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「ひめられたもの(3)」(2022/06/09 (木) 22:13:19) の最新版変更点
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*ひめられたもの(3) ◆WwHdPG9VGI
病院の裏口から出た所に劉鳳とセラスの二人はいた。
「――というわけなんだけど、どう思う? 劉鳳君」
二集団の衝突の顛末を語り、劉鳳に意見を求めるセラスに、
「どう……。と言われてもな」
空ろな瞳のまま、劉鳳は答えた
「だからっ! 水銀燈の言うことをどう思うかって聞いてるんだけど!?」
「分からない……。俺には、何も……」
――また、間違うに決まっている。失敗するに決まっている
その思いが劉鳳から、彼を彼としていた全てを失わせていた。
今の劉鳳の心からは、信念も、正義への思いも、どこかへ消えてしまっていた。
「っの腑抜け野郎!!」
怒声と共に劉鳳の体は壁まで吹き飛ばされた。
「腑抜けか……。まったくもってその通りだ……。腑抜けで、間抜けで、無力な男だ。俺は……」
自虐的な笑いを浮かべる劉鳳の胸倉をセラスは掴み上げ、万力の如き力で壁に押し付けた。
「この期におよんで、ふざけたこと言うんじゃねーっての」
怒気を圧縮した低い声でセラスは言った。
「リヤカーの上で、武に言ったのは嘘だったの?
武の友達を、闘えない人たちを守ってやるって言葉は嘘だったの?
武が命を張って助けたのは、こんな腑抜け野郎だっていうわけ?」
――武
自分を庇って死んでいった少年の名を聞いて、劉鳳の顔色が変わった。
だが、唇をふるわせながら劉鳳は力なく言った。
「……俺には誰かを守ることなんて、救うことなんて、できはしない……」
「そうじゃねーわよ!!」
セラスの両腕が力を増した。
「できる、できないかじゃなくて、守りたいのか、守りたくないのかどっちだって聞いてんの!!」
怒りの炎を双眸に滾らせ、セラスは怒鳴った。
セラスの言葉が耳の奥に届いた瞬間、劉鳳の中で何かが切れた。
いつも心の奥底にあったものが強烈に叫んだ。
「守りたいに決まっている!! ずっと……。ずっとそう思ってきた!!」
ネイティブアルターの攻撃で壊滅した町。
体がねじくれて死んでいた母。吹き飛ばされた絶影。泣くことしか出来なかった自分。
あまりも突然に、あまりにも理不尽に、奪われた。
あんな奪われ方をしていいものではなかったのに。
「全ての人が理不尽な暴力に曝されることなく、正しく生きられる場所が欲しかった!!」
だから力を求めた、力が欲しかった。
「今も……。そうだ」
「だったら!!」
「だが、俺には……。その場所をつくるだけの力がない。信念を貫く、力がない……」
一度燃え上がった炎が急速に弱まっていく。
そう、結局自分はあの頃のままだったのだ。
瓦礫の上で泣いているしかなかった、あの頃のままで……。
無力感と徒労感が湧き上がり、諦めが再び劉鳳の心を支配していく。
「力ならあるでしょ! 少なくとも、私達は五体満足でしょ!?」
劉鳳の顔に困惑の色が浮かぶ。
真っ直ぐな意思の光を瞳に宿し、セラスは続ける。
「地に立てる足がある! 怒りをぶつける拳がある! それで十分でしょ!?
あの子は、武は、足が折れてた……。それでもあんたを守ったじゃないの!
力があるとかないとかじゃなく、守りたいと思って行動するかどうか……。それだけよ!!」
劉鳳の体が震えた。
「だが……。だがまた……。失敗……したら……」
「そりゃ失敗したら悔しいわよ!! すっげー悔しい……わよ……」
セラスの声に嗚咽が混じり始めた。
「ごめん……。武……ふう……みくるちゃん……」
セラスの体から力が抜けた。
劉鳳の足元に崩れ落ち、吸血姫は顔を覆って涙を流していた。
――ごめん
何故かその言葉が劉鳳の耳に残った。
「すまない……」
劉鳳の唇は無意識にその言葉を紡いでいた。
「すまない……武。俺……守るって……言ったのに……。すまない……」
劉鳳の目から涙がこぼれた。
泣きながら、劉鳳は今まで守れなかった者達に詫び続けた。
■
激情の熱が去り、座り込んだまま並んで壁にもたれかかりながら
「つくづくみっともねーわ……。いい歳こいてさぁ」
セラスはため息をついた。
「仕方ないだろう……。俺達はこの程度の人間だ。体裁を取り繕っても仕方ない」
自嘲するように劉鳳は言った。
「そうだね……」
セラスは苦笑した。
この世界に飛ばされてからどれだけ失敗したことか。
思い出すだけでも馬鹿馬鹿しい。
「っとにどーしようもないわねー」
「この体たらくでは、誰かを守ろうとすることなど、土台無理なのかもしれん」
誰かを守ろうなどと、おこがましいのかもしれない。
また失敗するかもしれない。
失敗した時に襲う、絶望や苦しみを考えると逃げ出したくなる。二度と味わいたくないと思う。
「でも私は……」
「それでも俺は……」
自分の手で守れる人は、絶対に守り抜きたい。
『守りたい』という思いだけはどうしても捨てられない。
――ならばどうする?
二人は同時に立ち上がった。
「……行くぞ、セラス」
「うん、行こう。劉鳳君」
「君はやめろ。呼び捨ててでいい」
「おっけー」
立ち上がり、前に進む。それだけだ。
歩を進めながら、劉鳳が口を開く。
「セラス、あの女は『絆とかいう下らないユメに縋るのはやめたほうがいい』とぬかした」
抑えきれぬ怒気を滲ませ、劉鳳は低い声で言った。
「あれは、すさまじくムカついたわ……」
嘲るような女の声が耳の奥に蘇り、セラスの犬歯が怒りに反応してすっと伸びた。
「俺達だけならばまだいい。だが奴は、俺達につながった者全てを否定した! 侮辱した!
この借りは……。返させてもらう!!」
「ええ。兆倍にして返してやりましょ!!」
――許せない奴がいる。
だから闘う。立って闘う。
「ねえ……。さっきの話だけど……」
「くだらん。クーガーがあれだけ肩入れしていた子と、あの胡散臭い人形。どっちを信じるかなど、考えるまでも無い」
考えるだけ時間の無駄と言いたげな劉鳳の口調に、
「だよねー」
セラスは同意しつつ小さく笑った。やっと元の劉鳳が出てきたな、と思う。
「だが、凛は別だ。彼女はきっと……」
「そうね。多分、水銀燈に騙されてると思う。けど、どうやらゲームの開始ぐらいからずっと一緒らしいし……。
なかなか難しいわね。こっちがやいのやいの言ったら、意固地になりそうだしさぁ」
嘆息しつつ、セラスは頭をかいた。
「とりあえず……。何しよっか?」
「君には悪いが、とりあえず俺は、眠らせてもらう」
「……へっ?」
思わずセラスは間の抜けた声を上げた。
「何をするにしても、今の俺は疲れすぎている。少しでも体調を戻さなくては、あの女のような敵に対抗できん」
体力が回復しないことは、話にならない。
それは劉鳳の実感だった。
「確かに劉鳳には休息が必要かもねー」
「俺が寝ている間、すまないが見張りを頼みたい。俺もそうだが、のび太も、ドラえもんも頼む。武の友達は守りたい、武の分もな」
「……確かに胡散臭いけど、あの人形、大して強くないし……。いきなり仕掛けてくるってことはないんじゃないかなぁ?」
セラスは首を捻った。
「だが、どうにも引っかかる。あの女と人形の仕草やしゃべり方が似ているのは、君も気づいているだろう?」
「劉鳳もそう思ったんだ?」
似ていると感じたのが自分だけではないとすると、話は変わってくる。
セラスは表情を引き締めた。
「当然だ。気づかないほうがどうかしている。それに、俺達の取り越し苦労だとしても寝首をかく方法はいくらでもある」
「そうよね……。気をつけるわ」
セラスは大きく頷いた。
「よし……。征くぞ、セラス」
「あいよっ!!」
扉を開け、二人は病院の中へと歩を進めた。
【D-3 病院(裏口) 2日目・黎明】
【劉鳳@スクライド】
[状態]:全身に大程度のダメージ、かなり疲労
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(-2食)、SOS団腕章『団長』@涼宮ハルヒの憂鬱、真紅似のビスクドール
[思考]
基本:自分の正義を貫く。
仲間、闘う力のない者を守ることを最優先。
悪の断罪は、守るべき者を守るための手段と認識。
0:眠って体力回復に努める
1:のび太とドラえもんを守る(対水銀燈を含む)
2:病院で凛の手当てを受ける。
3:ゲームに乗っていない人達を保護し、ここから解放する。
[備考]
※ジュンを殺害し、E-4で爆発を起こした犯人を朝倉涼子と思っています。
※朝倉涼子については名前(偽名でなく本名)を知りません。
※凛は信用している
※水銀燈は全く信用していない。自分達を襲った犯人もひょっとしたら? と思っている
ジャイアンの死の原因となった戦闘は自分の行為が原因ではないかと思っています。
【セラス・ヴィクトリア@HELLSING】
[状態]:全身打撲、裂傷及び複数の銃創(※50%回復、現在も回復中)、疲労
[装備]:対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル(残弾:6/6発)@HELLSING、アーカードの首輪
13mm炸裂徹鋼弾×36発@HELLSING、スペツナズナイフ×1、ナイフとフォーク×各10本、中華包丁
銃火器の予備弾セット(各40発ずつ、※Ak-47、.454カスール
S&W M19を消費。デバイスカートリッジはなし)
[道具]:支給品一式(×2)(メモ半分消費)、糸無し糸電話@ドラえもん
[思考]
基本:トグサに従って脱出を目指す。守るべき人を守る。
0:劉鳳、のび太、ドラえもんの護衛(対水銀燈と他の優勝狙いの参加者)
1:劉鳳のフォロー。
2:食べて休んで回復する。
3:病院を死守し、トグサ達を待つ。
[備考]
※セラスの吸血について
通常の吸血
その瞬間のみ再生能力が大幅に向上し、少しの間戦闘能力も向上します。
命を自分のものとする吸血
少しの間、再生能力と戦闘能力が向上し、その間のみ吸った相手の力が一部使用できます。
吸った相手の記憶や感情を少しだけ取り込むことができます。
※現在セラスは使役される吸血鬼から、一人前の吸血鬼にランクアップしたので
初期状態に比べると若干能力が底上げされています。
※凛を全面的に信用しています。偽凛は敵だと判断。水銀燈は敵だと判断し、要警戒だと思っている
■
暗い部屋の中でキョンはため息をついた。
目の前にいるのは、昼間に会って別れたロックだけ。
魅音は、北条沙都子という子の顔を見に行き、ハルヒは玄関の所で膝を抱えている。
(あいつのあんな姿を見ることになるなんてな……)
信じられない光景だった。一番見たくない光景だった。
もう一度キョンはため息をついた。
(……トウカさん、大丈夫かな……)
ロックの判断で、アルルゥのことを告げる役目はトウカに決まり、再会の挨拶も自己紹介もそこそこに、
トウカはエルルゥをつれて外に出ている。
(トウカさんも、辛いだろうに……)
あの時。
映画館と電話がつながった時に、映画館へ向かっておけばよかったと悔やんでいるに違いない。
トウカの泣いている姿を思い出すと、心が重くなる。
あれほど傷ついているのに、もっと傷つくであろう人に告げなくてはならない。
顔をしかめ、キョンは下を向いた。
――疲れた
心底疲れた。
このまま横になって何もかも忘れて眠ってしまいたい、そう思う。
ふと顔を上げると、闇の中、ロックが何かを取り出し弄っているのが目に飛び込んできた。
「……なんですか? それ」
「さっき言った、顔写真付参加者名簿さ……。それに、どうもそれだけじゃなさそうなんで調べてるんだが……。どうにも糸口が掴めなくてね」
前向きな行為だと思う。おそらくロックのやっていることの方が正しい。
だが、何故かキョンはロックに猛烈に反発したくなった。
「すごいですね……。こんな時にそういうことができるなんて、尊敬しますよ」
気がつけばそう口にしていた。
そして当然の如く返事は返ってこなかった。
「……すいません。今のは……その……」
「気にしなくていい。子供は大人の余裕を期待してつっかかっても、許されるさ」
気まずい沈黙が満ちた。
ロックが頭をかきむしっている気配があって、
「すまない……。今のは……」
「気にしてませんよ。誰だってこんな状況で大らかに構えてられるわけ、ないじゃないですか。
考えれば考えるほど……。腹立ってきますから」
「……心の底から同意するよ」
ロックの声を聞いて、闇の中でキョンはロックと今の自分は同じような表情をしているだろうと思った。
怒りの表情を。
ギガゾンビに対する、優勝狙いの参加者に対する、そして無力な自分に対する怒りで歪んだ表情をしているに違いない。
(だってそうだろ? 何で、死ぬべきじゃない子が死んで、悲しまなくていいはずの人が悲しまなくちゃならないんだ?
そりゃ元の世界にも理不尽なことぐらいあることは知ってる。 だけど幾らなんでも起こりすぎだろ。
不幸と悲哀のバーゲンセールなんぞ誰も喜ばん。そんなものをやってる所があるんなら、即刻閉店を求めたいね)
そう、即刻、だ。
怒りを燃料にしてキョンは立ち上がり、ロックに近づいた。
「それ……見せてもらっていいですか?」
ロックは黙ってそれを渡してきた。
それを手に取ったキョンの瞳が一気に拡大した。
Ipod。それは、音楽を聴ける、画像を見ることが出来る機械。そして。
PCの外付けHDとして利用できる機械
(これが長門が残した脱出のための『鍵』と関係ないと思うほうが、どうかしてるな……)
ノートPCを起動し、手早くキョンはロックに事態を説明した。
魅音に説明した時にまとめた文書を残しておいたので、非常にスピーディーに物事が進んだ。
しばらく黙っていたロックだったが、
『なるほどな。これは文字通り、『天』から授かった金の鎖ってわけか……。 引っ張ってみない手は無いな。
上った先がどんな世界でも、ここより悪い世界は思いつかないからな』
ロックからipodを受け取り、PCに接続して――
キョンはふと思いつく。
「ロックさん。少しだけでいいんで、時間をくれませんか? 助っ人を呼んできたいんですけど」
「……今は、一人にしてあげた方がいいじゃないのか?」
「さあ……。だけど、その時に比較的余裕のある奴が、余裕の無い仲間を支えてやらなきゃならないって、
さっき改めて学んだんですよ。そりゃ相手が『いらん』というなら別ですけど、俺はまだ『いらん』って言葉を聞いてないですから」
■
玄関のところで膝を抱えてうずくまっているハルヒの姿はとても小さく見えた。
かける言葉を一応乏しい経験からピックアップしようとしてみるが、思いつかない。
黙ってキョンはハルヒの隣に腰を下ろした。
夜の闇より深い沈黙の後、
「……何か用?」
聞いたことも無いような弱弱しい声が響いた。
「聞きたいことがあってな」
「……他の人に聞いた方がいいわ」
これもまた信じがたい言葉であった。
何よりまず自分に相談しろと言って聞かないハルヒの言葉ではない。
打ちひしがれた小さな体を見ていると、キョンの胸にある衝動が湧き上がってくる。
だが、キョンはその衝動をねじ伏せた
(ラブコメをやってる時じゃないないだろう)
そして、そんなものに乗ってくる涼宮ハルヒなど見たくもない。
小さく息を吐き、
「……長門と『射手座の日』、この2つはつながると思うか?」
冴えないというか意味不明な質問だなと、キョンは少し呆れた。
だがしかし。
「……『射手座の日』って、コンピ研と勝負した時に使ったソフトの名前じゃない。
有希……あの時は大活躍だったわよね……。楽しそうだったし」
「……そんな名前だったか? 確か英語だったと……」
あまりの即答に驚愕しつつもキョンは念のために聞いてみる。
ハルヒが顔を上げた。
「何なのよ、あんた……。一体どういうつもりで――」
その声にははっきりと怒りが滲んでいた。
だが、かまわずにキョンは続けた。
「教えてくれんか? すごく大事なことなんだ」
キョンの口調に何かを感じたのか、
「英語で『THE DAY OF SAGITTARIUS III"』だから、和訳すると『射手座の日』になるでしょ!
だから……何でこんなこと聞くのよ? 答えなさい!」
――それだ
名前を聞いて、完全に思い出した。
――間違いない。
何か言おうとして、キョンは何度も大きく息を吐いた。
感情が荒れ狂って言葉にならない。ノートPCを開き、手早く説明を始める。
そして、少し迷ったが、
『これは全部長門がお膳立てしたことだ』
最後にそう打ち込んだ。
「……有希が? でも、どうやってそんなこと?」
驚きの色を瞳に浮き上がらせながら、ハルヒが尋ねてくる。
『俺には分からん。何をどうやったのかさっぱり分からんし、どうして出来たのかもわからん。だが、長門は確かにそう言った』
「じゃあそうなのよ」
間髪を入れずにハルヒは言ってのけた。
「あんたならともかく、有希はそんなハッタリだの嘘だの言う子じゃないもの。
そっか……。有希ったら、こんなにすごいことやってたんだ……。
ああもうっ。知ってたならちゃんと、ドラえもんに……」
ハルヒの瞳に光が蘇ったのをキョンは確かに見た。
「……随分とあっさり信じるんだな。これだけ突拍子もないことを」
「はあ? あんた有希の言うことが信じられないの?」
疑う様子など微塵もみせないハルヒに、思わずキョンは笑みを浮かべた。
「……信じたさ。だからこうやってお前に聞いている」
「じゃあ言わなきゃいいでしょ」
言い捨てて、ハルヒは立ち上がる。
続いて立ち上がりながら、こんな時だというのにやたらと心が高揚するのをキョンは感じた。
(『有希の言うことがしんじられないの』ときたか。らしい台詞だぜ)
まったく嬉しいことを言ってくれるではないか、うちの団長様は!
ロックがいる居間への短い廊下の途中で、急にハルヒが立ち止まった。
「有希は……。苦しんだ?」
その声は、小さく震えていた。
「一瞬のことだったからな……。多分……苦しまなかったと、思う」
「そう……」
すぐにバレるかもしれないし、気づいているかもしれないが、これぐらいの嘘は許されるだろうとキョンは思う。
「アル……ちゃん……は……。苦しんだ……かなぁ?」
本当に苦しげな声だった。
「……分からん」
気の利いた言葉一つ思いつかない自分を嘆きつつ、キョンはそう口にするしかなかった。
「……今のは忘れなさい。馬鹿なこと聞いたわ。あんたに聞いてもしょうがないのにね……」
拳で目元を拭い、ハルヒは歩き出す。
「ほらっ!! さっさと来なさい! やることは山ほどあるんだからね!
ロックさんの機械を使ってアルちゃんの仇を捜して……。有希の……」
そこまで言って、ハルヒは辺りを見回す仕草をした後、
「有希の命は絶対に無駄にしないわ! 有希の遺志はあたしが継ぐ!! 団長であるこのあたしがねっ!!」
見えない誰かに宣戦布告するかのように、堂々と宣言した。
眩いばかりの意志を双眸に宿し、ハルヒはロックの待つ部屋へと足を踏み入れていく。
無論悲しみが消えたわけでも、心の整理がついたわけでもないだろう。
今は、死んでいった長門有希の残したものを無駄にしたくない、という思いが強いだけだ。
大事な人を失うことは、そんな軽いものじゃない。
ふとした瞬間に襲い掛かり、心を噛み砕こうとする魔物だ。だから。
(もし、余裕があったら肩ぐらいかしてやるさ。その時に余裕があるかどうか分からんから断言はしてやれんが、
努力すると誓うくらいで勘弁してくれよな)
心の中でそう呟きながら、キョンはハルヒの後を追った。
そして居間へと続くドアに手をかけ、
(長門……。お前の残してくれたメッセージ、確かに受け取ったぞ!!)
一気に引き開けると中へと体を滑り込ませた。
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|253:[[ひめられたもの(2)]]|遠坂凛|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|水銀燈|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|ドラえもん|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|野比のび太|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|劉鳳|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|セラス・ヴィクトリア|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|ロック|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|キョン|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|園崎魅音|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|涼宮ハルヒ|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|野原しんのすけ|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|北条沙都子|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|トウカ|253:[[ひめられたもの(4)]]|
|253:[[ひめられたもの(2)]]|エルルゥ|253:[[ひめられたもの(4)]]|
*ひめられたもの(3) ◆WwHdPG9VGI
病院の裏口から出た所に劉鳳とセラスの二人はいた。
「――というわけなんだけど、どう思う? 劉鳳君」
二集団の衝突の顛末を語り、劉鳳に意見を求めるセラスに、
「どう……。と言われてもな」
空ろな瞳のまま、劉鳳は答えた
「だからっ! 水銀燈の言うことをどう思うかって聞いてるんだけど!?」
「分からない……。俺には、何も……」
――また、間違うに決まっている。失敗するに決まっている
その思いが劉鳳から、彼を彼としていた全てを失わせていた。
今の劉鳳の心からは、信念も、正義への思いも、どこかへ消えてしまっていた。
「っの腑抜け野郎!!」
怒声と共に劉鳳の体は壁まで吹き飛ばされた。
「腑抜けか……。まったくもってその通りだ……。腑抜けで、間抜けで、無力な男だ。俺は……」
自虐的な笑いを浮かべる劉鳳の胸倉をセラスは掴み上げ、万力の如き力で壁に押し付けた。
「この期におよんで、ふざけたこと言うんじゃねーっての」
怒気を圧縮した低い声でセラスは言った。
「リヤカーの上で、武に言ったのは嘘だったの?
武の友達を、闘えない人たちを守ってやるって言葉は嘘だったの?
武が命を張って助けたのは、こんな腑抜け野郎だっていうわけ?」
――武
自分を庇って死んでいった少年の名を聞いて、劉鳳の顔色が変わった。
だが、唇をふるわせながら劉鳳は力なく言った。
「……俺には誰かを守ることなんて、救うことなんて、できはしない……」
「そうじゃねーわよ!!」
セラスの両腕が力を増した。
「できる、できないかじゃなくて、守りたいのか、守りたくないのかどっちだって聞いてんの!!」
怒りの炎を双眸に滾らせ、セラスは怒鳴った。
セラスの言葉が耳の奥に届いた瞬間、劉鳳の中で何かが切れた。
いつも心の奥底にあったものが強烈に叫んだ。
「守りたいに決まっている!! ずっと……。ずっとそう思ってきた!!」
ネイティブアルターの攻撃で壊滅した町。
体がねじくれて死んでいた母。吹き飛ばされた絶影。泣くことしか出来なかった自分。
あまりも突然に、あまりにも理不尽に、奪われた。
あんな奪われ方をしていいものではなかったのに。
「全ての人が理不尽な暴力に曝されることなく、正しく生きられる場所が欲しかった!!」
だから力を求めた、力が欲しかった。
「今も……。そうだ」
「だったら!!」
「だが、俺には……。その場所をつくるだけの力がない。信念を貫く、力がない……」
一度燃え上がった炎が急速に弱まっていく。
そう、結局自分はあの頃のままだったのだ。
瓦礫の上で泣いているしかなかった、あの頃のままで……。
無力感と徒労感が湧き上がり、諦めが再び劉鳳の心を支配していく。
「力ならあるでしょ! 少なくとも、私達は五体満足でしょ!?」
劉鳳の顔に困惑の色が浮かぶ。
真っ直ぐな意思の光を瞳に宿し、セラスは続ける。
「地に立てる足がある! 怒りをぶつける拳がある! それで十分でしょ!?
あの子は、武は、足が折れてた……。それでもあんたを守ったじゃないの!
力があるとかないとかじゃなく、守りたいと思って行動するかどうか……。それだけよ!!」
劉鳳の体が震えた。
「だが……。だがまた……。失敗……したら……」
「そりゃ失敗したら悔しいわよ!! すっげー悔しい……わよ……」
セラスの声に嗚咽が混じり始めた。
「ごめん……。武……ふう……みくるちゃん……」
セラスの体から力が抜けた。
劉鳳の足元に崩れ落ち、吸血姫は顔を覆って涙を流していた。
――ごめん
何故かその言葉が劉鳳の耳に残った。
「すまない……」
劉鳳の唇は無意識にその言葉を紡いでいた。
「すまない……武。俺……守るって……言ったのに……。すまない……」
劉鳳の目から涙がこぼれた。
泣きながら、劉鳳は今まで守れなかった者達に詫び続けた。
■
激情の熱が去り、座り込んだまま並んで壁にもたれかかりながら
「つくづくみっともねーわ……。いい歳こいてさぁ」
セラスはため息をついた。
「仕方ないだろう……。俺達はこの程度の人間だ。体裁を取り繕っても仕方ない」
自嘲するように劉鳳は言った。
「そうだね……」
セラスは苦笑した。
この世界に飛ばされてからどれだけ失敗したことか。
思い出すだけでも馬鹿馬鹿しい。
「っとにどーしようもないわねー」
「この体たらくでは、誰かを守ろうとすることなど、土台無理なのかもしれん」
誰かを守ろうなどと、おこがましいのかもしれない。
また失敗するかもしれない。
失敗した時に襲う、絶望や苦しみを考えると逃げ出したくなる。二度と味わいたくないと思う。
「でも私は……」
「それでも俺は……」
自分の手で守れる人は、絶対に守り抜きたい。
『守りたい』という思いだけはどうしても捨てられない。
――ならばどうする?
二人は同時に立ち上がった。
「……行くぞ、セラス」
「うん、行こう。劉鳳君」
「君はやめろ。呼び捨ててでいい」
「おっけー」
立ち上がり、前に進む。それだけだ。
歩を進めながら、劉鳳が口を開く。
「セラス、あの女は『絆とかいう下らないユメに縋るのはやめたほうがいい』とぬかした」
抑えきれぬ怒気を滲ませ、劉鳳は低い声で言った。
「あれは、すさまじくムカついたわ……」
嘲るような女の声が耳の奥に蘇り、セラスの犬歯が怒りに反応してすっと伸びた。
「俺達だけならばまだいい。だが奴は、俺達につながった者全てを否定した! 侮辱した!
この借りは……。返させてもらう!!」
「ええ。兆倍にして返してやりましょ!!」
――許せない奴がいる。
だから闘う。立って闘う。
「ねえ……。さっきの話だけど……」
「くだらん。クーガーがあれだけ肩入れしていた子と、あの胡散臭い人形。どっちを信じるかなど、考えるまでも無い」
考えるだけ時間の無駄と言いたげな劉鳳の口調に、
「だよねー」
セラスは同意しつつ小さく笑った。やっと元の劉鳳が出てきたな、と思う。
「だが、凛は別だ。彼女はきっと……」
「そうね。多分、水銀燈に騙されてると思う。けど、どうやらゲームの開始ぐらいからずっと一緒らしいし……。
なかなか難しいわね。こっちがやいのやいの言ったら、意固地になりそうだしさぁ」
嘆息しつつ、セラスは頭をかいた。
「とりあえず……。何しよっか?」
「君には悪いが、とりあえず俺は、眠らせてもらう」
「……へっ?」
思わずセラスは間の抜けた声を上げた。
「何をするにしても、今の俺は疲れすぎている。少しでも体調を戻さなくては、あの女のような敵に対抗できん」
体力が回復しないことは、話にならない。
それは劉鳳の実感だった。
「確かに劉鳳には休息が必要かもねー」
「俺が寝ている間、すまないが見張りを頼みたい。俺もそうだが、のび太も、ドラえもんも頼む。武の友達は守りたい、武の分もな」
「……確かに胡散臭いけど、あの人形、大して強くないし……。いきなり仕掛けてくるってことはないんじゃないかなぁ?」
セラスは首を捻った。
「だが、どうにも引っかかる。あの女と人形の仕草やしゃべり方が似ているのは、君も気づいているだろう?」
「劉鳳もそう思ったんだ?」
似ていると感じたのが自分だけではないとすると、話は変わってくる。
セラスは表情を引き締めた。
「当然だ。気づかないほうがどうかしている。それに、俺達の取り越し苦労だとしても寝首をかく方法はいくらでもある」
「そうよね……。気をつけるわ」
セラスは大きく頷いた。
「よし……。征くぞ、セラス」
「あいよっ!!」
扉を開け、二人は病院の中へと歩を進めた。
【D-3 病院(裏口) 2日目・黎明】
【劉鳳@スクライド】
[状態]:全身に大程度のダメージ、かなり疲労
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(-2食)、SOS団腕章『団長』@涼宮ハルヒの憂鬱、真紅似のビスクドール
[思考]
基本:自分の正義を貫く。
仲間、闘う力のない者を守ることを最優先。
悪の断罪は、守るべき者を守るための手段と認識。
0:眠って体力回復に努める
1:のび太とドラえもんを守る(対水銀燈を含む)
2:病院で凛の手当てを受ける。
3:ゲームに乗っていない人達を保護し、ここから解放する。
[備考]
※ジュンを殺害し、E-4で爆発を起こした犯人を朝倉涼子と思っています。
※朝倉涼子については名前(偽名でなく本名)を知りません。
※凛は信用している
※水銀燈は全く信用していない。自分達を襲った犯人もひょっとしたら? と思っている
ジャイアンの死の原因となった戦闘は自分の行為が原因ではないかと思っています。
【セラス・ヴィクトリア@HELLSING】
[状態]:全身打撲、裂傷及び複数の銃創(※50%回復、現在も回復中)、疲労
[装備]:対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル(残弾:6/6発)@HELLSING、アーカードの首輪
13mm炸裂徹鋼弾×36発@HELLSING、スペツナズナイフ×1、ナイフとフォーク×各10本、中華包丁
銃火器の予備弾セット(各40発ずつ、※Ak-47、.454カスール
S&W M19を消費。デバイスカートリッジはなし)
[道具]:支給品一式(×2)(メモ半分消費)、糸無し糸電話@ドラえもん
[思考]
基本:トグサに従って脱出を目指す。守るべき人を守る。
0:劉鳳、のび太、ドラえもんの護衛(対水銀燈と他の優勝狙いの参加者)
1:劉鳳のフォロー。
2:食べて休んで回復する。
3:病院を死守し、トグサ達を待つ。
[備考]
※セラスの吸血について
通常の吸血
その瞬間のみ再生能力が大幅に向上し、少しの間戦闘能力も向上します。
命を自分のものとする吸血
少しの間、再生能力と戦闘能力が向上し、その間のみ吸った相手の力が一部使用できます。
吸った相手の記憶や感情を少しだけ取り込むことができます。
※現在セラスは使役される吸血鬼から、一人前の吸血鬼にランクアップしたので
初期状態に比べると若干能力が底上げされています。
※凛を全面的に信用しています。偽凛は敵だと判断。水銀燈は敵だと判断し、要警戒だと思っている
■
暗い部屋の中でキョンはため息をついた。
目の前にいるのは、昼間に会って別れたロックだけ。
魅音は、北条沙都子という子の顔を見に行き、ハルヒは玄関の所で膝を抱えている。
(あいつのあんな姿を見ることになるなんてな……)
信じられない光景だった。一番見たくない光景だった。
もう一度キョンはため息をついた。
(……トウカさん、大丈夫かな……)
ロックの判断で、アルルゥのことを告げる役目はトウカに決まり、再会の挨拶も自己紹介もそこそこに、
トウカはエルルゥをつれて外に出ている。
(トウカさんも、辛いだろうに……)
あの時。
映画館と電話がつながった時に、映画館へ向かっておけばよかったと悔やんでいるに違いない。
トウカの泣いている姿を思い出すと、心が重くなる。
あれほど傷ついているのに、もっと傷つくであろう人に告げなくてはならない。
顔をしかめ、キョンは下を向いた。
――疲れた
心底疲れた。
このまま横になって何もかも忘れて眠ってしまいたい、そう思う。
ふと顔を上げると、闇の中、ロックが何かを取り出し弄っているのが目に飛び込んできた。
「……なんですか? それ」
「さっき言った、顔写真付参加者名簿さ……。それに、どうもそれだけじゃなさそうなんで調べてるんだが……。どうにも糸口が掴めなくてね」
前向きな行為だと思う。おそらくロックのやっていることの方が正しい。
だが、何故かキョンはロックに猛烈に反発したくなった。
「すごいですね……。こんな時にそういうことができるなんて、尊敬しますよ」
気がつけばそう口にしていた。
そして当然の如く返事は返ってこなかった。
「……すいません。今のは……その……」
「気にしなくていい。子供は大人の余裕を期待してつっかかっても、許されるさ」
気まずい沈黙が満ちた。
ロックが頭をかきむしっている気配があって、
「すまない……。今のは……」
「気にしてませんよ。誰だってこんな状況で大らかに構えてられるわけ、ないじゃないですか。
考えれば考えるほど……。腹立ってきますから」
「……心の底から同意するよ」
ロックの声を聞いて、闇の中でキョンはロックと今の自分は同じような表情をしているだろうと思った。
怒りの表情を。
ギガゾンビに対する、優勝狙いの参加者に対する、そして無力な自分に対する怒りで歪んだ表情をしているに違いない。
(だってそうだろ? 何で、死ぬべきじゃない子が死んで、悲しまなくていいはずの人が悲しまなくちゃならないんだ?
そりゃ元の世界にも理不尽なことぐらいあることは知ってる。 だけど幾らなんでも起こりすぎだろ。
不幸と悲哀のバーゲンセールなんぞ誰も喜ばん。そんなものをやってる所があるんなら、即刻閉店を求めたいね)
そう、即刻、だ。
怒りを燃料にしてキョンは立ち上がり、ロックに近づいた。
「それ……見せてもらっていいですか?」
ロックは黙ってそれを渡してきた。
それを手に取ったキョンの瞳が一気に拡大した。
Ipod。それは、音楽を聴ける、画像を見ることが出来る機械。そして。
PCの外付けHDとして利用できる機械
(これが長門が残した脱出のための『鍵』と関係ないと思うほうが、どうかしてるな……)
ノートPCを起動し、手早くキョンはロックに事態を説明した。
魅音に説明した時にまとめた文書を残しておいたので、非常にスピーディーに物事が進んだ。
しばらく黙っていたロックだったが、
『なるほどな。これは文字通り、『天』から授かった金の鎖ってわけか……。 引っ張ってみない手は無いな。
上った先がどんな世界でも、ここより悪い世界は思いつかないからな』
ロックからipodを受け取り、PCに接続して――
キョンはふと思いつく。
「ロックさん。少しだけでいいんで、時間をくれませんか? 助っ人を呼んできたいんですけど」
「……今は、一人にしてあげた方がいいじゃないのか?」
「さあ……。だけど、その時に比較的余裕のある奴が、余裕の無い仲間を支えてやらなきゃならないって、
さっき改めて学んだんですよ。そりゃ相手が『いらん』というなら別ですけど、俺はまだ『いらん』って言葉を聞いてないですから」
■
玄関のところで膝を抱えてうずくまっているハルヒの姿はとても小さく見えた。
かける言葉を一応乏しい経験からピックアップしようとしてみるが、思いつかない。
黙ってキョンはハルヒの隣に腰を下ろした。
夜の闇より深い沈黙の後、
「……何か用?」
聞いたことも無いような弱弱しい声が響いた。
「聞きたいことがあってな」
「……他の人に聞いた方がいいわ」
これもまた信じがたい言葉であった。
何よりまず自分に相談しろと言って聞かないハルヒの言葉ではない。
打ちひしがれた小さな体を見ていると、キョンの胸にある衝動が湧き上がってくる。
だが、キョンはその衝動をねじ伏せた
(ラブコメをやってる時じゃないないだろう)
そして、そんなものに乗ってくる涼宮ハルヒなど見たくもない。
小さく息を吐き、
「……長門と『射手座の日』、この2つはつながると思うか?」
冴えないというか意味不明な質問だなと、キョンは少し呆れた。
だがしかし。
「……『射手座の日』って、コンピ研と勝負した時に使ったソフトの名前じゃない。
有希……あの時は大活躍だったわよね……。楽しそうだったし」
「……そんな名前だったか? 確か英語だったと……」
あまりの即答に驚愕しつつもキョンは念のために聞いてみる。
ハルヒが顔を上げた。
「何なのよ、あんた……。一体どういうつもりで――」
その声にははっきりと怒りが滲んでいた。
だが、かまわずにキョンは続けた。
「教えてくれんか? すごく大事なことなんだ」
キョンの口調に何かを感じたのか、
「英語で『THE DAY OF SAGITTARIUS III"』だから、和訳すると『射手座の日』になるでしょ!
だから……何でこんなこと聞くのよ? 答えなさい!」
――それだ
名前を聞いて、完全に思い出した。
――間違いない。
何か言おうとして、キョンは何度も大きく息を吐いた。
感情が荒れ狂って言葉にならない。ノートPCを開き、手早く説明を始める。
そして、少し迷ったが、
『これは全部長門がお膳立てしたことだ』
最後にそう打ち込んだ。
「……有希が? でも、どうやってそんなこと?」
驚きの色を瞳に浮き上がらせながら、ハルヒが尋ねてくる。
『俺には分からん。何をどうやったのかさっぱり分からんし、どうして出来たのかもわからん。だが、長門は確かにそう言った』
「じゃあそうなのよ」
間髪を入れずにハルヒは言ってのけた。
「あんたならともかく、有希はそんなハッタリだの嘘だの言う子じゃないもの。
そっか……。有希ったら、こんなにすごいことやってたんだ……。
ああもうっ。知ってたならちゃんと、ドラえもんに……」
ハルヒの瞳に光が蘇ったのをキョンは確かに見た。
「……随分とあっさり信じるんだな。これだけ突拍子もないことを」
「はあ? あんた有希の言うことが信じられないの?」
疑う様子など微塵もみせないハルヒに、思わずキョンは笑みを浮かべた。
「……信じたさ。だからこうやってお前に聞いている」
「じゃあ言わなきゃいいでしょ」
言い捨てて、ハルヒは立ち上がる。
続いて立ち上がりながら、こんな時だというのにやたらと心が高揚するのをキョンは感じた。
(『有希の言うことがしんじられないの』ときたか。らしい台詞だぜ)
まったく嬉しいことを言ってくれるではないか、うちの団長様は!
ロックがいる居間への短い廊下の途中で、急にハルヒが立ち止まった。
「有希は……。苦しんだ?」
その声は、小さく震えていた。
「一瞬のことだったからな……。多分……苦しまなかったと、思う」
「そう……」
すぐにバレるかもしれないし、気づいているかもしれないが、これぐらいの嘘は許されるだろうとキョンは思う。
「アル……ちゃん……は……。苦しんだ……かなぁ?」
本当に苦しげな声だった。
「……分からん」
気の利いた言葉一つ思いつかない自分を嘆きつつ、キョンはそう口にするしかなかった。
「……今のは忘れなさい。馬鹿なこと聞いたわ。あんたに聞いてもしょうがないのにね……」
拳で目元を拭い、ハルヒは歩き出す。
「ほらっ!! さっさと来なさい! やることは山ほどあるんだからね!
ロックさんの機械を使ってアルちゃんの仇を捜して……。有希の……」
そこまで言って、ハルヒは辺りを見回す仕草をした後、
「有希の命は絶対に無駄にしないわ! 有希の遺志はあたしが継ぐ!! 団長であるこのあたしがねっ!!」
見えない誰かに宣戦布告するかのように、堂々と宣言した。
眩いばかりの意志を双眸に宿し、ハルヒはロックの待つ部屋へと足を踏み入れていく。
無論悲しみが消えたわけでも、心の整理がついたわけでもないだろう。
今は、死んでいった長門有希の残したものを無駄にしたくない、という思いが強いだけだ。
大事な人を失うことは、そんな軽いものじゃない。
ふとした瞬間に襲い掛かり、心を噛み砕こうとする魔物だ。だから。
(もし、余裕があったら肩ぐらいかしてやるさ。その時に余裕があるかどうか分からんから断言はしてやれんが、
努力すると誓うくらいで勘弁してくれよな)
心の中でそう呟きながら、キョンはハルヒの後を追った。
そして居間へと続くドアに手をかけ、
(長門……。お前の残してくれたメッセージ、確かに受け取ったぞ!!)
一気に引き開けると中へと体を滑り込ませた。
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