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僕らに生きている価値なんてない。
つい先日、耳から入ったその言葉だけが、やけに頭にこびりついてはなれない。女性の落ち着いた音声として入ってきた情報。あの声の成分がなにでできたいてのか、今の僕にはわからない。今の、なんてもったいぶってつけてみたが、未来の自分がそれをちゃんと理解できているかの保障はない。あたりまえのはなしだが。
それにしてもなのである。天文学から意味不明な数式までといった、多彩な勉強の内容が、まったくといっていいほどに入らない。ただこの言葉だけが心に深く突き刺されたままで、それ以外のテスト対策の知識という知識が頭に突き刺さらない。といっても、学習内容が頭に突き刺さることなんて一度もないというのが本当のところなのだけれども。
そもそもだ。土曜日なのに学校があるというのはどうなのだろうか。休日が一週間に半分と一日ってのは、なかなかにつらいものがある。平日を死にもの狂いで勉強しているやつの気持ちというのを、あの大人モドキは考えたことがあるのだろうか。まったくもって嫌になる。
そう、ぐちぐちと頭の中で文句をたらしながら、おんぼろのエレベーターが一階へと付くのをまつ。二、三年前に壁に塗装をしたからきれいにみえるけれども、昨日としては十年以上も前にできあがった代物なので、がたがたとうるさい。いつおっこちてもおかしくはない、そう勝手、かつ個人的におもっている。どれだけ見られるところをきれいに塗りたくったって、機能やら寿命やらがオンボロなのでならば意味がないというのに。早いうちに取り換えるのが策であると、そうおもいます。そういえば、エレベーターだけとっかえるのってできるんだろうか。きになる。
解消されることはないであろう疑問を一つ、また無駄に生産したタイミングで、きれいな内側をもつエレベーターが開き、汚いマンションの内部へと、僕は進んで出た。
薄暗い駐輪場へと足を運ぶ。薄暗い電燈が、朝だというのについている。それでも暗いというのはいかがなものなのだろうか。蛍光灯のまわりにできた凹凸にできあがった蜘蛛の巣だけがあふれかえっていた。蜘蛛はどこへいったのやら、知るよしもない。
視線を無駄に上へと向けながら、常にハンカチと装飾のない自転車の鍵の入っている右ポケットへと右手をつっこみ、鍵をとり、やれといわれるまでもなく自らの意志で自転車へとつっこむ。
午前授業のおかげでいつもより軽い、私立高校丸出しの学校指定のバックを肩に背負いなおし、自転車のギアを下から二番目のを選ぶ。走りだしやすいようにだ。
明るい外へと出るために、ペダルに足をのせ、つま先に力をいれた。回そうとして回してはいけない。力を込めるのだ。
暗い場所とはおさらばして、太陽が見下す台所の元へ。
明るい太陽が、どことなく憎くって、まぶしい。
我が家の前の短い坂を下り、右の国立大学の方向へと向かう。そこに突き当たったら、次は左だ。
休日の朝という理由からか、車の数は平日に比べて少ない。
こういった土曜日の朝には期待をもつ。
世界が終わって、今こうやってのんきに自転車をこいでいるのは自分だけなんじゃないかと。強く、そう思うのだ。
だからこそ、自動車が視界に入る回数が増えるたびに幻滅する。
そんな朝を、チャリを全力でこぎながらおもいのだ。
そうでないと、頭は考えることをやめない。
回想はするくせして

「ぼくたちに生きている価値はないよ」
金曜日。夕日の差し込む図書館。「聖書」のある本棚の前。夕方五時。
赤いチェックのスカート。ブレザー。どこの高校の制服かはわからない。
そんな服装をして佇んでいた女の子が、そういった。
「どうかしましたか?」
そう、僕は訪ねてしまった。一人で、そんな不気味なことをつぶやかれても困る、そうおもったからだ。
その女の子はこちらをみた。表情には動きはなく、きれいな顔だった。こっちを向いた拍子に揺れる髪が、きらきらを輝いた。
薄い唇が、控えめにひらいて、

「ぼくたちに生きている意味はない、そうおもいませんか?」

そう、いった。
その言葉がなぜか、心かどっか、体の中の見えないところに、深く突き刺さった。そんな気分だった。
「どうしてそうおもう?」
「人間は死んでも、世界は終わらないから」
おもしろいうことをいう、そう思ったら負けだとおもった。自分の存在意義が見当たらなくなるからだ。
まぁ、その前に、さ
「とりあえず座らない?」
そう、提案してみた。

信号にひっかっかった。
もともとここの信号は毎日ぎりぎりわたれるかどうかのところだからしかたがない。急げばなんとかいけたかもしれない、そうおもったら横の信号が青に変わった。急げばいける、ということなのだろう。
まぁ点滅中ならごり押しでいける、そういうことだろう。
はて、点滅中にごり押して、車やら洗車に引かれた連中ってのはどのくらいるのだろうか。
そもそも、だ。学校の行き帰りだけの道のりの中に、どれだけの命の危険が潜んでいるのか。へたすりゃ車さんからとっち狂ったように人めがけてつっこんでくる可能性だって、ないわけじゃないんだし。
割かし確率とかを考えれば、そうありえないはなしなんじゃないだろうか。
それを考慮して、だ。
人が一人死ぬたびに止まる世界というのも、いかがなものかと
そう、おもうわけなのです。
命なんて、おもったより軽くって、簡単に消えるもん。
だから一つ一つの「終わり」に、ああだこうだと感情を動かすのは大げさ。
といっても、あくまで個人の解釈。いろいろな考え方がある中のたった一つでしかない。
逆を考えてみればおわかりのとおり、みんな同じ価値観を持っている方がおかしい。
そんな価値観を持っている僕が、「ぼくらに生きる価値がない」だのああだこうだという図書室であったぼくっ娘JKとはなしが噛み合う、そんなことはないわけである。
ちゃんと噛み合わないだろうという予測ぐらいできた。なら噛み合わせに、僕のほうからいけばいいだけのはなしであって
わかっていて行動がとれないということほど、タチの悪いことはない。
だからこそ、どう答えようか考えるための時間を要した。
座る場所を探すという時間を。
「ここでいいよ」
といって、その場に座った彼女を、僕はどういう顔でみたかはわからない。あくまで眼球やら脳やらの期間は僕の頭にあるわけであって。好きだった女の子に彼女(誤植ではない)がいるとしったときにも、顔に感情を出すことはなかったから、きっと真顔だったんだろうとはおもうが。ショックではあったが。
不意打ちだった。目から異物が飛び出るとは、こういうことをいうのかもしれない。適当にいってみたけど。
「ああ、うん」なんてとりあえず適当に流してみる。ピンチすぎる。
「ねぇ」
うげー。やばい、やばい。