これが薬師の選択です ◆KZj7PmTWPo



「―――っ、はっ! はぁ、はっ、はあぁ……。何とか撒いたか……?」

 高鳴る鼓動を掌で押さえ、喘息の様な荒ぶる吐息を正すべく一人の青年が地へと座り込んだ。
 岡島禄郎ことロックである。
 彼は今し方、人外化生なアーカードの猛威を咄嗟の機転で潜り抜けたばかりであった。
 吸血鬼は河を渡れないという伝奇を信じて、河川に設けられた石橋を必死の思いで横断した次第だ。
 一般人の自分が粉塵爆破という方法で規格外の獣を退げたから良かったものの、少しでも策を見誤れば確実に命はなかった。
 極限までに高められた緊張の反発が、今更ながらに額や背筋から凍える冷や汗となって滴り落ちてくる。

「くそったれ! 聞いてないぞ、あんな化物……っ」

 胸中で押さえきれぬ悪態が外へと飛び出し、ロックは自棄気味に大の字に寝転がった。
 今まででも弾丸吹き荒れる危険地帯に身を晒されたことはあれど、流石に範疇を越えた化物が相手だと肝の冷え具合も格段に違ってくる。
 強者と疑うべくもない程の息苦しい威圧感と圧迫感、漫然且つ冷然とした途方もない殺気が毛穴の奥まで突き刺さっていたのだ。
 正気を保ちつつ策を講じる余裕まであったロックは、大健闘したといっても過言ではない。
 だが、大金星を上げたからと言って慢心する余裕など持ち合わせてはおらず、直面した事実に今でさえ恐怖心を抱えていた。
 こちとら幾分の修羅場を潜り抜けたとはいえ、彼自身に戦闘技術など皆無。
 単独で絶体絶命の危機に遭遇することは、多量の精神を磨り減らす行為だということを改めて自覚する。
 ロックの相棒―――レヴィは単身奮闘する度胸の据わりに据わった女性であるが、これが彼女の世界だと認識してしまうと、なにやら理解の出来ぬ尊敬心が湧きあがって来るというものだ。  
 ―――まあ、彼女はこういったスリルを快楽とする、言わば戦闘狂な節があることを否定はしないが。

 ともかくも、一刻も早くアーカードを遠ざけるべく移動を開始したいところだが、心肺機能の悲鳴と連鎖して脚部までもが棒の様に張っている状態だ。
 足を動きたくも、数分の休憩を要さなければ意のままにならない。
 今は休息が肝要かと思い、ロックは仰向けの体勢で群青に染まりつつある大空を眺めた。
 気付くと、ゲームが開始されてから既に数時間。黎明期が過ぎ去った時間帯の中で、一睡することも儘ならぬ状況に放り出されたのだ。
 ここで瞼を閉じてしまえば、夜通し駆け回って蓄積した疲労が睡魔となって襲い掛かってくること請負である。
 一時の欲求に従って安穏とするのも有りか、そこまで思ってロックは勢いよく上体を起こす。

「駄目だ駄目だ……。あの時代錯誤野郎が河を渡る可能性……いや、尋常ならざるスピードで遠回りしてくる可能性もありか……」

 ロックは頭を振りながら自問する。
 このような隠れ蓑とも成り得ぬ場所で、むざむざと惰眠を貪っている最中に襲われでもしたら目も当てられない。
 一度目はアーカードの猛威を凌ぎきった。
 だが、確信できる。―――二度目はないと。
 謀られた行為を犬に噛まれた些細な出来事と諦めて、追跡に自制を利かせてくれれば僥倖だが、そうそう都合の良い展開が訪れる筈もない。
 何事もなく苦難を素通り出来たことが、今までの経験上でも例がないことは百も承知。
 基本的に、ある日を境に災難塗れの人生を歩んできたロック。此度の人生一の凶難とも言える出来事すらも、巡り合う不運の延長線上だと諦めも付いている。
 だが、平々凡々の人生を歩んできた自分が幾多の災禍にまみえたと時とて、それ以上の幸運を持って切り抜けて来たのだ。
 バトルロワイヤルと称した冗談紛いの状況で、無様に死んでやるなどロックの誇りが許さない。
 確かに、アーカードと再び相対すれば彼の命など微塵の如く磨り潰されるだろう。一度欺かれた相手に油断を見せるような愚考すらも犯さない。
 正に問答無用で有無を言わさず、ロックの儚い生命など屠って始末を終えることは間違えない。
 恐らく、ロックに対して用心深くなったアーカードに今一度奇策を用いるのも、ある意味無謀で危険極まりないのだ。 
 その中で最も生存率の高い方法を考慮するならば、普通に考えて一つしかない。
 ―――つまり、相手にしなければいいだけのこと。端的に云うと、意地でも逃げ切る。その一辺倒に尽きた。
 決して速いとはいえない速力で逃走できるかはともかく、一箇所に留まって敵に捕捉されるのだけは何としてでも避けたいものだ。

 ロックは上昇した体温によって湧き出た汗を拭い、渇ききった口内を潤すべくバックへと手を伸ばす。
 暫しの休息を取った後は、直ぐにでも行動を開始するつもりである。
 この悪質な殺し合いに、同じく付き合わされているレヴィとも早急に合流する必要があったからだ。 
 彼女の安否に気を病んでいるわけではない。傲岸不遜に無茶をやらかしていないかという不安が、何よりもロックに心配の種を植え付ける。
 一度性根に火が灯れば、それこそ見境無く周囲を燃やし尽くすほどに気性が激しい女性なのだ。
 レヴィが起こした惨事の後始末は決まってロックの仕事であるからして、絶えない気苦労を常に背負う身にもなってもらいたい。
 本人がいない内での正しく身勝手な思考だが、胸中による陰口ぐらいは容認してくれてもいいのではないか。
 考え出すと理不尽な感情に苛まれる。精根尽き果てること寸前な溜め息を零し、バックから覗いた水分の容器を口に含めるべく手に取った。
 一先ず呼吸と思考を落ち着かせる意味を込めて、潤い求める口内に水分を与えてやろうと容器を持ち上げる。

 その間際、警戒緩んだロックの耳朶が、ザッと地を踏みしめる音を正確に聞き取った。

「―――っ!?」

 疑うべくもない明らかな足音に、何事かと跳ねるように視線を走らせる。その拍子に、手に持った水の容器は意図せぬ内に放り投げていた。

「っはぁ……はぁ、はぁ。やっと……追いつきました」

 ロックが捕らえた視界上には、膝に手を突きながら息を整える少女の姿があった。
 彼女の言葉の意味を顧みれば、どうやら自分を追って来たと見て間違いないようだ。
 ―――だが、どうして?
 彼は警戒が孕んだ訝しげな視線を少女へと寄せる。 

「―――俺に……何か用なのか?」

 半ば腰を浮かせつつ、何時でも攻防可能な体勢を維持して問いかけた。
 鋭い眼光を浴びせかけられた少女は、我に返ったように慌てて腕を左右に振らせる。

「あ、ち、違いますよ? ちょっとお聞きしたいことがあって、その……いいですか?」
「…………」

 彼女はロックに対して危害を加えないと、念を押しながら訴えている。
 だが、彼の厳かな眼つきは依然と変わらず、慌てふためく彼女の調子にも動じた様子がない。
 それでも会話を交わすつもりは元よりあったために、視線で牽制しつつも続きを促すよう軽く頷いて見せた。
 彼女は一つ安堵の息を洩らし、緊張した面持ちで口を開く

「あ、あの……あなたは、ルイズフランソワーズ、ル、ブラン、ドラ・ヴァっ!?」
「は?」
「ひ、ひたい……」

 なんなのだこの少女は。
 理解不能な単語を口走ったかと思えば、舌を噛んで自滅するという体たらく。
 涙目な表情がまた過保護心をそそられるが、ここで油断をしてはいけない。
 幾ら年若い女性が苦痛に顔を歪めようが、一度甘い顔をして隙を曝け出すことこそが彼にとっては自殺行為。
 いや、むしろ女性だから警戒すべきである。
 ロックがラグーン商会の一員となってから、まともと言える女性と果たして巡り合えたのか。
 貞淑で美しい、もしくは活発で可愛らしい女性に巡り合えたか。この際、普通でも良い。よく思い返してみれば瞭然だ。
 否―――皆無であった。
 彼の周辺に生息する女共、もとい雌な獣共は例外なくぶっ飛んだ頭のネジが斜め上を爆走する奇想天外で珍種な人格なのだ。 
 ロックが身を寄せる世界が悪いのか、はたまた異性との巡り合わせが極端に不運なのか。
 どちらにしろ、彼が相対する女性は碌な人間ではない。
 よって、失態に顔を紅潮させた女性をことさらに注視する。
 警戒心によって気付くのが遅過ぎたが、違和感この上なかった。
 常識的な服装とは言い難い、何処か辺境民族が着こなす様な出で立ち。
 そして、それ以上に珍妙と言わしめる要因が少女にはあった。

「……コスプレか?」
「こ、こすぷれ……?」

 ロックが少女の姿を仮装と称した理由は他でもない。側頭部より突き出る獣耳に、後方より見え隠れする尻尾らしきもの。これが原因だった。
 コスプレという単語に、彼女は不思議そうに聞き返す。その際に揺れた。飾り物だと思っていた獣の部位が、感情に反応したかのようにだ。
 ―――あぁ、なんだ……。
 なんてことはない。彼女も人外か。
 つくづく一般人の定義とは無縁の人生だと、ロックは心底疲れ果てたかのように掌で顔を覆う。表情は、何処か哀愁を漂わせていた。
 もういい。警戒するのも馬鹿らしくなってきた。
 彼女からはアーカード寄りの危うさは感じられないために、気を揉むのは最早徒労だろう。
 これみよがしに溜め息を吐いて見せ、改めて彼女へ向き直る。

「それで? えっと、ルイズなんだって……?」
「あ、はい。ルイズ、フランソワーズ、ル、ブラン、ドラ……ヴァリエール! よしっ。……は、あなたの名前ですか?」
「いや、違うけど」
「……え?」

 一度は躓いた名前を最後まで舌を噛むことなく言い切ったことは、彼女にとってさぞ爽快であっただろう。
 ある意味喜びがひとしおであったために、ロックの素っ気無い一言は無慈悲とも言えた。
 茫然としていた少女だが、諦め付かぬのか再び言葉を走らせる。

「……なら、あなたの名前を教えてもらえますか?」
「岡島……いや、名簿上はロックだけど」
「……もしかして、人違い?」
「もしかしなくとも人違いだね」

 少女は既に投げやりなロックの言葉を吟味し、その意味に気付くと落胆して肩を落とした。
 彼女はルイズという人物を探すことを目的としていたのだろうか。
 初見の対応からして、どうやら知り得た情報は名前だけのようである。まさかとは思うが、誰彼構わずルイズかどうかを聞いて回っているのだろうか。
 流石にそれは間の抜けた話だ。ロックを追いかけてきたところからすると、何かしらの根拠があったのだろう。
 頭を抱えた少女に、一先ず聞いてみることにする。

「あの、さ。どうして俺がルイズだと思ったんだ?」
「え? あぁ……実はですね―――」

 信じ難い話だが、どうやら特殊な道具によって人物を特定していた模様だ。
 会話の最中に名乗った少女―――エルルゥは甲斐甲斐しく道具に対して解説する。
 一見何の変哲もないステッキを倒すことにより、探し人が点在する方角を高確率で指し示すらしい。眉唾物の話だ。
 当の本人も理解できていないようだが、当然ロックとて原理については皆目見当も付かない。
 そういった用途の道具であることは間違いないようだが、現に自分がルイズでない以上、ステッキの有用性については疑わしいものだ。

「だけどさ、結局当たらなかったんだろ、そのステッキ? 胡散臭くないか……」
「うっ……。い、いえ、あなたがルイズさんでない以上、誤った行動を取ったのは自分ですし……」

 エルルゥの言い分によると、どうやらステッキを倒した方角に、偶然ロックがいたのだと言う。
 本来ならばルイズを正確に特定しており、その射線上に彼が割り込んだと見るほうが自然なのではないか。
 だが、ロックを目にした途端に彼は走り出したものだから、焦った彼女が咄嗟に追いかけてしまったのも無理はない。
 そして、何よりも直視し難い現実から目を逸らす為にも、あの場へ留まりたくはなかったのだ。

「それに、わたし見たんです……。真っ黒い人が、その……」
「―――いたのか、君も……」

 幾許もない過去の恐怖が再燃したのか、エルルゥは全身を震わせながら言い辛そうに言葉を濁す。
 その恐怖を身で持って体験したロックは、あの場に目撃者がいたことに若干の驚きと共に安堵の息を付いた。
 あれだけの爆音だ。気が付かないほうがおかしいが、安心したことはそれが原因ではない。
 アーカードの異常な気配察知能力からすると、あの場へ無防備にいたエルルゥなどすぐさま捕捉されていたのではないだろうか。
 仮に自分が殺されていれば、次への矛先は彼女だったのかもしれない。
 そう考えると、無茶を賭してまでアーカードと対峙した甲斐もあるというものだ。
 ロックはエルルゥの震える身体を宥める様、軽く肩へと手を置いた。

「何にせよ、お互い無事で幸いだったね」
「はい、本当に……。あんな人がいるなんて……この世界は危険極まりないということが良く理解できました」
「……いやいや。そんな規格外な生物を俺らの世界に並べないでくれ……」

 あまり同一視にしてほしくないものだ。
 さらにエルルゥの発言。
 世界という単語で区別する辺り、やはり彼女は異世界人のようだ。
 それも当然か。ロックの世界には獣耳を先天的且つ天然に生やした人類など存在しないのだから。
 それを興味心で問い掛けるのも若干憚られたために、特に言葉を挟むといったことはしなかった。

「ともかくね。あの野郎はアーカードって言うからさ、彼周辺の知人にも気を付けた方が無難かもよ」
「あ、アーカードですね……。分かりました、気をつけます」

 アーカードに遭遇してからでは逃走するのも至難の業。一番は近づかなければ最善なのだが、もしかしたら偶然が重なって遭わざるを得ないかもしれない。
 それはもう、自身の不運を嘆くしか道はないだろう。そして打倒すべくもないのなら、逃げの一手に徹するしか生きる手段はないのだ。
 ―――だが、それでもだ。エルルゥの不思議なステッキを活用すれば、危険人物との遭遇も掻い潜れるのではないか。

「思ったんだけどさ。君のステッキは探し人を特定するんだろう?」
「え、はい。そのようですけど……何分一度しか使ってませんから成功率の程は……」
「まあ、この際ギガゾンビの能力を信じてだ。そのステッキをアーカードへ向けて使用したら奴の方角が分かるだろう?」
「あっ……、なるほど……」

 エルルゥは感心したように頷いた。
 ロックの考察を噛み砕くと、確かにステッキの更なる有用性が期待できる。
 つまり、アーカードの居場所をステッキで探り当てる。向けられた方角より、逆に移動することによって出会う危険性を失くしてしまえば良い。
 正しく根本的なことだ。

「ただ確率に任せた道具であるだけに……外れたらどうなるんだ?」
「さぁ……。七割方成功だと説明書には明記してありますが……」

 だが、ステッキの的中する確率が七割らしく、残りの三割はどうなるのか。
 外れた結果が見当違いの方角を指し示すのならばまだ良い。
 正直目も当てられないことは、倒れたステッキが正反対の結果へと陥ることだ。
 望む人物は遠ざかり、危惧すべく人物は接近する。所謂神頼みだが、本人の知り得ぬところで正否が下されている分始末に終えない。
 非常に有効活用できる道具ではあるが、多様はすべきではないだろう。

「なら、それが本当に不思議な力のある道具が試してみないか? 奴を使ってさ」

 ロックは数時間前に離れた商店街を遠目で見詰める。
 そこはアーカードに一矢報いた爆心地。
 彼の視線をエルルゥは辿った後、納得したように頷いた。

「そうですね……。時間制限もありますが、今は一刻も早くあの人から離れたいですし」

 エルルゥとしても、果たしてステッキが望み通りの結果を導き出すか知っておきたい身。
 ルイズの捜索には失敗したものの、此度は幸いなことに、アーカードの居場所を漠然ながらに特定はしているのだ。
 爆発の直撃を喰らった状態で仮に移動したとする。それでもステッキが指し示す方向が商店街周辺、もしくは自分達から見て東寄りならば確信が持てる。
 それはロックにも好都合。人様の道具に便乗して自分の危機を回避することができるかもしれないからだ。
 意外とあざとい男だが、エルルゥ本人が彼の意図を見透かしていないのならば万事問題ない。
 彼女は不慣れな手付きで四次元バックをひっくり返す。
 なかなか豪胆な姿にロックは苦笑しながらも、エルルゥは錯乱した道具を掻き回して一振りのステッキを取り出した。

「これがたずね人ステッキです。―――では、いきます」

 信頼性を求めて、何の装飾もない普通の杖を地へと突き立てる。
 エルルゥは小さく息を吸った。

「―――アーカードさん……どーこだ」

 言葉と共に手を離し、突き立てたステッキが重力に引き寄せられる。
 コテンと、ステッキは地面へと水平に倒れ伏した。
 彼等はステッキの先端を辿って面を上げ、指し示す方角へと目を向けた。喜びの感心の吐息が二人より漏れ落ちる。

「間違いなさそうだな……。偶然って訳でもないんだろ?」
「は、はい! ステッキが独りでに倒れた感じだったので……不思議な力が作用したのかも」
「そうか……。このまま遠ざかれば一先ず安心ってところかな」

 倒れたステッキは石橋を挟んだ向こう側、つまり市街地へと正確に向けられていた。
 これで若干ながら、ステッキに活用能力があるのだと納得できる。
 満足のいく結果に、エルルゥは緩んだ笑みを浮かべながらステッキをバックへと仕舞い込んだ。
 次に、彼女は傍に転がる名簿へと手を伸ばす。
 掴んだ名簿を広げ、筆記用具を握り込みながら何やら書き込み始めた。

「……? 何をやっているんだ?」
「はい。人物の特徴を少々。他の人が見ても分かるように、ロックさんやアーカードさんについて記載しとこうかなと思いまして……」
「へぇ……。意外と几帳面だね」
「意外は余計ですっ。これでもわたしは薬師ですから、こまめに情報は記録する性分なんですよ」
「薬剤師か……。じゃあ薬なんて楽々調合できたりする訳だ」
「あ、あはは……。わたしなんてまだまだ未熟な身ですから、そんなことは……。―――それにしてもこの筆……便利ですねぇ」

 ベナウィさん喜びそう―――そう感慨深げに呟いた。
 墨汁要らずの鉛筆を、それこそ科学の集大成な如く感心したように使用する。
 その様は大げさにも思えたが、世界観が違うのだから価値観も違ってくるのだろう。
 熱心に名簿へと書き込むエルルゥを傍らに、手持ち無沙汰となったロックは錯乱する彼女の荷物を眺め見る。
 薬師というだけあって、確かに薬品ばかりが目に付いた。支給されたのか、もしくは近場で回収したのか。
 道具をある程度この街で収集したのならば、意外と目敏く活発な少女だと印象を変えざるを得ない。
 街としての形状を保った此度の舞台ならば、日用品に限らず、武器や食料も備え付けられているのではないか。
 再度街中を訪れて、自衛に役立つ掘り出し物を捜索してみるのも良いかもしれない。
 適当に曖昧な方針を浮かべていたロックであったが、一際目を捕らえて離さない物品が視界の中へと飛び込んできた。
 それは瓶の容器に入った、鮮やかで淡紅色な液体。何となく手に取ってみる。
 あらゆる角度から眺め、とりあえず蓋を抜いて香りを嗅ぐ。これも何となく好ましい匂いがした。
 そして、何となく口に含んでみたい欲求に駆られる。
 何となく尽くしという抽象的な思考だが、本能が誘われるのだから仕様がない。それは、口内が水分を欲していることにも相乗した。 
 鮮やかな着色料は得てして食指を動かしてしまうというものだ。
 ロックは地面へとぶち撒けられた自身の水に向かって残念そうに瞑目し、遂にエルルゥが所持する水分へと目を付けた。

「エルルゥ……聞くけどさ。ここにある液体類は全部安全だよな……?」
「んー。そうですねぇ……。全て薬品類だと思いますから害はないですよ」
「ついでにさ、ちょっと水を分けてもらってもいいか?」
「どうぞー」

 エルルゥは名簿記載に夢中になっていたために、ロックの問い掛けに対して見向きもせずに空返事で答えてしまう。
 了解は得た。ほんの一口。微量に嚥下するだけでよい。不味ければ止めればいいだけのことだ。
 何故こんなにもロックを魅了して離さないのかは疑問に尽きるが、それこそ舌で確認してみれば解決する。

「じゃあ、水を少しと……この瓶に入った液体、何かしらの薬なんだろ?」
「どうぞー。―――え? 瓶……?」

 脳裏の片隅にあった瓶入りの薬。ロックの発した言葉により、エルルゥは正気に返ったように振り返る。 
 彼女が目の当たりにした光景は、今正に禁忌な薬入りの瓶を口許へ傾けたロックの姿。
 既に予断も許さない状況へと差し掛かっている。
 ロックが瓶より滴り落ちる液体薬を口に含んだその瞬間に、エルルゥは焦燥に駆られた様子で飛び掛っていた。  

「―――ダメえええぇぇ!!」
「ぶぼ―――っ!?」

 勢いのままに、たずね人ステッキでロックの横っ面を殴打していた。彼は奇声を上げて吹っ飛んだ。
 視界より消失したロックを意に返さず、重力に導かれるままに彼の手より放れて落下していた瓶―――即ち惚れ薬を見事にキャッチする。
 容器の中身に注目して、彼女は表情を引き攣らせた。

「あ、あわわ……。へ、減ってる……。まさか―――」
「うっ、ぐぅ……い、一体何を……」

 エルルゥは数割方消失した液体から目を離し、呻き声を上げたロックへと恐る恐る振り返る。そこには、頬を押さえながら地面に蹲る姿が確かにあった。
 ―――確実に飲まれた。呪いといっても謙遜のない惚れ薬をだ。
 彼女の頬を冷や汗が伝った。
 惚れ薬の解説書によると、最初に視界に入った人物へ狂人的な好意を寄せるのだと言う。
 それは雛鳥の如く、一度でも顔を突き合わせてしまえば数時間限定で嗜好を曲解させてしまうのだ。
 そして、周辺にエルルゥとロック以外の人間は見受けられない。
 痛みに震えるロックから、エルルゥは顔を青褪めて後退る。

「こ、これはもしかして……危険だったりするのかしら」

 幸いなことに、ロックは未だ頭部を俯かせたままで、面を上げる様子がない。
 だが、一度目が合ってしまえば惚れ薬の効果を実証してしまうのではないか。
 エルルゥはこの先起こりうる結果を補完すべく、脳裏で妄想してみる。

『ダメだ……我慢ならないっ。好きだ! 好きだ!! 愛してる!!』
『こ、困ります……わたしには御傍にいて尽くすべき人が―――』
『それがなんだってんだよ!! その程度の境遇で! 俺の愛を如何にか出来ると思うなよ!!』
『あぁ……。わたしはどうすれば―――』
『むっ、そこにいるのはエルルゥなのか!?』
『え!? は、ハクオロさん! 無事だったんですね……っ』
『君も無事で何よりだ……。ところで、そこの御仁は?』
『あ、いや。その……この人は―――』
『―――将来を越えて来世まで誓い合った永遠の伴侶だ。あんたは元彼だな?』
『も、元彼? 伴侶? 何を言ってるのだ……』
『ち、違いますよハクオロさん!! 伴侶だなんて真っ赤な嘘で―――』
『俺はエルルゥを愛してる! エルルゥも俺を愛してる! 付け入る隙のないっ、言わば相思相愛な真柄だ!!』
『そ、そうなのかエルルゥ?』
『だ、だから違うと―――』
『エルルゥは俺のものだ!! 俺はエルルゥのものだ!! 安心してくれ元彼さん! 彼女は俺が責任をもって生涯大切にする!!』
『そうか、そうだったのか……。すまなかったなエルルゥ。私が気を利かさないばっかりに、君には不憫な思いをさせていたのだな……』
『ちょ、まっ―――』
『妹を送り出す気持ちというのは、存外に寂しいものなのだな……』
『いいや。あんたがいたからこそ、今のエルルゥがあるんだぞ? ありがとう、感謝しているよ』
『……ああ。そういって貰えると救われるよ。こちらこそ礼を言おう。―――エルルゥ、幸せになれよ?』
『そ、そんな……』

 先の妄想、その間実に秒針一振りにも満たなかった。
 饒舌に尽くし難い現実を否定するべく、エルルゥは戦慄した様子で頭を振る。
 有り得ない現実である。だが、ハクオロの鈍感振りを察するに、決して無いとも言えないのが悲しいところだ。
 ロックの行動次第では、自身の一生を作用しかねない可能性が無きにしも非ずと言える気がしてくる。
 大げさな様子ではあるが、エルルゥにとってはある意味死活問題。
 実際に都合良くハクオロが現れることなど有り得はしないが、今の彼女の思考は混乱極まりなく逸脱している状態なのだ。 
 薬師として、傷を負ったロックを放置してもいいのか。はたまた、この場に留まり要らぬ好意を向けられて許容できるのか。
 前者も後者も自業自得だが、どちらも引くに引けない二律背反な矜持なだけに、妄執に囚われた心は躊躇いを生じる。

「―――痛てて……。何なんだ……」
「っ!? ―――ご、ごごご……」

 だが、都合は決してエルルゥに同調してくれる筈もなく、無慈悲な時間は着々と進んでいくのだ。
 ロックが動作する度に、エルルゥは過敏に肩を震わせる。
 早急に方針を固めなければ、このままでは取り返しの付かない事態に陥ってしまう。 
 ―――どうする。どうする。
 考え出すと堂々巡りの禅問答になってしまう。これでは意味がない。
 よって、ヤケを起こして本能に身を委ねることにする。
 ―――すぐさま決めた。
 自分は薬師だ。傷付いた、もとい傷付けた人間を放ってまで体裁を気にするなど薬師として失格。言語道断だ。
 惚れ薬が何だ。彼女の決心を鈍らせる程の代物なのか。―――否、断じて否だ。
 ―――外聞? 体面? それが今この状況に必ずしも必要なものなのか。それも否だ。
 近辺には人間だっていない筈だ。根拠はないが、いないと判断する。
 ともかく揺ぎない決意は既に纏め上り、後は彼女自身が実行するのみだ。
 エルルゥは素早く荷物を掻き集め、軽快に踵を返す。
 この選択が、自分にとって最良最善で至高の選出だと彼女は信じて疑わなかった。
 瞼を閉じて大きく深呼吸。新鮮な空気を肺に満たすことにより、気概を一新して面構えを持ち直す。
 ―――さあ、今こそ自身が信頼すべき躍進の一歩を踏み出すときだ。

「ごめんなさいーーーーい!!」

 ―――逃げた。


【E-2/1日目/早朝】

【ロック@BLACK LAGOON】
[状態]:健康
[装備]:ルイズの杖@ゼロの使い魔
[道具]:支給品三人分(他武器以外のアイテム2品)・どんな病気にも効く薬@ドラえもん・現金数千円
[思考・状況]
1:混乱
2:アーカードを回避しつつ、レヴィとの合流
[備考]
1:支給品は一つのデイパックへまとめてあります。
2:ロックの水分は喪失。 
3:惚れ薬を微量服用のため、効果発動中。初見の異性に狂想的な好意を寄せる。


【エルルゥ@うたわれるもの】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:惚れ薬@ゼロの使い魔・たずね人ステッキ@ドラえもん・五寸釘(残り30本)&金槌@ひぐらしのなく頃に
     市販の医薬品多数(胃腸薬、二日酔い用薬、風邪薬、湿布、傷薬、正露丸、絆創膏etc)
[思考・状況]
1:自己嫌悪に陥るも、一先ずロックより逃走
2:アーカードより遠ざかる
3:他の参加者と情報交換をし、機を見計らってたずね人ステッキ使用。ハクオロたちの居場所を特定する。
4:ハクオロ、アルルゥ、カルラ、トウカと合流し、ギガゾンビを倒す。
基本:仲間と合流する
[備考]
1:惚れ薬→異性にのみ有効。飲んでから初めて視界に入れた人間を好きになる。効力は長くて一時間程度。(残り六割)
2:たずね人ステッキ→三時間につき一回のみ使用化。一度使用した相手には使えない。死体にも有効。的中率は70パーセント。


時系列順で読む


投下順で読む


45:吸血鬼の倒し方 ロック 95:Is he a knight?
60:薬師は見た? 血で血を洗う商店街! エルルゥ 101:眼鏡と炎と尻尾と逃避と紅茶





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