「ウソのない世界」(2022/03/24 (木) 22:11:25) の最新版変更点
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*ウソのない世界 ◆lbhhgwAtQE
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」
野原しんのすけは駆ける。
市街地西部を南北に貫く道路を病院に向かって南の方角へ。
ただ、まっすぐに。
ただ、ひたすらに。
しかし、その小さな背中に背負うデイパックは幼稚園児の体にはまだ大きくのしかかるサイズだ。
彼の足取りは、徐々に遅くなってゆき、そして最後には立ち止まってしまう。
「ふぅ、ふぅ……リュックが大きくて走りにくいゾ……」
背中の荷物さえなければもっと速く走れるかもしれない。
だが、少年はそれをしない。
なぜなら、その荷物は青年に病院に託された大切なものなのだから。
――ともかく、このデイパックを持って病院まで行ってくれ。
青年の目は真剣そのものだった。
そんな目を見てしまっては、しんのすけも男としては断るわけにはいかない。
そう、これは男と男のお約束なのだ(あのポーズをしたわけではないが)。
男と男のお約束は、決して破るわけにはいかない神聖なもの。
しかも、その青年は一人でとても強い剣士の下へと向かっていった。
今、彼の為に助けを呼べるのはしんのすけ以外にいない。
「そうだゾ……オラがこんなところで弱音なんて吐いちゃ、シメジがつかないんだゾ……!!」
しんのすけは肩からずれそうになっていたベルトを正すと、再度道の向こうを見据える。
「野原しんのすけ、ファイヤー!!!!!!」
そして、少年は再度走り出した。
白髪の少年と一緒に女剣士から逃げた道をまっすぐ走る。
アスファルト舗装が剥がれ、破壊の痕跡の残る通りを走る。
たとえ、石につまずいて転んだとしても、すぐに起き上がる。
疲労がピークに達しようと、膝をすりむこうと、鼻血が垂れようと気にしない。
彼には立ち止まっている暇などないのだから。
全ては自分に荷物を託した青年との約束を果たす為。仲間のピンチを救う為。そして、皆が元気な姿で帰る為。
――自分を含めた皆の未来の為に少年は走り続けた。
◆
しんのすけが走り出したのと時を同じくして。
そのしんのすけを迎えに行こうと病院を飛び出したゲインが、彼らのいたとされる民家に到着していた。
ただし、彼が到着した時は既にそこには探していた少年を含めたロックの仲間達の姿はなかったが。
静寂が支配するそこに残っているのは、生々しい破壊の痕跡。
そして……。
「遅かった……のか」
民家の庭らしき場所に来ていた彼の足元には、一人の少女が倒れていた。
血にまみれ、完全に絶命した状態の少女が。
その普通の人間とは違う形をした耳や髪形から察するに、彼女はロックの仲間の一人だったトウカという武士だろう。
武士――ニンポーを使うニンジャと同じ時代にヤーパンに存在したという剣士。
一度で良いから、その剣術とやらを見てみたかったのだが、それがどうやら叶わないようだ。
そして、更にその少女の遺体の横へ目を向けると、そこには小高く盛られた土の山が2つ並んでいた。
――それが墓なのだと仮定すると、恐らくこの土の下には山の数だけ、すなわち二人分の遺体が眠っているはず。
更に言うならば、その二人というのは、ここに残っていたメンバーであり、先程の放送で名前を呼ばれた園崎魅音と北条沙都子という二人の少女だろう。
「こんな場所でご婦人が3人も犠牲に……いや、4人か」
破壊された民家の中を一度捜索したゲインはそこでもう一人の妙齢の女性の遺体を見つけていた。
そして、それが民家襲撃の最有力容疑者であり、二人と同じく放送で名前を呼ばれた女性、峰不二子であることも彼は気付いていた。
不二子はエクソダスを目指すゲインらから見れば敵ともいえる参加者であったが、それでも彼は彼女の遺体を無碍にはせずに、その見開いた目を閉じさせ、近くにあった毛布を被せてやっていた。
――たとえ敵でも、息絶えた女性をそのまま野ざらしになど出来ない。
それが、ゲイン・ビジョウという男だった。
「しかし、こいつは納得がいかないな」
彼は、トウカの体に民家から引っ張り出した毛布を被せながら、1つの疑問を抱いていた。
その疑問の原因は、他ならないこのトウカという少女の遺体という存在。
彼女がここで息絶えているという事は単純に考えると、仲間二人と共にここに戻ってきた際に、何かしらの戦闘に巻き込まれたということだ。
そして、そうだとするならば、ここに遺体のない他の仲間達は何故、同じ仲間である彼女をこのように野晒しにしていったのだろうか。
たとえ、何かをする間もなくレヴィとカズマがここに到着したのだとしても、彼らは彼女をこのまま放置したまま病院に戻るだろうか。
――答えはは否だ。ロックから聞いていた仲間内での信頼関係から察すればそれは無いはず。
しかし、事実として彼女は放置されていた。
まるで、彼女を弔う暇もなく何かしらのアクシデントに巻き込まれたかのごとく。
「…………予感で済めばいい話なんだけどな」
ただの予感であってほしい。
実際はレヴィ達に連れられて病院に向かっている真っ最中、異常なんて微塵もない――そんな現実であってほしい。
だがそんな期待を裏切るかのように、目を遠くへ向けたゲインの視界には、人型をした何か巨大なものが映る。
「何で矢継早にこんなに色々と……!」
目を向けた方角は南方。
そして、その方向には仲間たちが待つ病院もあり、その巨人が彼らを襲うという可能性も彼の脳裏をよぎる。
「……これは一度戻ったほうが良さそうだな、おい」
彼は苦虫を潰したような表情をすると、立ち上がった。
一度病院に戻り、しんのすけらが戻ってきているかを確認し、あの巨人のような存在の正体や意図を見極める為に。
そう願いつつも、ゲインは立ち上がる。
病院に戻り、しんのすけらがきちんと到着しているのかを確認する為に。。
「……申し訳ない、ご婦人方。俺は諸事情から病院に戻らなくてはならなくなってしまいました。ですが、必ずやここに戻ってきて、あなた方を弔って差し上げます。ですから、しばしの間待っていてください。……それでは!」
トウカの遺体、そして不二子の遺体のある方角を一瞥すると、ゲインは再度走り出した。
しんのすけらが自分の予想を裏切って、無事に病院に到着している事を祈りながら。
民家を飛び出たゲインが再び病院へ繋がる大通りに戻るのにそう時間はかからなかった。
「ただの無駄足で済んでくれよぉ……」
途中小さく聞こえてきた轟音や銃声に不安を募らせつつも、彼は病院の方向へと足を向ける。
――と、その時だった。
背後から僅かにだが何かが爆発したかような音が聞こえたかと思うと、突如自分達を見下ろしていた空が歪んだ。
文字通り、映像を写していたスクリーンが波打ち、引き裂かれたかのように。
「な、何だ!? 一体何が……」
突然の事態にゲインは思わずその場に立ち止まり、空を見渡す。
すると、北を向いた彼はそこで“ないはず”のものを見つけてしまった。
「あ、あれは何だ……? 城……か?」
歴史の本でしか見たことのないような形をした建造物。
今までなかったはずのそのような建物が、北の空に確かに現れていたのだ。
そして、そこで彼は薄々気づき始めた。
その現象が何故起こったのか、あの城のような建物は何なのかに。
「亜空間破壊装置……誰かが残りを破壊したってのか? 俺たちじゃない誰かが……」
空が歪み、今まで見えなかった城が姿を現す――それを大規模な空間の変動だと仮定するならば、それは恐らくゲインらが行おうとしてた亜空間破壊装置の破壊の結果によるものと考えられる。
そして、そうだとするならば現れた城は即ち、自分達が最初に集められた場所であり、今もこのゲームを管理している地――ギガゾンビの拠点であろう。
しかし、そう仮定するも、この仮定には決定的な矛盾がある。
それが、『誰が破壊したのか』という点。
現在まで生存している自分以外の参加者12名のうち、自分達の仲間であるのがセイバーという剣士を除く11名。
そして、そのうち6名は病院で待機しており、残る5名も病院に向かっている最中のはず。
装置を破壊する為の人員などいない上に、残りの装置がある寺と温泉に向かうは距離的にも不可能なはずだった。
「――ったく、ここに来て気になることが一気に増えるとはな……。俺って、そんなに日頃の行い悪いかねぇ」
勿論、今回の現象が装置破壊に寄らない別の現象であると考えることも出来る。
例えば、あの巨人のようなモノの出現とかかわりがあるのかもしれない。
だが、それでも装置破壊の可能性を拭いきれない彼は、その事実の確認についても話をしようと決め、今度こそ病院へ向かって歩を進めようとする。
――しかし。
「ふぁいや~~~、わぶっ!!」
「うぉっと! な、何だ何だ?」
その歩はまたも止められた。
今度は、彼の足に突如としてぶつかってきた小さな少年によって。
「いてててて……。モ、モ~、何でこんなところに電柱があるんだゾ……」
「おいおい、そんな血まみれで大丈夫か、ボウz――――――!!」
自分の足にぶつかり、転んだ少年に手を差し伸べようとしたゲインはここで気付いた。
生存者の中で最も年下であろうその体躯、特徴的なジャガイモ頭、そしてその服装……。
何もかもが、彼の探し続けた人物のものと合致していた。
――しんのすけ……を……よろし……く…………
身を呈して自分を助けてくれた女性の愛する子供であり、彼が絶対に守り通すと心に決めていた少年。
それが今目の前に……。
ゲインは改めて少年に声を掛けた。
「ボウズ……ノハラ・シンノスケ、だな?」
◆
しんのすけは突然見知らぬ男に名前を呼ばれ、顔をキョトンとさせる。
「え? 何でオラの名前をおじさんが知ってるの? てゆーか、おじさん誰?」
「おいおい、おじさんはよしてくれや。俺はまだ若いつもりなんだからな」
苦笑しながら男はしゃがんで、しんのすけと目線を合わせる。
「俺はゲイン・ビジョウ。ミサエからお前の事を任されたエクソダス請負人だ」
ゲインと名乗った男は、そう言ってしんのすけの頭を撫でる。
「え? おじさん、母ちゃんのこと知ってるの?」
「あぁ。短い間だったが一緒にいてな……」
ゲインはそう言いながら、何やら表情を曇らせる。
だが、その表情の変化にしんのすけは気付かない。
「――ところで、お前は一人なのか? その……誰かと一緒じゃなかったのか?」
「う~ん、ついさっきまで、キョンのお兄さんとハルヒお姉さん、トウカお姉さんだったんだけど、剣を持ったお姉さんがいきなり襲ってきて、そしたら変なハニワに変なところに飛ばされて、そしたらキョンのお兄さんがやってきてそれで…………」
そこまで言ったところで、しんのすけは顔をはっとさせる。
「そ、そうだゾ!! オラ、これを病院にお届けしなくちゃいけないんだゾ!!」
「これって……その荷物の事か?」
「そうだゾ! オラ、キョンお兄さんから頼まれたんだゾ! 荷物を届けてくれ、って!」
「……ちょっと見せてもらってもいいか?」
ゲインはしんのすけが背負ったままのデイパックを開くと、何やら小さい端末が繋がったままのノート型のパソコンが姿を見せた。
そして、それを見るとゲインは真剣な面持ちで、再度しんのすけの頭を撫でる。
「なるほどな。確かにこれは病院に急いで届けなくちゃいけない代物だ」
「そうなんだゾ! だから早――おぉぉぉっ!!」
しんのすけがまくし立てようとすると、その体はいきなり宙に浮く。
そして、その浮いた体はゲインの腕の中にすっぽり納まる。
「よくここまで頑張ったな、シンノスケ。流石、ミサエの息子だ。……後は俺に任せろ。俺が病院までお前さんごと運んでやるよ」
「お~! オラごと宅急便されちゃってる~」
「そんじゃ、出発だ。しっかり掴まっとけよ!」
「ほっほ~い! 出発おしんこ、キュウリの糠漬け~!」
しんのすけの掛け声と共に、ゲインは地面を蹴った。
一路、病院へと戻るために。
◆
「……なるほど。キョンとやらは一人でどこかに行っちまった、ってわけか」
「うん。お兄さんはハルヒお姉さんをお助けに行っちゃったんだゾ。キスをした女を助けないのは男じゃないって言って」
「ほぉ、そういうことか……」
しんのすけから聞いた話から鑑みるに、やはり事態はまさにゲインの想定していた悪い方向に進んでいるようだった。
しかも、ツチダマ――しんのすけ曰く変なハニワ――が参加者に干渉しはじめているということは、ギガゾンビが自ら動き出し始めている可能性がある。
あの巨人ももしかしたら彼による差し金という可能性も……。
これは是が非でも病院に戻り、一度対策を練り直すべきだろう。
今後、エクソダスのこれ以上の詳細についてギガゾンビに勘付かれないように。
そして、しんのすけが別離したというハルヒやキョンの捜索を行うために。
「ねぇねぇ、ちょっといい?」
そんな風に今後の事を考えていると、不意にしんのすけが声をかけてきた。
「ん? どうした?」
「お兄さん、病院に誰がいるか知ってるの~?」
「あぁ、知ってるとも。あそこには俺たちの仲間が大勢いる。ま、中には俺みたいに、少しその場を離れてる奴もいるけどな」
「ふ~ん。それじゃあ、父ちゃんや母ちゃんもそこにいるの?」
「……え?」
それは彼にとっては、あまりに今更な質問だった。
何せ、彼の父親ひろしと母親みさえは既に……。
「とーちゃんもかーちゃんも、オラがいなくてもシッカリやってるか不安なんだゾ。やれやれ……」
腕に抱きかかえた少年は、さも両親がまだ存在していることが当然かのように言葉を紡ぐ。
そして、そのあまりの無邪気な声を聞いていてゲインは気付く。
――彼はまだ両親の死を知らないのでは、と。
「早く皆で春日部に帰らないと、ひまやシロがお腹ペコペコで倒れちゃうから心配だゾ~」
恐らく、ロック達がしんのすけを気遣って、今までその事実を隠し通してきたのだろう。
まだ年端もいかない少年に、両親の死という事実は酷すぎるだろうということで。
それは確かに正しい判断だったかもしれない。
しかし、この両親の死を隠された優しい虚構の世界は時に遅効性の毒のように人をじわじわと苦しめる。
まるで、ぬるま湯のように。
ぬるま湯は、確かに人にとって心地よい空間であり、いつまでも浸かっていたくなる。
だが、いつまでも浸かっていると、いざそこから出た時に外の世界の冷たさに余計に衝撃を受けてしまう。
つまり、隠し通せば隠し通すほど、後に現実と直面したしんのすけに多大なダメージを与えてしまうことになるのだ。
ましてや、両親の死などという事実はいつまでも隠しとおせるものではなく、時間が経てば必ずばれてしまう。
そう考えるとすると、目の前の少年をそのぬるま湯から引き上げるなら今がチャンス……。
今なら、まだ受ける衝撃も小さくて済むはずなのだ。
(悪いなロック。お前の気持ちは痛いくらいに分かるんだが……)
心の中で今までしんのすけを保護してきた男に詫びを入れると、ゲインは立ち止まり、抱いていたしんのすけを地面に下ろす。
「お? どーしたの、おじさん。まだ病院じゃないゾ?」
「……病院に戻る前にお前に話しておかなきゃならないことがある」
そこでゲインは一呼吸入れて、気持ちを落ち着かせると、再び口を開く。
「いいかシンノスケ。お前の父親と母親はな――――――」
◆
「……え?」
しんのすけはゲインの言葉を聞いて、硬直する。
「おじさん、ウ、ウソついちゃダメだゾ。ウソつきはドロボーの始まりだって母ちゃんも言ってるし……」
「嘘じゃない。二人とも、もうこの世にはいない。……死んだんだ」
「だ、だって、さっきおじさん、母ちゃんに頼まれたって……」
「あぁ、頼まれたとも。俺の事を庇って死んだ時、その遺言として託されたんだ」
ゲインは一度立ち止まり、真剣な眼差しでしんのすけを見ながら喋る。
その顔からは、彼が嘘をついているようには聞こえない。
「でも……でも! ロックお兄さんもキョンのお兄さんさんも、ハルヒお姉さんも魅音お姉さんもサトちゃんもトウカお姉さんもエルルゥお姉さんもそんなこと一言も……。それじゃ、皆オラに嘘ついてたってことなの!? そんなはずないゾ!」
「ロック達はお前の事を思って、あえて言わなかったんだよ。……そこらへんの嘘つきとは違う」
「それじゃ……それじゃ、本当に父ちゃんと母ちゃんは…………?」
ゲインの顔を見上げると、彼は黙って首を縦に振った。
その彼の言葉や表情を見るに、それは嘘や冗談などではなく、紛う事なき事実なのだろう。
いや、ゲインから話を聞き始めた時から、しんのすけは薄々本当の事なのだろうと考えていた。
ただ、それを信じたくなかったのだ。
しかし、現実はそんなしんのすけの期待通りにはならなかったようで……。
「父ちゃん……」
ヒゲがジョリジョリして、足は臭く、いつも妻のみさえの尻に敷かれていた冴えない父親のひろし。
だが、それでも彼はしんのすけにとって愛すべき、唯一の父であった。
――父ちゃんは、いつでも見守ってる。おまえの心の中にいる。……だからな、泣くんじゃないぞ。
夢の中の父は、そう言って力強く抱きしめてくれた。
まるで今生の別れのように。
「母ちゃん…………」
尻が大きく、口うるさい上に、すぐにぐりぐり攻撃をしてきた厳しい母親のみさえ。
そんな彼女もまた、しんのすけにとっては何者にも代え難い母親であった。
「ミサエは本当に勇敢で、そして優しいご婦人だった。お前は、そのことを誇りに思っていい。胸を張っていい」
ゲインに頭を撫でられながら、しんのすけは俯き、震える。
――泣きたかった。声を出して、涙を流したかった。
だが、しんのすけはそれを堪える。
“泣くんじゃないぞ”をいう父の言葉を思い出して。
ひろしも言っていたじゃないか。
いつでも見守ってる。心の中にいる、と。
そう、しんのすけが存在する限り、二人は自身の中に生き続けるのだ。
無論、ヘンゼルや魅音、沙都子たちもまた然りだ。
そして、だからこそそんな彼ら達の分も、しんのすけは生きなければならない。生きて春日部に帰らなくてはならない。
その為にも――――。
「オラ……頑張るゾ。父ちゃんや母ちゃんの分も、皆をお助けするんだゾ……!!」
しんのすけは顔を上げ、まっすぐ前を見ると、その足で病院への一歩をしっかりと踏み出した。
◆
「……もう、大丈夫なのか?」
「うん。それにオラがこれを病院にお届けしないと、キョンお兄さんとのお約束を守れないし、ハルヒお姉さん達をお助けできないんだゾ!」
(大した子供だ……)
ゲインは目の前を歩く少年を見ながら、素直に感嘆していた。
この少年、しんのすけはこの歳ありながら両親の死という現実と直面した。
しかし、彼はその現実を受け入れ、その上で前へと、未来へと足を進める決意をしたのだ。
自分でさえ、ウッブスでのエクソダス失敗による惨劇の直後は、しばらく塞ぎこんだというのに。
(やはりこの子は、紛う事無いミサエの息子なんだな)
最期の最期まで気丈だった女性、野原みさえ。
彼女の心の強さは、きちんと息子にも受け継がれていた。
……いや、きっと彼女だけではない。
恐らく、彼女の夫でありしんのすけの父親であるひろしという男もまた、みさえと同じように強い人物だったのだろう。
だからこそ、その間に生まれた子は、こんなにも強くまっすぐに育ったのだ。
「おじさーーん! 早く早くぅー!!」
「だから、おじさんはよせって言ってるだろうが!」
ゲインは目の前を走るしんのすけを追いかけながら、ふと空を見上げる。
「……ミサエ。それにヒロシ。お前らの息子は、この俺が必ずエクソダスさせてみせる。だから、安心してくれ」
首輪解除に亜空間破壊装置、更に突如現れた城や消えたキョンとハルヒなど、まだまだ問題は山積みのまま。
だが、それでもゲインは決してエクソダスを諦めない。
主催者を打ち倒す為。
ウッブスの悲劇を繰り返さない為。
みさえとの約束を果たす為。
そして、しんのすけの未来を守る為に……。
【C-3・道路上/2日目・午後】
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】
[状態]:右手に火傷(小)、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、腹部に重度の損傷(外傷は塞がった)
[装備]:ウィンチェスターM1897(残弾数5/5、予備弾薬×25発)、NTW20対物ライフル(弾数3/3)、悟史のバット
[道具]:デイパック、支給品一式、スパイセットの目玉と耳(×2セット)
トラック組の知人宛てのメッセージを書いたメモ、エクソダス計画書
[思考]
基本:ギガゾンビを打倒し、ここからエクソダス(脱出)する。
1:しんのすけと共に病院に戻り、見聞きした情報を整理する(巨人や謎の城について、キョンとハルヒについて等)
2:しんのすけを守り抜く。
3:皆を率いてエクソダス計画を進行させる。
4:時間に余裕があれば、是非ともトウカと不二子を埋葬しに戻りたい。
[備考]
※仲間から聞き逃した第三放送の内容を得ました。
※首輪の盗聴器は、ホテル倒壊の轟音によって故障しています。
※モールダマから得た情報及び考察をメモに記しました。
※亜空間破壊装置が完全に破壊されたのでは、と少なからず考えています。
※この時点では、ゲインは神人が病院へ害をなす可能性を考えています。
◆
少年は駆ける。
病院へ向けて。
ただ、まっすぐに。
ただ、ひたすらに。
ただ、がむしゃらに。
青年に託された荷物を背負いながら。
仲間を助けたいという願いを持ちながら。
そして、死んでいった両親の想いを胸に秘めながら。
(オラ、絶対に春日部に帰るんだゾ。そしたら、ひまやシロのドーメンをちゃんと見るゾ。幼稚園にも遅刻しないゾ。
お片づけもちゃんとするゾ。だから……だから、オラのこと、ちゃんと見ていて欲しいんだゾ!)
「野原しんのすけ、ファイヤー!!!」
世界はいつだって“こんなはずじゃない事”だらけだ。
それは遥か昔から、いつの時代でも、誰でも同じ事。
それに、背を向けるのは楽なこと。
それに、面と向かうのは辛いこと。
そのどちらを選ぶのかは、その人次第だけれど――――少年は選んだ。
前を向き、真っ向から立ち向かう道を。
その先にある未来を信じて。
【現在地・時間はゲインに同じく】
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:全身にかすり傷、頭にふたつのたんこぶ、腹部に軽傷、
SOS団名誉団員認定、全身が沙都子の血で汚れている
[装備]:なし
[道具]:デイバッグと支給品一式×4(食料-5)、わすれろ草、
キートンの大学の名刺 ロープ、ノートパソコン+ipod(つながっている)
[思考]
基本:皆でここから脱出して、春日部に帰る
1:病院に向かって助けを呼ぶ。
2:何か出来ることを探したい。
[備考]
※両親の死を知りました。
*時系列順で読む
Back:[[夜天舞う星と雷]] Next:[[I,ROBOT]]
*投下順で読む
Back:[[夜天舞う星と雷]] Next:[[I,ROBOT]]
|277:[[せおわれたもの]]|ゲイン・ビジョウ|285:[[LIVE THROUGH(前編)]]|
|280:[[I have no regrets. This is the only path]]|野原しんのすけ|285:[[LIVE THROUGH(前編)]]|
*ウソのない世界 ◆lbhhgwAtQE
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」
野原しんのすけは駆ける。
市街地西部を南北に貫く道路を病院に向かって南の方角へ。
ただ、まっすぐに。
ただ、ひたすらに。
しかし、その小さな背中に背負うデイパックは幼稚園児の体にはまだ大きくのしかかるサイズだ。
彼の足取りは、徐々に遅くなってゆき、そして最後には立ち止まってしまう。
「ふぅ、ふぅ……リュックが大きくて走りにくいゾ……」
背中の荷物さえなければもっと速く走れるかもしれない。
だが、少年はそれをしない。
なぜなら、その荷物は青年に病院に託された大切なものなのだから。
――ともかく、このデイパックを持って病院まで行ってくれ。
青年の目は真剣そのものだった。
そんな目を見てしまっては、しんのすけも男としては断るわけにはいかない。
そう、これは男と男のお約束なのだ(あのポーズをしたわけではないが)。
男と男のお約束は、決して破るわけにはいかない神聖なもの。
しかも、その青年は一人でとても強い剣士の下へと向かっていった。
今、彼の為に助けを呼べるのはしんのすけ以外にいない。
「そうだゾ……オラがこんなところで弱音なんて吐いちゃ、シメジがつかないんだゾ……!!」
しんのすけは肩からずれそうになっていたベルトを正すと、再度道の向こうを見据える。
「野原しんのすけ、ファイヤー!!!!!!」
そして、少年は再度走り出した。
白髪の少年と一緒に女剣士から逃げた道をまっすぐ走る。
アスファルトの舗装が剥がれ、破壊の痕跡の残る通りを走る。
たとえ、石につまずいて転んだとしても、すぐに起き上がる。
疲労がピークに達しようと、膝をすりむこうと、鼻血が垂れようと気にしない。
彼には立ち止まっている暇などないのだから。
全ては自分に荷物を託した青年との約束を果たす為。仲間のピンチを救う為。そして、皆が元気な姿で帰る為。
――自分を含めた皆の未来の為に少年は走り続けた。
◆
しんのすけが走り出したのと時を同じくして。
そのしんのすけを迎えに行こうと病院を飛び出したゲインが、彼らのいたとされる民家に到着していた。
ただし、彼が到着した時は既にそこには探していた少年を含めたロックの仲間達の姿はなかったが。
静寂が支配するそこに残っているのは、生々しい破壊の痕跡。
そして……。
「遅かった……のか」
民家の庭らしき場所に来ていた彼の足元には、一人の少女が倒れていた。
血にまみれ、完全に絶命した状態の少女が。
その普通の人間とは違う形をした耳や髪形から察するに、彼女はロックの仲間の一人だったトウカという武士だろう。
武士――ニンポーを使うニンジャと同じ時代にヤーパンに存在したという剣士。
一度で良いから、その剣術とやらを見てみたかったのだが、それはどうやら叶わないようだ。
そして、更にその少女の遺体の横へ目を向けると、そこには小高く盛られた土の山が2つ並んでいた。
――それが墓なのだと仮定すると、恐らくこの土の下には山の数だけ、すなわち二人分の遺体が眠っているはず。
更に言うならば、その二人というのは、ここに残っていたメンバーであり、先程の放送で名前を呼ばれた園崎魅音と北条沙都子という二人の少女だろう。
「こんな場所でご婦人が3人も犠牲に……いや、4人か」
破壊された民家の中を一度捜索したゲインはそこでもう一人の妙齢の女性の遺体を見つけていた。
そして、それが民家襲撃の最有力容疑者であり、二人と同じく放送で名前を呼ばれた女性、峰不二子であることも彼は気付いていた。
不二子はエクソダスを目指すゲインらから見れば敵ともいえる参加者であったが、それでも彼は彼女の遺体を無碍にはせずに、その見開いた目を閉じさせ、近くにあった毛布を被せてやっていた。
――たとえ敵でも、息絶えた女性をそのまま野ざらしになど出来ない。
それが、ゲイン・ビジョウという男だった。
「しかし、こいつは納得がいかないな」
彼は、トウカの体に民家から引っ張り出した毛布を被せながら、1つの疑問を抱いていた。
その疑問の原因は、他ならないこのトウカという少女の遺体という存在。
彼女がここで息絶えているという事は単純に考えると、仲間二人と共にここに戻ってきた際に、何かしらの戦闘に巻き込まれたということだ。
そして、そうだとするならば、ここに遺体のない他の仲間達は何故、同じ仲間である彼女をこのように野晒しにしていったのだろうか。
たとえ、何かをする間もなくレヴィとカズマがここに到着したのだとしても、彼らは彼女をこのまま放置したまま病院に戻るだろうか。
――答えは否だ。ロックから聞いていた仲間内での信頼関係から察すればそれは無いはず。
しかし、事実として彼女は放置されていた。
まるで、彼女を弔う暇もなく何かしらのアクシデントに巻き込まれたかのごとく。
「…………予感で済めばいい話なんだけどな」
ただの予感であってほしい。
実際はレヴィ達に連れられて病院に向かっている真っ最中、異常なんて微塵もない――そんな現実であってほしい。
だがそんな期待を裏切るかのように、目を遠くへ向けたゲインの視界には、人型をした何か巨大なものが映る。
「何で矢継早にこんなに色々と……!」
目を向けた方角は南方。
そして、その方向には仲間たちが待つ病院もあり、その巨人が彼らを襲うという可能性も彼の脳裏をよぎる。
「……これは一度戻ったほうが良さそうだな、おい」
彼は苦虫を潰したような表情をすると、立ち上がった。
一度病院に戻り、しんのすけらが戻ってきているかを確認し、あの巨人のような存在の正体や意図を見極める為に。
そう願いつつも、ゲインは立ち上がる。
病院に戻り、しんのすけらがきちんと到着しているのかを確認する為に。
「……申し訳ない、ご婦人方。俺は諸事情から病院に戻らなくてはならなくなってしまいました。
ですが、必ずやここに戻ってきて、あなた方を弔って差し上げます。ですから、しばしの間待っていてください。……それでは!」
トウカの遺体、そして不二子の遺体のある方角を一瞥すると、ゲインは再度走り出した。
しんのすけらが自分の予想を裏切って、無事に病院に到着している事を祈りながら。
民家を飛び出たゲインが再び病院へ繋がる大通りに戻るのにそう時間はかからなかった。
「ただの無駄足で済んでくれよぉ……」
途中小さく聞こえてきた轟音や銃声に不安を募らせつつも、彼は病院の方向へと足を向ける。
――と、その時だった。
背後から僅かにだが何かが爆発したかような音が聞こえたかと思うと、突如自分達を見下ろしていた空が歪んだ。
文字通り、映像を写していたスクリーンが波打ち、引き裂かれたかのように。
「な、何だ!? 一体何が……」
突然の事態にゲインは思わずその場に立ち止まり、空を見渡す。
すると、北を向いた彼はそこで“ないはず”のものを見つけてしまった。
「あ、あれは何だ……? 城……か?」
歴史の本でしか見たことのないような形をした建造物。
今までなかったはずのそのような建物が、北の空に確かに現れていたのだ。
そして、そこで彼は薄々気づき始めた。
その現象が何故起こったのか、あの城のような建物は何なのかに。
「亜空間破壊装置……誰かが残りを破壊したってのか? 俺たちじゃない誰かが……」
空が歪み、今まで見えなかった城が姿を現す――それを大規模な空間の変動だと仮定するならば、それは恐らくゲインらが行おうとしてた亜空間破壊装置の破壊の結果によるものと考えられる。
そして、そうだとするならば現れた城は即ち、自分達が最初に集められた場所であり、今もこのゲームを管理している地――ギガゾンビの拠点であろう。
しかし、そう仮定するも、この仮定には決定的な矛盾がある。
それが、『誰が破壊したのか』という点。
現在まで生存している自分以外の参加者12名のうち、自分達の仲間であるのがセイバーという剣士を除く11名。
そして、そのうち6名は病院で待機しており、残る5名も病院に向かっている最中のはず。
装置を破壊する為の人員などいない上に、残りの装置がある寺と温泉に向かうは距離的にも不可能なはずだった。
「――ったく、ここに来て気になることが一気に増えるとはな……。俺って、そんなに日頃の行い悪いかねぇ」
勿論、今回の現象が装置破壊に因らない別の現象であると考えることも出来る。
例えば、あの巨人のようなモノの出現とかかわりがあるのかもしれない。
だが、それでも装置破壊の可能性を拭いきれない彼は、その事実の確認についても話をしようと決め、今度こそ病院へ向かって歩を進めようとする。
――しかし。
「ふぁいや~~~、わぶっ!!」
「うぉっと! な、何だ何だ?」
その歩はまたも止められた。
今度は、彼の足に突如としてぶつかってきた小さな少年によって。
「いてててて……。モ、モ~、何でこんなところに電柱があるんだゾ……」
「おいおい、そんな血まみれで大丈夫か、ボウz――――――!!」
自分の足にぶつかり、転んだ少年に手を差し伸べようとしたゲインはここで気付いた。
生存者の中で最も年下であろうその体躯、特徴的なジャガイモ頭、そしてその服装……。
何もかもが、彼の探し続けた人物のものと合致していた。
――しんのすけ……を……よろし……く…………
身を呈して自分を助けてくれた女性の愛する子供であり、彼が絶対に守り通すと心に決めていた少年。
それが今目の前に……。
ゲインは改めて少年に声を掛けた。
「ボウズ……ノハラ・シンノスケ、だな?」
◆
しんのすけは突然見知らぬ男に名前を呼ばれ、顔をキョトンとさせる。
「え? 何でオラの名前をおじさんが知ってるの? てゆーか、おじさん誰?」
「おいおい、おじさんはよしてくれや。俺はまだ若いつもりなんだからな」
苦笑しながら男はしゃがんで、しんのすけと目線を合わせる。
「俺はゲイン・ビジョウ。ミサエからお前の事を任されたエクソダス請負人だ」
ゲインと名乗った男は、そう言ってしんのすけの頭を撫でる。
「え? おじさん、母ちゃんのこと知ってるの?」
「あぁ。短い間だったが一緒にいてな……」
ゲインはそう言いながら、何やら表情を曇らせる。
だが、その表情の変化にしんのすけは気付かない。
「――ところで、お前は一人なのか? その……誰かと一緒じゃなかったのか?」
「う~ん、ついさっきまで、キョンのお兄さんとハルヒお姉さん、トウカお姉さんだったんだけど、剣を持ったお姉さんがいきなり襲ってきて、
そしたら変なハニワに変なところに飛ばされて、そしたらキョンのお兄さんがやってきてそれで…………」
そこまで言ったところで、しんのすけは顔をはっとさせる。
「そ、そうだゾ!! オラ、これを病院にお届けしなくちゃいけないんだゾ!!」
「これって……その荷物の事か?」
「そうだゾ! オラ、キョンお兄さんから頼まれたんだゾ! 荷物を届けてくれ、って!」
「……ちょっと見せてもらってもいいか?」
ゲインはしんのすけが背負ったままのデイパックを開くと、何やら小さい端末が繋がったままのノート型のパソコンが姿を見せた。
そして、それを見るとゲインは真剣な面持ちで、再度しんのすけの頭を撫でる。
「なるほどな。確かにこれは病院に急いで届けなくちゃいけない代物だ」
「そうなんだゾ! だから早――おぉぉぉっ!!」
しんのすけがまくし立てようとすると、その体はいきなり宙に浮く。
そして、その浮いた体はゲインの腕の中にすっぽり納まる。
「よくここまで頑張ったな、シンノスケ。流石、ミサエの息子だ。……後は俺に任せろ。俺が病院までお前さんごと運んでやるよ」
「お~! オラごと宅急便されちゃってる~」
「そんじゃ、出発だ。しっかり掴まっとけよ!」
「ほっほ~い! 出発おしんこ、キュウリの糠漬け~!」
しんのすけの掛け声と共に、ゲインは地面を蹴った。
一路、病院へと戻るために。
◆
「……なるほど。キョンとやらは一人でどこかに行っちまった、ってわけか」
「うん。お兄さんはハルヒお姉さんをお助けに行っちゃったんだゾ。キスをした女を助けないのは男じゃないって言って」
「ほぉ、そういうことか……」
しんのすけから聞いた話から鑑みるに、やはり事態はまさにゲインの想定していた悪い方向に進んでいるようだった。
しかも、ツチダマ――しんのすけ曰く変なハニワ――が参加者に干渉しはじめているということは、ギガゾンビが自ら動き出し始めている可能性がある。
あの巨人ももしかしたら彼による差し金という可能性も……。
これは是が非でも病院に戻り、一度対策を練り直すべきだろう。
今後、エクソダスのこれ以上の詳細についてギガゾンビに勘付かれないように。
そして、しんのすけが別離したというハルヒやキョンの捜索を行うために。
「ねぇねぇ、ちょっといい?」
そんな風に今後の事を考えていると、不意にしんのすけが声をかけてきた。
「ん? どうした?」
「お兄さん、病院に誰がいるか知ってるの~?」
「あぁ、知ってるとも。あそこには俺たちの仲間が大勢いる。ま、中には俺みたいに、少しその場を離れてる奴もいるけどな」
「ふ~ん。それじゃあ、父ちゃんや母ちゃんもそこにいるの?」
「……え?」
それは彼にとっては、あまりに今更な質問だった。
何せ、彼の父親ひろしと母親みさえは既に……。
「とーちゃんもかーちゃんも、オラがいなくてもシッカリやってるか不安なんだゾ。やれやれ……」
腕に抱きかかえた少年は、さも両親がまだ存在していることが当然かのように言葉を紡ぐ。
そして、そのあまりの無邪気な声を聞いていてゲインは気付く。
――彼はまだ両親の死を知らないのでは、と。
「早く皆で春日部に帰らないと、ひまやシロがお腹ペコペコで倒れちゃうから心配だゾ~」
恐らく、ロック達がしんのすけを気遣って、今までその事実を隠し通してきたのだろう。
まだ年端もいかない少年に、両親の死という事実は酷すぎるだろうということで。
それは確かに正しい判断だったかもしれない。
しかし、この両親の死を隠された優しい虚構の世界は時に遅効性の毒のように人をじわじわと苦しめる。
まるで、ぬるま湯のように。
ぬるま湯は、確かに人にとって心地よい空間であり、いつまでも浸かっていたくなる。
だが、いつまでも浸かっていると、いざそこから出た時に外の世界の冷たさに余計に衝撃を受けてしまう。
つまり、隠し通せば隠し通すほど、後に現実と直面したしんのすけに多大なダメージを与えてしまうことになるのだ。
ましてや、両親の死などという事実はいつまでも隠しとおせるものではなく、時間が経てば必ずばれてしまう。
そう考えるとすると、目の前の少年をそのぬるま湯から引き上げるなら今がチャンス……。
今なら、まだ受ける衝撃も小さくて済むはずなのだ。
(悪いなロック。お前の気持ちは痛いくらいに分かるんだが……)
心の中で今までしんのすけを保護してきた男に詫びを入れると、ゲインは立ち止まり、抱いていたしんのすけを地面に下ろす。
「お? どーしたの、おじさん。まだ病院じゃないゾ?」
「……病院に戻る前にお前に話しておかなきゃならないことがある」
そこでゲインは一呼吸入れて、気持ちを落ち着かせると、再び口を開く。
「いいかシンノスケ。お前の父親と母親はな――――――」
◆
「……え?」
しんのすけはゲインの言葉を聞いて、硬直する。
「おじさん、ウ、ウソついちゃダメだゾ。ウソつきはドロボーの始まりだって母ちゃんも言ってるし……」
「嘘じゃない。二人とも、もうこの世にはいない。……死んだんだ」
「だ、だって、さっきおじさん、母ちゃんに頼まれたって……」
「あぁ、頼まれたとも。俺の事を庇って死んだ時、その遺言として託されたんだ」
ゲインは一度立ち止まり、真剣な眼差しでしんのすけを見ながら喋る。
その顔からは、彼が嘘をついているようには聞こえない。
「でも……でも! ロックお兄さんもキョンのお兄さんも、ハルヒお姉さんも魅音お姉さんもサトちゃんもトウカお姉さんもエルルゥお姉さんもそんなこと一言も……。
それじゃ、皆オラに嘘ついてたってことなの!? そんなはずないゾ!」
「ロック達はお前の事を思って、あえて言わなかったんだよ。……そこらへんの嘘つきとは違う」
「それじゃ……それじゃ、本当に父ちゃんと母ちゃんは…………?」
ゲインの顔を見上げると、彼は黙って首を縦に振った。
その彼の言葉や表情を見るに、それは嘘や冗談などではなく、紛う事なき事実なのだろう。
いや、ゲインから話を聞き始めた時から、しんのすけは薄々本当の事なのだろうと考えていた。
ただ、それを信じたくなかったのだ。
しかし、現実はそんなしんのすけの期待通りにはならなかったようで……。
「父ちゃん……」
ヒゲがジョリジョリして、足は臭く、いつも妻のみさえの尻に敷かれていた冴えない父親のひろし。
だが、それでも彼はしんのすけにとって愛すべき、唯一の父であった。
――父ちゃんは、いつでも見守ってる。おまえの心の中にいる。……だからな、泣くんじゃないぞ。
夢の中の父は、そう言って力強く抱きしめてくれた。
まるで今生の別れのように。
「母ちゃん…………」
尻が大きく、口うるさい上に、すぐにぐりぐり攻撃をしてきた厳しい母親のみさえ。
そんな彼女もまた、しんのすけにとっては何者にも代え難い母親であった。
「ミサエは本当に勇敢で、そして優しいご婦人だった。お前は、そのことを誇りに思っていい。胸を張っていい」
ゲインに頭を撫でられながら、しんのすけは俯き、震える。
――泣きたかった。声を出して、涙を流したかった。
だが、しんのすけはそれを堪える。
“泣くんじゃないぞ”という父の言葉を思い出して。
ひろしも言っていたじゃないか。
いつでも見守ってる。心の中にいる、と。
そう、しんのすけが存在する限り、二人は自身の中に生き続けるのだ。
無論、ヘンゼルや魅音、沙都子たちもまた然りだ。
そして、だからこそそんな彼らの分も、しんのすけは生きなければならない。生きて春日部に帰らなくてはならない。
その為にも――――。
「オラ……頑張るゾ。父ちゃんや母ちゃんの分も、皆をお助けするんだゾ……!!」
しんのすけは顔を上げ、まっすぐ前を見ると、その足で病院への一歩をしっかりと踏み出した。
◆
「……もう、大丈夫なのか?」
「うん。それにオラがこれを病院にお届けしないと、キョンお兄さんとのお約束を守れないし、ハルヒお姉さん達をお助けできないんだゾ!」
(大した子供だ……)
ゲインは目の前を歩く少年を見ながら、素直に感嘆していた。
この少年、しんのすけはこの歳でありながら両親の死という現実と直面した。
しかし、彼はその現実を受け入れ、その上で前へと、未来へと足を進める決意をしたのだ。
自分でさえ、ウッブスでのエクソダス失敗による惨劇の直後は、しばらく塞ぎこんだというのに。
(やはりこの子は、紛う事無いミサエの息子なんだな)
最期の最期まで気丈だった女性、野原みさえ。
彼女の心の強さは、きちんと息子にも受け継がれていた。
……いや、きっと彼女だけではない。
恐らく、彼女の夫でありしんのすけの父親であるひろしという男もまた、みさえと同じように強い人物だったのだろう。
だからこそ、その間に生まれた子は、こんなにも強くまっすぐに育ったのだ。
「おじさーーん! 早く早くぅー!!」
「だから、おじさんはよせって言ってるだろうが!」
ゲインは目の前を走るしんのすけを追いかけながら、ふと空を見上げる。
「……ミサエ。それにヒロシ。お前らの息子は、この俺が必ずエクソダスさせてみせる。だから、安心してくれ」
首輪解除に亜空間破壊装置、更に突如現れた城や消えたキョンとハルヒなど、まだまだ問題は山積みのまま。
だが、それでもゲインは決してエクソダスを諦めない。
主催者を打ち倒す為。
ウッブスの悲劇を繰り返さない為。
みさえとの約束を果たす為。
そして、しんのすけの未来を守る為に……。
【C-3・道路上/2日目・午後】
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】
[状態]:右手に火傷(小)、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、腹部に重度の損傷(外傷は塞がった)
[装備]:ウィンチェスターM1897(残弾数5/5、予備弾薬×25発)、NTW20対物ライフル(弾数3/3)、悟史のバット
[道具]:支給品一式、スパイセットの目玉と耳(×2セット)
トラック組の知人宛てのメッセージを書いたメモ、エクソダス計画書
[思考]
基本:ギガゾンビを打倒し、ここからエクソダス(脱出)する。
1:しんのすけと共に病院に戻り、見聞きした情報を整理する(巨人や謎の城について、キョンとハルヒについて等)
2:しんのすけを守り抜く。
3:皆を率いてエクソダス計画を進行させる。
4:時間に余裕があれば、是非ともトウカと不二子を埋葬しに戻りたい。
[備考]
※仲間から聞き逃した第三放送の内容を得ました。
※首輪の盗聴器は、ホテル倒壊の轟音によって故障しています。
※モールダマから得た情報及び考察をメモに記しました。
※亜空間破壊装置が完全に破壊されたのでは、と少なからず考えています。
※この時点では、ゲインは神人が病院へ害をなす可能性を考えています。
◆
少年は駆ける。
病院へ向けて。
ただ、まっすぐに。
ただ、ひたすらに。
ただ、がむしゃらに。
青年に託された荷物を背負いながら。
仲間を助けたいという願いを持ちながら。
そして、死んでいった両親の想いを胸に秘めながら。
(オラ、絶対に春日部に帰るんだゾ。そしたら、ひまやシロのドーメンをちゃんと見るゾ。幼稚園にも遅刻しないゾ。
お片づけもちゃんとするゾ。だから……だから、オラのこと、ちゃんと見ていて欲しいんだゾ!)
「野原しんのすけ、ファイヤー!!!」
世界はいつだって“こんなはずじゃない事”だらけだ。
それは遥か昔から、いつの時代でも、誰でも同じ事。
それに、背を向けるのは楽なこと。
それに、面と向かうのは辛いこと。
そのどちらを選ぶのかは、その人次第だけれど――――少年は選んだ。
前を向き、真っ向から立ち向かう道を。
その先にある未来を信じて。
【現在地・時間はゲインに同じく】
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:全身にかすり傷、頭にふたつのたんこぶ、腹部に軽傷
SOS団名誉団員認定、全身が沙都子の血で汚れている
[装備]:なし
[道具]:デイバッグと支給品一式×4(食料-5)、わすれろ草、
キートンの大学の名刺 ロープ、ノートパソコン+ipod(つながっている)
[思考]
基本:皆でここから脱出して、春日部に帰る
1:病院に向かって助けを呼ぶ。
2:何か出来ることを探したい。
[備考]
※両親の死を知りました。
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