暁を乱す者(前編) ◆lbhhgwAtQE
――アーハッハッハッハ!! ヒィィィィハッハァ―――――ッッ!!
目を覚ますと同時に、私の耳にはそんな男の人の笑い声が聞こえてきた。
この殺し合いを取り仕切っているギガゾンビの声が。
そして、放送が流れているという事は…………
「朝、ですのね」
窓から差す明るい陽の光に目を細めて、ここに来て2回目の朝が始まったことを確認すると、私は体を起こす。
だけど、立つ事はそう容易に叶わない。
……そう、私の右足はもう使い物にならないのですから。
なんとか松葉杖を使って立ち上がって、今自分のいるこの部屋を見渡してみると、そこにあるのはもぬけの殻の布団だけ。
「私が最後でしたのね」
確か放送が始まるのは朝の6時のはずだったから、皆さん6時前には起きていることになる。
まったく、早起きさんが多いですわ。
「……お? 物音がしたと思ったら、やっぱ起きてたんだね沙都子」
――すると、突然部屋のふすまが開いて、向こうから魅音さんが入ってきた。
「み、魅音さん……」
「……あ、そうかそうか。いきなり出てきて驚いた? 沙都子はあの時寝てたんだっけね」
すると、魅音さんは私が寝ている間に、仲間と一緒にここに来たと説明してくれた。
……本当は私、魅音さんが来た時は寝た振りをしていただけで起きていたからその事はもう知っている――とは流石に言えませんでしたわ。
そして、魅音さんは説明を終えても尚、今までの苦労話を口にする。
聞けば、魅音さんも梨花やいろんな人達と出会い、そして分かれてきたみたいですわね。
「魅音さんも、色々と苦労したんですのね」
「――んー、まぁね。本当に色々あったよ……。変な奴に会ったり、おっかない奴に襲われたり、面白い人と一緒に行動したり……」
そう喋る魅音さんの顔はどこか寂しげに見える。
……でも、それからすぐに、魅音さんの顔は笑顔に変わる。
「――でも、本当に良かったよ。こうして沙都子と無事に会えたんだからね」
その言葉からは、全然悪意なんて感じられない。
部活の時のような駆け引きをする言葉じゃない、心の底から生まれ出たそのままの言葉だった。
でも、それはあの日、私を鬼の様な形相で睨んだ魅音さんからは想像もできないような言葉で……
「……どうしたの沙都子? 体の調子が悪――――って、ご、ごめん! 私、沙都子の足のことすっかり忘れちゃってたよ! 私、沙都子の足がそんななのに“無事”なんて言葉言っちゃって…………」
「い、いえ、全く構わないのですことよ。私も魅音さんに会えて本当に嬉しいのですから」
それは、半分本当で半分嘘。
確かに部活メンバーで気心の知れた魅音さんと再会できたのは、嬉しい。
だけど、今はバトルロワイアルという名の生き残りを賭けたゲームの真っ最中。
……だから、心の中では魅音さんも圭一さんやレナさんのように、私の知らないところで死んでいてほしいと思っていた。
「沙都子も色々あったと思うけどさ、私が来たからにはもう大丈夫だよ! 私達は圭ちゃん達の為にも生きて雛見沢に帰ろ!」
「私、達……って、でも帰れるのは……」
「大丈夫大丈夫! 皆で力を合わせれば何とかなるって! 三人寄れば何とやら、ってね!」
……確かに、人がいっぱい集まれば、何か思いつくかもしれない。
だけど、私達の首には富竹さんを殺したのと同じ爆弾がついている。
そんな状況では、結局そんな願い叶わないはず。
だったら、そんなぬるま湯のような希望、最初から持たないほうがいいに決まっていますわ。
それにこれ以上、ここで皆さんと和気藹々としていたら、それこそ己の身を滅ぼしかねない事態になってしまう。
「みおーん!! そろそろ朝食よ、朝食!! とっととダイニングに来なさーい!!!!」
すると、そんな時、ふすまの向こうから魅音さんのものとは違う女の人の声が。
「分かったー! 沙都子も起きたから、一緒に今向かうよー!!!」
魅音さんは、ふすまの方に向かってそう叫ぶと、手を差し伸べてくる。
「ほら、呼んでるから行こ」
その優しげな顔を見るたびに私の胸は締め付けられるように痛くなる。
こんな魅音さんをも殺して私は勝たなければいけないのだろうか。
ロックさんやエルルゥさん、それにしんのすけという子も、悪い人ではないはずですし……。
………………だけど。
「わ、私、少し用事があるので先に行ってて下さいまし」
「へ? 用事? 何かやることあるんだったら私も――」
「け、結構ですわ! 私一人で十分ですわ!」
「……そう? そう言うならいいけど……無理しちゃだめだよ?」
だけど、私はにーにーのために生き残らなくてはならない。
魅音さんが部屋を後にしたのを確認すると、私は自分のデイパックを開いて――――
この殺し合いを取り仕切っているギガゾンビの声が。
そして、放送が流れているという事は…………
「朝、ですのね」
窓から差す明るい陽の光に目を細めて、ここに来て2回目の朝が始まったことを確認すると、私は体を起こす。
だけど、立つ事はそう容易に叶わない。
……そう、私の右足はもう使い物にならないのですから。
なんとか松葉杖を使って立ち上がって、今自分のいるこの部屋を見渡してみると、そこにあるのはもぬけの殻の布団だけ。
「私が最後でしたのね」
確か放送が始まるのは朝の6時のはずだったから、皆さん6時前には起きていることになる。
まったく、早起きさんが多いですわ。
「……お? 物音がしたと思ったら、やっぱ起きてたんだね沙都子」
――すると、突然部屋のふすまが開いて、向こうから魅音さんが入ってきた。
「み、魅音さん……」
「……あ、そうかそうか。いきなり出てきて驚いた? 沙都子はあの時寝てたんだっけね」
すると、魅音さんは私が寝ている間に、仲間と一緒にここに来たと説明してくれた。
……本当は私、魅音さんが来た時は寝た振りをしていただけで起きていたからその事はもう知っている――とは流石に言えませんでしたわ。
そして、魅音さんは説明を終えても尚、今までの苦労話を口にする。
聞けば、魅音さんも梨花やいろんな人達と出会い、そして分かれてきたみたいですわね。
「魅音さんも、色々と苦労したんですのね」
「――んー、まぁね。本当に色々あったよ……。変な奴に会ったり、おっかない奴に襲われたり、面白い人と一緒に行動したり……」
そう喋る魅音さんの顔はどこか寂しげに見える。
……でも、それからすぐに、魅音さんの顔は笑顔に変わる。
「――でも、本当に良かったよ。こうして沙都子と無事に会えたんだからね」
その言葉からは、全然悪意なんて感じられない。
部活の時のような駆け引きをする言葉じゃない、心の底から生まれ出たそのままの言葉だった。
でも、それはあの日、私を鬼の様な形相で睨んだ魅音さんからは想像もできないような言葉で……
「……どうしたの沙都子? 体の調子が悪――――って、ご、ごめん! 私、沙都子の足のことすっかり忘れちゃってたよ! 私、沙都子の足がそんななのに“無事”なんて言葉言っちゃって…………」
「い、いえ、全く構わないのですことよ。私も魅音さんに会えて本当に嬉しいのですから」
それは、半分本当で半分嘘。
確かに部活メンバーで気心の知れた魅音さんと再会できたのは、嬉しい。
だけど、今はバトルロワイアルという名の生き残りを賭けたゲームの真っ最中。
……だから、心の中では魅音さんも圭一さんやレナさんのように、私の知らないところで死んでいてほしいと思っていた。
「沙都子も色々あったと思うけどさ、私が来たからにはもう大丈夫だよ! 私達は圭ちゃん達の為にも生きて雛見沢に帰ろ!」
「私、達……って、でも帰れるのは……」
「大丈夫大丈夫! 皆で力を合わせれば何とかなるって! 三人寄れば何とやら、ってね!」
……確かに、人がいっぱい集まれば、何か思いつくかもしれない。
だけど、私達の首には富竹さんを殺したのと同じ爆弾がついている。
そんな状況では、結局そんな願い叶わないはず。
だったら、そんなぬるま湯のような希望、最初から持たないほうがいいに決まっていますわ。
それにこれ以上、ここで皆さんと和気藹々としていたら、それこそ己の身を滅ぼしかねない事態になってしまう。
「みおーん!! そろそろ朝食よ、朝食!! とっととダイニングに来なさーい!!!!」
すると、そんな時、ふすまの向こうから魅音さんのものとは違う女の人の声が。
「分かったー! 沙都子も起きたから、一緒に今向かうよー!!!」
魅音さんは、ふすまの方に向かってそう叫ぶと、手を差し伸べてくる。
「ほら、呼んでるから行こ」
その優しげな顔を見るたびに私の胸は締め付けられるように痛くなる。
こんな魅音さんをも殺して私は勝たなければいけないのだろうか。
ロックさんやエルルゥさん、それにしんのすけという子も、悪い人ではないはずですし……。
………………だけど。
「わ、私、少し用事があるので先に行ってて下さいまし」
「へ? 用事? 何かやることあるんだったら私も――」
「け、結構ですわ! 私一人で十分ですわ!」
「……そう? そう言うならいいけど……無理しちゃだめだよ?」
だけど、私はにーにーのために生き残らなくてはならない。
魅音さんが部屋を後にしたのを確認すると、私は自分のデイパックを開いて――――
朝食は、この家で見つけたという各種のジャムを支給品のパンに塗っただけの簡単なものでしたわ。
それでも、空腹の私には、そのパンがとても美味しく感じられましたけど。
「ほっほ~い! キレイなお姉さん達と朝ごはんを一緒に食べれるなんて、オラ幸せ者だゾ~!」
……私の隣には、私よりも更に年下のしんのすけさんが座っている。
しんのすけさんは、何やら楽しげな表情を浮かべてますけど、今どんな状況なのか分かっていらっしゃるのかしら。
……私達は、殺し合いの真っ最中ですのよ?
それなのに、どうして……。
「おい、ハルヒ。そんなに慌てて食べたら喉に詰まらせるぞ?」
「うっさいわね~! そんな間抜けなこと、このあたしがするわけ――――むぐ!!! んぐぐぐぐ!!」
「――ったく、言わんこっちゃない」
しんのすけさんだけじゃない。
新しく来たハルヒさんやキョンさん、トウカさん、それに魅音さんもその胸には、絶望ではなく希望を抱いているように見えてしまう。
そんな希望、所詮はまやかしにしかならないのに……。
「……おや? 沙都子殿、食が進んでいないようですが大丈夫ですか?」
「あ、もしかして怪我のせいで体調が崩れてるのかしら? だったら、何か食べやすいように――」
「だ、大丈夫ですわ! むしろお腹はペコペコすぎるくらいですもの!」
トウカさんとエルルゥさんが心配そうに見てくるので、私は慌ててパンを口に頬張り、笑顔を見せる。
「本当に大丈夫か? 無理はしないでいいんだぞ」
「そうそう~。困ったことがあったら、このロックお兄さんに言えば、きっと3つまでなら何でもかなえてくれるはず~」
「……いや、俺はランプの精でも和尚さんの御札でもないから」
……本当、私には温かすぎる場所ですわね。
確かに、こんな場所なら希望が実現するように錯覚してしまっても仕方ないかもしれない。
でも、やっぱり錯覚は錯覚。所詮は幻想に過ぎないのですわ。
利用できる足としては十分すぎるけれど、長い間ここにいてしまっては幻想に囚われてしまう。
そして、幻想に囚われてしまったら、もう後には引き返せない。
だから、私はこの幻想を断ち切るためにも…………。
それでも、空腹の私には、そのパンがとても美味しく感じられましたけど。
「ほっほ~い! キレイなお姉さん達と朝ごはんを一緒に食べれるなんて、オラ幸せ者だゾ~!」
……私の隣には、私よりも更に年下のしんのすけさんが座っている。
しんのすけさんは、何やら楽しげな表情を浮かべてますけど、今どんな状況なのか分かっていらっしゃるのかしら。
……私達は、殺し合いの真っ最中ですのよ?
それなのに、どうして……。
「おい、ハルヒ。そんなに慌てて食べたら喉に詰まらせるぞ?」
「うっさいわね~! そんな間抜けなこと、このあたしがするわけ――――むぐ!!! んぐぐぐぐ!!」
「――ったく、言わんこっちゃない」
しんのすけさんだけじゃない。
新しく来たハルヒさんやキョンさん、トウカさん、それに魅音さんもその胸には、絶望ではなく希望を抱いているように見えてしまう。
そんな希望、所詮はまやかしにしかならないのに……。
「……おや? 沙都子殿、食が進んでいないようですが大丈夫ですか?」
「あ、もしかして怪我のせいで体調が崩れてるのかしら? だったら、何か食べやすいように――」
「だ、大丈夫ですわ! むしろお腹はペコペコすぎるくらいですもの!」
トウカさんとエルルゥさんが心配そうに見てくるので、私は慌ててパンを口に頬張り、笑顔を見せる。
「本当に大丈夫か? 無理はしないでいいんだぞ」
「そうそう~。困ったことがあったら、このロックお兄さんに言えば、きっと3つまでなら何でもかなえてくれるはず~」
「……いや、俺はランプの精でも和尚さんの御札でもないから」
……本当、私には温かすぎる場所ですわね。
確かに、こんな場所なら希望が実現するように錯覚してしまっても仕方ないかもしれない。
でも、やっぱり錯覚は錯覚。所詮は幻想に過ぎないのですわ。
利用できる足としては十分すぎるけれど、長い間ここにいてしまっては幻想に囚われてしまう。
そして、幻想に囚われてしまったら、もう後には引き返せない。
だから、私はこの幻想を断ち切るためにも…………。
◆
「それじゃ、そろそろSOS団緊急ミーティングを始めるわよ!!!」
食事が終わってから少しして。
ハルヒさんは、そう声高らかに宣言すると、皆をリビングに集めた。
ちなみに“えすおーえす団”というのは、ハルヒさんの立ち上げた集まりのようで、私やロックさんもその中にもう入っているらしい。
……何のことだかさっぱり分からないけど、あまり気にはしない。
ハルヒさんやキョンさん、ロックさんの話は、私には少し難しい気がするから……。
そんな私が皆の為に出来ることといえば……
「そ、それじゃ、私お皿洗ってお茶でも入れてきますね」
私に出来るのは食事や身の回りの世話をすることくらい。
だから、私はその場を抜けて、一度お台所へと行くことにした。
「ならば、某もお手伝い致しまつ――」
「トウカさんはそっちで二人が危険なことしないように見張ってて下さい」
「エルルゥ殿がそう言うのであれば……了解した!」
折角の申し出だったけど、私はそれを断った。
普通の台所仕事なら、トウカさんに手伝ってもらっても良かったかもしれない。
……だけど、私は一人で台所に行きたかった。
……うぅん、一人になりたかった――のかもしれない。
なぜなら…………
食事が終わってから少しして。
ハルヒさんは、そう声高らかに宣言すると、皆をリビングに集めた。
ちなみに“えすおーえす団”というのは、ハルヒさんの立ち上げた集まりのようで、私やロックさんもその中にもう入っているらしい。
……何のことだかさっぱり分からないけど、あまり気にはしない。
ハルヒさんやキョンさん、ロックさんの話は、私には少し難しい気がするから……。
そんな私が皆の為に出来ることといえば……
「そ、それじゃ、私お皿洗ってお茶でも入れてきますね」
私に出来るのは食事や身の回りの世話をすることくらい。
だから、私はその場を抜けて、一度お台所へと行くことにした。
「ならば、某もお手伝い致しまつ――」
「トウカさんはそっちで二人が危険なことしないように見張ってて下さい」
「エルルゥ殿がそう言うのであれば……了解した!」
折角の申し出だったけど、私はそれを断った。
普通の台所仕事なら、トウカさんに手伝ってもらっても良かったかもしれない。
……だけど、私は一人で台所に行きたかった。
……うぅん、一人になりたかった――のかもしれない。
なぜなら…………
「うぅっ……ひぐっ……アルルゥ……アルルゥ……」
“ほうそう”が告げたのはアルルゥの明確な死だった。
それは、ロックさんの推測が本当になったということ。
大体分かってはいたことだったけど、改めて言われて私は、涙を出さずには入られなかった。
でも、皆の前で泣いてしまっては要らない心配をかけてしまう。
だから、私は一人になりたかった。
……そして、一人になった今、私は……。
「アルルゥ…………アルルゥ…………」
無鉄砲で人に色々心配をかける妹だったけど、それでもあの子は私にとってかわいくて思いやりのある妹であり、大事な肉親だった。
あの子の笑顔が二度と見られないと思うと………………。
「………………」
……一度はこの命を絶とうと考えた。
だけど、トウカさんに諭されて、それをするのを私は諦めた。
“ほうそう”が告げたのはアルルゥの明確な死だった。
それは、ロックさんの推測が本当になったということ。
大体分かってはいたことだったけど、改めて言われて私は、涙を出さずには入られなかった。
でも、皆の前で泣いてしまっては要らない心配をかけてしまう。
だから、私は一人になりたかった。
……そして、一人になった今、私は……。
「アルルゥ…………アルルゥ…………」
無鉄砲で人に色々心配をかける妹だったけど、それでもあの子は私にとってかわいくて思いやりのある妹であり、大事な肉親だった。
あの子の笑顔が二度と見られないと思うと………………。
「………………」
……一度はこの命を絶とうと考えた。
だけど、トウカさんに諭されて、それをするのを私は諦めた。
――アルルゥ殿のためにも……。某たちは生きなければならんのだ!!
トウカさんはそう言った。
死んでいった人達の為に……遺された人は生きなければならないと。
思えばハクオロさんも、死んだおばあちゃんや村の皆のためにいつもがんばってくれた。
死んだ人達の分まで私やアルルゥを守ってくれると言ってくれた。
……だったら、私もそうするべきなのかもしれない。
もういないハクオロさやカルラさん、アルルゥの為にも、そして今ここにいる沙都子ちゃんやしんのすけ君のような子供達の為に、ロックさん達皆の為に。
今の私には、フーさんに使い方を教えてもらった“こんろ”を使ってお茶を入れることくらいしかできないけど、願いは唯一つ。
死んでいった人達の為に……遺された人は生きなければならないと。
思えばハクオロさんも、死んだおばあちゃんや村の皆のためにいつもがんばってくれた。
死んだ人達の分まで私やアルルゥを守ってくれると言ってくれた。
……だったら、私もそうするべきなのかもしれない。
もういないハクオロさやカルラさん、アルルゥの為にも、そして今ここにいる沙都子ちゃんやしんのすけ君のような子供達の為に、ロックさん達皆の為に。
今の私には、フーさんに使い方を教えてもらった“こんろ”を使ってお茶を入れることくらいしかできないけど、願いは唯一つ。
――もうこんな悲しいことは起きてほしくない。
◆
「だからその“部活”って何なのよ? 何部なわけ?」
「部活は部活だよ。それも、そんじょそこらの部活とは一味も二味も厳しくて楽しいんだよ!」
「ふん! どうせ、子供の遊びなんでしょ? そんなことよりも――」
「あ、遊びでやってんじゃないんだよ!!」
「いや、そんなことは今はどうでもいいだろうが……」
オラがトイレでひと時のブレーキタイムを過ごした後、部屋に戻ってみると、お姉さん達が何やら言い争いをしていた。
「お、しんのすけ殿、戻っていらしたか」
すると、オラの横にトウカお姉さんがやってきた。
トウカお姉さんはお侍さんみたいな格好で、オマタのおじさんみたいな喋り方をする少し変わったコスプレのお姉さん。
耳の形も変わってるけど、それでも美人なお姉さんなのには変わらない。
「一人で厠に行けるとは、しんのすけ殿はえらいのですな」
「う~ん、こんなの今時常識だゾ~。それよりも……」
オラは、言い争いを続けるお姉さん達の方を向く。
「……お姉さん達が何で喧嘩しているのか、お姉さんは知ってる?」
「う、うむ……某にもよくは分からないのですが、どうにも“えすおーえす団”と“ぶかつ”のどちらが凄いか、という話を先ほどからしているようなのですが……」
トウカお姉さんは首を横に振る。
「どうにもこうにも、某にはよく分からない話で……」
「……で、お姉さんは止めないの?」
「………………はっ!! し、しまった! 某としたことがついぼーっと見ていてしまった! ……お、お二方~、喧嘩はやめて下さ――あぶっ!!」
オラの言葉で気が付いたのか、トウカお姉さんは慌ててハルヒお姉さん達のところへ駆け寄ろうとしたけど、その途中で転んでしまった。
う~ん、エルルゥお姉さんに加えて、ハルヒお姉さんに魅音お姉さん、トウカお姉さんと美人さんばかりが揃ってきて、オラとしては嬉しい限りなんだけど……
「やれやれ、皆子供っぽいんだゾ……」
作戦会議をやろうとしているのに、お姉さん達はずっとこの調子。
これなら、カスカベ防衛隊の方がトーソツが取れてるゾ……。
「……まったく! 魅音さんもハルヒさんも本当に子供ですわね!」
――と、気付くと今度は横に松葉杖をついたサトちゃんが立っていた。
「おぉ、サトちゃん、いつの間に?」
「その呼び方、やめて下さいまし。なんだかどこかの薬の会社のマスコットキャラみたいで、嬉しくありませんわ」
「んん~、いけず~」
サトちゃんは、そっぽを向いてしまう。
「……でも、あぁやって元気でいることいい事なんだゾ」
「……え?」
「笑っていれば、コーウンってのがやってくるって母ちゃんは言ってた。それに父ちゃんも上を向いて歩こうって歌をよく歌ってたし~」
「……………………」
オラが喋ると、サトちゃんは俯いたまま喋らなくなってしまう。
……あ、あれ? オラ、何か変な事言っちゃったかな?
「あ、あの、サトちゃ――――」
「はい、どうぞ」
オラがサトちゃんに声を掛けようとすると、今度はエルルゥお姉さんが湯飲みを持ってやってきてくれた。
「お茶、飲める?」
「おぉっ! オラ、熱くてしぶーいお茶茶は大好き! 特にお姉さんが淹れてくれたお茶は最高だゾ!」
そう言って、お姉さんから湯のみを受け取ると、オラは早速そのお茶を飲む。
……う~ん、やっぱりお茶は静岡に限るのぉ~。
「おぉ、美味い! お姉さん、結構なお手前だなぁ」
「え? あ、ありがとう……」
エルルゥお姉さんは、今までずっと悲しそうな顔をしていたけど、こうやって笑っていたほうがキレイなんだと思った。
うんうん、女に涙は似合わ……ねぇ……ぜ…………。
「部活は部活だよ。それも、そんじょそこらの部活とは一味も二味も厳しくて楽しいんだよ!」
「ふん! どうせ、子供の遊びなんでしょ? そんなことよりも――」
「あ、遊びでやってんじゃないんだよ!!」
「いや、そんなことは今はどうでもいいだろうが……」
オラがトイレでひと時のブレーキタイムを過ごした後、部屋に戻ってみると、お姉さん達が何やら言い争いをしていた。
「お、しんのすけ殿、戻っていらしたか」
すると、オラの横にトウカお姉さんがやってきた。
トウカお姉さんはお侍さんみたいな格好で、オマタのおじさんみたいな喋り方をする少し変わったコスプレのお姉さん。
耳の形も変わってるけど、それでも美人なお姉さんなのには変わらない。
「一人で厠に行けるとは、しんのすけ殿はえらいのですな」
「う~ん、こんなの今時常識だゾ~。それよりも……」
オラは、言い争いを続けるお姉さん達の方を向く。
「……お姉さん達が何で喧嘩しているのか、お姉さんは知ってる?」
「う、うむ……某にもよくは分からないのですが、どうにも“えすおーえす団”と“ぶかつ”のどちらが凄いか、という話を先ほどからしているようなのですが……」
トウカお姉さんは首を横に振る。
「どうにもこうにも、某にはよく分からない話で……」
「……で、お姉さんは止めないの?」
「………………はっ!! し、しまった! 某としたことがついぼーっと見ていてしまった! ……お、お二方~、喧嘩はやめて下さ――あぶっ!!」
オラの言葉で気が付いたのか、トウカお姉さんは慌ててハルヒお姉さん達のところへ駆け寄ろうとしたけど、その途中で転んでしまった。
う~ん、エルルゥお姉さんに加えて、ハルヒお姉さんに魅音お姉さん、トウカお姉さんと美人さんばかりが揃ってきて、オラとしては嬉しい限りなんだけど……
「やれやれ、皆子供っぽいんだゾ……」
作戦会議をやろうとしているのに、お姉さん達はずっとこの調子。
これなら、カスカベ防衛隊の方がトーソツが取れてるゾ……。
「……まったく! 魅音さんもハルヒさんも本当に子供ですわね!」
――と、気付くと今度は横に松葉杖をついたサトちゃんが立っていた。
「おぉ、サトちゃん、いつの間に?」
「その呼び方、やめて下さいまし。なんだかどこかの薬の会社のマスコットキャラみたいで、嬉しくありませんわ」
「んん~、いけず~」
サトちゃんは、そっぽを向いてしまう。
「……でも、あぁやって元気でいることいい事なんだゾ」
「……え?」
「笑っていれば、コーウンってのがやってくるって母ちゃんは言ってた。それに父ちゃんも上を向いて歩こうって歌をよく歌ってたし~」
「……………………」
オラが喋ると、サトちゃんは俯いたまま喋らなくなってしまう。
……あ、あれ? オラ、何か変な事言っちゃったかな?
「あ、あの、サトちゃ――――」
「はい、どうぞ」
オラがサトちゃんに声を掛けようとすると、今度はエルルゥお姉さんが湯飲みを持ってやってきてくれた。
「お茶、飲める?」
「おぉっ! オラ、熱くてしぶーいお茶茶は大好き! 特にお姉さんが淹れてくれたお茶は最高だゾ!」
そう言って、お姉さんから湯のみを受け取ると、オラは早速そのお茶を飲む。
……う~ん、やっぱりお茶は静岡に限るのぉ~。
「おぉ、美味い! お姉さん、結構なお手前だなぁ」
「え? あ、ありがとう……」
エルルゥお姉さんは、今までずっと悲しそうな顔をしていたけど、こうやって笑っていたほうがキレイなんだと思った。
うんうん、女に涙は似合わ……ねぇ……ぜ…………。
……あ、あれ?
何だろう、急に体が……重くなってきた…………ゾ?
それにさっき起きたばっかりなの……に、また眠く…………なって………………
「……したの? ねぇ、……の調子………………? しっ…………して………………」
お姉さんに抱きかかえられるけど、もうイシキがモーローとしてきて……。
…………オ、オラ、どうしちゃったんだろ…………う…………。
何だろう、急に体が……重くなってきた…………ゾ?
それにさっき起きたばっかりなの……に、また眠く…………なって………………
「……したの? ねぇ、……の調子………………? しっ…………して………………」
お姉さんに抱きかかえられるけど、もうイシキがモーローとしてきて……。
…………オ、オラ、どうしちゃったんだろ…………う…………。
◆
「どうしたの? ねぇ、体の調子が悪いの? しっかりして! 返事をして!」
ハルヒと園崎の不毛な口論に辟易していたその時、急にエルルゥさんが大声を出した。
「……ど、どうしたんです?」
「どうなされた、エルルゥ殿!?」
俺やトウカさん、それに皆がその声に気付いて、エルルゥさんのところへ近寄ると彼女はしんのすけ少年を抱えていた。
そして、少年は目を閉じたままぐったりとしていて……
「こ、この子、お茶を飲んですぐに、ぐったりして倒れちゃったんです!」
……おいおい、それってまさか…………。
「……ちょっといいかい?」
ロックさんがしんのすけ少年の細い腕に指を当てる。
すると、首を縦に振って、安堵したような表情を浮かべる。
「――大丈夫だ。脈はある」
……良かった。
まさかとは思ったが、どうやら想定していた最悪の事態は見当はずれで済んだようだった。
だが、ロックさんはその表情を再び険しくする。
「だけど、おかしいな。人がそんな急にぐったりして倒れるものか? 持病持ちっていうのなら分からないけど……」
「いえ、持病を持っていたとしても、発作等の症状が先行して起こる場合が多いので、こんな急に糸が切れたように倒れるなんてことは……」
エルルゥさんはしんのすけ少年を抱きかかえながら、不安そうに言う。
……そういえば、エルルゥさんは薬師――要するに医者兼薬剤師みたいな立場らしい――だった。
ならば、それは一般論として通じる話だろう。
「……た、ただ寝ているというわけではありませんの? この子、いかにも良く食べて良く寝るような健康優良児のようですし……」
「それなら、揺さぶったり刺激を与えたりした時点で起きるはず。…………でも、この子は起きないんです…………」
すると、園崎が堪らなくなった様に、声を張り上げる。
「だ、だったら何だって言うの!? 何で、しんのすけはいきなり倒れたわけ!? 寝てるわけじゃなくて病気じゃないとしたら……」
「……何者かが毒か何かを盛った、と考えるべきでしょうね」
……そうだ。
考えたくないことだが、ハルヒの言う通りの可能性が非常に高い。
お茶を飲んだ直後、というのがその可能性を更に大きくしている。
ハルヒもそれに気付いたようで、しんのすけ少年が落としたと思われる湯飲みを持ち上げる。
「毒を入れたとしたならば、この湯飲みに入っていたお茶に――っていうのが王道でしょうね」
「お茶ってことは、もしかして…………」
沙都子ちゃんが振り向いて、お茶を入れた張本人の方を見る。
「……わ、私じゃありません! そんな……そんな子供に毒を使うなんてこと……!!」
「そうだ! エルルゥ殿に限って、そんな童を陥れるような非道な狼藉を働くはずがない!!」
そうだよな。
普通なら、トウカさんと同じ考えを持つはずだ。
……だが、何者かが毒を使ってしんのすけ少年を昏睡状態にさせたのは限りなく正解に近い答え。
そして、この家に俺たちしかいない以上、それを行った犯人は………………。
一体、誰が何でこんな馬鹿げたことを……。
「きゃあっ!!?」
――ん? ひゃあ?
何やらエルルゥさんの可愛らしい声が聞こえてきたような気が…………――――って!
「お、おい、園崎! お前、何を……!」
首を動かしてみると、そこではなんと園崎がカラシニコフ銃をロックさんにつきつけていた。
……一体何のつもりだ!?
「な、何がどうしたか知らんが、とりあえず落ち着け! その物騒なものを――」
「私は冷静だよ。……冷静に考えた結果がこれだよ」
冷静に考えた結果、銃を人につきつけただと?
「……それじゃ、話を聞かせてもらえないか? ……どうして俺に銃なんか向けてるのかを」
ロックさんは、目の前に銃口があるというのに至って冷静だ。
そして、園崎はそんな冷静なロックさんをキッと一回睨むと、銃口と視線をロックさんへ向けたまま口を開き始めた。
「……そこまで言うなら、教えてあげるよ。ロック……あんたが一番怪しい理由をね。キョン達もちょっと聞いてもらえるかな」
ロックさんが怪しい?
それじゃ、まさか園崎はロックさんを毒を盛った犯人だと疑ってるのか?
「まず確認すると、ここにいるのは私達8人。毒を飲んだしんのすけを除いたら7人だよね」
確かにそうだ。
俺とハルヒ、トウカさんに園崎、沙都子ちゃんにエルルゥ、それにロックさんだから合計で7人だ。
「……で、毒はお茶に入ってたわけだから、毒を入れたタイミングとしてはエルルゥさんが台所にお茶を淹れた時に限定される。……エルルゥさん、お茶から目を離したりしませんでしたか?」
「え? は、はい……。ちょっと考え事をしてたので、ずっとお茶を見ていたわけじゃ…………」
園崎がそれを聞いて頷く。
「――ということは、やっぱりお茶を淹れたのは朝食以降ってわけになるね。――ということはこの時点で、食後はずっと居間で話をしてた私とハルヒ、それにキョンは犯人じゃないってことになる」
なるほど納得だ。
これは、いわゆるアリバイ証明ってやつだな。
古泉のアホに孤島に招待された時にも嫌というほど証明したりしたから、それはしっかり覚えてる。
すると、隣にいたハルヒもうんうんと頷き始めていた。
「……ということは、残るは4人。トウカさん、エルルゥさん、沙都子ちゃんにロックさんってわけね」
「うん。……この4人については食後は全員バラバラに動いてたからね。……でも、沙都子は足を怪我したままなわけだし、それに何よりまだ子供だからね。……こんなことするはずないよ」
考えてみれば、沙都子ちゃんはウチの妹並みの歳だ。
あの妹の年代で、毒を使って誰かを陥れるなんてことは普通考えそうにない。
「そしてトウカさんも、荷物は前に確認済で毒なんか見つかんなかったし、何より毒なんか使わなくても腕が立つわけだからね。誰かを殺す気なら、こんなところで毒を使うよりも、闇に紛れて刀でズバッと――」
「そ、某はそのような卑劣な真似などしない!!!!」
「ご、ごめんごめん。言い過ぎたよ…………で、残るのはエルルゥさんとロックなんだけど……」
「私が犯人ならエルルゥさんの立場では毒は入れないわね。あからさま過ぎるもの」
ハルヒの言う通りだ。
自分で淹れたお茶に毒も混入する――――そんなこと自分で自分の首を絞めるも同然だ。
それに、エルルゥさんはただでさえ妹さんの死を知って、精神が不安定だからなぁ……しらばっくれる演技なんかできそうにない。
園崎も、それには同意のようでしっかり頷く。
「そういうこと。……んで、残ったのはさ結局、ロック――あんただけってわけ。……納得できた?」
園崎の考え方からいくと、確かにその通りだ。
周囲の賛同は大いに得られることだろう。
……しかし、毒物を使う意図があるなら、俺たちが来る前にでもこっそりやれたのではないかとも同時に俺は思ったりした。
俺たちが来る前ならば、連れはエルルゥさんと子供二人のみでロックさんが体力的に、そして精神的に優位で、殺すチャンスならいくらでもあったというのに。
いや、こんな状況下だから、突然気が変わったということも大いに考えられるわけだが。
「……そうだな。確かに消去法だと俺が一番怪しいな。……だが、俺はやってない。それは信じてほしい」
しかし、当該者のロックさんは、それでも平静を保っていた。
……これが大人の余裕という奴か?
「で、でも、それじゃ犯人がいないことになるじゃない! そんなの――」
「に、荷物を調べてみたらいかがでございましょう!?」
声を荒げようとしていた園崎を止めたのは、沙都子ちゃんだった。
沙都子ちゃんは、ソファに座ったまま、少し動揺しながら言葉を続ける。
「犯人はこういう時、凶器を大事に所持していることが多いそうですし、一度ボディーチェックとデイパックの中身の調査をしてみるのも手だと思うのですが……」
「なるほどね。それで毒が出てきたら犯人確定ってわけね。……流石沙都子。頭がさえてるねぇ」
園崎は沙都子ちゃんの方を一瞬振り返り微笑むと、再びロックさんのほうを睨んだ。
「――てなわけで、一度調べさせてもらってもいい?」
「……あぁ。それで俺の無実が証明できるなら」
ロックさんは少し笑みを浮かべていた。
……ここまでの余裕があるってことは……本当に犯人じゃないのか? それとも絶対にバレないトリックがあるのか?
どっちなんだ……。
こうして、俺と園崎はロックさんのボディーチェックを、ハルヒとトウカさんとエルルゥさんでデイパックの調査をすることになったのだが……。
「……な、何なのこれ?」
「――え? こ、これって……!!」
俺達がロックさんの服を調べていると、テーブルの上でデイパックを調べていたハルヒ達が急に声を出し始めた。
その声に釣られて、俺たちもチェックを中断して、そちらに向かうと……。
「これ私の使ってる小箱……それにこれ、ワブアブです」
「わぶ……あぶ?」
「えぇ。薬の材料として使う粉末なんですが……これ単体だと筋力を低下させて体を弱らせる効果があるんです」
ハルヒからエルルゥさんの手に渡ったその小さい木箱の中には何やら粉末が入っていた。
これが薬の材料…………てか、筋力を低下させて弱らせるってまさか!!?
「言われてみれば、しんのすけ君の症状ってワブアブを誤飲した時の初期症状に似ている気がします」
――ということは何だ?
つまり、少年が倒れたのは、このワブアブっていう粉を飲んだせいってわけか?
そして、その粉がロックさんの荷物の中から見つかったってことは…………
「……ちょっと待て。何でこんなものが……」
ロックさんは急に顔を青くして、一歩引く。
すると、園崎もそれに反応するようにカラシニコフを持ち上げる。
「や、やっぱりアンタがやったのか!!!! この人でなし!!!」
銃口は再び、ロックさんへ。
おいおい、マズいんじゃないのかこの状況は……。
こんなところで銃なんか撃ったら……いや、事実としてロックさんの荷物から件の毒らしきものが出てきたのは確かなんだが……。
「落ち着いてくれ。俺はこんなもの本当に知らな――――」
「証拠が出てきたんだ。下手な言い逃れなんて出来ないよ…………。あんたのこと信じようとしてたのに…………それなのに、皆を裏切って………………」
「魅音殿……」
トウカさんもどうすべきか迷ってるようだ。
もし、ロックさんが本当に犯人なのだとしたら、悪を許さないという勧善懲悪的立場を貫かんとするトウカさんは、ロックさんを切り捨て御免にするだろうし、もし違うのなら全力で止めなければならない。
そして、今まさにどちらが真実なのか大きく揺らいでいる時なのだ。
「……あの時……あの時、私は光を助けられなかった。光が殺されるのを見てるしか出来なかった。だから、もう私は迷わない。………………誰か仲間を傷つける奴がいるなら私は――――」
そして、園崎は銃を持つ手に力を入れて…………
――って、やっぱそれでも銃はマズいだろ!
ロックさんは、あのアーカードとかいう大男やセイバーとかいう西洋騎士とは違って、殺人者と自ら宣言したわけでもないんだ。
ここはひとつ、熱くなる前に縛るなりして戦力を喪失させてから話を聞いたほうがいいはずだ。
「やめろ、園崎!!!」
俺は銃を止めようと急いで園崎の肩を掴む――――が!
「離してよ、キョン!!!」
「ぶほっ!!」
見事に肘鉄が決まり、俺は後ろに大きく飛ばされる。
「キョン殿っ!!」
それに反応するように今まで固まっていたトウカさんとハルヒが俺に近づく。
……って、待ってくれ。
今は俺を気遣うよりも園崎を止めて――――
「あんたなんか……あんたなんかぁぁぁあ!!!」
だが、時既に遅し。
園崎がその引き金に当てた指に力を入れると、軽快な音を立てて複数の銃弾がロックさんに避ける暇も与えずに…………
「…………え?」
当たる筈だった。
しかし、結果から言えば、それはロックさんには一発も命中しなかった。
「……ぶ、無事でしたか、ロックさん…………?」
何故ならば、ロックさんと園崎の間にはいつの間にか獣耳に尻尾というハルヒ曰く萌え要素たっぷりの少女が立っていたからだ。
彼女はロックさんの代わりにその銃弾を全身に浴びてなお、立っていた。
「エ、エルルゥ? 君は…………」
「もう……こんな悲しいことを繰り返さないでください………………」
それは誰に言った言葉なのは分からない。
だが、確実に分かるのは、それを言った瞬間に彼女が崩れるように倒れたという事だ。
ハルヒと園崎の不毛な口論に辟易していたその時、急にエルルゥさんが大声を出した。
「……ど、どうしたんです?」
「どうなされた、エルルゥ殿!?」
俺やトウカさん、それに皆がその声に気付いて、エルルゥさんのところへ近寄ると彼女はしんのすけ少年を抱えていた。
そして、少年は目を閉じたままぐったりとしていて……
「こ、この子、お茶を飲んですぐに、ぐったりして倒れちゃったんです!」
……おいおい、それってまさか…………。
「……ちょっといいかい?」
ロックさんがしんのすけ少年の細い腕に指を当てる。
すると、首を縦に振って、安堵したような表情を浮かべる。
「――大丈夫だ。脈はある」
……良かった。
まさかとは思ったが、どうやら想定していた最悪の事態は見当はずれで済んだようだった。
だが、ロックさんはその表情を再び険しくする。
「だけど、おかしいな。人がそんな急にぐったりして倒れるものか? 持病持ちっていうのなら分からないけど……」
「いえ、持病を持っていたとしても、発作等の症状が先行して起こる場合が多いので、こんな急に糸が切れたように倒れるなんてことは……」
エルルゥさんはしんのすけ少年を抱きかかえながら、不安そうに言う。
……そういえば、エルルゥさんは薬師――要するに医者兼薬剤師みたいな立場らしい――だった。
ならば、それは一般論として通じる話だろう。
「……た、ただ寝ているというわけではありませんの? この子、いかにも良く食べて良く寝るような健康優良児のようですし……」
「それなら、揺さぶったり刺激を与えたりした時点で起きるはず。…………でも、この子は起きないんです…………」
すると、園崎が堪らなくなった様に、声を張り上げる。
「だ、だったら何だって言うの!? 何で、しんのすけはいきなり倒れたわけ!? 寝てるわけじゃなくて病気じゃないとしたら……」
「……何者かが毒か何かを盛った、と考えるべきでしょうね」
……そうだ。
考えたくないことだが、ハルヒの言う通りの可能性が非常に高い。
お茶を飲んだ直後、というのがその可能性を更に大きくしている。
ハルヒもそれに気付いたようで、しんのすけ少年が落としたと思われる湯飲みを持ち上げる。
「毒を入れたとしたならば、この湯飲みに入っていたお茶に――っていうのが王道でしょうね」
「お茶ってことは、もしかして…………」
沙都子ちゃんが振り向いて、お茶を入れた張本人の方を見る。
「……わ、私じゃありません! そんな……そんな子供に毒を使うなんてこと……!!」
「そうだ! エルルゥ殿に限って、そんな童を陥れるような非道な狼藉を働くはずがない!!」
そうだよな。
普通なら、トウカさんと同じ考えを持つはずだ。
……だが、何者かが毒を使ってしんのすけ少年を昏睡状態にさせたのは限りなく正解に近い答え。
そして、この家に俺たちしかいない以上、それを行った犯人は………………。
一体、誰が何でこんな馬鹿げたことを……。
「きゃあっ!!?」
――ん? ひゃあ?
何やらエルルゥさんの可愛らしい声が聞こえてきたような気が…………――――って!
「お、おい、園崎! お前、何を……!」
首を動かしてみると、そこではなんと園崎がカラシニコフ銃をロックさんにつきつけていた。
……一体何のつもりだ!?
「な、何がどうしたか知らんが、とりあえず落ち着け! その物騒なものを――」
「私は冷静だよ。……冷静に考えた結果がこれだよ」
冷静に考えた結果、銃を人につきつけただと?
「……それじゃ、話を聞かせてもらえないか? ……どうして俺に銃なんか向けてるのかを」
ロックさんは、目の前に銃口があるというのに至って冷静だ。
そして、園崎はそんな冷静なロックさんをキッと一回睨むと、銃口と視線をロックさんへ向けたまま口を開き始めた。
「……そこまで言うなら、教えてあげるよ。ロック……あんたが一番怪しい理由をね。キョン達もちょっと聞いてもらえるかな」
ロックさんが怪しい?
それじゃ、まさか園崎はロックさんを毒を盛った犯人だと疑ってるのか?
「まず確認すると、ここにいるのは私達8人。毒を飲んだしんのすけを除いたら7人だよね」
確かにそうだ。
俺とハルヒ、トウカさんに園崎、沙都子ちゃんにエルルゥ、それにロックさんだから合計で7人だ。
「……で、毒はお茶に入ってたわけだから、毒を入れたタイミングとしてはエルルゥさんが台所にお茶を淹れた時に限定される。……エルルゥさん、お茶から目を離したりしませんでしたか?」
「え? は、はい……。ちょっと考え事をしてたので、ずっとお茶を見ていたわけじゃ…………」
園崎がそれを聞いて頷く。
「――ということは、やっぱりお茶を淹れたのは朝食以降ってわけになるね。――ということはこの時点で、食後はずっと居間で話をしてた私とハルヒ、それにキョンは犯人じゃないってことになる」
なるほど納得だ。
これは、いわゆるアリバイ証明ってやつだな。
古泉のアホに孤島に招待された時にも嫌というほど証明したりしたから、それはしっかり覚えてる。
すると、隣にいたハルヒもうんうんと頷き始めていた。
「……ということは、残るは4人。トウカさん、エルルゥさん、沙都子ちゃんにロックさんってわけね」
「うん。……この4人については食後は全員バラバラに動いてたからね。……でも、沙都子は足を怪我したままなわけだし、それに何よりまだ子供だからね。……こんなことするはずないよ」
考えてみれば、沙都子ちゃんはウチの妹並みの歳だ。
あの妹の年代で、毒を使って誰かを陥れるなんてことは普通考えそうにない。
「そしてトウカさんも、荷物は前に確認済で毒なんか見つかんなかったし、何より毒なんか使わなくても腕が立つわけだからね。誰かを殺す気なら、こんなところで毒を使うよりも、闇に紛れて刀でズバッと――」
「そ、某はそのような卑劣な真似などしない!!!!」
「ご、ごめんごめん。言い過ぎたよ…………で、残るのはエルルゥさんとロックなんだけど……」
「私が犯人ならエルルゥさんの立場では毒は入れないわね。あからさま過ぎるもの」
ハルヒの言う通りだ。
自分で淹れたお茶に毒も混入する――――そんなこと自分で自分の首を絞めるも同然だ。
それに、エルルゥさんはただでさえ妹さんの死を知って、精神が不安定だからなぁ……しらばっくれる演技なんかできそうにない。
園崎も、それには同意のようでしっかり頷く。
「そういうこと。……んで、残ったのはさ結局、ロック――あんただけってわけ。……納得できた?」
園崎の考え方からいくと、確かにその通りだ。
周囲の賛同は大いに得られることだろう。
……しかし、毒物を使う意図があるなら、俺たちが来る前にでもこっそりやれたのではないかとも同時に俺は思ったりした。
俺たちが来る前ならば、連れはエルルゥさんと子供二人のみでロックさんが体力的に、そして精神的に優位で、殺すチャンスならいくらでもあったというのに。
いや、こんな状況下だから、突然気が変わったということも大いに考えられるわけだが。
「……そうだな。確かに消去法だと俺が一番怪しいな。……だが、俺はやってない。それは信じてほしい」
しかし、当該者のロックさんは、それでも平静を保っていた。
……これが大人の余裕という奴か?
「で、でも、それじゃ犯人がいないことになるじゃない! そんなの――」
「に、荷物を調べてみたらいかがでございましょう!?」
声を荒げようとしていた園崎を止めたのは、沙都子ちゃんだった。
沙都子ちゃんは、ソファに座ったまま、少し動揺しながら言葉を続ける。
「犯人はこういう時、凶器を大事に所持していることが多いそうですし、一度ボディーチェックとデイパックの中身の調査をしてみるのも手だと思うのですが……」
「なるほどね。それで毒が出てきたら犯人確定ってわけね。……流石沙都子。頭がさえてるねぇ」
園崎は沙都子ちゃんの方を一瞬振り返り微笑むと、再びロックさんのほうを睨んだ。
「――てなわけで、一度調べさせてもらってもいい?」
「……あぁ。それで俺の無実が証明できるなら」
ロックさんは少し笑みを浮かべていた。
……ここまでの余裕があるってことは……本当に犯人じゃないのか? それとも絶対にバレないトリックがあるのか?
どっちなんだ……。
こうして、俺と園崎はロックさんのボディーチェックを、ハルヒとトウカさんとエルルゥさんでデイパックの調査をすることになったのだが……。
「……な、何なのこれ?」
「――え? こ、これって……!!」
俺達がロックさんの服を調べていると、テーブルの上でデイパックを調べていたハルヒ達が急に声を出し始めた。
その声に釣られて、俺たちもチェックを中断して、そちらに向かうと……。
「これ私の使ってる小箱……それにこれ、ワブアブです」
「わぶ……あぶ?」
「えぇ。薬の材料として使う粉末なんですが……これ単体だと筋力を低下させて体を弱らせる効果があるんです」
ハルヒからエルルゥさんの手に渡ったその小さい木箱の中には何やら粉末が入っていた。
これが薬の材料…………てか、筋力を低下させて弱らせるってまさか!!?
「言われてみれば、しんのすけ君の症状ってワブアブを誤飲した時の初期症状に似ている気がします」
――ということは何だ?
つまり、少年が倒れたのは、このワブアブっていう粉を飲んだせいってわけか?
そして、その粉がロックさんの荷物の中から見つかったってことは…………
「……ちょっと待て。何でこんなものが……」
ロックさんは急に顔を青くして、一歩引く。
すると、園崎もそれに反応するようにカラシニコフを持ち上げる。
「や、やっぱりアンタがやったのか!!!! この人でなし!!!」
銃口は再び、ロックさんへ。
おいおい、マズいんじゃないのかこの状況は……。
こんなところで銃なんか撃ったら……いや、事実としてロックさんの荷物から件の毒らしきものが出てきたのは確かなんだが……。
「落ち着いてくれ。俺はこんなもの本当に知らな――――」
「証拠が出てきたんだ。下手な言い逃れなんて出来ないよ…………。あんたのこと信じようとしてたのに…………それなのに、皆を裏切って………………」
「魅音殿……」
トウカさんもどうすべきか迷ってるようだ。
もし、ロックさんが本当に犯人なのだとしたら、悪を許さないという勧善懲悪的立場を貫かんとするトウカさんは、ロックさんを切り捨て御免にするだろうし、もし違うのなら全力で止めなければならない。
そして、今まさにどちらが真実なのか大きく揺らいでいる時なのだ。
「……あの時……あの時、私は光を助けられなかった。光が殺されるのを見てるしか出来なかった。だから、もう私は迷わない。………………誰か仲間を傷つける奴がいるなら私は――――」
そして、園崎は銃を持つ手に力を入れて…………
――って、やっぱそれでも銃はマズいだろ!
ロックさんは、あのアーカードとかいう大男やセイバーとかいう西洋騎士とは違って、殺人者と自ら宣言したわけでもないんだ。
ここはひとつ、熱くなる前に縛るなりして戦力を喪失させてから話を聞いたほうがいいはずだ。
「やめろ、園崎!!!」
俺は銃を止めようと急いで園崎の肩を掴む――――が!
「離してよ、キョン!!!」
「ぶほっ!!」
見事に肘鉄が決まり、俺は後ろに大きく飛ばされる。
「キョン殿っ!!」
それに反応するように今まで固まっていたトウカさんとハルヒが俺に近づく。
……って、待ってくれ。
今は俺を気遣うよりも園崎を止めて――――
「あんたなんか……あんたなんかぁぁぁあ!!!」
だが、時既に遅し。
園崎がその引き金に当てた指に力を入れると、軽快な音を立てて複数の銃弾がロックさんに避ける暇も与えずに…………
「…………え?」
当たる筈だった。
しかし、結果から言えば、それはロックさんには一発も命中しなかった。
「……ぶ、無事でしたか、ロックさん…………?」
何故ならば、ロックさんと園崎の間にはいつの間にか獣耳に尻尾というハルヒ曰く萌え要素たっぷりの少女が立っていたからだ。
彼女はロックさんの代わりにその銃弾を全身に浴びてなお、立っていた。
「エ、エルルゥ? 君は…………」
「もう……こんな悲しいことを繰り返さないでください………………」
それは誰に言った言葉なのは分からない。
だが、確実に分かるのは、それを言った瞬間に彼女が崩れるように倒れたという事だ。
◆
それはまさしく刹那の出来事。
某が床に転がったキョン殿に気を取られたその瞬間、魅音殿の持つその飛び道具らしきものから弾が飛び出し、それと同時にエルルゥ殿がその弾とロック殿の間に飛び込んだのだ。
そして、その結果導き出されるものはただ一つ。
即ち…………
「え、エルルゥ殿ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
弾を直に受け止めたエルルゥ殿は、その体のあちこちから血を噴き出して崩れ落ちた。
その光景を目にして某は、しんのすけ殿を傍にあった“そふぁ”に寝かすと、エルルゥ殿の傍に駆け寄る。
「エルルゥ殿っ! エルルゥ殿!! し、しっかりして下され!!」
某は身にまとう衣に血が付くことなど全く気にせずにエルルゥ殿を抱きかかえると、その体を揺さぶる。
すると、エルルゥ殿は弱弱しいながらも、目を開き、口を動かしだした。
「……ト、トウカさん……?」
「そ、そうでございます! 某がトウカでございます!!」
エルルゥ殿に聞こえるように、某は声を張り上げて喋る。
「……な、何故……何故エルルゥ殿はこんなことを……!!」
「……も、もう誰かが死ぬのを見たくなかったから…………私みたいに誰かが死んで悲しむ人を増やしたくなかったから…………」
そう言うと、エルルゥ殿はその首を弱弱しく動かしてロック殿の方を向く。
「それに私……ロックさんが毒を入れたとは思えないんです…………。私は、私に優しくしてくれたロックさんを信じたい…………」
「………………」
それは某も一緒だ。
聡明で状況を冷静に判断できるロック殿が、このようなことをするはずがない。
……だが、事実としてしんのすけ殿は倒れ、その倒れた原因と思われる毒はロック殿の荷物の中から見つかったのだ。
今も某の中では、どちらが真実なのか激しくせめぎあっている。
「……うぅっ、げほっ、げほっ!!」
――と、その時、いきなりエルルゥ殿が咳き込んだかと思うと、その口から血飛沫が飛んだ。
「エルルゥ殿!!??」
「……全身を弾で撃たれたんです。……もう私の命も……」
「そ、そんなことはありませぬ!! い、今から急いで治療をすれば……!!!」
「……これでも私、薬師の端くれですよ? ……これだけの傷を負って自分がどうなるかくらい分かります」
弱弱しく微笑むエルルゥ殿を、某は強く抱きしめる。
「そうだ。治療といえば、ワブアブの効果についてなんですけど…………」
エルルゥ殿の視線がしんのすけ殿の眠る“そふぁ”へと向く。
「あの粉自体では死ぬことは……ありません。一時的に昏睡状態にはなりますけど…………時間がたてば意識が戻るはずですし、歩いたりすることも……。……ただ、体のだるさは残ってしまいますが……」
「エ、エルルゥ殿……?」
「病院でワブアブの効果を中和するようなお薬が見つかれば、それを使って回復させることも…………げほっ! ごほっ!!」
「わ、分かりました!! このトウカ、必ずやしんのすけ殿を助けてみせます!! ですから、もう喋らないで安静に……!!」
「……ありがとうございます。これでもう……言い残すことはありま…………せん」
……え?
今、エルルゥ殿は一体何を……?
「トウカ……さん達は……絶対に……生きて帰ってください…………。もう……悲しいのは……嫌です」
声が徐々にかすれ、小さくなってゆく。
「エルルゥ殿! 気をしっかり持たれよ!! エルルゥ殿!!」
「……どうか……皆……お互いを…………信じ……………――――――――――」
某が床に転がったキョン殿に気を取られたその瞬間、魅音殿の持つその飛び道具らしきものから弾が飛び出し、それと同時にエルルゥ殿がその弾とロック殿の間に飛び込んだのだ。
そして、その結果導き出されるものはただ一つ。
即ち…………
「え、エルルゥ殿ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
弾を直に受け止めたエルルゥ殿は、その体のあちこちから血を噴き出して崩れ落ちた。
その光景を目にして某は、しんのすけ殿を傍にあった“そふぁ”に寝かすと、エルルゥ殿の傍に駆け寄る。
「エルルゥ殿っ! エルルゥ殿!! し、しっかりして下され!!」
某は身にまとう衣に血が付くことなど全く気にせずにエルルゥ殿を抱きかかえると、その体を揺さぶる。
すると、エルルゥ殿は弱弱しいながらも、目を開き、口を動かしだした。
「……ト、トウカさん……?」
「そ、そうでございます! 某がトウカでございます!!」
エルルゥ殿に聞こえるように、某は声を張り上げて喋る。
「……な、何故……何故エルルゥ殿はこんなことを……!!」
「……も、もう誰かが死ぬのを見たくなかったから…………私みたいに誰かが死んで悲しむ人を増やしたくなかったから…………」
そう言うと、エルルゥ殿はその首を弱弱しく動かしてロック殿の方を向く。
「それに私……ロックさんが毒を入れたとは思えないんです…………。私は、私に優しくしてくれたロックさんを信じたい…………」
「………………」
それは某も一緒だ。
聡明で状況を冷静に判断できるロック殿が、このようなことをするはずがない。
……だが、事実としてしんのすけ殿は倒れ、その倒れた原因と思われる毒はロック殿の荷物の中から見つかったのだ。
今も某の中では、どちらが真実なのか激しくせめぎあっている。
「……うぅっ、げほっ、げほっ!!」
――と、その時、いきなりエルルゥ殿が咳き込んだかと思うと、その口から血飛沫が飛んだ。
「エルルゥ殿!!??」
「……全身を弾で撃たれたんです。……もう私の命も……」
「そ、そんなことはありませぬ!! い、今から急いで治療をすれば……!!!」
「……これでも私、薬師の端くれですよ? ……これだけの傷を負って自分がどうなるかくらい分かります」
弱弱しく微笑むエルルゥ殿を、某は強く抱きしめる。
「そうだ。治療といえば、ワブアブの効果についてなんですけど…………」
エルルゥ殿の視線がしんのすけ殿の眠る“そふぁ”へと向く。
「あの粉自体では死ぬことは……ありません。一時的に昏睡状態にはなりますけど…………時間がたてば意識が戻るはずですし、歩いたりすることも……。……ただ、体のだるさは残ってしまいますが……」
「エ、エルルゥ殿……?」
「病院でワブアブの効果を中和するようなお薬が見つかれば、それを使って回復させることも…………げほっ! ごほっ!!」
「わ、分かりました!! このトウカ、必ずやしんのすけ殿を助けてみせます!! ですから、もう喋らないで安静に……!!」
「……ありがとうございます。これでもう……言い残すことはありま…………せん」
……え?
今、エルルゥ殿は一体何を……?
「トウカ……さん達は……絶対に……生きて帰ってください…………。もう……悲しいのは……嫌です」
声が徐々にかすれ、小さくなってゆく。
「エルルゥ殿! 気をしっかり持たれよ!! エルルゥ殿!!」
「……どうか……皆……お互いを…………信じ……………――――――――――」
――エルルゥ殿の言葉は続くことは無かった。
――某の体の中で…………また一人、守るべき御方が消えていった…………。
――某の体の中で…………また一人、守るべき御方が消えていった…………。
「――――エ、エルルゥ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!」
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