彼女の死を乗り越えて ◆7jHdbD/oU2
轟音とも呼べる歌声がなくなり、驚くほど静かになったその部屋で、カラオケの筐体が選曲を待っている。
それに構うことなく、ヘテロクロミアの人形、翠星石はうなだれる大柄の少年、ジャイアンをじっと見つめていた。
ジャイアンはそのことに気付いてはいない。ただただ、自分が衝動的に放ちかけた言葉を心の中で反芻していた。
『ぶっ殺してやる』
日常的に、深く考えることなく使っていた言葉だ。当然、本気でそんなことを思ったことなど一度もない。
だというのに殺すという言葉を使っていたのは、ジャイアンにとって『死』というものが遠く、実感の伴わないものだったからだ。
それでも今、吐き気を催すほどに死は現実感を伴っていた。
彼は死の残酷さと無情さを見せ付けられたのだ。それも、最悪の形で。
ジャイアンの頭に先刻の光景がフラッシュバックする。無視することができないほど、それは鮮烈だった。
風船が破裂したような音。
飛び散る鮮血。
体から離れていく首。
動かなくなる体。
かつて源静香だった、肉の塊。
「うあああああ――ッ!!」
叫び声と涙が、止め処なく零れ落ちていく。
もう静香の声は聞けない。
もう静香の微笑みは見れない。
何もできなかった。
静香を助けることも、ギガゾンビを殴ってやることすらも。
情けなかった。腹立だしかった。普段はガキ大将として威張っている自分が、こんなに無力だったとは。
悲しみ、悔しさ、怒り。それらがない交ぜになって、ジャイアンを飲み込もうとしていた。
涙を拭うだけの気力すら、彼にはない。氾濫した川のような感情の奔流に任せ、ジャイアンは泣いた。
目の前にいる翠星石に構うことなく、むせび泣いた。
それに構うことなく、ヘテロクロミアの人形、翠星石はうなだれる大柄の少年、ジャイアンをじっと見つめていた。
ジャイアンはそのことに気付いてはいない。ただただ、自分が衝動的に放ちかけた言葉を心の中で反芻していた。
『ぶっ殺してやる』
日常的に、深く考えることなく使っていた言葉だ。当然、本気でそんなことを思ったことなど一度もない。
だというのに殺すという言葉を使っていたのは、ジャイアンにとって『死』というものが遠く、実感の伴わないものだったからだ。
それでも今、吐き気を催すほどに死は現実感を伴っていた。
彼は死の残酷さと無情さを見せ付けられたのだ。それも、最悪の形で。
ジャイアンの頭に先刻の光景がフラッシュバックする。無視することができないほど、それは鮮烈だった。
風船が破裂したような音。
飛び散る鮮血。
体から離れていく首。
動かなくなる体。
かつて源静香だった、肉の塊。
「うあああああ――ッ!!」
叫び声と涙が、止め処なく零れ落ちていく。
もう静香の声は聞けない。
もう静香の微笑みは見れない。
何もできなかった。
静香を助けることも、ギガゾンビを殴ってやることすらも。
情けなかった。腹立だしかった。普段はガキ大将として威張っている自分が、こんなに無力だったとは。
悲しみ、悔しさ、怒り。それらがない交ぜになって、ジャイアンを飲み込もうとしていた。
涙を拭うだけの気力すら、彼にはない。氾濫した川のような感情の奔流に任せ、ジャイアンは泣いた。
目の前にいる翠星石に構うことなく、むせび泣いた。
◆◆
翠星石はびくりと体を震わせる。
くらくらする頭で目の前の人間をどうするべきか考えているうち、そいつが突如声を上げて泣き出したからだ。
予想していない展開だった。相手はとんでもない音程で歌を唄った挙句、拳を振り上げてきたような男だ。
そんな男が、まさか声を上げて泣き始めるとは思わなかった。
どうするべきなのかますます分からなくなる。ただ、呆然と立ち尽くすしかできなかった。
いかつい人間の泣き声は、気が強いとはいえない翠星石を怯えさせるほどに大きい。
だが、その大きさゆえに。
彼の、ジャイアンの悲しみは真っ直ぐに、翠星石へと伝わってきた。
それは、空よりも大きく海よりも深い悲しみ。
それは、一人で抱えるには、余りにも重すぎる悲哀。
翠星石は思い出す。
ローザミスティカを奪われ、動くことも話すこともできなくなった蒼星石を目の当たりにしたときのことを。
あのときは悲しくてたまらなかった。自分の中の何かが壊れてしまったように、ひたすらに涙が溢れて止まらなかった。
だがそのとき、彼女は一人ではなかった。
重い悲しみを一緒に持ってくれる仲間がいてくれた。辛い傷を癒してくれる仲間がいてくれた。
だから。
翠星石はジャイアンを放っておくことなどできなかった。彼を一人にしてこのまま立ち去ることなど、できはしなかった。
「……元気出しやがれ、ですぅ」
おずおずと声をかけてみた。だが、彼は泣くばかりで顔を向けることさえしない。
「いつまで泣いてやがるんですかぁ?」
尋ねてみても、ジャイアンは泣き止む気配を見せない。
そもそも、相手が大声で泣き喚いているのだ。聞こえているのかどうか疑わしい。
どうしようかと翠星石は首を捻る。すると、ジャイアンの手から転がり落ちていたものが目に入った。
拾ってみる。太い棒の先端に、丸いものがついているそれは、翠星石には少し重かった。
テレビで見たことがあるそれの効果を思い出した翠星石は、口元に丸い部分を持っていって、そして言う。
「いい加減にしやがれですぅ! このデブ人間っ!」
カラオケに備え付けられていたマイクで増幅された翠星石の声が、ジャイアンの声を掻き消すように響いた。
くらくらする頭で目の前の人間をどうするべきか考えているうち、そいつが突如声を上げて泣き出したからだ。
予想していない展開だった。相手はとんでもない音程で歌を唄った挙句、拳を振り上げてきたような男だ。
そんな男が、まさか声を上げて泣き始めるとは思わなかった。
どうするべきなのかますます分からなくなる。ただ、呆然と立ち尽くすしかできなかった。
いかつい人間の泣き声は、気が強いとはいえない翠星石を怯えさせるほどに大きい。
だが、その大きさゆえに。
彼の、ジャイアンの悲しみは真っ直ぐに、翠星石へと伝わってきた。
それは、空よりも大きく海よりも深い悲しみ。
それは、一人で抱えるには、余りにも重すぎる悲哀。
翠星石は思い出す。
ローザミスティカを奪われ、動くことも話すこともできなくなった蒼星石を目の当たりにしたときのことを。
あのときは悲しくてたまらなかった。自分の中の何かが壊れてしまったように、ひたすらに涙が溢れて止まらなかった。
だがそのとき、彼女は一人ではなかった。
重い悲しみを一緒に持ってくれる仲間がいてくれた。辛い傷を癒してくれる仲間がいてくれた。
だから。
翠星石はジャイアンを放っておくことなどできなかった。彼を一人にしてこのまま立ち去ることなど、できはしなかった。
「……元気出しやがれ、ですぅ」
おずおずと声をかけてみた。だが、彼は泣くばかりで顔を向けることさえしない。
「いつまで泣いてやがるんですかぁ?」
尋ねてみても、ジャイアンは泣き止む気配を見せない。
そもそも、相手が大声で泣き喚いているのだ。聞こえているのかどうか疑わしい。
どうしようかと翠星石は首を捻る。すると、ジャイアンの手から転がり落ちていたものが目に入った。
拾ってみる。太い棒の先端に、丸いものがついているそれは、翠星石には少し重かった。
テレビで見たことがあるそれの効果を思い出した翠星石は、口元に丸い部分を持っていって、そして言う。
「いい加減にしやがれですぅ! このデブ人間っ!」
カラオケに備え付けられていたマイクで増幅された翠星石の声が、ジャイアンの声を掻き消すように響いた。
◆◆
声が個室に反響する。エコーして伝わってくるそれは、ジャイアンの心を瞬時に沸騰させた。
もともと鬱屈していた怒りが爆発し、ジャイアンの体を突き動かす。
立ち上がる。そして顔を上げ、未だ涙の乾かぬ目で翠星石を睨みつけた。
翠星石がたじろぎ、後ずさる。だがその距離を埋めるように、ジャイアンは一歩踏み出した。
「てめぇ、言わせておけば!」
まるでサッカーボールを蹴ろうとするかのように、ジャイアンは思い切り足を振った。履き古したスニーカーが空を切る。
だがその蹴りは、完璧に空ぶった。
逃げるようにしてジャイアンから距離を取った翠星石。その姿を探すため、ジャイアンはあたりを見回す。
すぐに、見つかった。翠星石はソファの後ろから、ジャイアンの様子を窺っていた。
目が合う。すると彼女は怯えたようにしながらソファの裏に隠れる。
ジャイアンが腕を振り上げ、追いかけようとしたとき、翠星石の声が聞こえた。
「な、殴りたければ殴ればいいです!」
隠れながらの声は震えていた。本当は殴られたくないんだということくらい、ジャイアンにも分かった。
だが、止められなかった。もともと感情のコントロールが得意な方ではないし、それに何より。
ジャイアンは悲しみと同じくらいの怒りを抱いていたから。
静香を殺したギガゾンビに対して、そして何もできなかった無力な自分に対して。
やり場のない怒りだった。
だがそれを溜めておけるほど、八つ当たりをしないでいられるほど、ジャイアンは大人ではない。
ジャイアンは怒りを滲ませながら、早足でソファに歩み寄る。腕を思い切り振り下ろそうとして。
もともと鬱屈していた怒りが爆発し、ジャイアンの体を突き動かす。
立ち上がる。そして顔を上げ、未だ涙の乾かぬ目で翠星石を睨みつけた。
翠星石がたじろぎ、後ずさる。だがその距離を埋めるように、ジャイアンは一歩踏み出した。
「てめぇ、言わせておけば!」
まるでサッカーボールを蹴ろうとするかのように、ジャイアンは思い切り足を振った。履き古したスニーカーが空を切る。
だがその蹴りは、完璧に空ぶった。
逃げるようにしてジャイアンから距離を取った翠星石。その姿を探すため、ジャイアンはあたりを見回す。
すぐに、見つかった。翠星石はソファの後ろから、ジャイアンの様子を窺っていた。
目が合う。すると彼女は怯えたようにしながらソファの裏に隠れる。
ジャイアンが腕を振り上げ、追いかけようとしたとき、翠星石の声が聞こえた。
「な、殴りたければ殴ればいいです!」
隠れながらの声は震えていた。本当は殴られたくないんだということくらい、ジャイアンにも分かった。
だが、止められなかった。もともと感情のコントロールが得意な方ではないし、それに何より。
ジャイアンは悲しみと同じくらいの怒りを抱いていたから。
静香を殺したギガゾンビに対して、そして何もできなかった無力な自分に対して。
やり場のない怒りだった。
だがそれを溜めておけるほど、八つ当たりをしないでいられるほど、ジャイアンは大人ではない。
ジャイアンは怒りを滲ませながら、早足でソファに歩み寄る。腕を思い切り振り下ろそうとして。
「それで涙が止まるなら、いくらでも殴りやがれですぅ!!」
叫び声が来た。その直後、翠星石がモグラ叩きのモグラのように顔を出す。
彼女は震えながらも、色の違う二つの瞳を真っ直ぐジャイアンへと向けていた。
普段のジャイアンなら、いい度胸だと拳骨をお見舞いしていただろう。
普段のジャイアンなら、ただムシャクシャしているという理由だけで殴りつけていただろう。
だが今、止められなかったはずの腕は止まっていた。
急速に意識が冷えていく。振り上げていた腕からは力が抜け、だらりと落ちた。
彼女は震えながらも、色の違う二つの瞳を真っ直ぐジャイアンへと向けていた。
普段のジャイアンなら、いい度胸だと拳骨をお見舞いしていただろう。
普段のジャイアンなら、ただムシャクシャしているという理由だけで殴りつけていただろう。
だが今、止められなかったはずの腕は止まっていた。
急速に意識が冷えていく。振り上げていた腕からは力が抜け、だらりと落ちた。
ジャイアンは思う。
何をやっているんだ、と。
本当にぶん殴る相手は別にいるんじゃねぇか、と。
そう思考できたのは、彼が少しでも前へ進みかけている証だった。
静香の死による痛みと喪失を乗り越えかけている証だった。
ジャイアンは単純な性格だ。それゆえに目先のことに捕われ、簡単に目的を見失ってしまう。
だが単純ゆえに、きっかけさえあれば、すぐに目的を見つけなおすことだってできる。
ジャイアンは想起する。思い出すだけでも反吐が出そうになるが、それでも思い起こす。
趣味の悪い仮面の男、ギガゾンビを。殴るべき相手の姿を。それが、今のジャイアンにとっての目標地点だ。
心に刻み込む。決して、迷わないように。
そして、自らの両頬を思い切り叩く。これは罰だ。
何もできなかった自分への罰。静香を死なせてしまった自分への罰。
だが、この程度で足りるとは思わない。
ギガゾンビをぶん殴った後、帰ったら母ちゃんに思い切り殴ってもらおうと強く決心する。
「その、悪かったな。いきなり殴りかかろうとしてよ」
いくらか冷静になった彼は、素直に謝罪する。すると、翠星石はやれやれといった様子で肩を竦めた。
「まったく、世話が焼ける人間ですぅ」
反射的に、ジャイアンは拳を振り上げる。
まだ彼は発展途上中だ。短気で乱暴者という気質がすぐに変わりそうにはなかった。
何をやっているんだ、と。
本当にぶん殴る相手は別にいるんじゃねぇか、と。
そう思考できたのは、彼が少しでも前へ進みかけている証だった。
静香の死による痛みと喪失を乗り越えかけている証だった。
ジャイアンは単純な性格だ。それゆえに目先のことに捕われ、簡単に目的を見失ってしまう。
だが単純ゆえに、きっかけさえあれば、すぐに目的を見つけなおすことだってできる。
ジャイアンは想起する。思い出すだけでも反吐が出そうになるが、それでも思い起こす。
趣味の悪い仮面の男、ギガゾンビを。殴るべき相手の姿を。それが、今のジャイアンにとっての目標地点だ。
心に刻み込む。決して、迷わないように。
そして、自らの両頬を思い切り叩く。これは罰だ。
何もできなかった自分への罰。静香を死なせてしまった自分への罰。
だが、この程度で足りるとは思わない。
ギガゾンビをぶん殴った後、帰ったら母ちゃんに思い切り殴ってもらおうと強く決心する。
「その、悪かったな。いきなり殴りかかろうとしてよ」
いくらか冷静になった彼は、素直に謝罪する。すると、翠星石はやれやれといった様子で肩を竦めた。
「まったく、世話が焼ける人間ですぅ」
反射的に、ジャイアンは拳を振り上げる。
まだ彼は発展途上中だ。短気で乱暴者という気質がすぐに変わりそうにはなかった。
◆◆
個室内でひとしきり追いかけっこが終わった後、ジャイアンと翠星石は情報交換を終えて一息をついた。
翠星石はぐったりとソファに寝そべる。情報交換でこんなに疲れるとは思わなかった。
なにせ、翠星石がジュン以外の人物の名前を出すたび、ジャイアンが「読めない」と言うのだ。
そのことにイライラして無駄に声を張り上げたせいで、無駄に体力を消耗した気がする。
だがとりあえず、ジャイアンの知り合いに危険人物はいなさそうだという事実は、少なからず翠星石に安堵をもたらしていた。
溜息をつきながら、翠星石はジャイアンを見る。彼はデイバックから支給品を取り出していた。
ジャイアンの武骨な手に握られたものを見て、翠星石は疑問の声を放つ。
「うちわですかぁ?」
だが、ジャイアンはうちわの説明書を読むのに夢中で返事もしない。
「無視すんじゃねーですっ!」
翠星石はジャイアンの手からそれを奪い取ろうとする。だがそれより早く、ジャイアンの手にあるうちわが翠星石を扇いだ。
瞬間、突風が来た。翠星石の体がその風に煽られ、後ろへと吹き飛んでいく。
その体がソファの背もたれにぶつかったとき、風も止んだ。
翠星石は立ち上がり、ジャイアンの手にあるうちわを睨みつけた。
「な、何しやがるですか!」
「おぉ、すっげー」
「すっげー、じゃねーですっ!」
翠星石は言い捨ててから、庭師の鋏とデイバックを掴むと、ソファから飛び降りる。
「まったく、付き合ってられねーですぅ」
ぼそりと毒づいてから、彼女は歩き出した。
疲れは残っているが、こんなところでのんびりしている場合ではない。一刻も早く蒼星石を捜さなければならないのだ。
翠星石はぐったりとソファに寝そべる。情報交換でこんなに疲れるとは思わなかった。
なにせ、翠星石がジュン以外の人物の名前を出すたび、ジャイアンが「読めない」と言うのだ。
そのことにイライラして無駄に声を張り上げたせいで、無駄に体力を消耗した気がする。
だがとりあえず、ジャイアンの知り合いに危険人物はいなさそうだという事実は、少なからず翠星石に安堵をもたらしていた。
溜息をつきながら、翠星石はジャイアンを見る。彼はデイバックから支給品を取り出していた。
ジャイアンの武骨な手に握られたものを見て、翠星石は疑問の声を放つ。
「うちわですかぁ?」
だが、ジャイアンはうちわの説明書を読むのに夢中で返事もしない。
「無視すんじゃねーですっ!」
翠星石はジャイアンの手からそれを奪い取ろうとする。だがそれより早く、ジャイアンの手にあるうちわが翠星石を扇いだ。
瞬間、突風が来た。翠星石の体がその風に煽られ、後ろへと吹き飛んでいく。
その体がソファの背もたれにぶつかったとき、風も止んだ。
翠星石は立ち上がり、ジャイアンの手にあるうちわを睨みつけた。
「な、何しやがるですか!」
「おぉ、すっげー」
「すっげー、じゃねーですっ!」
翠星石は言い捨ててから、庭師の鋏とデイバックを掴むと、ソファから飛び降りる。
「まったく、付き合ってられねーですぅ」
ぼそりと毒づいてから、彼女は歩き出した。
疲れは残っているが、こんなところでのんびりしている場合ではない。一刻も早く蒼星石を捜さなければならないのだ。
翠星石は開けっ放しのドアから外に出る。
前へと伸びる廊下を、翠星石は歩いていく。
長く広いと、翠星石は感じた。それは自分がドールだからと、内心で言い聞かせる。
翠星石が立てる小さな足音だけが廊下に消えていく。
あの騒々しさが嘘のように、あたりは静まり返っていた。
廊下を照らす無機質な電灯。翠星石には手の届かない扉の群れ。
その先、廊下の終着点には角がある。その向こう側を窺い知ることはできない。
翠星石の歩みが、徐々に遅くなっていく。目には見えない何かに、前へと進む力を奪われているようだった。
前を見ていた翠星石の顔が、俯き加減になる。床に映し出された自分の影が、ひどく頼りない。
やがて足音は、消える。
すると、何もかもを吸い込んでしまいそうな静けさがあたりを支配し始めた。
翠星石は庭師の鋏を掻き抱く。冷たい鋏の感触は、しかし翠星石に力を与えてくれるようで。
「蒼星石……」
縋るように思わず呟いた、その瞬間。
荒々しい足音が、静寂を破って聞こえてきた。
「おい、待てよーっ」
それに続く野太い声に、翠星石はハッとなって後ろを振り返る。うちわとデイバックを手にしたジャイアンが追いかけてきていた。
「つっ、付いてくるんじゃねーですぅ」
慌てて庭師の鋏を持ち直すと、彼を引き離そうと再び歩き出す翠星石。だが、歩幅が違うため簡単に追いつかれてしまった。
「いいじゃねーか。一緒に行こうぜ!」
馴れ馴れしい態度に、あのまま放っておけばよかったと少しだけ後悔する。
本当に、少しだけだ。
それよりもむしろ、翠星石は安心していた。その安心ははじんわりと広がっていき、すぐに後悔を塗り潰していく。
翠星石はわざとらしく溜息を吐く。内心の安堵を悟られないように。
「……まったく、仕方ねー人間ですぅ」
無機質な廊下が少しだけ狭くなったような、そんな気がした。
前へと伸びる廊下を、翠星石は歩いていく。
長く広いと、翠星石は感じた。それは自分がドールだからと、内心で言い聞かせる。
翠星石が立てる小さな足音だけが廊下に消えていく。
あの騒々しさが嘘のように、あたりは静まり返っていた。
廊下を照らす無機質な電灯。翠星石には手の届かない扉の群れ。
その先、廊下の終着点には角がある。その向こう側を窺い知ることはできない。
翠星石の歩みが、徐々に遅くなっていく。目には見えない何かに、前へと進む力を奪われているようだった。
前を見ていた翠星石の顔が、俯き加減になる。床に映し出された自分の影が、ひどく頼りない。
やがて足音は、消える。
すると、何もかもを吸い込んでしまいそうな静けさがあたりを支配し始めた。
翠星石は庭師の鋏を掻き抱く。冷たい鋏の感触は、しかし翠星石に力を与えてくれるようで。
「蒼星石……」
縋るように思わず呟いた、その瞬間。
荒々しい足音が、静寂を破って聞こえてきた。
「おい、待てよーっ」
それに続く野太い声に、翠星石はハッとなって後ろを振り返る。うちわとデイバックを手にしたジャイアンが追いかけてきていた。
「つっ、付いてくるんじゃねーですぅ」
慌てて庭師の鋏を持ち直すと、彼を引き離そうと再び歩き出す翠星石。だが、歩幅が違うため簡単に追いつかれてしまった。
「いいじゃねーか。一緒に行こうぜ!」
馴れ馴れしい態度に、あのまま放っておけばよかったと少しだけ後悔する。
本当に、少しだけだ。
それよりもむしろ、翠星石は安心していた。その安心ははじんわりと広がっていき、すぐに後悔を塗り潰していく。
翠星石はわざとらしく溜息を吐く。内心の安堵を悟られないように。
「……まったく、仕方ねー人間ですぅ」
無機質な廊下が少しだけ狭くなったような、そんな気がした。
【E-6駅前商店街。移動中 1日目 黎明】
【剛田武@ドラえもん】
[状態]:健康
[装備]:強力うちわ「風神」@ドラえもん
[道具]:支給品一式(確認中に翠星石を追ったため、風神以外は未確認)
[思考・状況]
第一行動方針:ドラえもん、のび太、スネ夫を捜す。
基本行動方針:誰も殺したくはない。
ギガゾンビをぶん殴る。
※強力うちわ「風神」は空気抵抗がとても大きいうちわで、ひと仰ぎで大きな風を起こす事ができるものです。
原作では人を吹き飛ばすほどの風も簡単に出せましたが、制限されており、最大でもローゼンメイデンのドールを吹き飛ばす程度です。
[状態]:健康
[装備]:強力うちわ「風神」@ドラえもん
[道具]:支給品一式(確認中に翠星石を追ったため、風神以外は未確認)
[思考・状況]
第一行動方針:ドラえもん、のび太、スネ夫を捜す。
基本行動方針:誰も殺したくはない。
ギガゾンビをぶん殴る。
※強力うちわ「風神」は空気抵抗がとても大きいうちわで、ひと仰ぎで大きな風を起こす事ができるものです。
原作では人を吹き飛ばすほどの風も簡単に出せましたが、制限されており、最大でもローゼンメイデンのドールを吹き飛ばす程度です。
【翠星石@ローゼンメイデンシリーズ】
[状態]:少し疲労
[装備]:庭師の鋏(※本来の持ち主である蒼星石以外にとっては単なる鋏)
[道具]:支給品一式(庭師の鋏以外に特殊な道具があるかは不明)
[思考・状況]
第一行動方針:蒼星石を捜して鋏をとどける
第二行動方針:チビ人間(桜田ジュン)も“ついでに”捜す
基本行動方針:蒼星石と共にあることができるよう動く
[状態]:少し疲労
[装備]:庭師の鋏(※本来の持ち主である蒼星石以外にとっては単なる鋏)
[道具]:支給品一式(庭師の鋏以外に特殊な道具があるかは不明)
[思考・状況]
第一行動方針:蒼星石を捜して鋏をとどける
第二行動方針:チビ人間(桜田ジュン)も“ついでに”捜す
基本行動方針:蒼星石と共にあることができるよう動く
時系列順で読む
Back:無題 コこロのアリか Next:悲劇
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Back:無題 コこロのアリか Next:長門有希の報告
15失われた時を求めて | ジャイアン | 89:魔女は夜明けと共に |
15失われた時を求めて | 翠星石 | 89:魔女は夜明けと共に |