静かな夜

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「静かな夜」

深々と雪の降る静かな夜だった。しかしその静けさが平穏から来るものではないことは、
その国の国民全てが意識して、あるいは無意識の内に感じ取っていたに違いない。
確かに戦意は高揚している。我らが王国の民は勇猛に戦うだろう。
だが、それでも言い知れぬ不安が脳裏を掠めずにはいられなかった。
・・・・・・あるいはこう言い換えても良いかもしれない。

それは「嵐の前の静けさ」である、と。



 今、このビギナーズ王国の宮廷のとある一室に机に向かって一人作業する若い男がいた。
机の上いっぱいに資料を広げ、片っ端から読み進めるその男は北国人にありがちな高い身長に加えて、
骨太な体格、短く刈り込まれた頭、周りを威圧するようなその顔付きと、
およそ人から親しまれにくそうな人物であったが、

「ふう、僕ももっと腕を上げないとなあ・・・・・・」

・・・・・・あえて一言で表現するならば彼は外見と中身があんまり一致していなかった。



 彼は名を、タルクと言い、一年の三分の一以上を深い雪に閉ざされる
ビギナーズ王国に最近新たに仕えることになった文族である。
そして仕えるようになって以来彼はいくつかの仕事をこなしていたのだが、
ひょっとしたら同様に宮廷に仕えていた人々は気付いていたかもしれない。

「この人、見た目に似合わず結構おっちょこちょいだ」と。

 二つほど例を挙げよう。
以前、尚書省から各国に戦争準備状況の報告を求める通達が出された時のことである。
文族であった彼はこの仕事に取り掛かっていたが、しかし、まだ宮廷に仕えるようになって日の浅い彼にとって、
この手の書類仕事には付き物である、
各報告書毎の書式等といった複雑な決まり事に不慣れであった事もあり、ひどく手間取っていた。

 そこで彼は宮廷に仕える一人の犬耳メイドさんに頼み込み、結局彼女の日記を報告書として提出したのであるが、
当然ながら書式完全無視な上、
最後の署名を「ビギナーズ王国」では無く「ビギナーズ藩国」と書いてしまうという、
致命的なミスを犯してしまい、当王国名物、ハリセンの刑に処されたのであった。

 また、ある日の夕暮れ、彼が刻生・F・悠也を酒場に行こうと誘ったのもその好例と言える。
繰り返すがまだこの国に来て日が浅いこの酒好きの男は、

「旨い酒で広く知られるこの国の人々はきっとみんなお酒が好きに違いない」

と思い込んでいた。しかし、百匹犬がいたら一匹二匹は炬燵で丸くなるのが
好きな犬もいるかもしれないのが世の常である。
この、目付きは鋭いが口を開けば気さくなパイロットもその例外の方に含まれる人であった。
ただ、この時はたまたま彼がえらく上機嫌だったこともあり、
(仮にそうでなかったとしてもそんな怒られたりはしなかっただろうが)
酒場で、彼がその日運命の出会いを遂げたと言う長い黒髪で黒い瞳の
パイロットスーツの美女について話を聞くことが出来たのであった。

「それにしても、おっかしいなあ・・・・・・」

ちなみにこの美女、後で詳しくその容姿と服装について聞いてみたところ、
どうも東西南北に加えて森国はてない国のいずれの人の特徴とも合致しないらしいことが判明している。
可能性のありそうなのは黒髪である東国人と長い髪が特徴の森国人だが、彼ら東国人、
森国人の国の中でパイロットを擁する国があるなどという話は寡聞にして聞いたことが無かった。

「えーと、森国人の人達はそもそも耳が長いはずだから違うし・・・・・・
だいたい今、東国人の国はみんな帝國側だしなあ・・・・・・
身内を疑ってもしょうがないし・・・・・・となると、残るは・・・・・・根元種族?」

・・・・・・トゥルトゥルトゥルルルルル・・・・・・チ―ン♪・・・・・・

「・・・・・・殺し愛?」

その瞬間、タルクの頭の中には先輩の恋愛成就の難易度がさらに跳ね上がる音が響いたとか。
彼はガクガクブルブルしながら自分のひらめきが外れることをひたすら祈るばかりであった。



 ともかく、主に一つ目の理由から、文族として腕を上げるべく彼はこの国の気候、
風土、歴史、文化、民族、産業etc.といった資料を読み漁っているのであった。
しかし、途中から彼には一つの疑問が生まれていた。

「そういえば文族の書く物語にはどんな意味があるんだろ?」

 もちろん、書かれた物語がこの国の収入源の一つになっていることは知っていたが、
この疑問に興味を覚えた彼は作業を中断して少し考えてみることにした。

・・・・・・「物語」を不安定であいまいな事象を縁取り、固定する物と仮定する。
「物語」が積み重なれば、その分、縁取られる事象は増え、
世界はより固定され、その奥行きを増していく・・・・・・
・・・・・・ならば、「物語」が一つも無い国はどんな国になるのか?・・・・・・

「・・・・・・やめ、やっぱり僕に哲学は向いてない」

そう、今は目の前の危機が全てである。

結局彼は考えるのをあきらめ寝ることにした。

深々と雪の静かな夜、まだ戦争が到来する前、ほんの一時の静かな夜のことである。

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