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   『火影小女』        作者 化猫美月


 僕は人を殺したことががある。人を殺す、と一言でいっても、いろいろな殺し方があって、後ろから鈍器で殴ったり、刃物でざくざくと切ったり、首をしめあげたり、精神的に病ませて自殺させたり、いろんな殺し方がある。こうやってみると人間といういきものはかなり弱く感じてしまう。実際に弱いのだが
 僕の殺しかたは「燃やす」だ。
 「火」という漢字は「人」という感じに似ている。だからなんだ、ときかれたらなんにも答えられないが、、、ああ、今おもいついた。
 人という聞き物は死んだ後にどうなる。燃やされるだろ。それだ。人は死ぬと火に囲まれる。また、人の生活にも火はかかせない。人は火を使い、火に殺される。どっちが上でどっちが下か。僕には確実にわからないことだろう。
 火と人という以外な接点があることにいまさらながら気がついた。縁かなにかがあったのだろうか。僕こと「偉そうな神(ニセ)」(自称)には確実にわからないことであって、もちろんクラスのいじめっ子こと「ゴミ捨ての鴉」にも「猫の犬養」にも「ヒマな道化師」にもわからないのだろう。「火影小女」はわかるのだろうか。僕にはわからなことだらけだ。
 という夢をみました。
――――――――当時五年三組 小野神時の夢日記より


 自分の生活から「親」という生き物が目の前から消えたら、僕の生活は楽になるのだろうか。それとも苦しくなるのだろうか。
 深夜の時間、燃えている家を眺めながら、中学二年生の僕はそんなことをおもう。なぜにそんなことをおもったのかは、ここにくるまでに親から逃げなければいけなかったからだ。深夜にでかけようとするわが子を野放しにする親はそういない。わが子を野放しにしない親が僕の親だ。
 親がいない、ということはいったいなにを表すのだろう。
 そんなことをおもいながらも汗をかいた。目の前の家から出てくる炎が僕を熱がらせる。季節はまだ春だというのに、夏がくるのには早すぎるような気がする。梅雨にもまだ入っていないのに。
 親がいなかったらもっと簡単に放火はできるだろう。まぁ、そう放火なんてするもんじゃないけどね。
 放火を始めてやったのは、たしか小学五年生の時だっただろうか。