NWの夏(3)

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d_va

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 藩王が昼寝を決め込んでいたとき、王城では、1つの果物をめぐって3人と1缶が額をつき合わせていた。
缶王と、王の息子である八神少年こと星蘭、さわやかさんの愛称でしられている矢上爽一郎と摂政である矢上麗華である。
「…えっと、おみやげ?」
「まあ、そんなところだ」
 バカンス帰りの摂政の土産はスイカだった。手ごろな大きさのものがテーブルの上におかれている。その黒と緑の縞模様が鮮やかな球体に缶は興味津々だった。
『まるそうなヤツはだいたい友達』の缶王である。逸る気持ちを抑えつつ星蘭に質問を始めた。
「これは、なんですか?」
「はい、これはスイカです」
「ホントにスイカですか?」
「ええ、本当にスイカです」
「そうですか、たべられますか?」
「たべられます。」
 缶がスイカと星蘭を交互に見てから、ぽん、と手をたたいた。
「缶おぼえた、みどりとくろのしましまは、スイカ!まるそうなやつはだいたいともだち!
だから、これもきっとともだち!」
 ぺしぺしと缶がスイカをたたいている。どうもいい音がしたらしい。缶の目がキラッと目が輝いた。
「おお、これはすごい!いいスイカだ!おれとどっちが、よりころがれるかしょうぶ!」
 缶が無謀にもスイカにアタックをかけようとして、星蘭の手で止められている。
「きりますね」
 このまま放置しておくと、缶による無邪気なスイカ割りが行われると判断したのか星蘭がスイカの処分を決定した。
「え、ここで?」
「理力というのは物を分ける能力です。」
 星蘭の説明にきょとんとした顔をしている。説明するより実践したほうが早いと判断したのだろう。片手で缶を抑えたままスイカに向かう。
「つまりこうすると…」
 軽く祈って手を滑らせるとおどろくほどあっさりスイカが真っ二つになった。何度か手を動かしただけでスイカはどんどん切り分けられていく。見事に理力の無駄遣いだ。
「おー、包丁いらないんだ、便利だね」
 お皿もってくるー、と暢気に笑って麗華が席を立った。本来ならば便利どころの話ではない気がするのだが、恐ろしく順応性が高い。爽一郎は少し頭を抱えたい気分になってきた。そういう問題じゃないだろうと。
「ス、スイカー!」
 丸そうな友達がどんどん、小さな三角形になっていくのを見て、缶はスイカに向かって敬礼をする。「むちゃしやがって!」という声が聞こえた気がした。
「ただいまー、お塩とお皿もってきたよー」
「じゃあ、わけます」
 てきぱきとスイカが皿に盛られて全員の前におかれる。
「じゃあ、いただきます。」
 星蘭がいうとそれにあわせるように全員が「いただきます」といってスイカを手にする。
適度に塩をふるほうがいいよね、糖度高いみたいですし、あまり気にしないでもいいとおもいますよ、など事務的な会話がかわされる横で、缶がスイカを一口食べるなり目を丸くする。
「お、おまえはいいまるいヤツだったが、そのおいしさがいけないのだよ!」
 缶的にはかっこよくきめたつもりのセリフを吐く。一応「ともだち」といったのを気にしていたのだろう。その後、勢いよく食べだした缶に麗華が注意する。
「あ、おーさま。タネ食べちゃだめだよ。おなかいたいいたいなるよー」
 缶が顔をあげた。勢いよくかぶりついたせいで、口のまわりをスイカの汁で汚している。
「わかったー……。あれ、タネ食べたらスイカはえね? むげんループってすごくね?」
「うーん…」
 以前、ひまわりの種を食べたときは頭にひまわりの花が咲いた缶王である。ありえないとは言い切れない。麗華は真剣に缶をみてしまった。
「どうかなぁ」
 スイカが実るにはちょっとばかり缶は小さい気もするなぁ、というと。缶も少し納得したようだった。
「スイカおもたいもんな!」
「そうだね」
 奇妙な会話を続ける横で、星蘭が綺麗にスイカを食べている。テーブルマナーなどをきちんと躾けられているのだろう。ついでに、甘いですね、と感想を述べている。
 あまりの光景に爽一郎が呆然としながら呟いた。
「…いつもこう、なのか?」
 いつも、というのは缶と麗華のやりとりなのか缶の存在そのものなのか、星蘭には判断しかねたが、どっちでも答えは一緒である。素直に答えることにした。
「そうですけど、何か?」
「いや、なんでもない。」
 隣では、口のまわりをティッシュで拭かれて缶がきゃあきゃあ騒いでいる。
星蘭は少しだけ微笑むと目の前のスイカを口に運んだ。
 その場にいるほぼ全員がこの状態はあくまで日常風景、というスタイルである。爽一郎はひそかに頭痛がしてきた。
 いや、これは考えたら負けか。そう小さく呟くぐらいが精一杯の抵抗だった。
「ちょっとごめんよ…ってあんたたちなにやってるんだい?」
「あ、ネリさんだー」
執務室に顔を出した藩国の整備士は爽一郎にとって救いの神のようにみえた。
 ネリは手にしていた図面を片手に、執務室をざっと見てため息をついた。
「早速で悪いけど、KBNみなかったかい?」
「KBNさんなら今日は高山訓練のつきそいのはずです」
 訓練願いが出ていたので判子おしておきましたと、しれっと星蘭が告げる。どうやら王子としての仕事はきっちりやっているらしい。いや缶があいかわらずなので、やらされているのだろうか。
「おや、こまったねぇ。RBの整備マニュアルで気になる点があったからちょっと確認にグリードまでいきたかったんだけど」
 タクシーのかわりですか…と全員が思ったがあえて口にはしない、怖いから。
「まあKBNじゃなくてもいいんだ、あまってるの借りてくよ」
 そういって、ネリは執務室を出ようとした。
「あ、ネリさんースイカたべませんか?」
「いや、ごめんね。ちょっとこれは急ぎっぽくてさ、あとでもらうよ」
 そういうとネリは今度こそ扉を閉めて出て行った。扉の向こうでは「剣舞の整備方針についてコメントをー」とシュワがネリを捕まえている声がする。「いいけどRBの性能試験につきあいなよ」といわれ、ゲーと言っている。
 どうやら兵器管理・開発・メンテナンスを担当する整備士たちに夏など関係はないようだ。

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