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「Macabre in muddled rabbithutch(前編)」(2022/01/13 (木) 22:15:46) の最新版変更点
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*Macabre in muddled rabbithutch(前編) ◆S8pgx99zVs
舞台の北東に大きく広がる緑を湛えたなだらかな山。その西の麓、裾野に広がる市街との狭間。
そこに並んだ平屋の一角に全ての戸を閉じ窓を幕で覆った、目立たない中でもさらに隠れようと
している静かな一軒の民家があった。
その、あまり立派だとは言えない一軒の民家の中には八人の男女が潜んでいる。
電灯も点けず、外からの月明かりさえも取り入れていない家の中は真に暗かったが、いくつかの
人が集まる場所は、布を被せたランタンの最低限の光で淡く照らされていた。
その内の一箇所、この家の中で最も広い部屋である居間に幾人かの人間が集まっている。
涼宮ハルヒ、ロック、園崎魅音……、そして外から戻ってきたトウカとエルルゥ。
彼女達に見守られながらキョンはノートPCが検索を終えるのをじっと待っていた。
「やっぱり、ないか……」
射手座の日――THE DAY OF SAGITTARIUS III。
正式名が解ったことでもう一度ノートPCの中を洗ってみたが、結果は芳しくなかった。
長門有希が残していった脱出のヒント――射手座の日を越えていけ。
これをクリアするにはまだ材料が集まっていないらしい……。
『”射手座の日”や”THE DAY OF SAGITTARIUS Ⅲ”という名前に心当たりは?』
キョンはキーボードを叩きそれを打ち込むと、ノートPCを彼を見守る周囲の人間の方へと向けた。
出会ったばかりのロックもエルルゥも首を振って知らないことを示したが、同じSOS団出身で
団長でもあるハルヒは手を上げて知っていると答えた。
「それって、あの時のゲームでしょう? だったら病院に残ってるドラえもんってのが
それらしいディスクを持っているって言ってたわ。多分、それじゃないかしら」
ハルヒの言葉にキョンは考える。ゲームディスクなんて物がそもそも支給品としては似つかわしく
ないものなのだ。だとするなら、やはりそれは長門が用意した物だと考える方が自然だろう。
「それが解るとどうなるんだい?」
尋ねたのはロックだった。確かにそれは気になるだろう。だが、
「……いえ。具体的には俺もどうなるかわかりません」
キーボードを叩きディスプレイの方へと言葉を続ける。
『だけど、これを残した長門はここからの脱出に必要なものだと』
それを見てロックは静かに頷いた。
「OK。他に縋る手もないからな。それを追う方向で行こうか」
薄暗闇の中で他の一同もそれに同意する。
さてと、キョンはさらにノートPCを操作する。
やらなければならないことはたくさんある。状況が落ち着いているうちに済ませなければならない。
操作を進めロックが持っていたi-podから、その中のデータをノートPCへと転送する。
参加者全員の名前付き画像、意図が不明な音声データ――これはロックによるとほとんどが日本の
アニメソングらしきものだったらしい。……そしてi-podでは再生できなかった謎のデータ。
本命である謎のデータ。そのアイコンの上にカーソルを置いたところでキョンは動きを止めた。
(まさか、ギガゾンビの用意したウィルスってことはないだろうな……?)
長門有希はいくつかの情報をここに残したらしい……、だが逆に考えればほとんどはギガゾンビが
用意したものだ。万が一だが、これが罠という可能性もある……。
(いや、長門を信用しよう)
この場合の信用とは、例えこのデータが罠であろうと長門が用意したPCならセキュリティは完璧
だろうという意味だ。
キョンは意を決してキーを叩いた……そして、
『ERROR!! このファイルは再生することができません』
メッセージと共に鳴り響いたエラー音に肝を冷やす。
だが、幸いにもPCに害を与えるものではなかったようだ。
「どうしたのキョン?」
エラー音に、ハルヒとロックがPCのディスプレイを覗き込む。
「いや、ロックさんのi-podに入ってたデータなんだが、このPCでも開けないようなんだ」
「じゃあ、なんでなら開けるって言うのよ?」
ハルヒはキョンに詰め寄るが……、
「……俺に言われてもな」
開けもしないとなったらもうお手上げ……と、あることに気付いてキョンは操作を再開した。
『製作者(U):長門有希 コメント(M):9課へ』
謎のデータはやはり長門有希の残したものであった。
データのプロパティには彼女の署名、そしてこのデータの宛先が書かれていた。
「9課って……、トグサさんのこと?」
「ああ、多分そうだよな……って、ハルヒ。お前、トグサさんとは再会してないのか?」
「何言ってるのよ。あんたこそ有希と会ったんならトグサさんとも会ってるでしょう?」
「いや、トグサさんはお前達を迎えに映画館に……って」
「「……あ」」
「映画館に電話してくる!」
言うが早いかキョンは居間を飛び出し電話機へと走った。
「で、どうだった?」
再び戻ってきたキョンはハルヒの言葉に力なく首を振る。
「トグサさんはいなかったみたいだ」
映画館で受話器を取るものはおらず、返ってきたのは以前に残されていたメッセージのみであった。
トグサは一体どこに行ったのか?
「トグサさん、私達を探しているのかも?」
「かも知れないな……、けどそれでも一度は病院には戻ってきそうなものだが」
ハルヒも、そしてキョンもトグサと別れてかなりの時間が経過している。この状況、自然と想像は
悪い方向へと進むが……、
「……もしかして、ヤマトを誘拐したヤツを追っているのかも?」
唐突なハルヒの言葉にキョンは眉をひそめる。
「なんで、そうなるんだ?」
「ヤマトをさらったヤツは私達が使ってたトラックに乗って逃げたのよ。
だから、もしトグサさんがそれを見たとしたらそのまま追いかけたかも知れない。
放送が始まる直前だったし、時間も合うわ」
成る程と、キョンは頷いた。確かにありえる話だと。
「それだと、どうしようもないな。トグサさんもヤマト君も無事を祈るしか……」
「……悔しいけどそうね。カズマってヤツも追っているらしいし、大丈夫だとは思うけど」
すぐにでも外に出て探しに行きたいというのが二人の本音ではあったが、逆にそうすれば余計に
事態はこじれるということも二人は解っていた。
そんな風に自分を納得させている二人に、先程から置いてけぼりにされているロックが声をかける。
「なんだか色々とあったみたいだけど、その情報を交換し合わないか?
どうやら生き残っている人間のほとんどとなんらかの接触があったみたいだし、それを共有できれば
もう無駄な争いもしなくてすみそうだ」
ロックの後ろには、さらに魅音、トウカ、エルルゥと今の話に加われなかった三人がいる。
「すいません。俺達二人だけで」
じゃあ、と言うとキョンは再びノートPCのキーボードを叩いた。
ディスプレイに新しく三つのウィンドゥが開かれる。
ひとつは、参加者の名前付き画像。
ひとつは、ギガゾンビのホームページにある詳細地図と死亡者リスト。
そして最後のひとつは、ツチダマ掲示板。
「みんなの証言と、これらを合わせて検証すれば位置や時間なんかも正確になると思います」
それらを集まった人間に簡単に説明するとキョンはノートPCを全員が見やすい場所に動かした。
「じゃあ、始めましょうか」
こうして、長い夜を使った昨日の検証が始まった。
最初に説明を始めたのはハルヒだった。地図と参加者の画像を指しながら行動を振り返る。
「私は最初、山の中……多分ここら辺りだわ、から始まって、すぐにルパンとアルちゃんと出会えたの。
で、図書館の方へ行こうとゆうことになったのね。途中、ここの橋で……そう、このシグナムって
ヤツに襲われて、アルちゃんと助けを求めに戻ったところで有希とヤマトに出会ったの。
それですぐにヤマトが運転してたトラックでルパンの元に戻ろうとしたんだけど……、
車が事故?かなんかにあって横転したのよ。それからしばらくは気を失っていたわ。
次に気づいたのが病院の中で、そこであの凛と水銀燈、そして……そう、このセイバーってヤツに
襲われたの。なんとか逃げ出せたんだけどぶりぶりざえもんとははぐれちゃって……、でもあいつ
生きてたのよね?」
「ああ。今は次元さんと一緒にいるはずだ」
キョンの言葉に頷くと、ハルヒは説明を続けた。
「……で、途中私達はその次元さんに出会って――彼はこの後キョン達と会うのよね?
その後すぐに映画館に着いたわ。そこでキョンと電話で会話して、映画を見た後しばらく休もうって
ことになったんだけど、気付いたら有希とトグサさんが出て行ってて……。
私達も出て行ったんだけど、病院でこの……峰不二子。こいつに間違いないわ。こいつに眠らされ
ちゃって気がついたら…………、ヤマトとアルちゃんが…………」
進むにしたがってハルヒの言葉から力が失われていっていた。SOS団の団長を名乗っていても
この場では何もできなかったどころか常に皆の足を引っ張っている。それどころか、自分の責任で
アルルゥやヤマトを……。
「……ハルヒ」
「……大丈夫。続けるわ。それで私達はアルちゃんを探しに出たんだけど……、変ね? あの
遠坂凛の名を騙ったヤツが参加者の中にいないわ」
ハルヒはノートPCを操作して80人全員を確認するが、あの偽凛の姿はその中にはなかった。
「変装してたんじゃないのか? でなければ、80人以外にも人がいるってことになってしまう」
そう言葉を発したのはロックだ。確かに……とハルヒも思った。峰不二子もあの後変装していたと
聞いている。そして自分の持っている着せ替えカメラ。変装できる者が何人かいても不自然ではない。
「そうね。その問題は置いておくとするわ。
……で、そこにいたその偽凛とのび太君とドラえもんとでアルちゃんを探そうってことになったんだけど、
偽凛が一人で勝手に先に行って、近くまで来ていた連中と戦い始めたのよ。この、劉鳳とセラスだわ。
そしてそこに本物の遠坂凛も現れて、結局偽凛はどこかへいなくなっちゃったってわけ」
「その時に武が……」
言葉を挟んだのは魅音だ。
「ええ。偽凛が殺したって、そう聞いている。……ごめんなさい。これも私のせいだわ。
なんであいつの勝手を許したんだろう? それにあいつは味方だってのび太君に……」
ハルヒはさらに後悔を重ねた。今考えればどう考えてもあの偽凛は敵だ。なのにあの時はアルルゥが
いなくなった焦りからあいつを頼ってしまった。さらにその後、本物の凛を見て反射的に偽凛を自分の
味方側だと考えてしまった。
敵の敵は味方――しかし冷静に考えればそんなはずはない。これはバトルロイヤルなのだから。
「謝らないでよハルヒさん。ハルヒさんは悪くないよ。だから謝らないで……」
――謝られると責めてしまうから。そんな暗い感情を魅音は押し殺す。
強くなくてはならないと、そうクーガーに誓ったのだから。
この圧迫される状況に、感情を荒ぶらせ諍いを始めればそれこそギガゾンビの思う壺だと。
「ありがとう魅音。
で、その後はさっきあった通りよ。あの怪しい二人からあなた達を連れて逃げた。
私からは以上」
次は誰? というハルヒの言葉を受けて語り出したのは同じSOS団出身のキョンだった。
「俺は……というか、俺とトウカさんはすぐに出会えたんで合わせて話すよ。いいですかトウカさん?」
顔を見やり尋ねるキョンにトウカはコクリと頷く。
「では。まずは、俺達はこの橋の向こう側からスタートしたんだ。
それで河の向こうに火の手が上がっているのが見えたからそこに向かおうとして橋を渡った。
そこで、病院でハルヒ達を襲ったというセイバーという女性と出会ったんだ。
その時、彼女はかなりの重症を負っているように見えたんだが……」
「私達を襲った時はそんな風に見えなかったわ」
早くも食い違いが出た。だが、キョンはつい最近に見ている間に傷を回復してしまう化物を見ている。
まるっきりファンタジーの世界の住人だ。もう今更魔法や回復アイテムなんてものが出てきても
驚きはしない。そして彼の見たセイバーの出で立ちはまさにファンタジーのそれだった。
「まぁ、それで俺達は病院へと着いたわけだが、これはハルヒ達よりかは前だったみたいだな。
そこでロックさんと君島さん、そしてしんのすけ君と出会った」
確認するように顔を向けたキョンを見て、ロックが肯定する。
「ああ。俺達はそこで出会った。
その後すぐに別れたわけだが、君島は……件のセイバーに殺されたよ。
そして、しんのすけも一度セイバーに襲われたことがあったらしい。」
ロックの言葉にトウカが身体を振るわせる。
「申し訳ない。やはり某があの時に切り伏せていれば……」
「いや謝るのはなしだトウカさん。悪いというならこのセイバー……、 どうやら彼女は最初から
かなり殺る気だったらしいな。
こんな風に情報を合わせることで解ることもある。キョン君続けてくれ」
ロックに促されキョンは説明を再開する。
「じゃあ、続けます。
俺達はあの後南下して、商店街でロックさんが残していったころばし屋を回収しました。
それから、放送で聞いた身動きの取れない人ってのを探してこのE-4エリアに入ったんだが
そこで劉鳳さんとカズマって人との戦いに巻き込まれかけて、……その後気絶しちゃったんですけど、
そこはトウカさんにお願いできますか?」
トウカは頷き、受け継いで続きを語る。
「あの時、急に起こった大爆発に某とキョン殿は吹き飛ばされ、キョン殿は打ち所悪く気絶されたのです。
某はキョン殿の身を隠すべく手近な建物へと入りました。キョン殿が気絶されていたのはそれから
四時間程になりますが、その間は別段変わった事はなかったように思います」
そこまでを一言で言うと、トウカは再びキョンへと返した。
「起きた俺はそこでこのノートPCを見つけました。
多分、そこで亡くなられていた侍……この井尻又兵衛由俊さんの物だったんだと思います。
それからすぐに武少年と出会って、彼の探していた魅音さんと翠星石を一緒に探すことに」
キョンのその言葉に魅音の心が痛む。武はあの後からずっと一人で魅音と翠星石を探していたのだ。
それなのに自分は……ずっと彼を仇だと思い込んでいた。再開した時にも酷い言葉をぶつけてしまった。
それが彼をどれだけ傷つけただろうか……、
(ごめんね。武……)
魅音は今は亡き剛田武に、一人心の中で詫びを重ねた。
「……で、その後すぐに次元さんとも会えて、彼からハルヒ達の伝言を受けて映画館に電話を。
それから掲示板に書かれた情報を元に翠星石を探して四人でホテルに行ったんです。
園崎とはそこで。他にも劉鳳さんとかセラスさんとかが一緒にいて、このアーカードっていう
怪物と闘っていました。トウカさんや次元さんも加勢して、最後はトグサさんが止めを……」
「有希はそのアーカードってのに殺されたの?」
「……ああ。そうだ」
ハルヒの問いに、キョンは心苦しくもそれを肯定する。彼女はそれにただ微かに「そう」とだけ返した。
「その後はトグサさんの提案で病院へ向かうということになったんですが、俺達はクーガーさんを
待ってその場にしばらく残ることに……で、さっき病院の前でハルヒと会ったわけです」
そして、これで終わりです……とキョンは説明を終えた。
じゃあ、次は私の番だね。と魅音が語り始めた。
「私はこの端っこの方、山の中からスタートしてすぐにクーガーと出会った。
で、散々クーガーに振り回されてね。結局また山の中に置いてけぼりにされて……、
その後は一人でこの山の奥にある温泉に行ったんだ」
魅音は思い出す。温泉から出て眩しい朝日を浴びたあの時のことを。
あの時は、まだこんな風に――幾人もの大切な人々が失われてしまうなんて考えもしていなかった。
これも日常の部活の延長。自分がそして部活の仲間達で必ず打倒できると信じていた。
そして、自分のそんな考えを打ち砕いたのがあいつだった。
「仲間を探そうと山を降りた私は、途中であの水銀燈っていう人形に襲われたんだ。
荷物も捨てて命からがら全力で走って……、それで偶然なんだけど町の中で武と梨花、翠星石に
会うことができた。それから街中で仲間を探し回って……、私達もキョン達と同じようにE-4の場所に
向かったんだよ。私達が行った時にはあそこは瓦礫だらけだったからそれは爆発の後だったと思う」
そこで言葉が詰まる。あの地獄の様な光景、そして――それから――……、思い出したくないこと
ばかりだ。いっそ狂ってしまえば、殺されればと思った――けど、止まってはいけない。
(クーガーが……、私は強いと言ってくれた)
魅音は少しだけ大きく息を吐くと、また再び言葉を紡ぎ始める。
「その瓦礫の山の中で、どうしてか梨花は翠星石に殺された。私もあいつに撃たれて……、
その時も命からがら逃げ出したよ。武も敵だって思ったし……。
それで、すぐその後に光となのはちゃんに出会って、ホテルに人が集まっているから一緒に
行こうって……、でも途中でホテルが襲われているのがわかって、なのはちゃんが空を飛んで
先に行ったんだけどそれっきりに……。私と光も後で着いたんだけどその時にはホテルは
崩れ始めてて、それであの化物が……」
不意にフラッシュバックした光が死んだ時の光景に、魅音は手を口に当てた。
出会ったばかりの自分を守るために命を犠牲にした少女。頭を潰され無残に死んでしまった。
「大丈夫、魅音?」
心配そうにハルヒが声をかける。そしてトウカやキョン達も魅音を心配そうに窺っている。
「……大丈夫。みんなごめんね」
込み上げた酸っぱい胃液を飲み込み、魅音は力無く微笑んだ。
「そのアーカードって化物がホテルの中にいたんだ。光は私を守ってそいつに……殺された。
私も殺されそうになったんだけど、そこでクーガーが助けてくれてあいつを倒した……はずだった
んだけど、次にセラスさんと風ちゃんと一緒に戻って時にはまだ生きてたんだ。
それで、光の友達だった風ちゃんも殺されてまた駄目だって思った時に今度は劉鳳さんが
助けに来てくれたんだ。その後はキョン達も駆けつけて……それからはキョンと一緒だったよ」
「結局、ホテルに集まっていた人達とは出会えなかったのかい?」
少し酷ではあるが重要なことだとロックが魅音に質問した。
「それが……結局誰とも。ホテルは私達が見ている目の前で崩壊しちゃったし……、
それに誰があの中にいたのか詳しくは知らないんだ。ゲインって名前は聞いたんだけど」
その言葉にロックはディスプレイに表示された死亡者リストを確認する。
「その人はどうやら助かったみたいだな。逃げ出すことができたんだろう。
このゲインという人と面識のある人は?」
だが、ロックの質問に頭を縦に振るものはいなかった。
「そうか……、じゃあ次は俺が話すよ」
デイバッグから取り出した水を飲んで口を湿らすと、ロックは昨日の経緯を淡々と語り始めた。
「俺がスタートしたのはここ――商店街のある場所だ。アンラッキーなことに君達が倒した
化物にすぐに出会っちまってね……まぁ、なんとか逃げおおせたよ。
それで逃げている途中にエルルゥと出会ったんだけど、すぐにエルルゥから逃げられて
しまったんだ」
そこでロックは自嘲気味に笑った。その隣ではエルルゥが身を縮こまらせている。
「まさか、あんた彼女になんかセクハラめいたことしたんじゃないでしょうね」
突っかかっるハルヒの剣幕に苦笑しながらロックは答える。
「まぁ、当たらずも遠からずかな……」
曖昧な回答にハルヒがむくれると、エルルゥがロックへと助け舟を出した。
「私が悪いんです。間違ってロックさんに惚れ薬を飲ませちゃって……、それで怖くなって……」
「惚れ薬っ!?」
一際大きく反応したのは魅音だ。だが、キョンの隣のハルヒもそれには興味を引かれたようである。
「そんなものがあるの? 本物だったのソレ?」
詰め寄る魅音とハルヒに、ロックは吐き捨てるように答えた。
「……ああ。効果覿面だったよ」
続く、”死にたくなるぐらいね”という口の中だけで囁かれた言葉はハルヒと魅音には届かなかった。
彼女達は今度はエルルゥへと詰め寄ってその薬の所在を確認している。が、
「荷物をどこかで失くしてしまって……だからあれがどこにあるかはわかりません」
エルルゥの言葉に大きく落胆した。
「まぁ、そういうことがあって俺は一人で近くの病院へと足を運んだんだ……」
ここから先は彼にとって誰にも話したくない人生で最悪の過ちだ。だが、ここで隠していては
フェアじゃない――と、彼はあえてそれを語った。
「そこで一人の少女と出会った。すでに死んでいた少女とね。そして、すぐに惚れたよ。
それから俺は死んでしまった彼女の仇を取るために、関係の無い子供を一人……殺した」
衝撃的な告白に、すでにそれを知っていたキョンも含めて凍りつく。とりわけその原因を作ったとも
いえるエルルゥは大きなショックを受けていた。
「これは弁解できることではないし、ましてや償えることでもない。だが、それが本位では
なかったことだけは信じて欲しい。そして、エルルゥ。……今まで黙っていてすまない」
エルルゥは告白したロックよりもさらに蒼い顔をしていた。
幼いアルルゥを探す一方で、まさか自分が他の幼い子供が命を落とす原因を作っていたなんてと。
「エルルゥ、気に病まないでくれ。元々は俺の不注意がいけなかったんだ。君に落ち度はない」
だが、その言葉もエルルゥの空虚な心を通り抜けるだけだった。彼女の心は今、内へ内へと堕ちて
いっている。ただ辛うじて「はい」と言葉を返すのみだった。
「そして、その直後に君島とキョン君達に出会った。それからはさっき言った通りセイバーに
襲われて、逃げるように山を登ったよ。そして山の中で沙都子ちゃんと、エルルゥに会ったんだ。
それからは山の中で隠れていたんだが、そこが禁止エリアに指定されてね。山から出てきた
所を君達と出くわしたというわけさ」
これで終わりとロックは手のひらを広げて見せた。
残りはエルルゥのみと全員が彼女に注目するが、まるで抜け殻と言わんばかりに彼女は
自失しているように見えた。
だが、それでも思考は働いていたらしい。最低限の言葉で彼女なりの経緯を語り始めた。
「私の荷物の中には”たずね人すてっき”という人を探せる道具が入ってたんです。
だからそれを使ってハクオロさんを、アルルゥを探していました。
どこを歩いていたかは……あまり覚えていません」
彼女の語る経緯はとても短い物だった。だがその短さが逆に、彼女がどれだけ一心であったかを
表している。そして最後にもう一言だけ付け加えた。
「みなさんの言う。遠坂凛と水銀燈、そしてのび太という子供には見覚えがあります。
よく覚えてはいませんが、明るい内のことだったと……」
*時系列順で読む
Back:[[『転』]] Next:[[Macabre in muddled rabbithutch(後編)]]
*投下順で読む
Back:[[ひめられたもの(4)]] Next:[[Macabre in muddled rabbithutch(後編)]]
|253:[[ひめられたもの(4)]]|キョン|254:[[Macabre in muddled rabbithutch(後編)]]|
|253:[[ひめられたもの(4)]]|涼宮ハルヒ|254:[[Macabre in muddled rabbithutch(後編)]]|
|253:[[ひめられたもの(4)]]|園崎魅音|254:[[Macabre in muddled rabbithutch(後編)]]|
|253:[[ひめられたもの(4)]]|ロック|254:[[Macabre in muddled rabbithutch(後編)]]|
|253:[[ひめられたもの(4)]]|トウカ|254:[[Macabre in muddled rabbithutch(後編)]]|
|253:[[ひめられたもの(4)]]|エルルゥ|254:[[Macabre in muddled rabbithutch(後編)]]|
|253:[[ひめられたもの(4)]]|野原しんのすけ|254:[[Macabre in muddled rabbithutch(後編)]]|
|253:[[ひめられたもの(4)]]|北条沙都子|254:[[Macabre in muddled rabbithutch(後編)]]|
*Macabre in muddled rabbithutch(前編) ◆S8pgx99zVs
舞台の北東に大きく広がる緑を湛えたなだらかな山。その西の麓、裾野に広がる市街との狭間。
そこに並んだ平屋の一角に全ての戸を閉じ窓を幕で覆った、目立たない中でもさらに隠れようと
している静かな一軒の民家があった。
その、あまり立派だとは言えない一軒の民家の中には八人の男女が潜んでいる。
電灯も点けず、外からの月明かりさえも取り入れていない家の中は真に暗かったが、いくつかの
人が集まる場所は、布を被せたランタンの最低限の光で淡く照らされていた。
その内の一箇所、この家の中で最も広い部屋である居間に幾人かの人間が集まっている。
涼宮ハルヒ、ロック、園崎魅音……、そして外から戻ってきたトウカとエルルゥ。
彼女達に見守られながらキョンはノートPCが検索を終えるのをじっと待っていた。
「やっぱり、ないか……」
射手座の日――THE DAY OF SAGITTARIUS III。
正式名が解ったことでもう一度ノートPCの中を洗ってみたが、結果は芳しくなかった。
長門有希が残していった脱出のヒント――射手座の日を越えていけ。
これをクリアするにはまだ材料が集まっていないらしい……。
『”射手座の日”や”THE DAY OF SAGITTARIUS Ⅲ”という名前に心当たりは?』
キョンはキーボードを叩きそれを打ち込むと、ノートPCを彼を見守る周囲の人間の方へと向けた。
出会ったばかりのロックもエルルゥも首を振って知らないことを示したが、同じSOS団出身で
団長でもあるハルヒは手を上げて知っていると答えた。
「それって、あの時のゲームでしょう? だったら病院に残ってるドラえもんってのが
それらしいディスクを持っているって言ってたわ。多分、それじゃないかしら」
ハルヒの言葉にキョンは考える。ゲームディスクなんて物がそもそも支給品としては似つかわしく
ないものなのだ。だとするなら、やはりそれは長門が用意した物だと考える方が自然だろう。
「それが解るとどうなるんだい?」
尋ねたのはロックだった。確かにそれは気になるだろう。だが、
「……いえ。具体的には俺もどうなるかわかりません」
キーボードを叩きディスプレイの方へと言葉を続ける。
『だけど、これを残した長門はここからの脱出に必要なものだと』
それを見てロックは静かに頷いた。
「OK。他に縋る手もないからな。それを追う方向で行こうか」
薄暗闇の中で他の一同もそれに同意する。
さてと、キョンはさらにノートPCを操作する。
やらなければならないことはたくさんある。状況が落ち着いているうちに済ませなければならない。
操作を進めロックが持っていたi-podから、その中のデータをノートPCへと転送する。
参加者全員の名前付き画像、意図が不明な音声データ――これはロックによるとほとんどが日本のアニメソングらしきものだったらしい。
……そしてi-podでは再生できなかった謎のデータ。
本命である謎のデータ。そのアイコンの上にカーソルを置いたところでキョンは動きを止めた。
(まさか、ギガゾンビの用意したウィルスってことはないだろうな……?)
長門有希はいくつかの情報をここに残したらしい……だが逆に考えればほとんどはギガゾンビが用意したものだ。
万が一だが、これが罠という可能性もある……。
(いや、長門を信用しよう)
この場合の信用とは、例えこのデータが罠であろうと長門が用意したPCならセキュリティは完璧だろうという意味だ。
キョンは意を決してキーを叩いた……そして、
『ERROR!! このファイルは再生することができません』
メッセージと共に鳴り響いたエラー音に肝を冷やす。
だが、幸いにもPCに害を与えるものではなかったようだ。
「どうしたのキョン?」
エラー音に、ハルヒとロックがPCのディスプレイを覗き込む。
「いや、ロックさんのi-podに入ってたデータなんだが、このPCでも開けないようなんだ」
「じゃあ、なんでなら開けるって言うのよ?」
ハルヒはキョンに詰め寄るが……
「……俺に言われてもな」
開けもしないとなったらもうお手上げ……と、あることに気付いてキョンは操作を再開した。
『製作者(U):長門有希 コメント(M):9課へ』
謎のデータはやはり長門有希の残したものであった。
データのプロパティには彼女の署名、そしてこのデータの宛先が書かれていた。
「9課って……、トグサさんのこと?」
「ああ、多分そうだよな……って、ハルヒ。お前、トグサさんとは再会してないのか?」
「何言ってるのよ。あんたこそ有希と会ったんならトグサさんとも会ってるでしょう?」
「いや、トグサさんはお前達を迎えに映画館に……って」
「「……あ」」
「映画館に電話してくる!」
言うが早いかキョンは居間を飛び出し電話機へと走った。
「で、どうだった?」
再び戻ってきたキョンはハルヒの言葉に力なく首を振る。
「トグサさんはいなかったみたいだ」
映画館で受話器を取るものはおらず、返ってきたのは以前に残されていたメッセージのみであった。
トグサは一体どこに行ったのか?
「トグサさん、私達を探しているのかも?」
「かも知れないな……けどそれでも一度は病院には戻ってきそうなものだが」
ハルヒも、そしてキョンもトグサと別れてかなりの時間が経過している。
この状況、自然と想像は悪い方向へと進むが……
「……もしかして、ヤマトを誘拐したヤツを追っているのかも?」
唐突なハルヒの言葉にキョンは眉をひそめる。
「なんで、そうなるんだ?」
「ヤマトをさらったヤツは私達が使ってたトラックに乗って逃げたのよ。
だから、もしトグサさんがそれを見たとしたらそのまま追いかけたかも知れない。
放送が始まる直前だったし、時間も合うわ」
成る程と、キョンは頷いた。確かにありえる話だと。
「それだと、どうしようもないな。トグサさんもヤマト君も無事を祈るしか……」
「……悔しいけどそうね。カズマってヤツも追っているらしいし、大丈夫だとは思うけど」
すぐにでも外に出て探しに行きたいというのが二人の本音ではあったが、
逆にそうすれば余計に事態はこじれるということも二人は解っていた。
そんな風に自分を納得させている二人に、先程から置いてけぼりにされているロックが声をかける。
「なんだか色々とあったみたいだけど、その情報を交換し合わないか?
どうやら生き残っている人間のほとんどとなんらかの接触があったみたいだし、
それを共有できればもう無駄な争いもしなくてすみそうだ」
ロックの後ろには、さらに魅音、トウカ、エルルゥと今の話に加われなかった三人がいる。
「すいません。俺達二人だけで」
じゃあ、と言うとキョンは再びノートPCのキーボードを叩いた。
ディスプレイに新しく三つのウィンドウが開かれる。
ひとつは、参加者の名前付き画像。
ひとつは、ギガゾンビのホームページにある詳細地図と死亡者リスト。
そして最後のひとつは、ツチダマ掲示板。
「みんなの証言と、これらを合わせて検証すれば位置や時間なんかも正確になると思います」
それらを集まった人間に簡単に説明するとキョンはノートPCを全員が見やすい場所に動かした。
「じゃあ、始めましょうか」
こうして、長い夜を使った昨日の検証が始まった。
最初に説明を始めたのはハルヒだった。地図と参加者の画像を指しながら行動を振り返る。
「私は最初、山の中……多分ここら辺りだわ、から始まって、すぐにルパンとアルちゃんと出会えたの。
で、図書館の方へ行こうとゆうことになったのね。途中、ここの橋で……
そう、このシグナムってヤツに襲われて、アルちゃんと助けを求めに戻ったところで有希とヤマトに出会ったの。
それですぐにヤマトが運転してたトラックでルパンの下に戻ろうとしたんだけど……
車が事故?かなんかにあって横転したのよ。それからしばらくは気を失っていたわ。
次に気づいたのが病院の中で、そこであの凛と水銀燈、そして……そう、このセイバーってヤツに襲われたの。
なんとか逃げ出せたんだけどぶりぶりざえもんとははぐれちゃって……でもあいつ生きてたのよね?」
「ああ。今は次元さんと一緒にいるはずだ」
キョンの言葉に頷くと、ハルヒは説明を続けた。
「……で、途中私達はその次元さんに出会って――彼はこの後キョン達と会うのよね?
その後すぐに映画館に着いたわ。そこでキョンと電話で会話して、
映画を見た後しばらく休もうってことになったんだけど、気付いたら有希とトグサさんが出て行ってて……
私達も出て行ったんだけど、病院でこの……峰不二子。こいつに間違いないわ。
こいつに眠らされちゃって気がついたら…………ヤマトとアルちゃんが…………」
進むにしたがってハルヒの言葉から力が失われていった。
SOS団の団長を名乗っていてもこの場では何もできなかったどころか常に皆の足を引っ張っている。
それどころか、自分の責任でアルルゥやヤマトを……
「……ハルヒ」
「……大丈夫。続けるわ。それで私達はアルちゃんを探しに出たんだけど……
変ね? あの遠坂凛の名を騙ったヤツが参加者の中にいないわ」
ハルヒはノートPCを操作して80人全員を確認するが、あの偽凛の姿はその中にはなかった。
「変装してたんじゃないのか? でなければ、80人以外にも人がいるってことになってしまう」
そう言葉を発したのはロックだ。確かに……とハルヒも思った。峰不二子もあの後変装していたと聞いている。
そして自分の持っている着せ替えカメラ。変装できる者が何人かいても不自然ではない。
「そうね。その問題は置いておくとするわ。
……で、そこにいたその偽凛とのび太君とドラえもんとでアルちゃんを探そうってことになったんだけど、
偽凛が一人で勝手に先に行って、近くまで来ていた連中と戦い始めたのよ。この、劉鳳とセラスだわ。
そしてそこに本物の遠坂凛も現れて、結局偽凛はどこかへいなくなっちゃったってわけ」
「その時に武が……」
言葉を挟んだのは魅音だ。
「ええ。偽凛が殺したって、そう聞いている。……ごめんなさい。これも私のせいだわ。
なんであいつの勝手を許したんだろう? それにあいつは味方だってのび太君に……」
ハルヒはさらに後悔を重ねた。今考えればどう考えてもあの偽凛は敵だ。
なのにあの時はアルルゥがいなくなった焦りからあいつを頼ってしまった。
さらにその後、本物の凛を見て反射的に偽凛を自分の味方側だと考えてしまった。
敵の敵は味方――しかし冷静に考えればそんなはずはない。これはバトルロイヤルなのだから。
「謝らないでよハルヒさん。ハルヒさんは悪くないよ。だから謝らないで……」
――謝られると責めてしまうから。そんな暗い感情を魅音は押し殺す。
強くなくてはならないと、そうクーガーに誓ったのだから。
この圧迫される状況に、感情を荒ぶらせ諍いを始めればそれこそギガゾンビの思う壺だと。
「ありがとう魅音。
で、その後はさっきあった通りよ。あの怪しい二人からあなた達を連れて逃げた。
私からは以上」
次は誰? というハルヒの言葉を受けて語り出したのは同じSOS団出身のキョンだった。
「俺は……というか、俺とトウカさんはすぐに出会えたんで合わせて話すよ。いいですかトウカさん?」
顔を見やり尋ねるキョンにトウカはコクリと頷く。
「では。まずは、俺達はこの橋の向こう側からスタートしたんだ。
それで河の向こうに火の手が上がっているのが見えたからそこに向かおうとして橋を渡った。
そこで、病院でハルヒ達を襲ったというセイバーという女性と出会ったんだ。
その時、彼女はかなりの重症を負っているように見えたんだが……」
「私達を襲った時はそんな風に見えなかったわ」
早くも食い違いが出た。だが、キョンはつい最近に見ている間に傷を回復してしまう化物を見ている。
まるっきりファンタジーの世界の住人だ。もう今更魔法や回復アイテムなんてものが出てきても驚きはしない。
そして彼の見たセイバーの出で立ちはまさにファンタジーのそれだった。
「まぁ、それで俺達は病院へと着いたわけだが、これはハルヒ達よりかは前だったみたいだな。
そこでロックさんと君島さん、そしてしんのすけ君と出会った」
確認するように顔を向けたキョンを見て、ロックが肯定する。
「ああ。俺達はそこで出会った。
その後すぐに別れたわけだが、君島は……件のセイバーに殺されたよ。
そして、しんのすけも一度セイバーに襲われたことがあったらしい。」
ロックの言葉にトウカが身体を振るわせる。
「申し訳ない。やはり某があの時に斬り伏せていれば……」
「いや謝るのはなしだトウカさん。悪いというならこのセイバー……
どうやら彼女は最初からかなり殺る気だったらしいな。
こんな風に情報を合わせることで解ることもある。キョン君続けてくれ」
ロックに促されキョンは説明を再開する。
「じゃあ、続けます。
俺達はあの後南下して、商店街でロックさんが残していったころばし屋を回収しました。
それから、放送で聞いた身動きの取れない人ってのを探してこのE-4エリアに入ったんだが、
そこで劉鳳さんとカズマって人との戦いに巻き込まれかけて……その後気絶しちゃったんですけど、
そこはトウカさんにお願いできますか?」
トウカは頷き、受け継いで続きを語る。
「あの時、急に起こった大爆発に某とキョン殿は吹き飛ばされ、キョン殿は打ち所悪く気絶されたのです。
某はキョン殿の身を隠すべく手近な建物へと入りました。
キョン殿が気絶されていたのはそれから四時間程になりますが、その間は別段変わった事はなかったように思います」
そこまでを一言で言うと、トウカは再びキョンへと返した。
「起きた俺はそこでこのノートPCを見つけました。
多分、そこで亡くなられていた侍……この井尻又兵衛由俊さんの物だったんだと思います。
それからすぐに武少年と出会って、彼の探していた園崎と翠星石を一緒に探すことに」
キョンのその言葉に魅音の心が痛む。武はあの後からずっと一人で魅音と翠星石を探していたのだ。
それなのに自分は……ずっと彼を仇だと思い込んでいた。再会した時にも酷い言葉をぶつけてしまった。
それが彼をどれだけ傷つけただろうか……
(ごめんね。武……)
魅音は今は亡き剛田武に、一人心の中で詫びを重ねた。
「……で、その後すぐに次元さんとも会えて、彼からハルヒ達の伝言を受けて映画館に電話を。
それから掲示板に書かれた情報を元に翠星石を探して四人でホテルに行ったんです。
園崎とはそこで。他にも劉鳳さんとかセラスさんとかが一緒にいて、
このアーカードっていう怪物と闘っていました。トウカさんや次元さんも加勢して、最後はトグサさんが止めを……」
「有希はそのアーカードってのに殺されたの?」
「……ああ。そうだ」
ハルヒの問いに、キョンは心苦しくもそれを肯定する。彼女はそれにただ微かに「そう」とだけ返した。
「その後はトグサさんの提案で病院へ向かうということになったんですが、
俺達はクーガーさんを待ってその場にしばらく残ることに……で、さっき病院の前でハルヒと会ったわけです」
そして、これで終わりです……とキョンは説明を終えた。
じゃあ、次は私の番だね。と魅音が語り始めた。
「私はこの端っこの方、山の中からスタートしてすぐにクーガーと出会った。
で、散々クーガーに振り回されてね。結局また山の中に置いてけぼりにされて……
その後は一人でこの山の奥にある温泉に行ったんだ」
魅音は思い出す。温泉から出て眩しい朝日を浴びたあの時のことを。
あの時は、まだこんな風に――幾人もの大切な人々が失われてしまうなんて考えもしていなかった。
これも日常の部活の延長。自分がそして部活の仲間達で必ず打倒できると信じていた。
そして、自分のそんな考えを打ち砕いたのがあいつだった。
「仲間を探そうと山を降りた私は、途中であの水銀燈っていう人形に襲われたんだ。
荷物も捨てて命からがら全力で走って……それで偶然なんだけど町の中で武と梨花、翠星石に会うことができた。
それから街中で仲間を探し回って……私達もキョン達と同じようにE-4の場所に向かったんだよ。
私達が行った時にはあそこは瓦礫だらけだったからそれは爆発の後だったと思う」
そこで言葉が詰まる。あの地獄の様な光景、そして――それから――……思い出したくないことばかりだ。
いっそ狂ってしまえば、殺されればと思った――けど、止まってはいけない。
(クーガーが……私は強いと言ってくれた)
魅音は少しだけ大きく息を吐くと、また再び言葉を紡ぎ始める。
「その瓦礫の山の中で、どうしてか梨花は翠星石に殺された。私もあいつに撃たれて……
その時も命からがら逃げ出したよ。武も敵だって思ったし……
それで、すぐその後に光となのはちゃんに出会って、ホテルに人が集まっているから一緒に行こうって……
でも途中でホテルが襲われているのがわかって、なのはちゃんが空を飛んで先に行ったんだけどそれっきりに……
私と光も後で着いたんだけどその時にはホテルは崩れ始めてて、それであの化物が……」
不意にフラッシュバックした光が死んだ時の光景に、魅音は手を口に当てた。
出会ったばかりの自分を守るために命を犠牲にした少女。頭を潰され無残に死んでしまった。
「大丈夫、魅音?」
心配そうにハルヒが声をかける。そしてトウカやキョン達も魅音を心配そうに窺っている。
「……大丈夫。みんなごめんね」
込み上げた酸っぱい胃液を飲み込み、魅音は力無く微笑んだ。
「そのアーカードって化物がホテルの中にいたんだ。光は私を守ってそいつに……殺された。
私も殺されそうになったんだけど、そこでクーガーが助けてくれてあいつを倒した……はずだったんだけど、
次にセラスさんと風ちゃんと一緒に戻って時にはまだ生きてたんだ。
それで、光の友達だった風ちゃんも殺されてまた駄目だって思った時に今度は劉鳳さんが助けに来てくれたんだ。
その後はキョン達も駆けつけて……それからはキョンと一緒だったよ」
「結局、ホテルに集まっていた人達とは出会えなかったのかい?」
少し酷ではあるが重要なことだとロックが魅音に質問した。
「それが……結局誰とも。ホテルは私達が見ている目の前で崩壊しちゃったし……
それに誰があの中にいたのか詳しくは知らないんだ。ゲインって名前は聞いたんだけど」
その言葉にロックはディスプレイに表示された死亡者リストを確認する。
「その人はどうやら助かったみたいだな。逃げ出すことができたんだろう。
このゲインという人と面識のある人は?」
だが、ロックの質問に頭を縦に振るものはいなかった。
「そうか……じゃあ次は俺が話すよ」
デイバッグから取り出した水を飲んで口を湿らすと、ロックは昨日の経緯を淡々と語り始めた。
「俺がスタートしたのはここ――商店街のある場所だ。
アンラッキーなことに君達が倒した化物にすぐに出会っちまってね……まぁ、なんとか逃げおおせたよ。
それで逃げている途中にエルルゥと出会ったんだけど、すぐに逃げられてしまったんだ」
そこでロックは自嘲気味に笑った。その隣ではエルルゥが身を縮こまらせている。
「まさか、あんた彼女になんかセクハラめいたことしたんじゃないでしょうね」
突っかかるハルヒの剣幕に苦笑しながらロックは答える。
「まぁ、当たらずも遠からずかな……」 惹かれ
曖昧な回答にハルヒがむくれると、エルルゥがロックへと助け舟を出した。
「私が悪いんです。間違ってロックさんに惚れ薬を飲ませちゃって……それで怖くなって……」
「惚れ薬っ!?」
一際大きく反応したのは魅音だ。だが、キョンの隣のハルヒもそれには興味を惹かれたようである。
「そんなものがあるの? 本物だったのソレ?」
詰め寄る魅音とハルヒに、ロックは吐き捨てるように答えた。
「……ああ。効果覿面だったよ」
続く、”死にたくなるぐらいね”という口の中だけで囁かれた言葉はハルヒと魅音には届かなかった。
彼女達は今度はエルルゥへと詰め寄ってその薬の所在を確認している。が、
「荷物をどこかで失くしてしまって……だからあれがどこにあるかはわかりません」
エルルゥの言葉に大きく落胆した。
「まぁ、そういうことがあって俺は一人で近くの病院へと足を運んだんだ……」
ここから先は彼にとって誰にも話したくない人生で最悪の過ちだ。
だが、ここで隠していてはフェアじゃない――と、彼はあえてそれを語った。
「そこで一人の少女と出会った。すでに死んでいた少女とね。そして、すぐに惚れたよ。
それから俺は死んでしまった彼女の仇を取るために、関係の無い子供を一人……殺した」
衝撃的な告白に、すでにそれを知っていたキョンも含めて凍りつく。
とりわけその原因を作ったともいえるエルルゥは大きなショックを受けていた。
「これは弁解できることではないし、ましてや償えることでもない。
だが、それが本位ではなかったことだけは信じて欲しい。
そして、エルルゥ。……今まで黙っていてすまない」
エルルゥは告白したロックよりもさらに蒼い顔をしていた。
幼いアルルゥを探す一方で、まさか自分が他の幼い子供が命を落とす原因を作っていたなんてと。
「エルルゥ、気に病まないでくれ。元々は俺の不注意がいけなかったんだ。君に落ち度はない」
だが、その言葉もエルルゥの空虚な心を通り抜けるだけだった。
彼女の心は今、内へ内へと堕ちていっている。ただ辛うじて「はい」と言葉を返すのみだった。
「そして、その直後に君島とキョン君達に出会った。それからはさっき言った通りセイバーに襲われて、
逃げるように山を登ったよ。そして山の中で沙都子ちゃんと、エルルゥに会ったんだ。
それからは山の中で隠れていたんだが、そこが禁止エリアに指定されてね。
山から出てきた所を君達と出くわしたというわけさ」
これで終わりとロックは手のひらを広げて見せた。
残りはエルルゥのみと全員が彼女に注目するが、まるで抜け殻と言わんばかりに彼女は自失しているように見えた。
だが、それでも思考は働いていたらしい。最低限の言葉で彼女なりの経緯を語り始めた。
「私の荷物の中には”たずね人すてっき”という人を探せる道具が入ってたんです。
だからそれを使ってハクオロさんを、アルルゥを探していました。
どこを歩いていたかは……あまり覚えていません」
彼女の語る経緯はとても短い物だった。だがその短さが逆に、彼女がどれだけ一心であったかを
表している。そして最後にもう一言だけ付け加えた。
「みなさんの言う。遠坂凛と水銀燈、そしてのび太という子供には見覚えがあります。
よく覚えてはいませんが、明るい内のことだったと……」
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