、偽凛、セラス、水銀燈の前に回りこみ消火器を噴射。
白煙が3人を包み込んだ
その隙に、本体のハルヒは、目標に向かってひた走る。
「は、ハルヒか!?」
少年の声が耳に届いた瞬間、涙が出そうになった。
「ったりまえでしょっ!! こっちよっ!!」
涙を抑えつけ、少年の腕を掴むと、強引に引っ張りながらハルヒは地を蹴った。
走るうちに重さがなくなった。少年も走り出したのだ。
何も聞かずに同じ方向へ走ってくれる。そのことがたまらなく嬉しい。
住宅地へと向かい走る、走る。
「キョン殿!」
「キョン!」
「あんた達もっ!!」
ハルヒの絶叫に釣られるように、後ろの二人も走り出す。
何やら後ろでセラスの声が聞こえたような気がしたが、完全無欠に無視。
市街地に走りこみ、後ろの2人がついてきているのを――
「そなた、涼宮ハルヒ殿か!?」
「そ、そうよ!
「なるほど、キョン殿から聞いている通りだ。こんな状態ですまぬが、聞きたいことが――」
「後よ! 後にしてっ!!」
いつの間にか自分の横を並走している獣耳の女性に答えながら、滅茶苦茶に角を曲がる。
「ちょっ……と……。待って……くれ」
手を引っ張っている相手の呻き声にハルヒは足を止めた。
荒い息を吐きながらうずくまるキョンに、
「何よ! なさけないわねぇ……」
ハルヒは腰に手を当てると鼻を鳴らした。
女の子より先にへばるとは情けない。
「まあまあ、キョンはホテルからずっと歩いてきて、疲れてるんだからさ」
一人の少女がハルヒに近づいてきた。
「私は園崎魅音。あんたが涼宮ハルヒさんだね。キョンから聞いてるよ」
快活にそう言って、少女は笑って魅せた。
その頭の後ろで揺れるポニーテールが、ハルヒにはほんの少し、羨ましい。
続いて獣耳の女性が進み出た。
「先に名を名乗る礼を失したが、某の名は――」
自己紹介は突然中断された。
ダンっという音と共に獣耳の女性は、ほとんど瞬間移動したかと思うような速度で、曲がったばかりの角に到達。
(は、はやっ!?)
目を見開くハルヒの視界で、女性が剣を抜き放とうと……。
「おわっと……。俺だよ!」
「……ロック殿!?」
獣耳の女性が頓狂な声を上げた。
「久しぶり……って言ったほうがいいのかな、この場合……」
ワイシャツ姿の見知らぬ男が角から姿を現した。
■
ハルヒの分身が消え、白い煙が晴れた頃には当然というべきか、人っ子一人残っていなかった。
「キョンくーん!! 魅音ちゃーん!! トウカさーん!! カムバーックっ!!」
返事はなかった。
セラスの膝ががくんと落ちた。
(なんつーことに……)
キョンの腕を引っ張って逃げたハルヒが、自分達のことを何と言っているかは見当がつきすぎるほどつく。
今でも十分こじれているようなのに、これ以上こじれたら……。
(これはもう、ダメかもしれねーわ)
どっと疲れが込み上げてくる。
「ちょっとぉ……。いい加減、離して欲しいわぁ……」
ギラリとセラスの目が光った。
「そもそもあんたが……。攻撃なんかしたから!!」
「言いがかりはよして欲しいわぁ! あの緑髪の子が銃を構えようとしたの、見たでしょう?」
「そ、それは……」
口ごもるセラスに、
「セラスさん……。とにかく、水銀燈を離してくれない?」
凛に言われ、不承不承ではあったが、セラスは水銀燈を離した。
「水銀燈……。一つ聞くわよ?」
水銀燈に向かって凛は鋭い視線を叩きつけた。
「なにかしらぁ?」
「あんたの言ってた、山で襲ってきたっていうポニーテールの子、それがさっきの子なのね?」
「そうよぉ……。ねえ、まさか凛まで私を疑うつもりなのぉ?」
心細げに水銀燈が問いかけると、それには答えず、
「セラスさん……。そういうことよ」
「……凛、あんた……」
セラスの目付きが鋭くなった。
しかし、凛はセラスの表情に動揺した風もなく、
「大して力を持たない人間が優勝を狙うとしたら、集団の中に身を隠すっていうのは効果的だわ。
そう思わない?」
何度か口を開きかけた後、セラスは苛立たしげに左右に首をふり、
「……凛、あんたがそれを心の底から信じてるっていうなら、何も言わないわ」
水銀燈を睨みつけた後、セラスは踵を返した。
無論納得など、セラスは欠片ほどもしていなかった。
(水銀燈と魅音ちゃんのどっちを信じるか……。そんなもん、決まってるっつーの!)
劉鳳達がいる部屋のドアを開けると、そこには案の定と言うべきか、力無くベッドに腰掛ける劉鳳がいた。
「お帰りなさい、セラスちゃん」
駆け寄ってくるドラえもんに軽く片手を上げて答え、セラスは劉鳳に歩み寄った。
「劉鳳君、ちょっと来てくれない?」
「……何だ?」
「いいから!!」
強引に劉鳳の手を引っ張り、セラスは病院の裏口へと歩き始めた。
■
無人の家の軒先で、自己紹介を一通り終えた後、待ちきれないというように、トウカがハルヒに尋ねた。
「ハルヒ殿、アルルゥ殿はどうしているだろうか? ハルヒ殿と一緒ではなかったのか?」
ハルヒの顔が曇った。
「それが……。あたし、ずっと病院で眠らされてて――」
「……ちょっと待て」
ハルヒの言葉をキョンが遮った。
「何よ!?」
話の腰を折られて目をつりあげるハルヒに、
「ずっとってお前……。それいつからだ?」
「いつからって……。12時少し前からずっとだけど?」
キョン、トウカ、魅音が、サッと表情を変えた。
「じゃあ、お前……。4回目の放送、聴いてないんだな?」
「……いらつくわね! はっきり言いなさいよ!」
えもいわれぬ不安に駆られ、ハルヒは怒声を上げた。
しばらく逡巡の表情を浮かべた後、キョンは話し始めた。
「……有希が……」
ハルヒの声は空ろでひび割れていた。
信じられなかった。あの、長門有希が死ぬなんて。
何でも出来て、どことなく神秘的な雰囲気を漂わせていた、あの有希が。
ぐらり、と世界が揺れるのをハルヒは感じた。
朝比奈みくる、鶴屋さん、そして今度は長門有希。
自分の大事なものが次々と失われていく。
あれほど望んで、ようやく手に入れたものが無くなっていく……。
悲しみと喪失感がハルヒを打ちのめした。
「長門殿は、立派な、本当に立派な最期を遂げられた」
「本当だよ、彼女のおかげで私達、ここにいられるんだ」
トウカと魅音が口々に言う。
ハルヒは力の無い笑みを浮かべた。
「……そうでしょうね 何たって有希は、博識で、勉強も、野球も、コンピューターもギターもこなす、
SOS団随一のオールラウンダーなんだ……から……」
声が詰まり、ハルヒの視界がぼやけた。
(どうして私のいないとこで無茶したのよ!? 有希の馬鹿……)
拭っても拭っても、涙はとめどなく溢れた。
手を伸ばし、隣にいる少年の肩にハルヒはすがりついた。
人前でみっともないと分かってはいたが、そういしないと倒れてしまいそうだった。
どれだけそうしていただろうか。
「……ごめんなさい……。まだ、話の途中だったわね」
それは逃避だった。
辛い事実から目を逸らし、他のことで気を紛らわせようとする行為だった。
だが、話すうちにハルヒの心の壁を、恐怖が這い登り始めた。
今まで目を逸らしていた事実が、目に入ってきてしまう。
分かってしまう。
「だ、だから、アルちゃんを出来るだけ早く捜しにいかないといけないのよ!」
そうれでも必死に現実から目をそらそうと、ハルヒはそう言って話を締めくくった。
深海のそこのように重い沈黙が満ちた。
キョンは頭を抱えて拳を握り締め、トウカの顔は真っ青だった。
慌てたように魅音が口を開いた。
「ト、トウカさん、さっきも言ったけど、あの人形とカレイドルビーって女は悪党なんだ。
だからきっと、ハルヒさん達と一緒にいた方の『遠坂凛』の方が……」
「そ、そうだ……。そうだな、魅音殿……。そうだ、そうに決まっている……」
空ろな目でトウカは何度もそう繰り返した。まるで魅音の言葉に縋りつくかのように。
その時、それまで沈黙していた、ワイシャツ姿の青年、ロックが、
「ハルヒちゃん……。その二人の『凛』についてなんだけど……。どんな容貌だったか、聞いてもいいかい?」
静かな口調で言った。
問われるままにハルヒが答えていくと、青年は深いため息と共に天を仰いだ。
不安に襲われてハルヒは体を震わせ、トウカは狂おしい目でロックを見つめた。
「一ついえることは、そのハルヒちゃんといた方の女は『遠坂凛』じゃない。後から来た、黒髪の女の子が『遠坂凛』だ」
「ど、どうしてそんなこと分かるのよ!?」
ハルヒの声はほとんど悲鳴に近かった。
逆に淡々とした声でロックは言った。
「俺が持ってる支給品の中に、全員の顔写真付名簿を見られる機械があった。まあ、そういうことさ」
ハルヒの体の震えが大きくなり、トウカはペタリと地面に座り込んだ。
人の名を語る、怪我人を抱えた集団に襲い掛かり一人を殺傷したような人間が、『いなくなった』と口にしたということ。
このゲームにおいて、それがどういう意味を持つのか、分からないものはいなかった。
「それに、その『凛』を名乗った女は、消毒液臭かったんだって? 大量の消毒液なんてそこらにあるもんじゃない。
それこそ病院でもなければね。何のために匂うほどたくさん、消毒液を使う必要があったんだろうな……。
例えば――」
「と、途中で逃げられた可能性だって……」
ハルヒの声は消え入りそうなほど小さかった。
「その場合、『自分の目の前でいなくなった』といって君達を起こす理由が無いな。
露見を恐れるなら君たちを連れて行く必要はないし、3人とも殺す気なら寝ている所を殺したほうが速い。
次のステップに移ろうとするってことは、完全にやり終えたってことだ」
「おいっ!!」
怒声と共に、キョンがロックの胸倉を掴み上げた。
「何なんだよ得意げに!? 名探偵気取りかよ!?」
八つ当たりだと分かっていても止められなかった。
あの時、映画館に向かってさえいれば、トウカとアルルゥは合流できていたのだ。
キョンの胸を悔恨の刃がえぐっていた。
「……るせぇなぁ……」
それまで抑えた口調でしゃべっていた青年の声に憤怒の色が混じった。
「じゃあ、都合のいい夢みてりゃぁ、状況が変わってくれんのか!? あぁ!?」
抑えていた怒りを一気に吐き出すようにロックは怒鳴った。
年長の者として怒りを抑えなければならないと分かっていても抑えられなかった。
何てザマだ、と思う。
エルルゥをこれ以上悲しませたくないと思っていたのに、彼女が一番悲しむ事態を防ぐために、何も出来なかった。
また、あんな風にエルルゥは泣くのだと思うと、やりきれなかった。
「だって!!」
ハルヒは絶叫した。
信じたくない。絶対に認めたくない。
アルルゥが死ぬなんてこと、あってはいけない。
「アルちゃんは、とってもいい子だわ!! こんな所で、死んでいい子じゃないのよ!!
可愛くて、健気で、優しくて、お姉さん思いで……。まだあんなに……あんなに、ちっちゃいのよ!?」
「聖人だろうが悪人だろうが、大人だろうが子供だろうが……。死ぬときゃ……死ぬんだよ」
自分の目の前で死んでいったあまりにも不幸な人生を送った少年を思い出しながら、ロックは声を絞り出した。
血を吐くようなロックの言葉がハルヒを貫いた。
――ハルヒおねーちゃん
アルルゥの声が耳の奥に蘇った瞬間、何かが決壊した。
地に伏して、ハルヒは号泣する。
アルルゥの笑顔が、困ったような顔が、心配そうな顔が、得意そうな顔が……
出会ってからのことが走馬灯のように、ハルヒの頭を駆け巡る。
いつしかその光景に長門有希の顔も加わっていた。
部室での日常、野球大会、ゲーム大戦、映画撮影、一緒にステージに立った文化祭……。
――失った
自分は取り戻せないものをまた失ってしまった。
声を上げて泣きながら、それをはっきりとハルヒは悟った。
目の前で少女が泣いている。
少し離れた場所で、トウカが何度も何度もその子の名前を呼びながら泣いている。
(クソっ。もうたくさんだ! とっくに腹いっぱいだ! 誰かが泣くのも! 失うのも!
こいつは一体何の冗談だ!?
何で死ぬべきじゃない人間が死んで、ギガゾンビみたいなヤツがまだ生きてるんだ!?)
ギガゾンビへの怒りを募らせる一方で、ロックは無力感に打ちのめされる。
――もう誰も、悲しませたりなんかしない。俺が、絶対に
満月に向かって格好良く誓っておいてこのザマだ。
(俺がヒーローじゃないのは知ってたが、まさかコメディアンだったとはな。しかも最低ランクの)
何も出来なかった。
エルルゥの妹の死という事態に対して、自分はあまりにも無力だった。
――当然だ。
自分がやっていたのは、逃げ回り、隠れていることだけだったのだから。
――自分の力ではそれが精一杯だった
大人になるということは限界を知るということだ。
自分の能力をフルに使った結果がこの事態だとはっきりわかるだけに、余計に腹が立つ。
(……あの子に、エルルゥに……。どうやって、伝えりゃいいんだ……)
ロックはもう一度天を仰いだ。
月はただ光っているだけで、何も答えてはくれなかった。
■
セラスに置き去りにされた後、凛はセラスたちとは違う部屋に入り、ベッドに横たわった。
劉鳳の治療をしに行かなくてはならないと思ったが、足が進まなかった。
「どうしたのぉ? 凛」
「……少し、疲れただけよ」
「ふぅん……。じゃあ、ちょっと出てきていいかしらぁ?」
「何処へ行くの?」
凛の表情が少し険しくなった。
「ちょっとシャワーを浴びてくるだけよぉ……。すぐに戻るわぁ」
「あっそ……。確かにあなた、消毒液臭いわね……。いいわよ、行ってきなさい」
凛の承諾を得ると水銀燈は部屋から出て行き、部屋には凛だけが残された。
『マスター』
「何? レイジングハート」
『先ほど中断された質問ですが、マスターはおそらく使用した際に、所有者の姿形を変えるディバイスはあるのか?
と質問するつもりであったのではと推測いたしました』
凛の目が鋭くなった。
「……あるの?」
『あります。マスターにお話したことがある、『夜天の書』と呼ばれるユニゾン・デバイスがそれです。
『夜天の書』には、姿が設定されていますから、誰が使用しても先ほど我々と戦闘したあの女の姿になります。
あの姿こそ、私が話したリィンフォースの姿そのものです』
「誰でも……?」
『はい。仮にそれが人ならざるものであろうとも、です』
ため息をつき、凛はコメカミに手を当てた。
「何か他にも言いたいことがありそうじゃない」
『いえ、別に。質問は以上でしょうか?』
「ええ。ありがとう」
それきり杖は沈黙し、凛はベッドに横たわって天井を見上げた。
魅音という少女に関しては、今の所保留しておいていいだろうと思う。
本心を隠し、集団の中に巧妙に溶け込むことに長けた人間なら、こういっては何だが、
お人よしのセラスや直情径行型の劉鳳を欺くのはそれほど難しくない。
また魅音という少女と一緒にいた仲間も、一人は明らかに劉鳳と同じ直情径行型、
もう一人は凡庸な少年にしか見えなかった。
彼らでは魅音という少女の正体を見抜くことは無理だろう。
(可能性があるとしたら、あの子だけど……)
頭がそこそこ切れそうで抜け目なさそうな、ハルヒとかいう子ならばあるいは、と思うが、彼女も先入観で相手を見すぎるきらいがある。
正直な所、合流しなくてツイていると凛は思っていた。
不確定要素を抱えた人間とチームを組むなんて、ぞっとする。
(結局の所、問題は一つね……)
水銀燈がレイジングハートの言っていた、『夜天の書』を使って劉鳳達を襲ったと仮定すると、
多くのことに説明がついてしまう。
これが問題。いや、大問題だ。
ゆえに問い詰めるか、持ち物を検査するべきなのはわかっているのだが……。
それでも、凛には後一歩を踏み出すことができなかった。
戻ってきた時に見せた水銀燈の弱弱しい態度が頭をよぎる。
何といっても、水銀燈はゲーム開始以来行動を共にしてきた相方なのだ。
それに、ここまで皆から疑われていると、逆に水銀燈を庇ってやりたい気持ちも起こる。
(どうしよ……本当に……)
だが、仮に水銀燈が劉鳳達を襲ったのと同じようなことをあちこちで行っているのだとしたら、
自分は取り返しのつかないミスを犯していることになる。
(とにかく、水銀燈の行動には常に目を光らせておく必要があるわ)
また、勝手に消えることがあればその時は追いかけ、闘うことも覚悟して徹底的に追求しよう。
凛はそう決めて目を閉じた。
■
「うふふふふ……。上手く行き過ぎて逆に怖いくらいだわぁ」
水銀燈はご満悦だった。
魅音という少女に加え、凛を敵視していたハルヒも加わったことで、あの集団は完全に凛ごとこちらを敵視しているだろう。
(あの女に羽を撃ち落されたのは少し驚いたけど、あの程度なら本気を出せば敵じゃないしぃ……)
夜天の書を使えば、難なくとはいかなくても倒せる相手だ。
それに、ハルヒを使って行おうとしていた集団を仲違いさせる計画は、魅音のお陰で自分の手を下さずとも勝手に進行してくれた。
凛がセラス達の部屋に行かなかったのもその現れだ。
魅音が出てきた時はヒヤリとしたが、凛が魅音を信じることはなかったようだ。
状況は水銀燈の思い通りに進んでいる。
(劉鳳って男、どうしようかしらぁ……。集団戦になったら、こっちにも強い手駒がいた方が都合がいいしぃ……)
凛の目の前で、全力を出すのは最後の最後までとっておきたい。
力を制御した状態でうっかりバッサリ、などという事態は避けたいものだ。
さて、どうしたものか……。
唇を吊り上げながら、水銀燈は考えを巡らせ始めた。
【D-3 病院の病室(劉鳳たちとは別室) 2日目・黎明】
【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]:魔力小消費、疲労、水銀燈と『契約』
[装備]:レイジングハート・エクセリオン(アクセルモード・全弾再装填済)@魔法少女リリカルなのは
バリアジャケットアーチャーフォーム(アーチャーの聖骸布+バリアジャケット)
デバイス予備カートリッジ残り33発
[道具]:支給品一式(食料残り二食。水4割消費、残り1本)、ヤクルト一本
:エルルゥのデイパック(支給品一式(食料なし)、惚れ薬@ゼロの使い魔、たずね人ステッキ@ドラえもん、
:五寸釘(残り30本)&金槌@ひぐらしのなく頃に
:市販の医薬品多数(胃腸薬、二日酔い用薬、風邪薬、湿布、傷薬、正露丸、絆創膏etc)、紅茶セット(残り2パック)
[思考]基本:レイジングハートのマスターとして、脱出案を練る。
0:水銀燈を監視する
1:劉鳳とセラスの治療を続行(だが、水銀燈のことがあるので、あまり二人と顔を合わせていたくないとも思っている)
2:ドラえもんから詳しい科学技術についての情報を得る。
3:変な耳の少女(エルルゥ)を捜索。
4:セイバーについては捜索を一時保留する。
5:リインフォースとその持ち主を止める。
6:自分の身が危険なら手加減しない。
7:
[備考]:
※レイジングハート同様、水銀燈に対して強い疑心を持ち始めました。
ただし、水銀燈を信じたいという気持ちもあり、中途半端な状態です。
※緑の髪のポニーテールの女(園崎魅音)の判断は保留。
※夜天の書の持ち主が水銀燈ではないかと疑い始めています
※カレイドルビー&レイジングハートの主催者&首輪講座 済
[推測]:
ギガゾンビは第二魔法絡みの方向には疎い(推測)
膨大な魔力を消費すれば、時空管理局へ向けて何らかの救難信号を送る事が可能(推測)
首輪には盗聴器がある
首輪は盗聴したデータ以外に何らかのデータを計測、送信している
【D-3 病院(シャワー室) 2日目・黎明】
【水銀燈@ローゼンメイデンシリーズ】
[状態]:服の一部損傷、消毒液の臭い、魔力小消費、疲労、凛との『契約』による自動回復
[装備]:真紅のローザミスティカ
[道具]: デイパック、支給品一式(食料と水はなし)
ストリキニーネ(粉末状の毒物。苦味が強く、致死量を摂取すると呼吸困難または循環障害を起こし死亡する)
ドールの螺子巻き@ローゼンメイデン、ブレイブシールド@デジモンアドベンチャー、照明弾
ヘンゼルの手斧@BLACK LAGOON、夜天の書(多重プロテクト状態)
くんくんの人形@ローゼンメイデン、ドールの鞄@ローゼンメイデン
透明マント@ドラえもん
[思考・状況]基本:魔力補給を考慮して、魔力を持たない強者を最優先で殺す。
1:凛が偽名を使っていたことや見解の相違を最大限利用して仲たがいさせる。
2:チャンスがあれば誰かを殺害。しかし出来る限りリスクは負わない。
3:凛との『契約』はできる限り継続、利用。殺すのは出来る限り後に回す。
4:ローザミスティカをできる限り集める。
5:凛の敵を作り、戦わせる。
6:あまりに人が増えるようなら誰か一人殺す。劉鳳に関しては、戦力にするか始末第一候補とするか思案中
7:青い蜘蛛にはまだ手は出さない。
[備考]:
※透明マントは子供一人がすっぽりと収まるサイズ。複数の人間や、大人の男性では全身を覆うことできません。また、かなり破れやすいです。
※透明マントとデイパック内の荷物に関しては誰に対しても秘密。
※レイジングハートをかなり警戒。
※デイパックに収納された夜天の書は、レイジングハートの魔力感知に引っかかることは無い。
※夜天の書装備時は、リインフォース(vsなのは戦モデル)と完全に同一の姿となります。
※夜天の書装備時は、水銀燈の各能力がそれと似たベルカ式魔法に変更されます。
真紅のローザミスティカを装備したことにより使用魔法が増えました。
※リインフォースは水銀燈に助言する気は全くありません。ただし馬鹿にはします。
※水銀燈の『契約』について:省略
※水銀燈ver.リインフォースの『契約』について
魔力収奪量が上昇しており、相手や場合によっては命に関わります。
※水銀燈の吐いた嘘について。
名前は『遠坂凛』。
病院の近くで襲われ、デイバックを失った。残ったのはドールの鞄とくんくん人形だけ。
一日目は、ずっと逃げたり隠れたりしていた。
■
「元気だしなよ。のび太くん……」
劉鳳が出て行き、二人きりになってしまった部屋で、ドラえもんはのび太に言った。
「……ねえ、ドラえもん」
「なんだい? のび太くん」
「僕……。誰を信用したらいいのかな……?」
セラスの仲間達と合流できなかったと聞いて、のび太の心は再び揺れていた。
みんないい人ばかりなら、ケンカになったり分かれてしまったりするはずがない。
でも、セラスは気さくでいい人だし、元気はないが劉鳳もマジメな人に見える。
何より、セラスと劉鳳はジャイアンと仲間だった人たちだ。
信用できるし、信用したいと思う。
凛は言うまでもない。
あんなにギガゾンビに怒ってて、足を直してくれたし、ドラえもんと会うまでずっと一緒だった。
悪い人のはずがない。
ちょっと変なところもあるけど、凛の仲間なのだから水銀燈もいい人、というか人形のはずだ。
よくよく考えてみれば、ハルヒもそうだ。
死んでしまった太一の友達のヤマトが、必死で助けようとした人だ。
いなくなってしまったアルルゥって女の子が、あんなに懐いていた人だ。
悪い人じゃないはずなんだ。
――それなのに
(どうして、ケンカ別れになっちゃうの?)
セラスは、合流する仲間はみんないい人だと言っていた。
それなのに、ケンカになってしまったという。
セラスがあんなに合流したがっていた仲間とケンカするはずがないから、凛が原因なのだろうということくらい、
のび太にも分かる。
(誰かが嘘をついてるんだ……。でも、一体誰が……?)
頭が変になりそうだった。
みんな味方に見えるのに、誰かが裏切っている。
笑顔を作りながら、裏では目を光らせて、隙あらば殺そうと狙っている。
怖気を感じて、のび太は自分の体を抱きしめた。
「……のび太くん。何があっても、ぼくだけはずーっとのび太くんの味方だよ」
隣で響いた暖かい声が、のび太の心を癒してくれた。
隣をみると、ドラえもんの笑顔があった。まん丸な、いつもの優しい笑顔が。
「ドラえもん……。いなくなっちゃ……いやだよ」
ドラえもんは、また笑った。
「だいじょうぶだよ、のび太くん。ぼくは、いつも君の側にいるよ」
「うん……」
幼子のように頷くのび太の頭を、ドラえもんはそっと撫でてやった。
【D-3 病院(劉鳳たちがいた部屋) 2日目・黎明】
【ドラえもん@ドラえもん】
[状態]:中程度のダメージ、頭部に強い衝撃
[装備]:虎竹刀
[道具]:支給品一式、"THE DAY OF SAGITTARIUS III"ゲームCD@涼宮ハルヒの憂鬱
[思考・状況] ジャイアンの死にかなり動揺したものの、のび太がいることもあり外見上は落ち着けている。
1:神経磨耗気味なのび太を見守る
2:アルルゥを探す
3:自分の立てた方針に従い首輪の解除に全力を尽くす
4:凛の魔法の力に興味。
基本:ひみつ道具と仲間を集めてしずかの仇を取る。ギガゾンビを何とかする。
[備考]
※第一回放送の禁止エリアについてのび太から話を聞きました。
※凛とハルヒが戦ってしまったのは勘違いに基づく不幸な事故だと思っています。
偽凛については、アルルゥがどうなっているか分かるまで判断を保留。
【野比のび太@ドラえもん】
[状態]:ギガゾンビ打倒への決意/左足に負傷(行動には支障なし。だが、無理は禁物)
[装備]:強力うちわ「風神」
[道具]:デイバッグ、支給品一式、翠星石の首輪、エンジェルモートの制服
[思考・状況] 精神が不安定。疑心暗鬼に陥り始めている
1:誰が信用できるのか見極めたい
2:ドラえもん達と行動しつつ、首輪の解除に全力を尽くす。
3:なんとかしてしずかの仇を討ちたい。
[備考]
※凛もひょっとしたら? と思い始めている。ただし、偽凛は敵だと判断している。
ハルヒへの反感は少し緩和。
*時系列順で読む
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*投下順で読む
Back:[[ひめられたもの(1)]] Next:[[ひめられたもの(3)]]
|253:[[ひめられたもの(1)]]|遠坂凛|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|水銀燈|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|ドラえもん|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|野比のび太|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|劉鳳|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|セラス・ヴィクトリア|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|ロック|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|キョン|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|園崎魅音|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|涼宮ハルヒ|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|野原しんのすけ|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|北条沙都子|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|トウカ|253:[[ひめられたもの(3)]]|
|253:[[ひめられたもの(1)]]|エルルゥ|253:[[ひめられたもの(3)]]|
*ひめられたもの(2) ◆WwHdPG9VGI
■
「だから、間違いねーってのに」
吸血鬼の超感覚、第三の目で三人を視認したセラスは凛と水銀燈にいった。
セラスが、『見よう』とすれば何百メートル先だろうと見える。
それは夜だろうと変わらない。
「待って! 今、魔法で辺り全部を索敵するから」
しかし、あくまでも凛は慎重だ。
「だからぁ、間違いなく、ホテルで一緒に戦った仲間だってば……」
セラスはため息をついた。
「でもぉ……。じゃあ、どうして木を倒したりしたのかしらぁ?」
「しらねーわよ、そんなの」
そっぽを向きつつセラスは吐き捨てた。どうにもこの水銀燈という人形はカンに障る。
「とにかく私、行くから!」
「ちょっ……」
凛が静止する間もなくセラスは駆け出していく。
気を揉んでいた仲間が無事辿り着けたのだから、少しでも早く迎えてやりたいと思ったのだ。
それに、やたらと警戒する水銀燈と凛に対するあてつけのような気持ちも少しあった。
「あらあらぁ……。短気な人ねぇ。どうするのぉ? 凛」
「放っておくわけにもいかないでしょ! 私たちもいくわよ」
凛は足早にセラスの後を追った。
「セラス殿!」
「セラスさん!」
キョン達は、セラスに駆け寄った。
「よかったぁ、無事で……」
大きく息を吐きながら笑顔を浮かべるセラスに、キョン達も笑い返す。
暖かな空気が4人を包んだ。無事に仲間と再会できた喜びが、4人の胸を満たしていく。
「セラス殿も無事でよかった……。劉鳳殿や、武殿は病院の中に?」
三人を代表して、トウカが尋ねると、セラスは顔を曇らせた。
「ちょっと長くなるから……。とにかく3人とも中に入ってよ。疲れてるでしょ?」
煮え切らないセラスの言葉に、3人が顔を見合わせたその時、
「セラスさん、その人達なの?」
「そんなに早く走らないで欲しいわぁ……」
2つの影が近づいてくる。
その小さな影が視認できる近さまで近づいた時、
魅音の顔が驚愕に染まった。
慌てて魅音は銃をかまえようとする。
だが、一刹那先んじた無数の黒羽が、魅音に殺到した。
■
――まずい
電光の如くその思いが水銀燈の脳裏を掠めた。
あの緑色の髪の少女は、温泉近くで自分がカレイドルビーの悪名をばら撒こうと襲った少女だ。
少女も気づいたようで、慌てて銃を構えようとしている。
――遅い
自分の方が早いりついた。
疾風のごとく黒い影が少女の前に走りこんだかと思うと、銀光が闇のなかで煌いた。
爆裂音が連続して轟き、一呼吸おいて、粉砕された羽が闇の中をひらひらと舞い散った。
舞い散る羽の後ろに見えるのは、刀を構えた獣耳の女。
水銀燈は愕然とする。
真紅のローザミスティカを得た、今の自分の黒羽が叩き落とされるなど、予想外にも程があった。
しかし、トウカの剣は特殊合金に隕石と虎徹、良兼、正宗の三大名刀を合成させた至高の名刀、『斬鉄剣』であり、
今は亡きその刀の持ち主も居合いの達人であったせいか、斬鉄剣は長年の愛刀よりもトウカの手に馴染んでいた。
――某に斬れぬもの無し!
トウカ自身は戯れに口にしただけだったが、実は本当にその域に達しつつあったのだ。
そしてトウカが知らぬことを水銀燈が知るはずも無く、水銀燈はただ唖然として硬直するばかり。
「何てことすんのよっ!?」
そこへ怒声と共にセラスが跳躍し、水銀燈に掴みかかった。
慌てて避けようとするが避けられず、水銀燈はセラスに捕獲されてしまう。
頭に血が上りかけるが、必死で水銀燈は頭を巡らし、
「それはこっちの台詞だわぁ!? なんてヤツをつれてくるのよ!?」
怒りを滲ませながら絶叫してみせた。
「はぁぁ!?」
ぶち切れる一歩手前という表情でセラスが大声を上げる。
「あいつは、私に山の中で襲い掛かっ――」
「ふざけんなっ!!」
セラスと水銀燈の怒号に魅音の怒号が加わった。
「セラスさん、そいつらから離れてっ! そいつらは敵だよっ!!」
「み、魅音ちゃん待って! ト、トウカさんもぉぉっっ!!」
悲鳴染みたセラスの絶叫に、凛に斬りかからんとしていたトウカは動きを止めた。
「し、しかしセラス殿! こやつらは、かれいどるびーなる悪漢どもではないのか!?」
「それ誤解っ!! 全部誤解だからっ!!」
二つの勢力の激突を止められるのは自分しかいない。
セラスは喉も枯れよとばかりに絶叫した。
「凛!! トウカさん!! 魅音ちゃん!! キョン君!! 水銀燈!! みんな落ち着いて!! 話せばわかるって!!」
「セラスさん信じてよっ! 私はその人形に襲われたんだっ! そいつは敵なんだよっ!!」
魅音が苛立ちと絶望を滲ませて絶叫すれば、
「カレイドルビー、あの女の言ってることは嘘っぱちよぉ!!」
水銀燈が、凛に訴えかける。
凛は沈黙したまま、それでも水銀燈と緑色の髪の少女にせわしなく視線を走らせた。
「黙れっ!! この性悪人形っ!!」
逆上した魅音がライフルを構え、
「ばっ……。やめろ園崎! 押さえセラスさんに当たっちまうぞ!!」
キョンが慌てて押さえつける。
「そっちの人も騙されちゃだめよぉ! その女は悪党よぉ! ほらぁっ!! 今も仲間ごと撃とうとしたでしょぉ!?」
「人形風情がぁっ!! 魅音殿を侮辱すると許さんぞっ!!」
トウカが耳と髪を逆立てて、怒声を上げた。
手は剣の柄にかかり、今にも抜き放ちそうだ。
「だからみんな落ち着けっつーのにぃぃっ!!」
セラスの必死の努力は報われず、場は混乱の坩堝と化していた。
比較的頭に血が上っていなかったキョンは、セラスをサポートして場を収めようと大声を張り上げた。
「トウカさん落ち着いてくれ!! 園崎!! 言いたいことはあるだろうが、とにかく相手の話――」
キョンの言葉は途中で途切れた。
セラス達が見つめる先、キョンは口を半開きにし、体を停止させている。
その表情は魅音、トウカにも広がっていった。
つられるように、セラス、凛、水銀燈も後ろを振り返り、あまりの光景に体を硬化させてしまう。
15人の同じ顔、同じ格好をした少女が、一斉に彼らに突進してきた。
■
(とうとう尻尾を出したわね!!)
水銀燈が、キョン達と一緒にいた仲間に攻撃するのを見た瞬間、ハルヒは決断した。
『クローンリキッドごくう』を頭にふりかけ、髪を抜いてフッと吹き飛ばした。
すると、あら不思議。髪はハルヒに変貌し、15人のハルヒが出現する。
「GO!!」
本体の号令と共に、12人のハルヒが、水銀燈達に殺到していく。
『Wide area Protection』
しかし、その12人が襲い掛かる寸前、気味の悪い声と共に、透明な壁が展開された。
(それぐらい予想のうちよ!)
あれぐらいの芸当は出来ると思っていた。
元々12人は囮。
(団長たるあたしが、特別団員の使った手を真似するのは気に入らないけど……)
本命はこちら。
「くらえっ!!」
2人の自分が、偽凛、セラス、水銀燈の前に回りこみ消火器を噴射。
白煙が3人を包み込んだ
その隙に、本体のハルヒは、目標に向かってひた走る。
「は、ハルヒか!?」
少年の声が耳に届いた瞬間、涙が出そうになった。
「ったりまえでしょっ!! こっちよっ!!」
涙を抑えつけ、少年の腕を掴むと、強引に引っ張りながらハルヒは地を蹴った。
走るうちに重さがなくなった。少年も走り出したのだ。
何も聞かずに同じ方向へ走ってくれる。そのことがたまらなく嬉しい。
住宅地へと向かい走る、走る。
「キョン殿!」
「キョン!」
「あんた達もっ!!」
ハルヒの絶叫に釣られるように、後ろの二人も走り出す。
何やら後ろでセラスの声が聞こえたような気がしたが、完全無欠に無視。
市街地に走りこみ、後ろの2人がついてきているのを――
「そなた、涼宮ハルヒ殿か!?」
「そ、そうよ!
「なるほど、キョン殿から聞いている通りだ。こんな状態ですまぬが、聞きたいことが――」
「後よ! 後にしてっ!!」
いつの間にか自分の横を並走している獣耳の女性に答えながら、滅茶苦茶に角を曲がる。
「ちょっ……と……。待って……くれ」
手を引っ張っている相手の呻き声にハルヒは足を止めた。
荒い息を吐きながらうずくまるキョンに、
「何よ! なさけないわねぇ……」
ハルヒは腰に手を当てると鼻を鳴らした。
女の子より先にへばるとは情けない。
「まあまあ、キョンはホテルからずっと歩いてきて、疲れてるんだからさ」
一人の少女がハルヒに近づいてきた。
「私は園崎魅音。あんたが涼宮ハルヒさんだね。キョンから聞いてるよ」
快活にそう言って、少女は笑って魅せた。
その頭の後ろで揺れるポニーテールが、ハルヒにはほんの少し、羨ましい。
続いて獣耳の女性が進み出た。
「先に名乗る礼を失したが、某の名は――」
自己紹介は突然中断された。
ダンっという音と共に獣耳の女性は、ほとんど瞬間移動したかと思うような速度で、曲がったばかりの角に到達。
(は、はやっ!?)
目を見開くハルヒの視界で、女性が剣を抜き放とうと……。
「おわっと……。俺だよ!」
「……ロック殿!?」
獣耳の女性が頓狂な声を上げた。
「久しぶり……って言ったほうがいいのかな、この場合……」
ワイシャツ姿の見知らぬ男が角から姿を現した。
■
ハルヒの分身が消え、白い煙が晴れた頃には当然というべきか、人っ子一人残っていなかった。
「キョンくーん!! 魅音ちゃーん!! トウカさーん!! カムバーックっ!!」
返事はなかった。
セラスの膝ががくんと落ちた。
(なんつーことに……)
キョンの腕を引っ張って逃げたハルヒが、自分達のことを何と言っているかは見当がつきすぎるほどつく。
今でも十分こじれているようなのに、これ以上こじれたら……。
(これはもう、ダメかもしれねーわ)
どっと疲れが込み上げてくる。
「ちょっとぉ……。いい加減、離して欲しいわぁ……」
ギラリとセラスの目が光った。
「そもそもあんたが……。攻撃なんかしたから!!」
「言いがかりはよして欲しいわぁ! あの緑髪の子が銃を構えようとしたの、見たでしょう?」
「そ、それは……」
口ごもるセラスに、
「セラスさん……。とにかく、水銀燈を離してくれない?」
凛に言われ、不承不承ではあったが、セラスは水銀燈を離した。
「水銀燈……。一つ聞くわよ?」
水銀燈に向かって凛は鋭い視線を叩きつけた。
「なにかしらぁ?」
「あんたの言ってた、山で襲ってきたっていうポニーテールの子、それがさっきの子なのね?」
「そうよぉ……。ねえ、まさか凛まで私を疑うつもりなのぉ?」
心細げに水銀燈が問いかけると、それには答えず、
「セラスさん……。そういうことよ」
「……凛、あんた……」
セラスの目付きが鋭くなった。
しかし、凛はセラスの表情に動揺した風もなく、
「大して力を持たない人間が優勝を狙うとしたら、集団の中に身を隠すっていうのは効果的だわ。
そう思わない?」
何度か口を開きかけた後、セラスは苛立たしげに左右に首をふり、
「……凛、あんたがそれを心の底から信じてるっていうなら、何も言わないわ」
水銀燈を睨みつけた後、セラスは踵を返した。
無論納得など、セラスは欠片ほどもしていなかった。
(水銀燈と魅音ちゃんのどっちを信じるか……。そんなもん、決まってるっつーの!)
劉鳳達がいる部屋のドアを開けると、そこには案の定と言うべきか、力無くベッドに腰掛ける劉鳳がいた。
「お帰りなさい、セラスちゃん」
駆け寄ってくるドラえもんに軽く片手を上げて答え、セラスは劉鳳に歩み寄った。
「劉鳳君、ちょっと来てくれない?」
「……何だ?」
「いいから!!」
強引に劉鳳の手を引っ張り、セラスは病院の裏口へと歩き始めた。
■
無人の家の軒先で、自己紹介を一通り終えた後、待ちきれないというように、トウカがハルヒに尋ねた。
「ハルヒ殿、アルルゥ殿はどうしているだろうか? ハルヒ殿と一緒ではなかったのか?」
ハルヒの顔が曇った。
「それが……。あたし、ずっと病院で眠らされてて――」
「……ちょっと待て」
ハルヒの言葉をキョンが遮った。
「何よ!?」
話の腰を折られて目をつりあげるハルヒに、
「ずっとってお前……。それいつからだ?」
「いつからって……。12時少し前からずっとだけど?」
キョン、トウカ、魅音が、サッと表情を変えた。
「じゃあ、お前……。4回目の放送、聴いてないんだな?」
「……いらつくわね! はっきり言いなさいよ!」
えもいわれぬ不安に駆られ、ハルヒは怒声を上げた。
しばらく逡巡の表情を浮かべた後、キョンは話し始めた。
「……有希が……」
ハルヒの声は空ろでひび割れていた。
信じられなかった。あの、長門有希が死ぬなんて。
何でも出来て、どことなく神秘的な雰囲気を漂わせていた、あの有希が。
ぐらり、と世界が揺れるのをハルヒは感じた。
朝比奈みくる、鶴屋さん、そして今度は長門有希。
自分の大事なものが次々と失われていく。
あれほど望んで、ようやく手に入れたものが無くなっていく……。
悲しみと喪失感がハルヒを打ちのめした。
「長門殿は、立派な、本当に立派な最期を遂げられた」
「本当だよ、彼女のおかげで私達、ここにいられるんだ」
トウカと魅音が口々に言う。
ハルヒは力の無い笑みを浮かべた。
「……そうでしょうね 何たって有希は、博識で、勉強も、野球も、コンピューターもギターもこなす、
SOS団随一のオールラウンダーなんだ……から……」
声が詰まり、ハルヒの視界がぼやけた。
(どうして私のいないとこで無茶したのよ!? 有希の馬鹿……)
拭っても拭っても、涙はとめどなく溢れた。
手を伸ばし、隣にいる少年の肩にハルヒはすがりついた。
人前でみっともないと分かってはいたが、そうしないと倒れてしまいそうだった。
どれだけそうしていただろうか。
「……ごめんなさい……。まだ、話の途中だったわね」
それは逃避だった。
辛い事実から目を逸らし、他のことで気を紛らわせようとする行為だった。
だが、話すうちにハルヒの心の壁を、恐怖が這い登り始めた。
今まで目を逸らしていた事実が、目に入ってきてしまう。
分かってしまう。
「だ、だから、アルちゃんを出来るだけ早く捜しにいかないといけないのよ!」
それでも必死に現実から目をそらそうと、ハルヒはそう言って話を締めくくった。
深海の底のように重い沈黙が満ちた。
キョンは頭を抱えて拳を握り締め、トウカの顔は真っ青だった。
慌てたように魅音が口を開いた。
「ト、トウカさん、さっきも言ったけど、あの人形とカレイドルビーって女は悪党なんだ。
だからきっと、ハルヒさん達と一緒にいた方の『遠坂凛』の方が……」
「そ、そうだ……。そうだな、魅音殿……。そうだ、そうに決まっている……」
空ろな目でトウカは何度もそう繰り返した。まるで魅音の言葉に縋りつくかのように。
その時、それまで沈黙していた、ワイシャツ姿の青年、ロックが、
「ハルヒちゃん……。その二人の『凛』についてなんだけど……。どんな容貌だったか、聞いてもいいかい?」
静かな口調で言った。
問われるままにハルヒが答えていくと、青年は深いため息と共に天を仰いだ。
不安に襲われてハルヒは体を震わせ、トウカは狂おしい目でロックを見つめた。
「一ついえることは、そのハルヒちゃんといた方の女は『遠坂凛』じゃない。後から来た、黒髪の女の子が『遠坂凛』だ」
「ど、どうしてそんなこと分かるのよ!?」
ハルヒの声はほとんど悲鳴に近かった。
逆に淡々とした声でロックは言った。
「俺が持ってる支給品の中に、全員の顔写真付名簿を見られる機械があった。まあ、そういうことさ」
ハルヒの体の震えが大きくなり、トウカはペタリと地面に座り込んだ。
人の名を騙る、怪我人を抱えた集団に襲い掛かり一人を殺傷したような人間が、『いなくなった』と口にしたということ。
このゲームにおいて、それがどういう意味を持つのか、分からないものはいなかった。
「それに、その『凛』を名乗った女は、消毒液臭かったんだって? 大量の消毒液なんてそこらにあるもんじゃない。
それこそ病院でもなければね。何のために匂うほどたくさん、消毒液を使う必要があったんだろうな……。
例えば――」
「と、途中で逃げられた可能性だって……」
ハルヒの声は消え入りそうなほど小さかった。
「その場合、『自分の目の前でいなくなった』といって君達を起こす理由が無いな。
露見を恐れるなら君たちを連れて行く必要はないし、3人とも殺す気なら寝ている所を殺したほうが早い。
次のステップに移ろうとするってことは、完全にやり終えたってことだ」
「おいっ!!」
怒声と共に、キョンがロックの胸倉を掴み上げた。
「何なんだよ得意げに!? 名探偵気取りかよ!?」
八つ当たりだと分かっていても止められなかった。
あの時、映画館に向かってさえいれば、トウカとアルルゥは合流できていたのだ。
キョンの胸を悔恨の刃がえぐっていた。
「……るせぇなぁ……」
それまで抑えた口調でしゃべっていた青年の声に憤怒の色が混じった。
「じゃあ、都合のいい夢みてりゃぁ、状況が変わってくれんのか!? あぁ!?」
抑えていた怒りを一気に吐き出すようにロックは怒鳴った。
年長の者として怒りを抑えなければならないと分かっていても抑えられなかった。
何てザマだ、と思う。
エルルゥをこれ以上悲しませたくないと思っていたのに、彼女が一番悲しむ事態を防ぐために、何も出来なかった。
また、あんな風にエルルゥは泣くのだと思うと、やりきれなかった。
「だって!!」
ハルヒは絶叫した。
信じたくない。絶対に認めたくない。
アルルゥが死ぬなんてこと、あってはいけない。
「アルちゃんは、とってもいい子だわ!! こんな所で、死んでいい子じゃないのよ!!
可愛くて、健気で、優しくて、お姉さん思いで……。まだあんなに……あんなに、ちっちゃいのよ!?」
「聖人だろうが悪人だろうが、大人だろうが子供だろうが……。死ぬときゃ……死ぬんだよ」
自分の目の前で死んでいったあまりにも不幸な人生を送った少年を思い出しながら、ロックは声を絞り出した。
血を吐くようなロックの言葉がハルヒを貫いた。
――ハルヒおねーちゃん
アルルゥの声が耳の奥に蘇った瞬間、何かが決壊した。
地に伏して、ハルヒは号泣する。
アルルゥの笑顔が、困ったような顔が、心配そうな顔が、得意そうな顔が……
出会ってからのことが走馬灯のように、ハルヒの頭を駆け巡る。
いつしかその光景に長門有希の顔も加わっていた。
部室での日常、野球大会、ゲーム大戦、映画撮影、一緒にステージに立った文化祭……。
――失った
自分は取り戻せないものをまた失ってしまった。
声を上げて泣きながら、それをはっきりとハルヒは悟った。
目の前で少女が泣いている。
少し離れた場所で、トウカが何度も何度もその子の名前を呼びながら泣いている。
(クソっ。もうたくさんだ! とっくに腹いっぱいだ! 誰かが泣くのも! 失うのも!
こいつは一体何の冗談だ!?
何で死ぬべきじゃない人間が死んで、ギガゾンビみたいなヤツがまだ生きてるんだ!?)
ギガゾンビへの怒りを募らせる一方で、ロックは無力感に打ちのめされる。
――もう誰も、悲しませたりなんかしない。俺が、絶対に
満月に向かって格好良く誓っておいてこのザマだ。
(俺がヒーローじゃないのは知ってたが、まさかコメディアンだったとはな。しかも最低ランクの)
何も出来なかった。
エルルゥの妹の死という事態に対して、自分はあまりにも無力だった。
――当然だ。
自分がやっていたのは、逃げ回り、隠れていることだけだったのだから。
――自分の力ではそれが精一杯だった
大人になるということは限界を知るということだ。
自分の能力をフルに使った結果がこの事態だとはっきりわかるだけに、余計に腹が立つ。
(……あの子に、エルルゥに……。どうやって、伝えりゃいいんだ……)
ロックはもう一度天を仰いだ。
月はただ光っているだけで、何も答えてはくれなかった。
■
セラスに置き去りにされた後、凛はセラスたちとは違う部屋に入り、ベッドに横たわった。
劉鳳の治療をしに行かなくてはならないと思ったが、足が進まなかった。
「どうしたのぉ? 凛」
「……少し、疲れただけよ」
「ふぅん……。じゃあ、ちょっと出てきていいかしらぁ?」
「何処へ行くの?」
凛の表情が少し険しくなった。
「ちょっとシャワーを浴びてくるだけよぉ……。すぐに戻るわぁ」
「あっそ……。確かにあなた、消毒液臭いわね……。いいわよ、行ってきなさい」
凛の承諾を得ると水銀燈は部屋から出て行き、部屋には凛だけが残された。
『マスター』
「何? レイジングハート」
『先ほど中断された質問ですが、マスターはおそらく使用した際に、所有者の姿形を変えるディバイスはあるのか?
と質問するつもりであったのではと推測いたしました』
凛の目が鋭くなった。
「……あるの?」
『あります。マスターにお話したことがある、『夜天の書』と呼ばれるユニゾン・デバイスがそれです。
『夜天の書』には、姿が設定されていますから、誰が使用しても先ほど我々と戦闘したあの女の姿になります。
あの姿こそ、私が話したリィンフォースの姿そのものです』
「誰でも……?」
『はい。仮にそれが人ならざるものであろうとも、です』
ため息をつき、凛はコメカミに手を当てた。
「何か他にも言いたいことがありそうじゃない」
『いえ、別に。質問は以上でしょうか?』
「ええ。ありがとう」
それきり杖は沈黙し、凛はベッドに横たわって天井を見上げた。
魅音という少女に関しては、今の所保留しておいていいだろうと思う。
本心を隠し、集団の中に巧妙に溶け込むことに長けた人間なら、こういっては何だが、
お人よしのセラスや直情径行型の劉鳳を欺くのはそれほど難しくない。
また魅音という少女と一緒にいた仲間も、一人は明らかに劉鳳と同じ直情径行型、
もう一人は凡庸な少年にしか見えなかった。
彼らでは魅音という少女の正体を見抜くことは無理だろう。
(可能性があるとしたら、あの子だけど……)
頭がそこそこ切れそうで抜け目なさそうな、ハルヒとかいう子ならばあるいは、と思うが、彼女も先入観で相手を見すぎるきらいがある。
正直な所、合流しなくてツイていると凛は思っていた。
不確定要素を抱えた人間とチームを組むなんて、ぞっとする。
(結局の所、問題は一つね……)
水銀燈がレイジングハートの言っていた、『夜天の書』を使って劉鳳達を襲ったと仮定すると、
多くのことに説明がついてしまう。
これが問題。いや、大問題だ。
ゆえに問い詰めるか、持ち物を検査するべきなのはわかっているのだが……。
それでも、凛には後一歩を踏み出すことができなかった。
戻ってきた時に見せた水銀燈の弱弱しい態度が頭をよぎる。
何といっても、水銀燈はゲーム開始以来行動を共にしてきた相方なのだ。
それに、ここまで皆から疑われていると、逆に水銀燈を庇ってやりたい気持ちも起こる。
(どうしよ……本当に……)
だが、仮に水銀燈が劉鳳達を襲ったのと同じようなことをあちこちで行っているのだとしたら、
自分は取り返しのつかないミスを犯していることになる。
(とにかく、水銀燈の行動には常に目を光らせておく必要があるわ)
また、勝手に消えることがあればその時は追いかけ、闘うことも覚悟して徹底的に追求しよう。
凛はそう決めて目を閉じた。
■
「うふふふふ……。上手く行き過ぎて逆に怖いくらいだわぁ」
水銀燈はご満悦だった。
魅音という少女に加え、凛を敵視していたハルヒも加わったことで、あの集団は完全に凛ごとこちらを敵視しているだろう。
(あの女に羽を撃ち落されたのは少し驚いたけど、あの程度なら本気を出せば敵じゃないしぃ……)
夜天の書を使えば、難なくとはいかなくても倒せる相手だ。
それに、ハルヒを使って行おうとしていた集団を仲違いさせる計画は、魅音のお陰で自分の手を下さずとも勝手に進行してくれた。
凛がセラス達の部屋に行かなかったのもその表れだ。
魅音が出てきた時はヒヤリとしたが、凛が魅音を信じることはなかったようだ。
状況は水銀燈の思い通りに進んでいる。
(劉鳳って男、どうしようかしらぁ……。集団戦になったら、こっちにも強い手駒がいた方が都合がいいしぃ……)
凛の目の前で、全力を出すのは最後の最後までとっておきたい。
力を制御した状態でうっかりバッサリ、などという事態は避けたいものだ。
さて、どうしたものか……。
唇を吊り上げながら、水銀燈は考えを巡らせ始めた。
【D-3 病院の病室(劉鳳たちとは別室) 2日目・黎明】
【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]:魔力小消費、疲労、水銀燈と『契約』
[装備]:レイジングハート・エクセリオン(アクセルモード・全弾再装填済)@魔法少女リリカルなのは
バリアジャケットアーチャーフォーム(アーチャーの聖骸布+バリアジャケット)
デバイス予備カートリッジ残り33発
[道具]:支給品一式(食料残り二食。水4割消費、残り1本)、ヤクルト一本
エルルゥのデイパック(支給品一式(食料なし)、惚れ薬@ゼロの使い魔、たずね人ステッキ@ドラえもん
五寸釘(残り30本)&金槌@ひぐらしのなく頃に
市販の医薬品多数(胃腸薬、二日酔い用薬、風邪薬、湿布、傷薬、正露丸、絆創膏etc)、紅茶セット(残り2パック)
[思考]基本:レイジングハートのマスターとして、脱出案を練る。
0:水銀燈を監視する
1:劉鳳とセラスの治療を続行(だが、水銀燈のことがあるので、あまり二人と顔を合わせていたくないとも思っている)
2:ドラえもんから詳しい科学技術についての情報を得る。
3:変な耳の少女(エルルゥ)を捜索。
4:セイバーについては捜索を一時保留する。
5:リインフォースとその持ち主を止める。
6:自分の身が危険なら手加減しない。
[備考]:
※レイジングハート同様、水銀燈に対して強い疑心を持ち始めました。
ただし、水銀燈を信じたいという気持ちもあり、中途半端な状態です。
※緑の髪のポニーテールの女(園崎魅音)の判断は保留。
※夜天の書の持ち主が水銀燈ではないかと疑い始めています
※カレイドルビー&レイジングハートの主催者&首輪講座 済
[推測]:
ギガゾンビは第二魔法絡みの方向には疎い(推測)
膨大な魔力を消費すれば、時空管理局へ向けて何らかの救難信号を送る事が可能(推測)
首輪には盗聴器がある
首輪は盗聴したデータ以外に何らかのデータを計測、送信している
【D-3 病院(シャワー室) 2日目・黎明】
【水銀燈@ローゼンメイデンシリーズ】
[状態]:服の一部損傷、消毒液の臭い、魔力小消費、疲労、凛との『契約』による自動回復
[装備]:真紅のローザミスティカ
[道具]: 支給品一式(食料と水はなし)
ストリキニーネ(粉末状の毒物。苦味が強く、致死量を摂取すると呼吸困難または循環障害を起こし死亡する)
ドールの螺子巻き@ローゼンメイデン、ブレイブシールド@デジモンアドベンチャー、照明弾
ヘンゼルの手斧@BLACK LAGOON、夜天の書(多重プロテクト状態) @魔法少女リリカルなのはA's
くんくんの人形@ローゼンメイデン、ドールの鞄@ローゼンメイデン 、透明マント@ドラえもん
[思考・状況]基本:魔力補給を考慮して、魔力を持たない強者を最優先で殺す。
1:凛が偽名を使っていたことや見解の相違を最大限利用して仲たがいさせる。
2:チャンスがあれば誰かを殺害。しかし出来る限りリスクは負わない。
3:凛との『契約』はできる限り継続、利用。殺すのは出来る限り後に回す。
4:ローザミスティカをできる限り集める。
5:凛の敵を作り、戦わせる。
6:あまりに人が増えるようなら誰か一人殺す。劉鳳に関しては、戦力にするか始末第一候補とするか思案中
7:青い蜘蛛にはまだ手は出さない。
[備考]:
※透明マントは子供一人がすっぽりと収まるサイズ。複数の人間や、大人の男性では全身を覆うことできません。また、かなり破れやすいです。
※透明マントとデイパック内の荷物に関しては誰に対しても秘密。
※レイジングハートをかなり警戒。
※デイパックに収納された夜天の書は、レイジングハートの魔力感知に引っかかることは無い。
※夜天の書装備時は、リインフォース(vsなのは戦モデル)と完全に同一の姿となります。
※夜天の書装備時は、水銀燈の各能力がそれと似たベルカ式魔法に変更されます。
真紅のローザミスティカを装備したことにより使用魔法が増えました。
※リインフォースは水銀燈に助言する気は全くありません。ただし馬鹿にはします。
※水銀燈の『契約』について:省略
※水銀燈ver.リインフォースの『契約』について
魔力収奪量が上昇しており、相手や場合によっては命に関わります。
※水銀燈の吐いた嘘について。
名前は『遠坂凛』。
病院の近くで襲われ、デイバックを失った。残ったのはドールの鞄とくんくん人形だけ。
一日目は、ずっと逃げたり隠れたりしていた。
■
「元気だしなよ。のび太くん……」
劉鳳が出て行き、二人きりになってしまった部屋で、ドラえもんはのび太に言った。
「……ねえ、ドラえもん」
「なんだい? のび太くん」
「僕……。誰を信用したらいいのかな……?」
セラスの仲間達と合流できなかったと聞いて、のび太の心は再び揺れていた。
みんないい人ばかりなら、ケンカになったり分かれてしまったりするはずがない。
でも、セラスは気さくでいい人だし、元気はないが劉鳳もマジメな人に見える。
何より、セラスと劉鳳はジャイアンと仲間だった人たちだ。
信用できるし、信用したいと思う。
凛は言うまでもない。
あんなにギガゾンビに怒ってて、足を治してくれたし、ドラえもんと会うまでずっと一緒だった。
悪い人のはずがない。
ちょっと変なところもあるけど、凛の仲間なのだから水銀燈もいい人、というか人形のはずだ。
よくよく考えてみれば、ハルヒもそうだ。
死んでしまった太一の友達のヤマトが、必死で助けようとした人だ。
いなくなってしまったアルルゥって女の子が、あんなに懐いていた人だ。
悪い人じゃないはずなんだ。
――それなのに
(どうして、ケンカ別れになっちゃうの?)
セラスは、合流する仲間はみんないい人だと言っていた。
それなのに、ケンカになってしまったという。
セラスがあんなに合流したがっていた仲間とケンカするはずがないから、凛が原因なのだろうということくらい、
のび太にも分かる。
(誰かが嘘をついてるんだ……。でも、一体誰が……?)
頭が変になりそうだった。
みんな味方に見えるのに、誰かが裏切っている。
笑顔を作りながら、裏では目を光らせて、隙あらば殺そうと狙っている。
怖気を感じて、のび太は自分の体を抱きしめた。
「……のび太くん。何があっても、ぼくだけはずーっとのび太くんの味方だよ」
隣で響いた暖かい声が、のび太の心を癒してくれた。
隣をみると、ドラえもんの笑顔があった。まん丸な、いつもの優しい笑顔が。
「ドラえもん……。いなくなっちゃ……いやだよ」
ドラえもんは、また笑った。
「だいじょうぶだよ、のび太くん。ぼくは、いつも君の側にいるよ」
「うん……」
幼子のように頷くのび太の頭を、ドラえもんはそっと撫でてやった。
【D-3 病院(劉鳳たちがいた部屋) 2日目・黎明】
【ドラえもん@ドラえもん】
[状態]:中程度のダメージ、頭部に強い衝撃
[装備]:虎竹刀
[道具]:支給品一式、"THE DAY OF SAGITTARIUS III"ゲームCD@涼宮ハルヒの憂鬱
[思考・状況] ジャイアンの死にかなり動揺したものの、のび太がいることもあり外見上は落ち着けている。
1:神経磨耗気味なのび太を見守る
2:アルルゥを探す
3:自分の立てた方針に従い首輪の解除に全力を尽くす
4:凛の魔法の力に興味。
基本:ひみつ道具と仲間を集めてしずかの仇を取る。ギガゾンビを何とかする。
[備考]
※第一回放送の禁止エリアについてのび太から話を聞きました。
※凛とハルヒが戦ってしまったのは勘違いに基づく不幸な事故だと思っています。
偽凛については、アルルゥがどうなっているか分かるまで判断を保留。
【野比のび太@ドラえもん】
[状態]:ギガゾンビ打倒への決意/左足に負傷(行動には支障なし。だが、無理は禁物)
[装備]:強力うちわ「風神」@ドラえもん
[道具]:支給品一式、翠星石の首輪、エンジェルモートの制服@ひぐらしのなく頃に
[思考・状況] 精神が不安定。疑心暗鬼に陥り始めている
1:誰が信用できるのか見極めたい
2:ドラえもん達と行動しつつ、首輪の解除に全力を尽くす。
3:なんとかしてしずかの仇を討ちたい。
[備考]
※凛もひょっとしたら? と思い始めている。ただし、偽凛は敵だと判断している。
ハルヒへの反感は少し緩和。
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